はてなキーワード: 主婦とは
ゆたぼんやホリエモンみたいに抜本的な主張を提示して既存の価値観をぶち壊す、新感覚のクレイジー主婦YouTuberを目指すのはどうかな?
最近だと腐女子なのにオタク規制を訴える衆が注目を集めているので、カオス系の主張が吉。
例えば、子持ちの主婦なのに反出生主義を唱えるとか、旦那とのラブラブシーンの中で男性の先天的な犯罪性危険性に警鐘を鳴らすとか。
パチスロにハマって飛んだかと思ったら戻ってきてギャンブルの楽しさ、依存症の恐ろしさ、日本のIR事業の必要性を訴えるとか。
転勤族の夫がいる子持ち専業主婦で、月額600円くらい?のネトフリの契約も夫が拒否したからできないくらいの経済状況
貧乏家庭というわけじゃないけど一馬力だからそこまで贅沢にはできない
転勤族だから正社員の就職は無理なのかな?っていうか夫の携わるプロジェクトが終わるまで就職は数年待った方がいいのかな?あれ?私って何年専業主婦やるんだろう?って思えてきた
YouTube見てたら少年革命家YouTuberのゆたぼんが出てきたのでじっくり動画を見た
動画の内容はどうであれゆたぼんはけっこうお金を稼いでいるようだ
コロナで企業の収益が下がったので広告費を削る会社が増えた。それでYouTuberの広告費の収益が下がったらしい。それでもゆたぼんはまだ子供なのに自分が読みたい漫画をばんばん買ったり、東京に遠征する旅費を稼げるくらいの利益はあるんだろう。
ゆたぼんは不登校という生き方が売りであり、学校の先生からゆたぼんに電話があっただけで動画が一本作れるような力がある。
ゆたぼんが正しいか、間違っているかはおいといてとにかくゆたぼんの生活は金になるのである。まぁゆたぼんもYouTuberとして再生回数あげる努力はしているのかもしれないが
とにかくゆたぼんが不登校であることやへずまりゅうと交流があることは収益につながるのである
一方わたしはというと、わたしが仮にYouTuberになったとしても全然面白くなくて全然お金が稼げないということに気づいて凹んでしまった。ゆたぼんはまだ子供なのにすごいなぁと思った
彼が正しいか、間違っているかはおいといて単純にあのとしでたくさんお金を稼いでえらいなあと思う
コロナで不登校が増えたこと、リモートの授業になったことがけっかとしてゆたぼんの「学校なんかいかなくてもいい」という主張の正しさを裏付けるような感じになっちゃって
時代がゆたぼんの味方してるなって感じた
人がいないくて困っているという話を聞いて、無職の身だったので、行ってもいいかなと思っていたところに、店長からのショートメッセージがバンバン入って、とりあえず現場に行ってみたら、そのままレジに立つことになってしまった。
行けば面接なり、会談なりがあると思っていたところがこれで、ただ、極限状況だったのだなということは、その時の店長の対応などからなんとなく把握した。
それがだいたい去年の暮れの事。
いきなりレジに立った、その後、希望の日時などを聞かれ、時給のよい、深夜早朝などが希望であると伝える。
次の週のシフトが出て、週に3日ぐらい、深夜と早朝に勤務になっているのを確認するも、1週間分のシフトしか出ていないので、翌週は、前の週のシフトに合わせる感じで、空気を読んで出勤。
その後も、翌週のシフトが出ないまま空気を読んで出勤しているうちに、欠勤が多い人の穴埋めをすることになって、居残り残業が増えていく。
そうこうしているうちに、退職者や、病欠する人が続出して、その穴埋めで、なんとなく出勤が増えていく。
にも拘わらず、シフトに書いてある通りに出勤した際に、人がダブったようで、この時間帯に2人いるのは困ると叱責される。
週に5日8時間勤務になっている人が、実質5日8時間勤務したことはほぼなく、その穴埋めで残業することが度々ある。
にもかかわらず、ささやかなミス(ではないかと私には感じられる、マチカフェのオーダーに関するミス)で、直接その事と関係のないミスまで(私がやっていない、街角厨房の器を落としたから捨てている等)まとめて叱責される。)言い始めて、他所の店舗では、ミスした場合や、損害が出た場合は、そのバイトが支払うことになっていると言い出す。
一方で、謝られる必要を感じない所で、ペコペコ詫びられもして、意味が分からない。
仕事に関しては、適当なものがあれば行きたいけれど、生活に支障があるようなら無理に行く必要もない程度生活水準の、60前の主婦で(親が残した家に住んでいるけど、親が残してしまった不動産(山林や壊れかけの家等)の管理をする必要があり、下手なパートをするよりは、そっちの管理を優先したほうが、マシかもしれない)、今まで働いてきたメリットがほぼ見えてこない。
そしてとどめになったのが、店長が、うっかり引き出して入れっぱなしにしていたお金が無くなってしまって、それを着服した従業員がいたという事件だ。
これが、よくある事なのかどうかも私にはわからないけれど、ある日出勤すると、店のPCのモニターに、今じゃない時間のレジの様子が延々と再生され、嫌な感じだなあと思っていたら、本部に送金するお金を引き出しに入れていたら無くなった、心当たりはないかと聞かれたのだ。
この時点で、ここはダメだと思ったけど、今やめると疑われる気がして、心当たりはありませんと返していた。
その1週間後ぐらいになるのだろうか。
店長から犯人が分かった、店の人だった、まだ仕事を続けたいというのだが、どうしよう?と聞かれた。
私に振るなよ、というか、それ従業員に言うか?
もう色々無理な気がするんだけど、コンビニ勤務のの方や、コンビニオーナー、コンビニ店長の方の忌憚ない意見が聞きたいと思い、投稿します。
はてなの腐女子のお気持ち表明に対する先住民お怒りの構図にどこか見覚えがあるなと思ったが、それが中学時代の教室の様子だとすぐに連想できた。
男女の違いが如実に出るようになる頃、男子は女子間の貶し合い&傷の舐め合いに辟易するようになるが、よっぽどのイケメンでない限り、女子はそれを言及した男子を糾弾する。
どちらも性が成熟している証拠ではあるのだが、そもそもどうして男女でこうも考え方が違い、日々争いの種をまき散らすのだろう。
男女のカップルでありがちなケンカの一つに「彼女の愚痴を聞くのが面倒」VS「彼が話を聞いてくれない」というのがあるらしい。
昔Twitterのエッセイ漫画などでよく取り上げられており、RTでも頻繁に流れてきたものだ。
解決策として有効なのは、話をする前にその話題が「愚痴」なのか「悩み事」なのかをはっきりさせることなのだそうだ。
そもそも、男性が女性の話を面倒臭がるのは、「提示している話題に解決策を求めていない」事が原因にあるらしい。
男性が何か頭の中に不満を抱えていたとする。すると、その不満を解消するにはどうしたらいいのかと考えるようになる。
調べものをしたり、先達の意見を聞いたり、そうして明確な解決策が分かるようになると、その不満が解消されていくのだそうだ。
しかし、それに対して女性は、「自分に共感してもらう」事で不満を解消している。
主婦の井戸端会議で愚痴が多くなるのも、Twitterで「○○さんは悪くないですよ」と馴れ合いじみた慰労ムーヴが起きやすいのも、女性は共感を得ることで精神的不安を取り除かなければいけないからだ。
カップルとなれば、彼氏は彼女の役に立ちたいだろう。しかし、男性は「不満解消=解決策」の提示と思っているから、彼女の長い話を延々と聞いた結果、共感をすっ飛ばして分析し、解決策をぺらぺらと語ってしまう。そして彼女の方は、共感が得られなかったことに更に不満を抱くようになる。
結局は男性も女性も、お互いが違う性質であることを理解した上で、どう接するべきかを摸索しながら生きていくしかないのだろう。
男女の関係は付き合うことに利益を得ていたり、愛があるからそれが辛抱強くできるわけで、このはてなという場所でそれが成立するとは思えない。
男性からしたら、「ヤれもしない女の愚痴が目に入るが、あいつらは解決策を求めずにダラダラと長文を垂れ流すから不快」になるわけで、
女性の場合は、自分たちが勝手に移り住んできたのを棚に上げて、「分かる人だけに反応して欲しいだけなのに、理解するつもりのないやつらの野次がうっとおしい」ということになるのだろう。
愛や性欲が絡まないだけでこうもギスギスしてしまうのがどうにも面倒だなと、かつて教室の隅っこでクラスのイザコザを眺めていた自分は考えてしまう。
散々である。
ひょんなことから、
私は本当にサバカレーを作ってみることにした。
私が鯖を買ってきて圧力釜で水煮にするのが美味しくて好きなんだって言うのが始まり。
ましてやお店でサバカレーなんてメニューに載っていることだって見たことなかった。
そもそもとしてサバカレーなんて本当にこの世の中にあるの?と言うレベルである。
ちょうど、私が作った鯖の水煮がある。
筒切りにした鯖が三切れ。
トマトも三つあって、
トマトを細かくみじん切りにして、
味のベースにするってのを真似てみた。
実際は、鯖の煮汁と身を全部鍋に入れ、
細かく刻んだトマトを一緒に入れる。
これまた丁度いいことにS&Bのカレー粉がある。
これを目分量れ入れ、塩もして味を調える。
煮詰めていく過程、
カレーの香りがすごくして本格的なカレーにも勝るとも劣らない気がする。
途中味見をしてみると、
これが結構美味しい。
ああ、これがサバカレーか。
最低だな。
いや、ウソ美味しい。
とても美味しい。
生姜と一緒に煮て作った鯖の水煮、
ちょっと魚生臭かったけど
私が作ってもこれはもう一丁前のカレーだ!
すごく美味しい。
サバカレー本当最低だな!
美味しい!
この話はフィクションで、俺もこんな職場も存在しないし、出てくる人たちも存在しなくて、これを読んでる君もどこにもいないです。
今から5、6年ほど前に、俺はとある大型事務センターで派遣社員をしていた。
就職できなかったというより、仕事が出来ない無能な上に人中りして人間関係が酷く疲れる気質なので、新卒を短期間で蹴って逃げた俺は正社員として働きたくなかった。あんな思いをしながら生きるぐらいなら、いっその事死んだ方がマシだと真剣に思えた。phaや中島義道や斎藤環の本を布団の中でずっと読んでる様な、そんな時期だった。こんな社会不適合者にとって、ひたすらキーバンチャ―をするだけの派遣社員のこの仕事はまさに天職で、社会に出てからはじめて「俺は生きてても良いんだ。」と思えた。仕事帰りに出かける精神的余裕ができたのもこの時期だったと思う。社会不適合者にとって社会は厳しいけれども、俺でも受け入れてくれるぐらいには懐が広い。そう気づけた。
こういう誰でも出来て、なおかつ多くの人力を必要とする楽な仕事には、時給1000円そこらにも関わらず多くの人間が集まる。
主婦、他に働き口のない年配者、皮膚病がある人、身体障害がある人、精神疾患がある人、売れないバンドマン、社会生活を諦めた人。
みんな彼らを奇異な目で見る事も見られる事もない。若い女の子にちょっかいかけて迷惑がられる中年のオヤジもいたが、主婦層が若い女の子が嫌な目に合わないように囲ってオヤジを寄せ付けないように庇うシーンなんかも観た。
生涯非正規雇用でしか働いたことのない年輩者。漫画や映画のサブカルチャーに異様な詳しさを見せる30後半の男性。キャバクラに費やして借金を500万程背負って自己破産した躁鬱の中年。ネトゲ経由で女子高生と付き合って会うたびにセックスに興じてる話を嬉しそうにする20代半ばの日焼けしてない小太りの男。通信大学で勉強をすることだけを生きがいにしてる勉強好きな人。顔色の悪いその日ぐらしのデイトレーダー。リーマンショックで会社が潰れてからずっと派遣社員をしているこっちが心配になるぐらい優しくて人が良い男性。派遣をしながらアートの勉強をしていたが仕事に結びつかずそのまま派遣を続けてる女性。HSP気質が強すぎて大きな音を聞くだけで目に見えて動揺する女性。借金を抱えている上に子宮筋腫の手術を控えていて頭を抱えながらこれからの先を涙ながらに悲観する中年女性。本当にいろんな人がいた。当欠してもお咎めなし、生産性求められず、社交性無くてもウェルカム!この気楽さと中島らものような門戸と懐の広さに「派遣社員の制度は福祉」だとさえ感じた。もちろん突然消える人も多かった。
そんな中、俺が今でも一番印象に残っているのが派遣社員同士の一組のカップルだった。
彼らとは別の部署で直接接点はなかったが、休み時間に休憩室で勉強しているときに向かいに座っていたカップルの会話が耳に入ってきた。
どうやら二人は同棲しているようで、そろそろベランダのミニトマトが食べれそうだの、そんな話をしていた。
穏やかな口調で静かに話す30前半ぐらい思われるスピッツの草野マサムネに似た男性と、化粧一つしてない新興宗教リトルぺブルのクララさんに似た20後半ぐらいの女性だった。
二人とも素朴な感じで、見栄とか恨みとか憎しみとか、そういうものとは無縁のような、表現は悪いが人畜無害そうな、植物の様な、そんな印象を受けた。二人の間には確かに静かな時間が流れていて、誰も傷つけず、誰にも傷つけられないような、そんな二人が纏う空気が俺はとても好きだった。もしも俺の半径内で彼らに危害を加える人間が居たら全力で守りたい。そんな庇護欲にさえ駆られた。
時給千円だと二人の手取りを合わせて月の可処分所得はおおよそ28万円ぐらいになる。交通費は支給されない。二人が広げる手作りのお弁当を眺めながら、一体、どんな部屋に住んでいて、どんな生活をしているんだろう。と好奇心が湧いた。(が、最後まで接点はなかった。)
何も身につかない職場(しいて言うなら相手の眼を見れば躁鬱かどうかがわかるスキルは身についた。薬のせいか病気のせいか理屈はわからないが、躁鬱疾患者の目には特有のギラつきがある)で過ごし20代の貴重な数年を棒に振った俺は、月の半分が休みのような仕事に正社員として採用されたので、天職だと言えた派遣の職場を去った。
派遣の時代に比べれば可処分所得は倍以上になったが、忙しさや疲労度は増した。仕事帰りに出かける気力もなくなってきた。休みの日が多くなったが、寝ている時間も増えた。LINEは新卒時代に消したままだ。外部との連絡手段はgmailのみ。SNS嫌いの俺にはそれが心地よかった。友人の誘いを断ることが多くなり、連絡も途絶えるようになった。
職場にいるキラキラとした女性たちやイケイケでエネルギーに溢れる男性を目にすると、その表裏を帯びた見栄や世間体を感じてしまい、とても息苦しくなってしまう。息がつまりそうになる。ドッと疲れる。どうしても派遣時代の、良くも悪くも何事に対しても無関心な、山野一の漫画の世界をマイルドにした様なあの雰囲気が恋しくなってしまうのだ。
上司に「お前彼女はいるのか?」と聞かれた。素直に「いないです。」と答えた。
「若いうちに良い女をみつけとけ、ここはキレイどころ多いだろ、金持ってる女も多いしな」と上司は笑った。
もしもここで交際相手を見つけるなら俺は自分をひん曲げてでも人格や気質を変えていく必要がある。しかし、自分をひん曲げてまで彼女が欲しいと思える程のエネルギーは無かった。負け惜しみとかではなくて素直に交際相手が欲しいとは思えなかった。静かに寝ていたかった。
そういう時に、いつも派遣時代のあのカップルを思い出してしまう。
昇給もなく、雇用も切られやすい派遣社員同士で生活していくのは将来不安なことだろう。両親からの容認も難しいだろう。友人からの理解も難しいだろう。きっと「将来どうするの?」とか水を差されたりするんだろう。男性は「もっと甲斐性を持て。給料もらえる仕事につけ。非正規とかやべえぞ」と尻を叩かれ、女性は「そんな将来性のない男と一緒にいるの辞めたほうが良いよ先が無いよ」と窘められるのだろう。それでも二人は一緒にいる事を選んだのだ。そこには見栄も、経済的な豊かさも、時間に追われる事も、仕事のストレスもない。二人でのんびりと過ごせる、二人で居られる時間を選んだのだ。今の職場で働き出して、ようやくそれに気づいた。
「だから彼らは幸せ」というのは些か短絡的ではある。そもそも俺には二人のパーソナル的なものは何一つわからない。ひょっとしたら二人とも重度の精神疾患を患っていて共依存の様な関係なのかもしれない。それでも、様々な障害を差し置いても二人で居られる時間を二人で選べた彼らを、俺は心の底から羨ましく感じた。もしかしたら俺は二人の関係がずっとずっと羨ましかったのかもしれない。どれだけ金を詰もうが、どれだけ自分磨きをしようが、二人の様な関係性は簡単に築けるものではない。少なくとも彼らの人生における彼らの関係性はとても豊かな物だと、俺は思う。
今あの二人がどうしてるのかわからないけど、出来るなら今でも二人で幸せに暮らしていて欲しいと、時々ふと思う。上手くすべてが続いていけばいい。
「ポテトサラダくらい作れ」と言い放つクソい旦那がいると聞いて筆を執る。
我が家は、子供たちが物心ついたかどうかくらいの頃から、食器洗い器と乾燥洗濯機とを導入したもんで、ここ10年以上にわたり「皿を洗う」「皿を乾かす」「洗濯物を干す」「洗濯物を取り込む」をやってない。
世間では主婦がなすべきとされる家事作業を行う母親の姿を娘は見ることなく育ってしまったわけだ。
こう書くと我が家のことを裕福な家と思われるかもしれないが、我が家にはテレビがない。
テレビに費やしていたであろうお金を白物家電に掛けただけの話だと思ってる。
現実がファンタジーのようにはままならないからファンタジーが好まれる。
失われた30年によって、主婦がファンタジーに近い存在になりつつあり、会社における男性偏重社会が直らないままの日本では、主夫という存在はさらにファンタジーなのであった。
大人になってからアニメ・ゲームオタクになった。情報交換や交流をしたくてTwitterも始めてわかったのだが、TLを見てるとオタクは生活水準が高い人が多い。
そもそも金がないとゲームも漫画もグッズも買えない。特に同人ができる人はオタクとして活動できる経済力、時間、恵まれた環境を持ち合わせているのだろう。
極端だが、某政治家の孫などがいい例だ。
率直に言うと諸々の価値観が合わない。
購入したグッズの数で争ったり、ソシャゲで課金するのが当たり前という風潮。
おけパ騒動に垣間見る、二次生産者を頂点とするオタクのヒエラルキー。
TwitterなどもROM専になるのが自分は一番生きやすいと悟った。
あと、オタクになるのが遅かったせいか、自分は二次創作をしようとするとその事しか考えられなくなる。
主婦業をしながら、仕事をしながら創作している人もいるが、要領よく両立できない自分と比べてしまって惨めになる。
そういう人達と関わると自分がどういう思いをするか?安易に想像できてしまう。
自分はあいにく経済的にもコロナに影響されるワーキングプアだ。
同人を読んで休日を潰したり、絵を描いていて仕事に遅刻しかけたこともあったが、どれだけ二次元に時間を割いても実益は少ない。
急にオタクを辞めることは難しいが、原作を中心にほどほどに楽しもうと思った。
【追記】
ある人物の名前を間違えていたので、ぼかす方向で訂正しました…!
皆さんコメありがとうございます。
よく自転車で走行中、見ず知らずのおばさんや女子高生とすれ違う
普通に問題なく通り抜けられそうなのに、たまたま路上に何かあったとか
突然その女性が歩く方向を変えたとかでぶつかりそうになる
「びっくりした!!!!」
が出るのであるが、そのたび毎回
(俺A:ああ、あの女は今、俺のことを『こういう男が痴漢とかストーカーとかレイプとかするのよ怖い怖い怖い』と思ったぞ! 俺はただ偶然運悪くぶつかりそうになった(実際にはぶつかってない)だけだよ!!!!
ことに相手を避けようとして街路樹やガードレールに衝突の場合は
街路樹やガードレール衝突していなければ、あんた(女性様)にぶつかって
(俺B:いや相手はそんなこといちいち考えてねえよ! この自意識過剰バカ!!!!)
俺Aが正しいのか? 俺Bが正しいのか? 本当に謎で謎で謎で仕方ない
つまり、彼女らの「びっくり」は本当にただ純粋に驚きの感情なのか?