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はてなキーワード: 法則とは

2020-02-15

不倫は悪、でもたけしならOKの世の中

芸能人不倫するとぶっ叩かれて表舞台に出られなくなるのが最近の流れ。

法則からいえば、愛人再婚までしたたけしはもうテレビで見ることはなくなるんだと思うけど、何事もないかのように活動を続け、むしろ祝福されている。

人によって反応がまるで違う。

昔の人間からOKというやつなのかな?

世の中には罪ではなく人を見るタイプ人間圧倒的多数ということなんだろうか。

2020-02-14

anond:20200214153118

安倍アレルギーからに決まってんだろ

良いことがあれば自分たちの手柄、わるいことがあれば安倍のせいで起きるというこの世の中の絶対法則否定するつもりか?

2020-02-13

anond:20200213132100

まりお前にとって男の自殺が女の倍あるのは自然法則なわけか

2020-02-07

逆走・無灯火・信号無視

自転車三点セット。声に出して読みたい。

1個でも当てはまったら他の2つも必ずやってるの法則

「この悪事を働いている人はこんな悪事にも手を染めています

すべては法律を知らないからなんだけど、法律を知らないものから事故っても話が通じない。

自転車ってのは道路交通法から完全に解き放たれた夢の乗り物なんですねえ。

2020-02-04

anond:20200204013912

>>オタクからすれば絵柄によってだいぶ個性がある。

 

違う、そうじゃない。

「絵柄」は作者に依存するけど「同じ作品内」でも顔立ちの描き分けができていないものが稀によくある。

ついでに言えば非ヲタに限らずオタクでも「この作品、ハンコ絵じゃん」と思ってる作品群があるんじゃないの?「ハンコ絵なんてない」という主張だったっけ?

 

アニメキャラが「記号化」していることは敢えて言うまでもないだろうけど、ようするにアニメキャラは「へのへのもへじ」と同じなわけ(特にオタク向け)。

「なんで、みんな顔がへのへのもへじなの?」という問いかけに対して「いや、同じへのへのもへじじゃないよ。筆跡をよく見なさい?まぁ素人には同じに見えるんだろうが」と返しても意味が違うって分かるよね?

現実人間の顔立ちを見分ける時とは適用される判定基準がまるで違うわけ。

 

オタクへのへのもへじの違いが分かるけど、人間の顔を見分けるのは苦手。

一般の方は人間の顔を見分けることができるけど、へのへのもへじの違いはよくわからない。

 

>>非ヲタは多分漫画の顔は皆一緒、程度の認識しか持っていない

 

一般の方には仮に人間の顔を見分けるための「顔立ち判定ドライバー」のようなものがあるとしよう。

じゃあ一般の方には顔立ち判定ドライバーがあるのだからアニメキャラが同一ルールで処理可能ものならオタク同様に見分けられないとおかしい。

まり「非ヲタには分かるまい」みたいな主張は、顔立ち判定ドライバーでは判別不可能に繋がり、ルールが異なることを示唆する。

 

そして「オタク現実人間の顔を見分ける能力が低い」という仮説はキャラクターごとに服装髪型、髪の色、目の色を変えるようなオタクコンテンツの特徴から導き出せる。

また、こうした「濃い味付け」がなされている時点で、「逆に顔立ち判定ドライバーの精度が一般の方よりオタクの方が優れている」という可能性を否定する。

 

悪いけど当初の主張に関しては逆に確信を深めたよ。

 

よく考えたら「オタクアニメキャラの顔を見分けることができる」というのを否定する意味がない。

反論するなら「オタクでも現実人間の顔を見分けられる」という形じゃないとおかしいわけだし。

オタクは顔立ち判定ドライバーがうまく働いていない。でもアニメキャラは見分けることができる。「絵柄」とか「線の引き方」があるから

 

「好きなものに詳しくなるのは当たり前」と思われるかもしれないが、その主従関係は実は明確ではない。

「興味を持ったから詳しくなる」のか?

「詳しく「なれる」から興味を持つ」のか?

オタクは脳の器質的現実人間の違いはわからないがアニメキャラの違いが分かるからアニメキャラのほうが大切である

そうした違いが(「傍若無人さ」と表現したが)オタク現実人間に対しては言わば「一般の方がアニメキャラに対してするような」振る舞いを生む。

その可能性を指摘している。

 

>>オタクは大体においてその環境に投げ込まれるというより、自発的オタクになっている

 

わたし(や世間?)のオタク観に不満があるらしいのはわかったが「自発的オタクになっている」というと「そうだったっけ?」感は否めない。

自発的オタクになっている」というのが本当だとして、そうした「欲求(と目的(目的意識?))」がどこから来るのか?という話をしていた。

 

>>「オタクから(ではないから)+直ちに判子絵を好む(好まない)」

 

そういう「法則」的な話をしていないと分かってくださいよ。

そういうノリで話をするなら「オタク定義なんて実際のところは明確でないのだから誰もオタクなんて名乗るべきじゃないしオタクなんて言葉は使うべきじゃない」という話に繋がっていくよ。

 

>>2016/06/21

 

誰かを探してる?その日付に心当たりはない(多分)から、人違いかな。

2020-02-03

anond:20200203212055

>>全否定が無理、ということなこちらの言い分も同じく全否定は無理。

 

そりゃソースがあったほうが時と場合にもよるけど信憑性高まるのは確かだろうね(知らんが)。

 

>>暴言を吐いてはならないというルール設定はなかったので、わざと盛り込んでみた。楽しいだろう?

 

どん判。なぜ暴言を吐いたのか明日まで考えておきなさい。

 

>>そして「私個人客観的判断」によれば観測範囲内の判子絵を支持した層は少なかったと記憶している。

 

それが本当なら是非ハンコ絵を撲滅してもらいたいものだね。応援してるよ。

 

>>これはお前の脳内にある主張がもとだから

 

あなたには私の脳内が分からない。上出来だ。

じゃあ、逆に私にはあなた脳内が分からない、ということまで理解してもらいたい。

で、今回の返信でだいたいわかった。

 

>>オタクである私自

 

あなた自身オタクであると「自ら主張」するソースは?

冗談はさておき、欠けているのは「オタク度」とでも言うべき概念かな。

ようするに「オタクか」「オタクじゃないか」の二択で考えている。

それは自分自身を反例として挙げ絶対的法則ではないと主張する論法あたりからも見て取れる。

 

オタク度という概念を立ち上げる前に「オタクか否かを判断する決定的な要因はない」というのは流石に分かるね?

その上でオタク度が高ければオタクと見做される可能性が高いというのが実際だろうね。

嗜好対象ごとにオタク度というものがあって主観的また客観的オタクと見做されるか否かの可能性が上下する。

「このような条件であればオタク度が高い」「このような条件であればオタク度が低い」という判断が無数にあって、それにより「この人はオタクだ」「この人はオタクじゃない」と場面ごとに判断される。

「この作品はかなりオタク度が高い」「この作品比較オタク度が低い」というのが作品ごとにある。

そしてオタク度の高いとされる作品ほどハンコ絵の傾向があるんじゃないの?

例えばオタク自認しているアカウントが好む作品のようなものを取得することができれば作品オタク度の関係はある程度導き出せるのではないかな?

(これには客観的オタクと見做されるパターンが含まれていないから不完全ではあるけど)

興味があったら試してみるといいよ。

 

本題とは外れるけどオタクの語彙力消滅については「オタクは好きなものを語るときに語彙力が消滅する」というテンプレートをふまえた冗談だよ。

まりストレートに誤解している(検索してないでしょ?)。

 

ついでに続けるつもりならオタク気質がどこから来るのか自分なりの考えをお聞かせ願えないだろうか?

「分かる」「分からない」の二択でよろしく。それともソースがないから分からない?

それありがちな誤解だから

まず本来オタクとはなにか?

帰納的にオタク定義するならば

妄想世界」と「現実世界」を天秤にかけたとき妄想世界」を選ぶ

のがオタクであった。

言い換えるなら

妄想世界への関心が強い」かつ「現実世界への関心が希薄

という条件でこれを定義することができる。

現代で言うなら「公式解釈違い」などと言い出すのが本来オタクだ。

このようなオタクマスコミ報道されたことで

オタク的な見た目」「オタッキー」「オタクっぽさ」

という概念世間に定着していった

こうしてオタク服装が定着したことで、見た目から

オタクと誤解される人」

が現れ始めた。

(このような人々の存在はあまり認識されていない様子だ)

仮にオタクモドキとしよう。

オタクの見た目というのは「現実世界への関心が希薄」という要素が表出したものであって本質的ものではない。

逆に見た目は家庭の経済事情などにも影響されるためオタク的見た目を持つものが必ずしもオタクではない。

例えば「オタク風呂に入らない」とされるが

だろう。

(その他、服装や化粧、友好関係(友達がいない、人の名前を覚えることができない、など)にもこの法則は当てはまる)

オタクモドキは

オタクとみなされる」のはノーサンキューだが「オタクに恨まれる」のも怖かった。

当時、オタク犯罪者予備軍と見做されており「怒らせれば何をするかわからない」という共通認識があった。

そこで

オタクというのは自分の好きなことに熱心なだけなんだ」

自分オタクと言えるほど何かに必死にはなれない」

自分ときオタクを名乗るのはおこがましい」

オタクを持ち上げつつ自己オタクであることは否定する戦略を取った。

こうした活動の成果として「オタクステータス」と見なす層が現れ始めた。

それが後のニワカオタクやイキリオタクに繋がるが、そこから先の歴史現代人には敢えて言うまでもないだろう。

オタクにさえなればアイデンティティが得られる」と誤解し暴走したオタクネット現実をお騒がせする。

(本来オタクは良くも悪くも「現実世界への関心が希薄」であったがゆえに能動的に現実世界へ介入しようとはしなかった)

こうしてオタク文化は緩やかに自滅の道を辿っていくのは自明であるとして過言ではない。

こうした時系列を踏まえて上で言おう。

自分世界現実世界との折り合いをつけることのできる

発明家建築家科学者など」

断じてオタクなどではない。

(さらに言えばクリエイターにもオタクではない人々が含まれる)

そうした線をふまえず理想現実相克を目指す人々(プロフェッショナル)をカジュアルに「オタク的」だなどと評価することは侮辱的ですらある。

2020-01-26

anond:20200126170832

遺伝子バグならあちこちで生じてるけど

生物レベル生存とか繁殖に都合の悪いバグじゃなくて、物理法則数学バグかな

バグって同じ個体が二体並行して存在してしま世界面白いよね

2020-01-24

【横増】室町時代くらいの人と果たして会話できるのか

anond:20200124000832

このあたりの議論面白かったので横増させていただきます

論点標記の通り。素人考えです。

まず、この枝では言葉がここ500年で変化したかどうかが議論になっています。ある増田はそんなに変わっていないと言い、ある増田はいや変わっているだろと反論する。

後者増田は、時間軸だけでなく空間軸でも変化があると論じている。

私はこれらに明確に答えを出せないけれども、二人の言わんとしていることはなんとなくわかる。

しゃべり言葉は500年くらい変化がない

これはたしかにその通りで、たとえばwikipediaの「中世日本語」の項目を見ると、「この時期に古代から備わっていた特徴の多くは失われ、現在日本語にかなり近い形となった。」

とあり、その細かい要件が書かれている。わかりやすい例でいうと、散々古文で苦しめられた「係り結び法則」が最終的に崩壊するのがこの時期。

私たち古文で苦しむのは、この時期に古文古文になったことが関係している。

増田はこの辺りを論点として「変化がない」と主張したのだろう。

ネットで見られる具体的な原典として大英図書館所蔵『天草平家物語』を見てみよう。

https://dglb01.ninjal.ac.jp/BL_amakusa/show.php?chapter=2&part=1

ローマ字っぽい表記で当時の言葉の「音」を知ることができる。

発音に多少違いはあるのだろうがこれ、令和を生きる私たち結構読める。

日本言葉ヒストリアを習ひ知らんと欲するひとのために世話にやはらげたる平家物語

表題に書いてある。ぜひ原典対応させて読んでみてほしい。読める。

他に、柳生徳政碑文という石に彫られた文字がある。

正長元年ヨリ

サキカンへ四カン

ウニヲ井メア

カラス


正長元年より先は、神戸四箇郷に負目あるべからず。字の流れ的にはいけなくはない。

ところが通じないのだ

ここからは2番目の増田意見に沿いながら話をする。

前段では意外に室町時代くらいの日本語ならば通じるのではないかという話をしたが、実は通じないかもという話をする。

例えば『天草平家物語

世話にやはらげたる

のところ。「世話」も「やわらげたる」も現代語でもほぼ通じそうだ。「世話」という言葉は今も使われるし、「やわらげたる」は「やわらげている」とすぐに発想できる。

ただ現代では、直接「世話にやはらげたる」の意味がわからない。

「世話」は、現代ではあれこれお手伝いするみたいな意味

ところが他に「話し言葉世俗で使う言葉」という意味がある。現代ではほぼ失われた用法だ。

まりここでは、『平家物語』を(当時の)現代語に和らげて書きましたよ、ということを示している。

現代人はこれがわからない。

まり文法は近いけれども、用いられる言葉やその意味全然異なるのだ。

方言問題、あるいは発音差異問題と絡めて、この点は500年前の人と会話を難しくする要因になる。

それでも俺は会話できると信じている

つの異なる意見が、それぞれ正しさを持っていることを見てきた。

増田ではそこまで語れれば本望で、こっからちょっと蛇足

織田信長くらいの時代の人と会話できるのか?

見てきた通り、行けそうでもあるし行けなさそうでもある。私は、それでも、いけるんじゃないか、と思っている。

なぜなら日本語には文字がある。それも、平仮名片仮名漢字もある。そして、述べてきた通り音もある。

論語』やそれこそ『平家物語』など、共通の「話題」もたくさん存在する。

これらを駆使して「会話」すれば、互いの言語感覚を調整・修正しながらコミュニケーションを取れるのではないかと思う(そして、当然と言えば当然なんだが平安人より室町人の方が格段に「会話」は簡単だと思う)。

この点は、元増田の「言語的に正しい大河ドラマ」を作ったり私たちが見て楽しめたりできる可能性を肯定する。

字幕入れたり解説入れれば、英語字幕より近い感覚を持って楽しくドラマを見られるのではないか

おわりに

俺は、俺好みの室町貴族の娘や守護大名守護代クラスの娘(前髪ぱっつんの「のじゃ」口調の姫(大人っぽくてもロリっぽくても可))が異世界転生して俺の部屋にシュワみたいにやってきた場合に備えて、室町人と対話する準備はできている。

覚悟はいいか? オレはできてる

2020-01-20

anond:20200120090515

数字で救う!弱小国家」とか「俺たちは異世界に行ったらまず真っ先に物理法則確認する」みたいなやつか

2020-01-19

anond:20200119165330

ワイの舌は子どもの頃に食べた物は無罪法則があるので

普通にシャウエッセン美味しく食える

チョコバットもすこ

まぁちゃんとしたソーセージシャウエッセン並んでたら

ちゃんとした方を買うけどね

シャウエッセンが食える舌なので香薫も美味しくたべれるよ

ちゃんとしたのがあればそっちを買うが

2020-01-16

anond:20200116125053

どういう法則なのかは忘れたが、部品の多い製品は確かに故障する確率は高くなる。

だけどそれによる故障は稼働初期に集中する。何故ならそれはそもそもパーツの組み合わせ精度が悪い等の不良品であるからだ。

逆に、初期稼働で安定する製品(つまり、歩留まった製品)は、個体それぞれの製品寿命が長い製品個体製品寿命が短いが部品点数の少ない製品より大分長持ちするってよく言われてる訳だが。

電子部品殆ど故障は同様に初期不良だけだろ。経年劣化故障するタイプ電子部品なんて、今あるか?

2020-01-15

ワイ数学講師、生徒を完全論破してしま

中高生数学教えてるんだが

たまに中高になっても、なんで分数の割り算はひっくり返して掛けるのか聞いてくる奴がいる

ワイくらいに講師歴が長いとその説明なんて何通りもあるのを知ってる

ただ、自分で考えて分からんやつは、説明してもその説明の中にまた分からないことでてくるから

別にひっくり返して掛けてるんじゃなくて、結果的にひっくり返して掛けるのと同じになるだけやで、法則だと思って黙ってひっくり返して掛けときと完全論破してしま

絶対馬鹿な生徒には付き合わない

まあ、これで偏差値の高い学校への入学バリ高なんだから、考えるなと教えるのが正解な問いなんだろうな

2020-01-14

からもう改革は失敗したと認めてくれ。

バブル崩壊と言われた後、実際には日本の景気は今ほど悪くはなかったのだ。

それでもなお、金持ちは居たし、その辺のおっちゃんは500万を超えて700万程度はあったのだ。650万だとちょっといかな? という程度。

野原ひろしの年収が650万というのは「平均よりちょっと下のうだつの上がらないリーマン」だった。

要するにイケてない中年。そんな中年でも子供二人にマイホーム持ってるってそういう時代

それが今じゃ、バリバリ仕事をこなす、やり手リーマンになってしまった。

バブル崩壊後に、日本支配したのは「このままじゃだめだ。欧米を真似ないと、もっと景気が悪くなって滅ぶ」という漠然とした根拠のない不安だった。

この当時の空気を知りたければ、サラリーマン金太郎を読めばわかる。

バブル崩壊からの、根拠のない危機感と、ことごとく裏目に出た改革案がすべて全巻を通じて載っている。

最後小泉純一郎をもじった大泉なる総理が、派遣解禁を役人必死に止めるのを「ユニオンから合法」に乗っかるシーンで終わるのだが、まさに今から見ると「それをやったからお前、お前、結局雇用の底が抜けちまったじゃねえか馬鹿野郎。お前が悪いんだよお前が!!」と単行本を投げつけたくなる。

いわゆるバブル崩壊以降の改革案というのは、「一切の科学的に分析された知見によって行われたものではない」と断定してよい。

簡単に言えば「バブル崩壊したのは心を失った日本への天罰だ」という謎のオカルティックな思想によって支えられていた。

バベルの塔ならぬバブルの党」というわけだ。

から、「経済に潜む何者かに清貧をささげて悔い改めれば、許してくれるだろう」という謎の思想が支えていた。

この思想でまず一番最初に挙がるのは、石原慎太郎だろう。彼は、東日本大震災の際に「我欲を捨てろ、天罰である」という趣旨発言をした。彼には津波我欲を洗い流すためのノア洪水のように映っていたのだろう。あの空気感。

からバブル崩壊以降の改革案は「痛みを伴う改革」という路線で進められた。つまり、「罰を受けるのだから痛くなければだめだ」という短絡的な思考があったことは間違いない。

まり、「国民に痛みを与えて罰することにより、経済に潜む何者かに許してもらおう」という思想があったのだ。正直そこには「効果であるかどうか?」はあまり意味がない。「痛みを伴うこと」が重要だったのだ。効果があることよりもずっと重要だった。

マジで、今までが甘えていたんだ。これからもっとひどくなるぞ。だから我々は厳しくせねばならんって本宮ひろし顔で主張してる政治家がわんさかいたんだよ。Mr.ビーンなんかも、なんかもその流れで無茶苦茶人気が出た。リストラする俺、非情リーダーで格好いいって時代だよね。

与党野党も左も右も、意見対立し続けてはいたが、「痛みを罰として引き受けること」には一致していた。あらゆる経済的な社会保障を切り詰め、消費税増税し、国債発行高を抑制しようとしても、小泉純一郎の様々な国民をいたぶるかのような社会セーフティーネット規制撤廃するかのような改革を続けて、経済に潜む何者かにいけにえを捧げ続けても、「余計に悪くなった」ということしか起きなかった。

経済マゾヒスト天下一武道会ではない。

このことにいまだに気づいていない人間が山ほどいるのだ。

国債発行は悪」

「消費減税は悪」

バブルは悪で不自然だった」

サービス残業は当たり前」

正規雇用は甘えているかもっと不安定にしろ

「我々が罰を受けなければ、子供が苦しむぞ」

これらを支えているのは、経済的を科学的に俯瞰した法則ではなく、「バブルを罪としてとらえ、罰を受けることによって禊をする」という非科学的な思想だ。

からいつまで経っても成果が上がらない。

必ず「国民に罰を与える」という思想に行きつくからだ。

これは小泉純一郎自民党で顕著だったか民主党も「苦い薬を飲め」と国民に迫り、その内容は自民党以上に強硬だった。

どちらも「罰を受けねばならない」というという、謎の強迫観念から逃れられていない。

このあたりの謎の思想を見たければクニミツの政を読むことをお勧めする。

当時の政治に対する謎の強迫観念がよくわかる。

とりあえず「公共事業という寄生虫が国をダメにしている、あいつらは規制虫だ。我々がこんなことをしていれば子供借金まみれになって苦しむぞ~」というわけのわからん空気感だ。


で、これら改革の行きつく先がもう見えてる。

子供のために借金を残すな、じゃねえよ。

お前らのせいで子供を育てる給料が出ねえだろ。馬鹿か?


ふう。言いたいことを言ったのですっきりした。

飯食って寝る。

2020-01-13

SFって基本的には思考実験の場なんだよね

面白い設定やらガジェットやら考えたぜカッコイーってのもあるかもしれんけどさ

多くはそうじゃないんだよな

あれは精密な思考実験の場なんだよ

わかりやすい例としてトロッコ問題を挙げてみると

お前らってひねくれてるからすぐ「大声で叫んで気付かせればいい」「横に退避させればいい」とか第三の選択を考え始めるだろ?

それで、左右は切り立った崖であるとか声の届く場所はいないとか色々前提を付け加えるんだけど、

そもそもそんな状況に無理がある」とか言われちゃうわけよ

あの問題の根幹の部分ってのはさ、「1人を犠牲にすることで5人の命を助けることをどう評価するか」っていう限りなく抽象的な課題

いくらかでも現実的舞台に落として考えやすくしてくれているわけだ

SFってのはそれの上位互換みたいなものでさ

舞台宇宙とか未来とか極端なところに移してみたり、はたまた並行世界で好きなように物理法則を作り込んだりすることで

「本当に考えなければならない部分」をちゃんと考えさせるようにできている

トロッコ問題だってSF舞台設定であれば、前提へのツッコミや第三の選択を生じさせることなく「5人か1人」を間違いなく選択せざるを得ないように

作り上げることはいくらでもできるだろう(というか、似たような作品は実際あるしね)

しかも読者は物語の中に感情移入しているせいで、思考放棄すら許さないような状況にさせられている

SFで行う思考実験というのは本当に色々なものがある。人間定義を問うようなものとか、自己存在について疑問を投げかけるもののような深淵テーマから

人間遺伝子組み換え可能だったら」「未来予測が高精度で行える世界における生命保険はどうなるか」みたいなわりと社会接続しているものまで

物語の中でそれぞれの思考実験専用の前提を組み上げ、それを考えざるを得ない物語を描くことで、読者に思考実験への参加を強制している

それがSFというジャンル共通的な特徴であって、宇宙とか未来とか並行世界とかガジェットのものSFという世界を成しているわけではない

2020-01-11

今のチームは以下のような感じのルールで要員は推移した

・当初の役割の終了で離脱

・開発が落ち着き要員がダブついた場合現場業務経験が長い方を基本残す

現場業務経験が長いメンバー舵を取る

・新しい業務チームは業務経験長いメンバーから採用、現行チームから切り出す

この法則に当てはまらない異動もなくはないが、ほぼルール通りだ

個人的に仲が良いからといった不透明採用・配置はほとんどないと感じる

で、大きな混乱もなくうまく回っている・回せている印象

仕事で成果を出すための配置という感じで好印象

2019-12-29

anond:20191229022301

働きアリの法則のようなものだね。

一部の集団暴力的なのではなく社会構造のもの暴力的になる集団を求めていて、その集団がいなくなったところで他の集団がその地位に収まるだけと。

2019-12-27

今日の夢:学校という閉塞された空間について

昨日、夢を見た。ずっと昔の夢。その夢の中では僕たちはまだ十三歳で、そこは一面の雪に覆われた広い庭園で、人家の明かりはずっと遠くに疎らに見えるだけで、降り積もる新雪には、私たちが歩いてきた足跡しかなかった。

――新海誠秒速5センチメートル


“いつも通り登校し、教室の真ん中にある自分の席に座る

教室の後ろ、左から2番目の席には、「現実」の小学校で友人だった男子生徒が座っていた

互いに目配せした後、私は席に向かう

隣席の女子生徒が何かをしている。どうやら、この人とは知り合いのようだ、見覚えはないが

授業が始まる。なぜか内容はマインスイーパーだった。

今日は新しい単元のようで、周りが悩んでいるのが雰囲気で分かった

一通りのルール規則解説された後、切り抜きの法則という聞き覚えのない法則提示された

さっぱり意味が分からなかった。

それを不思議に思い、いきなり場面転換した授業を不思議にも思わないまま、教員質問をする

「今のままで解けているなら、それで良いよ」と、そう言われた

そうか、教師がそういうのならそれでよいか、と納得し、また場面が変わる”

昨日の夢は、こんな雰囲気だった

私が“教室”にいたのも、すでに10年や20年は前の事だ

から今日は久しぶりに、学校特有のあの閉塞感を思い出した

から醒め、さらさらと砂細工が崩れるように薄らいでいく記憶感触ではあるけれど

先ほどまで確かにそこにあった、現実感の強い教室雰囲気、そして居心地の悪さ

やはり、あの空間は好きになれない

たとえ人生をやり直せたとしても

2019-12-26

宇宙に詳しい人に質問

現在宇宙が生まれる(ビックバン)前の前回の宇宙は、現在宇宙と同じ時空・物理法則だったの? まったく異なるの? 

宇宙まれコズミックアイ

星空みていた星空文庫

物理も時空も夢の中

2019-12-24

anond:20191222131514

屍人荘は読んだけど、いわゆるSF的な特殊物理法則存在する世界

殺人事件が起きたとした場合思考実験的なミステリーでしょ?

あれをミステリーじゃないって言われるとなんだかもにょるけど、

ハウダニットこのミステリー本質的なところではないし、

ホワイダニットを楽しむものからそこを楽しめないとあわないかもしれないね

序盤にまず用意される本格的なシチュエーション

一転してゾンビの登場により変わり種のミステリーへと変貌し

かと思えばやっぱり王道クローズドサークルものへと昇華する

そしてオチはうまくゾンビワイダニットに繋がるようになっているあたりが

読んでて俺は楽しかったなぁ

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