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2024-01-11

anond:20240111125523

エッセイ漫画なんてほぼ嘘だろうしな。

本当のことを片っ端からネタにしていたらそれはそれで周囲と揉めるだろうし。

「地下のナマズが暴れると地震が起きる」説はいつごろ廃れたのか、について調べていた

おおよその流れは掴めてきたので一旦ここにまとめる

結論から言うと、明治元年1868年)ごろから急速に地震信仰は失われたと思われる

天保元年ごろ(1830年ごろ)

高野長英蘭学者

『泰西地震説』を執筆

オランダ辞典をもとに、地震がなぜ起きるかを科学的に説明した内容を翻訳した

安政元年(1854年

安政の大地震

鯰絵が大流行した

しかし「鯰絵が流行した=民衆地震の原因を鯰だと信じていた」と等号で結んでいいのか?という点はちょっと怪しいと思っているのだが……

というのも江戸時代末期の時点で、江戸の町民はお化け妖怪実在をどうやらあまり信じていなかったように資料を見ていると思えてくる

お化け妖怪実在を信じない人が地下の大鯰を信じるというのは不自然に思える……という感覚21世紀に生きる人間感覚だろうか

『泰西地震説』が世に出ておおよそ20年後出来事

『泰西地震説』は学者が読むような専門書で、一般民衆にはあまりまれなかったのだろうか?

江戸時代にもいくらかは民衆が読むような蘭学書が流通していたようなのだが、地震の原因を科学的に解説するようなものはなかったのだろうか?

当時は陰陽五行思想を信じる人が多かったはずなのだが、この思想では地震をどのように説明している?

ここは特に追加調査必要

鯰絵について語られた本でKindleで買えるものが無いため、追加調査図書館本屋資料を入手してからになる

明治元年1868年

小幡篤次郎、後の慶應義塾長、『学問のすゝめ』を福澤諭吉と共著した人物

天変地異』を執筆

小学校教科書にもなった本

雷、地震彗星、虹といった自然現象に科学解説を行った本

地震原理について、『泰西地震説』で解説された内容とだいたい同じ説明がされている

こういう本をわざわざ出版する必要があったということは、これに書かれた知識は当時広く知られていなかった……とみることができるか

明治元年でいきなりこんな教科書を出すとは正直驚きを感じる

西欧に追いつこうという強い意欲が見える気がする

明治初期の就学率は今と比べると低くはあるが、この本によって一部の若者に対して啓蒙が行われた

これによって明治に生きた若者地震鯰を迷信と見なすようになったのであろう

明治に書かれたエッセイ新聞記事を探したい

「私の父は地震鯰のような俗説を信じていてやれやれだ」みたいな記述がこの時代にもし存在すれば嬉しいのだが……

また、教科書ではなく大人が読むような啓蒙本はどのようなものがあったのだろうか?

追加調査必要

民俗学方面からばかり攻めていたが、明治維新に関する読み物を探すのもありか?

明治13年(1880年

横浜地震

M5.5程度で揺れはそこまで大きくなかったようだ

この地震体験したジョン・ミルンというイギリス人地震研究に関心を持ち日本地震学会を創設した

明治24年(1891年

濃尾地震

安政の大地震以来の巨大地震という言及が当時の新聞にある

科学者が地震調査のため派遣された、のような記事新聞に載っている

大正12年1923年

関東大震災

このときいくらかは鯰絵が描かれたようだ

ただ「鯰絵が描かれた=民衆地震の原因を鯰だと信じていた」にはならないだろう

大正15年(1926年

井上江花、新聞記者

『江花叢書』第1巻

当時のエッセイ的な読み物

関東大震災に対する四方山話からの流れで「地震と大鯰」という題が名付けられた項がある

一部引用する

鯰説の根拠は物識りに聴かなければ確かとしたことは分らぬけれども、志那傅來であることだけは疑ひもない。大地の下には大鯰が生棲して、平生は辛抱強くじつとして動かぬけれども、どうかした拍子に其の尾鰭を動かすと大地が震動するのであると云ふので、我邦では正直に之れを信じ、

「正直に之れを信じ」という表現から、今は信じる人はいないというニュアンスを読み取る

1926年時点で安政の大地震はおおよそ70年前くらいか

「おじいちゃん子どもの頃は地震の原因は鯰だと思っていてね」と語る人がいてもおかしくない年数だ

科学とか西欧合理主義流行った結果、地震信仰のような俗説が廃れたんだろうなあ

ひと段落したら明治大正を生き延びた俗説で何か面白いものがないか調べてみたい

あと、柳田國男著作をまだどれも読んでいない

先に読んだ方が民俗学視点が備わって調査の全体の見通しがたつかもしれない

日記

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明治時代より前の時期の日本において、「なぜ地震は起きるのか?」のような原理の解明を目指した学者がどうにも見つからない

あるいは調べ方が悪いのか……

幕末日本人は地震ナマズを信じていなかった、ではいつ頃まで信じられていたのか?

あるいは最初からモノの喩えだと認識していたのか?

もしそうだとすると「地震の原因がナマズというのは俗説だ。本当はこのようなメカニズムだ」という探求が行われていてもいいではないか

そういった研究痕跡を見つけることができない

見つけることができない以上、ナマズ説を信じていたのかもしれないと消極的にだが認識せざるをえない

儒教においては「陰だか陽だかの気が地面から噴き出る時に地面が揺れる」のような説明がされているらしい

日本儒学者はそれを信じていた?だとすると江戸民衆のその説をどの程度認知していた?

あるいは「ナマズが原因ってことはないだろうけど、本当の原因が何かと聞かれると分からんなあ。詳しいことは学者先生に聞いてくれ」というスタンスが大多数か

日本人の宇宙観を調べた時にも思ったが、当時の天文方観測と暦の作成にばかり注力していて「なぜ?」という問いを立てない

調べることだらけだ、学生の頃に日本史や世界史選択しておけばよかった

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施政者が失政すると地震が起きる」みたいな思想もある

また、火山雷雨地震の3つセットを司る龍神がいるという信仰もある

ナマズじゃなくても結局別の信仰になってしま

ナマズが俗説ってそういうこと?

まり俗説でない主流の説は鹿島神だとか龍神に原因を求める?

この観点でも調査

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本屋に行ったが鯰絵関係の本が一冊もなく購入できなかった

しかし『陰陽五行日本民俗』という本を購入

陰陽五行について何も知らないに等しいので勉強しなければ

しか本来本業に関する勉強をして給料を増やす努力をすべきなのだろうが、仕事関係ない本ばかり買って読んでしま

悲しいね

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トラバブコメにあまり反応しないようにしているのだが(そこそこの確率不毛なので)、今回は必要を感じた

鯰絵はアマビエブームと近いものを感じるという意見には強く同感

ただ、いろんな本や資料に「昔の日本人は本気で地下にいるナマズ地震の原因だと信じていました」と書かれているんだよな……

これに強い疑いを抱く

しかし、アマチュアの私が思いつくようなことをプロ研究家が思いついていないわけがない……

なにか根拠があるはずと信じる

あと、この日記以外に書いている場所はない

清書の予定は……調査がひと段落したときにあるいはありえるかもしれない

追加調査資料入手待ちとか頓挫とか色々な理由でできていないことが多い

追加調査の結果を追記しようとすると買った本の内容丸写しみたいになりかねず、倫理的にどうなの?という気分を拭えず自分の中だけで調べた結果を味わうこともそこそこある

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先行研究

記録表現にみる中世日本の地震認識

ナマズ地震が紐づけられる以前の地震認識

断層沿いに立地する神社とその周辺環境に関する研究

近世地震認識記述がある!これをベースに調べるのが最善か

江戸時代の宗教観と芸能の盛行

幕末明治海外の人から見た日本人の宗教観記載がある

神や仏に敬虔祈りを捧げない一方で迷信深い、この点は現代日本と地続きに感じる

この庶民信仰の深部に最も接近した欧米人は、明治来日したアメリカ女性教育者アリスベーコンであろう。彼女は「村を見おろしている岩の頂上は天狗が作った」。「天狗はもうこの森から去って今はいない」。さきほど「山の神様の使いである大きな黒蛇が、いましがた、ここを通った」と説明する陽気な老女に接し、「神秘不可思議事物に対する彼女のかたい信念は、かしこい人々はとっくに脱ぎすてているものだけれど」、「すべての自然が深遠な神秘に包まれている文化のありかたへの共感私たちの心に湧きあがらせてくれた」と表した。

考えてみれば迷信深いお婆さんは昔は迷信深い若き女性だったかもしれないわけで、幕末だとその考えがスタンダードだった可能性があるわけだ

この引用箇所は別の文献から孫引きになるのでこういうことするのは本当はよくないのだが……

該当箇所は『逝きし世の面影』という本から引用……kindleあるじゃないか、買います

これを書いた渡辺京二という方の著作はすべて読んでもいいかもしれない

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現代を生きる信心深いキリスト教徒にとって「神は実在する」と「妖精/人魚/ドラゴン実在しない」の考えは矛盾なく両立するのではないか

(「実在」という言葉定義をしっかり言語化しないととまずい気配を感じる……)

同様に幕末江戸町民にとっても「神/仏/龍神/大鯰は実在する」と「妖怪/お化け実在しない」の考えは矛盾なく両立する可能性がある

ここらへんは本当に現代日本パラダイムに考えが支配された人間にとって想像しにくい領域

anond:20240111125619

いや本業漫画家

(以下元増田へ)

まあワイの好きな岸本佐知子本業翻訳家だし穂村弘短歌の人だしエッセイ本業とその他生活から派生するかけらのようなものかなと思う

ネットが当たり前になった時代エッセイってもっと身近で広く個人に届くものになった気がするし書く方も「これに賭ける」って感じでやってなさそうな雰囲気はあるからそれはそれでいいのかなって

ワイはDPZイメージというかDPZに求めていたものとの違いが強すぎて中にいた人たちの生々しさを感じるのしんどいなと思ったか積極的には追わないけどそれはそれとして古賀さんにはがんばってほしい

2024-01-10

anond:20240110200942

身も蓋もないこと言うと、エッセイ漫画ってマンガネタになる話だから苦労話が多いし、その生活から脱出するには外部の協力が必要不可欠だから、どうしても理解ある彼くんや、それに近いポジションキャラ必要になるんだよな。

ちなみにネタにされることは少ないけど、その手のエッセイ漫画では作者は小さい頃から絵を描くことが好きだったエピソードが、理解ある彼くん並に登場するぞ。

anond:20240110193810

エッセイ漫画によく出てくるけど、そのエッセイ漫画が有名かと言われれば難しいな

2024-01-08

anond:20240108121321

中島らも著作エッセイ啓蒙かまぼこ新聞かなにかで、ダウンタウンが登場した当時の関西人がかれらの漫才から受けた「新しい笑い」の体験が、結構生々しく書かれていたのを憶えている。単なる『あいうえお』でネタを創り上げたそのセンスは、決してどこかのギャグ漫画二番煎じや、何匹目かのドジョウではない。

東京に行ってからの彼らは知らんけど。

2024-01-07

一時期話題になってたゼロからトースター作ってみた読んでみた。

正直、表紙から読み取れる以上のことは書いてないし語りはふわふわしててそこまで内容がなかった気がしないでもない。

技術進歩環境について考えちゃった気分にちょっとだけなれるエッセイって感じだった。

2024-01-04

anond:20240104000837

アメリカではUFOユーフォーとは読まないとエッセイ村上春樹が言ってた。

なぜなのかは解説してなかったと思う。

2024-01-02

anond:20240102110110

いやそのエッセイ英国人女性音楽家が書いたもので、

その演奏室内楽をするに相応しい会場(貴族屋敷みたいなところ)とかでやっているもののことだ。

anond:20240101105256

クラシック音楽の人も愚痴ってたのを随分と前にエッセイで読んだことがある。

今の観衆はCDクオリティ音楽を求めてやってくるから大変だ、と。

室内音楽とかあるでしょ?

オーケストラみたいな大編成じゃなくて少人数で行われる演奏のやつね。

そういう場所普通にバイオリンやら何やらを演奏すると、みんな音が小さい、って感じるらしい。

普段CDで音を聞いててその音圧が当たり前だと思ってるから

から普通に演奏するとみんな不満顔になる。

となると演奏家は求めに応じて、本来演奏よりも遥かに大きな音を出さなければいけなくなる。

これがものすごく体力的にも身体的にも大変だ、みたいな話。

anond:20240102054348

「悪性の自己愛」は診断名ではない。元はパーソナリティ障害専門家であるエーリヒ・フロム造語で、「自分のことを特別視するあまり他人のことを自分プレイしているゲームで殺すか殺されるかの駒としか見ていない」。いとも簡単殺人命令を出したヒトラー金正恩プーチンなどが例として挙げられており、このエッセイタイトルである「病的な自己愛政治:致命的な混合」の意図理解できる。

社会心理学者のエーリヒ・フロムが初めて悪性自己愛(Malignant narcissism)という用語をつくったのは1964年のことであり、それは悪の典型を示す深刻な精神障害表現するのに用いられた。フロムはその状態を最も深刻な病理性、そして最も残忍な破壊性と非人間性の根源として特徴づけた[3]。ハーバートロゼンフェルドは悪性自己愛について、それは自己愛パーソナリティの不穏な一形態であり、攻撃性を中心とした誇大性が形成され、自己破壊的側面が理想化されたものとして表現した[4]。

彼らの着想をさらに発展させたのが精神分析医のオットーカーンバーグであり、彼は反社会性パーソナリティ基本的自己愛的であり、倫理性を持たないと指摘した[5]。悪性自己愛サディスティックな要素を含んでおり、本質的には、加虐精神病質者をつくりだしている。この小論において、悪性自己愛精神病質と入れ替え可能な語として用いられている。

カーンバーグ1984年に悪性自己愛精神科診断名として用いることを提案したが、ICD-10DSM-5をはじめとした、いずれの医療マニュアルおいても到底受け入れられるには至らなかった。カーンバーグは悪性自己愛を、自己愛パーソナリティ障害NPD)、反社会的特性妄想的特徴、そして自我親和的攻撃性に特徴付けられる症候群として記述した。他の症状としては、良心の欠如、権力への精神上の欲求特別であるという感覚(誇大性)を含みうる[5]。

2024-01-01

[]

もちろん、世の中には「うまい話」というのはありません。

オープンソースプロジェクトに関われば、自分時間を多少なりとも犠牲にする必要が出てきます

まさか昼間会社にいる時に関係ない作業をするわけにはいかないからです。

昼間は相変わらず、今までと同じように社員としての責任を果たさなくてはなりません。

またオープンソースに貢献しでも、お金になることはまずありません。

かに中には、お金になっている人もいますが、大半はそうではないのです。

まり自分時間をタダで差しさなくてはならないということになります(しかし、ゲームをする時間テレビを見る時間を削るくらいは何でもないでしょう)。

https://プログラマが知るべき97のこと.com/エッセイ/オープンソースプロジェクトで夢を実現する/

2023-12-31

弱者男性叫びみたいな文章読むといつもその自称弱男にそこそこの収入があることが判明して読むのを止める

「こんな私にも年収500万の仕事があります」って一時期ツイッター流行った弱者女性発達障害エッセイ漫画かよ

まあ発達障害エッセイ漫画と違って序盤でスペックとして出されることが多いかダメージは少ない

発達障害エッセイ漫画は後半に入ってから理解のある彼くんをお出ししてくるから、前半に共感すればするほどいきなり谷底に突き落とされる

2023-12-30

名前がない

気づけば、ずっと文章を書いていた。

初めは確か二次創作を書くようになって、そこから色んな小説を書いた。

集中力想像力も足りなくていつも短い小説ばかりだったけれど、ネットで出来た友人とごくわずかな現実の友人たちは皆言葉選びが上手い、天才だ、涙せずにはいられないと絶賛してくれた。

国語の成績だけがずっとずば抜けて良くて、中学生の頃から模試を受けたら偏差値が70以上あった。他の教科は大体偏差値が30~45ぐらいでずっと先生に怒られていたから、私はもう一生国語だけ頑張って生きていこうと思った。

そうして私は、国語ばかり出来る高校に進学した。

高校に進学する直前の春休み、私は国語漬けになれる日々に期待を膨らませ、ずっと夢想していた。

高校ではエッセイやらなんやらと色んな文章を書く授業が用意されていた。その授業で文章を褒めそやされて、たくさんの賞を総ナメにする。そして有名大学に進学して、安定した職を得る。その傍ら小説を書き、小説家として活躍する……そんな妄想だった。

しかし、そんな妄想現実になることはなかった。いつだって選考結果に私の名前はなかった。

そしてそんなことが数度繰り返された頃には、薄らと自覚していた。

私には様々な能力が足りない。

人を惹きつける書き出しを生む能力、書きたいことをまとめて取捨選択する能力、話を上手に展開する能力、そしてなにより独創性。私の文章は「よくある」の枠にいつだって留まった。

私が感じた喜びも、悲しみも、怒りも、孤独も、既に誰かが言葉にした後だった。私は誰かが既に言葉にした感情を継ぎ接ぎして、それっぽく見せるのが上手だっただけ。二次創作ですら大して売れずに燻っているのは、それっぽいだけで中身が伴っていないからだ。

こういうことをここで書く人間が、痛いと言われることを知っている。それでも書くことをやめられないから、やっぱり私は痛い。

名前が無いこの場所なら、自分が何者かになりたいなんて考えずに吐き出せると思った。でもそうでもないね。この文章が誰かの目に留まって、あわよくば色んなところで話題にあがればいいのになんて思ってる。話題にあがったとて、これを書いたのは私です!とか言ったら恥の上塗りをするだけなのに。

年末にこんな文章書いて、今年も何者にもなれなかったと嘆くだけ。しょうもな。

2023-12-28

anond:20231228012842

松本人志ファンを名乗る人が今回のこと信じられない😭😭とか言ってるの見ると嘘だろ?今までお前は何を見てきたんやという感想しか出ない。

松本の書いた遺書ってエッセイ読んだりラジオ聞いてたりしたら、今回の報道もさもありなんって感じだろ。

2023-12-22

インターネット普及以前のきのこたけのこ戦争歴史資料が見つからない

Wikipediaの「きのこたけのこ戦争 - Wikipedia」のページには

この論争は1980年からまり

と書かれており、その出典は

きのこVS.たけのこ戦争ついに終結 「たけのこ党」が国民総選挙で勝利!「吉田沙保里とつくるたけのこの里」などマニフェスト実行へ(2018年9月11日)|BIGLOBEニュース

とされている

しかしこの引用元ページでそのような記述ちょっと見当たらない

きのこの山・たけのこの里 国民総選挙2018」は、約38年に渡り対立を続けていた「きのこ派」と「たけのこ派」の戦いに決着をつけるべく開催。

これか?この記述だけなのか?あるいは今は非公開になっているYouTube動画内で言及がされていたのか?

こういう冗談みたいな話題を調べるとき案外頼れるのがニコニコ大百科とかアニヲタwikiで凄まじい独自研究の長文が書かれていることもあるんだが、今回は両方ともネタに振り切ってしまっていて参考にならない

???インターネット普及以前どうなっていたかって話なんだからインターネット上で調べてもわからないのは当たり前だろ」

それはそうなんだが、「この本にそういう話題が書かれていた」みたいな情報がぐぐったらなんかひっかかるかもしれないと期待したのだがな……

こういうとき個人体験談に頼るか

年末年始実家に帰った時に両親に「1990年とかその頃からきのこたけのこお菓子のどっちが好きみたいな定番話題ってあったの?」と質問してみよう

もちろんその話題は今みたいなミーム化した激しい論争(ごっこ)ではなかっただろうけど

しかTwitterみたいなインターネットでこういう話をするとすーぐネタ混じりの対立煽りごっこ)みたいな話に話題がそれてしまうから困る

おそらくこんなニッチオブザニッチテーマについてまとめた本はない(あったら嬉しいが)ので、個人エッセイ本だとか日記本だとかコラム集みたいなものの中できのこたけのこ論争について言及したものを探す必要がある

図書館レファレンス事例に既出質問は無し

リファレンスサービスつかってもいいが、あんまり使い倒すと出禁喰らいそうで嫌ね

日記

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「○○の中で特に○○」みたいな意味で「○○オブザ○○」って言い回しするときのof theってどういう辞書的な意味なんだろうと気になってググったが、間違えてたか

「○○the○○」が正しいかGガンダムの「ガンダム・ザ・ガンダム」って言葉根拠だが……ちょっと根拠が弱い

これも一般的言い回し実在するのかどうか調べるか……

勘だがジョジョの「ダービー・ザ・ギャンブラー」と同じ文法構造な気がする

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「a the b」でぐぐったら出てきた

たんご屋本舗 Popeye the sailor man

ブログ内の引用さら引用になってしまうが……

5 [名詞または形容詞固有名詞とを同格関係に並べるとき] 《名詞または形容詞+固有名詞の前》.

the poet Byron 詩人バイロン.

★このような場合, 特に 固定化したものには固有名詞が the+名詞[形容詞]に先んずることが多い.

Alfred the Great アルフレッド大王.

・Jack the Ripper 切り裂きジャック.

なるほど!アンドレ・ザ・ジャイアントとかジャック・ザ・リッパーもそれと同じ構造の例か……

じゃあ「ニッチ・ザ・ニッチ」って書いてしまうと誤用かもしれんなあ

率直にニッチ中のニッチとか単にとてもニッチとでも書くべきだったか

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いや待て、「王の中の王」と言うときは「king of kings」じゃないか

こっちの言い回しと混ざったのかもしれないな

まあどちらにせよ「niche of niches」とは言わんか……

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実は第三勢力もいた!?20年続く「きのこの山派vsたけのこの里派」の議論が白熱するワケを明治に直撃! - コラム - 緑のgoo

「このような議論お客様の間で自然に生まれたように感じています。それを受けて当社では、2001年には『きのこ党』と『たけのこ党』を結成し、それぞれが人気を競う『きのこたけのこ総選挙キャンペーン』を実施しました」

公式としては2001年から

ニュー速存在するのが99年からから、99~01年の間にネットきのこたけのこ戦争ミームが盛り上がったとすれば時系列的に矛盾は無いか

余談だがニュー速VIPは2004年に出来たのか

なんか2ch歴史を調べるみたいな色も出てくるなあこのテーマ

2023-12-21

anond:20231221175417

ありえないくらい失礼な人とか世の中舐めてる人とか詐欺師とかそんな頻繁に出会ってるエッセイ漫画とかフィクションに決まってるだろ。

anond:20231221053438

オリジナルマスク作ったりするのはコストかかるけど、林さんべつやくさんのエッセイ本やべつやくデザインTシャツとかなら小規模企業収益の柱になりそう。

雑誌的な文章媒体を作るのが本懐で、CMとか番組企画会社にはなりたくないんだろうな。

2023-12-20

anond:20231220144723

はやみねかおる岡田淳

どちらも小学校教員から児童文学作家に。

岡田淳神戸市の図工の教員だったらしいんだけど、その目線からエッセイめっちゃ面白かった。

阪神大震災の後の子供たちの様子を書いたあたりとかは泣けた。

出産したくねえ!!!!!!!!!

女です

最近Twitter(X)は「こういうのが好きなんやろ?」と言わんばかりに出産子育てに関するツイートをTLに流して来るようになった

子供ほしいなあ〜と漠然と考えてたし、子育てエッセイとか読むの好きだからそれは全然いいんだけど

会陰切開とか知らんワード出てきてまじでビビりまくっている。絶対に産みたくない。

まんこからケツにかけて麻酔なしでバチバチ切るんだってよ。ほいでそれを麻酔なしでチクチク縫うんだと。

痛いと言っても麻酔はされないんだってよ……麻酔なしでするのが当たり前らしい…(陣痛の方が痛いからとかなんとか。)

麻酔するところもあるにはあるらしいが、麻酔なしな所が当たり前にあるのが怖すぎる。

今日見たツイートだと産道から膣まで裂けた人でさえも麻酔なしでまんこの中縫われて激痛だったとか…(痛いというと舌打ちされて麻酔されたらしいけどまずなんで麻酔なしですんの?)

ちょっと前には「楽な出産から痛くしないと」みたいな理由帝王切開麻酔なしでやる医院があったとか噂で聞いてマジでゾッとした

麻酔なしで帝王切開されたみたいな体験談ゼロじゃないし割といるのがマジでやばい

こんなん無理すぎる 

痛いと言っても「みんな我慢してる😡😡」って言われる病院って産婦人科だけじゃね?

検査方法カスだしさ

こどもほしいけど明らかに拷問レベルの痛さ味わうのが確定してるの本当に無理。

無痛分娩でも陣痛ゴリゴリ痛いし、無痛分娩として高い金払ってても麻酔科医がいないとかで結局普通分娩されたりとかあるらしいし信じてない

どれだけ事前に麻酔つけてくれっていってもいざ現場になったら無視されたみたいな体験談多すぎる

育児しんどい

4歳の娘から求められるままに抱っこしていたら椎間板ヘルニア一歩手前になった

子育てエッセイコミックで、「もっと子供がちいさいときに抱っこしてあげればよかった」という言葉ときどき書いてあるので

よし、私は後悔しないようにたくさん娘をだっこしてあげようと思って、もう周りから見れば異常なくらい抱っこしていたら椎間板ヘルニア一歩手前状態である

私の娘は一般的な4歳児より甘えん坊で、すぐ抱っこ抱っこと言って母親を求めてくる。そして、一般的な4歳児よりも身長は高い。よって体重も重い。5歳児をずっと抱えているようなもの

後々、後悔しないようにしようと思って娘を抱き続けるのはもう限界である

体が壊れてしま

子育て漫画子育てSNS他人の言う「もっと○○しとけばよかった」をあんまり真に受けない方がいい

家事なんかしないでもっと子供たちと遊んでおけばよかった!!って言って、ぐちゃぐちゃに散らかった家をあなたパートナーあなたの代わりに掃除してくれるんならいいけどさ、掃除してくれないんなら、無理して子供と遊ぶ必要いか

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