はてなキーワード: ビジネス街とは
加えて、東京生まれ東京育ちかつ会社もその辺にあったが秋葉原は昔から有名だぞ
秋葉原は236店で、吉原の217店より多い。東京都の東側という観点に立つと、鶯谷(396店)に続いて2番目の店舗数となり、錦糸町(229店)と上野(226店)を僅かながら上回っていることが分かる。果たして真相はどうなのか。秋葉原に詳しいジャーナリストの河嶌太郎氏に聞くと、「少なくとも20年前はほとんどありませんでした」と指摘する。すぐ近くの上野・御徒町が風俗街の役割を果たしているからだ。
特に秋葉原はアニメ、ゲーム、家電の町とも言われており、国内外問わず多くの人が訪れます!
東京に遊びに来る方も秋葉原に訪れたこともあるのではないでしょうか?
また、秋葉原はアニメ、ゲーム、家電しかないと思っていませんか?
秋葉原には夜遊びスポットも多く風俗店は約240店舗もあると言われています!
メイドカフェ、コスプレなどのイメージが強い秋葉原ではならではのコンセプト風俗店が多いのが特徴です。
そこで今回は東京最大級の風俗街「秋葉原」の特におすすめ風俗店を経験に基づいてご紹介致しますので、是非参考にしてみてください!
そのルーツを調べていくと、70年以上前の出来事へとつながり、さらには東京と大阪との違いも見えてきました。
10分ほど歩いただけで、4か所のモータープールが見つかりました。
大阪出身の私にとってモータープールは身近な言葉でしたが、他の県ではあまり見かけた記憶がありません。
大阪の人たちにも聞いてみました。
80代女性
「わたしの家の近くでも何か所かある。当たり前みたいな感じ」
しかし、でも、なぜモータープールと呼ぶのか聞いてみると・・・
「それは知りません」
そもそも福岡県以外の九州在住者に「博多」という概念が希薄なんだが
「博多」は「博多駅の略称」でしかなく、一極集中してるのは「福岡県」もしくは「福岡市」という認識
博多は単に「福岡市の一番大きなJRの駅がある場所」でしかなく、博多区全体や博多駅前のビジネス街も「福岡市内」の一部でしかない
つか、九州の外に住んでる人間が「博多」をそんなに象徴的なものだと認識してるとは思わなかったわ
https://anond.hatelabo.jp/20220511120847
関西には住んだことないけど、大阪一極化を「難波一極化」とか「道頓堀一極化」と呼ぶか?というような話だと思う
https://anond.hatelabo.jp/20220511121100
かつてはそういう効果も見込んで博多という地名を残したんだとは思うけど「福岡に行こうと思えば行ける」程度の距離の人間には博多という地名は規模が中途半端で使いどころがあんまり無いんだよね
どっかのジジイが付けそうなタイトルだが私は25歳、ここでいう若者とは10代後半〜20代前半の大学生あたりである。
私はビジネスホテルのフロントで働いている。以前の客層はビジネスマンのおじさんばかりだったが、コロナ禍になってからホテルの部屋や内装が映えるとのことで若者が泊まりに来るようになった。出張が無くなってしまい経営が厳しい中でとても有難いのだが、その中で気付いたことがある。
特にそれを感じるのはチェックアウトの時。うちのホテルは客室に電話がない(各階の廊下にある)ので、規定の時間を過ぎたら部屋に直接伝えに行くのだが、おおむね会話は以下のような感じである。
スタッフ「お客様、チェックアウトのお時間過ぎておられますが…」
客「あ、はい。」
ス「すぐお出になりますか?」
客「うーん…(友達と喋って)いや…」
ス「…1時間延長につき○○円追加料金かかりますがよろしいですか?」
客「ああ…(嫌そうに頷く)」
どういう神経してんの????お前は謝ったら死ぬんか????時間過ぎてるって言われた時点で「すいません間に合わないので○時間延長お願いします○時には出ますので」だろうが。っていうか過ぎることが分かった時点でホテルの番号にでも直接電話できるだろお前が四六時中持ってるそのスマホで。
たまに部屋をノックしに行くと「すいません」ぐらいは言ってくれる人もいるが(それでももっと早く言えとは思う)、8〜9割はこんな感じ。
他にもヘアアイロンを借りる予約をしておいて連絡なくキャンセルしたりなんてのもよくいる。
こういう人間ってどう育てられたんだろう。親もこんなんなのか?そもそも悪いことというか人に迷惑をかけてる自覚があるんだろうか。こっちから聞かないと答えないくせに友達とはデカい声でベラベラ喋ってるし。その友達も注意せず平気な顔してるから同じ価値観なんだろうなあ。もし自分の友達がそんな態度取ってたらドン引きするわ。
若者でなくてもこういう人間は居ると思うしまともな若者もいると思うがあえて若者と書いたのは、少なくとも私の職場では30代以上でこういう人を見たことがないからである。ある程度の年齢の人は遅れる前に延長を申し出てくれるし、数分遅れただけでもすみませんと言ってくれる。
お前の働いてる地域の治安が悪いと言われるかもしれないが、お客は全国の色んなところから来てるしそもそもビジネス街なので住んでる人はほぼいない。
1.金を貸す銀行の立場からはマンション>オフィス>ショッピングモール>物流倉庫
分譲マンションを買うのは主として個人で住宅ローンを借りてくれるが、BISのリスクウェイトが低いので資本が少なくて済む
デベ向けのオフィス建築ローンはすでにたくさん貸しているから積み増しにくい
ショッピングモールはもとの土地のオーナーが工場だったり大地主だったりして、銀行ともとから付き合いがあったり再建や相続からみだったりして他にもメリットがある
2.投資ファンドの立場からはオフィス>物流倉庫>マンション>ショッピングモール
賃貸マンションはオフィスビルに比べて規模が小さいし、空室リスクが高いのでREITにも入れにくい
底地の地価が高いビジネス街は銀行からお金を借りやすいし、テナントが埋まればREITに入れて安定資産となる
ショッピングモールはキーテナント(スーパーとかホームセンターとかパチンコとか)の発言力が強いし、自治体もうるさいし、開発からかかわるのは手間も時間もかかってリスクが大きいけど、よさげなものになりそうだとわかるまで待ってたら入り込めない
東京での人の道でのすれ違う時の様子には時代の変化も感じます。
私は昭和の高度成長期育ちなのですけど、子供の頃は都内の狭い道を大人同士が交差する時に「すみませんな」、「ごめんなさいよ」、「どうもね」等と声を掛け合って体を捻じ曲げるようにしてでも衝突を避けている人が大勢いましたね。下町だったからまだ江戸期から明治、大正、戦前の昭和までの庶民文化の片鱗が残っていたのかも知れません。衝突率は酔っぱらい以外はほぼほぼゼロです。
まぁ、無愛想な人もいるので頭を気持ち下げて片手をちょっと上げて無言の「どうも」サインの人も沢山いたけれど。個人的には、この時期に東京は地方からの大量の集団就職とかで来た人々が暮らしていて、地方のなまりを聞かれるのが嫌で黙っている人が増えたのかなと感じていました。そして、この無言派の人々が増えたよね。結果、無言同士の「どうも」サイン交差がメジャーになってたな。まだ聞こえるか聞こえないか位の小さな声かけが残ってたけど。
平成の中頃になってから気がついたのは「おや?日本人(東京でだけど)は全く無言で交差するようになったなぁ」と言う変化。ベビー・ストーラー(ベビー・カー)を押して来るお母さんや松葉杖の人に道を100%譲っても、かなりの人は無言「どうも」サインもないんだなー。まぁ、感謝して欲しいから道を譲ってる訳でもないし、個人主義とやらの時代なんだろうが、知らない人同士のコミュニケーションや潤滑油は消えたと感じたかな。悪意で解釈するとそれが当然の権利だとか主張されてる感じ。善意で解釈すると、そこまでシャイで内向的な人が増えちゃったの?と言う感想。そんなんだと結婚生活やら家庭生活大変だろうなとか余計な事を思ったりする。さらに雨の日なんかには「傘かしげ」すらしない人も激増しているから、無言のぶつかり合いをよく見るようになった。私はそういうの嫌なんで速攻逃げてますが。。そのうち、出るんじゃないかな、「お前の傘で怪我したろ治療費払えよ」詐欺。
因みに、米国とか雑多な民族が一緒に暮らしてる国だと、知らない人同志の声掛けやあいさつは常識レベル。日本で暮らし始めた米国人とかと目があうだけであいさつしてきたりする、あれ。あんな感じ。ビジネス街ではいちいち挨拶なんかしないけど、郊外の住宅街とかだと知らない人同士でも挨拶してた。日本ではバス待ちとかでは皆黙って静かに待ってるけど、米国(といってもワシントンDC近辺)では結構、知らない人同士でも会話する。ある時、赤ちゃんをだっこしたお母さんと私だけでバスを待ってたら、そのお母さんがいろいろ話しかけてくる。私もそういうのに慣れて返していると、途中で、そのお母さんとっても安心した表情になったんだよね。その時の雰囲気である事を悟った。あなたはヤバイ人じゃないよね、安全な普通の人だよね、私達親子に手出ししないでお互い何事もなくバス乗っていきましょうね、と確認してるんだなぁ、と。因みにこの国では通行で体がぶつかるなど絶対禁忌だからまず無い。もしそれが起こったらかなり面倒くさい。
米国から日本に帰ると、日本を良くも悪くも感じた。デパートのガラスドアの向こうに女性がやってくる。私が慣れたのは男性がドアを開けてあげて、女性をまず通してあげる文化。女性はニコッと微笑んで「ありがとう」と言ってくれる社会。日本でこれをやると女性が戸惑うか、極度に恐縮される。もしくは一部は過剰に喜ばれる。まぁ、早いもの勝ちで通ってく文化に、そう文句がある訳ではないけれど。
私は特に今の日本の悪口を言いたいわけでは無くて、その特徴や変化を述べたかっただけ。今の日本、暮らしやすくなったところもたくさんありますよ。例えば、昔は赤ちゃんを「おんぶひも」するのはお母さんの役割で、お父さんがこれをすると周りから奇異な目でみられて大変なプレッシャーがあった。我が家ではお母さんが疲れたら、赤ん坊のおんぶは犯罪ではないと社会の逆風に逆らってお父さんがおんぶしてたのですが、隣から物笑いの種にされたりでもう大変。今は普通にお父さんも「だっこひも」できる時代で良いよなーと感じます。
昔は良くも悪くも男尊女卑の時代。この時はみんなが喜んで暮らせる鍵は男にあって、男が周りを思いやって親切に努めるとかなりうまくいっていた。今は良くも悪くも女性の権利の時代。この時期にみんなが喜んで暮らせる鍵は女にあると思うな。女が周りを思いやって親切に努めると何が起こるだろうか。東京の通行で、実は女性がぶつかってくる時代の電子記録に、残しておきたい思いです。
先日、麹町のあまり人通りが無い道を歩いていたときに地図を持った老婦人に道を聞かれた。
地図にマーキングしてあるマンションの場所を聞かれて「それならすぐそこですよ」とエントランスまで案内したけど、以前来たときの記憶と違うとのこと。
行き先の住所を聞いて地図アプリで検索してもヒットせず、さらに話を聞くと1~2時間も迷っていて、地図も先ほど近くの警察署で道を尋ねてコピーしてもらった物とのこと。でも住所や建物名に少々自信が無くなってしまったようで、軽くパニックに陥っている様子。
これは個人のスマホ検索では無理だと判断して、「もう一度、警察に行って調べてもらいましょう」と促して警察署へ同行した。
改めて調べてもらったけどやはりその番地は存在しなかった。警察によると、先ほど渡した地図は聞いた建物名の一部から恐らくここだろうと当りを付けてマーキングしたらしい。
警察から「住所を覚え間違っているかもしれないので、正確な住所を知っている人に電話してもう一度確認しましょう」と提案されて老婦人が携帯から電話をかけたけど、まだ落ち着かず聞き取りが危うかったので、途中から警察の人が電話を替わった。相手もいきなり警察が電話に出て驚いたに違いない。
その結果、同じ有楽町線だけど降りる駅からして違っていたことが判明して老婦人も徐々に思い出してきたようだったので、あとは警察に任せてその場を後にした。
平日の昼間にジーンズにパーカーというラフな格好でビジネス街を歩いているおっさんに道を聞くのにも勇気が必要だっただろうに、こちらもコミュ障気味で初対面の人に適切な話し方ができず、今になって「もう少し安心させられる言い方があったよなあ」と悶えている。
それががっつり居なくなったので悲鳴を上げてる。
ずいぶん昔、大阪の西成でボランティアをしていた時に、めずらしく女性のホームレスがいた。
少ない女性だし、まだ60歳ということだったので、ホームレスとしても若い。
ただ、更けて60歳にはみえなかった(70歳ぐらいに見える、真実は不明)。
これはいけないということで、ボランティアの間でもなんとかしてあげないと
といったおせっかいな意見が多くでていたが、わたしはどないしたらええねんと割と冷ややかにみていた。
(性格による)
先輩ボランティアが、そや男の恰好させたらええんちゃうか、ということで、
男装をさせることにした。
しばらくすると、男装しているほうが、性欲を刺激されるみたいで、
通過すらしたことなかった東京にはじめて行った。なんとなくその時の感情を記録しておきたい気分になったので書く。都内で働いてるというだけで急にポエミーな事を書き始める浅はかな連中(暴言)(ごめんなさい)を少し見下してたのに、いざ自分が行ったらこれなんだから悲しいなぁ。
(そもそも人口が多いんだからポエマー人口が多いのも当然である)
田舎出身で地方大学に進学した。大学から都内までは電車で2時間くらい。ライブや展覧会といったイベントに行く習慣がなかったので、普段東京に行く理由も特に無かった。
夏、宿泊費と交通費が全部出る都内のインターンが決まった。タダで1週間近く観光できる!! このインターンは評価と無関係らしいので尚都合が良い。伸び伸びと好き勝手に観光させてもらうことにした。インターンとは……?
面接があるタイプのインターンだったので、実際は決定前に一度行く必要があった。交通費で得する為に高速バスで新宿に向かう。就活の話を聞く際、バスタバスタ言ってる先輩を見て「イキってんな。普通にバスターミナルでいいでしょ」とか思ってたけど、ホントにバスタという文字がデカく掲げられていたのですこし申し訳ない気分になった。外に出ると明らかに都会だった。時間的な問題か、塵でちょっとビルが霞んでる感じも都会っぽい。高層ビルを見上げてキョロキョロするなんて明らかに田舎者で恥ずかしいな、と思いかけたが事実正真正銘の田舎者なので、無駄な抵抗はやめて思う存分キョロキョロしていくことにした。
にゅうぉまん?めん?柔麺って何の施設なんだ?そもそも何語なんだ?都庁を初めて見た感想が「銀と金1巻のビル」なのはちょっと面白いな。マック狭すぎるのに中高生以外も多くて草。高架下めっちゃ臭いやんけ!ここ1階なのか?知らないうちにデパート歩いてるのウケるな。地面はどこなんだ??
地下鉄に一人で乗るのも初めてだった。「スマホがあれば余裕やろ」の精神でスマホで確認しつつ進んでたら一瞬で迷った。ビルの間でGPSが死ぬのは知っていたが、都会的なビーコンか何かで解決されていると思っていた。改札の場所が全然分からない。諦めて案内に従って歩くロボットになったら数分でホームに着いた。自分がどこに居るのか全然分からないのに目的地に着いたのはなんだか悔しかった。あとから調べたら大江戸線というのは数ある路線の中でもだいぶ地下にあるらしい。なら仕方ないか。なにが? 電車内は予想より空いていた。アナウンスで知ってる地名が流れまくるのでテレビの東京特集ってやべえんだなぁと思った。中央区の一角に出て少し歩くと明らかに人が減って地面が綺麗になって、お昼のビジネス街ってこういうことなのかぁ、とかいうよく分からない感想を抱いた。
インターン開始前の時間を使って、都会の就活イベントとやらに行ってみようとウキウキで前泊。再び新宿駅の周辺で迷い、ようやく自分の勘でのゴリ押しを諦める。どうにか線路を乗り越えて就活イベントに到着。会場内でセミナーをやっていた就活コンサル?の人に「○○から来たんですけど地方だとこういう場が少なくて…何か出来ることありますかね」と聞いたら、あからさまに答えに困ってて(あのさぁ……)と心のなかで唱えてしまった。講師の人に罪はない。むしろ優しい、ありがたい。罪があるのは地方軽視の日本の政治が~~とかではなく半分冷やかしで聞いた自分のせいでしかない。夜は新宿から出て、ちょっと良いカプセルホテルに泊まった。ホテルの中は前回新宿に行った時に感じたニオイが凝縮されていて少しテンションが下がった。人が集まると発生するニオイなんだろうか。
実のところ、滞在中に新しく感じたことはあまりない。あのニオイがしない場所もあるんだな、銀座ってパーカー1枚で徘徊しても怒られないんだな、築地市場ってホントに消滅したんだな、汐留はカネの塊みたいな場所だな、中銀カプセルタワー思ってたより廃墟じゃないな、上野には木があるんだな、インターン民自分以外首都圏民だからってライブの話ばっかし過ぎだろ、秋葉原意外とスッキリしてるけど歩いてる人の服装には共感できるな、とか、まあそんなことを思いながらグループワークに耐えていた。と同時に、こういう銀座やら市ヶ谷やら六本木やら、ただの地名や駅名をさも世界の共通認識であるかのように使う人達を毛嫌いしていたことを思い出してなんとも言えない気分になった。たぶん次の自分は、上京したばかりで地名を連呼する人を見下し始めるんだろう。悲しみの連鎖だった。
最終日、会社を出る前にシュウマイ弁当を貰ったが、直前にもご飯を食べていてお腹に余裕がなく、駅までシュウマイ弁当をぶら下げて帰ることになった。荷物も来た時点でパンパンだったので余裕はゼロで、駅前のホームレスの人にお弁当渡せば一石二鳥か、でもそれじゃ人をゴミ箱扱いしてるみたいな気もするし、なにが一番いいんだろうなどと考えているうちにバスが来た。自分の偽善者ぶりに内心ニヤニヤしながらバスの中でシュウマイ弁当を食べた。美味しかった。
思えば地方から上京する人なんてごまんといるし、ましてや普段から恵まれてる大学生ごとき、自分の感想もその域を出ないんだなと改めて感じた。あえて書くなら住んでる人そのものは東京でも変わらないとか、建物は大きくて意外と古くて地味に歴史があるとか、人が多いので適当な格好しててもあまり浮かないとか、そんなもの。自分が都内で働いてみたいと思うのも、一応いっかい中心地での生活を経験しておきたい、程度のしょうもない動機。その動機自体はなんだかんだ皆実際のところはそんなもんでしょという謎の確信があるが、特に自分の場合はクビになっても山小屋なり工場なりに籠って働けばいいやん、としか考えてない甘い思考の人間なので、もう少しきちんと考えたほうがいいかもしれない。これが自己分析ってやつなのだろうか、よくわからない。来年、無事就職して、呑気に『初めて東京に住んだ』みたいな日記を書けてればいいけど、こうやってこの時期にダラダラ駄文で自分語りを書き散らしてる時点で厳しいのかもしれない。悲しいなあ。