はてなキーワード: ダイアナとは
これ、なんで不細工な父親と美人の母親の子供が必ず頭の良い美形になる前提なんだろ
父親似の不細工(しかも頭脳だけは母親似)になる事例も十分にあるだろうに。
まあ何代も続けば美男美女ばかりになるかもしれないけれど、一世代では無理でしょ
あと、こういう淘汰が進んだ先は「二極化」ではなく「全体の底上げ」だと思うだよね
なんでバカや不細工も繁殖出来て、バカや不細工な子供も必ず生まれてくる前提なの?
だって不細工な男女にも好みがあるのでお互いに嫌い合うから、不細工は結婚しないし子孫も残さないから不細工同士の子供は生まれて来ないと思うんだが。
今の世の中パワーカップルは生まれてもウィークカップルは生まれないんだよ
実際に、今の大学生の親である概ね4、50代の世代って既にルッキズムが浸透しきっているから不細工は高学歴でも結婚できてない。
それによって今の大学生ってそもそもF欄でも顔が小さくてシュッとした美男美女が多いよね
https://twitter.com/012_diana_/status/1583771150433554432/photo/2
@012_diana_
子供時代の頃は断片的な記憶しかないのだけれど、ひろこちゃんと遊んだあの日の事は何故かしっかりと記憶している。
ひろこちゃんとは小3の時に同じクラスになり知り合った。昭和59年。80年代の独特な空気感があった。
ひろこちゃんはストレートのショートヘアでいつもどこかがぴょこんと寝癖で髪がはねていて、アレルギー皮膚炎なのか、目の周りや膝の裏がポツポツと赤かった。
掃除の時間、雑巾がけをするひろこちゃんの下着が見えた事があった。
茶色く変色していてびっくりした。いつもフッと尿臭がすることがあった。
ひろこちゃんはひとえの、フニャッとした顔立ちでふわふわとした性格だった、どこかいつも泣きそうな表情をしていた。性格が暗いというのではなく…どこかいつも「困ったなぁ」という感じの雰囲気だった。
ある日ひろこちゃんと放課後遊ぶことになった。ひろこちゃんが私を自宅に招いてくれるという。ただしお母さんの了解がいるらしい。お母さんの働く美容室に一緒に向かった。お母さんの姿は細部まで覚えている。
当時ダイアナ妃ブームだったせいか、美容師のお母さんはダイアナ妃と同じ、キレイに両サイドをブローした洗練されたヘアスタイルをしていた。真珠の一粒ピアス、ベージュのニット、チェックの細身のパンツスタイル、
長身にパンプス。自分の母親との違い、地味なひろこちゃんとのギャップ。お母さんはお客さんの髪をブローしている。ドライヤーの音でひろこちゃんとの会話は分からないが自宅で遊ぶ事を了解してくれたらしい。
ひろこちゃんの家は古い長屋のようなところだった。木製の引き戸をガラガラ開ける。
初めに目についたのは暗い廊下の両脇に溜まった埃だった。
ひろこちゃんの部屋に入る。砂壁の小さな部屋。ベッドに腰掛けると布団が湿気でじっとりと重かった。
ひろこちゃんは当時流行っていたファンシーなしおりを一枚くれた。
「海の王 シャチ みんな楽しそう」
何故か台所に移動する。途中、模様ガラスの引き戸の向こうから男性のグォーグォーというイビキが聞こえる。豆電球の灯り。お父さんは夜勤で昼間は寝ているらしい。
突き当たりにお兄ちゃんの部屋、というかスペースがある。物が溢れて窓を塞いでいる。当時の少年が夢中だったプラモデルがひしめいている。
暗い、日の差さない台所。食堂から引き戸が全開になっているお風呂場が丸見えになっている。風呂場が長い間使われていないことが何となくわかる。タイルが干からびていてどこから舞い込んだのかカラカラの落ち葉が洗い場に落ちていた…
マンモス小学校だったのでひろこちゃんとはそれきり、同じクラスになることはなかった。6年生で私は転校した。
子供の頃はひろこちゃんの、けして明るいわけでない境遇を何とも思わなかった。
ただ、そうなんだ、と。それだけだった。
美しいお母さんは?
あの日は何月何日だったのか、あの日私とひろこちゃんはどんな夕飯を食べたのか?
ひろこちゃんは私の事を覚えているだろうか?
ファミレス、コンビニ、ほとんどの冷凍食品(冷凍野菜などの食材除く)を「まずい」と感じる人間だけど、
まず
>たとえば0〜100の数値で美味しさを評価するとして
>「不味い」っていうのは、まあ30以下とかじゃん。
(略)
>そういうイメージだよな。
この時点で「あまりにも感覚が違う」としか言いようがなくて絶句してる。(念のため言っておくけど、優劣はつけていないぞ。)
美味しいってそういう階段状に一直線ではない、一つしかない感覚ではまったくない。
「うまさを偽装して美味いと感じさせる作りになっていると知覚するので不快である、
しかもその偽装したうまさも単調で自分の好みに合うほどの幅がなく、
さらにその偽装の具合にディストピア飯感を感じる惨めさもあいまって嫌気がさす」に近い。
美味しいの尺度に話を戻そう。
無理やり「数値で美味しさを評価する」に合わせると、レーダーチャートがもっとも適切ではないか。
そしてその輪郭が真円に近いほど美味しいと感じるような感覚だろうか。
そしてレーダーチャートの項目は料理によって違い、同じ項目でも料理によって適切な数字・幅が違い、
同じ要素でも項目が複数あるような感じ。
(たとえばワイン、渋みが適切だと美味しいと感じるはずだ。しかし、違うワインになれば違う渋みの量が適切になる。
そして渋みが最初に来るか後から来るか、徐々に盛り上がるかすとんと切れるか、残り方、など、でどのように他の要素と干渉するかが変わり、感じ方は変わる。)
さらにいえば人間はというより動物は美味しいはずのもの、美味しいと感じているものでも心が「美味しくない」と受け入れないこともある。
慣れていない味・組み合わせは美味しいと感じる要素をすべて満たしていても美味しいとは感じない。
生物としての本能だ。性別だと雄・男のほうが、また成人のほうが子どもよりも警戒心が強く、味覚が保守的だ。
(だから人間でも食の新規のブームはほとんど常に若い女から広まる。男から始まる場合、警戒心を上回る強い刺激が特徴のものになる。激辛とか。そしてマイノリティであり続ける。)
子どものころ、ダイアナ妃も好物だったというキュウリの生クリームスープを食べてそれを実感したことがある。
生クリームもキュウリも好物だったが、自分は冷製スープに慣れておらず、キュウリと生クリームの組み合わせも初めてだった。
美味で有名な高級フレンチレストランだったのもあり、そのスープは実に美味かった。
それはわかった。が、自分はどうしても舌が伝えてくる「これは美味い」を受け入れられなかった。美味いと感じつつ不味いと感じたわけだ。
たとえば、野生のニホンザルが普段食べているそのへんの木とか草だ。品種改良されている野菜ですら生では美味いとは感じないのに、そのへんの草が美味いわけがない。埼玉県民にはなれない。
数字で測るのなら、ほぼどれも0.これを食べなければ明日飢え死にするのでなければ口にするのはごめんだ~1.飢饉のときには食べられることを思い出すかもしれない、優先順位は下のほうだが~2.千年ぐらい品種改良をした後ちゃんと調理すれば食べる気が起きる、の間にある。まれに3.これは普段から食べたいかも…のものもある。
が、この不味さは不快な不味さではなかった。
渋み苦味が強すぎる、うま味がない、など美味いからは確かに程遠いのだが、ごまかしや偽装がない部分は旨くもありすらする。しかもそのまずさ95%の中にほんのり甘みを感じたりする。
ぜんざいにほんのり入れる塩が甘さを引き立たせるように、まずさ要素が主体の中に漂うあえかな滋養はよりクローズアップされるのかもしれないとなんとか思ったが自分はサルじゃなくてよかった。
味覚は0~100の一つの尺度だけで測れるような単純なものではない。
ほとんどすべてのファミレスやコンビニの食べ物を不味いと感じる理由は、不気味の谷に似ているとも思う。
味付けの組み合わせは非常に上手い。塩分やうまみ、調味料のバランスを真円に近づけて出せるのは大手企業ならではのさすがの部分だ。
が、実際に口にしてみると「まがいもの」と感じる不気味の谷に落ちている。
素材の質があまりよくないのを無理やり何か、普段自分が口にしないもので補って人間に見えるように皮をかぶせましたというような感覚に陥る。
それを一言で不味いと言っている。
王家の一員だけど継承順位的に王位を継ぎそうにない人って、どういう心境で過ごすものなんだろうね。「ロイヤル特権ウェーイ」って強かに生きられる人物ならある意味幸せだろうけど。
ヘンリー王子って何かメンタル弱そうというか、生きるのしんどそうに感じる。身内に味方がいなさそうというか。問題児のようにふるまってるけどすごく脆くて、利用されやすそう。
父親は長年不倫したあげくその相手と再婚しちゃうし、母親も不倫して事故死するし、かなり大変な家庭環境だよね。むしろここまでよく育ったと思うよ。お兄さんは将来王になる男だから気概も違ったんだろうけど、良い嫁さん貰って幸せそうで、常に比べられて。頼れるメンターや相談相手いなかったのかな。メーガンのような人に捕まっちゃってお子さんまで生まれて、大丈夫だろうか。
しんど過ぎてクスリに手を出したりしないでほしいな。王室メンバーの苦労なんて1ミリも汲めてない自分でさえ、「この実家帰りづらい」と思うよ。この人の他人に言えない苦悩は相当のものだろうと思う。身から出た錆であっても、批判ばかりされて気の毒に感じる。メーガンには妻として夫のメンタルケアに気を配ってほしいところだが、しそうにないしね……。
メーガン騒動に巻き込まれた王室も災難だろうけど、チャールズ皇太子とダイアナ妃が結婚した時点で、この悲劇は始まってたのかもしれないね。
英国王室やメーガン妃について、ダイアナ妃ぐらいからさかのぼったりして、問題点や何を主張しているのかなど、わかりやすく解説しているサイトやまとめがあったら教えてください
アメリカでは英国王室に非好意的、日本ではメーガン妃に非好意的な印象(ヤフーニュースのコメント欄などから)で、何が本当なの?って混乱しているので
【追記】
よく意味がわからないけど、自分は知らない事が多い、そしてその知らないことを知るにはどこを見れば知ることができるのか
それを知りたくて、まとめてあるところはないのかなと思って聞いてみた
あ〜死にたい。
ブラック企業に勤めているだとか
恋人とうまくいってないとか
そういう事柄で病んでいるのではなく
あとは身辺整理をしたりしている。
仕事は辞めた。
理由は単純、働きたくない
週5で8時間最低働かないと生きていけないの
たぶんここの時点で色々思い浮かんだ人がいると思うのでそれに対して自分の思うことを書いておこうと思う。
まず普通の人はだって生活していけないから、とかいうけども私は感覚がズレているのか、「働いてまで生きたくない」としか思えない。
なんでみんなまずそこまでして生きようと思うの?そこが理解できない。
親が悲しむだとか命を大切にとかよく聞く言葉はこの問いの答えにならないと思うし、また綺麗事なんか言ってんなぁ、どうでもいいなぁとしか思えない。
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・親が悲しむ
そりゃ欲しいと思って子供つくって産んだんだろうし育ててきたんだろうけど、(なんなら望まれない子だっているわけで)生まれて人生約80年勤労納税罰ゲームをさせるってやばくない?
自分には存在しないけど"我が子"を本当に大切に想うならうみ出さないことが一番の愛だと思ってしまう。楽しいこともあるだろうけどやっぱり悲しいこと辛いことのほうがどう考えたって多い世の中じゃないか。
「生まれてこなかったら楽しいことも何もなくなるんだよ」と言われてもうん。無くていいですとしか思いませんねぇ。トータルしてめんどくさいことの方が多いんだから無の方が良い。そういう人もいるんですよ。
で、そのワードでGoogle検索をすると、同じことを思う人は沢山いるわけで、Yahoo!知恵袋とかを見るとそれに対して様々な解答が書かれている。
だいたいまあ親のエゴであることはみんな認めていて、でもその分大事にしてきただとか、上記の謎の命を大事にしろ論だとか、色々書かれているけど「結局産んでしまったんだから許してくれ」と逃避しているようにしか見えない。こっちは産まれたいとか一言も言ってない。本当に迷惑。
生きたい人は生きればいいし、死にたい人は死ねばいいだろう。人にお互い押しつけず自己選択させて欲しい。生まれる権利があるなら死ぬ権利だってあるだろうよ。積極的安楽死を越えて超積極的安楽死も早く可能になって欲しい。
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・命を大切に
いやまあわかりますよ?命は尊い、五体満足で生まれてくるのだって奇跡ですよ。でも生まれてからは自分のもの。自分の体も自分のもの。自分のペンを捨てるのは自由なのに自分の体や生命のこととなると急に親から貰っ命なのに親不孝者だとか「親」というワードが出てくる。整形とかもそう。親が悲しむとか体に傷つけて酷い子だとか。
育てて、そのために仕事とか色々頑張って。
うん。わかったわかった。でもそれ自分が産むという選択肢を採ったからであって勝手に生み出されたこっちが文句言われないといけないの?したくなければ産まなきゃいいだけの話ですよ。
子供を産んだ人間が自分は悪くないと理由をつけたいが故にそうやってズレた、死ぬのがダメな理由を主張するんだろうと思っている。
もう一度言う。産んで育てたのが親でも
本人の人生は本人のもの、どうやって生きて死ぬかも本人が決めていいこと。
悲しむかもしれない。けど見返りを求めて育児はするものでないだろうし無償の愛を捧げられない人間はやっぱり子供をつくるべきではないよ。
感謝は勝手にされるものであって、してもらうものではないだろうし。
親のために親より遅く死ななきゃいけないなら
存在せず無の状態の方が気楽でいいと思うんだよなぁ。親だってまともな親もいればクズだっていて子は選べないんだから。いつだって綺麗事言うのは恵まれた人だ。
はい次。
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・ブログやら投資やら会社に行かなくてもゆるく稼げる方法があるんだから働くのが嫌で死ぬなんてバカだ!とか書いてるブログ系の人。
これが一番論外。
会社で働くより少ない労力で多く稼げる。
うん、わかった、魅力的だよ。
けど結局勤労をしているわけです。
この人たちはそれらに費やす労力を労力とみなさず楽しく無意識に頑張れた人か、労力だけど会社で働くよりマシだ、けど死にたいとはおもって思っていない人だ。
こっちは1mmも勤労に関わることをしたくないんだよ。さようなら。
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私は常に寝ていたい。体質もあってあまり長く起きていられない。ロングスリーパーどころの話ではない。長く寝たとて、起きていられないのだ。体力もない。病気もよくかかる。生まれつきだ。
健康保険証は友達。保険料払うより回収した額の方が多い。万歳!
その時点で普通の人より
その運動を軽くするための体力がないんですよ。
治せるなら治してるって。何年この身体で生きてると思ってるの?
ニワトリと卵的な話になるが、
体が弱いからなのかそもそもただ単にそうなのかは知らないが、精神も弱い。過食をしたり拒食になったり色んなものに依存したり精神系の薬飲んだりそこらへんは一通り経験した。それでも学校は不登校にならず通い、ストレートでそこそこ名の知れた大学まで卒業し、就職までした。世間の理想のレールにはのってきた。
なんなら気合いはなんだかんだあった方なんじゃなかろうか。
自慢の子どもとして生きてきた。死ぬほど上記の自傷行為?系やらなんやらしながらでもこなしてきた。今度は結婚と孫かな?知るか。私は体が弱いし上記のように反出生主義だし無理です。
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・では何が幸せなのか?
ずっと寝て意識がない状態がとにかく幸せで仕方がない。買い物をするよりも誰かと遊ぶよりもなによりも。うとうとしている時も心地よいけど
無で記憶がなかったと起きた後に気づくのが一番嬉しく、それと同時に目覚めてしまったという事実で鬱になる。起きたくない。なので次の瞬間からまた寝る。寝れる体質なので。のび太と眠りにつくまで選手権でいい勝負ができそうである。
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何回も無という言葉が出てきたが
何もないというのは、意識と感覚、自我が何もないの意味である。
たまにトンチンカンな人がじゃあ
ホームレスにでもなったらいい!とか
とか言うけど普通に衛生上嫌だわ。
もうそういうわけのわからん対処法にならんような案を出すのはやめてほしい。
ずっと眠っていられるなら別に生きていてもいい。ただ植物人間ってコストかかるし迷惑もかかるので、それならサクッと死んだほうがコスパ良くない?
どうせ死ぬとき自殺だろうと他殺だろうと事故病気だろうと誰かに迷惑をかけて、悲しませるのは変わらない。時期の違いだけだ。
若くて綺麗な間に死にたい。
若かったらまだ若いのに、綺麗なのにって夏目雅子とかダイアナ妃のように惜しまれることはあっても、歳とったら悲しくはあっても結局まあ長く生きたもんだなぁ、と淡々と思われるくらいだろう。
年齢で死の価値すら変わるように感じる。
死んだ価値がある方が死んだ甲斐があるなとふと思ったまでである。それこそ死ぬのだって労力をかけるのだから。
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それはそうと、
身辺整理、地味にめんどくさい。
部屋の片付け、多い服を捨て、今の時代なんか
インスタも最後に消す予定だ。
なぜ残しているかというと、もしも何かあった際、DMで最悪連絡が取れるからである。
ちなみに余談だがこの増田を書くためにわざわざはてなアカウントを作成した。まあこれは残したまま死んだとて問題はないだろう。
クレカ、水道光熱費も解約しよう、と思ったのだが、調べてみると死後、片付けや清掃をする際に電気がつかなかったりすると不便だと書いてあったので、なるほど、、、と感動し、仕方なく残しておくことにした。
できる限り自分でなくしておくほうが良いものは無くし、消していく。それらの行為を重ねるたび、確実に世間から自分が消えていっている実感が湧き、嬉しく思うのである。
とりあえずこれらのことをなんとなく最後に記録しておきたくなった。文才はないけど書く分には幾分か楽しかった。
それでは健やかなる夜を、おやすみなさい。