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2009-11-29

http://anond.hatelabo.jp/20091129121040

http://en.wikipedia.org/wiki/Megalopolis_(city_type)#Asia

うわほんとだ。なんだこれ。ノートコメントしておこうかね。



追記:とは言え、この「東海道メガロポリス」ってあれか。高度経済成長期にめっちゃ栄えた地域の事だべ? 太平洋ベルト地帯とかも含めての話だべな?

だとすれば、その頃は確かに、大分県新日鉄だの昭和電工だのがバンバン進出して来て、他県からも人口が流入して、市街地ではほとんど方言も消え失せてしまった程だからなあ。他の県の市街地ではどうなのか知らんけど。

そんで今じゃ、市街地ではない所から市街地の高校に通う事になった子は、最初の1ヶ月ほど、方言を珍しがられるという目に遭う。

日本は狭過ぎると思われ。

東海道メガロポリス」という言葉を習った気がするのだが、

それで行くと、関東地方はおろか、中部近畿までが「大都会」と扱われてしまう。

所詮は新幹線で数時間の距離。飛行機で移動するまでもない距離。

日本田舎vs都会っつーてもお隣さん同士だ。

アメリカ論文をそのまんま真に受けると大変な事に成る。

                 〜T/H

2009-07-10

「7・5新彊事件」が暴いた権力闘争の醜態

新彊利権構造にメスを入れようとした団派を江沢民派が強く妨害

9・11テロ事件」に由来するかのように新彊ウィグル自治区騒擾を「7・5新彊事件」と多くの華字紙が命名し始めた。

民族対立の根深さが露呈したが、一方において中央の権力闘争がある。

その醜悪な側面はこうである。

すでに小誌が分析したように「新彊覇王」こと、王楽泉・党書記は腐敗の象徴、新彊のプロジェクト利権を総覧し、政敵をばったばったと倒し、山東省閥で周囲を固めた。北京五輪前後から、そのあまりの腐敗ぶりを「団派」(胡錦涛主席の出身母体)が攻撃目標としてきた。

胡の右腕・李克強(政治局員)は手勢の秘書軍団のなかで、ふたりの副官のスキャンダルを賀国強に握られ、胡錦涛が不在中に賀ら上海派は習近平ら太子党と組んで、李を追い詰める手はずが組まれていた(博訊新聞網、7月9日)。

このスキャンダル情報温家宝首相側近からもたらされ、内蒙古赤嶺山西省臨分、遼寧省本渓、黒竜江省鶏西などの銀行口座に李克強の手勢らの不正蓄財の口座の証拠が挙がっているという。

表面的には広東省書記の王洋と新彊ウィグル自治区の王楽泉との対立があり、このバランスを崩すためにも、不正蓄財の材料は、それがでっち上げであれ何であれ、重要ファクター、一気に政局を変えることが出来る。

かつて1979年、トウ小平四人組追い落としのために葉剣英、華国鋒の力を梃子とした。89年天安門事件は李鵬ら守旧派にとって、目の上のたんこぶ=趙紫陽追い落としの絶好の機会を与えてくれた。

上海江沢民残党」「広東の反王洋(アンチ団派)」が、この場合、呉越同舟した。

江沢民に近い王楽泉のポストを守り、むしろ厄介者の王洋を失脚させる。そのためにはスキャンダルでっち上げてでも、李克強の政治力を弱める。そして胡錦涛イタリアのG8サミットに出かけた隙を突いて、留守番チームが団派の政治力をそぎ落とすという筋書きだった。

公安筋を牛耳る周永庚も、どちらかと言えば上海派である。

上海派が張り巡らした利権構造上海メガロポリスから北京中南海をも猖獗し、正義より腐敗を、公正より不正を愛する権力亡者らが党の権威を嵩に、やりたい放題の金儲けに没頭してきた。

上海派のモットーは「何事も政治的事件がおこらず平穏にカネを稼ぐ」。

正義感の残る団派の若手にとっては許し難い奴らである。

王楽泉が蓄財した金額は天文学的であり、新彊ウィグル自治区の武警、軍はもとより党組織の末端細胞にまで腐敗のお裾分けが配られ、あたかも王楽泉の私党、私軍とまで言われるほどだった。

9日、胡錦涛北京に帰国し、九人の政治常務委員全員が出席するという異例の会議が開催された。


東トルキスタン独立は夢か

新彊ウイグル自治区歴史的にも文化的にも文明的にも、もともとウィグル人の土地であり、1944年から1949年まで「東トルキスタン」という独立国だった。

中国植民地獲得を目的東トルキスタンに侵略し、ウィグル指導者宗教指導者多数を殺戮し、新たに漢族の入植を政策的に進めた。

東トルキスタン独立死滅せられ、「新彊」という土地名がつけられた。新しい辺境、という意味である。

侵略軍は1949年から53年にかけて新彊に進駐し、農地を開墾してそこにどっかと居座る。この駐屯部隊は北京天津江蘇省湖南省そして山東省の兵隊から成り立っており、合計33万人の軍隊が駐屯を開始した。

以後、1962年から66年にかけては上海若者およそ十五万人が送られた。

他方、1949年から1984年にかけて、300万の漢族ほかの異民族が移住し、ウィグル自治区の北部一帯をしめる。シルクロードの北側、天山山脈の雪解け水に恵まれ、古くからオアシスが多い。当時、新彊ウィグル自治区人口は約1000万人。三分の一が漢族となった。

ただし新彊ウィグル自治区の南方は土着の民が多く、漢族の入植はきわめて少ない。理由は核実験場と、工業化に向かない土地だから。

98年からの西部開発政府プロジェクトは、この北部の漢族居住区が対象とされ、ガス、石油開発、高速道、橋梁鉄道、官舎、駅舎などのプロジェクト漢族企業が独占し、ウィグルの民は農業に従事しているだけだった。新田開発も、移住してきた漢族にのみ供与された。

ウィグル農民と漢族の都会生活者との所得格差はますます開いた。

警察、軍、金融銀行石油化学、ガス、行政組織教職等々、近代化に必要な職種はほぼ漢族が手中とした。

ウィグルの民には現場労働やリキシャ、個人商店、羊肉レストランいがい、進出できる職場もなく、まして教育現場北京語強要され、ウィグル語しか喋れないウィグル人は教師の職も追われた。

「とくに原油、ガス、石油化学従業員にはひとりのウィグル族もいない」(BOXUNNEWS、7月7日付け)。

アルカィーダやアラブイスラム原理主義過激派は、貧困が原因である。

ウィグルから多くの若者国境を越えてアフガニスタン入りし、アルカィーダの秘密軍事基地で訓練をうけていた。

新彊ウィグル自治区のウルムチ市内は戒厳令下、街は静寂を取り戻した。街のいたるところに軍隊が駐屯して目を光らせている。力による平定。これが平静である。

それが如何に表面的なことかは共産党自身が知っている。

2007-12-18

情報伝達

光の速さは秒速約30万キロだそうだ、とても速い、そしてそれより速い物はこの世に存在しないらしい、詳しいことは知らない。

30万キロ、つまり光の速さは無限でなく有限なのだ、ということはこれからの情報の伝達の大きなネックになるのではないだろうか。



光、それは一秒間に地球を7周半まわる、これを遅いと感じるか速いと感じるかは人それぞれだと思う。

たとえば日本からアメリカメールを送るとする、(サーバアメリカ時にあるは?、とかそんなの気にしない)、そしてそれに機械で瞬時に返信する。

これは人間からすると本当に一瞬だろうと思う。

しかし、決して送信と返信が同時になることはない、光の速さ、情報処理の速さが無限ではなく、有限だからだ。

僕はその僅かな時間がこれからの通信の壁になるのではないかと思う。

専門家ではないから詳しいことは知らない、だがこれを解消する方法は無いのではないか。



火の鳥」という漫画を読んだことがある。

そのなかで、大きな都市に多くの人が集まりそれ以外の場所には人が全くいない、というのがあった。

メガロポリス」そんな名前の都市があったような気がする、詳しく覚えていない。


先ほどの問題を解消、軽減するには「火の鳥」のように、「情報を発信する側」「情報を受信しそれに反応する側」の距離を近くするしか無いのではないだろうか。

そうすることによって、情報が移動する距離を短くし、処理を速くする。




車が自動的に動き、事故を回避する、そんな時代が来るかも知れない。

全ての移動物自転車などには位置を測定する(GPSみたいな)装置を付け、それを一カ所に集め情報を解析し、その移動物動詞が衝突しないようにしなければならない。

それには、今の人工衛星のような物では駄目なのではないか。





情報伝達限界論。

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