はてなキーワード: 町田彩夏とは
弁護士の渥美陽子は「農業アイドル裁判」で事務所側につき、アイドル遺族に勝訴した
農業アイドル裁判は、ローカルアイドルをしていた女子高生が自殺し、遺族が社長のパワハラによるものだと主張して盛大にこじれた事件
社長のパワハラ的な言動はLINEに残っており一部は認められたものの、
「辞めるなら1億出せと社長に口頭で言われたのが自殺の原因」については証拠がなく認められなかった
遺族側弁護士の佐藤大和は、同じグループのアイドルが「社長はパワハラをしていた」と語る陳述書を提出したが、
その子は「そんな発言はしていない、陳述書は捏造だ、社長はパワハラなんかしていない」と証言
遺族は、遺族→社長の裁判で負け、社長→遺族の裁判でも負け、社長に賠償金を払って終了
その後、自殺したアイドルと同じグループの子が「社長にパワハラされていた」とTwitterで告発して脱退
そのパワハラの内容、認められなかったが遺族も同じことを言っていた
木村響子は自殺した木村花の母親で、テラスハウス制作者やネット中傷者への訴訟や、中傷厳罰化のための活動などで様々な弁護士と組んでいた
侮辱罪厳罰化を求めるNPO「Remember HANA」の立ち上げに佐藤大和が関わり、法改正され厳罰化は果たされた
渥美陽子は、テラスハウスに人権上の問題があることをBPOに認めさせる申し立てを担当し、結局認められなかった
農業アイドル裁判は法クラで話題になり、佐藤大和叩きが流行った
木村響子は、別件ではどうか知らないが自分に対しての佐藤大和は優しく、彼がいるおかげで生きられたと全面的に佐藤大和をかばった
春名風花ことはるかぜちゃんは中傷裁判をいくつかやっており、その関係ではるかぜちゃんママは法クラと懇意で、ママも佐藤大和叩きに加わった
はるかぜちゃんママは木村響子に対して、佐藤大和と縁を切るよう求めた
詳しいやりとりはここ→https://archive.md/2tGY7
以上のことがtogetterにまとめられ、別件の関係ないことで叩かれる木村響子が同情され、はるかぜちゃんママは批判を受けた
はるかぜちゃんママはツイ消しし、まとめからも自分のツイートを削除してコメント欄でブチギレ→https://archive.md/y9Cgd
その後コメントも削除して木村響子に絡みついたことをなかったことにした
その後、暇空茜がシュナムル叩きでバズった
はるかぜちゃんは、小川たまかと揉めた時に何故か本人ではなく町田彩夏にぶつかり、「本人に言えよ」とシュナムルに批判されたことがある→https://x.com/chounamoul/status/1235167279655956481
それ以来はるかぜちゃんママはシュナムルを恨んでいたらしく、批判内容は到底「中傷」とは言えないものだったが、「これうちの子を中傷してた人だわ」とシュナムル叩きに飛びついた→https://x.com/sakurako_haruna/status/1555776368100618241
はるかぜちゃんママは人格的には暇アノンとの親和性がかなり高いが、シュナムル叩きに乗っかっただけで以降は暇空に絡まなかった
これは、暇空の相棒のなるくんが昔はるかぜちゃんと揉めたため、なるくんの存在に気づいたことが暇アノン化へのストッパーになったのだろう
昔はるかぜちゃんは、「はるかぜ.」というグラドルに「名前をかぶせられた」と怒り、彼女の名前を呼ばず「おっぱいが大きい人」と呼びながら執拗に絡み、「水着は泳ぐ時か好きな人の前で着るもの」と水着写真集を出しているグラドルを貶した
「子役のはるかぜちゃんが今ではグラドルになった」と勘違いした文を書いているブログに憤り、ブログを訴えるための費用を折半しろとグラドルに迫るなどしていた
「グラドルの信者が中傷のDMを送ってきた」と下品な発言を載せるも、前々からDM解放しておらず下品な発言ははるかぜちゃん本人がせっせとでっち上げたものと判明するなどして非常に荒れた
なるくんはグラドル側に立ってはるかぜちゃんを強く批判しレスバになり、はるかぜちゃんが反論できなくなってなるくんをブロックして終わった→https://skmz.one/?p=10466
はるかぜちゃんママは裁判沙汰を通して法クラや傍聴系youtuberの山口三尊と懇意で、「みんなが叩いてるものを私も叩く」という傾向が強い
山口三尊は熱心な暇空茜信奉者で、いつもの流れならはるかぜちゃんママも暇アノン化しそうなところを、なるくんによって深みにはまらずに済んだ
人気漫画『推しの子』には、「リアリティショーに出演した女優が、切り貼り歪曲によって嫌な女に仕立て上げられ中傷され自殺未遂する」というエピソードがある
作画の横槍メンゴはテラスハウス視聴者であるとTwitterで語っており、「このエピソードは木村花自殺を元ネタにしている」と噂された
このエピソードがアニメ化され、木村響子は実際に視聴はしていないが「娘の自殺がネタにされている」と聞いて抗議表明した
推しの子ファンの暇空茜は憤り、「遺族棒を振り回すな」「被害者を自称してる」「カス」と批判した
この発言を見た時、木村響子と暇空茜両方の代理人を務める渥美陽子のことを思った
BPOに負けて撤退した後でもう渥美陽子は木村響子と関わりないのかもしれないが、「自殺遺族のために戦う」と一時的にも味方でいた木村響子が暇空茜に罵られることに、渥美陽子は何も思わないのだろうか
木村響子への罵りの言葉は渥美陽子にはなにも響かなかったか、賛同する側であって、大量の裁判を引き起こしてくれて継続してお金をくれる暇空ファーストなのだろう
渥美陽子の投票報告を見て、はるかぜちゃんをママの発言を思い出した
「芸能人や話題の案件を引き受ける事は莫大な広告効果がありますので、無償で手を挙げてやりたがる弁護士は大勢います。被害者が世間の同情をかいやすい、若い女の子なら尚更です。もちろん本当に良い人もいるでしょうが、親の私達が出来る事は、そういったものを見極めてゆくことです。
木村さんや私たち被害者家族の周囲には、私たちを利用して名をあげようとする人間が大勢います。他人を信用せず、誰が本当の意味での誹謗中傷を無くそうとしているか、自分から見て正義の味方に見える人が他の人を傷つけていないか、良く見極めて下さい」
これは佐藤大和のことを指しているのだが、「莫大な広告効果」「利用して名をあげよう」と木村響子に近づき、正義の味方のように振る舞いつつ本当に誹謗中傷をなくす気などないというのは、渥美陽子こそそうだよなあ
LIVE HAUS店長のスガナミユウ氏が「誰が踏みつけられているか」と題するnoteを公開した。
https://note.com/yusuganami/n/n78c9b96cb4be
https://medium.com/@sos.yu.lh?p=8926b83122e
私は彼の所属するインディミュージシャンコミュニティとでもいうべき界隈に属しているが、周囲の反応は絶賛の嵐といって良い状況だ。noteのリンクを張ったツイートには大量のいいねとリツイートがあり、批判らしき反応はほとんど見受けられない。これはかなりマズイよなーと感じてこの文章を書いている。
まず、前置きとして、このnoteに対する私のスタンスを書く。ちょっと長いので興味がない方は適宜とばしていただけるとありがたい。なお、文中の”リベラル”とか”アンチリベラル”といった記載は一般的にリベラルっぽい仕草・アンチリベラルっぽい仕草と受け取られがちなものとでも思ってほしい。
「誰が踏みつけられているか」はスガナミユウ氏が選挙中の市民運動を通して感じたことを書いている。その内容の主題は、日本にはまだまだ差別や不平等(特に男女差別に着目している)が残置していること、そして特権的な立場にいるスガナミユウ氏をはじめとした「おじさん(大人のシスジェンダー男性)」への自省を求める内容である。スガナミユウ氏はこのnoteを「知り合いのすべての男性に読んで頂きたい」という文章を添えて公開した。もっと言えば、(男女間等において)日本に差別や不平等がないと主張する男性、あるいは女性やLGBTなどの差別のみがピックアップされることに不満を感じている男性を説得しようとする文章であるだろう。 何がマズいと感じたかって、このnoteはスガナミユウ氏の周囲に多い所謂”リベラル”思想に親和的な層には受けても、本来のターゲットであろう”アンチリベラル”な層からは反発しか生まないような内容になっていたからだ。スガナミさんとは親しくこそないものの何度か会話したことはあり、政治思想の差異こそあれど、頭が良く一定のバランス感覚がある人物だと思っている。彼は社会を良くしようと考え、実際に行動に移してきた尊敬すべき人物だ。そんな彼がこんな内側にしか向かないバランス感覚に欠けたnoteを書き、それが大絶賛されている状況は本当に良くない。近年勢力を増した過激なラディカルフェミニズムは強烈なバックラッシュを生み、ミソジニストを増やす原因となったと考えているが、このnoteはそんな流れの延長線上にあると感じる。
わたしは男女平等の実現を望む一人として、このnoteの内容を批判したいと思う。私たちは完璧でないがゆえに、時に差別的であったり配慮に欠ける言動をしてしまうが、個別のそれに対して苛烈な批判を浴びせるのは適切でない。なにより問題なのは、その問題がある発言を周囲が容認してしまうことだ。スガナミユウ氏個人を非難することにあまり意味はないが、このnoteを無批判に受容してしまうコミュニティは大変問題があると感じたのがこの文章を書くにあたった経緯である。
まず、なにより批判したいポイントは、氏の主語の広さである。冒頭で過去のツイートで『おじさん』や『女性』と太字でまとめたことを指して、配慮に欠けたと反省しながら、結局のところこのnoteは「おじさん(大人のシスジェンダー男性)」を特権的な存在として雑にくくってしまっている。
大前提として現代の日本社会は男性が有利な傾向にあることは私も同意する(特に経済的な側面において)。しかしそれはあくまで傾向の話である。割合は適当だが、例えば7割の大人のシスジェンダー男性は平均的なその他のジェンダーよりも恵まれているかもしれない。しかし残りの3割はより不遇な立場にあるだろう。傾向の話だけでも、シスジェンダー男性の平均が不利な傾向にある場面も多々存在する。死亡率の高い労働は男性比率が圧倒的に高いし、自殺率もホームレスの数も男性が上だ。職業的な話でも、例えば保育士になるハードルは男性のほうが圧倒的に高いだろう。当たり前ではあるが、切り口はジェンダーだけだはない。年齢・健康・容姿・性格・能力・人種、なんでも良いが差別や不平等を生む原因は無数にある。これらの意見は典型的な”アンチリベラル”の物言いだと感じるかもしれない。しかし彼らを説得したいのであれば当然このような主張に対する応答は必要なはずだ。なにより”アンチリベラル”が怒っているのは、”リベラル”が特定の差別や不平等だけに着目し、それ以外を矮小化・無効化しようとする態度だろう。ここを無視して「おじさん」は特権的な立場にあるとだけ言っても当然反発を生む。典型的に”リベラル”には受けるが”アンチリベラル”には説得的でない主張となってしまっている。ある側面における男性優遇を批判するにしても、それは慎重に対象を選ぶ必要があるはずだ。
次に批判したいポイントはバズワードになりがちな「平等」という語句をどのような意味で使っているかが何ら書かれていない点である。性差別に関する論争でよくあるのが、”リベラル”は(結果平等を指して)「日本社会において男女は不平等である」と言っているのに対し”アンチリベラル”が(機会平等を指して)「日本社会において男女は既に平等である」と言い合い、すり合わせもないまま不毛な罵倒合戦をやるパターンだ。氏は文中において、差別・不平等が残置されている例として選択的夫婦別姓・同性婚・LGBT平等法が実現されていないことを挙げているあたり、結果平等を念頭に置いてこの文章を書いているのだろうが、”アンチリベラル”の多くの反応は「法律的にはどれも男女間で差異が無いのに何を言っているんだ?」というものになるだろう。細かいことをあげつらっているように感じるかもしれないが、やはり対抗論者の考えを想定していない内向きの文章になってしまっている。そもそも例として挙げられている選択的夫婦別姓・同性婚・LGBT平等法をジャンダー感の不平等という文脈で扱うことに個人的にかなり違和感があるが・・・・・(ジェンダー間の問題もあるだろうが、それ以外のイデオロギーの違いによるものがよほど大きいのではないか)。
最後の批判として、氏が「おじさん」に対する差別に無批判な点である。私が気になったのは『みんなの未来を選ぶためのチェックリスト』の記者会見において町田彩夏氏が受けたマンスプレイニングに関して言及している箇所だ。記者のマンスプレイニングに対して町田彩夏氏が返した「あらためてこの場において、特定の、所謂、ある年代以上のおじさんたちが司っている”国会”というのは日本社会に重なるものなんだなということを実感いたしました。ありがとうございました」という発言はマンスプレイニングを行った記者個人の言動を広げて「ある年代以上のおじさんたち」一般に拡大した差別的な発言である。大前提として、私は町田彩夏氏を非難する気は毛頭ない。記者のマンスプレイニングは本当に酷いものであるし、その反論が皮肉交じりになって問題のある表現が含まれてしまうのは理解できる。氏の毅然とした対応にむしろ好感を持っている。前置きでも書いたが、私たちは完璧でなく、時に差別的であったり配慮に欠ける言動をしてしまう。個別のそれを非難しても建設的ではないし、重要なのは周囲でありコミュニティがそれを容認しないことだと私は考えている。このnoteがジェンダーの不平等を訴える内容である以上、この町田彩夏氏の発言に対しスガナミユウ氏が言及しないのは不誠実ではないだろうか。少なくともその非対称な振る舞いは”アンチリベラル”が反発する最もたるものだと感じる。
ここまで読んでいただけるとわかると思うが、「誰が踏みつけられているか」はとにかく説得対象である”アンチリベラル”的な考えを持った対抗論者の思考をトレースできていないと感じる。そして自分と同じ”リベラル”的な思想だけを考慮したこのnoteは”リベラル”内でだけ盛り上がり、”アンチリベラル”には反発され、結局のところ分断だけを生むものとなってしまっているのではないか。誰かを説得したい時には、賛否はともあれまず相手の主張を理解するところから始めるべきだろう。この「対抗論者の考えをトレースするのが絶望的にできていない」点は近年のリベラル勢力に多い典型的な欠点だ。上記の私の批判にも多々問題はあるだろうが、少なくともこのnote「誰が踏みつけられているか」が無邪気に賛同一色となるコミュニティは絶対に健全でないと思うのだ。なんだかんだと書いたが、私自身はどちらかと言えば”リベラル”に親和的な考えを持っている。スガナミさんの主張に賛同するところは非常に多いし、全体的に見て日本社会は男性優遇の傾向にあると考えている。しかし社会は多面的で、一概に男性、女性、LGBTとくくってしまえるような問題はほとんど無いはずだ。いまいちど”リベラル”は自分自身の思想を俯瞰して考えられるようにならないと、本当にマズイ。
グランブルーファンタジーの公式漫画が女性蔑視的であると指摘する人が現れ、プチ炎上していたらしい。
<script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>ぐらぶるっのアニメ化に際して思うところがあったので、こちらの文章を公式の意見BOXに投げさせて頂きました。切実な要望のため確実に運営に届けたく、こちらにも貼らせて頂きます。グラブルというゲームが好きでやってるのに、おまけの漫画でずーっと嫌な思いをしたくはありません。 pic.twitter.com/XzUXfOcrKI— もにか (@monioron) April 1, 2020
言ってることは理解できるんだけどさ、そういう思想を持っていながらなんでグラブルやってんの? と思った。
ゲームからしてセクシズムエイジズムにまみれたキャラばっかりじゃねえか、と。
そういえば去年にはこういうのもあったな。
<script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>『第二の性』という著作の中で「女性は常に他者化されてきた」という指摘があったけど、一般的なRPG特にドラクエやFFではほとんどの場合、主人公つまり主体を担うのは男性で、女性キャラはヒロインや回復魔法等補助的役割を担わされがちであるという点も、この指摘が当てはまるなと感じた。— 町田彩夏🍚🐰まっちー (@Ayaka_m_y) April 22, 2019
なぜ彼らは洋ゲーをやらないのか。
違和感のあるティーンが主人公になることもなければ、若い女が男に媚びた衣装やロールをさせられることもない。
少なくともHD時代以降の洋ゲーはそのあたりがしっかり配慮されている印象だ。
和ゲーなんて昔から今までエイジズムセクシズムびっちりで、ゲーム会社も消費者も全く改める様子がない
なぜ改める様子がないかというと日本市場ではそういうゲームが売れまくるから。
いくら問題点を指摘しようがグラブルもドラクエも出せば何でもバカ売れ。
家庭用ゲーム機では和ゲーが何百万本も売れ続けている一方、洋ゲーはほとんど初週でファミ通の売上ランキングから姿を消し、超大物タイトルが頑張っても20万~30万本程度がせいぜいだ。
その気持ちを、悪いモノを叩くのではなく、良いモノを褒める方向に使おうよ。