はてなキーワード: 行革とは
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1294017796/
>予算のムダを洗い出す「事業仕分け」第2弾で仕分け人を務める与党議員が15日、対象となる54独立行政法人の視察を始めた。
>厚労省所管の「労働政策研究・研修機構」が募集して発表している論文が、1本あたり6000万円以上もかかっていたのだ。
>視察団のひとり民主党の尾立源幸参院議員は、「民間ならば2000万円もあればできる内容だ」と怒り心頭。
「仕分け対象独法デタラメ 「労働機構」論文1本6000万円」(日刊ゲンダイ 04月19日10時00分)
http://news.biglobe.ne.jp/politics/351/gen_100419_3514249739.html
著者は厚労省から政策研究大学院大学に派遣されて「なんちゃって教授」をしばらくやっていたが、
最近は「労働政策研究・研修機構」という独法に戻ったようだ。そこに勤務していた若林亜紀氏の
『公務員の異常な世界』によれば、研究員が足りないと事務員を「昇格」させて埋め、
彼女がまじめに研究して本省に都合の悪い結論を出したら、報告書を握りつぶす所だそうだ。
無駄な組織には、無駄な人物が棲息しているわけだ。この独法は、行革で何度も廃止の対象に
あげられながら労組の反対で生き延びてきたが、「聖域なき無駄の削減」をとなえる民主党政権はどうするのだろうか。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/hamaguchi.HTML
濱口桂一郎の所属機関は、労働政策研究・研修機構ね。
僕はこの機構の廃止を以前から主張していますし、僕の周囲でも廃止を唱える人は多いわけです。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/sociology/1294017796/
>予算のムダを洗い出す「事業仕分け」第2弾で仕分け人を務める与党議員が15日、対象となる54独立行政法人の視察を始めた。
>厚労省所管の「労働政策研究・研修機構」が募集して発表している論文が、1本あたり6000万円以上もかかっていたのだ。
>視察団のひとり民主党の尾立源幸参院議員は、「民間ならば2000万円もあればできる内容だ」と怒り心頭。
「仕分け対象独法デタラメ 「労働機構」論文1本6000万円」(日刊ゲンダイ 04月19日10時00分)
http://news.biglobe.ne.jp/politics/351/gen_100419_3514249739.html
著者は厚労省から政策研究大学院大学に派遣されて「なんちゃって教授」をしばらくやっていたが、
最近は「労働政策研究・研修機構」という独法に戻ったようだ。そこに勤務していた若林亜紀氏の
『公務員の異常な世界』によれば、研究員が足りないと事務員を「昇格」させて埋め、
彼女がまじめに研究して本省に都合の悪い結論を出したら、報告書を握りつぶす所だそうだ。
無駄な組織には、無駄な人物が棲息しているわけだ。この独法は、行革で何度も廃止の対象に
あげられながら労組の反対で生き延びてきたが、「聖域なき無駄の削減」をとなえる民主党政権はどうするのだろうか。
http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/hamaguchi.HTML
濱口桂一郎の所属機関は、労働政策研究・研修機構ね。
僕はこの機構の廃止を以前から主張していますし、僕の周囲でも廃止を唱える人は多いわけです。
基本的には貴方の考え方に近いが、他の人にできなかった行革がちゃんとできるなら他のことにはしばらく目を瞑ってもいいと思ってる。
僕はとりたてて左でも右でもないと思うが、個人的に橋下徹氏のやり方には強い違和感を感じる。君が代を歌わない教員を罰する、などといったタカ派的な行動(http://goo.gl/fdA8f DailyMotion: これで彼自身恥ずかしそうにしてちゃんと歌っていないというのは置いておいて...)やテレビタレント時代の核武装とか中国売春ツアーODA発言とか弁護士懲戒請求の扇動とか、そういう極端な言動への違和感が第一にある。ナイーブに考えて、下品で息苦しいのである。
だが、僕が結構ファンである佐々木俊尚氏(http://twitter.com/sasakitoshinao)や夏野剛氏(http://twitter.com/tnatsu)など、わりとリベラルで先見的と思われる人たちが橋下徹氏に好意的な評価をTwitterでしているのを見て、どうしたものだろうか、としばし考えた。
たとえば佐々木氏は、橋下氏の実行力を評価し、橋下氏の批判者が感情的な批判しかできていない、ということを指摘していた。たしかに、行革や財政再建を目指す政策は私も賛成である。また、部落問題や暴力団のような複雑な問題も、彼くらいの突破力がないと解決できないだろう(私が橋下氏に一番期待しているのは、そのような問題の解決においてである)。ただ一般に彼のやり方は、敵を作り、スケープゴートを作ることで住民の溜飲を下げさせていることで勢いを維持しているように見えてしまい、その手法に狡さ・醜さを感じるのである。さらに言えば、それに乗ってしまう人々の多さにも空恐ろしさを感じるのである(こういうと香山リカ氏みたいだが)。私は、橋下氏はルサンチマンに駆り立てられて動いている人間だということに気づいたが、彼がさらに住民の潜在的なルサンチマンを煽っている構図なのではないかと思うのである。そういう点で、現代のヒトラーという指摘はあながち見当違いではない。
私みたいに、緊縮財政・行革による財政再建は大いに結構、だがイデオロギー的な押しつけの空気やタカ派的挙動、さらには彼を突き動かしている感情にはアレルギーがある、という層は多いのではないだろうか。
佐々木氏が今日になってついに「橋下氏について行けない人たち」などという(そこまで言ってしまうと戦時中の非国民とかと同じメンタリティーにしかすぎないだろう)気持ち悪い全体主義的なポストまで挙げていたので、なんだかガッカリさえした(本当の知性や強さというものは、結論の出ない曖昧さから目を背けず、それに耐えて批判的に考え続けることではないのか。)のと同時に、自分の中でどういう立場を持てばいいのか、折り合いをつけなくてはいけないのかな、とも感じたのである。
私は科学者だが、周りを見ていてたしかに偉大な科学者が必ずしも人格に優れているわけではないし、科学者を見る際には業績と人格、さらに教育者としての資質は分けて考えるのが普通だ。政治家もそれと似たようなもので、イデオロギーと実質的な政策を分けて考えるべきなのかもしれない。彼の財政再建のための活動は評価するが、彼の人柄や彼を突き動かしているイデオロギー的ものには疑問を感じる、という折衷的なスタンスをとれば、私自身感じている息苦しさにも折り合いをつけられる。
余談だが、橋下氏、昔はテレビではけっこうチャライ感じでいじられキャラだった記憶があるのだが、いつの間にあんなに強者のキャラになったのだろう。そういうパブリックなイメージの変遷のメカニズムにも興味がある。
ひとりのAnonymous Cowardより
皆さん、入社おめでとう。
長期不況、就職難のこの時期に、世界最大の部数と、高度の評論・報道を誇る読売新聞に入社試験を突破して今日入社できた諸君は、きわめて優秀な知性、体力の持ち主だと信じる。
「ネット時代に新聞は生き残れない」との扇情的な言論が見られるが、生き残る力のない新聞とは何らかの経営者の失敗、紙面の偏向、一般社員の能力の低下、愛社心の欠如等によるものであって、それらは読売新聞には当てはまらない。
私が誇りに思うのは、読売新聞の論調が公正であり建設的であること、報道が迅速、正確で、今日の国家、社会、国際関係等からみて、いささかの偏向もないことである。
今はやりのネットの世界では、責任不明の発信者による無責任な言論、他人の名誉に対する棄損行為、流言飛語、わい雑で反社会的な情報の流布、思想体系のない断片的言説のツイッター等が氾濫しており、青少年の教育を害するポルノや出会い系サイトのようなものを規制することもできずにいる。
私は、新聞も本も読まず、ネットの世界にのみ侵入している若者は、将来日本を支える指導力、知性、生産力、倫理観等を身につけることができず、国民の文化や民度の劣化を招くものと心配している。
欧米の新聞と違い、日本の新聞は個別配達制という日本特有の販売、配達網があり、販売収入が安定している。それに比べ、欧米はもとより、新興国、途上国では個別配達網がないか、あっても脆弱なものであって、その収入の七、八割を広告収入に依存しているため、その経営力は不況に恐ろしく弱い。欧米の著名な新聞が次々に倒産しているのは、収入源の七、八割が広告収入であり、不況時には企業の広告出稿が大幅に減るためだ。
日本の新聞は、独自の個別配達網を維持し、正確性、公正性、一覧性、ニュースの重要度による多様な情報の有用な整理力による総覧性、可搬性、利便性、教養性等を維持する限り、衰亡することはない。むしろ、乱立し、無謀な競争をし、無責任な情報を発信するネット業界の将来の経営の方が危ぶまれる。
だが、読売新聞も、新しいメディアの世界を傍観しているのではない。YOLや「あらたにす」等を通じ、必要で有用な情報の発信手段は広げている。問題はそれが十分な利益をもたらすかどうかであって、本社の強力なメディア戦略局が日夜、研究、開発し、効率よく利益を得るような事業を展開している。しかし、我々にとってはあくまで新聞が主軸であり、ネットサービスは副業だ。
読売グループには、姉妹社に日本テレビ、子会社に巨人軍、中央公論新社等があり、この不況の中で、黒字経営を維持している。
今政界は指導力が低下し、与野党とも諸勢力が四分五裂している。その結果、経済不況に伴う失業や要介護者等に対するセーフティネットが構築されていない。政権党は大衆迎合のマニフェスト原理主義で、財源がなく投資乗数効果も低い、子ども手当のようなバラマキに没頭している。そのため予算の歳入は赤字国債が税収を上回り、国家財政は世界最悪の状態だ。
ただし、米国や南欧の財政危機と異なり、日本国債の九三%は日本国民が持っている。しかし、国債発行も限度を越えれば価格の暴落、金利の上昇、そして不況の一層の深刻化につながる。
私はその解決策を持っているが、部分的には社論でも報じ、時を見て全面的計画を発表する。
日本政治の劣化、それによる不況の深刻化を防ぐためには、新聞、特に読売新聞の論評、解説、報道により、政治そのものの質の向上、活性化を図るしかない。
読売はこれまでにも、憲法改正案、行革案、戦争責任の検証、社会保障と税制改革などについて、次々に建設的提案をしてきた。今は不況脱出のための財政、金融、産業政策についての提案に力を入れている。
最後に、読売新聞の将来について極めて重要な計画を申し上げる。
今朝の朝刊にも出ているように、新社屋の建設である。この大手町の本社は一九七一年に建てられ、築後約四十年となる。
その建設当時は、古い経営者の頭の固さもあって、一極集中印刷が最も効率的であると誤信し、しかも鉛と手拾いの活字による輪転機、印刷とその発送のための長方形と三方道路の立地にこだわり、九五台の輪転機を地下五階層にわたって並べることを理想としていた。
私や内山グループ本社社長は、印刷の電子化、発送、輸送の合理化、全国分散印刷体制を主張したが、まだ若かった我々の主張は頭の古い硬直化した経営者に押しきられてしまった。中でも内山社長は長文の全国分散印刷体制論を当時の社長以下に提出したが、却下されてしまった。
私は三年ほど前から、ひそかに大手町から輪転機を完全に移動し、IT時代にふさわしいシステムの配線やコンピューターの設置に適した新社屋の建設を検討してきた。
その結果、この大手町の社屋を壊し、その跡に、三○階建ての最新機能を備えた新ビルを建設することを決断し、一昨日の東京本社役員会で正式決定した。再建期間中、三年から四年は、銀座の新橋演舞場に面した旧日産本社ビルに借家する。この借家は、この本社より外見、内装とも立派だ。皆さんもいずれ新社屋が建設されれば、日本における情報・金融機関の中心である大手町を睥睨する新本社で、執務することになるだろう。
思い起こせば、大正末期以来、読売新聞社屋は受難の歴史だった。一九二三年、銀座三丁目に建設した新社屋は、披露パーティーを前にして関東大震災で完全に崩壊し、一九四五年には空襲で跡形もなく全焼した。
その間、朝日、毎日は大阪に本社を置いていたため、関東大震災の被害を受けなかったが、一七紙あった東京紙はほとんどなくなってしまった。大空襲でも朝日、毎日は戦火を免れた。
このような二度にわたる社屋崩壊にもかかわらず、新社屋の建設を続け、不死鳥のごとくよみがえり、一九七七年、務台社長のもとで発行部数が日本一となり、翌七八年には世界最大発行部数としてギネスブックに登録された。九一年に私が社長になり、それから間もなくの九四年、一○○○万部の世界最大部数を達成した。この時巨人軍も、日本一に輝いた。
創刊以来の苦難の中で、百三十年余にわたる先人たちの苦労の上、今や不滅の読売を象徴する超高層新社屋をこの大手町に建設することは、私の生涯の最後の使命である。このデフレによる営業収入減の中で無謀ではないか、との批判も出るかもしれないが、わが社の資産力、経営力からしてもいささかの不安もない。
もちろん、この大事業は私一人の力でできるわけではない。全役員及び社員諸君も、日常的な経費節減及び販売、広告収入の増強に向けて、全力をあげて協力していただきたいと思う。新聞窮乏化論のなかで、読売新聞の未来は限りなく輝かしいものだと確信する。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100720/plc1007201308005-n1.htm
仕分けは政治手法として極めてパフォーマンス性の高い行事になりつつある気がする。マスコミ受けもいいしなあ。
これってつまりは、仕分け=ディベートってことなんだろうから、ようやく日本もオープンなコミュニケーションで物事が決まるようになったのかしら、と思ったりもするのだが、肝心の参加者がディベートに不慣れなおっさんおばさんばかりなので、実効性は薄いだろうな。テレビ的にはディベート下手なほうがざっくり斬られておもしろい!メシウマ!現代のチャンバラ!暴れん坊大臣最高!みたいな感じかも知れないけど。
今後ますます『仕分けに負けないディベート力』みたいなのが社会人にも求められる世の中になっていくのかも知れない。
でもなー、結局仕分けの対象になったらその時点で負けってのが当面の現実なんだろうな。
記事を読むと、質問事項は大まかに【行政改革】【国民栄誉賞】【08年度2次補正】【オバマ新大統領】 の四つ。
で、タイトルが「話はがらっと変わるんですが」で始まる最後のおまけみたいな【オバマ新大統領】の部分(オバマ氏人物像「想像でもの言えない」23日の首相)。朝日にとって何が重要なのかがよく分かる。
しかも質問内容からしてゲスだ。
――話はがらっと変わるんですが、先日就任したアメリカのオバマ大統領と政策の面ではなくて、人物像に限って見たときの、総理とオバマ大統領の似ている点と似ていない点、総理はどうお考えでしょうか。
「政策以外で、どうして会ってない人の人物評価ができると。僕は新聞記者じゃないから。想像でものを言う立場にありませんので、会ってない人の人物評価をすることはできません」
タイトルに持ってくるって事は、こんなやりとりが行革や2次補正予算案よりも優先度が高いと現場が判断したって事だろ。
それに、この「僕は新聞記者じゃないから。」は、どう見たって句点(。)じゃなくて読点(、)だろうに。
「お前らみたいに、憶測でものを言える立場じゃねーんだよ」と、あの曲がった口から今にも飛び出しそうな気配だ。
パソコンが普及する以前、電子的な方法で文章を作成・編集する手段としてワープロ (日本語ワードプロセッサ) と呼ばれるキカイが普及していたのを覚えているだろうか。
文豪、書院、Rupo。広告では「三行革命」や「メカッ速い」などの名言が生まれたあの時代、あなたはどこでなにをしていましたか。
富士通は、パソコンではFM TOWNSとゆう迷機を作ってしまったりもしてたんだけど、ワープロではOASYSとゆうブランドで確固たる地位を築いていた。
みんな知ってるか? OASYSはなんと今でも、Windowsで稼働するワープロソフトとして市販されているんだぞ。
http://software.fujitsu.com/jp/oasys/
http://software.fujitsu.com/jp/oasys/relation/index.html#FMV-KB232
ちなみに動作環境は
CPU:486 / 66MHz以上(Pentium以上を推奨)
だそうだw 制限はあるもののVistaでも使えるらしい。
集団としての官僚のふるまいを問題としてるんだろ。
官僚制は
などなど、使いづらい側面もあるのよ。
たとえば、地域の仕事は地域にってことで国の仕事で地方自治体がやっても
差し障りのないものを地域におろそうっていう話があるの。
地方に下ろせる仕事はたくさんあるって学者とかのおえら方は言ってるのね。
んで、政府が省庁にそういうのあるかどうか聞いてみたのよ。
そしたら、省庁は「んなもんありません」っていう0回答したそうだよ。
学者はあるって言ってる。それを真に受けた政府は、んじゃ、地方におろそうって決めた。
って感じなんだけど、当の代理人が動かないのよ。
んじゃ、この代理人が動かないのは誰の責任?っていってもよくわからんのね。
あれれ、代理人は依頼した政府の思う通りに動かにゃいかんだろ。