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2017-04-18

タモリの疑似社会科学っぽさ

先に言うとタモリは好きだ。

子供の頃からいいともをよく見ていたし、ジャングルクッキングとかのタモリもよく見ていた。

タモリ倶楽部面白いし、いまでも好き。

しかし、タモリは全肯定されすぎな気がする。タモリ教養あるように思われている昨今だが、あれは教養ではなくて、豆知識の集積であるように感じる。

ブラタモリもまちの新たな見方提供した番組のように思われているが、どうもサイエンス的な裏付けが弱い気がする。

いうなれば、やたら俗説をよく知っている戦国オタクのようなもので、最近タモリ界隈の雰囲気は疑似社会科学っぽさが高い。

はてな界隈は疑似(自然科学には目ざといが、社会科学人文科学では途端に俗説をよく知っている戦国オタクのようなものを褒め称えている気がする。


#追記

想像以上に反応が大きくてびっくりした。殴り書きのつもりだったので、みんなの反応をみて自分の考えも少しまとまった。

これは完全に同意。私もタモリ科学的に合ってる/間違ってると言いたいわけじゃなくて、「ブラタモリで言ってたからうんぬん」という周囲の反応がおかしいと思っているんだと気付いた

これも完全に同意。昔の中国人の真似とか、タモリ本来茶化す」人なんだと個人的には思っている。なので、タモリネタでやっていると思うんだけど、受け手が真面目に受け取りすぎている気がする。ブラタモリはオープニングで尻を振らなかったのがよくなかったんだ!(番組自体面白いと思います

あーもしかたらこれこそが一つの元凶なのかも、と思ったりした。タモリがまち歩きながら放言するくらいが面白かったのかもしれない。NHKが真面目すぎて、下手に専門家とか呼んで権威づけを結果としてしてしまたから、受け手もそのように捉えてしまっているのかもしれない。

個人的には知識自体教養ではないと思っていて、批判精神こそが教養だと思う。そういう観点では、タモリ権威に流れずに思ったこと質問しているので教養はあるのだと思う。

  • この反応にタモリはニヤリでは?

そう思う。というかみんながこういう反応をしてくれると思ったはずなのに、真面目に受け取られてタモリも当てが外れてそう(そんなこと気にしてないかもしれない)

言われてみればそうかもしれないタモリ自体芸能界の中では趣味人(古い意味でのオタクであるので他人社会に興味がないのかもしれない。所ジョージとか同じ雰囲気

なるほど。その観点はなかった。そういう学問分野にあまり詳しくないので思いつかなかったが、天皇陛下さかなクンを考えればありなのかもしれない。

しか主観を並べているだけですね。最初に書いた通り、タモリは好きだし,タモリ倶楽部ブラタモリも好きですよ。そういう意味タモリをこきおろしているわけではなくて、タモリを全肯定している人をこきおろしているのかもしれません。書いた時は自分意識していなかったですが。

荒れそうなのでノーコメントです

2016-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20160907221310

続き

でも、顔の印象は春信からかなり変わったのがわかるかな?

で、次に一世を風靡したのが、最初に挙げた歌麿

喜多川歌麿

ジャニー喜多川喜多川と覚えてほしい。

もともとは、お化けの絵で人気の絵師弟子

出世作は、現代風にいうなら、昆虫図鑑鳥類図鑑、貝図鑑的な写生もので(狂歌(和歌パロディ)が入ってたんだけど)、その精巧スケッチ博物学的にも価値がある。

お化けの絵の師匠から写生でヒット、で美人画大家になる、というのは浮世絵世界ならではな感じで、普通伝統的な日本画だったら、一派の画風を継ぐのが弟子の役目で、勝手に画風を変えるなんて許されないものだが、そこは画家ではなくイラストレーターたる浮世絵師バーリトゥードで売れそうな絵にどんどん転身していく。

そんな、歌麿美人画がこちら。

https://ja.ukiyo-e.org/image/mfa/sc156956

だいぶパッチリ系になってきたのはわかるだろうか。

指の感じもふくよかで、儚げな印象はもはやない。

AVジャンルだと、清楚系だ。

みんな同じ顔なのに、表情がある。

なぜ同じ顔なのに表情が違って見えるのは、自分には今でもなぜだかわからない。

キャプテン翼みたいな感じだ。

みんな同じ顔だし、喜怒哀楽も同じ顔、それなのに、キャラ区別も表情の区別も出来る。

ところで、江戸末期の美人の条件というものがいくつかある。

まず、富士びたい。

江戸男性陣は生え際フェチで(今でも日本画は生え際にこだわりがあるらしい。個人的にはどうでもいいんだが)

ひたいは狭めで、台形がいいとされていた。

富士びたいをベジータひたいと勘違いしている人が多いが、正しくは、逆台形(ソリコミのヤンキー)の逆であるきれいな台形の額ということである

あと、歯並びも重要だったらしい。

現代において、正しい噛み合わせとされているのは、上の前歯が下の前歯よりもわずかに手前にかぶさるのが理想らしいが、江戸時代美人は、上と下の歯がピッタリか、若干下の前歯が手前にくるのを美人とされていたらしい。

わざと、下くちびるを手前に出した美人画が多い。

そういえば、欧米人には八重歯の可愛さだとかアヒル口の可愛さが理解できないという話を聞いたことがある。

変な歯並びや口のかたちに萌えたりするのは江戸時代から伝統なのか。

次に、若干マイナーなところで、鳥高斎栄昌をあげる。

歌麿と同様にドアップが多いのと、あと自分が単純に好きだから

釣り目で、屈託なく笑う感じが、女子高生的でそそる。

https://data.ukiyo-e.org/met/images/DP142137.jpg

栄昌は鳥文斎栄之という絵師弟子で、鳥文斎栄之はすごく品がある慎ましやかな女性を描いたのだけど(栄之に比べたら、歌麿が清楚系といってもせいぜい素人JD、栄之のそれはお嬢様)、これまた師の画風とは一転。

女子高生的な快活さで大変自分のツボ。

(これを執筆しながらわかってきたのだけど、自分素人ものAVが好きらしい)

このころ、だいぶパッチリ目になってきた。

わずかに時代が進み、菊川英山

https://data.ukiyo-e.org/mfa/images/sc221599.jpg

アニメ絵っぽくなってきたのがわかるだろうか?

頭が大きく、記号的な目や鼻。形式化された顔の輪郭

お次また少しだけ時代進んで渓斎英泉

一般的解説には「えぐみのある女性」らしい。

自分に言わせれば、ブス専である

キーワードは「デカい頭」、「猫背」、「生活臭」、「睫毛すごい」

上睫毛もした睫毛もボーボー、小さい目を少しでも大きく見せようと、ゴキブリの脚みたいに太い付睫毛をつけまくったJKみたい。

それからデフォルメが効きすぎてブス、生活臭ハンパない

エロ巨匠でもある。

なぜかそそる。ブスのくせに。やっぱり生活臭エロなのかな?

今わかった、俺は素人ものが好きだ。

浮世絵萌え絵が同じ進化をたどっているなら、萌え絵の行きつく先はブス専のように思えてならない。

つづいて、また時代が進み、月岡芳年に行ってみよう。

http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/wp-content/uploads/exhibition/2014_yositosi_kunitika/01.jpg

http://morimiya.net/online/ukiyoe-syousai/ukiyoe-images/yoshitoshi/itasau.jpg

それぞれ画題は

「けむそう」「いたそう」

ちょっと前に困り顔メイクブームになったが、時代は繰り返すのかな。

それ以降については、浮世絵日本画家(芸術として認知された人々)の系譜イラストレーター(挿絵画家広告画家)の系譜に分かれていくのだが、後者についていく。

俺が好きなのは油絵日本画じゃなくて、版画なので。江戸明治大正昭和も、芸術より商業印刷が好きだ。

有名どころで、竹久夢二

もう面倒くさくなったので画像検索をそのままリンク貼る。

https://www.google.co.jp/search?q=%E7%AB%B9%E4%B9%85%E5%A4%A2%E4%BA%8C&biw=1280&bih=607&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwjdl9iQof3OAhWBi5QKHZrIAjYQ_AUICCgB#imgrc=i6BOAyNRkNF3IM%3A

このころになると二重瞼が多くなってくる。

竹久夢二というと、女性社会進出象徴的な絵を描いているわけで、

ここでエロ談義ばかりですっかり忘れてたけど、女性社会進出=快活=二重瞼説に戻す。

しかし、江戸時代でも役者絵(男性の絵)は、ものによってはけっこう写実的なところがあり、最小の線ながらも、顎の丸みやエラの張りかた、小鼻や頬の膨らみかたがわかったりするのだが

(もちろん、それがいいというわけではない。完全にデフォルメしてる絵や、本人無視理想象で描いてる絵もある。歌舞伎堂艶鏡あたりはかなり写実的東洲斎写楽なんかはデフォルメしてるものの、ちゃんと顔の膨らみは想像できる。)

女性の顔となると、江戸から明治大正にかけて、ずっとずっと平面の中にしか存在できない顔だなと思う。

平面的というか、漫画的というか、記号的というか。

顎の膨らみがどうなっているのかわからないし、チークは入っているのに、頬骨のでっぱり具合がさっぱりわからない。

フィギア化がすごく難しそう。

なんで女性の顔はいつの時代量産型なのか。

さて、夢二の次中原淳一

https://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%AD%E5%8E%9F%E6%B7%B3%E4%B8%80&biw=1280&bih=607&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwib3oWEpv3OAhUFipQKHYlLBjUQ_AUICCgB

奇形デカ目、キラキラ目の元祖かなと思う。

ほぼ同時期にこの手の絵の祖と思われる人があと数人いたんだが、名前を思い出せない。

近くを見ているような、遠くを見ているような、瞳の焦点が微妙にあってないのは、浮世絵役者絵(男性のね)に近い気がする。

とまあ、瞼が二重か一重かはとにかくとして、眼でモテる方法を教える。

黒目、とくに瞳孔部分が大きいほど、モテるらしい。

三白眼悪人顔とはよくいったもので、黒目が大きいとモテる

黒目が大きいほど、柔和で優しそうにも、セクシーにも見える。

漫画なんかでは、催眠術にかかったような描写ときに、光彩と瞳孔を区別しないで描かれたりする。

古くは、アトロピンという薬剤を点眼することで、瞳孔を広げて美人に見せる術があったとかなかったとか。

薬剤なんか使わなくても瞳孔を広げる方法がある。

簡単に言えば、暗がりである。暗がりで美人に見えるのは、そのせいらしい。

逆にいえば、カラーコンタクトは最悪だね。

せっかく瞳孔が広がっても、レンズの模様のせいでそれが見えない。

あと最初の頃に戻るけど、一重なら、セクシー系を目指したほうがいいと思うな。

一重が許されるのはセクシー系、クール系。

日本人は、すごく面食いなようで、内面重視というか、外見によく合致した内面を求めるというか。

まあ、そんなこんな。

2015-11-11

イケメンなだけで恋愛できてる奴がいる以上、恋愛に『頭の良さ』はいらない

ブサメン恋愛できてないのに、イケメン恋愛できる以上、容姿関係がでかいのは確実だろう。

なので、ブサメンに対する恋愛テクニックは、イケメンテクニックとは違うものであるべきだろう。

からこそ、学問として成立しそうではある。

  

イケメン恋愛超有利なのは、なぜなのか。その差は埋まらないんじゃないか。とかなり疑問に感じている。

ここを、はっきりと、「恋愛に置いてイケメンが有利である」とか、そのあたりの市場原理をまとめて、経済学みたいに理路整然と整理されていないのが不満。

モテるためとかでなく、博物学とか、歴史のように、単純に事実だけをまとめた恋愛学とか、恋愛現象学みたいなのってないかなー。

2015-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20150216003205

サイズによる分類にどういう意味があるのかちょっと良くわからないけど、

俺は理論物理勉強したことをふんだんに応用して仕事してるよ。

ミクロだろうとマクロだろうと、more is differentではあるが、

物事線形であるとか、それから外れたとき摂動的な補正で辺りを調べることができるとか、

そういう基本的概念に変わりはない。

数学は本人の考え方次第であらゆる応用が効く。

博物学的な分野はその辺相当困難だろうな。

2013-02-20

おいでよ ピペドの森 ~バイオ生物系)の世界について~

バイオの今までの数年の動向と現状、そして進路について思うことを書いてみたよ。

受験生バイオ系の学生さんに進路を考える点でちょっとでも参考になればうれしいよ。



バイオ時代はいずこへ・・・!?

数年前までバイオがとても注目されて、クローン技術移植医療、ヒトゲノム計画、遺伝子組み換え食品などが

有名になったよね。

マスコミ連中は「これからバイオ時代!」と騒いでいた。

では今はどうかと言えば、そんな言葉見る影もない・・。

あれだけ騒いでいたマスコミ連中は「これからナノテク時代」などと別なことをほざくようになって、

バイオなどどこ吹く風・・・。当時、理工学系の学部で最もレベルが高かったのは紛れもなく「バイオ学科」だったのに、

いまは最もレベルが低い学科に成り下がってしまっているみたい・・・



受験生の間では、

バイオなんて就職がない」

医療系以外の生物系は無職養成所」

「これからナノテク時代からマテリアル系化学系!」

「でも日本電子立国から電気電子系や機械系が最強!」

・・・などとバイオを見捨てているんだろうね。

悲しいけどこれは事実・・・

バイオはあまりに力がなさすぎたよ。

今後もバイオ時代が来るようには全く思えない・・・(汗)。



1990年後半はバイオブームだった!?

1990年後半は紛れもなくバイオブームだったんだ。

クローン羊ドリーの誕生によってクローン技術世界で騒がれ、はたまた脳死患者から日本初の臓器移植、あるいは、

世界規模で行われていたヒトゲノム計画の激化、夢のような食品を作ろうと考え出された遺伝子組み換え食品、まさに

バイオブームのまっただ中であったんだよ。

それと同時に「バイオ倫理観が伴う非常に難しいもの」と倫理性も問われるようになったんだ。

例えば、「クローン技術遺伝子組み換え自然が作ってくれた生物存在根底から覆すものだ!」って

非難を浴びたし、「脳死患者から移植倫理的問題がある」ってお偉い方は慎重だったし、

ヒトゲノム計画は、「それによって人の遺伝子が分かることでその人の人間的な価値まで判断されてしまう!」

なんて言われていたんだ。

これを読んでいるみんなもこれらのことは知っている人も結構いるだろうね。

倫理観まで問われるってことはそれだけバイオが注目されていた証拠でもあるよね。



じゃあ、あれから数年経った今はどうかって言うと、悲しいけど全く言われなくなっているよね。



何でだろう??もう問題点は解決しちゃったから?

それともバイオはみんなを幸せにしたからもういらなくなっちゃったってこと?



ブームの罠

繰り返すけど、1990年後半は紛れもなくバイオブームだった。

でもこの言葉って罠がある。

あくま1990年後半はバイオ"ブーム"ってわけで、バイオ時代が来たっていみじゃなかったんだよね。

ここに大きな問題点がある!マスコミ連中が報じる「これからは○○の時代」って言葉には注意が必要なんだ。

まりマスコミ連中の科学に対する報じ方っていうのは、



(1)今ちょっと話題になって科学のことを集める

(2)それを大々的に報じる

(3)そして世間がそれに食いついてきたら「これからは○○の時代」って報じる



と言うやり方があるんだよね。

から「これからは○○の時代」と言われても本当にその時代が来るかどうか誰にも分からないよね。

確かにそれを報じた時やその数年後はその○○が注目されるけど、それ以降はまた別な◎◎が注目されるようになって、

「これからは◎◎の時代」ってふうに話題がすり替わっているものなんだ。

いい加減だよね、マスコミって・・・



では、この前後科学世界ではどういったブームがあったかを振り返ってみよう。



年代 ブーム
1985~1990 バイオブーム利根川先生ノーベル賞きっかけ)
1989~1994 地球環境ブーム(→農学部の大幅な改組)
1995~1998 大型基礎研究施設ブームSPring-8スーパーカミオカンデ地球シミュレーター)
1998~1999 ITブーム(正確にはIT革命ブーム
1996~2000 バイオブームクローン技術移植医療、ヒトゲノム計画、遺伝子組み換え食品
2000 ヒトゲノム計画のドラフト概要)が完了
2000 ITバブル崩壊IT不況へ、しかし近年持ち直す)
2001 (このあたりからバイオが騒がれなくなる)
2002~ ナノテクブーム
2003 ヒトゲノム計画が完全終了(しか世間はすでに見向きもしなくなっていた・・・

あれあれあれ??!1985~1990年にもバイオブームがあったんだ~。

実はこれ、利根川先生ノーベル賞を取ったことを機にかなり盛り上がったみたいなんだ。

当時バブル経済まっただ中で、いろいろな企業もこぞってバイオ研究をするようになっていたんだ。

電機メーカー線虫っていう虫の脳神経を調べたり、神経細胞が伸びていく方法を利用して半導体

回路の作成研究をしてみたりってふうにね。

でも、バブル経済崩壊したらそれらのメーカーバイオ研究をやめちゃったんだ。

バイオ研究って他の分野の研究とは違ってきちっとした方法論が確立されていなくて手探りでやるから

ものすごくお金時間を要するから

本業で稼ぐのが一番ってことで電機メーカー撤退しちゃったんだ。



1989~1994年環境ブームも"クセモノ"だよね。

なんでクセモノかって?それはウサンくさいから(笑)

その理由はQ&Aで書いておくね。

その次の1995~1998の大型基礎研究施設ブームっていうのは主に物理学世界で、宇宙とか素粒子

原子構成しているもの)を研究するのには大型の研究施設必要ってことで各地に建設がされたということだよ。



1998~1999年にはITブームがあったよね。

当時マスコミ連中が言ってた言葉は当然「これからIT時代」。

でもそれも2000年崩壊しちゃった(苦笑)。



1996~2000年バイオブームがまた来ているよね。

これがぼくがさっきから言っていたバイオブームのことだよ。

2000年にヒトゲノム計画のドラフト完了したことで、当時マスコミ連中はバイオ倫理について大騒ぎしたんだよね。

でも、これを境にだんだんバイオが騒がれなくなっていったんだ・・・

これとは対照的2002年くらいからナノテクだんだんと報じられるようになってくる。

2003年にヒトゲノム計画が完了したときにはもう誰も世間の人は見向きもしなくなってしまっていたんだ・・・

何でだろうね・・!?



ブームが終わるってのは2種類の理由があると思う。

1つはそれが完全に終了してしまって次がない場合

2つ目は同じことの繰り返しで真新しさがなくなってしまった場合



1つ目にあたるのは、ヒトゲノム計画だね。

当時は人の遺伝子が全部分かれば、病気の原因も分かるようになるって注目されたけどそんなことは全然ないよね。

結局、遺伝子解読したから何が分かると言えば、その遺伝子配列が分かっただけ。

それ以降には全然進まない。

だってどの遺伝子が原因は結局は実験をしてみないと分からないものから

ヒトゲノム計画は学問的にも産業的にも利用価値がなかったってわけ・・・

ヒトゲノム計画の時にアメリカのある企業ががんばっていたんだけど、終了後はこの計画にあまり意味がないことに

気づいて今は全然違うことをテーマにしているらしい(苦笑)。

ヒトゲノム計画はそんな程度だったみたいだね。



2つ目の理由に当たるのは、クローン技術脳死移植遺伝子組み換え食品だね。

その後はあまり技術的な革新はないからクローン技術はその対象を広げたけどそれ以上はないし)、マスコミ的には

もう意味がなくなったってことなんだろうね。



何かフタを開けてみるとあっけないよね・・・



それにしてもいろいろなブームがあったんだよね(皮肉/苦笑)。

ブームってのは確かに山があって頂上まで行ったら後は滑り落ちるだけってのは分かる。

でも科学世界ってそんな短期間で語れるようなブームで動いているわけ!?答えは「それは正しくない」よね。

今まで言ったように科学世界ブームは単純にマスコミが作り出しただけで、実際の科学研究もっとコンスタント

行われていて、確かにある分野が注目されるときはあるけどそのあとは見向きもされなくなるなんてことは変なことだよ。

だって見向きもされなくなるってのはその研究価値がなかったってことが分かったってことなんだからね。

でも、世間の人はそういうたった数年のブームにのせられてしまうし、多感な受験生なんてそれだけを信じて進路を

選んでしまうことが多いから要注意だね。

「これからは○○の時代」ってフレーズに載せられてその○○の分野に入学しても自分がいざ研究就職

しようとするときには世間は完全に見放していたなんてことになったら、いったい何のためにその分野を

選んでしまたかからなくなってしまうよね(苦笑)。



さあ、次はどんなブームが来るんだろうね!?皮肉/苦笑)



バイオ人間の考え方

バイオ研究者生物をどのように解析するか?それは文字通り「ただやみくもに」って言葉がぴったりな方法なんだ。

びっくりしたでしょ?ぼくはバイオ研究問題点は3つあると思っているよ。



1つ目は、生物学研究方法では他の分野(特に物理学化学工学)のように原理原則を見いだそうとは

されていないこと。だから生物学研究方法はまるで『錬金術』のように「訳の分からない遺伝子をやみくもに入れてみたら

どうなる?」とか、「この薬品とこの薬品を入れてみたらどうだろう?」ってふうに原理原則を見いだそうとせずに、

結果さえよければそれでいいって感じでやっているのが現状なんだ。

錬金術ってのはみんなが小学校中学校で習ったと思うけど、昔の人は金属ごとに違う原子でできていることを

知らなかったから、鉄やアルミニウムから金を作ろうと必死にいろいろな方法を試していたんだ。

これらの原理原則を知っている現代の人から見ればバカバカしいことだけど、残念ながら生物学研究現在でも

この錬金術のような方法をとっているんだ・・・



2つ目は1つ目とも関連があるんだけど、生物学の源流が『博物学であるから、その博物主義的な発想から

抜け出せないところ。みんなも博物館に行けばいろいろな昔のものが陳列してあってどの時代にどのようなもの

あったかよく分かるよね。でもそれが分かったところで今の自分生活には活かせないでしょ?それと同じで生物学も、

その対象動物植物から細胞分子レベルにまで移ったのに、やっていることは昔の生物学者がおもしろ生物種を

追い求めて野外を駆けめぐったように、今の生物学者も同じ発想で遺伝子細胞の中で働いているタンパク質

発見することに全力を注いでいるよ。そしてそれに名前を付けて陳列して「どうだ!オレはこんなにたくさんのもの

発見したんだぞ」って威張っている状態なんだ。

から、そこから一般的原理原則を見いだすことはないし、それを何かに役立てようって雰囲気も全くないんだ・・。



3つ目は生物学者の頭は完全に文系であるってこと。

表向きは生物学理系に属しているけど、理系らしさの証でもある数学物理学化学を駆使して数理的に

解析するなんてことは絶対にない。

そういった解析をしている学者生物学者ではないんだ(苦笑)。

確かに生物と言えども自然界に存在するものはすべて物理化学法則に縛られているから、その方向から

解析が必要になるはずだけど、生物学博物学の流れを持っているからそのような部分には生物学者は

見向きもしないんだ。

文系でも経済学心理学社会学では数学結構使うから生物学者は文系以上に

理解析をしないってことになるよね・・・

それだったら何のために大学入試数学理科をやってたんだよって感じだよ。

しかも、生物学研究には多くの機械を使うけど、生物学者は機械原理や中身の動作については

全く分かっていないんだ。機械ボタンを押せば何か分からないけど目的研究ができるってふうにしか

機械を捉えていないから機械がうまく動かないとき自分で直したりせずに修理を頼むんだ。

その間はだたぼぉ~って待つだけなんだ(笑)。他の理系研究ではまず考えられないことだよね。

大事なのは世界バイオ機器を支えているのは電気工学機械工学で、この2つがなければバイオ

ダメになるということ。でもバイオの人たちは、自分研究電気工学機械工学に支えられていることに

全く気づいていないんだ。それなのに自分達だけでバイオ研究をしているって勘違いしている部分がヤバいんだよね。



バイオ人間もっと発想を変えて、理系らしくすべきだと思うけど、みんなそんな意識はなくて毎日から晩まで、

時には徹夜実験をして喜んでいるだけなんだよ・・・

これはマジでやばいって!



続きは

http://anond.hatelabo.jp/20130220194940

2013-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20130208151645

海底二万里といえば博物学蘊蓄羅列にめげそうになったんだけど、「文章が下手」ってそういうこと?

それなら耐えてみたいが山田悠介とかもしドラは勘弁ですわ

2012-09-18

口を酸っぱくするほど言われていることだが

成功者はみんな似通っていてみんな決まったいくつかの条件を満たしている。これに対して失敗者はみんな百人百様で

からこそ成功学が無くて成功哲学」であり、失敗「哲学」がなくて失敗「学」なのだと。ついでに言うと成功法則」はあっても失敗「法則」はない。

それはつまり成功」とはある程度童貞できるほどには決まりきまった1つのパターンであるから「どうすれば成功できるのか」を哲学することができる。

だが「失敗」は決まった1つの対象ではないからその定義と意義を問うことはできない。むしろ「どんな失敗がありうるのか」を博物学的に吟味し、考察することになる。

バラエティ番組でもNG集というベタ番組構成がいまだに人気を博しているのか放映されている。

しかし分からなくもない。失敗というのは本当に毎回違った顔を我々に見せてくれて飽きさせない。

2010-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20101125223135

 その通りだと思いま

 仮にそうでなかったとして、例えば博物学価値はなくなってしまいますからね

2010-08-05

http://anond.hatelabo.jp/20100805120748

このローマ博物学者(プリニウス)によると、一角獣は「非常に兇暴な動物

で、胴体は馬に似ており、頭は鹿、足は象、尾は猪、声は低いうなり声で、

黒い角が一本、長さは二クビット(一クピットは肘から中指の先端までの長

さ)、額のまん中に突き出している」とあります。(「博物誌」第8巻、31)

あまり美しそうじゃない

2008-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20081031224050

そうかね。

社会科学は本来理系学問だと昔から思っているが。

情報科学にしたって基本的には理系その物。

というか理系文系と分けるのは本来正しくなく

おおざっぱに分けると数理を基本とした科学体系と言葉や思考を体系化した学問体系の二つなんだとおもうさ。

生物化学に数理は要らないなんて大嘘で、分子生物学だって、博物学だって数学つかうべさ。

 
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