はてなキーワード: ネットとは
「大元の原因?の件は解決済みとなっているようですが、すいません、こちらに対しては僕も経緯をそんなに理解していないので、わからないです。」
いやそこが一番大事だろ。
そこの経緯を理解しようとしないで、なんでこの件について議論できると思うの?
そら、そこをすっ飛ばしたら「原因はわかりませんが私刑はよくないです!だからこのやり方は良くないですよね!」で終わるだろうよ。
大元のような「他人の悪口を課金コンテンツ内で書き数十万の利益を得る。公開したら訴訟するぞと脅しをかける」やり方についてあなたはどうなの?って
問われているのに、「僕知りません、理解してません、わからないです」ってほっかむりして、「ところでこういう批判のやり方って良くないと思います!!」とだけ言う。
それいじめっ子に被害者が反撃したら、被害者の反撃の仕方だけを取り上げて、先生が「こんなやり方は良くない」って批判するやつじゃん。
大元の原因が大事に決まってんだろ。なんでそこをわざと理解しようとしないわけ?
いや答えは分かってるけど。イジメを行った人間の詳細を知ったら、その後の態度に自分も責任が生まれるからだよな。
何が「大元の原因?」だよ、白々しい。ハテナマークつけるぐらいなら調べりゃいいだろ。てか知ってるだろ。そんな複雑な話でもないのに。
ネット違法数とは、インターネットミームやネットスラングなどによって悪い意味が込められてしまった、本来は意味のない数列や数値。
ネットのない頃からスラング的に13や69、86などのような悪い意味も含まれた数列・数値のことであり、特にインターネットではこの意味しかないという数列・数値が非常に多いことからつけられた単語である。
違法素数を由来とした単語ではあるが、ネット違法数をそのままの値で投稿してもコンピュータシステムに直ちに影響はないのだが、パスワードなどで使用しても簡単に破られるという意味では違法数の一種としても正しいとも言える。
ただし素数以外のものも扱うという観点から違法素数では扱えないのと、主にインターネットで使われやすいということで、ネット違法数となったという。
数字は無限に広がるため、ここでは特に扱われやすいものだけを厳選しておく。 以降は増田が勝手に言及してくれるので、そちらも参照。
興味ないことは知る必要ないよな、が長くなってくると自分の視野がどんどん狭くなっていくのを感じる。
ネット中心になっているので各種ニュースやらあれこれチェックしてる範囲はそれなりにあったとしても、やはりキュレーションしてるとこがあって弾いてしまってる情報も多い。
情報量が飽和してるのでそれはそうやって自分に入ってくる情報は絞る必要があるんだが、問題は自分の観測範囲外の事を新たに知り世界が広がる機会が圧倒的に減ってしまった。
ネットで統合的なニュース、ポータルと呼ばれるようなサービスもあるけどメディアの偏りもなかなか酷いのとノイズが多すぎる。
最近は知らないことを知るにはどうすればいいんだろうというのが悩みだ。
ネットの中でも活発な少数派が使ってるだけな印象ある
弁護士に相談しようとしてHPから連絡したら、日程調整の途中で音沙汰がなくなって、そのまま放置されている。
増田「◯日の13:00-16:00までか、△日の何時〜何時までで相談可能でしょうか?」
弁護士「◯日の16:00開始でzoomでの打ち合わせであれば可能です」
増田「◯日の16:00以降は別件があるため、△日の何時〜何時までの間でのご調整は可能でしょうか?」
(以降返信なし)
それとも気付いたけど受任もしてないし、忘れてたのを謝るのも面倒なので放置してるんだろうか。
遅れてもいいから返信はしてほしい。これって当然のビジネスマナーじゃなかろうか。
他責のトラブルがあって相談しようとしているのに、なんでここでも嫌な思いをしないといけないんだ。
16:00までと書いてるのに、16:00開始で打診してくるのも理解不能。
この弁護士には任せられんから損切りしようと思いつつ、ネットで最寄り駅で探した範囲ではこの弁護士しか見当たらず、ちゃんと仕事してくれよとも思っている。
普通の人にあまり迷惑がかからず、かつ無料で気軽に遊べるスタンダードな発展場として昔から利用されているのが夜の公園なのであるが、近年はバクサイのような誰にでも見られるネット掲示板で隠語も使わずに堂々と情報を開示してしまったり、何を考えたかYouTubeで詳しい場所の行き方や遊び方を解説するような連中が現れて、非常に不味いことになっている。
普通の人の目に触れればタダでは済まないからこそ隠れてコソコソやってるというのに、その意図をまるで理解せず、一昔前ならKYと呼ばれたような行動を取ってしまう輩のせいで、気軽に遊べる場所を失う危機に直面している。
ネットで相手を求めるならバクサイやXみたいな普通の人の目に触れるツールを使わず、ゲイや女装子の専門のネット掲示板やアプリを使って棲み分けをしなければ、やはり危険が伴う。
現在は少年画報社の漫画雑誌ヤングキングで、ひとでなしのエチカという漫画を連載している
基本的にそれだけだ。少なくとも私にとっては。スパイスとして暴力と巨乳が少し。
ではその話の内容とは?
普段から気になっていたが議論したことはない、そういう議題をかなりの頻度で提示してくれることだ
キャラはピエール手塚さんの普段思っていることを代弁しているだけに思う。
よってキャラ立ちや物語の大きな流れやその場その場の演出は特に優れているとは思わない。
彼の優れている点は議題のチョイスそのものにある。
だからと言って社会的に答えの出ない問題に対して、彼の漫画が完璧な答えを出してくれるわけではないが、
キャラクター同士の口喧嘩を通して各々の視野を垣間見せてくれる
ピエール手塚さんはネット上にたくさんの作品を無料公開しており、私は読めるものは全て読んだ
彼の全ての作品を好きになったわけではないが、多くの作品のファンになった
特に暴力の存在をテーマにしつつも笑わせてくれる暴力太郎という作品が大好き
好きと愛してるの違いをテーマにした恋のニノウチも最高。恋のニノウチは彼の作品には珍しくアクション作画も楽しかった!
その作品がなんだったのかはもう覚えていない
公開されている無料漫画、連載されている有料漫画、漫画皇国という彼のブログ、人生思考囲いというネットラジオ。
この辺りを中心に彼を追いかけた
彼の関わっているコンテンツで一番好きなのはネットラジオ人生思考囲い。
なんと漫画が一番ではない!
私にとって刺激的でエキサイティングなのは彼の問題提起力と視野の広さに触れること。
連載作品は説教臭くて読むのをやめてしまったが(ほんとごめん。悲劇だ。でも合わないものは合わない)彼の考えに触れることが大好きだ。
漫画が好きで描こうとしたが若い頃は一作品も描きあげることができなかった
スカウトを受け多くの読み切りを掲載し連載を勝ち取り現在に至る…
私は彼の人生を美しいと思った!とても強く!!
逆境に負けず、社会人として自立し、家族を助けつつ自分の好きな漫画を連載する!
本当に憧れたし尊敬した
彼のように強く美しく生きたいと思った
彼の読み切り漫画が好きだし彼のトークが好きだし彼の生き方が好きだ
私がピエール手塚さんをネットで耳にするとき、大抵は作品ではなく彼自身のライフスタイルが話題になっている。
通勤退勤電車でiPadで漫画制作、友達とカラオケしながらiPadで漫画制作、会社役員昇進、少し前は連載も2本で読み切りもちょくちょく載せていた。
凄まじい生産力。
どうすれば彼みたいになれるのか?ヒントはないか?ネットラジオを聞いただけでは全てはわからない
そしてついに直接的なインタビューが行われ、記事が掲載された。
これをきっかけに彼の元には少なくない批判が寄せられたことがネットラジオで彼自身から語られた
ラジオにおけるピエール手塚さんの反論と、私自身がネットで探した彼に対する批判を要約すると以下。
批判者「彼のパフォーマンスは彼が体力があるから可能なのだ。管理能力云々はその次。しかも本当に体力があるかも疑問。健康を犠牲にした愚かなスタイルなのでは?(以下人格攻撃するものも少数ながらいた)」
ピエールさん「私は善意でインタビューに応じたのだし、仮に不健康だったとして私の勝手である。だが健康診断は良好だ。あなた方の批判は主に口調が失礼だ。」
この時の収録でピエール手塚さんはかなり感情的になっていたが言っていることはまともだと思った。
彼は一時的に不調に陥っているのかもしれない。
……
人格批判は不快だろうけど、普段冷静で多角的な視野を持つ彼がここまで怒っていることを私はとても不思議に思った
こういうふうに捉えられる記事内容だったかもねと軽くあしらうのが、私が思うピエール手塚。
一方ピエール手塚さんはラジオパーソナリティから自ら降りてしまった!!
私は8月8日のインタビュー記事の批判を皮切りに彼が怒っていたのだろうと思っていたがそうではないようだ
これを裏付けるトークが2024年7月19日のラジオ第371回で行われていた
ファンからの投稿を読み上げ、それに対しピエールさん含む三人のパーソナリティが話を展開するのがこのラジオの基本形式
この回の私の注目した投稿の内容を要約すると
「ピエール手塚さんは2024年初頭から元気がないようである。加えてここしばらく自身のブログに対する批判に怒っており、このネットラジオでその怒りを発散するのはやめてほしい」
この指摘を受けたパーソナリティたちは、自分たちの身に降りかかった出来事を振り返って笑っていた。
身に降りかかった、という表現をしていたので良いことではないのだろう
彼らは投稿者の洞察に驚きつつ笑っていた。大筋で疲弊していたことを認めていた
7月19日の時点で彼はすでにブログ上で批判を受けていたようだ。インタビューは8月8日なのに。
加えて異常な繁忙期だったとも言っていた。
つまりインタビュー記事以前に、忙しく弱っており泣きっつらに蜂でブログが批判に晒されていたということか。
2024年の傾向としては会社員としての気づきに関する記事が多かったので、繁忙期だというのは間違いないと思う
ブログへの批判はこちらからは見えないダイレクトメールなどで行われていたのかもしれない
さらに中止の発表から新規で2件の映画や漫画に対する普通の感想記事が投稿されていることもわかった
それまで会社員としての記事が多い中娯楽に関する感想記事に内容が移っている
うーん
元気なのか弱っているのかよくわからない
推理ゲームで彼の心の機微に触れようとした私の行動はそもそも良くないですね
客観的に確かなことは
②インタビューと関係なくブログが批判に晒されさらに疲弊していた
の4点
爆発も自発的にしたわけではなく投稿者のメッセージがきっかけだった
メッセージ自体はピエールさんを傷つける内容ではなかったが弱った体には少々厳しいトピックだったかもしれない
ブログを読むに彼は会社の過酷な労働環境を改善したいと普段から努力している側だが
しかし自分の生活は過酷であり、さらにその点が世間から評価されインタビューまで受けているのだ
その生活を生き抜く工夫はもはや工夫ではなく彼の作品だと私は思う
それを善意で公開して批判されたら傷つくのは自然なことなのかも
その手法が賞賛される社会に単純になって欲しくないと私は思う。
ピエールさんは個人の頑張りとして話しているのだから強制なんてしてないけど
褒めるな止めろということだが、そんなことしたから本人は鬱陶しがってるわけだ
ラジオの共演者たちも彼の疲弊には気づけていても、彼の怒りには気づいていなかったのだと思う
メッセージを選ぶ立場のパーソナリティは爆発回のアーカイブでこう言っていた
「手塚さんがこんなに傷ついているなんて知らなかった」
身近にいても気づけないのはピエール手塚さんが自分の不機嫌をある程度隠せる我慢強さを持っていたからだろう
私もラジオを聞き返してここまで真剣に怒っているとは最後の爆発回まで気づけなかった
他の過去回を遡ると、忙しすぎてやばいので会社をさっさと辞めろと言われている回もある
これは半分冗談のように聞こえたが半分本気で心配していることでもある
批判者から見ても共演者から見ても無理のある生活を続けているように見えるのだろう
私も無理だろうなと思う
健康診断が大丈夫なら肉体は大丈夫なんだろうが、精神面での無理が爆発を招いたのだろうか
以上の結論は
ピエール手塚さんのように強くなれない脆弱な私が、ピエール手塚さんの強さを封じ込めようとした呪いだと思う
その側面は間違いなくある!
ファンを自認している私ですらこれだ!
認めたくない汚い部分!
認めたくはないが、彼のスタイルがもしスタンダードになった場合、私は間違いなく社会から落第する体力しかない…
彼は強く私は弱い
出る杭は打たれる
私と批判者の間にある違いは、杭を打つ力を心配と呼ぶか批判と呼ぶかだけだ
彼は強さの秘訣を弱者に開示しようと努めてインタビューに応じてくれたのだろう
でも弱者のいる後ろを振り返らずに高いところまで走って逃げるべきかも
その力も強さも持ち合わせているように思う
でもきっとなれないと自分でわかってる
その弱い自分に自覚的になりつつ、強い人へのやっかみをしないようにしたい
かっこわる
おわり
こういうインターネットによる個人間のコミュニケーションなんてのは単なる遊びで、メインはデータ通信による仕事の効率化とか技術革新とかっしょ。
技術者とかならどういう技術が何に使われてるかもよく知ってるだろうし、そのほかの仕事でも知ってる人は多いと思うけど、そうじゃない人はなんか生活が便利になってくことにネットがかなり影響してるとか思いもよらないだろうしな。
暇つぶしには困らなくなったが、30年の停滞から国力を上げるようなものでもなかった。
データは増えたかもしれないが、精査などされておらず、知識が後から使えるように整理はされず、出版というのも破壊してなくなろうとしている。
いまどき子供の写真をネットに上げるのって端的に言ってバカというか、それをAIに読み込ませてディープフェイクでポルノ映像を作られ、児童性愛者が集うSNSに投稿されて世界中で永遠にオカズにされてもいいということなんだよな。自分がいいねを欲しい代わりに子供にそんな目に合わせてるんだから、大した親だよねー。
なんでブログを書きたいかと言うと、誰かに教えるつもりでアウトプットすると学びになると某精神科医が言っていたから。
なんというか、何か一つでもいいから深く学びたいんだよね。
そこまでネット使ってるかなー。
連絡用にLINEグループや、ディスコードで話したりはするだろうけど
在りし日の好き嫌いcomは1位堀口英利 2位駒崎弘樹 3位仁藤夢乃だったが
現在は1位Johnny Somali 2位フワちゃん 3位仁藤夢乃となっている
以前は上位が暇空茜の係争相手で占められ暇アノンcomとまで呼ばれていたが、急に堀口が不動の1位から転落していった
考えられる理由
通常のサイトは中傷書き込みがあった場合に管理人にまず開示請求するが、好き嫌いcomは運営者不明の開示請求ができないアングラサイトだった
まず管理人の身元を開示するのが非常に難しいとされており、だからこそ誹謗中傷が蔓延っていたがVtuber事務所が管理人を突き止め投稿者の身元特定にまで進展
好き嫌いcom安全神話が崩壊し、生IPで書き込んでいた頭キッズの暇アノンが減った
好き嫌いcomの堀口のスレッドでは、彼の地元である高崎市を舞台にした「高崎物語」が盛り上がり岩下の新生姜社長もハマっていた
その内容は「高崎市の人々が次々に現れ堀口の悪業を語り、最終的に堀口は逮捕される」という内容
以前の堀口は中傷されるたびに怒りや悲しみを表明してそれが余計に中傷を加速させていたが最近はあまりネットに浮上せず、それは逮捕されたからだと暇アノンたちは信じた
一方で、なんら証拠がない特定個人の犯罪行為や逮捕を信じて流布する暇アノンについていけず正気に戻って脱アノン表明する有名暇アノンも相次いだ
結局、「高崎物語」のシナリオは暇空がプレイしていたゲームのサブストの盗作で、好き嫌いcomの投稿から暇空の反応まで55秒で投稿前から書いていたとしか思えない長さの感想文を挙げられたこと、暇空の独特の文体との一致、暇空が筆者と自己を混同していく姿から作者は暇空説が根強くなった
3.暇空が堀口に2度目の敗訴、控訴断念
暇空は堀口への粘着の大義名分を「先に堀口が俺を中傷したから」と主張して被害者であると自称して訴えていたが、高裁でも暇空は敗訴した
colabo訴訟の暇空弁護士が3人に対し、堀口相手には4人つけて全力で挑んで負けた
「地裁の裁判官はハズレだが高裁なら勝てる。最高裁ならもっと勝率が上がる」という暇空の主張を信じていた暇アノンもこれにはがっかり
youtubeとかで違法アップロードがめちゃくちゃ人気あるし、、Twitterではテレビの話題多いし、まとめサイトはテレビとか新聞のニュース無断コピペして成り立ってるし、なんなら最近は週刊誌までこたつ記事でテレビの内容書き写すだけだし、ネット世界はテレビのおかげで成り立ってるといっても過言ではないと思う
だいたい作り話ってパターン化するからネットで嘘松の話題を追いかけると「あっこれは胡散臭いな」くらいにはわかるようになる
悪者(大体ネットでたたいていいとされる会社のパワハラ上司とか馬鹿なこと言う嫁旦那、フェミとか左翼思想)が馬鹿をして俺が一閃して大衆から拍手喝采、的なスカッとジャパン話とか、実力があるのに認められてない俺を職場から追放したあとに公開してももう遅い、というIT系なろう話(現場で勝手に自動化マクロを作り仕事を効率化させてる派遣が、系話が多いので俺が勝手に名付けた)とか。
あとよくあるのが「話してるお前の立ち位置がわからない」「なんでお前がそれを知ってる」「お前の話が事実なら第三者でも確認できるはずだけど?」「当たり前の常識みたいな顔で断言してるけど検索に引っかかるのはお前のツイッターとそれをまとめたまとめサイトだけだぞ」とかでも、まぁ胡散臭いね。。。というのがわかる。
(むしろお前それ作り話か嘘松じゃないとまずいだろ。増田やTwitterで話していい話じゃないぞ。。。。という話の方が個人的には怖い)
なにが嘘っぽいって思われたんだろか…?ってしばらく考えてたけどわかんなかった。
私の書き方が悪かったのか、とりあえずネットの言説は全部嘘って思ってる人がいるのか、そういうことにしたい人がいるのか、私の言説が気に入らなかったのか、嘘って言ったら他人は傷つくって思い込んでて嫌がらせをしてる人なのか、あるいは私自身が自分の嘘に騙されてるのかこの世界は全部嘘だったかのどれかかもな…
別に誰一人として「これこそが真理である」とか「間違いなく正しい」とか、一言も言っていないにもかかわらず、
「盲信はよくない」という情報量0で何か物申した気になっている輩が湧いてくる。
議論を行う人々が断定口調なのは、それが単なる論の定義でしかなく、「これは間違っているかもしれないが」などと自明なことをわざわざ述べるのは無駄だからだ。
誤りが含まれるのであれば誤りを指摘すればよいのであって、「間違っているかもしれない」などという指摘は議論において何の意味も生じない。
しかし、そんな議論の基本を知らない人間からすれば、何ゆえにこの人はそれほど自信をもって偉そうに断言できるのだろうという猜疑心を生じさせる。
そういうわけで、私は何事か考えを述べる際、末尾に「かもしれない」、「~そう」、「~っぽい」などと付け加え、あいまいでブレ幅のある頼りない雰囲気を醸し出している。
これは人々の耳目を集めて事を成す業種の人からすれば悪手であり、ネット上でお叱りを賜ることの多い態度であることも重々承知しているが、