はてなキーワード: 学問とは
知り合いの近況を人づてに知り、思うところあったので書いておく。
Twitterを通して知り合った、アラサーの男がいた。増田と同年代のこの男を、Aくんとしよう。
Aくんと知り合ったのは、の別の男性がきっかけだった。この人をBさんとしよう。BさんはTwitter上で趣味の合う知り合いに声をかけ、しばしばオフ会をしている人だった。僕も声をかけてもらって、予定があえば参加していた。少ないときは3,4人、多いときは10人くらいの参加者がいただろうか。ファミレスやカラオケなんかでだべって、普段はできない趣味の話ができるのでよい息抜きになっていた。
ある時、Bさんがこう相談してきた。知り合いでAくんというやつがいて、オフ会に呼ぼうか迷っている。かなり変わったやつで、言動が失礼と感じる人もいるかもしれないが、増田さんとは大学の専攻も近いようだし、話があうんじゃないかと思っている。次、限られた人数で会を催して、Aくんを呼んでもいいか、と。Bさんは仕事柄、学問にかかわることにアンテナをはっていて、しかしいつものオフ会のメンバーでは学問的な話題にならないので、そういう雑談ができる場がほしいらしいのだ。増田がオフ会によばれるようになったのも、そういう話ができそう......という期待からだったようだ。
AくんのTwitterをみてみると、しばしばネタツイートをしていて、そのなかには信じられない下品なものもあった。しばしば昭和天皇のコラ画像をつくっては貼って大喜びしているようで、これがアラサーの男性のツイートとは到底思えず、陰キャ大学生のノリをいまだに捨てきれていない感じが痛々しかった。しかし、Twitter上ではこうでも、さすがに実際に会ってこのノリでコミュニケーションをしてくることはないだろうと、呼んでも大丈夫ですよ、とBさんに軽々しく返事をしてしまった。これが大きな間違いだった。陰キャ大学生のノリを引きずる痛々しいアラサーの男性がそこにいた。
Aくんは天皇いじりや反出生主義、そして女叩きをイケてるインテリギャグだと思っているようだが、増田はただ愛想笑いを返すしかなく、その愛想笑いを肯定的な反応と勘違いしたAくんは益々不謹慎ギャグを連発した。ときたま真面目なトーンでBさんが話題をふって学問の話をしたりもしたが、Aくんは自分の専門分野以外のことでは自信満々に偏見に満ちた見解を連発する。端的にいってインターネットの再放送しかできない人間だった。なぜおれはこいつの独演会に付き合わされているのだろうといたたまれなくなり、適当に理由をつけてそそくさと中座した。
そういうわけでAくんの印象は最悪だったわけだが、Aくんにとって増田はBさんと同じく「気安く話せる仲間」として認識されてしまったようで、しばしばTwitter上で遊びに誘われるようになった。あの不愉快な独演会に付き合わされてはたまらないので理由をつけて断っていたのだが、美術館の企画展にいくことをツイートしたことでその美術館近くまで押しかけられ、不本意ながら食事をご一緒する羽目になったりしたこともあった。オフ会ならば人数がいるから多少ましだが、サシであうのはほんとうにつらい。よくBさんはこいつと二人で出かけたりできるものだと感心していた。
そんなこんなでAくんとつかず離れずの距離感をたもっていたが、Aくんに恋人ができて状況が大きくかわった。AくんはTwitter上である女性アカウントに熱心にリプライをおくっており、好意をよせていることはもろバレだったのだが、どうやらそれが実ったらしい。Aくんは昭和天皇のコラ画像を連投するかわりに、恋人と仲睦まじく過ごす様子を逐一Twitterで報告するようになった。恋人はAくんの趣味にも理解があるのだと誇らしげにツイートしていた。
Aくんはそれを祝福してほしいのだろうな、と思った。Bさんや増田のような「気安く話せる仲間」たちに。でもそうする気には到底なれなかった。それが非モテである増田やBさん、オフ会の参加者たちへの自慢のようにみえたから。「オタクくんたちもはやくライフステージすすめないとw 恋人なんてすぐできますよw」とつぶやくAくんは、言葉と裏腹にお前らにはぜったい彼女できないだろwと嘲笑しているように思えた。
あれだけ女叩きをしていたのに、虫がよすぎないか?内心そう思っていたが、それをつぶやいたりはしなかった。しかしBさんはちがった。「あんないかれたやつにも恋人ができるのか」「あんだけ女叩きしといて彼女できたら去勢されちまったなw」「反出生主義をうたってた男がせっせと生殖活動とはねえ」と、名指しはしないながらも明らかにAくんのことを指しているとわかる様子で罵倒していた。Bさん、あんたもAくんのこといかれてると思ってたのかよ......と驚いたのだが、それはそれとしてBさんの気持ちはよくわかった。
これにAくんは激怒した。いかれたやつとはなんだ!おれはお前らのように女叩きはしていない!(嘘だろ......と増田は思った)恋人がいるからといって生殖するとは限らないだろ!女叩きで連帯しているお前らのような有害ホモソ集団とは金輪際縁を切る!と激烈なツイートを連発し、Bさんを謝罪させた後、ブロックした。「有害ホモソ集団」との縁切り宣言はまもなく実行にうつされ、増田を含むBさん主宰のオフ会参加者は一様にブロックされた。これでAくんと増田の縁は切れ、平穏な日々が戻ってきた。その直後に新型コロナの流行がはじまって、Bさんのオフ会自体も開催されなくなってしまった。
そしてつい最近。Aくんが大変なことになっているらしい、とオフ会のメンバーから聞き、久しぶりにAくんのアカウントをのぞいてみた。Aくんの身におこったことは、増田の想像をはるかにこえていた。なんと、あれほど仲睦まじかった恋人にTwitter上でDVを告発され、それを名誉毀損で訴えるのだと息巻いていたのだ。しかも、Aくんと恋人のあいだには息子がいるらしい。あの、反出生主義こそが正しいのだと息巻いていたAくんに、子供......。子供を恋人に渡したくないAくんは、実家の両親とともに子供を育てる気でいるらしい。Aくんはかつては実家暮らしで、しばしば自身の両親の毒親ぶりをおもしろおかしく語っていた。恋人ができて、ようやく毒親から救ってくれる人が現れたと喜んでいた。そのAくんが恋人と破局し、結局両親にすがるのか......。
恋人ができたときもそうだったが、Aくんには首尾一貫した考えというのがそもそもなく、そのときどきで都合よく自己認識を変える癖があるのだろう。
さすがにここまでの経緯が気になって、ツイログで遡ってAくんの足跡をおってみた。この三年半あまり、Aくんにはいろんなことがあったらしい。増田たちをブロックしてまもなく、恋人が妊娠したようだ。その後、新卒からつとめていた企業から大企業に転職し、年収が一千万を超える!これで嫁さんと子供を養える!と大喜びしていた。おれを叩いていた有害なホモソ集団の諸君、年収一千万越えてるかな?と、そのツイートをみてもいない増田たちをあおって鼻息荒い様子だったが、数か月後、どうも雰囲気がかわってきた。成果物のクオリティが低く、上司に叱責された。在宅勤務でのさぼりを疑われ、強制出社を命じられてしまった。そして、試用期間が終わって、どうやら解雇されそうだ......。Aくんはあまりにも赤裸々に、身辺の状況をつぶやいていたようだ。そしていまは、アルバイトをしてどうにか糊口をしのいでいるらしい。パートナーへのDVが事実かどうかは定かではないが、もしほんとうだとするならこの経済的に不安定な状況が原因なのかもしれない。
そして恋人から解放され息子を両親に預けたAくんは、自分の趣味に没頭しているようだった。これがほんとうのおれだったんだ!といわんばかりに。
もしAくんに恋人ができず、「有害ホモソ集団」とずーっとつるんでいたらどうなっただろうか。増田はしばしば不快な思いをしただろうが、それでも不幸な子供がひとり生まれてしまうことはなかったはずだ。祖父母に育てられること自体が必ずしも不幸とは思わない。でも、一方がDVをインターネット上で告発し、一方がそれを名誉毀損だと訴える両親のもとに生まれてしまったことは、幸福なことだとはいえないと思う。反出生主義はただしかった。少なくともAくんにとっては。
有害なホモソーシャル集団は、Aくんを、いやその子供を救うセーフティーネットになれただろうか。増田たち非モテの男たちは、子供を救うライ麦畑の捕手になれただろうか。それはわからない。Aくんは不愉快で、救いようのないやつだ。でも、その子供には、どうにか幸福な道が、祝福された道があってほしいと願う。
立派な仕事してるのに「自分の仕事なんかしょーもないもんですよ」と謙遜ができる人間が本当に少なくなった。
たいていの人間、勉強仕事がこんなに大変だとか、家事育児が大変だとか言って愚痴ばかり。(そしてそれをこなしている自分凄いでしょ、という心)
自分のやってることなんか誰にでもできますよ、なんてとても言えないだろう。
最近はCMとか見るとどの企業も「社会の誰かの役に立ってる」的な、なんかふわっとした良い感じのポエミーなキャッチフレーズで自社を気持ち悪いくらい賛美してるものが多い。
社長やら実業家やらが驕り高ぶって謙虚さをしばし忘れてしまっているのはまだいいが、水商売やら配達員みたいな連中まで「誰かの役に立つ大事な仕事だ」、とかそりゃ需要があるから金が入るんであって必要不可欠な仕事だし誇りを持っていいことなんかめちゃくちゃ当たり前なのに、自分に自信が持てないでそんなポエムに縋ってる姿が哀れで仕方ない。
そんな薄っぺらな当たり前のことしか言わんポエムがないと自己肯定できんのかと悲しくなる。
一番典型的なのは、昔は芸人とか芸術家なんかはめいめい自分の仕事はしょうもない、俺らは落伍者だ、道化だと自虐していた。学問ばかりをやってる研究者なんかも、自分は社会からはみ出た仙人みたいな存在であること認識していた。
今そいつらに位置するYoutuberやらなんかは完全におごり高ぶってわけわからんポエムを吐いて自分の仕事を神格化している。
研究者や専門家はまるで世界の中心にいるかのような感覚で仙人である自分を自覚せず、机上だけの論理で現実的な生活感覚のないまま好き勝手に本を書いたり、コメンテーターして世の中をかく乱している。
とにかく自分のことを良い感じに見せることしか頭にないやつが多い。
別に「自分はしょうもない人間」でいいじゃないか!そして「しょうもないなりにはそこそこやれてるな」って、内心で思ってればそれでいいじゃないか!
そりゃ誰だって内心自分の仕事を誇りに思ってるし、でもだからってそれを他人にわかってもらおうなんてしなくていいし、自分の仕事が一番偉いと思いながらも、表面上はお互い立てあってたらいいじゃないか。
日本人の謙虚さとかは、それを逃げ道にして臆病なだけの人間が増えたせいでいろいろ言われるが、やはり素晴らしい美徳だと思う。今一度取り戻してほしい。
現代では自分のことを下げて言えるのは強者の特権で、自分なんかしょうもないですって言えるほど余裕のある強者がもういないんだろうか。
建築家の「風景学」みたいな論ってぜんぶこけおどしのハッタリやねん。ただのクソポエム。
香山リカの「社会を対象とした心理学」みたいなエセ学問やな。学問的な体系も方法論もなにもない。
建築意匠屋さんはそんな都市とか歴史、政治みたいな大きなものを相手にした勉強しとらん。建物一個の見栄えをオシャレにするプロでしかない。そしてもっと広範囲、街全体任せてくれたらもっと混じりっ気なくオシャレになるのにと素朴に思ってるだけ。
(内藤先生が手掛けた鳥羽の海の博物館でも見に行ってみればいい。と〜ってもオシャレで何もない誰もいない、THE田舎のハコモノ)
そういう人が素人ならではの大風呂敷を広げて「いくじなしの光景」みたいなスカスカのコピーをいろいろ考え、ド素人が口真似するわけや。
オフィス街を歩けば感じられるのは、人間の構築・秩序化への願望。直線により作られるビルのシルエットは直線的で、自然から遠く離れた造形だ。
これらの建築は、計画的に施工されなければ作れない。計画性、論理的思考、工学、科学。発展してきた学問と積み上げられた技術の結晶だ。
一方で、その街中を歩く自分の心は、そうした構築的な状態からほど遠く、人間関係や男女関係の悩みでいっぱいだ。それらは計画しても実現できるとは限らず、理性でコントロールできる範囲も限られる。容赦や体格、年齢、ホルモンバランス、セラトニン分泌。要素を分解し、一定の調整ができたとしても、根本的に計画・構築することができない要素群。
現代の悩みは、秩序と自然、両方の能力を求められることへの戸惑いかもしれない。計画的に人生を進めながら、流動的な人間関係を乗りこなすことを求められる。相反するかもしれない力の方向性を操り、両方で優れた結果を残した人が成功者とみなされる。
私も就職氷河期〜。
でも単位落としてそもそも卒業できなかったから結局正規フローで就活はできねーなって思った。
そもそも団塊の世代と団塊の子供たちは人数が多くて、企業からしたら落とし放題なんだよね。大量に応募してくるからそれこそ「外で上着を脱いだか」みたいな落とす理由見つけて積極的に落とされてたもんね。欠点探しの最盛期だったと思う。パワハラ年代か採用担当だったこともあって、企業側はやりたい放題だった。
私は結局新卒カードを持たなかったから「社員登用あり」のバイトに応募して、圧迫面接だのn回目の面接だの一般教養テストだのぜーんぶスキップして無事フルタイムでの金稼ぎ手段にありついた。
新卒で入社してきたのは全員ウェイ系で、女の子に至っては美人しかいなかった。社長の趣味がよく分かった。これ見て自分には正規フローでの就活は絶対無理だったなって強く実感した。
そして新卒の皆さんは今度は一週間の飛び込み営業っていう「研修」させられて、3割くらい脱落してた。私は社員じゃないのでこれもスキップ。
当時は第二新卒って言葉もなかった。だから、あれ耐えられなくて辞めて新卒カードを失った人達はどうなったんだろうと思う。
友人たちはみんなそこそこ就職して、でもみんな「5年勤めても後輩ができない、ずっと下っ端」だった。大学院まで行った一人は就職に役立つ学問じゃなかったのでバイトで働き、切られた。一時期は親の雇用形態変更に伴って3ヶ月とか保険証なくなって難儀してた。病院の費用貸したり(あげた)、単発バイトに誘って昼か夜奢ったりした。
そして親は団塊の世代なので、退職金が満額受け取れないとか、年金が受け取れないとか、医療費1割負担になかなかならないとか、人数が多いことを理由に「社会に金を払い渋られる」のを目の当たりにした。これが自分の世代にも起こるんだろうなという実感。
バブル当時は0%だった消費税も今や10%で、所得に応じて取られる金も年々増えていく。震災復興税とか、一度取り始めた税はもう取りやめることはないのかと思う。物価も上がるばかり。でも年金も雇用保険も返ってくる気がしない。社会の恩恵も受けられない。医療費に至っては、払っててもマイナンバーカード持ってなければ10割負担にする気なんだ?って思う。基本的人権を守った法律作らないと憲法違反なんじゃないの?
あと人数が多いから露骨にターゲティングされるけど、払える金自体はそんなにないので何につけても「若者の○○離れ」とか言われ、金を使わないことを責められる。まぁもう私たちの世代の話でもなくなったけど。
ズルで就職氷河期すり抜けた自分語りしようと思ったのに、なんか愚痴ばっかりで長くなってしまった。まぁチラ裏ってそんなもん。