はてなキーワード: 植民地とは
先に結論から書くと、グローバル化のことは、「外資系社員ではなくて、中小企業のオヤジに聞け」ということ。
外資系の人は、大企業の人間に聞くよりはマシだろうけれど、かなりのポジショントークにならざるを得ない。
日本が好きで、日本のことを思い、本当にヤバいという焦りの気持ちを、叩かれるのを覚悟で率直に伝えてくれたのだとしたら
私はむしろ感謝すべきなのかもしれない。それでもあえて苦言を呈したい。
論点が盛大にずれている。というかこれポジショントークだよ。
彼は正しく現実を観て、正しいことを言ってるとは思うけれど、意識的にか無意識的にか、自分のポジションの価値を上げるよう誘導する表現をしている。
グローバル化についてはドラッカーがまだ邦訳されてない論文でこういうことを言っている。適当に要約するとこんな感じ。
まるでグローバル化そのものに価値があって、それに適応することが自分の価値を高めるかのようなことをまくし立てる愚か者のことだ。
グローバル化と呼ばれる流れで変わるのは、単に競合が国内にとどまらなくなるということだけだ。
どれだけ価値を生み出せるか、どれだけ高い生産性を保つか、という今まで私がしてきた問こそが重要であるという事実は変わらない。
新しい競合と比べて、より高い価値を提供できるか、それだけが問題なのだ。
英語や最新のテクノロジーをみにつけても価値を提供できない奴は結局職を失うことになる。
グローバルという言葉に踊らされ、目新しいことをそのものに価値があると信じて意味のない努力をするのではなく、
今まで通り、目の前の客に少しでも価値のある仕事を提供するに自分をどう磨いていくかを考えろ。
繰り返す。グローバル化や最新テクノロジーそのものは技術の変化にすぎず、イノベーションではない。
イノベーションとは現在のサービスの価値を高め、新たな顧客を生み出す変化のことであり、それこそが重要なのだ。
考えなしに新しいテクノロジに乗り出せば成果が得られると思うやつは、考えなしに多角化して失敗した一世代前のエグゼクティブから何も学んでいない。
言ってることは上のtogetterと同じだ。でも印象が違ってくるのではないか?
どちらの説を取るにせよ価値のない仕事をしている、競合と比べて費用対効果が悪いバックオフィスは切られる。この結果は変わらない。
結果が同じならそれでいいじゃないか、という人もいるかも知れないが、そういう考えだと、外資系の人だけが潤うだけだ。
ドラッカーは上の人のように、グローバル化に乗り遅れなければ助かる、というようなミスリードはしていない。
英語なんぞを頑張るよりは、世界に誇れる仕事をして、新しい価値を生み出すことを考えろ。
何でもアメリカルールに揃えようとするな、それよりは自分らしいやり方で独自の価値で勝負しろ、と言っている。
上記記事は、失礼ながら形だけ見たら植民地化された国で、まっさきに奴隷監視役を請け負って中間支配でおいしい目を見ようとする類の人と変わらないように思う。
彼は善意でこういうことを書いてくれたと思うからこそ、この手の微妙な話は伝え方に気を使って欲しい。ちゃんと真実を、誤解のないように伝えて欲しいと思う。
ぶっちゃけ、彼の言いかただと日本やばいですよと煽った挙句に、問題は解決しないどころかよりドツボにはめる結果になりそうだ。
そして彼のような人だけが儲かる結果になる。そういう結果になった時、自分の言った発言に責任が取れるのだろうか。
せっかく外資系で、日本の中に閉じこもってる人より世界の現実を見てるんだったら、
いかにして日本はアメリカ流に屈せずに自立自存の道を歩めるかまでちゃんと「自分の頭で考えて」それを伝えて欲しい。そういう議論ができるのが外資系のいいところとちゃうの?
これって日本を知らないアメリカ人が自分たちの作法が絶対的に優れてるという前提で語ってることを、日本人側として素直に受け入れちゃってるような気がしてならない。
上の記事の人にはすみません。言いがかりみたいな記事を書いてしましました。完全に憂さ晴らしです本当にありがとうございました。
私が勤めてるSI企業ってのは、この人の何倍も腐ったアメリカマンセーなコンサルタントさんがですねうわなにw
なんだかんだ偉そうに言ってるシステム屋より、実際に海外と勝負して売れる価値を作ってる彼らのほうが偉いし、ずっとよく物事を考えてる。
10年前に公開された真珠湾攻撃の映画を思いついたように観て、
第二次大戦前、世界の有色人種のほとんどすべてが白人の植民地支配下で自立と尊厳を奪われている中で、
白人が優れているから有色人種は差別されても仕方が無いという当時の世界の「常識」を覆した、
記念すべき大事件だったのだ。
白人の専売特許と信じられていた近代科学技術を駆使して武装した飛行機をアジア人が操縦し、
戦艦を撃沈し、軍事施設を木端微塵に爆破し、白人を爆撃して蹴り散らしている。
当時どれだけの有色人種がこの光景を目の当たりにして、快哉を叫び希望と勇気を持っただろうか。
この映画はアメリカの国威発揚のために製作されたものであるが、
皮肉なことにも、世界規模で消費されるハリウッド映画であるだけに、
アジア人が白人をこてんぱにする映像を世界に放ったという点で、別の意味で衝撃的な映画と位置づけられたことだろう。
そして奇しくもこの数ヵ月後イスラム過激派によるテロが発生し、
真珠湾攻撃になぞらえられた。
実際はルーズベルトの謀略に嵌められただけと言えるし、
負けることは最初からわかっていたのだから、鉄則を守っていなかったという点で愚策ではあったのだろうと思う。
しかし、有色人種が近代科学技術を使って白人に対抗したという点で、
この事件は、宿命であったと言えよう。
先人たちの勇敢さに感謝しなければならない。
どうやら最近の流行りらしい。復興はどうなった?増税話で終わりなのか?デフレ脱却はどうなった?
毎度毎度の汗臭いオヤジ(想像)の煽り論調を耳にすると、はなはだ胸糞が悪くなる。
わたくしに言わせれば、自国を悲観し米国の力を過度に恐れる一方で、その内実では自国の力を過大評価するという二律背反した存在が今の日本人の姿だ。
これは、鬼畜米英の名の下に勝利の目算などない戦争に向かわせたあの苦い時代の心情そのものではないか。
大量のガセネタの中に潜む断片的な事実の欠片から真実に近づこうともせず、ただただ耳を塞ぎ、交渉に参加していないから真実は分からないと早々と諦め、
自らの利益すら主張できないはずだと恐れ、自らの殻に閉じこもりただただ悲観する存在。それが現代の日本人。嗚呼。
そしてTPPで国が変わるという馬鹿げた話が正当性を持つのであれば、こう言った方が余程正確だ。
TPPはこれまで我が国が締結した経済連携協定にほんのわずかなスパイスをまぶしたものに過ぎませんよ、と。
二十年も停滞しているのにまだ世界第三位の経済大国、米国から見れば第二位の貿易相手国である日本の天地がTPP如きでひっくり返るのならば、さぞやTPP
に参加した国々では社会が転覆するくらいの大変な事態になっているのだろう。残念なことにわたくしの耳が遠いのか、そうした話は聞いたことがないけどね。
日本の運命を変える程の協定ならば、米国人の多くが事実を承知しているはずだ。・・・やはり米国の陰謀だから自由の国でも緘口令が敷かれているのだろうか。
やはり自由の国というふれこみは嘘なのか、そうなのか。
そうだ、陰謀ならばきゃつらは手ぐすねひいて待っているだろう。日本の議論が煮詰まらないうちに丸めこめれば上等だ。だが何と日本の議論が煮詰まっていない
から交渉のテーブルに即座に付かせるわけにはいかないと言っているらしい。さてはこれも新手の陰謀なのか?
わたくしは、薄っぺらなこの国にふさわしい見掛け倒しの宰相であった菅直人の言葉を今になって少々見直している。そうだ、TPPは平成の開国だ。その通りだ。
開国すれば毛唐どもに食われてしまうと現代の日本人は恐れている。国を開き、列強と自らの力の差を正しく知覚し変えることができたからこそ、わが国は列強とも
伍していくことができたのではないか。その過程で問題や矛盾が無かったとは言わない。しかし知ろうとせず変われなかったアジアの国々のように列強の植民地に
堕ちれば良かったのか?違うだろう。
最後にTPPで国がひっくり返ると騒いでいる皆さんにお知らせです。
どうやらこの国の政策当局は、かの欧州とも同じような内容の経済連携協定の締結をもくろんでいるようですぞ。TPPの内容を更に環太平洋全域にまで拡大させよう
としているようですぞ。これから何度も国が転覆するような騒ぎがおこりますぞ。
全力で阻止しなくては。さぁ大変だ、大変だ。
ドジョウ宰相によれば「失われた二十年」をTPPで取り戻せるらしい。
TPP反対派は、弱者の敵だ!日本経済の敵だ!失業者の敵だ!被災者の敵だ!
さぁ神風がやってきた。さぁ大変だ、大変だ。
最近は長くなると誰も読まなくなるみたいだけど、読んでくれてありがとう。
【ルール策定は政治力で決まる 米韓FTAより酷いTPP】中野剛志
http://www.youtube.com/watch?v=NEf6bzEe1R8
http://www.youtube.com/watch?v=O9ghcF_M2CI
http://www.youtube.com/watch?v=-Qmac-tclMM
の要点を文章でまとめてみた。
どうも反市場主義者の偏見みたいな部分もあって、すべての意見に賛成できたわけではないけれども、実際の事例などを元に具体的に問題点を解説されており、概ね説得力はある。
もしも、TPPがよいものであると言うのであれば、ここで掲げられている問題点が杞憂であることを示し、同等かそれ以上に説得力のある意見を提示しなければ、単なる妄言としか受け止められないであろう。
TPP推進論者には、個々の間違いや重箱の隅への反論ではなく、これらを問題視することが根本的に間違っており、TPP受け入れにより大変なメリットを享受できることを、実例を交えてご紹介いただきたいものだ。
TPPに日本が加わったとしても、全体のうち(GDPが?)アメリカが7割、日本が2割と日米で9割である。実質、日米の貿易協定といえる。さらに、アメリカは輸出倍増戦略をとっている。TPPは日本にものを売りつけるためのものといえる。
米韓FTAや、アメリカ、カナダ、メキシコによる北米自由貿易協定(NAFTA)と似ており、アメリカに都合いいルールを押し付けられ、搾取される。
一般的には、関税の撤廃で物を自由に行き来できるようにし、公平な競争を促す協定であると捉えられている。しかし、かつてはそうであったが、70年代くらいからは意味が変わってきた。
それまでは各国の関税が高かったため、関税の撤廃が主眼に置かれていたが、70年代くらいからは関税が低くなり、農業以外の大抵の製品で関税は低くなった。そのため、関税の撤廃による自由競争よりも非関税障壁の撤廃、すなわち各国の制度を変更することが主眼に置かれるようになった。
各国の制度を変更するということは、相手の国の制度を自国企業に有利なように変更させることを意味する。そして、どのように制度を変更できるかは、その国の政治力によって決まる。
また、アメリカ企業は70年代以前よりも競争力が低くなり、公平な自由競争では他国企業に負けることも多くなった。そこで、アメリカの強大な政治力を利用して、他国の制度をアメリカ企業に有利になるよう変更させることで競争力を高める手段がとられ始めた。自由貿易協定の対象となる領域の範囲が広まったのも、70~80年代のことである。
80年代後半からは、日本はアメリカに頻繁に制度変更を強いられている。日本企業の努力は、勝手な制度変更によって台無しになる。オリンピックで浅田真央が苦しんだのと同じ構図だ。
現在、TPPの議論では、農業vsその他の産業といった形でしか情報が出ていないが、問題はそればかりではない。
韓国はコメ以外の農作物に関して、猶予はあるものの実質関税撤廃とする。また、アメリカの関税も撤廃してもらった。そして、関税撤廃を理由に、いくつもの不利な条件を飲まされることになったが、そもそも関税撤廃は韓国にとってそれほど大きな効果をもたらさない。
例えば韓国が得意とする輸出品である、自動車の関税は2.5%、テレビは5%と、もともと関税率は低かった。また日本企業もそうだが、韓国企業もアメリカでの現地生産を積極的に行っており、当然その場合に関税はかからない。このように、グローバル化を行うとそもそも関税はあまり重要でなくなってくる。また、さらに悪いことに自動車の関税は、アメリカの自動車メーカーが「脅かされている」と感じたら復活させることができる。
アメリカは韓国の自動車市場に参入しやすくするため、韓国に対し排ガス規制をアメリカと同じにすること、安全基準や排ガス関係の装置の設置義務をアメリカに一時的に猶予するよう要求した。また、小型車が有利な韓国に対し、アメリカは大型車が有利であるため、税制を大型車に有利になるよう変更させる。
農協、漁協など協同組合の共済保険や、郵便局の保険サービス、つまり日本で言うところの簡保をFTA発効3年以内に解体させ、アメリカの保険会社が参入しやすいようにする。
また、韓国で薬価が安く設定された場合に、アメリカの医薬品メーカーが韓国政府に不服を申し立てできるよう、第三者機関を設置する。
その他、法律・会計・税務事務所をアメリカ人が開設できるようになり、放送局の外資規制も緩和される。
これらのように、環境や安全に関する基準や共済保険のような相互扶助の仕組みなどを、アメリカ企業に有利にするために踏みにじられる。
また、もし韓国が他の国と貿易協定を結び、米韓FTAよりも市場開放した場合は同じ条件を自動的に適用できる制度も導入される。
さらに、ラチェット規定や投資家と国の紛争解決手続き(ISD)といった、問題の大きい制度も受け入れることとなった。
ラチェットとは、爪のついた、決まった方向にしか回せず、逆回転ができない歯車を言う。ラチェット規定とは、一旦、自由化や市場開放を認めると、今後は元に戻せないとする規定である。
例えば、アメリカに対して牛肉の自由化を認めた場合、仮にアメリカで狂牛病が発生したとしても、輸入を禁止することができない。
NAFTAで導入された、非常に問題の多い制度である。外国の投資家が、例えば韓国やカナダで、国の政策によって損害を受けたとき、世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに訴えることができる。国際投資紛争解決センターは、その規制が必要であったかは考慮せず、単に規制のせいで受けた損害のみを考慮する。また、非公開で、判例に拘束されず、上訴できない。圧倒的に投資家に有利な制度で、国家主権を制限してグローバル化を推し進めるための協定である。以下に、これまでにカナダ、メキシコ政府が訴えられたときの判例を紹介する。
こういった事例が頻発している。
米韓FTAでは、韓国はこのISD条項を受け入れた。ただし、アメリカが韓国を訴えることはできるが、韓国がアメリカを訴えることはできない。
また、仮に、双方に訴えることができるとしても、投資、訴訟はアメリカが得意とする分野である。アメリカは、自国に有利な分野に戦いを持ち込もうとしている。
このISD条項は、TPPでも導入が議論される。
TPP推進論者は、話し合いの場には参加して、合意できなかったら離脱すればいいと言う。ところが、そういったことをすると国際関係や日米関係を損なう恐れがある。
また、米韓FTAについて、韓国にもメリットがあるから合意したと言う者もいるが、そんなに単純な話ではない。合意したから双方にとってよいものであるならば、不平等条約や詐欺など存在しない。
力で押し切られるか、契約の当事者がバカだった場合、メリットの無い条約を結んでしまう。日本の場合、力はないし、当事者はバカだ。
韓国の場合は、アメリカに押しきられた。アメリカの要求があまりにひどいので、昨年11月までは抵抗しており、一旦決裂した。ところが12月に突然合意。その間に何があったかというと、北朝鮮の砲撃があった。米韓FTAに関して、国民には内容はほとんど知らされていなかった。
民主党の資料によると、ISD条項は、拒否したいルールではなく、導入したいルールに含まれていた。その理由は、日本企業が海外に進出したとき海外の政策によって不利益を被ったら問題を解決できるから。日本政府が訴えられる可能性を一切考慮していないし、地下水を汚染されても何も言えなくなる可能性も考慮していない。日本政府やTPP推進論者には、日本にとって有利になるルールとは何か、国益とは何か、それが全く分かっていない。
韓国の前大統領秘書官は「主要な争点において我々が得た物は何もない。アメリカの要求はほとんどすべて一つ残らず譲歩した」と述べており、官僚は責任をとらないと付け加えている。
TPP推進論者はTPPに対する不安を煽るなと言ってるが、この状況を羨ましいと思うのか。
もう手遅れで、抵抗しても99%無駄だろう。
管前首相が交渉参加の検討を表明し、マスコミはそれに賛成した。その時点で賛成してしまったので、今更反対に回れなくなっている。
マスコミが賛成したことに気をよくした政府は、国民の支持を得るため、開国フォーラムと称した説明会を行ったところ、騒ぎになった。この開国フォーラムは震災を機会に中止され、国民への説明は行われなくなった。
国民を説得することができなくなったので、現在は「交渉だけならいいじゃないか」と主張して、説明責任を放棄している。
米韓FTA締結でオバマがセレモニーを行うので、それに対し日本も遅れるなと煽る。反対の声は矮小化する。
TPPが結ばれることは、既に決まりきっている。TPPは条約なので、締結は国会の承認が必要だが、交渉参加表明は政府の専権事項で阻止できない。そしてその後は日米関係、国際関係から抜けられない。阻止する手段がなかった。
私はこれまで反対しつづけていたが、もう無理だ。どうしようもない。
農業が壊滅すれば、農林水産省はダメだ、構造改革しないといけない。俺たちならもっとうまくやっていたと嘯くだろう。
何かがダメになれば、グローバルな流れに乗り遅れて淘汰されたのだから、仕方ないと言うだろう。
TPP推進論者は、自己責任と他人に責任を押し付けて、自身は絶対に責任をとらない、新自由主義者である。
新自由主義者による政権として、サッチャー政権、レーガン政権、小泉政権があるが、敵が多いのに長命政権であった。負けたものの面倒を政府が見るのはおかしい、自己責任だ、と責任逃れをして、長期政権になる。
もうどうにもならん。植民地への道を。
サムスンってすごいと思うのよ。
iPhoneやiPadといったAppleの世界的な売れ筋商品を臆面も無くパクって、挙句の果てに本家のiPhoneやiPadを差し止めようと訴訟とか。
俺個人はパクリモノの GALAXY は絶対買わないけど、日本の家電メーカーの Android 端末なんてもっと情けない代物。SONYのタブレット業界2番宣言とか、東芝のREGZAフォンのスレの惨状とか見てると情けなくなる。
こういう日本の負けっぱなしの状況を悲観して、去年は坂本龍馬なんかが流行ったわけだけど、結局お話を楽しんだだけで、坂本龍馬なんてどこにも現れず。
Amazonの日本進出で日本の出版業界が危ない!黒船だ!って今更何言ってんのよ。Kindleが最初に出たのは4年前の2007年、どう考えてもこの日が来るのは分かってましたぜ。
楽天のRaboo/SonyのReader/ガラパゴスあたりのどれかがiOS/Android端末、Windows PC/Mac(要は全端末)に対応する電子書籍プラットフォームになればいいだけ。
正直、システム構築とマーケティングはそれなりに大変だろうけど、まあ先が読める範囲に収まるし、掛けたコストをはるかにこえる儲けはある、って素人でも想像がつく。
それでもうちの端末でしか読めないようにしてくれとか、薩摩だ長州だ、と言っているうちに、その儲けは、Amazon親方の総取り、日本の出版は植民地になろうとしている。
家電はやられっぱなし、出版もやられる、じゃあ日本はいいとこ無しなの?っていうと細かいところを見るとそうでもない。
例えば、文房具とか、最近だと財布とか、そういうこまごましたものは日本が最先端を行ってイノベーションの塊だったりする。食も含まれるかな?
そういう業界は知恵と技術を発揮できているのに、家電や出版は上手くいかないのはなぜよ?
違うのは掛金の大きさ。イノベーションできてる業界は、それぞれの小さい会社でも自分のリスクでチャレンジが出来る。家電や出版のような規模の業界ででイノベーションを起こそうと思ったら、大勢の利害関係者を説き伏せて、大金を掛けてプラットフォームを作る必要がある。
足りないのは知恵や技術ではなくて、大金を掛ける度胸のある山師。サムスンの鼻息の荒さ。
とはいってもそういう種類の、鼻息荒い山師って実際日本から絶滅したような気がするのよね。
まずは、90年代前半のバブル崩壊で、そういう拡大志向の人間はだいたい表舞台から消えてしまった。2000年代中期のITバブルの頃にそういう機運もあったが、ホリエモン逮捕とともに消えてしまった。
もう日本に大きな事をやる奴は本当にいないのよね。知恵と技術のある奴は小さく手堅く掛けるし、度胸のある山師は、知恵や技術が無いのでテレビとか携帯電話で国内の情弱相手に荒稼ぎ、未来に繋がるプラットフォームなんて一片も築かれはしない。
実際のところ、日本では神格化されてる坂本龍馬だって、日本の発展を見ることなく若死にしてるわけで、そんなリスクとって国の英雄になるなんてメリット無いよね〜ってみんな思ってるんだろうけど。
それよか、みんなの日本という国への帰属感自体が怪しいので、知恵と度胸と鼻息があったら、米国の東海岸なり西海岸に渡って、日本をやり込める側に回るほうがいいよね、って感じかね。
優れたSFはいつも現実のデフォルメなんだって思う。つまり、現実の日常のある部分を取り出して、先鋭化して、戯画化して
そうしてできた空想の産物が、むしろ日常の異常性を自然に僕たちに理解させる。空想だから、リアルなんだ。そういうのがいいSFってもんだ。
『たった一つの冴えたやり方』は泣けるってことで有名なSFだ。でも僕はその本題より、むしろディテールの部分に感動した。
やった!これでようやく宇宙に行ける!16歳の誕生日に両親からプレゼントされた小型スペースクーペを改造し、連邦基地のチェックもすり抜けて、そばかす娘コーティーはあこがれの星空へ飛びたった。
イーアは彼らの星で、ドロンという非常に愚鈍な生き物の脳に寄生する。イーアは彼らに「罰」と「報酬」を与え、ドロンの行動をコントロールする…。
まあ一見すれば、SF的な突拍子もない設定だなって思うけど。よく考えれば、つまり、なんていうかな、これって僕たちじゃない?ってこと。それに気づく。気づきが大事だ。
僕たちは「体」からあらゆる信号を受け取る。痛みは「罰」だ。痛みを受けるようなことをしてはいけないのだと僕たちは僕たちの「体」に教育される。
快楽は「報酬」だ。セックスに快楽が伴わなければ、とうに僕らとの僕らの体は滅んでいるだろう。
まとめれば「精神が体を支配しているのではなく、むしろ逆なのだ」みたいな陳腐な結論に至るんだけど、それを自然に気づかせる力がSFにはあり、その気づきの瞬間を僕は愛してやまない。
あらすじとしては
主人公の夫が事故にあった。助かる見込みがないので夫のクローンを作り、その体に脳を移植することになった。しかしクローンを作るのにはちょっと時間がかかる。その間夫の脳を保存しなくてはいけないのだが、夫の元の体は殆ど機能していないので、これを維持するには莫大なお金がかかる。主人公はその経済的な事情から、夫の脳を自分の「子宮」に保存することにきめた。
まあこんな感じだったか。間違ってるかもしれない。大事なのは、「他人の脳を子宮で保存すること」この一点だ。
これは、随分ショッキングな想定だと思う。ショッキングであることは大事だ。だって、気持ち悪いでしょ。いくら愛する夫だからって、他人の、脳を、自分の腹に埋め込むなんて。ぶっちゃけキモイ。
でもさでもさ、それは大変素直な感想だけど、でも、考えてみてよ、これって僕たちじゃん。というか、彼女たちじゃない?
女の人は妊娠する。それって極自然で、すばらしいことなんだけど、でも「他人の脳を子宮で保存してる」のは上のことと変わりない。さっきショッキングであることは大事だといった。ショッキングであることがショッキングなんだ。だって、いえないよ。妊娠が気持ち悪いなんて。でも、でも、なんてったってそれは同じことで、だから、やっぱり気持ち悪いんだ。
これに「気づいた」とき俺はなんて非道徳的なんだろうて衝撃と、こんなものを書いたイーガンに尊敬を覚えた。僕の解釈が正しいとは思わないというか、多分間違ってる。つまりよくない解釈なんだけど、でもイーガンすげえって思った。
併合は国際法上問題無かった
確実に有罪アウトー!ってわけではないだろう。
帝国主義批判で「植民地支配そのものが許されない」という論調は当然あるけど。
ただ、韓国は併合そのものに対して「謝罪と賠償」を求めてるわけではなく、
強制的に併合されたのが屈辱だと言ってるだけだから、なんか論点がずれてる気がする。
「韓国が望んだので日本は嫌々ながら併合してあげた」というのが間違いなのは、ほぼ確か。
これも事実っしょ。
メリットだけを取り上げるのは問題だけど。
名前の話
ということで、これは韓国人の主張と矛盾はしないんじゃないの。
ハングルの成り立ち
ハングルの普及については、日本の影響が大であったということで良いのでは。
一部で使われていたものを日本が広めたというニュアンスのようだが。
まあ、「間違っているなら反論できるはずだ」とは言うけど、
このあたりは「諸説あるうちの一つであり間違っているとは言わないが単純に肯定もできない」という感じだから、
余計に難しいんだよね。
待って。ちょっと分けて話そう。
あのスレの>>1の問題は、「韓国併合の国際法上の是非」「植民地支配の是非」「韓国併合による韓国側へのメリット」「現在の韓国人の心情」を一緒にしている点だ。
「併合は国際法上問題無かった」
っていう部分は本当なの?
これが繋がらないのはわかるよ。
心情とか内心の部分を言うような材料が無いのはわかる。
さっきも書いたとおり。
そういう「全体としてよくない」みたいな批判はブックマークにももうあるけどそうじゃなくて
「この部分が事実と違う」とかそういう話を聞きたい。
たとえば名前の話やハングルの成り立ちの話ってほんとなのうそなの。みたいな。
あのスレの>>1の問題は、「韓国併合の国際法上の是非」「植民地支配の是非」「韓国併合による韓国側へのメリット」「現在の韓国人の心情」を一緒にしている点だ。
だから、「併合により韓国にはこんなにメリットがあった」と並べ立てるだけで、「韓国併合に問題はなかった」「日本の植民地政策は肯定されるべき」「現代の韓国人は文句を言うべきではない」といったことまで証明した気になっている。
併合にメリットがあったことと、韓国人がそれに感謝するのとは、もちろん別問題だ。
たとえば、戦後日本はGHQの統治下で復興を果たしたが、だからと言って日本人全員がGHQに感謝しているわけではないし、GHQによって戦後日本は骨抜きにされたと憤る人もいる。
また、「韓国側が併合を望んだ」というのも、たしかに韓国内の親日派(一進会とか)の中には「日本と対等合併すべし」とする人もいたが、世論では併合には反対だったし、併合の決定はあくまで日本の都合によるものだった。
最初に極端な反対意見を例に取って、それを論破することで自論が正しいように見せかける藁人形論法だったり。
都合の良い証言(東京裁判でのパール判事とか)だけを取り上げて「日本は悪くない」と主張したり。
当然ながら、どんなに韓国人が愚かであることを説明したところで、韓国併合の正当化にも、韓国人を差別(「区別」と言い換えていたが)する理由にも、韓国人が日本の政治とマスコミを支配していることの証明にもならない。
さらに、それらの内容がすべて2chの嫌韓コピペのまとめサイトからの孫コピペに過ぎないという。
ソースの正確さ以前に、発言内容が偏見と詭弁に満ち満ちている上に、自分の言葉で語らない人間が信用されないのは当然だと思うが。
http://anond.hatelabo.jp/20110815225307
ということで先日はじめて台湾に行ってきた。
なんやかんや言って香港などよりも、下手すれば中国本土よりもずっと中国的なところだと思った。
中正紀念堂に書かれた儒教思想および日本で翻訳され中国にも輸出された近代西洋思想に基づく孫文の訓示。
美しい繁体字を皆達者に書く。
南京路とか重慶路とか中国の都市を基にした地名が非常に多くニューヨークなどと同じく植民地の地名そのものだった。
中国ではすべて横書きに統一しているが、台湾は日本と同じく新聞など模範的な文章は縦書きで書かれる。
香港では北京語は通じない。少なくとも、香港人は北京語を聞き取りはできても話せず英語のほうがよほど通じる。
名前も英名が公式に使われる。
台湾や中国でも最近は英名を名乗る人が増えたけど香港ほど公式ではない。
日本人ならダニエルとかマイケルとかメアリーとかキャサリンとかとても名乗れないだろう。
英国植民地の面影が色濃く残る香港やポルトガルのそれであるマカオはアジアの国とは思えなかった。
英語を母語としもはや漢字を読むことすらできない中国人とムスリムとインド系の街であるシンガポールは、
すでにアジアなのかどこなのかわからない無国籍国家という印象だった。
ベトナムも中国とフランスとが混交していてカオスな雰囲気を醸し出していたし。
日本語が通じる人もこれまで行ったどこの国よりも多かった。
片言の中国語で、英語と筆談の助けを借りながら住民と会話した。
我喜歓台湾と書いたら嬉しそうに笑った。
少なくとも西洋言語のみが全人類に受け入れられる世界共通言語になり得る。
何かを否定するにもそれを手段として使わなければいけないという時点で、それを否定できないことが証明されてしまう。
何が入用で何がそうでないかの判断はこのように割合容易につく。
言語はアイデンティティ(帰属意識、同胞意識)の確立の手段、という重要な機能を持つが
それがコミュニケーションの手段という機能を上回ることはない。
文化は発祥した地よりもむしろ影響を受けた衛星で保管されることも多いのではないかと思った。
どこの文化圏でも土着の文化よりも舶来の文物を珍重し上位に置く一定の傾向がある。
土着の文化は卑近で生々しいのに比べ舶来のものは「よく理解できない」ために神秘的だからだ。
日本語では大層難しく聞こえる漢語や外来語が、中国や西洋では子供でも使う日常語であることは多い。
儒教思想や陰陽五行思想はむしろ朝鮮で本家中国よりも忠実に継承されている。
お箸単独で食事をするのもやたらお辞儀をするのも深々と頭を下げるのも日本人特有の風習であるし、元号も今や東アジアで日本しか使っていない。
唐服に影響を受けあるいは呉服に起源を持つ?和服も今や日本の象徴である。
国家元首の名前と元号の名前を漢籍から採るということも中国ですらしてない。
格好いいというか、友だちになっておくと楽しいし得する感じ。
こないだブラックラグーン貸したら気に入ったらしく、
米国の植民地政策(友人は植民地じゃない所が大事って言ったけどよくわからんかった)についての研究とか
第二次大戦後の南米の政権交代の推移について調べてオススメの本とか紹介してくれる。
ただ、俺は銃の話とかしたかったんだがこっちには全く興味を持たなかったらしくて反応がなく寂しい。
でも、俺的には友人のほうが格好いいなと思ってしまった。
好みがよくわからんが、気に入った奴にはこっちが予想する以上にいい反応を返してくれるのが楽しい。
お勧めしててどんな反応が返ってくるのか考えたりとか、こいつが気に入りそうなのはなんだろうとか
http://en.wikipedia.org/wiki/Korea_under_Japanese_rule
このwikipediaの日本統治時代の韓国のページを見ていると、
"Seoul became the first city in East Asia to have electricity, trolley cars, water, telephone, and telegraph systems all at the same time"という記述があり驚いた。
そのソースはhttp://orias.berkeley.edu/summer2007/Summer2007Summaries.htm#SUNGの
Angus Hamiltonという人の記述によるものとなっている。
ちなみに”the first city in East Asia to have electricity”でググると2100件ほどヒットするが、
http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_Seoulにも使われている記述でもあり、ほとんどがソウルとなっている。
正直、日本の植民地前の韓国がどの程度発展してたのかという下衆な興味で調べており、
植民地支配による近代化やそれ以前の未発展さによって植民地支配を正当化することなどできないと分かってはいるが、
東京あるいは京都よりもソウルの方が発展していたのであれば、その時代の近代化の程度の認識を変えうるものでもあるし
そうでなければ、誤りを正す必要があるものであり、
どこそこの方が早かったでも、"all at the same time"という意味ならそうだとか、この本が学問上基本だろとかでもいいので
何か情報があったら是非教えてください。
(ついでに、そのhttp://orias.berkeley.edu/summer2007/Summer2007Summaries.htm#SUNGの上の記述で
ウヨ側にもサヨ側にもコピペで使われることで有名なイザベラ・バードの記述が用いられているが
1894年に初めて訪れた時の発展のひどさから1897年の再訪時のきれいな都市へのソウルの急変化の記述として引用されており
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20080827/copipeの話と一致する。
まあ、”the Japanese certainly played a role in Korean modernization. However, looking at the dates above, clearly a lot of development happened before the Japanese annexation”
それでいいじゃない。
竹島は自分の国の領土だったかもしれない。でも、欲しいと言うならあげればいいじゃない。
あげたってそこから消える訳じゃない。
強欲になれば相手も強欲になる。そんなに欲しいなら、あげるよというくらいの気持ちでいい。
絶対にあげない、絶対に嫌だといつまでも意固地になったってしょうがない。
身ぐるみはがされたわけじゃない。自分の持ちものを少しおすそわけするようなもの。
国家といえど人の集まり。人間らしさは持ってる。そんなに恐れる必要はない。
誰かが「ここは俺の物だ」と言っても、そんなものは実はむなしい。100年、1000年経てば記憶すら残らない。
強欲な国家だっていつかはそれに気づく。かつてある国々は世界中に植民地というものを作った。
でも結局、それらのほとんどは元の土地の人々へ返還された。その土地にはその土地にあった生き方がある。それを無理矢理変えるようなことは意味がなかったと彼らは気づいた。
だから、よこせと言われたらあげたらいい。
モノポリーで遊んだことはありますか。ビルやアパート経営を体験する4人くらいで遊ぶボードゲームです。
8つの大通りをすごろくの要領で進み、物件を買ったり、カードを引いてイベントをこなしていきます。
ボードを一周するとベーシックインカム的にお金がもらえます。説明書にはサラリーと書かれていたと思います。
このゲームが始まったばかりのときは、地主さんがいません。プレーヤーの誰かが土地を購入すると地主さんとして収益を上げられるようになります。
誰かが駐車場にとまったり、アパートやホテルをにとまってくれるのを待ちます。
同じ通りの土地を買い占めることができると収益が倍になります。
運良く、土地をまとめて所有するプレーヤーもいれば、点在する物件を所有するプレーヤーも出てきます。地上げ屋風情の交渉力で土地をまとめ始めるプレーヤーは最強です。
すべてのプレーヤーにある程度の収入があり、それなりにお金が動いているときが一番盛り上がります。
たくさんの物件を所有したときに出ると困るカードがあります。建物の修繕カードです。マンションの大規模修繕のように費用が一気に飛んでいきます。手持ちの物件が多いほど痛手になります。
終盤は、残った二人の一騎打ち。それぞれのプレーヤーの性格が露骨に出てきます。
ルールにもよりますが、資金がショートしたプレーヤーから抜けていくと、最後に残ったプレーヤーがすべての通りの物件を独占して勝者となりゲームは終わります。
ゲームなので、もう一回遊ぶときは、これまでの状況をリセットして、最初から始めれば、何の問題もありません。
このサイクルを現実に当てはめたとき、資本主義の問題点があきらかになってきます。
ゲームを始めたときから、地主がいたらどうでしょう。誰かが勝った状態からゲームを始めてみます。プレーヤーは細々と得たベーシックインカムを貯めることもできずに、どんどん絞られていきます。
独占した物件は、既得権ですから、放出されることはありません。盛り上がるゲーム中盤にならずに終わってしまいますね。ボードゲーム好きの友達といえども途中で帰ってしまうかもしれません。
現実の経済では、ゲームが終盤に差し掛からないように、ずっと中盤のプレイを続けられるように政府が法的な規制をかけてバランスを取っています。
バランスをうまく取れず終盤にさしかかると現実の世界では、終盤の状態を終わらせて序盤に戻そうとする力が生まれてきます。内乱や暴動です。江戸時代だと維新に向かう力です。
そこまでいかなくても、自然災害をきっかけにして、ほころびが顕在化するかもしれません。
このゲームは8人くらいまでは遊べたと思いますが、プレーヤーの数を一気に20人に増やしたらどうなるでしょう。
脱落者が10人以上出て、モノポリーの作者が想定しているプレーヤー数に落ち着くまでは、過酷なゲームになります。
20人を8人にするために先に面接をしたり、ゲームに参加するための条件をクリアしないとゲームをできないようにしたらどうでしょう。
よほど恵まれた人しかモノポリーのサイコロをふれなくなってしまいます。
ルール通りにプレイすれば、盤面を一周してもらえるベーシックインカムの量が多くなります。資金の供給が過多になって、バランスが崩れるかもしれません。
この状態のバランスを取るには、盤面の数を5つに増やして、プレーヤーを分散させたほうがいいでしょう。20人の中から一人の勝者を出すよりも、5人の勝者を出したほうがいいと思いませんか?
盤面を置く場所がなくなって、隣のおねえちゃんの部屋に侵略したら、反撃をくらうかもしれません。領土を増やすための戦争はそんなものです。
少ない国土で、競争の場を増やすには、山や川や海峡で国土を区切って、盤面を増やしたほうがいいともいえます。
現在の日本でいうと、高速通信網、高速交通網によって仕切りが取り払われてしまって、盤面が限りなくひとつに統一されつつあります。
世界的な視点で見てもそうなってるのかもしれません。
勝ち残った有利な人が、「建物の修繕カード」を引いて負けそうになったときに、「今のはなしね」といって、ルールの変更をせまってきたらどうなるでしょうか。
「おごれるもの久しからずや」の「盛者必衰の理」にしたがって、序盤に戻すことができれば、循環型の繁栄が続くのではないでしょうか。
最近、転校してきた子をこのゲームに誘って、このゲームを覚えさせたとしましょう。しかし、詳細なルールや攻略法やうまいタイミングみたいなものはわかりません。しばらくの間は、この子が最下位街道まっしぐらで、残りのみんなは楽しいかもしれません。
きっと欧米諸国が植民地での覇権争いをしていたときは、笑いが止まらなかったでしょう。
ゲームを始める前に仲間1人と喫茶店で作戦会議をして、誰がどの通りの物件を取るのかを決めておき、苦渋の判断で売却したかのように演技して、ゲームを進めてみたらどうなるでしょう。
残りのプレーヤーが嫌な思いをすることなく、ゲームの中盤が続くのであれば、案外悪い選択肢ではないのかもしれません。
終盤にいたっても、談合が続くのであれば、他のプレーヤーに疑念が生まれくるかもしれません。
ゲームはゲームなので、資金がショートしてしまった人は、ゲームが終わるまで残った人たちのプレイを見ていればいいのですが、現実ではそうもいきません。
資本主義のルールにしたがって、舞台から退場した人にとってみれば、ルールがきちんと守られているかどうかは、重要です。のび太といえども、資本主義の洗礼を受けたあとでは、ジャイアンが負けそうになったときに盤面をひっくり返すのを見過ごすわけにはいきません。もう一度、ゲームの盤面に戻して、プレーヤーとして活躍できるようにして、偶発的な事象の発生を防がなくてはなりません。
「他者のヘイトは背景を斟酌して許容し、自己のヘイトは不合理なものとして自重する」っていう態度自体は、理性を重視するタイプの人々の間では割と一般的かと…
ヘイトに対してより大きなヘイトを!という国もそりゃあるにはあるけど、ヘイトに対して寛容に受け流すのが理性ある態度みたいな考えは別に「日本限定」じゃないでしょ。
アメリカなんか世界中からヘイト買ってるけど、だから反米主義者は物理的に絶滅させましょうみたいなことは大っぴらには言わない。いや共和党の一部には言う奴もいるけどさ。基本的な態度は、偉大なるアメリカ様ともあるものがあんなゴミがピーピー言ったからっていちいちキレてどうする、ってなもんだ。
イギリスなんかも時々旧植民地から恨み言言われたところで別段相手にしていない。あのような未開の人々の言葉に対しても寛容な態度で接するのがノブレス・オブリージュであり、つまり勝手に言ってろ土民、と。
これが格上の国の態度だよ。対等に扱ってるどころか、俺らは理性的な文明人だけどあいつら感情をコントロールできない土民だから仕方ない、というのが態度にあって、自分の方が遥かに格上であることが当然という認識が根底にある。
それで済まないケースというと、基本的に「同レベルで争っている」か「格上だった方がものすごく落ち目」かのどちらか。落ち目の国の貧乏人ほど反イスラム主義が台頭してたりするわけな。
いわゆるネトウヨの人たちはこの辺一歩引いて見てみるといい。あなたがサヨクとか言ってる連中の多くがあなたより遥かに韓国を見下してるから。
「韓国人がファビョるのは許せるけど、ネトウヨがファビョるのは嫌」ってのは「韓国人は理性で感情をコントロールできない土民だが、我々日本人は遥かに理性的な文明人であって韓国人並の土民が混ざっているのが不愉快」だからだし、韓国文化も「なかなかいいね」なんて言えるのは「日本の方が文化的な総合力で遥かに格上」であることが前提であって「ああ土民が一矢報いてきたか。がんばったね」という扱いなんだ。これが日本よりも総合力として格上の文化、例えばアメリカの大衆文化とか中国の料理文化とか、と直面したらこんな態度は取れない。あくまで「かわいそうな」韓国相手だから取れる態度。
逆に言うと、これで済まない人が増えてきたということは、それだけ日本が落ち目だということでもある。いや俺個人としては韓国なんてまだまだ文化的にはゴミであって「かわいそうな国が頑張ってる」扱いでいいとは思ってるんだが、少なくともテンパりまくっているいわゆるネトウヨはそうは思っていないわけだ。
魔女の中にも救える救えないがあるかもしれない。というわけでねむりひめの13人目の魔女の話なんかを考えてみる。魔女たちですら、魔女どおしで仲良くすることで安らぎを得ることは多分可能。同人のように、やおいのように、ラノサイのように。ヴァーチャルにキャッキャウフフ空間を作ってそこでやすらぐことは許されてる。でも、そこには必ず13人目の魔女が生じる。
http://anond.hatelabo.jp/20090202175729
○「ライトノベルサイト杯」と題すると、「すべてのライトノベル読みから投票を集めている」との誤解を招くから、名称を変更せよ。
そりゃ本音が「ぼっちの俺のことも思い出してください、そっちから手を差し伸べて拾ってください」だからなぁ。
もちろん恥ずかしがりやで嫉妬深い彼は素直にそんなこと言えるわけがない。じゃあ実際にはどう発言したか。
ただ、あんまり見栄えのいい姿ばかり見てる/見せてると、勘違いしたりされたりしちゃうから、見たくないだろうところに私が鏡を向けてみせただけ。
どのみち、私ごとき弱小サイト主が他人になにかを強要することはできませんので、あとは主催サイドや第三者がどういう判断を下すか丸投げです。
まおゆう批判でもラノサイ杯批判でも彼が言ってることは全く同じ。
「俺が参加してないのに勝手に代表するな」さもなくば13人目の魔女としてお前たちに呪いをかけてやるということ。
素直に「ぼくはここにいるよ」「僕も仲間になりたい」って言えればいいんだけどそれができないくらいには自分のことが嫌いだし自信がない。
だから別のものに自分を仮託してそのモノに批判という形で自分の願望を語らせる。
どうやらFXMC氏は、ラノサイ杯に投票する人々は、様々な要素によって「中二病と内輪ネタが好きな論壇の人たち」に限定される、と考えているらしい。明記されてはいないが、kim-peace氏が主催する以上は、『平和の温故知新』を読んでおり、さらにkim-peace氏やその周辺の人々を嫌っていない人間、という層にも限定される、と考えている可能性が大きい。そして、こちらは明記されているが、自分のような人間は投票しづらい、とも書かれている。これのどこが「開かれた企画」なのか、とFXMC氏は糾弾しているらしい
そうなんだけど、私には彼はただ最初からずっと「仲間になりたそうにこっちを見ている」まものに見える。
「ボクは悪いなんとかじゃないよー」って言いたいのに、素直になれなくて襲いかかっちゃう的なアレ。結果として「残念、スライムとかスライムナイトなら可愛いし役に立つけど、君は態度悪いしいらないわ」って言われてしまう。そしてそのことで絶望してしまう。素直じゃないって事はそんなに罪なんだろうか。ネットでは、そうなんだよな、とつくづく思う。キャッキャウフフ空間というのは、ただそれが存在するだけで素直になれない人間、そこに参加できない人間に恐ろしいほどのプレッシャーや罪悪感を与えるのだ。
理由は書いていないが「ラノサイ杯はこうあるべきだ」という理想像があるらしいというのがわかる。繰り返すが、そうあるべき理由はどこにも書いていない。そして、自分の中の理想像と、現実のラノサイ杯とでずれている点を挙げて、そこが問題だ、と言っている。何度も繰り返すが、それがなぜ問題なのかはどこにも書いていない。
それが言えるなら、とっくにその人は救いへの道を歩いてる。それが出来ないから悩んでるのだ。
「少数者による専制は認めないという。別に専制じゃない、下の人間にだって役割があるし、革命権だってある、教育によってスキルを身につければ参加もできる。いや、教育がなくても意思さえあれば参加できる。大事なのは意思だ」みたいな話をしても信じられない。なぜなら自分には無理だから。でも自分が弱いからだとは認められないから。だから、自分の弱さを正当化してくれる何かを求めてる。それこそが帝国主義で全体主義だと言うのだろう。違うよ、ぜんぜん違うよ。あなたの問題はあなたがちょっと勇気を出して足を踏み出せば解決する可能で、あなたと一緒にされたら戦後日本人も被植民地の人も怒るよっていっても多分通じない。 彼の中では本当にその努力は報われない事になってるから。 甘えというのは簡単だけど、彼にとってそれが以下に困難なのだった。
http://anond.hatelabo.jp/20110416105733
分野違いの技術屋です。いわゆるITだけが「技術」と思いこんでいるなんちゃってIT「エンジニア」ではないので念のため。
今思い返すと、「本当はとっても恐いものである原発だけど共存してくしかないから、大丈夫だと思い込もう。そしてそれに足る事実は多少ある。」といった精神状態になってるんだろうな、と思う。
それは日本人ほぼ全員がそういう精神状態なわけで特異なことでもなんでもないですね。早い話、地震のこと考えればそうです。大抵の家は震度6強に耐えられるように作ってあるけど震度7となるとどうかわからない。震度6強でも微妙で姉歯みたいな例もある。でも国外脱出する人なんていないですよね。
悲しい話ですが、家を選ぶとき「耐震性とお金のトレードオフ」はみんな考えるわけで、「安全を金で売り渡す」というのは多かれ少なかれ誰でもやっていることです。
「原子力発電」というテクノロジー自体は評価されるべき部分もある筈で、ただ日本という地震大国には向かないのかなと思うだけです。
個人的には今回の件、原子力だけに問題を見ている人は視野が狭いと思ってます。耐震性はそれなりでも津波対策が甘かったってのは実は土木工学・地震学全般の敗北なわけで、釜石の「世界一の防波堤」が崩壊したのもそうだし、沿岸地域の避難所が津波に飲まれたのもそうだし、死者ゼロの福島原発事故よりも深刻な被害が数え切れないぐらい出ている。あとなぜかみんな騒がないけど、放射能汚染よりも崩壊した建物からのアスベスト汚染の方が危険かも知れない。
そういう意味でこれはもっと、もっと深刻な問題じゃないかと思うんですね。「原発やめれば少なくとも事故は起こらない」って考えが甘すぎるんですよ。原発やめれば原子力事故は起こらないかも知れない、でも別のところで起こっている事故を止めることはできませんし、被害全体を考えれば原発事故は氷山の一角でしかない。社会システム全体として、対津波対策を根本的に考え直さないといけないし、場合によっては津波を被ることは諦めた上でその上で助かる方法を考えるようにシフトしないといけないかもしれない。そういう、極めて重大な問題だと思ってます。
「自然災害やテロの懸念が限りなく低い土地で原発を運営することを考えた場合、大きなリスクの一つとして"運営側の体質"が挙ると思うんだけど、ここが腐るのって日本特有なの?」「日本人には原発は向かない」のか「人類にとって原発はオーバーテクノロジー」なのか、正直僕には分からずにいます。
個人的には「オーバーテクノロジー」ってのは意味不明だと思ってます。例えば原子力発電と音声認識では後者の方が圧倒的に実用化が遅いわけですが、後者を「オーバーテクノロジー」って言う人はいません。要するに「自分が理解できないもの」を「人類の手に余る」と言っているだけだと思うんですよ。人類全てがお前と同レベルの知識しかないと思うな、とそういう人に対しては思います。
で、大事故というのは基本的に人間系の欠陥がなければ起こりません。ここを見れば色々事例乗ってますが、チェルノブイリはもっとひどかったわけだし、JCOとか福知山線脱線事故とかは完全に人間系の問題、ドイツのICE脱線事故は設計時に安全が疎かになっていた例、だいたいなんでもそうです。ローテクだろうがハイテクだろうが人間系がダメならダメだし、人間系が大丈夫なら最悪の事態は避けられるはずなんです。
となれば、うまく行っている例から学ぶ必要があると思うんですね。女川原発もそうだし、もっとすごい例で言えば地震直撃でも安全神話継続中の新幹線です。こういったところがうまく行っているからには必ずそれなりの理由があるはずで、原子力にかかわらず社会全体がこのあたりから学ぶ必要があると思う。そういう意味で個人的には、東京電力は国有化後役員を全員クビにして、東北電力やJRあたりの植民地にしてしまうのがいいと思ってます。
私は原発賛成派でも反対派でもありません。というかこの二分法は意味がないと思ってます。まともな人なら賛成派であれ反対派であれ
「原子力を置換できるよりよい方法(省エネ含め)があれば脱原子力を進める、そうでなければ現状維持のままよりよい方法(原子力の改良・改善を含む)を探す」
というところには合意できると思いますし、後は何をもって「よい」とするかの議論なわけで、実は見た目ほど立場が違わないわけですね。逆に、これ以外の理由を持ち出す人は環境やエネルギーではなくてトンデモ話やイデオロギーの話がしたいわけだから無視してよいでしょう、と。私はそういう実用的な立場です。
本文中では、現存の原子力の安全対策を東電にやらせることが前提のように書いていますが、原子力の即時撤廃が不可能(廃炉にだって時間はかかります)な以上、短期的にやるべきことは既存の原子炉の安全対策であることは議論の余地がないと思うのでその点には触れていません。原子力を維持あるいは拡大するにしたって、脱原発を進めるにしたって、その過程で福島の惨劇が繰り返されてはいけないことに異論はないと思います。
「原子力だけに問題を見ている人は視野が狭い」と言っているのに、原子力だけに注目して原子力は危険か否か、ということを語り、それでなぜか批判した気になっているブックマークのなんと多いことか。もう疲れたのでその種のコメントには返信しません。
fantoms フェイルセーフ知らないのか? 失敗学のDBを参照しておいて、最終的に人が大丈夫なら最悪の事故は防げるとか何を見てるんだろう。 2011/04/16
私が言っているのはものと人間と両方のシステムを頑健にする必要があるということで、人間系が頑健ならものが頑健でなくてもよいなどということではありません。あと、今回の事故はフェイルセーフへの過信が原因の一つであることも認識すべきでしょう。フェイルセーフ機構が破れた際の対応策がなかったのだから。
white_rose これはひどい こういうのは始末が悪い。ほんともう2、3機別の原発でやられないとわからないのかも。そんなことになってほしくはないけど 2011/04/16
ではどうせよとおっしゃるのですか?原子力に関しては私は具体的には安全策の拡充をしろとしか言っていません。選択肢の可否はさておき、即時撤退であろうがはたまた拡大であろうが、それが必要なことに疑問の余地はないと思うのですが?本文中にも書きましたが、廃炉にするにも時間はかかるのですよ。
banraidou 災害 ヒューマンエラーをゼロにすることは不可能なんだけど……「人間系の改善」を簡単に見すぎじゃないかなぁ。「2ケタの足し算」ですら、正答率をいつ何時でも100%にすることは不可能なんだぜ? 2011/04/17
ヒューマンエラーをゼロにすることは不可能ですが、少しでもそれに近づけなければいけないことは明らかです。これは原子力に限った話ではないし、原子力の存廃とは無関係にその努力が必要だと言っているわけです。現代ではどんどんシステムが大規模化しているわけで、そうなればなるほど原子力に限らず事故が起こった場合の被害は増大するわけですから。そして、理想に近い例として新幹線を挙げたつもりです。
hamanako この論旨でもんじゅの事故で自殺者が2人も出ていて、2人目の方が亡くなってから3ヶ月しか経っていないことに触れないのには驚く。視野が狭いのではなく目が開いていないよ。これこそ人間系とやらの破綻の象徴だろ 2011/04/17
おっしゃる意味が全く理解できません。まず、「今回の件」が「東日本大震災の件」であることは文脈上明らかでしょう。それに、自殺が深刻な問題であるのは確かですがどう考えても別の問題でしょう。
bobjoker んー?突き詰めると全体コストの問題だけじゃないかな。で、震災前まで入れてないで計算していた今回の災害コストを入れると原子力は割高。その数字で今原発を止めたほうが低コストなら止める、というだけ。 2011/04/17
いや、コストよりも安全性の方が大事に決まっているでしょう。それに、コストの議論をすれば自然エネルギーに逆風になることにお気づきですか。原子力をコスト面で批判するのはよくありません。火力依存を助長するだけです。
kagakaoru オーバーテクノロジーについて。一定の確率で事故が起こるときに、その被害が局所的であれば許容(自動車など)、その被害が全人類に及ぶようなものをオーバーテクノロジーと呼ぶのでは。原子力やもんじゅはどうか? 2011/04/17
自動車は非局所的に普及していますというのはさておくとして、福島はおろかチェルノブイリですら、被害半径は全人類と呼ぶにはほど遠いです。放出された放射性物質の量からいっても、大気中核実験の方がはるかに有害でした。原子力事故の被害を誇張するのは当該地域の人のためにも、また冷静な議論のためにも有害無益です。発電所事故に限っても水力発電事故の被害は甚大(リンク先記事著者は反核活動家であることに注意)ですし、そもそも水力なんてダム建設時点で一地域を居住不能にしているわけですよね。
perfectspell 「安全係数高めれば大丈夫」神話。なら東京に原発つくれば? /確率下げたとしてダメージを負いきれるかという期待値の話。又は安物買いの銭失い。 2011/04/17
逆です。「安全係数高めてもダメだった」ことが「原発に限らず」深刻だ、という話です。なお、東京はそもそも地盤が悪いので原発は無理ですが、たとえば少し検索した結果、ベルギーのDoel原子力発電所はアントウェルペンというベルギー第二の都市の対岸に建設されています。「東京に原発を」という人はなんでそういうことを少し調べてみようともしないのでしょうか?
kyo_ju 原発, 増田, 味わい深い ululunさんのブコメへの返事で放射性廃棄物の問題をスルーしてる時点で結論ありきなのが見え見え。 2011/04/17
そういうデメリットを全部考えた上で原子力が得策かどうか考えましょう、という以上のことは言っていないわけで、なんでそんな下司の勘繰りをされなきゃいけないんだか。あなたみたいに人を敵と味方に簡単に二分する人のことですよ、「イデオロギー」の話がしたいのだというのは。だいたい放射性廃棄物の問題を「スルー」なんてしてないでしょうに。もう一度よく読みなさい。
TakamoriTarou web, 論説 全部グッチャグチャにして同レベルで考えるようだけど、それって同レベルで語れるものなの?複雑に絡み合ってる問題を単純化して各個撃破しか実務では解決できないよ。特に今は全体を語れるほど整理も終わってないし 2011/04/17
「今」の話ではなく中長期的な話をしているつもりです。また、「同レベル」で語らなければなりません。実際、我々がどうやってエネルギーを得るか(またはどうやってそれを節約するか)という意味では同レベルなのだから。個別の問題と「戦略」を混同してはいけません。
(メタブクマから)TakamoriTarou web, 増田 レス読んで優越感との意味がわかった。増田は「理想を語る技術者」に陶酔してるんだ。森の未来を語る理想論者だが木のために今何をするかには興味がない的な。だから現実の改善を考える現実論者と話が咬み合ってない 2011/04/17
違います。「興味がない」のではなく「わからないから言及しない」です。原子力工学や土木工学、地震学についてはそれぞれの専門家に聞くべきです。あと、何を「現実論」とお呼びかは知りませんが、正しいかどうかもわからない認識に基づいて部分最適化を求めるのが「実務」だとのご意見には到底同意できません。少なくとも私はそんな姿勢で仕事をしていません。
違います。例えば眼科医や整形外科医でも素人よりは例えばインフルエンザのことははるかによく理解しているでしょうし、「診療科を問わず病気全般について言えること」については発言権があるでしょう。そういうものだとお考え下さい。
lucky12345 引用元が消えてるから引用してる部分だけから判断するに「オーバーテクノロジー」の意味誤解してるよ。人類が安全にコントロールしきれる技術かどうかって意味だろ。音声認識でそう言わないのは危険性がないからだろ 2011/04/17
同じことの繰り返しになりますが、「安全」の程度によります。「絶対安全」を求めるならばすべての物がオーバーテクノロジーになります。チェルノブイリを基準にするなら、たとえばBP原油事故や水俣病も同等と思われるので化石燃料関係も無機材料関係も全部オーバーテクノロジーになります。音声認識というか生体認証も失敗すればテロ犯を入国させる可能性があるのでこれもオーバーテクノロジーでしょう。要は「オーバーテクノロジー」という言葉は情緒的なもので内容がないんですよ。
anon42 民間企業より国営のほうが安全になるってのは,どういう理屈なんだろう.そういう例があるの?利益追求の結果安全性が損なわれたというなら,安全確保が利益につながるような仕組みを作ることのほうが近道だろう. 2011/04/17
この点ですが、「国の管理下にあれば安全性が高まる」という議論は私も正しいと思っていません。単に、東電はこのままだと破綻だろうから、ハゲタカの手に任せるよりは政府が介入すべきではと思っただけで、別に「国有化」はそこまでこだわる部分ではありません。
flowing_chocolate 原子力, 技術 いくら原子力工学がしっかりしてたとしても、それ以外のどこかに穴があれば全てが破綻することになる、という話。政府、運用者、一般人…邪魔する勢力はどこにでもいるし、おそらく破綻へ導いている自覚もない。 2011/04/17
前半に関してですが、今回の場合「原子力工学」も津波に対応できなかったという点で「しっかりしていなかった」と言えます。この記事を見る限りおそらく、「ある分野でパラダイムシフトがあったときそれが隣接分野に浸透するまでには時間差がある」という現象の罠に落ちたようで、そういう意味で「時間切れ」だったのでしょう。同様のことが原子力に限らず起こっており、それが「地震学・土木工学の全面敗北」と書いた所以です。後半部については全く同意で、原子力関係者を非人間化して金の亡者のごとくに叩く一部風潮は一時的なカタルシス以外の何も生まないと思います。大事故を起こす人は油断こそしているかもしれないが、悪意の人ではない、だからこそ恐ろしいのだともっと認識されるべきですね。
moilin 事故には多かれ少なかれ特異性がある。今回の事故は原子力に関する問題がその特異性の大きな部分を占めるので(ヒューマンエラーとか一般的な事故論と別に)、これを特に切り分けて論じることもまた必要なんだよ。 2011/04/17
それ「も」必要でしょうが、そういう技術的詳細ならなおさら専門家の領域でしょう。素人が語るべきことではありません。一般人の視点では一般的な有害物質飛散事故です。
kunioya JRは新潟県中越地震で脱線しても運よく止まった例を今回、緊急地震速報で生かした。「誤魔化す」文化と「改善する」文化の違いだろう。 2011/04/18
まさに東京電力についてはその「文化」がキーワードだと思ってます。一番大事なものは「安全」であるという認識のもと、「危険予知」「改善」という当たり前のことを日頃から行っていれば「全交流電源喪失」という古典的な問題の対応策は当然とっくの昔に立てられ、訓練が積み重ねられていたはずです。そのあたりの体質改善からやり直しでしょうね。
tatsuzawa 今回多くの周辺住民に避難を強いているわけだけど、例に挙げられた他の技術はそういう必要はない。アスベストや新幹線は個人の選択で回避できるし、津波はそうではないが人の手によって被害地が決まるわけではない。 2011/04/18
@tatsuzawa まあでも全体の合理性を優先して、人権問題みたいなのはどうでもいいと思っている人は結構いることが今回の事故でわかった。
それを被災地の人に言ったらぶっ飛ばされますよ。というか16年前に阪神間に住んでいた者として言わせてもらう。ふざけるな。アスベストは勝手に建物に降って湧いたとでも思ってるのか?地震が起こった瞬間被災地からワープして脱出しろとでもいうのか?それとも当時12歳のガキだった俺の自己責任ということで全てお茶を濁すつもりなのか?ふざけるんじゃないよ。原発で作られた電力を使っておきながら、他人事みたいな顔でなにを白々しい。文明の恩恵に浴するということは漏れなくリスクを負い負わせることだと知れ。少しは自分も加害者だという自覚を持ったらどうなんだよ。原発さえ血祭りに挙げれば清く正しく美しい生活が送れますだと?現実を舐めるな。
・自分が一番偉いと思っている
・親分肌
・人には奢らないと気が済まない
・不器用
・今の日本のことは、日本人から見た韓国人のように、しつこくてうるさい人種と思っている
・中国人と日本人の中間のような気質(かなり日本人よりな気がするが)
・従うのが上手い
・今は“支配”に対するコンプレックスが大きくなっているため、近隣の大国の動きに過敏に反応する
・世界一 器用
・中国人と正反対で 親分肌を一切しない
・根回しがうまい
・従うのも上手いが、ちゃっかり自分の利益を得る仕組みにすることも忘れない
共通点
・義理に厚い
・軍事衝突を好まない
こういうことを書くと、また朝鮮人とか中国人とか言われそうだけど
今までの歴史を見るに こう推察できるんだよね
例えば、欧米圏では活発に侵略、植民地政策が実行されてきたが、
中国と隣合わせの朝鮮も、中国を宗主国として敬うことで 積極的に軍事衝突を避けている。
また、日本も財政が苦しかった足利義満時代に 明皇帝に朝貢を行い、逆に莫大な利益を得ていたとされる
(属国が朝貢してきたらそれ以上のお返しをしないと面子が立たない為、勘合貿易を行えば行うほど日本は儲かった)。
中国は それにいい気になって 他国を可愛がっていたという感じ。
このように、東アジア圏の支配構造は欧米の支配制度とは本質的に異なり、
道徳により統治するという関係が強く影響していた為、大規模な侵略戦争があまり起きなかった
ではなぜ、長年続いてきた良好な関係が今は見る影もないのかというと
19世紀あたりから列強である欧米圏が次々と進出してきたため、
軍事力の無い東アジア圏も、生き残りをかけ富国強兵をせざるを得ない情勢だったからだ
その後に起きた数々の戦争や侵略、支配によって