はてなキーワード: 父の日とは
僕が小学2年だった、昭和の終わりごろの、僕の父(団塊世代、3年前に他界)の日曜日の過ごし方を、記憶をもとに書いてみます。
なお、これは、家族サービスをしない日の過ごし方です。
・朝からテレビを見る。関口宏のサンデーモーニング→教育テレビの将棋対局→アッコにおまかせ→新婚さんいらっしゃい→アタック25の順。
家にテレビはリビングに1台しかなく、テレビは父に占領されていたため、日曜日の午前中に見たい番組を見せてもらった記憶がない…。
・テレビが終わったら繁華街へ1人で出かける。本屋や電気屋、レコード屋を回る。帰りに行きつけの立ち飲み屋で1杯飲む。
・夕食は鍋が多かった。鍋はいつも父が仕切っていた。
・夕食後は、ビールを飲みながら、プロ野球や大河ドラマを見ていた。
こんなところでしょうか…。でも、今の自分が、この時の父と同じくらいの年齢になって思うことは、日曜日の過ごし方を見ても、やっぱり全然違うなあ、
ということです。朝のテレビだって、今でも見ようと思えばこの順番で見られますけど、全く見る気が起きないし…。ていうか、テレビは家族に占領されてるので、
仮に見たい番組があっても見ることは難しいですね。
まあ、この時代と比べると、時間つぶしの手段がかなり多様化しているので、その辺りが影響しているんだろうなあ、と思います。
現代であれば、ネットやゲームで無限に時間がつぶせるし、わざわざテレビを見なくても、と思うので…。
でも、こういうお父さんって、現代でもいるんでしょうか…。僕と同世代(40歳くらい)の人で、こういうお父さんって、少なくとも
増田とかが特に毒親エピソードみたいのが多いだけかもしれないけど、
父親が好き、父親と仲がいいみたいな話、周りでもほとんど聞いたことない
逆に父親が嫌いって話は周りでも山ほどある
物凄い嫌ってるとか恨んでる、まではいかなくても、
別にそういうのして欲しいわけではないけど、気持ちの問題として
ちなみに自分自身はどうかっていうと、両親ともそんな好きじゃないけど、
とにかく、今まだ小さい娘を育ててるけど、
今ですらこうなんだからこれから思春期とか反抗期になれば尚更嫌われるのは目に見えてる
いや、こういう考えが見透かされてる、といえばそうかもしれないけど
嫌われるとわかってて一方的に愛を注いでいくのがしんどくなってきた
はいはい、どうせママがいいんでしょ、みたいな気持ちにたまになる
そんで金欲しい時とかだけ甘えてくるんだろうな
そんでいずれはどこぞの知らん男の嫁に行く
結局愛がねぇんだろうな、俺
過干渉で、家庭内DVをしないと自分や父に言うことをきかせられないヒステリー女の母親。
過干渉の延長でお金だけは出してくれたから、高校進学と同時に実家を離れてずいぶん経つんだけど
・年1くらいで家族旅行の強制(仕事の都合を告げても5パターンくらい出されて毎回ゴリ押しされた)
・誕生日は勿論、何かしらの節目の記念日や母の日父の日敬老の日(祖母に良い顔したいため)
帰省前帰省後に電話とプレゼント必須。昔忘れて絶叫電話と鬼LINEきた
・旅行に行く前にはどこに誰といつまでいくのか連絡しろ(離れて暮らしているのに?)
・「帰ってこないなら私がそっちに行く」と私の住んでるところまで理由を付けて会いにくる
・しかし、会っても人の悪口や愚痴しか言わない。昔から外面や人目を気にしていい顔をしたストレスを父と子にぶつけてくる。
・食事中も人の悪口と噂話。車に二人きりで乗って逃げ場がないときも、ずっと嫌いな人間や自分にひどいことした人の悪口
・すっきりしたあと「ごめんね」とお金を渡してきてチャラにしたつもりになってる
小学校はいった辺りで親と離れられるならと自殺しようとマンションの屋上に上ったことが何回もある
成人してからも
「普通よりずっとお金を注いでくれて、愛故に依存されているんだから、毒親ではない気がする」という気持ちと
「それでも親の言うことなんてきかなくていいんだよ」
「嫌だ」と言ってケンカできるくらいの信頼関係が存在していないため
(向こうはなぜか「家族なんだから」という謎の信頼をこちらに向けている)
断るためにつかう精神が残らず、もう何年も最大限断っては来たものの
年数回は遭わざるを得なかった。
毎回会う前から吐いたり泣いたり自殺衝動が収まらなくなったりして、
会って30分立つと涙が止まらなくなって
(毎回会うたびに泣いているのは仕事のストレスだと勘違いされている)
(「おまえのせいだ」と言ったらおそらく泣いて「お母さんが悪いんだね」と自殺未遂パフォーマンスや
発狂LINEや鬱電話や、「会って話し合いましょう」と会う口実にされる)
帰ってきてからは数日寝込んできた
それが!!!!!!
「コロナ禍が落ち着くまでは都内から出られないや!ごめんね!」
秋に予定されてたこっちの仕事のスケジュール無視の家族旅行も参加しなくていい!!
最高!!最高!!最高!!
年内会わなくて済むうちに上のこと整理して親にちゃんと言うわ。
自殺未遂とか病気の悪化とか多分言われると思うけど言わんと伝わらんわ。
とりあえず親、2月からのコロナ禍の最中でも仕事関係なく月2~3回飛行機利用して
アラフォーの今も独身なもんで今の子供達にはこんな宿題があるか分からないけど、中学生の時に「祖父母とか身近な戦争体験者から戦争体験を聞いて作文を書いてこい」という宿題があった。
まずもってめんどくさいと思った。祖父母は戦争体験を聞き出せるほど親しくなかったし、サザエさんでもあるまいし裏のおじいちゃんみたいな人もいない。
でも宿題は出さねばならぬ。
当時の自分は、じゃそれっぽい作文を捏造して出せばいいやという結論に至った。
で、近所に親しいおばあちゃん(東京の下町から北関東山間の親戚宅に疎開という設定)がいることにして、巷に溢れている戦争体験をツギハギしたようなそれっぽい作文を書いて提出した。
先生は何も言わなかったけどバレていたのだろうなと今は思う。
今はどうなんだろう。
父の日母の日ですら「片親の子もいるんですよ」みたいな理由で学校ではやらなくなっているとも聞くし、もはや誰もが戦争体験を聞ける親戚が存命というわけでもあるまい。
語り部の仕事をしているわけでもなかったら話したくないという人もいるだろうし。
時間 | 記事数 | 文字数 | 文字数平均 | 文字数中央値 |
---|---|---|---|---|
00 | 60 | 8348 | 139.1 | 59.5 |
01 | 65 | 4175 | 64.2 | 39 |
02 | 30 | 3257 | 108.6 | 58 |
03 | 18 | 1530 | 85.0 | 102 |
04 | 6 | 308 | 51.3 | 41 |
05 | 22 | 4410 | 200.5 | 113 |
06 | 29 | 3031 | 104.5 | 66 |
07 | 24 | 2684 | 111.8 | 50.5 |
08 | 30 | 4086 | 136.2 | 77 |
09 | 116 | 12082 | 104.2 | 55 |
10 | 161 | 15057 | 93.5 | 63 |
11 | 131 | 12440 | 95.0 | 65 |
12 | 114 | 9790 | 85.9 | 43 |
13 | 112 | 9798 | 87.5 | 47.5 |
14 | 177 | 11817 | 66.8 | 33 |
15 | 121 | 8407 | 69.5 | 33 |
16 | 78 | 8196 | 105.1 | 38 |
17 | 86 | 8159 | 94.9 | 46.5 |
18 | 73 | 6288 | 86.1 | 38 |
19 | 124 | 15724 | 126.8 | 43 |
20 | 130 | 13822 | 106.3 | 37 |
21 | 78 | 8270 | 106.0 | 41.5 |
22 | 122 | 16517 | 135.4 | 40.5 |
23 | 75 | 13350 | 178.0 | 39 |
1日 | 1982 | 201546 | 101.7 | 45 |
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娘は未就学児なので実質的には妻と娘から貰ったのだが、正直ショックがでかい
もちろん俺にプレゼントしてあげようという娘たちの気持ちは嬉しい
というのも俺はネクタイが象徴する「仕事」が大嫌いで、そんな大嫌いな「仕事」をしている俺も大嫌いだからだ
社会に出て働くことそのものが嫌いなので(誰とも関わらず一人で家族を安定的に養える収益を産むスキルもないので)転職してどうこうなる問題でもない
だけど俺がそんな大嫌いな仕事をしているのは認めたくない
なので俺は普段仕事とプライベートの人格は別のものだというマインドセットをしてきた
ゲーム内のアバターが殺されても現実の俺には傷一つないように、仕事をしているのは本来の俺ではないと認識することによりどうにか社会との折り合いをつけてきたのだ
家に仕事を持ち帰ったり、仕事の話をすることを避けるだけでなく
スーツやネクタイなどにより家庭のスペースが汚れないよう最低限しか持たない等、家族に俺が仕事をしている人間だとはなるべく感じさせないようにしていた
(可能であれば玄関前にシャワールームを設置し仕事から帰ったらときはそこで「穢れ」を落としてから帰宅したいくらいだ)
家族には朝どこかにでかけて、拷問を受けて金を貰っている人、くらいの認識でいてくれるのが理想だった
だが、娘からの初めてのプレゼントは、俺のパーソナリティとして排除してきた「仕事をする俺」が使う道具であるネクタイだった
文章力のない俺がこのショックを言語化するのは難しいのだが、俺にとって仕事に使う道具をプレゼントされるのは、専業主婦してるフェミニストがエプロンをプレゼントされるようなものなのだ
もちろんネクタイが父の日のプレゼントとして定番品であるというのは理解している
ただ、父親に対するプレゼントとしてネクタイが定番になっていること自体に嫌悪感を抱くくらい「仕事」が嫌いな俺はどうしてもショックを受けてしまうのだ
私はショッピングモールの中に入っている店のひとつに勤めている。
勤めているといっても1日5、6時間程度しか勤務しないパートだけれど。
大型から地域住民しか来ないような小型まで、いくつかショッピングモールに勤めたことがあるが
大体そういうところの従業員は従業員通用口を通ってバックヤードを通り出退勤しなければならない。
自分の勤めている店の目の前に外へ繋がる出入り口があったとしても。今まさに私はそういう状況。
とはいえ店の商品をのんびり見ながら従業員通用口に向かうのも私は中々好きだった。
化粧品を見ながら帰ったり、贈答用のお菓子を見ながらおいしそうなんて思いながら帰ったり。
しかしここ半月は気が重かった。6月初め頃、もっと前だったかもしれない。母の日が終わったあたりから始まった父の日フェアのせいだ。
私の父は「いい父」だと思う。
よく気が利き、男らしく、力持ちで。
九州男児のような所謂「言わぬが花」のような分かりづらいが気付けばじーんとくるような優しさもある。
こう書くと厳格な父親を想像されてしまうかもしれないが、おどけてみせたり、お茶目な一面もある。
マイルド九州男児?「九州男児」と聞いてイメージするいい所と、現代の若い男性に多い柔らかくて優しいところをどちらも持ち合わせている。
そして背も高く脚が長くて目鼻立ちもはっきりしているし顔もカッコいい。身だしなみのセンスもある。
若くして結婚し、母がすぐに出産。その後から今までずっと家族を責任を持って養っている。
とはいえ、浮気をしたり、多額の借金を作ったりと母にとって「いい夫」であったかは分からないが。
しかし、子供の頃それらのことには気付かなかったし(上記のことは母から聞いたので)
私は兄弟が多く、どちらかといえば貧乏な家庭で育ったが、今日食べるものにも苦労したり
仕事の愚痴を父の口からきいたことはないし、立派な父親だと思う。
渡しに行こうと思えば1時間あれば渡しに行ける距離に住んでいる。
気持ちについては「罪悪感」7割「やってやった」3割といったところだろうか。
3割の「やってやった」についてここまでの父のことを褒めちぎった文章だけだと私は超絶親不孝娘だろう。
虐待というのだろうか。被害はもう私が成人してからの話だから。
実は小学生高学年のあたりから高校生くらいまで兄からも性的な虐待を受けていた。
それが原因となって私は中高生の頃から精神が不安定で、人を心から信頼できず
表面上友人と仲良くすることはできても常に周囲に気を張って生活し、学校に行けば毎朝熱が出た状態で授業を受け
とはいえ、中高生の頃の不安定さについて性虐待が原因だと分かったのはほんのここ数年の話だ。
というより、ここ数年まで自分が性虐待されていたという自覚すらなかった。
それまでは私の個人的な性質や、容姿、性格が暗いから、悪いから、協調性がないから、空気が読めないから、最低な人間だから
そういうのが原因で上手に友人が作れなかったり、本来なら喜ばしいはずの友人付き合いがストレスになるような出来損ないなんだと思っていた。
まあもちろん冷静に考えてそういう原因がゼロではないと言えないのですべてを性虐待のせいにするつもりはないが。
少しでもこういった分野に興味のある人は知っていると思うし、興味があれば調べると思うから
所謂「自己肯定力の低さ」と「性被害」や「虐待」の因果関係については長々とした説明は控える。
私がそういった専門のカウンセラーに言われて一番腑に落ちたことを簡単に説明すると
「性格形成の時期に一番信頼できる身近の存在であるはず(あるべき)家族から酷い扱いを受けたのに外で出会った人間を信頼できるはずがない」
ということらしい。まあ確かに。
大人になった今思うと、家族など偶然で協同生活をしている集団でしかないので
家族なんかよりよっぽど信頼できる存在は外の世界にいるはずなのだが
私は強く家族に執着していたからなおの事家族については「一番信頼できる身近な存在であるべき」だったのだ。
というのも、父と私たち兄弟については生まれた時から親の方針で入信していただけだが。
母は父と結婚のタイミングでその宗教の存在を知り、今では父よりも熱心な信仰者だ。地域の幹部らしい。
「家族は何よりの宝だ」といったような、要は家族を大切にしなさいねというメッセージが
繰り返し、繰り返し出てくる。
特に母親は熱心に宗教活動をしていたため、信仰者の会合に連れていかれたり
母も私が冒頭で書いた文章のように過剰なほど父を褒め、「うちはいい家族だよね」と繰り返す。
今思えばこのとき、父の浮気や借金で苦労し、そう自分に言い聞かせたり子供に悟られない様にしてたためかもしれない。
私は、家族を大切にしなければいけない。家族はなにより大切なものだ。悪く思ってはいけない。そう思っていた。
思っていたというか、そう育った。
それなのに自分は人間としての権利を侵されたこと、そのことに対して怒りや憎しみを覚えることへの罪悪感。怒りや憎しみを抑え込むストレス。
そういったものでどんどんおかしくなっていた。高校生の後半の頃には毎日のように吐いていた。
ただ私は、その時原因が分からないもので学校という環境に自分が適応できないんだと思い大学への進学を希望しなかった。
家庭が貧乏だとか、まあそもそも勉強もそんなに好きじゃないとか色々な理由はあったが
一番は、もう「学校」という場で同年代の人間がたくさんいるところに身を置き、やっていく自信がなかった。
大学で勉強しないと叶えられない夢もあったが、私の夢なんてくだらないものと思ったし、その夢を自分が叶えられる自信もない。
私は幸い就職に力を入れている高校に通っていたので難なく就職できた。
めっちゃくちゃ長くなるので割愛するが、やはり前述した人を信頼できないという部分が大きくストレスになったと思う。
人を信頼できないというのは、具体的に言うと私の場合は
「嫌われているんじゃないか」「使えないやつだと思われている」「いない方がいいと思われている」
と思ってしまう。こういう思いを中学生のころから人と関りを持つたびに感じていた。
学生だったころはまだいいが、仕事となるとこうした不安に支配され
頭が混乱し周囲が気になって仕事に集中できなくなり仕事を続けることが難しくなる。
ちなみに、今でもこれはある。
しかし私はこの時社会生活に適応できず精神を病んだと思っているので、もちろん病院で家庭の話などしない。
この頃は実家暮らしで昼夜逆転生活をしたり、早朝の三時から五時くらいまで近所の公園でぼーっとしたり
突然意味の分からない理由で家族にキレたり、両親に過剰に甘えたり、暴食したり、めちゃくちゃストイックに会社員時代に契約したジムに通ったり
この「過剰に甘えたり」の部分。
リビングで寝転がってテレビを見ている父の隣で寝転んで一緒にテレビを見ている内に寝てしまった。
その時に性的被害を受けた。私が途中で起きたこと、そしてそれを父も気づき何なら乗り気と思いエスカレートした。
成人しているわけだし嫌なら嫌だといえばいいと思う人もいるだろうし、若い女が自分から異性にべたべたするから悪いと思う人もいるかもしれない。
私ですら今でもそう思う時はある。(娘にとって父親は異性ではないのは確かだが)
まあ、この時なぜすぐに拒絶できなかったのかということや、その後の感情については自分でも今明確でないので
悪いのは絶対に100パーセント相手だ。これは私の感情ではなくて事実。
この事実と私の感情はちぐはぐで、だからこその7割の「罪悪感」だ。
体調の問題で一日の勤務時間は制限され、パートという雇用形態だが、何とか社会復帰もできた。
治療については心療内科への通院と、性暴力の被害支援センターでのカウンセリングを受けている。
(ちなみに、初めて病院に行ってから性被害を自覚するまで1年半ほどかかった)
穏やかな日常で少しずつ自分のことを大事に思える様になり始めた。
しかし、母は兄や父の性虐待を知らないし「家族がなによりも大切」「うちっていい家族だよね」と
思っているので、頻繁に交流を求めてくる。
母についてだが、上記のような思想持ち主でヒステリックで自分が一番で負けず嫌い
自分の功績というのは「いい母」であり「いい妻」であったことだ。
口が裂けてもあなたの息子と旦那に性被害に遭いましたなどとは言えない。
私は実家に帰ったり両親と食事をしたりするたびにちぐはぐな気持ちを抱えて家に帰ると何もできない時間がおとずれる。
父の稼ぎや教育で私が育ったのは事実で、今でも車を出してもらったり困った時に父を頼ってしまう自分もいる。
しかしこんなにお世話になっているのに、被害の部分だけで恨むのは都合がいいんじゃないかとか。そういうことだ。
お父さんだ〜い好き。昔から。
お母さんもだ〜い好き。お母さんみたいになりたいし、お父さんと結婚したい。本当に、心から。
お父さん、英語ペラペラ。仕事すごいできる。家は多分裕福な方。私たち姉妹、私立に通ってる。
昔からやりたい習い事はほぼやったし、成人するまでサンタさんはずっといた。
理不尽に怒ったりしないし、厳しい家のルールもないし、不機嫌の恐怖で支配したりもしない。心配性ではあるけどすごく自由が許されているし、相談にも乗ってくれる。最近は歳を取ったのか親父ギャグが増えて髪の毛は減り、かっこよかった父の腹は出て目線も近づいたけど。
でもず〜っとお母さんのこと大好きだし娘のこともきっと大好き。私はそんなお父さんが大好き。
結婚するならお父さんみたいな人と結婚したいけど、理想を求めすぎると一生結婚できなさそう。
お父さん最高〜。父の日有難う〜。ポテチが欲しいらしいから明日学校帰りにたくさん買ってこよ〜っと。
おわり。
今年から、新卒で金稼げるようになったので、なんかいいものあげたい。
母の日なら、何でも思いつくんだけど、父親にプレゼントとなると何あげたらいいかわからない。
ネクタイは定番なのかもしれんが、うちの父は会社の制服着てるから使わない。高島屋に、一緒について行ったけど、ブランドもの興味ないから分からんわ。
今年から、新卒で金稼げるようになったので、なんかいいものあげたい。
母の日なら、何でも思いつくんだけど、父親にプレゼントとなると何あげたらいいかわからない。
ネクタイは定番なのかもしれんが、うちの父は会社の制服着てるから使わない。高島屋に、一緒について行ったけど、ブランドもの興味ないから分からんわ。