はてなキーワード: ファンタジーとは
期待する男性像で「王様タイプ」と「騎士タイプ」がいて、王様タイプはモテる。騎士タイプは「優しい人」でモブ止まりになりがち。
えええええっ?
「姫と騎士」なんて遥か昔から女性向けファンタジー恋愛ものの超ド定番じゃないですか!
それを無かった事にされても!
勿論女も姫じゃないんだけど。
そう、こういう指摘をするとそんな返ししかできなくなるけど、本当にその通りだと思うんだよ
っていうの、他の増田は知らないけど、個人的には全く否定してないよ?
男女関係なく、社会階層やら何やらが離れているよりは、近い方が関係が成立しやすいのは当たり前だし、
何かしらの魅力やメリットがなければ付き合おうとも思わない
別にそいつがDQNであるとか動物的であるとか、そんなこととは大して関係ない
設定厨のたわごとです(前置き)
160cm/41kg みたいなやつ。嫌い
正確には明らかにその数値に沿う体格じゃないのに、数値だけ適当に低くしたプロフィールが嫌い。
Gカップ!と設定し、明らかにムチムチな太ももを描写してるのに上記の数値だったりとかザラである。スポンジ製?
数値だけでは無い、例を挙げる。
DEATHNOTE L:身長 - 179cm 体重 - 50kg みたいな「説得力」を持たせたクソ軽数値はわかる。
(不健康、偏食家、頭脳労働者、推定年齢からなる基礎代謝。そもそも「明らかなガリガリ」として描かれている。説得力がある。)
わざわざ数値を設定しているにも関わらず、中坊の童貞並の知識しか備えてないクリエイター側の理解力の無さも嫌い。
BMI値とか知らないの?身長-110みたいな計算しかしてないのか?シンデレラ体重とか言って、
明らかに難民孤児な体重を設定してるのはただ無知なだけであり、恥でしかない。
女の中から上澄みをさらった上での数値設定だという事は理解している。それを承知の上でもクソ酷いと言わざるを得ない。
体重-**kg理論で設定している奴は上記の例をご覧いただきたい。
前者は「平均、若者に限って言えば平均値より若干多め」ではあるが、後者は「難民」でしかない。骨と皮。頬がこけて鎖骨に水が溜まる数値である。
ファンタジー体重として夢を見せたいのならば、基準値は理解していないといけない。
小学生の俺は東北の地方都市で、家族4人の次男として暮らしていた。
家は特に貧しいわけではなく、無駄遣いはできないにせよ不自由なく暮らせるレベルだった。
そこそこ厳しめの家で、テレビを好きに見せてはくれなった。
一週間に一度、ドラえもんだけ観ても良い事になっていて、いつも兄と見ていた。
ときおり、金曜ロードショーで面白そうな映画があると、見ても良い事になって父母も入れて4人で見た。
金曜ロードショーが終わるのは夜11時で、その時間まで起きていると夜更かしなので、
金曜ロードショーが始まる前に夜ご飯と歯磨きと風呂を済ませて、パジャマで見る事になっていた。
見終わったらすぐ寝るためだ。
特に冬は東北は寒いので、ストーブをつけた部屋で、毛布をかぶって見る事もあった。
金曜ロードショーは開始時にフライデー・ナイト・ファンタジーという曲が流れる。
それが始まったら、「はじまったよー」と呼ばわると、家族が集まって来て皆で見始めた。
廊下は暗くて寒かったが、急いで用を足して急いで戻り、また毛布にくるまった。
翌土曜日は半ドンだが学校があり、クラスでは金曜ロードショーの話に花が咲いた。
有難い事に父母も兄も息災で、兄は所帯を持ち子供がいる。
たまに実家に帰る事はあるが、もう一緒に金曜ロードショーを見る事はない。
動画はいつでもどこででも見られるようになり、トイレに行きたければCMの時間を気にする必要もない。
あの幸せだった時間は二度と帰ってくることはないが、その代わりに別の幸せな時間もある。
ただそれだけの話。
マンガとかアニメとかにそこそこの頻度で出てくる「下品な言葉遣いの女」居るじゃないですか。
アレがすごく嫌いなんですよ。
例えば漫画的によくある例で言えば、豹変して「テメー」だの「クソ」だの「死ね」みたいな事を言う女
pixiv系?twitter系でよくまわってくる流行りの絵柄の人が、凄く良く使うあのキャラです。
アレがすごく嫌いなんですよ。
こういうキャラクターはファンタジーやバトル系だと男女比的に男のが多数かな?という体感ですが、学園モノやゆるい会話形式の漫画だと
殆どが女キャラ。それも女性が描く女キャラなんですよ。相手のシュールなボケに対して、ドギつい物言いで噛みつくようなあの感じ。
pixiv等に居る10代の女は、やたら暴君的な女を描くなぁという偏見があります。
嫌だからやめろ!という主張ではないです。それが多くRTされたりamazonで高めの評価を得ている事が多いので
感性で言えば自分が少数派意見なのでソレを言及した事は今回が初です。当然ながら作品名も挙げません
ただ、凄く嫌いなんですよ。
そういえば現実世界においても、男が下品な物言いをする様子に比べて
女が下品な物言いをするシーンは凄くダメージが大きいです。「何故そんな醜く振舞うのかな?」と奇妙な不安感に包まれます。
男の場合は女程はダメージは追わないのは絶対数の違いだと思います。
(ウ●コチ●コ言って盛り上がる比率は恐らく男女比的に男圧倒的有利だと思うので、恐らくギャップの関係でしょう)
嫌い≠否定ですね。「こんなキャラ出すな!」では無く「こいつ嫌いゾ~~~~~!!!」という主張だと思っていただければ幸いです。連載当時のフリーザに対する感情ですね。
ただ、凄く嫌いというだけの発展性の無い発言でした。
背景に物語が絡むものじゃないと好きになれないってのは分かるが、物語抜きに音楽とか絵とか提供されてもふーんと無関心、時に嫌悪感。
例えば、アニソンならアニメのOPやエンディングやクライマックスシーンの映像と一緒に流さないと何も感動しない。「アニソン祭り(笑い)」とかで生身の歌手や声優がライブやったところで、お前ら邪魔者なんだよ!としか思わない。
他に、アニメーターが「キャラのオフショット(笑)」とか言いながら、アニメと関係ない場面の絵(ファンタジーものなのに現代風おしゃれしたようなやつとか)を描いても、公式がそんな物語をぶっ壊すの描くな!としか思わない。
友達が出会い系の男の人としょっちゅう会ってセックスしてる話とか聞くと楽しそうだなぁって羨ましくなる。
じゃあ、お前もアプリとか使って会ってみればいいじゃんって思うけどやっぱり怖いし、会った瞬間にうわっこいつねーわって思われるのも嫌だ。
25超えて処女なんて所詮そういう女なので体も綺麗じゃないし、全然自信がない。
ただ性欲がないわけじゃないしエロ本読んだり、動画見たりはする。でも、それはファンタジーみたいなもんで、いざ自分がするとなると嫌悪感がある。
何度か男の人とデートしたことあるけれど、自分が異性として見られているっていうのを感じたり、手を繋いだ時だったり、何だか分からないけどゾワッとしてしまった。
友達に相談したら、それって性的に見られるのが嫌なんじゃない?って言われたけど、そんな難しい話じゃない。異性として見られることに慣れていないだけだ。
多分そういうことって中学生高校生ぐらいで慣れるもんなんだろうけど、ブスだとかデブだとかの自覚があって自分に自信がなかったし、異性からの視線みたいなものは見て見ぬふりをしていたと思う。実際異性として見られていなかったのでどうしようもないけど。
高校までそんな感じだったけど、もしかしたら大学に入ったら変われるかもと思ってた。でも人はそんな簡単には変われない。周りはどんどん彼氏できて、私の友達はそういう話はしなかったけど、やることはやってんだろうなとなんとなく思ってた。
何もないまま大学卒業して社会人になったけど、地元離れて誰も友達いない土地で休日を楽しむ余裕なんてない不規則な仕事をしていたのでもちろん出会いなんてない。
でもようやく1人暮らししてたし、あの時恥を捨てて適当に誰かと会ってしておいても良かったなと思う。
社会人になって友達もポロポロと性事情について話してくれるようになった。
すると、案外初体験は彼氏と、っていう子ばっかりじゃなかった。意外だった。
初体験をよく分からないおじさんにあげた女の子の方がその後アプリで色んな男の人に会ってもう結婚したりしてるし、別に初体験を大事に取っておいているからといって偉いってことは何もないんだよな。
というか、年を取れば取るほど処女がしんどくなってきませんか?
結局なんだかんだ何もないまま実家に帰ってきて、またズルズルと喪女をやっている。
この年になって喪女なのは完全に自己責任なんだ。デブならダイエットすべきだしブスなら化粧ちゃんとしてニコニコと明るく振る舞うようにすればいい。出会いだって街コンも婚活もある。いくらでもやりようはあるのだ。
同級生のあの子はもう結婚したし、あの子はもう子供も産んだ。それなりに彼氏いる子がほとんどで、いない子は30までに…と将来を逆算して婚活行って頑張っている。
私はどうだろう。
でも、なんかピンとこない。どんどん日々が過ぎていく。
自分から動かないと何にもならない。恋愛だって仕事だってなんだって全てそうなのだ。
……だといいな、なんて言ってるうちは捨てられないんだろうな。
すぐに彼氏できる女友達が恋人作りに期日を設けてたので、それぐらいの意識を持ってやった方がいいのかもしれない。
何にせよ、周りが結婚だの子供だの言い始めているのに、未だに私は手を繋ぐより先の段階を踏むところからのスタートなのだ。
そういう周回遅れの焦りがずっと離れない。
もちろんあのゲームのことだ。
素晴らしいゲームだ。
エロ抜きでゲームとしとても素晴らしいし、長く続いたシリーズのラストを飾る物語としても良く出来ている。
前作、前前作(初期版)の出来から内容は不安視されており、三作前のアレが奇跡的に面白すぎただけなんだなとまで言われていた。
しかし蓋を開けてみれば、伝説級とまでされたあの名作を換骨奪胎した超名作ではないか。
思えば、その原型となった今ではフリーとして配布されていたあの作品のクオリティが凄まじいからこそ、このシリーズはここまでこれたのかも知れない。
多くの者達はあの一作でこのシリーズを知ったのではなかろうか。
もちろん、今から3つ前に出されたあの神ゲー、伝説の再来ともされたあの一作が入口の人も多いであろう。
どちらにしろ、今から20年以上前にあのクオリティを実現させたあの一作こそが、このシリーズが持つ圧倒的熱量の第二のスタートラインなのではないだろうか。
そしてその完成形を土台として、才能が支配する理不尽な世界とその世界を謳歌する鬼畜主人公の物語は展開されてきた。
主人公が鬼畜として横暴に振る舞えるほどに強いのは何故なのか、その答えがハッキリと用意されているからこそこのシリーズは楽しかった。
実際、主人公のライバルの中にはまさにその異世界チートばりばりの設定を引っさげているアベックがいるではないか。
いつの時代もチートが大活躍する物語はファンタジーの王道の1つとなるのだ。
語りすぎた。
本題に戻ろう。
さて、諸兄はこのゲームよりも大きなビッグウェーブが今後、エロゲ業界に訪れると信じているだろうか?
確かに、イリュージョン等が本気を出してスーパーVRエロゲーを出せば世界は今から大きく変わるかも知れないが、最大瞬間風速において今より強烈に強い時代の風が吹くのだろうか?
私は、エロゲ業界に今より強い風が吹くことはもう無いと思っている。
言うなれば、この熱狂こそが、煌々と輝いてきたエロゲ業界の最後の大花火、超新星爆発なのではなかろうか。
楽しかった。
昭和・平成という時代の中で、PCのスペックの進化とメンタルがおかしくなりそうな社会情勢の渦中で、エロゲは時にグロテスクに、時に哲学的に、時にただ純粋にエロく、時にエロを置き去りにして、僕らに夢を見せてくれた。
そう言えば、散々語ったこのシリーズは、平成の始まりに生まれたのである。
ああ、全く、1つのエロゲが、1人の鬼畜が、とある会社が、ハニワが、平成という時代を駆け抜けたのだ。
激動の昭和と人は言うが、平成がおとなしかった時代だとはとても思えない。
長いのだろうか、短いのだろうか、それはまだ分からない。
最後には、死を乗り越えて我々の知らない新しいエロゲ業界へと生まれ変わるのかも知れない。
私にはそう思えてならない。
あんまり思いつかないんだけどS.A.C.2ndはすっごいサヨおじさんファンタジーに見えた
個別主義者という右翼達を馬鹿にしつつ運転手のイケてない左翼までも馬鹿にしつつ
対照的に自分(もちろんクゼのことだよ)は難民のヒーローであり難民から口々に思慕と絶賛コメントを集め
しかし彼等のこともハブである自分の末端であり低きに流れがちな啓蒙教導されるべき下部構造としてさりげなく見下してて
犯罪者に超厳しいはずの体制側防諜機関の女リーダーにも認められてていい仲でありつつ
なんかかっこいいことを言いながら英雄として死すっていう
(あれの監督東のエデンでも「現代のだらしない若者をそれでも応援したい」みたいなこと言いながら何段も上からの見下しきった視線がビンビン感じられる描き方に徹してて相当やベー人だと思った)
書いててまとまったけど
クゼ(を作った監督)には自分以外の全部を見下したい欲望が詰まっててそれゆえに右翼のように同士同胞を持つことがありえず孤高だなと感じた
かなり少ない気がする
(大胆なカテゴリ分けさせてもらえば『妖アパ』はサヨ的コンテンツだと思う)
サヨ的コンテンツは馬鹿にする対象が近いので、そばに居る人達や「内側」の人達に対しても「俺はこいつらとは違うから」って素で思える感性がないと主人公に感情移入するよりも「なんなのこいつ」「こいつやべーやつ」っていう反発が湧き起こってしまうのだと思う
駄目に決まってんじゃん。
昔のお話なら最後は現実に戻してファンタジーの経験を糧に生きていけっつって読者の背を押してたけど、
あと共依存したいんだよ、俺(主人公)にとってヒロインが全てだしヒロインにとっても俺(主人公)が全てであってくれ。
「おいそこの量産型ヒロイン。あんたの人生、主人公と結婚出来りゃそれでいいのかよ。」とか言ってるけど、
そもそも読者の俺が可愛い女の子と結婚出来ればそれでいいんだが?
おもしろラブコメとか恋愛混じりファンタジーとかでも結局のところヒロインと主人公が幸せにくっつくことが大事。
愛と勇気の物語なんていうけど、結局世界を救うのは勇気よりむしろ愛だし、なんなら世界を救わなくても愛が得られればいい。セカイ系みたく。
好きなアニメのジャンルで、その人の状況が分かる気がするので書いてみる。
日常/ほのぼの → 今の日常に疲れた人。 または、のんびりしたい人。
若かりしころの日常を見て、若返りたい人。
恋愛/ラブコメ→ 愛に飢えている人。 または、人の恋愛事情を見てニヤニヤしたい人。
ドラマ/青春 → 上に同じ。 若いときの日常を見て、「そういうこともあった…?」と思いたい人。
コメディ/ギャグ→現状を笑い飛ばしたい人。疲れたからとりあえず笑いたい人。
何も考えたくない人。
SF/ファンタジー→日常から抜け出したい人。新しいことを想像するのが好きな人。
「もし自分がこの場所にいたら~」と俺TUEEEEやりたい人も含む。
アクション/バトル→諦めずに戦いを挑む主人公に元気をもらいたい人。
ホラー/サスペンス/推理 → 現実ではありえない事でも、考えるのが好きな人。
恐怖を楽しむ人は、現実との違いを楽しむ。
ほとんどの腐女子は少女漫画のような夢を見たいんだよ。だけど少女漫画のように男女だと現実とか突きつけられるから男にしてファンタジーを保持している。そういうわけだからセックスがゴールだし結婚は終着点
動画や画像でエッチな気持ちになって、そのまま私とどうかな? なんちゃって♬ プロフでも書いてるように、定期的に募集します♬ ちなみにDMは返信が面倒だし、ラインにメールしてね
まぁ、端的(twitterだし)で前置きが出来ないのは判るが、あまりに単調過ぎないか?
検索したら、ほぼ同じ文面を使っているアカウントが複数あるみたい。
これで効果があるんだろうか…と思うが、1000人に一人、万人に一人のボケナスをひっかけるつもりなら、別に引きはこんなんでもいいのか…
父の法要から一日明けた朝、漫然とテレビをつけていたら、NHKのみんなのうたが始まっていた。
あ、ボブネミミッミじゃん、そう思って聞き流した次の曲が七尾旅人さんの「天まで飛ばそ」だった。優しい歌声に枯れたと思った感情がぶり返してきた。
花粉症の鼻をすすっていると母も洗濯物をハンガーにかけながら「この歌誰が歌ってるの?」と聞いてきて、答えられなかったからググって今また歌詞を読んでる。
隠した願いを天まで飛ばそ。あの子は知らない。あの子は知らない。
渡しきれぬ夢を天まで飛ばそ。あの子は知らずにここから旅立つ。
親の心 子知らず、なんて言うけれど、自分もまた知らなかった。
父に勘当されて十数年、妹に見せてもらった家族(自分を除く)のLINEチャンネルにも、遺書らしい遺書にも自分の名前が登場することはついぞなくて。
死ぬ二週間前にお互いに様変わりした顔を合わせた席で「ひさ…」「次に会うのは葬式だな」と会話にならない会話を交わしてすぐに病室を出ていったから、最後まで父が自分のことを思い出す時間があったかどうかも不明で。
それでもあの時の掛け違いの理由を何処かに遺していってくれたらと願わずにいられなくて、書斎を探してみたけど、出てきたのは茅田砂胡さん、菅浩江さん、小野不由美さんと懐かしい著名のファンタジーばかり。晩年は抗がん剤の研究をしていたと聞いたが、仕事に関する本は古いバイオインフォマティクスの参考書を除いて一切なかった。
目を閉じれば思い出すのは、港南台の子ども科学館に、青葉台の郊外の勤め先の研究所と、土日車で連れて行ってもらった子どもの頃の記憶ばかり。あの延長線上に、父の秘された希望もあったのだろうか。隠した願いはもう一生分からない。今の自分ははっきり違うということだけが分かる。歌を聞いて三度去来するのはもう解決すらできないこの寂しさだ。
後、数年もすれば自分も子どもに名前と一緒に隠した願いをそっと飛ばすだろう。夜をギラギラに自己主張するのではなくて、色々な人が打ち上げた願いの中にひっそり混ぜて、旅立ったあの子が気づかずに手に取ってくれることを願おう。そうしてくれたら、いやもし選ばなかったとしても自分から伸ばした手で願い星を掴んだとしたら、それが親としての本願だ。
魔道の~~からなる三部作を読んだ。一巻にあたる系譜を読み終わったときはなんだか物足りない読書感だったけど、福音、矜持と進むにつれてどんどん面白くなっていったシリーズだった。続刊が楽しみ。
ファンタジーで差別問題を描く作品はあんまり読んだことがなかったので新鮮だった。恐怖は目を曇らすし、無知はおぞましい。鬱憤はいつか爆発するものだから、うまくガス抜きをしないとだめだよなあって思った。
系譜が残念だったのは、中盤以降に一回大きな山場があるんだけど、それ以降最終部まで盛り返さなかったところ。最強の魔術師が輝きを取り戻すのかと思っていたのにそうじゃなかったからうーんってなってしまった。
なによりも、重要そうな登場の仕方をしていたくせに、終盤にちょびっとだけ出て終わってしまった姉弟子の扱いがひどかった。
あそこで彼女に大きな活躍をさせるんじゃなく、師匠が徹底して精神的な支えになるところに女性作者っぽさみたいのを見てしまった。すごい偏見だけど。
だけどだけど、四巻以降では、彼女にも日の目が当たりそうなので一安心している。
福音から顕著だったけど、キャッチ―なキャラクターが登場するようになって、また文章もこなれてきた感があって面白さにつながっていたように思う。女性陣がみんな強いお方です。
見せ場の作り方も、二巻での現象的な正念場の描き方とか、三巻での地味なんだけど逼迫した状況とか、場面がどんどん具体的になっているためにぐいぐい引き込まれしまった。
一巻はそのてんふんわりしてたかな。状況が過酷なのは間違いないんだけど、なんだか上滑りしている感じだった。
主人公や仲間たちをめぐる環境は依然として厳しいままだけど、国外に魔術学校ができて、そこに人材が集まり、援助してくれる人も出てきて、小さな一歩だけれどひとつひとつ着実に前進しているのがいいと思う。