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はてなキーワード: 教養とは

2018-12-20

anond:20181220085710

どういうこと?覚えたてと感じるのはお前の教養が浅いからでは

2018-12-19

運動をすると健康になるを実感できるような体育教育ってないのかな

体育の授業って教師が無理させるせいで「運動をすると恥をかく」「運動をすると息が切れて苦しい」「運動をすると全身が痛む」「次の日筋肉痛になる」「とにかく運動をすると心身を害する」って印象を強烈に与えてしまっているのが現状なわけだが、体育の授業が本来狙っているのはそれとは逆のことだよね?











はい。今マジメにブコメ書いてた奴らアウト~~~~。

教養力が義務教育未満ですね~~~~~。

日本学校教育の原型は軍隊であり、ここでいう軍隊とは悪名高き日帝軍隊なわけですから、体育の授業は「苦痛に耐えられるようにする」「とことん痛めつけて洗脳する」「お国の役に立てないのは恥だと思い込ませる」といった事が目的なんですね~~~~~~。

まり~~~~~~~~現状のような運動嫌いを育てるような教育方針は~~~~~~受け継がれてきた伝統なので~~~~~~~~今更変えられないのでした~~~~~~~~。

はい残念。

この国の教育は根幹から腐っているので上辺だけ変えようとイエローモンキー共が無い知恵絞っても完全に無駄でした~~~~~~~~~~。





はぁ……

戦争やってた頃に子供だった連中も半分ぐらい死んでるってのにいつまでこの状態なんだろうな。

あほくさ

2018-12-17

anond:20181217190700

キラキラネームじゃない(主観)のに読めない人名にであうと自分教養のなさに絶望してしまうな。

anond:20181217000328

理工系大学でそういうことを教養でおしえつつ、

授業の負担はそれだけだから比較的軽くして研究に没頭できるポストとかあれば

ある程度人文系研究業績を上げつつ理系にとって「役に立つ」わけで結構良いのでは

これから中国とかも需要ありそう、東南アジアとかも

2018-12-16

anond:20181216160544

経済でも医療でも、明らかにその分野の知識もそれ以外の教養も何もなさそうなのがどや顔専門家の言ってる事を否定してるのはよく見る

しろ知識教養も無いからこそ否定出来る、んだろう

無知の知とはよく言ったもの

2018-12-15

中卒だけど『1週間に100個』何かを覚える習慣をつけようと思ってる

会話の中で知らなかったら恥かくような英単語とか歴史上の出来事みたいな基礎的な常識でも、

自分が全く興味のない分野の例えば野球とかサッカー代表的なチーム名・選手名でも、

名作文学の作者とあらすじや難読地名マイナー花の名前みたいな知ってたら「おっ」って思われそうな教養でも、

なんでもいいから1週間に100個暗記して、俺ももう割といい年だけど今更ながら馬鹿で恥をかかない人間になりたいなって思ってる

から覚えるのがコスパええかな、高学歴増田人達教えてくれ

2018-12-13

anond:20181213191243

本来水炊き出汁なんか入れないんだよなあ。

教養の無さを露呈しちまったなw

anond:20181213191102

出汁の風味すら理解できないのかお前

育だちの悪さと教養の無さを露呈してるぞw

民主主義バンザイはてなーって教養なさ過ぎだろ

軍事政権だって、いいじゃない」という学生たちって記事ブコメ見て思ったんだけど、このレベル脳みその持ち主が上から目線政治語ってるとか頭クラクラしてくる

軍事政権が悪いとか民主主義が良いとかそんなレベルなの?

アフリカ民主主義根付かないのらなんでなのかとか考えもしない

お前ら戦国時代にもどって統一国家がない時代民主主義リーダーを選びましょうなんて通用すると思うか?

無理なんだよ

どこの国も血で血を洗うような争いの果てに1つの国が生まれてくるって当たり前の事実を知らないのかよ

その過程軍事政権誕生するのは歴史的必然

その必然性を否定するたか単純に歴史を知らない馬鹿なんだなとしか思えない

その軍事政権のような武力を背景とした強い政権じゃないとあっと言う間に国がバラバラになってしまう国だってあるさそりゃ

その状態に戻ればまた血で血を洗うような戦国時代に逆に戻りだ

国や文化歴史時代によっても変わって来るが軍事政権ってのは良い悪い関係なく必然的に生まれるんだよ

あんな頭の悪い奴らと同じ1票とかそれこそ差別的だわ

少なくとも高校生レベル知識教養を身に着けてから何が正しいか発信しろ

歳を取って気づいたこ

歳を取って気づいたことがある。金の亡者は得をするということだ。

 

住みたい場所に住む

自己投資をして教養を身に着ける

優秀な人と知り合って有益情報を得る

老後の資金を貯める

女にモテる

親を経済的に援助する

 

金があればこれが全てできる。金を稼ぐことは良いことづくめなのに、自分貧乏人の嫉妬大衆に媚びたメディアに影響されて金を稼ぐ努力をしてこなかった。もう遅いかもしれないが今から金儲けに徹しようと思う。他人評価など知ったことではない。

2018-12-12

anond:20181212222406

ちょいずれるがアメリカホームスクーリング合法から学校行かずにオンラインで授業受けてる子は多数存在する。

けど、小学生子供だけでそれでちゃん勉強出来る子なんかそうそういないので(そもそもアメリカじゃ小学生を一人で家に放置したら違法だし)

親ががっつり面倒みられる家庭でないと無理だよ。

アメリカ小学生だろうと一定の成績取れなければ落第もあるからホームスクーリングという事にして全く勉強させないで放置は許されないし。

なので教養があり教育熱心な母親(たまに父親)が子供につきっきりで勉強教えられる(それが出来るだけの経済的余裕もある)家庭が多い。

中流層で高額な私立に通わせるほどの余裕はないor田舎在住でそういう私立が近くにないが

地元公立は荒れてるから通わせたくない、なんて親たちね。

そのせいでホームスクーリングの子の方が通学してる子より学力平均が高かったりする。

日本でも、それが(法律的、あと社会的に)許されるなら

学校に行かせず家や塾で勉強させたがる家庭は多そう。

中受するのに公立校の勉強なんか役立たずだし学校行く時間無駄、とか言ってる人沢山いるし。

まあ横並びの国民性からあと数十年は無理だろうが。

anond:20181212101953

誰もやりたがらない仕事が全部高給ならその理屈分からんでもないが、実際はそうではない。

誰もやりたがらない原発作業員なんか売春婦よりよほど低収入。てか比較にならない。

教養技能もいらない仕事で高給を得られる、これだけでもう特権階級

2018-12-11

実力底辺エンジニア目線から

NTT研究所退職エントリを皮切りに、いろんな転職体験投稿されるようになってきた。ちょっと前にも退職エントリ流行った時があったと思ったけど、思い出すのが面倒だからまあググってみてよ。

あい退職エントリ、そして転職成功談を見るとああ眩しいなぁ、すごいなぁ、羨ましいなぁとなーんにもできない自分がすごく情けなく思えてくる。

製造業システム部門みたいなところで働いてるんだけど、いま26歳。大学は三流私立理系情報工学を出た。いちおう卒論も書いてるよ。まあ学部卒だから、先輩たちがずっと引き継いできたプログラムちょっとだけ弄っただけ。教授卒業させてもらったようなもんなんだけどさ。

そんなんだから情報工学の基礎もあるようなないようなもんなわけよ。CとJavaちょっとかじって、ちょっとしたプロジェクト課題みたいなのをやって、グラフ理論とか、教養科目だけど線形代数やって、画像処理とか、論理回路とか通信の基礎とか学んだら実習したりまあそんなもん。

そんなこんなで卒業して、研究室の先輩が就職してたからって理由で受けた企業内定もらえたか就職して、集合研修受けて配属されてはや数年ってそんな感じ。

自社開発の製品ちょっとだけカスタマイズして納品とか、時々問い合わせ来ると対応したりするそんな感じの部署。だいたいC#Javaの組み合わせで、ときどきJavascriptをちょっとだけ書いたりする。でもだいたいはexcelとかWord資料作って、バッチちょっと書くとかそんな感じ。

モダン言語っていうの?RubyとかPythonなんか業務で触ったことがない。

バリバリプログラムを書いて製品作ってサービス提供するとか、工学的な視点から研究するでもなく、先人が作り上げてくれたなんとなくの仕組みをなんとなくなぞるような仕事をしている現状。それでもそこそこお給料はもらえるから生活するのに困るとか、めちゃくちゃ残業が多いわけでもない、けど、微妙に、ぬるい。

話が逸れまくったけど、結局、自分にはできないんだろうなって、転職とか退職エントリを見るたびに感じる。ソフトウェア開発する実力がない、底辺エンジニア目線から

ロボットアニメ現代中世絵画である

すげーいまさらだけどフルパワーグリッドマンの合体シーンの元ネタ探しで盛り上がっていた界隈を見ていて思った。

知ってる人は知っているだろうけど、前近代西洋美術は絵の中に登場するモチーフはだいたい元ネタがあった。

「この人物ギリシャ神話に登場する誰々」とか「この果物聖書言及されている○○の比喩」とか、まあそんな感じのね。

当時の知識人にとってはそういう元ネタを知っているのが教養であり、絵描き元ネタを汲み取ってくれることを前提に描いていた。

んでロボットアニメの変形・合体シーンというのはまさに現代版のそれであって、「ここはグレートマイトガイン」「ここはガオガイガー」みたいな「元ネタありき」の芸術になっている。

知識データベース化が進んだ結果、ロボットアニメ中世絵画みたいな文化形成したのはなかなかおもしろいよなと思う。

2018-12-10

anond:20181208201423

士郎正宗って美大出の画家なのに、

どうやってあれだけの知識教養を身につけたのか教えて欲しい

ちあきなおみ喝采』の歌詞が嫌いだ

表題の通りだ。俺は昭和60年まれだが、この歌詞を尊んだ昭和人の感性がわからない(あえて術語をでかくするぞ)。

嫌いな理由を端的に述べると2つある。

まず、情景が飛び過ぎなのだ

そして、飛び飛びのシーンそれぞれが象徴的でゴテゴテと飾り立てられている点だ。

一番の歌詞

3つの空間がある。順に見て行くと、

A ステージで歌っている語り手に訃報が届く。

B 訃報の主が語り手を故郷? の駅で引きとめようとした3年前

C 故郷? での教会での葬儀の場面

ついでに二番の歌詞

D 教会白壁

E 故郷? 駅の待合室で、自分のヒットソング聴く

F 舞台でいつものヒットソングを歌う語り手

こう見ると、舞台立ては「都会のステージ――駅――教会――教会――駅――ステージ」と整っているように見えるが、実のところバラバラである

時の操作がめちゃくちゃなのだ

まずAが地味におかしい。

恋の歌歌う私に黒い縁取りの訃報が届くのだ。

冷静に考えるとステージ去ってから訃報を目にするのだろうけど、見かけ上ステージで歌っている語り手に郵便屋が届けたように書かれている。

それだけAの時点で時系列の運びが性急なのだ

そしてB。

Aがおかしいのにいきなり「あれは3年前」とか言い出す。

そしてC

いきなり時が戻り、そして故郷に帰って葬式に出ている。

空間バキバキになっていることが解るだろう。

そして良いシーンをこれでもかこれでもかと持ってくる。「ほれほれ良いシーンどんどん行くよー」的な過剰包装的な過度の装飾。


C-Dへの情景の経過はやや丁寧だ。昼下がりから夕方葬儀が行なわれたのだろう。

そしてE。

駅に戻ってきたのは解るのだが、対称となるべきBの位置と異なる。

B動き始めた汽車に一人飛び乗った:ホームでの出来事だろ

E暗い待合室

Eはラストへの布石になるし、一人になったことを示していて叮嚀な箇所もあるが、しかしどうも空間がずれている。


こんな感じで、情景が性急に飛びすぎな印象を強く受ける。

そして、それがさもありがたそうに語られ唄われる。今でも「昭和名曲」としてありがたがられる。でもそれは虚仮だと思う。

なんつーか、下品表現なんだけど、昭和にわか成金にわか教養人、にわか中流家庭に向けられた、安っぽい感動への舞台立てだなと思うのだ。

いかにも「名曲」のような装いをしているのだがその歌詞は人の死と愛を浅薄かつ性急にそろえただけのものだ。

こうした「インスタントな大作」感が気に食わないということだ。

このあともう少しすると、例えば米米CLUB浪漫飛行』みたいな具体性がほとんど何もない抽象的な歌詞流行る。

こうした傾向は、『喝采』に限らない具体的な情景描写稚拙さ、あるいは陳腐化の反動ではないかと思っている。

anond:20181209125120

沢城みゆきの演技がひとつ理想形とされてるあたり声優音響監督も何も勉強してないんじゃないかと思う。とにかく教養がない。まあポルノから別にいいけど。

本当ってなんだよ

Twitter見てたらよく

〇〇なことをしていた人がいたんですけど本当に△△が好きなら◎◎するはず

という内容のつぶやきがバズってるけど

アレの「本当の」という部分に無性にイラっとする

なぜかは自分でもわからない

常識的に考えて」という言葉だったらイラつかない

これもなぜかはわからない

十人十色であるはずの愛の形や表現法を「本当」か「嘘」の二極で決められることがムカつくのかなーと思ったけど

常識的に考えて」という言葉だったらムカつかないんだったらこ理由も多分ズレてる

教養もないし思考力もないからこういうことで悩んでる時は無駄に引きずるから困る

2018-12-08

筋道立てて物を考えられると本人は思っているのだろうが

他との関連が想像できない、想像するだけの知識教養を持たないだけって人はけっこういる

anond:20181208084654

ないすね。身の回りにもとんでもないブスを見て大笑いする人というのは見ないす。

ひょっとすると笑いたいけど我慢してる人はいるかもしれないが、社交上、そういう差別的な振る舞いは軽蔑されちゃう。少なくとも私の身を置くコミュニティでは、共通言語としての教養の中にブスを見て笑うというのは含まれてないです。

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

anond:20180602125034

誰かがブスだからという理由で心の底から笑ったことがない

誰しもそうだろうと思う

人の意外性や創造性や肯定的共感、そういったものへの驚嘆に笑うという行為が付着するんで、顔の造形がよくないことばかりをプライマリにする必要などどこにもない

大体2度も見れば顔面など無味乾燥記号になる

友近鳥居みゆきは綺麗だが、美醜とは無関係技術教養ものを作っている

2018-12-07

先生が生徒の親よりバカ問題

ツイッターのおかげで大学先生までバカ扱いされだすと教養危機ではないのか

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