はてなキーワード: メンタルヘルスとは
家にいても悪くなってきたので精神科に行ってきたけど鬱も何も言われなかったし薬も出されなかったが休職したらと言われた
とりあえず年休で休むことになった
そんで復帰まであと数日になった
胃の違和感、吐き気は無くなったけどだるさは消えない。娯楽はまずアニメや映画を観れなくなってる、絵を描いたりゲームしたりは出来るけどただ誤魔化してるって感じで終わったら現実に戻され虚しい気持ちで一杯。ご飯は食べれるが食欲が湧かないし辛いものしか美味しく感じない。気分はほぼ沈みっぱなしだが浮き沈みが激しい生きるのが辛く感じる。とかは変わらない。あと休み入って数日経ってからハンドクリームみたいな異臭がずっとするしなんか耳鳴りもする気がする
睡眠は変わってるのかよく分からないが昨日は不安と辛さで大切な親友といたくて(事情があって連絡が取れない)堪らなく号泣してた。バイノーラル音声聴いて布団入って2時間経ってから寝た、今日も不安で堪らないが寝れるだろうか
病院にも会社のメンタルヘルス的な人にも生きるのがしんどいですとか言ってない
2日目に病院に行った時、その時は体調悪くても会社に行けてたのでならもう大丈夫じゃない?と言われた。初診の説明が自分が会社サボってるみたいな言い方してたし診断書書くよと言われたのに断ったしまあ呆れられてる気がする
死にたいって思ったらすぐ来てねーなんて言われたけど今行っても無駄だろうと諦めてる
メンタルヘルス的な人からは笑えてるし趣味もあって目標もあるみたいだから大丈夫だね、どっか出掛けてきたら?って感じだった。無理に愛想良くしてたの駄目だったんだろうね、でもそうしてしまうんだよ
今日上司から電話来たけど復帰してほしそうな言い方だった、うん、人いないもんね
自分でも休んで何になるんだろうとかずっと考えてるが復帰しても体調は変わらないだろうな
細かく書くと身バレするので書けないが
まとめるともう生きるのが辛い、夢はあるけどそれで生きれるわけないじゃないか。なれず死ぬまでこんな人生とか思うと辛くて仕方がない。
週一ペースで包丁握っていろんな箇所刺す想像してるけどなんだが安心する。首吊りもたまに
帰りは後悔で頭がぐるぐるしてた
真っ暗闇の中に放り込まれたい1人になりたい
そこでずっと泣いていたい
皆さん、こんにちは。
最近は、少しずつですが、気持ちを整理しています。私にとって、自身のメンタルヘルスの状態を告白するのは、とても勇気のいることでした。この問題には、これからも向き合い続けていかなければならないと思っています。
ウィンブルドンは欠場させていただきました。東京オリンピックは出場します。なぜなら、日本は私が生まれた大事な母国だからです。
日本での思い出はたくさんあり、私の生き方や考え方に影響しています。今回、日本代表としてオリンピックに出場できることに誇りを持っております。
実験内容は興味がないわけではないし、なかなかお目にかかれない機器を使ってデータをとるのはなかなか楽しい。
しかし、レポートがきつい。とにかく量が膨大だ。回によってまちまちではあるが、少なくても15ページで4000字程度、多いとその倍以上になることもある。これを1週間で書き上げなければならない。
書いても書いても終わらず期限目前になってしまい、中途半端な出来で提出して再提出を食らってしまう。そもそもタスク割りが下手なのもあると思う。
再提出の締め切りは1週間後で良心的に思えるが、次の実験のレポートの締め切りと被っている。再提出のレポートをやるのに時間をとられ、次のレポートに取り掛かることができずこちらも再提出になってしまう。以下同じ事が永遠にループしている。とうとう今週は再提出のレポートも次のレポートも提出できずに終わってしまった。我ながら情けない。
タスクが終わらない不安感はメンタルを蝕んでいく。おとといから2日ほどレポートもほかの授業の課題も手につかず、一人暮らししているアパートの一室で横になってぼんやりしていた。部屋にはゴミが散乱して台所のシンクには洗い物が溜まっている。何もする気力が起きない。できるのはYouTubeや漫画を眺めるくらい。今も死にそうになりながらキーボードをたたいている。
実験を一緒にやっている班員は「きつい」といいつつも、きっちり期限内にレポートを仕上げて提出しているようだ。同じ学科の友人も同様にうまいことやっている。周りが優秀なだけに、どうして自分だけ無能なんだろう、と自分を責め続けてしまう。
そもそも学部3年の実験なんて、やる内容も決まりきっている。結果もわかりきってて考察内容だって模範解答が存在するものだ。舗装された登山道を自力で登るようなものだろうに、なんで私だけできないんだろう。ここで躓いていたら、4年の卒論や修士課程なんて乗り越えられるはずがない。
実はメンタルが不調になるのは初めてではない。大学に入学した直後にも派手にやられている。今よりもかなりひどくて、なかなか2年生に進級できず1年生を2,3回やったほどだった。
そのときは大学のメンタルヘルス部門を訪れたり休学して実家に戻ったりして、何とか復調できた。一度元気になってからは順調で、フル単ではないが3年生までストレートに進級できていた。
安倍吉俊氏は毎回絵について語ってるけど、経歴の割に下手そすぎるからなんだろうと毎回思ってた。
今回も全部読んでみたけど、要するに自分は下手でどうにもならないから超人になる方法を諦めてメンタルケアに徹しました、という内容。これって才能がなかったけど上手にごまかしました、という話でしかない。実際成果物を見ると下手くそという。実際のところトップ層に食い込む人の意見は大体が目標をオーバーすることだと言っている。要するに高すぎる目標を持って譲らないことだと。これに折れちゃうならそりゃ才能はないでしょう。うまくゆく人は豆腐メンタルでもなく、剛強でもなく、柔軟なメンタルの持ち主が多い。衝撃を成就に吸収するかやる気に変換する。これはもう個人の資質=才能なので変えようがない。
氏の文面はメンタルヘルスの書として読む以外に使いみちがない。絵の成功履歴の手引としては全くだめ。本人がうまくなってないし。
情報通信研究機構(NICT、理事長: 徳田 英幸)脳情報通信融合研究センター(CiNet)の研究グループは、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の情報から、どの程度個人のパーソナリティが推定可能かを調べた結果、外向性やIQといった幅広いパーソナリティを推定することに成功しました。
今回、研究グループは、SNSの一つであるTwitterの情報と被験者が答えたパーソナリティの情報に、データへの過度の適応を避けやすいという特徴を持つAIの一手法であるcomponent-wise gradient boostingを適用し、学習を行いました。その結果、例えば、ツイート数や'いいね'をした人数など、Twitterのネットワークに関する情報は外向性など社会性に関するパーソナリティを推定すること、また、ツイートに使用される言語の情報はメンタルヘルスに関するパーソナリティを推定することが分かりました。
結果を詳細に分析すると、ネットワーク情報が、Big5の外向性、共感性、自閉傾向など社会性に関するパーソナリティをよく推定し、言語統計情報と使用単語に関する言語情報が、不安傾向、うつ傾向、統合失調傾向などメンタルヘルスや社会経済的地位、喫煙/飲酒に関係するパーソナリティを推定しました。一方で、時間情報による推定はこれらの情報に比べると困難でしたが、IQは4種類全ての情報から推定できました。
1文の文字数のばらつき(文章の長さ_ばらつき)が統合失調症傾向などの推定に正の寄与をすることが分かります。Twitterにおける表現の長さのばらつきがメンタルヘルスの状態を反映するのが興味深い点です。またポジティブな意味の単語の頻度(ポジティブ語の頻度)とネガティブな意味の単語の頻度(ネガティブ語の頻度)も多くのパーソナリティの推定に寄与しました。
図9に使用単語情報からの推定結果を示します。単語統計情報と類似してメンタルヘルス及びIQとともに、知性と飲酒喫煙を推定しました。図にどのような単語が飲酒、強迫神経症傾向の推定に寄与したかを示します。前者では飲む、終電、歩く、時刻表といった単語が、後者では時間、優先度といった単語が寄与していることが分かります。
ネットワーク情報は社会性、人生の満足度を推定し、単語情報(単語統計情報と単語使用情報を合わせたもの)は、メンタルヘルス、知性、飲酒喫煙を推定することが確認できます。一方で、現段階では行動抑制/賦活や行動経済に関する推定は難しいことも見て取れます。
研究の主題ではないのでしょうが、「一方で、現段階では行動抑制/賦活や行動経済に関する推定は難しいことも見て取れます。」SNSマーケティングは無理です、と (笑)。
差別や偏見の増長になるので積極開示しないだけで、犯罪者になりやすい傾向、犯罪者になりやすい生育環境 ってのはある
例えば、発達障がい、中でもアスペやCU特性(Callous-Unemotional Traits:無感覚非感情的特徴)など
ただ強制じゃないので、親の意識が相当高くないと、大学や国立病院に足を運ぼうとはならないと思う
そもそも、親がこれだけ意識が高ければ、子が犯罪者になるとは考えにくい
なので端的に親の養育が悪かったで終わる。少なくとも人死が出ているのだから
CU特性があるかどうかは近くの専門医に診てもらえと言いたいが日本は遅れてるからどこでもやってるわけじゃ無いみたいよ
https://sites01.lsu.edu/faculty/pfricklab/wp-content/uploads/sites/100/2015/11/ICU-Youth.pdf
↓
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-23659359/23659359seika.pdf
「CU特性」とは,ニューオーリンズ大学のフリック博士が提唱しているCallous-Unemotional Traits の日本語訳です.フリック博士によれば,CU特性はサイコパスとも関連のある特性で反社会的行動を表す児童に特徴的なものだとしています.また,注意欠如多動症(Attention Deficit / Hyperactivity Disorder; ADHD)との関連も報告されています.
なんjのまとめでfreestudierという掲示板を知った。
メンタルヘルスや特にうつ病のことを話題にする掲示板だそうだ。
利用者はうつ病になった後に検索して見つけたものと思われるから、自分もサイトのタイトルを使わずに「うつ病」とか「メンヘラ」をキーワードとして小一時間検索を試みたが見つからなかった。
小学生の頃から帰ってすぐにネットサーフィンや面白フラッシュに没頭していて今も無職としてネットやりまくっている自分がなんでうつ病の連中に遅れを取るのだろうかと思った。
うつ病とはいわゆるバットステータスだ。そんな頭の働きが鈍くなってる奴がなんで自分が知らないマイナーなサイトを見つけられるのかということだ。こちらのほうが検索スキルの年季も入ってるはずなのに。
どうして私はあいつらに負けたのだろうか?自分が知ってる他のマイナーな掲示板はインターエデュ、ミルクカフェ、ママスタ、マンションコミュニティなどだ。
早寝して朝瞑想追加でするのもいいぞ。
大会主催者側「選手のメンタルヘルスに関して最大限サポートする、会見の在り方については話し合おう、でも会見は必要なことで出場選手の義務、一方的に拒否すれば規定のペナルティはやむを得ない」
周りの選手「酷い内容の会見もあるので気持ちはわかる、でも会見は必要なことで出場選手の義務、大坂のメンタルヘルスに関しては出来る限りサポートしたい」
別に発言者のスタンスは大阪が最初に会見拒否を発表したときから変わってなくて
質問によってどの部分が回答のメインになるかが変わったり、報道の切り取られ方が変わってるだけなんだけど
「手のひら返した!こっちの勝ち!」「この発言を見ろ!こっちの味方だあー!」とか都合よく解釈して勝手に右往左往してて草なんだ
北方謙三は、90年代以降は歴史小説家として地位を確立したが、まずは80年代半ばにハードボイルドの旗手として名を上げ、同じ頃から若者向け雑誌に於いて、読者から寄せられた人生相談や質問に答える『試みの地平線』という連載企画を開始した。
この連載は掲載誌において人気となり、その結果、北方には「二言目には『ソープに行け!』と(※太いゴシック文字で)相談者に説教する」「『バカヤロウ!』と(※太いゴシック文字で)相談者を怒鳴りつける」というステレオタイプなイメージが付き纏うことになる。今でも北方謙三に対して、そのような説教オヤジとしての印象を抱く人は存在することだろう。
これを書いている私も、若者だった当時、そういった北方謙三と読者のやり取りを、面白おかしく楽しんでいた一人である。
今でも私の記憶の片隅に残っている、相談の一つについて以下に記す。それは、二十歳そこそこの若い男性から寄せられた「何もかもイヤになった。生きる気力を失った。自殺を考えている」という、現在の言葉で表現すれば、メンタルヘルスに問題を抱えている人からの相談であった。
最初に相談のお便りを読んだ時点では、私を含めた多くの読者は「どうせまた『バカヤロウ!ソープにでも行ってクヨクヨ悩むのを止めろ!』とか言うのだろう」と思った。しかし、そのような我々の予想に反して、この相談に対して示した北方謙三の反応は意外なものであった。
正確な文言ではないが、以下のような感じであったと思う。
「お前の気持ちは分かった。どうしても、とお前が言うならば、俺にはお前を止められない。けれど、ほんの少しだけで良いから、それを実行に移すのを待ってくれないか?
お前が実際に死ぬ前に、何でも良いから、死ぬ前に本を百冊読んでから死ぬと、そう俺に約束してくれないか?
何も、俺の本じゃなくても良いんだ。図鑑だって、子供向けの絵本だって、何だって構わないから。何かの本を、お前が死ぬ前に百冊だけ読んでみてはくれないか?
俺には、死にたいと思っているお前を上手く助けるための、力や知恵が無いかもしれない。それでも、百冊の本を読むうちに、その中でお前は、お前自身を救ってくれる何かに出会えるかもしれない。
もし百冊の本を読んで、それでもまだ気持ちが変わらなかったならば、その時はまた俺に手紙を書いてくれないか?その時また俺は、お前の言葉に、お前の気持ちに目を通す。その時、俺とお前で話し合おう。
そのように、俺と約束してくれないか?俺は、お前の返事を待つ」
この北方謙三による回答が、メンタルヘルスに問題を抱えた状態の人間に向かって掛ける声として、正解であると現在の私は思わない。正直に言えば、メンタルヘルスに問題を抱えた人間が百冊の本を読むというのは、ある程度の治療を経て回復を示してからでなければ、かなり難しいことだろう。しかし、そのような審判を私が下せるのも、メンタルヘルス問題の重大性や対処方法について認識している現代人だからである。この相談が寄せられた当時、メンタルヘルスの問題に関する世間一般の意識や知識は、まだまだ貧しいものであった。したがって、当時の北方謙三やお便り採用係の雑誌編集者が、現代人の視点から見れば相談に対して頓珍漢な対処をしていたからといって、それを我々現代人が非難するのは些か酷であろう。
当時の一読者に過ぎなかった私の勝手な想像ではあるが、北方謙三は、本気でこの相談の手紙を送ってきた人物を助けたいと思ったのだろう。ただ、誰かを助けたいと思うことと、そう思った時に助ける力を実際に自分が持っているか否かは、別の話である。
だから、北方謙三は賭けたのであろう。かつて北方謙三自身が自ら経験したことに。すなわち、文字を書くという行為や、その行為によって生まれる本の持つ力によって、救われて生き延びたという経験に。相談者の彼もまた、救われて欲しいと祈りながら。
当然のことだが、昔も今も北方謙三は単なる作家であり、決してメンタルヘルス問題及びそれに対する対処方法の専門家ではない。しかし、それでも当時の北方は、この相談者に対して、その時の彼が思いつく限りの、出来うる限りの、誠実な回答をしたのだと、今でも私は思う。生きる為に文学の道、ものを書くことを選んだ作家という人種が、言葉や本に人間を生かす力が有ると信じることができないとしたら、その人はもはや作家と名乗れなくなるだろう。
あの後、相談者が百冊の本を読み終えたのか、自殺を踏み止まることが出来たのか、相談者を北方謙三が救うことが出来たのか、今に至るまで私は結果を知らない。
ただ、これを書いている私自身について言えば、この北方謙三の回答に手を引かれて、今まで生き延びたような気がしている。私の頭の中の、何処か片隅にこびりついた「せめて死ぬ前に百冊の本を」という言葉は、ずっと小さく残響し続けていた。もちろん数字の上では、とっくの昔に私は百冊の本を読み終えている。私という人間は、生きるのが辛くて死にたいと思いつつ、いざとなると死ぬ度胸が無い。結果として、みっともない姿で辛うじて生きている。その言い訳に「あとプラス百冊読むまで、死ぬのは待とう」と私自身に言い聞かせながら、人生の精算を少しだけ先延ばしして、逃げ続けているだけである。私の行為は、読書という行為を汚しているようで、北方謙三を始めとする物書きの人々や、本当の読書好きの人には誠に申し訳無く思う。
あの相談者は救われただろうか?救われていて欲しいと思う。彼が救われたのなら、自分も救われるような気がするから。
= = =
ここまで書いて我に返り、我ながら気持ち悪い文章だと思ったので、精進落し代わりに、個人的に面白かった『試みの地平線』の相談ベスト3を以下に書いて終わることにする。
第3位:ハードボイルド作家として苦労したことは?という質問に対して。北方謙三の馴染みのバーで、北方がいることに気づいた他の客が「やっぱりハードボイルド作家っぽい酒を飲むのかな?」とヒソヒソ噂話をしていたため、格好を付けるためにバーの店主に協力して貰い、バーボンに偽装したウーロン茶を出してもらってグッ!と飲み干して「じゃあな、マスター」と格好良く帰った。
第2位:北方先生はSMプレイの経験はありますか?という読者からの質問に対して。「有る」と回答。Mの女性から「縛って叩いて」とリクエストされたので、要望どおり北方謙三が女性の身体を鞭で叩いたら「痛い!」と言われたので、思わず「ゴメン」と言ったら、素に戻った女性から「そこで謝ったらダメ」と普通にダメ出しされた。
第1位:未経験で一日も早くエッチな初体験をしたくて悶々としている男子高校生からの「こんな僕は鳩の交尾を見ても勃起するのですが、一体どうしたらいいですか?」という質問。これに対して「馬鹿な質問を送ってくるな!」と一喝。超極太のゴシック文字で「まったく。俺はお前が羨ましいよ!」と回答。回答文が僅か2行に収まる。この極太文字による強調は、おそらく編集者から北方謙三への悪ふざけだったと思われる。
以前は、ワザと取材対象の逆鱗に触れるような質問をして怒らせて口を滑らせることを、取材対象の本音を引き出すための高等な取材テクニックと称して、誰よりもマスメディア関係者自身がそれを正当化していたように私は記憶している。
それが今回、高額賞金を争ってプレーしている著名なテニスプレイヤーが「うつ病」をカミングアウトした途端、いかにも「取材対象に精神的な負担を与えるようなマスメディアの質問のやり方には、問題が有ると自分も思っていた」と言わんばかりに「取材対象のメンタルヘルスを守れ」の大合唱が始まった。この有り様は、私の目には、とても滑稽に映る。
それでは今後、彼らマスメディアは、取材対象のメンタルヘルスを本気で守るだろうか?私の予想は悲観的、つまりNOである。
今回のテニスプレイヤーに関して「取材対象のメンタルヘルスを守れ」と言われているのは、マスメディアにとってのスポーツの中継や報道が、金銭的な利益のタネだから、また、マスメディアの大半が肩入れしている政治的ムーブメントにおいて、彼女がスポークスマンの一人になっているからという理由に過ぎない。要約すれば、オトモダチだから忖度しているということである。
金も地位も無い、マスメディアとのコネも無い人間に対しては、これからも変わることなく、メンタルヘルスを無視した取材手法を用いることだろう。これらに該当する人間は、マスメディアのオトモダチではないからである。
一例を挙げる。米国ナイキ社が関与した陸上選手を育成するプロジェクトにおいて、育成対象に選ばれた女性陸上選手に対して、彼女の人権や尊厳を踏みにじる行為をコーチ陣が行っていたことが、つい最近になって被害者自身の口から告発された。それらの被害は、わずか数年前の出来事である。
今、あのテニスプレイヤーの彼女のメンタルヘルスを思いやる発言をしている慈悲深いマスメディア関係者が、この女性陸上選手を取材して問題提起するかと言えば、十中八九しないことだろう。
何故ならば、彼女は無名の選手であり、また、大企業であるナイキから広告料として支払われる小さくない金を、マスメディアも失いたくはないからである。
テニスプレイヤーの彼女のカミングアウトも、それを支持するナイキも、我々一般人をエンパワーしてはくれない。それどころか「結局、金や地位やコネを持つ人間だけが得をする」という無力感を抱かせるだけだろう。
「選手全体のメンタルヘルスの為を思って」に関しては真実である可能性を否定出来てないようだけど大丈夫?
辛い事ではある事は認めると解釈するけど(「高額の賞金」と引き換えに成る事、という認識のようだし)、だとしたら「選手全体のメンタルヘルスの為を思って」は成立し得るんじゃない?(勿論その全体の中には自分も入って居るだろうが)
まぁもちろん「辛い事じゃない」と思ってるならそう言ってもらってもいい
あとその義務についてはこれから変更される事もあり得るし、将来的に「倫理的におかしな契約だった」という結論が下される可能性もあり得るわけだ
その中で君の様に現状肯定的な態度に終始することについて、君自身の趣味としては否定しないが、全人類がそう判断すべきだとは思わない、君はそう思うんだね、という程度の話だ