はてなキーワード: テキストサイトとは
昔、はてなブログが「互助会」なんて言われてた時期もそうなのですが…
というのが、コミュニティ強めのブログサイトの末路なのでしょうね…。
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個人的な日記感覚で使う人が増えてくる(DLチャンネルの場合、新規ファンを増やすために日記的な内容が奨励されるようになる)
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この辺から「いいね」と「多くの人にとって有益な記事」が緩やかに分離し始める
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アフィリエイトや文章で注目されることよりも、友達作りや承認欲求満たし合戦に勝つことが目的の人が出始める
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この辺りになると、明確に「有益な記事でアクセスを集める層」と「身内ネタ」の層でグラデーションが明確になり始める
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サイト全体のドメインパワーが落ち始め、有益なことができる人が自サイトや別ジャンルに亡命し始める
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うっすら感じてた「イヤーな感じ」。
どこかで見たことあると思ったら、「はてなブログ」で経験した流れですね…。
「ECサイトとしっかりつながってるから、はてなほど読まれなくなっても滅びない(むしろ、レビューとしての意義が残ってくれさえすれば、ちゃんと続く)」
という点。元からドメインパワーが上げにくい構造なので、コミュニティサイトとして弱くなってもしばらくは運営し続けられるところ。
何がおもろいって、この2つのサイトのあり方を「キャラ売り」「承認欲求モンスター向け」のサイトに変えちゃった人が…けっこう似てるんだよなぁ。
本人のプロフィール見た限りだとね。
自分たちのことを「ネットウォッチャー」だとか言ってたはてな民なら、もう気づいてる人いるんじゃないかな?
今のDLチャンネルは、かつて大昔のはてなブログ知ってる人には面白いかもよ。
「カチカチ山」とかいう和製サウスパーク、いつからヌルくなったのか
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.youtube.com/watch?v=paCPv0-jB5w
VTuberの月ノ美兎がカチカチ山という民話を論評する動画で、
普段はVTuberに関心を示さないはてブユーザーにも好評だ。
「奇声と馬鹿笑いだけがとりえの youtuber たちより面白いな」
こんな感想があった。
デイリーポータルZ的な、テキストサイトを思い起こさせる知的なエンタメだけは認めてやろうという、歪んだ自意識が透けて見える。
バカ高いテンションや当意即妙なリアクションこそがYouTuberやVTuberの面白さなのだが、
それを楽しめない陰気な人間からすると世間的には人気な配信者が気に入らないらしく、
これは私の場合だけなのかもしれないけど。
そして気づいたことは、その広告が私に作用するものがほとんどないということ。
そうすると広告を何秒間か見せられる、というパターンが多いのだが、
5秒間とかそういう時間のあいだただ目的の記事に対して意識は集中していてその広告が眼中にない。
それはすなわち私に対して広告がターゲッティング出来ていないというのもあるし、
そもそもその広告が目に入らないように私の脳みそのシステムが出来上がっている。
なんというかテレビCMとか雑誌の広告のようには視覚に入って来ない。
これがYouTubeとかの動画が再生される前のCM動画だと話はもちろん別になるんだけど、
テキストサイトを読むための待ち時間に表示される広告というものは全く眼中に入らない。
じっと「あと何秒で報酬を得ます」というような文字とその広告を消すための「✗」印を眺めている。
本当にただの待ち時間、これを表示させることによって目的の記事を読めるという報酬を得るための何もしない時間になっている。
これは私にとっては、ということなんだけど、いったいこんな広告に果たして成果はあるのだろうか?
繰り返しになるけど、報酬型(という言い方は間違ってるのだろうけど)のweb広告に対して私の脳みそシステムは全く反応しない。
なぜならそれは眼中に入らないからだ。
はてブのゲームカテゴリでJiniのnoteがホッテントリ入りしてて、まぁ俺は無料部分しか読んでないんだけど。
ゲームなんて誰がなんと言おうと結局は金はないけど時間はある若い人向けの趣味なんだからそういう人達を読者にしないと先細るだろ。
若いユーザー向けのタイトルを出してこなかったプレステが元気なくて出した任天堂が元気なことを誰よりも近くで見てきたはずなのに。
自分達は同じ失敗してんのアホでしょ。
メディアもライターもみんなやりたいのは初期のゲーム批評みたいなのや2000年前後のテキストサイトみたいなのばっか。
そりゃ中にはこういうのもあるよね、程度だったら面白いんだけど商業メディアは全部これ。
両親は共働き。
2歳か3歳くらい、歩いて喋れるくらいから保育園へ通っていた。
そこに始まり、おおよそ常識と呼ばれるものは親に教わっていないことを後に知る。
特に洗顔・歯磨き・手洗い・うがい。あと交通ルールと他人の家でのふるまい。そもそも親がしているのを見ないのでなかなか習慣付かなかった。
小学校に上がり、数字がただそこにあるものではないことを知る。みんな当たり前に20くらいまで順番に数えられる。その前提からスタートしてる衝撃。幼稚園はお勉強があるらしいが保育園は自由だったからなぁ……。絵本好きだったので文字は読めた。
家でTVは付くものの、時間的に終わってたり、そもそもアニメ見てると怒られてたために小学校内で誰とも話が合わない。
たまにドッジボールに誘われてもぶつけられるのがメインであるため次第に参加拒否。あとバラエティ番組の真似が流行っていて、雑巾を人の口に突っ込んで笑いまくってる人たちがいて、アレとは少しでも関わらないでいられるように避けまくっていた。
あるとき何の気の迷いか、父が古本屋でときめきトゥナイトの4巻?とかを買ってきてくれた。マンガというものを初めて知る。読み方がわからないし中途半端巻なので何も分からない。
小3か、セーラームーンが好きな子と知り合えたためセーラームーンだけ視聴許可が出る。学童でセラムンの話をするか児童館の本を読んで過ごす。
アニメは引き続き禁止だったが、ニチアサは親が寝てるため見放題だった。当時やってたのは美神とかたるるーとくんとか。ママレードボーイはOPは覚えてるんだけど中身を一切覚えてない、やはりエロは強い。
小4か小5くらいに学校にマンガを持ってくる不逞の輩が出現し、クラス中でマンガが流行る。
マンガとの初めての真っ当な触れ合い。
ただ学校は当然マンガ禁止なので、放課後、親が帰ってくるまでの間に借りたマンガを隠れて読む。
マンガという共通の話題で人と話せるようになったが、「あいつが触った本は汚い」といった言われ方をされるようになり、借りられなくなり放課後古本屋に入り浸るようになる。
そういえば当時「横断歩道の白線からはみ出たらがんになる」というルールが流行っていたらしいのだが、私には「白線を踏むとがんになる」と伝えられていた。地方によってルールが違うタイプかと思っていたけど、白線に乗るのが正ルールなのは全国共通っぽい。まぁつまりそういう扱いだったってこと。
まぁそんな感じで「常識」「普通」を知らないために、どうしても日常のあらゆることで齟齬を起こすしつけ込まれてバカにされる。
そして変人、おかしい人、問題児といったレッテルを貼られ何においても仲間外れにされる。
小5頃から、絵を描かせてスゴーイと言いながらプークスするような女子のイジメが始まる。絵を人前では描かなくなるが、手を変え品を変え「ちょっと親切にして裏切って反応を楽しむ」「おだてて木に登る猿を見て嘲う」みたいな手口のイジメが私に対して流行るようになる。
修学旅行の班決めがその最たるもので、班決めを嫌がる私の態度辺りから親が中受を決意。
で塾に通うようになってからラノベの存在を知る。スレイヤーズ。オーフェン。
富士見ファンタジア文庫にハマり、塾をサボって本屋の文庫本コーナーで何時間も立ち読みするようになる。
教育ママが激しくなり、叩かれながら必死で勉強する(なお母は今「親が子に手を挙げるなんて信じらんない」とワイドショー見ながら憤っている)。
再度マンガゲームアニメラノベが禁止される。父が気まぐれで買ってくれたときめきトゥナイト4巻?、前後をこっそり買い溜めてあと2冊でフルコンプとかのところ、あえなく捨てられた。
ゲームは触れる機会がなかったのでその時点では特になんてことはなかったのが、ポケピ・テトリス・たまごっちといったキーホルダータイプのゲームに触れてしまいアウト。
借りたテトリスが見つかり母親に金槌で壊されてしまう。塾の友達には無くしたと言い張り、弁償しろと言われるも無視して逃げ回り縁を切られる。
中学受験は成功し女子校へ入学。親の帰宅までアニメが見られるようになる(黙認)。遅ればせながら友達からポケモンの存在を教わりハマり、休み時間にやらせてもらう。また別の友人からコバルト文庫と京極夏彦を教わり、また別の友人から封神演義(アンソロ)を教わる。図書室で小学校の比にならない蔵書量に感動し入り浸る。月曜日はお昼を減らしてジャンプを買いキャッキャする。
休みの日に遊びに行こうと誘われて行ったのが作者サイン会で、サイン本は残念ながら母に見つかりライターで着火・水道水で消火の上ゴミ箱に投棄された。
ネットは父の気まぐれ(いい方)により1日1時間制限で許可。1時間なので基本は学校のPC室。家にパソコンない子が携帯から夢小説読み過ぎて請求がン万来て親に怒られたみたいな話も聞いた。自分は携帯禁止。
毒吐きネットマナーでマナーを学び、18禁サイトでアクロバティックな性癖を巡り、自分でもとほほのHTMLを見ながらテキストサイトを運営し、レンタルBBSを設置し、絵茶をし、小説やマンガを書き、友達と「ファンに家特定されてストーカーされて警察沙汰」みたいなネット噂話とかしながらお互いのサイトを巡り合う。
小学校時代を知る人がいないし、話が通じないからとイジメてくる人がいない。エロ話を茶化してくる男もいないしまさに天国。
やっと人と人並みにコミュニケーションが取れるようになる。
親は敵だったので反抗期はかなりアレだったものの、オタクとしては幸せな中高生時代を過ごし、大学進学。
酒も飲めずTVの話題も分からず現実の恋愛もオシャレもしない女にできる会話はない。(オシャレは禁止されてなかったけど、やろうとしてたら禁止されてたと思う)
ストイックに勉強だけするなら大学ってのもありだと思うけど、友達欲しがったのが色々と間違いだった。
ネットに入り浸り、人間観察「何が普通で何が普通でないか」「空気を読むというは具体的にどの状況でどういった行動を取るのか」の研究を始める。
バイトという実戦も繰り返し、結果「最低限の偽装はできるが『なんかおかしい人』であることを悟られないのは無理」という結論に。
そもそも我慢してウェイの言う『普通』をするメリットがないことも多く(例えば女らしくするとセクハラされやすくなるし、みんなで一人の欠点を嘲うのに楽しさや仲間意識を感じられない)、あと「『普通』じゃない人間が生理的に無理」という一定数の人に普通らしくふるまって見せるのはかえって逆効果であることもあり、今や偽装すら放棄してヤバい人のレッテル貼られたまま過ごす立派な社会不適合者に成長。
あとバイトで金を稼いだので特に合意なくマンガアニメゲーム解禁ってことにした。部屋が埋まるほど買ってるので反動〜〜ってなってる。
という訳で、結局のところ親がガチの「生活の常識」を教えないといけないのと、マンガアニメゲームを禁止すると小学校という最初の社会で孤立して深刻なコミュニケーション欠陥を抱えるので、なんでもかんでも制限するとこうなるよの悪い例として展示しとく。
テキストサイト本当好きだったなーみたいな。自分の城たるサイトを構築するために皆んな必死にhtmlとかcssを学んだもんですよね
何処まで行っても個人プレーみたいなところがあって、SNS時代の今と比べると横のつながりが薄くて、それがまた良かった
馴れ合いみたいなのは確かにあったけど、常に誰かと誰かが揉めた事で炎上してるみたいなのは無いと言いますかね…
どんだけおもろい文章を書くかで勝負する人もいれば、ちょっと詩的に自分の学生生活を書く人もいて、一方オピニオン系の記事書く人もいたわけで
文章の質や内容で競い合う、あとそのガワたるHPの見た目でもちょっと個性というか技量みたいなの出るみたいな…おもろかったよなーマジで
テキストサイト文化が完全に死んだ後オモコロが出現して、まああれはテキストサイトとは全然違うが当初その残滓はあった訳で
でも月日は流れてyoutube進出? したかなんかで、SNSとも馴染んで違う形の、よく表現するとエンタメ集団みたいになって
テキストサイト時代はもう一生来ないんだなーってなんとなく思って、まあそれは当たり前なんだが、寂しさあるなーと思ったりする
「大富豪の美青年が、ひと目見た瞬間に惹かれた美しい女児を引き取り、初潮が来るより前から性的に開発する」
という設定だけなら18禁でもおかしくないような展開を好み「禁断」「囚」はけっこう売れたシリーズだった
20年ほど前の当時のネットにはいわゆる表現の自由戦士は目立たず
むしろ男性オタクが「エロ少女漫画をぶっ潰せ」という運動を2ちゃんねるで行い行政への通報テンプレがつくられ抗議活動していた
まだアフィサイトが流行る前で、テキストサイトでもエロ少女漫画叩きが盛んに行われていた
運動の成果なのか知らんが、エロ少女漫画はTLへと分かれ、少女漫画自体は全盛期より健全化が図られ昔はエロ漫画雑誌だった「デザート」は超健全雑誌に
ピッコマで刑部作品が配信されているのを見てふと当時を思い出した
でも10代だった当時と比べて、今読むとそこまでエロくもないな
いやストーリーとしてはエロいことやってるんだけど、赤面してもだえる少女の顔や男の大きな手などがうつされ
男がみんなやたら長くてうっとおしい前髪をしていて、髪で片目を省略して描いてることが多い
作者は、無垢な魂を持ちつつ体は淫蕩な少女を描くのが楽しい人で、男は少女の引き立て役なんだろうな
長身金持ちイケメンというのも、少女の小さな体を引き立てるため、少女の価値を高めるため、少女に釣り合わせるため
男がいわゆる便利棒でしかない
これです。→ https://hiyokomagazine.hatenablog.com/entry/63
私怨に過ぎないのでここに書いてるんですが、この手の童貞自虐芸って女性が安易にマネていいものじゃないと思うんですよね。
ブクマ数は今の段階で一桁程度だし、ブコメも人畜無害なものしか並んでないんですけど、こんなのが受けると面白くないんですよ、僕が。
昔のテキストサイトの非モテ自虐芸みたい感じで締めてくれてますけど、この手のおもしろ系独白って、多くの男はこうしないと気が狂いそうだからテキストに吐き出していたんであって、これは非モテ男子の魂の呻吟というか怨嗟というか、そういうものですよ。
だからこそみじめな、みっともない、ダッサい嘲笑の対象である童貞どもがネタとして笑い飛ばして何とか精神の平衡を保つことができたものなんですよ。
それをね、いくら「自分が男だったら」みたいなエクスキューズ付けたってね、29歳OL様が面白ネタで安易に童貞出してくんなって話ですよ。
いや、それに匹敵するような強烈なマイナスが貴女にあればまだしもよ? 芥川賞の市川沙央とかみたいな
ブログ見るに普通に彼氏様がいる(いた?)ような量産型サブカル気分のOL様に安易に童貞弄りしてほしくないんだよねマジで。
インターネットミームって基本的に、「皆が使う」からミームになるわけだ
かつてのインターネットは有名フラッシュや有名テキストサイトはいわば「教養」として共有されているだけで、ただみんなが知っている、というものだった
2ちゃんねるはじめ掲示板全盛期に、皆がそれを真似して使うことで初めてミームに定着していった
なのでミームとは、コピペのように、ネット上で文字として書かれ続けることでミームになっていたわけだ
絵や動画にしちゃえる人はほんの一握りの技術を持つ人で、ミームになる元ネタの提供だって一部の技術者に限られていたわけだ
ニコニコ動画ができたあたりから、一次情報の転載や改変は行われていたが、それでもやはり職人のお遊びという側面はぬぐえない
結局マスは職人たちのお遊びを文字としてミーム化して遊んでいただけだ
そして時代がたち、ニコ動の崩壊からのYoutubeの再興、2ちゃんの崩壊、SNSの浸透などが起き、ミームはSNSで起きるようになった
やがてツイッターやインスタが画像を操るようになり、そうなるとすぐに画像のミーム、例えば有名漫画の一コマや、現場猫などが登場した
画像が気軽に張れるようになって「逆だったかもしれねえ」「君のようなカンの鋭い子供は嫌いだよ」的なやつはもはや浸透しきっている
現場猫は、それ以前であれば「ヨシ!」だけがミームとなったはずが、ネコのイラストをいろんな状況に合成することで活躍の場を広げていった
そしてtiktokの登場により、ついに動画そのものがSNSになった
マスが操るのは文字や画像にに限らなくなり、誰でも気軽に動画を操れるようになったのはここ最近だ
「はやりのダンス」はあっても、「はやりのミーム動画」はなかったわけだ
その間はかつての面白フラッシュのような welcome to underground 感はかけらもないきらびやかな世界だった
しかし、浸透すればするほど若い女の子以外もはやりのコンテンツに流れていく
そんな時代になってついに誕生したのが文字ではない動画素材としてのミーム、猫ミームだ
猫の動画を素材として合成して自分の動画に使うミームが猫ミームだ
ついにここまで来たのかー、と思ったね
面白い文を練って書くのではなく、同じ文脈を共有する大勢のマスが作った大量のミーム動画を、テレビをザッピングするように浴び続ける時代