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2011-08-10

ハックルさんってプロモーションは上手いよね

http://anond.hatelabo.jp/20110810122334

という記事を書いたらこういう情報をいただきました。

岩崎夏海小説の読み方の教科書http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refBook=978-4-267-01885-5

もしドラ』以降、事実上初の岩崎夏海氏の書き下ろしは、「小説の正しい読み方」の指南書。 NHK総合課外授業ようこそ先輩」(7月9日放送)でも反響を呼んだ、「『もしドラ』流 読書術」のエッセンス。   「小説は、正しく読めばこれほど助けになるものはありません。 ぼくはこれまで、ぼくを生かしてくれたものは何かと問われれば、 まず真っ先に『小説です』と答えてきたくらいです。 ぼくは、小説を読み、そこから学ぶことによって、 これまで成長を果たしてきました。」(著者あとがきより)   (目次より〔予定〕) 第1章 ぼくの読書遍歴 第2章 ではなぜ小説なのか 第3章 小説歴史 第4章 なぜ『ハックルベリー・フィンの冒険』なのか 第5章 『ハック』の読み方(ストーリー編) 第6章 『ハック』の読み方(キャラクター編) 第7章 『ハック』の読み方(テクニック編) 第8章 小説の正しい読み方

タイトルだけ見て大爆笑した。



最近久々にブログでこういう事書いたと思ったらこれの伏線だったわけか。

もしドラ』を出してからというもの、世の中には小説の読み方が誤っている人、知らない人が多いということにも気づかされた。特にネット世界では、誤った批評というものが数多く見受けられた。そうして彼らは、その誤った読み方ゆえに、肝心の面白さを見逃してしまっているのだ。

それが、ぼくにはとても「もったいないことだ」と思われたのである小説も、正しく読めば、今よりずっと面白さを味わえたはずなのに、それをみすみす見逃してしまったのでは、お金時間も損である

そこで、そんな人が少しでも減るように「小説の正しい読み方をレクチャーすること」は、ぼくの一つの使命なのではないか――と考えるようになったのである。そうして、「小説を少しでも面白がれる人が増えれば、それは一つの社会貢献になる」とも考えるようになった。

やねうらおさんに思い込み激しいと言われて踏みとどまるわけはなく、むしろどんどん加速していってるハックル△。

どこでクリティカル突破してグラウンド・ゼロに到達するのやら。これからも目が離せない逸材です




ちなみにテレビ関係の人というか、手順を踏んで商品発売前に人を集めたり種を蒔いておくのは上手だわ。

逆に考えると、直前にあんまり人集めをしてなかった「エースの系譜」については

売れなくてもいいから彼が言う「正しい読み方」をしてくれる人にだけ読んで欲しかったんだろうかと考えるのはちょっと贔屓目かな。

種まきの仕方も実にテレビショッピング)の原則に忠実。


1 「少数の問題児」を発掘してそれにクローズアップする。

2 ***が出来ないと問題だ、可哀想だと煽る。○○の話題に人を集める

3 人を集めた段階で***の問題がきになるあなたにこんな商品ありますけどどうぞ、と提示する

4 1~3の流れを商品ありきのヤラセ=3から遡って問題をでっちあげ、ではなく心から困ってる人のために準備しました、という演出を行う。

 (客からすればお買得価格大事なんだけれど、あれも「お客様と私の中ですから」というアッサラーム的な演出でお客さんのいやらしさをフォローするのが大事



1~4をタイミングよく行っていくことで、商品の品質のチェックや、他の商品との比較が行われる前に短期間で売り切るのがポイント

ちなみにこれ私が考えたわけじゃなくて、「秋元康仕事術」とかいタイトルの本を立ち読みしたときに書いてたのでたぶんAKBもこの方式でやってる。



んで。

ハックルさんの強みは天然で4ができちゃうところなんじゃないかと。

僕らはハックルさんのことをよく知ってるからあんまりピンとこないかもしれないかもしれないけど、

ハックルさんの言動って、あんまり彼のことを知らない人が見たら、ネタなのかマジなのか判別が難しいところだと思う。

「よく知らない人」にはなんだか真面目そうだしいいんじゃない?って思わせられる。

これは今のやらせ臭さがプンプンするぜぇーなテレビ出版業界ではとってもイケてる性質じゃないかと。



実際4のみせかけの部分を「CSRマーケティング」とか言って売り込んでる業者さんに遭遇したことあるので結構大事だと思うんだ。

こういうところは素直に見習いたいけど、見習おうにもこの人の人の話聞かない&周り見えてないっぷりは真似しようと思っても真似できないのがツライ。

ハックルさん次は「真摯マーケティングドラッカーが教えてくれたビジネスで一番大切なこと~」とかの本を出さないかなー。

この人のいう真摯って私の思ってるのと違うんだけど、彼がこの言葉をどう捉えているのかすごい興味があるんだよ。




ちなみにこの本は11月発売だそうです

この本も私が買って、笑えるところは皆さんと共有する予定。

読むのめんどいけど読まずにハックルさんをDISるのはちょっと気がひけるという方は買わないでしばらく待っておいてくださいね

2010-09-13

新石器捏造疑惑

早いもんで日本中を揺るがした旧石器捏造問題から10年がたちます。

なんと今度は新石器捏造疑惑が持ち上がっているのです!しかも朝日新聞VS読売新聞という面白い対決になっています。

歴史界のスクープ合戦」として、なぜか「さおだけ屋はなぜつぶれないのか」の公認会計士山田真哉先生がこの事件の概要を説明していて知りました。

http://plaza.rakuten.co.jp/kaikeishi/diary/201009060000/

おおまかな流れは上のブログにあるとおりですが、なんだか面白そうなので、ネットに載っていない記事をさがしに図書館新聞めくってきたところ、以下のようなタイムラインでした。

7月9日夕刊の社会面で朝日新聞

遣唐使「円仁」の名刻んだ石板、中国発見

と、慈覚大師円仁(えんにん)が中国で残した石板をはけーーんと歴史スクープ!?

http://www.asahi.com/culture/update/0709/TKY201007090344.html

7月10日には朝日新聞文化面で、どうやって石板が見つかったかを渡辺延志記者が詳しく説明しているんですが、捏造疑惑が出た今よんでみると、この時点でかなり怪しいです。「上、上、中国人のお坊さんがタライを頭に落とそうとしている!」「後ろ!後ろ!円仁のふりしたお坊さんの幽霊が!」ってドリフを見ているような気分になりますよ。

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201007100161.html

例えばですね、

  法王寺の僧が訪ねてきたのは今年1月。住職の林慶仁さんに石板の写真を示し、「調べても中国には該当者が見あたらない」と、そこに刻まれている「円仁」についての説明を求めた。驚いた林住職が、酒寄雅志国学院栃木短大教授相談し、研究が始まった。

 おいおい。「円仁WHO?ゴゾンジデスカ?」って、とりあえず日本に来る前にググれかす!あっ、グーグル中国から撤退したんだっけ。

 「あの~、もしかしてオタクのお寺さんに円仁さんいませんか?」とかいきなり門を叩いたのだろうか。円仁さんは天台宗のお坊さんでしたので、普通比叡山延暦寺に行きそうなものですが、専門の僧侶の多い比叡山を避けて、なぜか生誕の地の栃木にわざわざいくという怪しさ。

もうひとつ例えば

  巡礼行記に、法王寺に立ち寄ったとの記載はないが、鄭州を出た日に「仏教は東へと伝わる」と記していた。石板の冒頭の一節とよく似た認識だ。

 これも今だから、ではありますが。「そりゃ、ぱくったから、よく似ていて当たり前だろ」と突っ込みたくなりますね。

一番興味深いのは、

  書道史の見地からは「唐代の楷書(かいしょ)として疑問はない」(書家飯島太千雄氏)、文体には「日本人が書いた漢文特有の雰囲気がある」(気賀沢保規明治教授)などの評価を得た。 <<

 と、専門家が御墨付きのコメントを寄せているのですが、最初にでてる「疑問はない」としていた飯島さんというのが、なんと今回の捏造疑惑を暴いてしまったのです!朝日新聞にしてみれば青天の霹靂といったところでしょうか。

 ちなみに9月6日の読売新聞紙上によりますと、飯島さんは最初から疑いを持っていたそうで、「2枚目があろうとなかろうととても本物とは認められない」としていますし、「発掘以外で見つかったものはかなりの確率で偽物と疑うのは常識」とおっしゃっていますから、むしろ、飯島さんが最初の記事で自分の話が「疑問はない」となって青天の霹靂だったのかもしれませんが

ともかく、

朝日新聞スクープをうけて、7月10日には読売新聞が夕刊で、7月18日に持ち込まれたお寺さんの地元下野新聞ニュースにしています。

こうして歴史の新たな1ページが書き込まれた、と思いきや、忘れたころに衝撃的なスクープがでました。

8月27日に読売新聞社会面で

「円仁の石板」偽物か、寺出版の拓本と別物

とやったのです。

http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100827-OYT1T00018.htm

リンク切れです)

中国法王寺が「この世に一つしかない」といっている石板の拓本(墨をつけて写した紙)が2種類も見つかったのです。見つけたのはさきにでてきた飯島さんでした。

続いて、9月3日には、「ゴミの中に第二の石板、円仁の石板さらに疑問も」という第二弾の記事が出ました。後日掲載された写真では段ボールゴミの下に埋もれていたのか、隠されていたかのようでした。しかも、痛いことに、まわりの模様がちょうど1センチ間隔で、現代のメートル法が使われていたのです。冒頭の山田先生ブログでも、メートル法のところが強調されていて噴きました。

下野新聞は同じ日に「本物?偽者?広がる論争 文言同じ2種類存在 中国で確認「円仁の石板」と、「危ないな、でも地元だし、信じてあげたいなあ」という感じでフォローしています。

http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20100903/376063

そして、面白いのは、同じ日の朝日新聞にもひっそりと、「2枚目の石板見つかる」と書いていたのです。しかし、偽物説には触れず、これだけを読む限りでは「円仁さんは1枚目を作ってみたけど、ちょっと構図が気に入らないからもう1枚作ったみたい。むしろ本物度が高まるんじゃない?」というトーンでした。ネットには載ってませんでした。

メートル法がなければ、「へえ、そういうこともありなのかな」と感じて、とりわけおかしいと思わなかったかもしれません。

このまま、逃げ切れるかと思ったら、9月6日には読売新聞がだめ押しの詳細な記事を文化面にアップしてしまいました。この記事であげられたいくつもの問題点クリアして、本物の円仁の石板とするには、偶然に偶然を重ねるようなアクロバティックな理論を展開しないとならないでしょう。なにより最大にして、一番目に乗り越えないといけないハードルはやっぱりメートル法存在ですよね。

果たして朝日新聞は反論できるのか、それともほっかむりするのか。そして、毎日新聞は、いつ、どちら側に参戦するのか。ところで私が家でとっている日経新聞に出ることはあるのか。楽しみですね~。

つまり、言いたいことは、中国にはこれからも日本人ガンガンだまされるよ、ってことではなく、捏造問題も10年がたち、旧石器から新石器(石板ですが・・・)に進化した、ということです。

さいなら~

2009-07-10

「7・5新彊事件」が暴いた権力闘争の醜態

新彊利権構造にメスを入れようとした団派を江沢民派が強く妨害

9・11テロ事件」に由来するかのように新彊ウィグル自治区騒擾を「7・5新彊事件」と多くの華字紙が命名し始めた。

民族対立の根深さが露呈したが、一方において中央の権力闘争がある。

その醜悪な側面はこうである。

すでに小誌が分析したように「新彊覇王」こと、王楽泉・党書記は腐敗の象徴、新彊のプロジェクト利権を総覧し、政敵をばったばったと倒し、山東省閥で周囲を固めた。北京五輪前後から、そのあまりの腐敗ぶりを「団派」(胡錦涛主席の出身母体)が攻撃目標としてきた。

胡の右腕・李克強(政治局員)は手勢の秘書軍団のなかで、ふたりの副官のスキャンダルを賀国強に握られ、胡錦涛が不在中に賀ら上海派は習近平ら太子党と組んで、李を追い詰める手はずが組まれていた(博訊新聞網、7月9日)。

このスキャンダル情報温家宝首相側近からもたらされ、内蒙古赤嶺山西省臨分、遼寧省本渓、黒竜江省鶏西などの銀行口座に李克強の手勢らの不正蓄財の口座の証拠が挙がっているという。

表面的には広東省書記の王洋と新彊ウィグル自治区の王楽泉との対立があり、このバランスを崩すためにも、不正蓄財の材料は、それがでっち上げであれ何であれ、重要ファクター、一気に政局を変えることが出来る。

かつて1979年、トウ小平四人組追い落としのために葉剣英、華国鋒の力を梃子とした。89年天安門事件は李鵬ら守旧派にとって、目の上のたんこぶ=趙紫陽追い落としの絶好の機会を与えてくれた。

上海江沢民残党」「広東の反王洋(アンチ団派)」が、この場合、呉越同舟した。

江沢民に近い王楽泉のポストを守り、むしろ厄介者の王洋を失脚させる。そのためにはスキャンダルでっち上げてでも、李克強の政治力を弱める。そして胡錦涛イタリアのG8サミットに出かけた隙を突いて、留守番チームが団派の政治力をそぎ落とすという筋書きだった。

公安筋を牛耳る周永庚も、どちらかと言えば上海派である。

上海派が張り巡らした利権構造上海メガロポリスから北京中南海をも猖獗し、正義より腐敗を、公正より不正を愛する権力亡者らが党の権威を嵩に、やりたい放題の金儲けに没頭してきた。

上海派のモットーは「何事も政治的事件がおこらず平穏にカネを稼ぐ」。

正義感の残る団派の若手にとっては許し難い奴らである。

王楽泉が蓄財した金額は天文学的であり、新彊ウィグル自治区の武警、軍はもとより党組織の末端細胞にまで腐敗のお裾分けが配られ、あたかも王楽泉の私党、私軍とまで言われるほどだった。

9日、胡錦涛北京に帰国し、九人の政治常務委員全員が出席するという異例の会議が開催された。


東トルキスタン独立は夢か

新彊ウイグル自治区歴史的にも文化的にも文明的にも、もともとウィグル人の土地であり、1944年から1949年まで「東トルキスタン」という独立国だった。

中国植民地獲得を目的東トルキスタンに侵略し、ウィグル指導者宗教指導者多数を殺戮し、新たに漢族の入植を政策的に進めた。

東トルキスタン独立死滅せられ、「新彊」という土地名がつけられた。新しい辺境、という意味である。

侵略軍は1949年から53年にかけて新彊に進駐し、農地を開墾してそこにどっかと居座る。この駐屯部隊は北京天津江蘇省湖南省そして山東省の兵隊から成り立っており、合計33万人の軍隊が駐屯を開始した。

以後、1962年から66年にかけては上海若者およそ十五万人が送られた。

他方、1949年から1984年にかけて、300万の漢族ほかの異民族が移住し、ウィグル自治区の北部一帯をしめる。シルクロードの北側、天山山脈の雪解け水に恵まれ、古くからオアシスが多い。当時、新彊ウィグル自治区人口は約1000万人。三分の一が漢族となった。

ただし新彊ウィグル自治区の南方は土着の民が多く、漢族の入植はきわめて少ない。理由は核実験場と、工業化に向かない土地だから。

98年からの西部開発政府プロジェクトは、この北部の漢族居住区が対象とされ、ガス、石油開発、高速道、橋梁鉄道、官舎、駅舎などのプロジェクト漢族企業が独占し、ウィグルの民は農業に従事しているだけだった。新田開発も、移住してきた漢族にのみ供与された。

ウィグル農民と漢族の都会生活者との所得格差はますます開いた。

警察、軍、金融銀行石油化学、ガス、行政組織教職等々、近代化に必要な職種はほぼ漢族が手中とした。

ウィグルの民には現場労働やリキシャ、個人商店、羊肉レストランいがい、進出できる職場もなく、まして教育現場北京語強要され、ウィグル語しか喋れないウィグル人は教師の職も追われた。

「とくに原油、ガス、石油化学従業員にはひとりのウィグル族もいない」(BOXUNNEWS、7月7日付け)。

アルカィーダやアラブイスラム原理主義過激派は、貧困が原因である。

ウィグルから多くの若者国境を越えてアフガニスタン入りし、アルカィーダの秘密軍事基地で訓練をうけていた。

新彊ウィグル自治区のウルムチ市内は戒厳令下、街は静寂を取り戻した。街のいたるところに軍隊が駐屯して目を光らせている。力による平定。これが平静である。

それが如何に表面的なことかは共産党自身が知っている。

ウイグル争乱 - ラビア・カディール女史は記者会見写真を見せながら言った。「偽物、合成です」。

華(はな)も(西側の批判の)嵐も踏み越えて行くが共産党のいき(のこる)道

G8で、胡不在の穴を埋めた国務委員、突如「ドル基軸体制」を攻撃した

「ウィグルの母」=ラビア・カディール女史は記者会見写真を見せながら言った。「偽物、合成です」。

あの南京大虐殺とかの、合成写真、偽物写真オンパレードを思いだした。新華社を通じてプレスに配給されたウィグル暴動の写真、多くは偽物、場所も時間も異なる明確な証拠を示してカディール女史が記者会見に臨んだ。

http://www.chinadaily.com.cn/

(↑ このサイト写真<1>を参照)

逆に漢族の優位を証明する写真もある。手に手に混棒、ぬんちゃく、スコップを凶器替わりにもった漢族の自警団(?)、みんな体格が言い。つまり軍の「便衣隊」である。漢族の軍は漢族を守り、かれらがウィグル族を殺傷する現場を傍観していた、という。孫子兵法は言う。「やられる前にやれ」。

そして場所はイタリア。西側先進国からウィグル弾圧、人権蹂躙を非難される前に中国は反撃攻勢を仕掛けた。

G8の晴れ舞台胡錦涛不在の代理演説をした国務委員は「ドル通貨基軸は不公平、ドル支配体制は代替通貨が必要だ」と、あたかも中国非難をすりかえるごとき先制攻撃にでた。

中国代表の演説は、オバマ大統領の目の前、ブラウン首相もいた。しかしブラウンは言った。「おっと、聞いていなかった。しかし大事なことは世界経済が回復軌道に乗りかけているときに重大な変化をもたらすような発言(は慎しむべきだ)」(フィナンシャルタイムズ7月9日)。

新彊ウィグル自治区の騒擾をおさめるために胡錦涛が言ったのは「一刻も早い治安回復」。公安担当の孟建柱が続けた。「責任者を(死刑を含む)厳罰に処す」。世界ウィグル会議は、拘束された1400名余りの殆どがウィグル人であり、漢族が武闘による殺害をしたが、その犯人は捕まえていない、と記者会見している。


▲新彊ウィグルレアメタル埋蔵を確保したあとはアフガニスタンへ照準

そして、この緊急事態をもろともせずに、中国国有企業アフガニスタンで銅山開発の大工事を始めた。CMGC(中国冶金集団)と江西銅業は、アフガニスタン歴史始まって以来の数十億ドルもの資本を投下し、カブール近郊のアイナク銅山開発を正式に開始した(チャイナディリー、7月10日)。

同銅山は1974年に発見され、ソ連技術者が試掘を繰り返した場所。埋蔵推定1300万トン。

中国はアイナク銅山に28億ドル強を投下し、ほかに毎年4億ドルアフガニスタン政府に操業費用として支払い、かわりに年産20万トンの銅を産出する。同銅山はほかに数億トンの鉄鉱石埋蔵があると見積もられている。

2009-07-09

ウィグル動乱。王楽泉書記を更迭か?

ウィグルの争乱を「テロリストが扇動した」と一方的な情報で原因を分析して見せたのは王楽泉・新彊ウィグル自治区委員会書記(つまり新彊のボス)だった。

ところが中央政治局常任委員は誰も、王の意見に同意しなかった。かといってすぐに結論を出せず「胡主席の帰国をまって決定」という次第になったと多維新聞網(7月9日付け)が報じている。

同紙のインタビューに応じた民主活動家中華連邦制を主唱する王軍涛は「温家宝首相がひとりだけ暴力弾圧に反対したが、習近平は自らの考えを表明しなかった」と言う。

だからイタリア重要サミットをうっちゃって胡は慌ただしく北京へ戻った。

王楽泉は評判すこぶる悪く、過去十六年、新彊ウィグル自治区の党書記をつとめ独立活動家テロリストと言い張って血の弾圧を強化し、一方で弟など山東省人脈を周囲に固めて利権を掌握、あらゆる汚職のドンと言われた。

とくに王楽泉が強い批判の的となってのは数万のウィグル娘を山東省工場へ送り込み、低賃金で働かせた上に山東省男性との結婚強要斡旋したり少数民族への差別的扱いである。

王は年初から更迭の噂が流れていた。

ウイグル騒乱、胡錦涛主席イタリアサミットを中途退席して帰国

習近平(副主席)が事態の収拾に陣頭指揮。軍を増派、血の弾圧を正当化

あの「通州事件」は、おそらくこのような筋書きだったのだろう。

警備の任にある保安隊が在留邦人の名簿を密かに収集し、ある日突然、日本軍の手薄をついて襲撃を開始、これ以上の残忍な殺害方法があるかというほどの残虐な手法で、日本人二百数十を殺害した。

ウィグル族の東トルキスタン独立運動地下組織を炙り出す方法は、いったんデモを許可し、デモ隊に紛れ込んだ特殊部隊公安スパイ暴力行為にでる。

デモを呼びかけた「世界ウィグル会議」をテロを煽ったという罪をなすりつけ、カディール女史の西側のおける名声をおとしめようとする。ダライラマを口汚くののしる遣り方と同根である。

弾圧の口実をつくり、デモ隊に発砲して指導者を消し、さらには「ウィグル人は暴徒」と宣伝して、活動家を一斉に逮捕・拘束する。これは共産党常套手段であり、驚くには値しない。

漢族はウィグル族を奴隷としか認識していないので、この機会に便乗して徹底的な殺戮を繰り返す。

武装した漢族のウィグル人襲撃、ウィグル商店街破壊行為に軍も警察もみてみないフリをしている。

ついでウィグル思想指導者でもあるイルハム・トカティ(中央民族大学教授)を7月7日に拘束した模様(博訊新聞、7月8日)。イルハム教授は穏健派だが、ウィグル歴史的文化的価値を尊重することを呼びかけていた人物として知られる。


北京にもどった胡錦涛はどんな命令を下すか?

そして滑稽なことに中国外交部は「オランダドイツ中国大使館の安全と尊厳を守るように要請した」(人民網、7月8日)

オランダ中国大使館前には200名近いデモ隊が現れ、ウィグルの弾圧を許すなと訴えた。

ドイツでもミュンヘン領事館に火炎瓶が投げられた。

このように過剰に反応する手段も政治宣伝の一環。過剰な自己防衛は、在日朝鮮族がときおり不利な政治状況に陥ると、通学中の女子学生民族衣装ナイフで切られるという「年中行事」にも似ている。

一方、中国共産党指導部にはかなり深刻な動揺が拡がり、対策チームが発足した。

胡錦涛不在のことゆえに次期総書記に有力とされる習近平の「腕試し」にもなる。胡錦涛チベット自治区書記の時代に、徹底的に「暴乱を鎮圧した」功績によって、トウ小平に認められた。

習近平も、ウィグルの反乱を力で平定し、いかに「安定を確保するか」の政治的力量が問われる場面でもある。

対策チームは習近平を基軸に周永康(中央政治常務委員)、王楽泉・ウィグル自治区書記、孟建柱・公安部長らが出席して騒乱を「テロ」と位置づけた(多維新聞網、7月9日) 

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