はてなキーワード: アラブとは
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クズでゲスで、3万で、ギャクエン、やりほーだい、なんてスパムメールに引っ掛かるような人間、そういう人っているのか、知らないけど。
クリスマス前に、こういうこともなんだけど、如何にしてセックスよりも気持ちのいい事を見つけるか?って大切だと思う。
お酒やパチンコとか、一日で、ぱぁっとお金使って憂さを晴らすなんてことがあるけれど。
ストレスのため過ぎも良くないんだけど。
我慢出来るな、なんてことに出会えるかどうかって、大切かもしれない。
10代20代の男の子の頃なんて、そいうことしか、考えてなかったし、男友達と仲良くなるには、下ネタが手っ取り早かった。
アラブとかイスラムが、戦争やりたがるのは、禁欲が厳しすぎるから、欲求不満で、戦争するんだろうね、なんてことを言い合っていたなぁ。
とは、言え。
趣味ならば。
スポーツとか、何か陶芸のようなものを作るとか、美食、料理作りに励む、ひたすら何かを作るようなことに夢中になれる何かを、見つけられるか、どうか。
考えよう。
>何かできないことがあったときに「あぁ…早生まれだから。他の子より育ちが遅いから」「仕方ないね」「かわいそうに」と親から言われることによって、それが本人の中にも内面化されるんではないかという分析だった。
えー、ご存じの通り(ですよね?)早生まれの私ですが、敢えて「異議あり!」と言わせて頂きます^^;というのは僕の場合、親から言われたことはなくて、自分で後から「早生まれは損だ」と思ったからなんです。もし敢えて親のせいにするのであれば「早生まれなんだから仕方ないよ」ぐらい言って欲しかったな、ということになるのかもしれません。
経験談の一例ですが、幼稚園から小学校にかけて、周囲に比べてダントツで運動能力が低かったんです。ですが、高校を出る頃にはいつの間にか体力テストなんかでは全国平均を普通に超えられるようになってました。まあ元々運動や外遊びが好きな子供ではなかったですけど、別にその後人と比べて特に運動していたわけでもなかったので。で、子供の頃は実年齢の差がかなり大きかったのではないかなということに気づいたのはかなり後になってからでした。無駄に運動苦手コンプレックスを持ってたもんだと後悔したものです。
ところで、N さんが誰だか見当がつかない私です。
そういえば、悪名高き私の母校では全学年を通して異様に4・5・6月生まれが多かったです。僕はどちらかというと年齢以上にガキなので、周囲のマセ具合に余りついて行けなかった記憶があります(苦笑)
あと聞いた話だと、少年サッカー英才教育の世界では、選手がやはり4・5・6月生まれに偏っていたので、選抜に誕生月を考慮するようになったとかいう話も聞いたことがあります。
そういうことから、すくなくとも一部の分野においては、無視できない程度の影響があるのかなとは思っています。ただ、どれも男の場合の話であるのは事実ですね。女性はその辺どうなのか、面白いデータがあれば欲しいですね。たぶん誰か既に研究してるんでしょうけれど。
例のあだ名ゆえにあのお方が「Nさん」であることを完全に失念していました^^;まあ、何となく「先輩」が女性であるという先入観があったのも事実ですが(何でだろう?)。まあでも確かに、女性だったらおめでたの話があるのにもかかわらずお酒を飲んでいるはずがありませんね。
いずれにせよ、おめでたいことで。
そういえばドイツでもシュレーダー政権ができたてのとき、首相が党の実力者を追放して一波乱という一幕がありましたね。そのときの状況と今の日本の状況は似ているのかどうか……。
たぶん noctifer さんの同期の「実家が尼崎の人」がデジタル化したデータ持ってると思いますよ。僕も自分が 3 回生のときの録音をその人にもらったので。
ちなみにこれ、一年掛けて準備したのに散々ボロクソに言われた演奏で、僕の中ではまさに「黒歴史」だったんですけど、5 年ぶりに聴いてみたら意外にも、自分としてはそれなりに納得のいくものだったので愕然としました。あれ以来自信なくして楽器にだんだん触れられなくなってたのはいったい何だったんだろう……、と。というか音楽以外すべてにおいても自信喪失してしまう悪循環に陥ったきっかけみたいな一件だったので、あれをもっと早く聴いてればひょっとしたら少しぐらい人生変わったかもなー、なんて思ってます。要はその録音を聴かなかったこと自体が「黒歴史」でしたという情けないお話ですが(苦笑)。
ああなるほど、定演以外の録音でしたか。そりゃさすがに尼崎の人に頼んでも持ってないですよねえ。
ところで全然関係ないですが、今日聴講した某研究会で、僕の2年下の「ヘアスタイルが独特の人」に会いました。彼は今年D3でしたっけ?月日が経つのはなんとやらとはこのことですね。
都合が許さず彼の晴れ舞台を見られなかったのはなんとも残念です。こんど会ったらよろしくお伝え下さい。
前回までの大会と違って、今回は自分が主力選手と同世代だから身につまされるものがありました。仮に自分にあの方面の才能があったとしても、この段階で最盛期なんてとても無理だろうなとか思うと、前回大会までとは違った意味で感慨深いです。
それでよく考えてみれば、サッカーの選手生命から考えて、僕らと同世代の選手のほとんどは今回が最後のチャンスだったわけですよね。今までよりも、負けて悔しがる選手の姿が一歩だけとはいえ身近に感じられて、その分切なくなりました……。
論文を添削するには内容を理解できないといけないわけですから、それをタダでやってくれる人となると本当に貴重ですよね……。
思うに、大人に言語を教えるのは経済的にも効率がよくないですよね。色々な場に応じてそれなりの言葉づかいができて、なおかつ幅広いスタイルの文章を読んで書ける人なんて、なかなか語学教師をやろうとは思わないでしょうし、そういう人を雇うには相当なお金がかかって当然、生徒の側もそれだけの教師を探すには苦労するわけですから。
子供の頃から、母語の習熟に準じて第二言語を(できれば複数)学べると、言語というものを相対化できるという意味でいいんでしょうけどね。(現状は英語崇拝と英語憎悪の二極化およびその裏返しとしての日本語特殊論、そしてそれ以外の外国語への無関心がはびこっていて本当によくないと思う今日この頃。
こんにちはー。
「絶対音感」って能力、実は個人的には言語能力と近いんじゃないかなと思ってるんですよね。少なくとも僕の場合は、ですが。実際、無調性に近い音楽を聴いていると途中で音がわからなくなったりずれてしまうことが多いですし、無調性は無調性でもそれなりに慣れているウィーン学派系よりも、あまり聴かないブーレーズとかのフランス現代音楽系とかのほうが苦手だったりするので。
あと、E-dur と F-dur を間違えることはほとんどないのに D-dur と Des-dur の区別にはたまに自信がなくなることがあるなど、多分にピアノの鍵盤(というか頭の中でつけている「読み仮名」的な音名)に引きずられる傾向があるんですね。いってみれば、日本人は /t/ と /d/ の区別には苦労しないが /l/ と /r/ には苦労するというような話なんですが、まいさんはそういう傾向ってないですか?
そういえば、高校生ぐらいの頃は基準音を 2Hz ぐらいの単位で聴きわけられたものでしたが、古楽を聴くようになって以来その能力はほぼ完全に破壊されてしまいました。
ちなみに僕も音に「色」のイメージがありますけど、その正体はかなり情けないものでして、おそらく子供の頃に買ってもらったおもちゃの鉄琴です。一音ごとに色分けされていたのですが、その印象を未だに引きずっているんですよね。
個人的には欧米でどうして "Hentai" 文化があんなに抑圧されてるのかが気になりますねー。ホラーの世界では日本よりよっぽどどぎつい表現が社会的に許容されている風土で、ポルノの方面になるとフィクションであってもある種の表現はまかりならぬ!というのは、日本に生まれて暮らしている限り根本的にどこかで理解できない面があると思うのですが、だからといって「ピューリタニズムの伝統」で片付けてしまうのも一方では乱暴な気がするんですよね。
似たようなことは、捕鯨問題とかその他の文化摩擦のときにも色々感じることではありますが、その辺のことで「住んでみてわかったこと」って何かありました?
>実際には日本のエロゲの守備範囲の広さはそんなのを凌駕しうるわけですが、それでもアニメでは女性はそのように子どもっぽく可愛く描かれる事が多い(ただでさえ若く見えるアジア人をベースにしているのでなおのこと)
なるほどありがとうございます。確かに現代の日本人はおしなべて幼形成熟的なものが好きですね。女性に限らずジャニーズ系とかも結構そういう気がしますが。向こうから見れば余計子供に見えるというのは盲点でした。
しかし個人的にもっと疑問なのは、その "Hentai" 文化を変なものとして片付けるのでなしに、禁止してしまおうという考え方の方なんですよね。そしてそれを日本でも禁止せよと圧力をかける動きもあるようですし。米国は基本的に他者に寛容を是としているのだと思ったら、ときどきいきなりその逆の面が見えることがあるので、いったいあのあたりはどういう感覚なんだろうなあと思いまして。
うーん。やっぱりそれなんでしょうかねえ。だとすると捕鯨と "Hentai" はちょっと性質が異なる問題なんですね。
どうも最近、英語圏のメディアを読むようになればなるほど、日本に対する悪意や蔑視が一部高級メディアにでも平気で蔓延していることに気づいて憂鬱なんですが、その根っこは必ずしも一つではなさそうですね。
やっぱりこういうと何ですけど、欧米がアラブに違和感を持っている(あえて「蔑視している」とは言わない)のと同じような意味で日本から欧米(といっても色々温度差はあるでしょうが)を見たときに違和感があるんだなあと最近思うんですね。あんな趣味を持っているぐらいなんだから当然私は西洋かぶれ的人間なんですけど、例の "The Cove" 以来やっぱりあばたはえくぼじゃなくてあばたなんだなということにようやく気づきだしたわけでして、その背景には最近ちょっと興味を持ちつつあるんですが、どうもなかなか一筋縄ではいかなさそうですね。欧米の天地は複雑怪奇なり。
ところで話は変わりますが、意外なところで結婚ラッシュが始まりそうな噂を耳にしました。詳しくはそのうちお聞き及びになると思いますが……。お楽しみ(?)に!
あれ、あそこバーベキューだめになったんですか?「新条例」がなんなのか気になります。
>知らない人が20人以上という状態で3時間おしゃべり持ちこたえたのは我ながらよく頑張ったと思う(たぶん英語スキルというより社交スキルの問題)。
最近あちらこちらで、アメリカでは(あるいは「国際社会」では)そういう状況で人間関係を作れるかどうかがものをいう、そういう場でやっていけないと通用しない、みたいな主張をよく見るもので。
本当だとしたら語学力以上に絶望的に高い壁だなあと思いつつ、そういうことを書く人は大抵すごく社交的だから、たまたまその人の回りでそういうことが起こりやすいだけのようにも思えるし、その辺の真相が少し気になってまして。
A Sister’s Eulogy for Steve Jobs
貧しかったので、そして父はシリアからの移民だと教えられていたので、
父については、オマル・シャリフのような人ではないかと想像していました。
裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。
のちに面会したとき、私は、父は理想に燃える革命家で、アラブの新世界を導く人だったのだと、
だから転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。
私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。
二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。
25歳になってその人に出会いました。
それが兄でした。
他の作家志望者3人と一緒に、クローゼット並の大きさの事務所で小さな雑誌の仕事をしていました。
その弁護士は、上司に健康保険をねだるような、カリフォルニアの中流階級の娘である私に、
「裕福で、著名で、あなたのお兄さんである人物の代理人だ」と名乗りました。
同僚編集者たちは騒然となりました。
それでも私は大好きなディケンズの小説の筋書きに放り込まれたようでした。
弁護士は兄の名を伝えるのを拒み、同僚たちは賭けを始めました。
一番人気の候補は、ジョン・トラボルタ。
私が密かに期待していたのはヘンリー・ジェイムズの後継者、
何の苦もなく優れた作品を生み出す、自分より才能のある作家でした。
初めて会ったとき、スティーブは私と同じ年格好で、ジーンズを履いていました。
オマル・シャリフよりもハンサムな、アラブかユダヤの顔立ちでした。
偶然にも二人ともそうするのが好きでした。
何を話したのかはあまり覚えていませんが、
とにかく友達にしようと思えるような人だと感じたのは覚えています。
私はまだオリヴェッティのタイプライターを使っていましたから。
コンピュータを一台、初めて買おうかと思っているとスティーブに言いました。
Cromemcoという名前でした。
彼は、恐ろしく美しいものを作ろうとしていると言いました。
これから、スティーブから学んだことをいくつかお伝えしたいと思います。
彼の充実した人生。
彼の病気。
彼の死。
彼は頑張って働きました。
毎日働きました。
彼は散漫の対極のような人でした。
彼は、たとえ失敗に終わるとしても、頑張ることを恥とはしませんでした。
スティーブのように聡明な人が挑戦を恥じないのであれば、私も恥じる必要はないのかもしれません。
彼はシリコンバレーの指導者500人が現職大統領を迎えるディナーのことを話してくれました。
彼は傷つきましたが、 NeXT に行って働きました。毎日働きました。
スティーブにとって最高の価値は、新規性ではなく、美しさでした。
彼は流行や小道具を好みませんでした。
自分と同世代の人が好きでした。
「ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの。芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの」
スティーブはいつも、のちに美しくなるようにしようとしていました。
彼は誤解を受けるのを恐れませんでした。
パーティに招かれなかった彼は、三台目か四台目の同じ黒いスポーツカーで NeXT に通い、
あるプラットフォームを、チームとともに静かに作っていました。
それは、ティム・バーナーズ・リーがのちに、
ワールドワイドウェブを動かすプログラムのために使われることになるものでした。
愛について話す時間の長さにかけては、スティーブは女の子並でした。
愛は彼にとってこの上ない美徳であり、最高の神でした。
「独身なのか? うちの妹とディナーはどうだい?」と声をかけました。
彼がローリンと出会った日にかけてきた電話を、今でも思い出します。
「こんなに美しくて、頭がよくて、こんな犬を飼っている人なんだけど、結婚するつもりだよ」
リードが生まれて以来、彼は止まることなく家族に愛情を注ぎ続けました。
彼はどの子にとっても実の父親でした。
リサの彼氏と、エリンの旅行と、スカートの長さと、イヴの愛馬についてやきもきしていました。
リードの卒業パーティに出席した人はみな、リードとスティーブのゆっくりとしたダンスを忘れられないでしょう。
ローリンに対する変わることのない愛が彼を生き延びさせました。
私は今も、そのことを学ぼうとしています。
彼はそのことで孤独を感じていました。
私が知るかぎり、彼の選択のほとんどは自分のまわりに巡らされた壁を壊すためのものでした。
ロスアルトスから来た中流の男が、ニュージャージーから来た中流の女に恋をする。
二人にとって、リサとリードとエリンとイヴを普通の子供として育てることは重要でした。
スティーブとローリンが一緒になったことが分かってから何年間ものあいだ、
夕食は芝生で食べていましたし、食事が野菜一種類だけだったこともありました。
一種類の野菜をたくさん。
一種類だけです。
旬の野菜。
簡単な調理。
若き億万長者でありながら、スティーブはいつも私を迎えに空港まで来てくれました。
ジーンズを履いて待っていてくれました。
「お父さんは会議中ですが、お呼びしたほうがいいですか?」と答えてくれました。
リードが毎年ハロウィンに魔女のかっこうをしたがったときには、
何年もかかりました。
同じころ建設されていた Pixar のビルはその半分の時間で完成しました。
パロアルトの家の中はどこもそんなかんじでした。
ただし、これが重要なところなのですが、その家は最初の時点ですばらしい家でした。
彼が成功を満喫しなかったというわけではありません。
何桁分か控えめではありましたが、十分満喫していていました。
その店で最高の自転車が買えるんだと自覚するのが大好きだと話していました。
そして実際、買いました。
スティーブは学びつづけるのが好きでした。
彼はある日、育ち方が違っていれば自分は数学者になっていたかもしれない、と言いました。
彼は大学について尊敬を込めて語り、スタンフォードのキャンパスを歩くのが好きでした。
最後の数年間、彼はマーク・ロスコの絵画の本を研究していました。
未来のAppleのキャンパスの壁に何があれば皆を刺激できるだろうと考えていました。
スティーブは物好きなところがありました。
イギリスと中国のバラの栽培の歴史を知り、デビッド・オースティンにお気に入りのバラがあるCEOが他にいるでしょうか?
彼はいくつものポケットにいっぱいのサプライズを持っていました。
たとえ二十年間人並み外れて近しく寄り添ったあとであっても、
きっとローリンにはこれから発見するものがあるだろうと思います。
彼が愛した歌、彼が切り抜いたポエム。
彼とは一日おきくらいに話をしていたのですが、
ニューヨークタイムズを開いて会社の特許の特集をみたとき、
こんなによくできた階段のスケッチがあったのかと驚きうれしくなりました。
四人の子と、妻と、私たちみなに囲まれて、スティーブは楽しい人生を送りました。
そしてスティーブが病気になり、私たちは彼の人生が狭い場所に圧縮されていくのを見ました。
彼は京都で手打ちそばを見つけました。
もうできませんでした。
最後には、日々の喜び、たとえばおいしい桃ですら、彼を楽しませることはできませんでした。
多くのものが失われてもなお、多くのものが残っているということでした。
兄が椅子を使って、ふたたび歩けるようになるための練習をしていたことを思い出します。
彼は肝臓移植をしたあと、一日一度、椅子の背に手を乗せ、支えにするには細すぎる足を使って立ち上がりました。
メンフィス病院の廊下で、椅子を押してナースステーションまで行って、
そこで座って一休みして、
引き返してまた歩きました。
ローリンはひざまづいて彼の目を覗きました。
彼は目を見開いて、唇を引き締めました。
彼は挑戦しました。
いつもいつも挑戦しました。
その試みの中心には愛がありました。
彼はとても直情的な人でした。
その恐ろしい時節、私は、スティーブが自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。
家族を連れて世界を回り、退職したときにローリンと乗るために造っていた船の進水式。
病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。
看護婦67人を試し、優しい心があり全幅の信頼をおけると分かった三人をそばにおきました。
スティーブが慢性の肺炎を悪化させたとき、医師はすべてを、氷をも禁じました。
スティーブは普段割り込んだり自分の名前にものを言わせたりすることを嫌っていましたが、
このときだけは、少し特別な扱いをしてほしいと言いました。
「これが特別治療だよ」と私は伝えました。
彼は私のほうを向いて、「もう少し特別にしてほしい」と言いました。
挿管されて喋ることができなかったとき、彼はメモ帳を頼みました。
そしてiPadを病院のベッドに備え付けるための装置のスケッチを描きました。
妻が部屋に入って来るたび、笑みが戻るのが分かりました。
こちらを見上げて、お願いだから、と。
彼が言いたかったのは、医師の禁を破って氷を持ってきてほしいということでした。
私たちは自分が何年生きられるか知りません。
彼はプロジェクトを立ち上げ、それを完了させるようAppleにいる同僚に約束させました。
オランダの造船業者は、豪華なステンレス製の竜骨を組み、板を張るのを待っていました。
私の結婚式でそうしてくれたように、彼女たちと並んで花道に立ちたかったことでしょう。
物語の途中で。
たくさんの物語の途中で。
ガン宣告のあと何年も生きた人についてこう言うのは正しくないかもしれませんが、
スティーブの死は私たちにとって突然でした。
二人の兄弟の死から私が学んだのは、決め手はその人のあり方だということでした。
どんな生き方をしたかが、どんな死に方をするかを決めるのです。
火曜日の朝、彼はパロアルトに早く来てほしいと電話をかけてきました。
声には熱と愛情がこもっていました。
同時に、それは動き出した乗り物に荷物が引っかかってしまったかのようでした。
申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、
私たちをおいて旅に出つつあるときのようでした。
「待って。行きます。空港にタクシーで行くから。きっと着くから」
「間に合わないかもしれないから、今のうちに言っておきたいんだ」
視線をそらすことができないかのように、子供たちの目を覗き込んでいました。
昼2時まで、彼の妻は彼を支えてAppleの人と話させることができました。
そのあと、彼はもう起きていられないということがはっきりしました。
呼吸が変わりました。
つらそうに、やっとの思いで息をしていました。
彼がまた歩みを数え、より遠くへ進もうとしているのが分かりました。
これが私が学んだことです。
死がスティーブに訪れたのではありません。
彼が死を成し遂げたのです。
彼はさよならを言い、すまないと言いました。
約束したように一緒に年をとることができなくて、本当にすまない、と。
そして、もっと良い場所へ行くんだと言いました。
フィッシャー医師はその夜を越せるかどうかは五分五分だと言いました。
彼はその夜を越しました。
ローリンはベッドの横に寄り添って、息が長く途切れるたびに彼を引き寄せました。
彼女と私が互いに目を交わすと、彼は深く吐き、息が戻りました。
やらなければならないことでした。
その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。
山を登っているようでした。
その意志、その使命感、その強さと同時に、
美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。
その数時間前に出た言葉が、スティーブの最期の言葉になりました。
船出の前、
彼は妹のパティを見て、
そして皆の肩の向こうを見ました。
http://anond.hatelabo.jp/20110928233142
このエネルギー源は日本以外のどの国にも存在しない超絶レアなエネルギー源なんだ。
このエネルギー源はテンガを使ったオナニー自己発電と呼ばれており、
日本全国5000万人のオナニシトのいやらしいエロ精神から発電される。
オナニー自己発電は枯渇する心配はない、そのオナニストを一晩休ませれば体力と共に一定量回復する事ができるからだ。
こうやって、持続可能にいくらでも安定して産み出す事が出来るエネルギー源、それがオナニー自己発電だ。
オナニストはテンガを使ってガンガン、オナニー自己発電を行い、ありあまる電力を産み出してもらいたい
そして、白濁の精液をたっぷりとお口に収めていただきたい。
よくよく観察するとw
直近の投稿?何?スゴすぎ?会社で勉強大会しているのかなぁ~^^;
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■ 9月15日の話題
9月15日(くがつじゅうごにち)はグレゴリオ暦で年始から258日目(閏年では259日目)にあたり、年末まであと107日ある。
1590年 - ウルバヌス7世 (ローマ教皇) ウルバヌス7世が教皇 ローマ教皇に選出される(在位13日で死去。在位期間史上最短の教皇)。
1821年 - コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドルがそれぞれスペインからの独立を宣言。
1830年 - イギリスで世界初の鉄道開通。開通式典で死亡事故。
1835年 - ビーグル (帆船) ビーグル号による世界探検を途上にあったチャールズ・ダーウィンがガラパゴス諸島に到達する。
1868年(慶応4年7月29日 (旧暦) 7月29日)- 戊辰戦争: 二本松城が落城する。
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旧暦9月15日は9月 (旧暦) 旧暦9月の15日目である。六曜は六曜#大安 大安である。
慶長5年(グレゴリオ暦1600年10月21日) - 関ヶ原の戦い
慶長18年(グレゴリオ暦1613年10月28日) - 支倉常長ら仙台藩の慶長遣欧使節が日本を出発
建炎4年(ユリウス暦1130年10月18日) - 朱子、朱子学の祖(+ 1200年)
貞享2年(グレゴリオ暦1685年10月12日) - 石田梅岩、思想家(+ 1744年)
文政8年(グレゴリオ暦1825年10月26日) - 岩倉具視、政治家・明治維新の元勲(+ 1883年)
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チャンピオンズリーグ | 今ホットな話題情報
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■ チャンピオンズリーグの話題
大会名
開始年 1955
終了年
参加チーム数 32
(3回目)
(9回)
備考
欧州クラブシーンにおける最も権威ある国際大会であり、各国リーグ戦の上位クラブが総登場することから世界的な注目を集める。勝ち上がるごとにクラブには莫大な収益がもたらされ、優勝クラブは名実共に欧州一の称号を得られることから、自国のリーグ戦よりもこちらで勝つことを優先しているクラブも数多い。
優勝クラブは「クラブ世界一」を決めるインターコンチネンタルカップ (サッカー) インターコンチネンタルカップやFIFAクラブワールドカップへの出場権を得られるが、世界の有力サッカー選手は軒並み欧州のクラブに集中しているため、この大会で優勝したクラブが実質的には世界一のクラブであるというのが衆目の一致するところである。
http://w.livedoor.jp/nihonerimo/
■ チャンピオンズリーグ (曖昧さ回避)の話題
チャンピオンズリーグ(Champions League)
EHFチャンピオンズリーグ(ハンドボールのヨーロッパクラブNo.1を決める大会)
FUTSAL地域チャンピオンズリーグ
チャンピオンズリーグ (麻雀)
cs:Liga mistr?
da:Champions League
Champions League
http://www.geocities.jp/nihonerimodel/
■ チャンピオンズリーグ (麻雀)の話題
チャンピオンズリーグは、日本プロ麻雀連盟が主催する麻雀のタイトル戦。
古くは内外タイムス杯。2001年度前期までは王座杯という名称。2001年度後期よりチャンピオンズリーグへ改称。
半荘4回戦×5節。1半荘は時間制限ありの50分+1局で打ち切り。準々決勝からは現チャンピオンズリーグの1名を加えた16名で行う。決勝は準決勝勝ち上がりの4名で半荘5回戦。その半荘5回戦合計総合計ポイントトップ者が今年度の優勝者となる。
http://anond.hatelabo.jp/20110823091052
よくあることですよ。批判→それは○○差別だ!みたいなことって。
捕鯨反対運動に人種差別だ!って言う人はいるし、イスラムでの人権侵害批判に差別だって言う人もいる。
一番、顕著な例はイスラエル批判と反ユダヤ主義の関係でしょうね。イスラエル批判や、アメリカのイスラエル支持政策を批判する声はもちろんアメリカ国内にもあった。それらがことごとく反ユダヤ主義だって潰された結果どうなったか。
アメリカの財政はブッシュ前政権時代に急速に悪化したわけだけど、これはブッシュ政権が「テロとの戦い」に乗り出したせい。第二次大戦直後にはアラブからも歓迎されていたアメリカの介入が、テロ攻撃をしかけられるほど対米感情の悪化を招いたのは、イスラエル支持政策のせい。アメリカガイスラエル支持政策に傾いたのは国内のユダヤロビーのせい。
まあ、あれだね、ユダヤ人はドイツには寄生しなかったけど、アメリカには寄生してすっかりダメにしてしまったね。
目の前に因果関係の事実があるのにこれもまた反ユダヤ主義どうだってことにされるんだろうけどね。
イスラエル・ユダヤ批判の中には、事実関係因果関係に基づいた批判もあれば、単に反ユダヤ感情から出ているのもあって、じゅっぱひとからげにして「○○差別だ!」っていうこと自体おかしなことなのね。これはこれ、それはそれと仕分けてみないと。
「○○差別だ!」って言っている人たちは逆に言えば、じゃあ、韓流ごり押しの実態がひとつでもあれば、じゅっぱひとからげに批判されるってことだからね、おバカさんだからそこまで頭が回っていないかもしれないけど。
この話に触発されて考えてみました。
「歴史上、権力者が権利を自発的に分け与えた試しはない。革命でも起きない限りは。
そう、地方は“分権”を要求するのではなく“独立”を宣言すべきだろう。」
/ 地方分権は出来ない - 賢太郎の物書き修行 http://htn.to/qA3HkP
無理すぎる。
島根若者いなくなる→全員都会へ移住→原子力発電所密集地帯化→過疎化問題解決&電力問題解決
他県に電力輸出&低価格な電力で企業誘致w。と思ったけど、お年寄りほど原子力には反対なのでは?
ダムと一緒で強制移住という方向で…(^^;
県全域自然保護区というか原子力保護区みたいな。煙の出ないプラントが海岸沿いに立ち並ぶ異様な光景が目に浮かんだ。
江津の風力発電とかあるし、浜田周辺は電力特区でいいんじゃないかと。税金も沢山落ちるしw
「平成19年度の中国地方の域内総生産は29兆8596億円である。これはアラブ首長国連邦の国内総生産よりも大きく、世界で30位前後の「国」に相当する経済規模を有している。」おおおおー / 中国地方 - Wikipedia http://htn.to/RjoXiy
さて、取り敢えず島根と鳥取が合併するか。鳥取の左が島根→山陽の上が山陰にしてみよう、結局まぎらわしい。
ちなみに中国地方の中国は中国に近いからではなく「古代、畿内を中心に令制国を「近国」「中国」「遠国」に区別したとき、この地方のほとんどが「中国」に相当したからだとされている説、畿内と大宰府の中間に位置する地方だからだとされている説などがある。」という意味だとさ。
中国地方と言えば農業。TTP参加で関税廃止されたら、JAもろとも農家は破産するので、最後に補償金たっぷり貰って、オーストラリアで農場つくれば良いと思う。
瀬戸内側には工業地帯があるけど、どっかの東南アジアにデカイ港を中国あたりに作ってもらって、現地の人を雇えば、元日本企業も生き残れる可能性が見えてくるな。ブルネイあたりに移れば石油資源も真下にあるし。「2010年のブルネイのGDPは約1兆円であり、鳥取県の半分程度の経済規模である。」ブルネイ - Wikipedia http://htn.to/S6Ty1B
ブルネイ乗っ取るなんて余裕。
オーストラリアに農業を移転させて、東南アジアに工業を移転出来たら、そこと自由貿易して安い製品を輸入し、日本に流通させる。浜田港は商港として大発展する。
どっちかといえば、瀬戸内側の港を発展させたほうが良いか。浜田港オワタ。
地方と言えば、公共事業で作った無駄なインフラ。島根県には空港が2つあったりします。そして、みんなだいたい米子空港(鳥取)から飛行機に乗ったりする。過疎化で人口が減れば、需要も減って採算割れ必至。一畑電鉄は何で潰れてないん?
余分なインフラはどこかに売却できないもんか、買う価値ないですかそうですか。廃墟になって廃墟マニアが訪れる観光スポットとして再スタートですね。
んー、結局グローバリズムで産業は衰退して、公共インフラは過剰で、人口は減少するとなると、中国地方が国として独立する意味がないよなー。いままで通り、国からお金吸い取った方が合理的なのか。東京の人ごめんなさいって事になるなー。
ん!中国地方が独立して、原子力発電所をつくりまくれば、二酸化炭素の排出権取引で日本から正当性をもってお金を吸い取れる!今がチャンス!
なんかネタが苦しくなってきた。
地方分権を推し進めた、地方独立を目指すとろくな事がなさそう。東京圏と大阪圏だけ生き残って、あとは全部破綻するのが目に見えてる。
じゃあ、日本を西と東だけに分けて、関西国と関東国にしようか。ちょうど60Hzと50Hzの境界にすれば、周波数問題も解決。
正直国ってのが分からなくなってきた。
ナショナリズムでまとめとけば国になるん?
アラブの若い人達が闘ってるというのに、おれは。と思うけど、むしろ諦らめ感でどうでも良くなってるので、明日も好きなことしてたい。
この諦らめ感って、自分の将来予測と日本の将来予測がごっちゃになったりするけど、別に関係ないような気もする。
日本がどうなったところで個人には言うほど影響ないだろと。貧乏になるならなるで、何とかして生活すればいい。っても、それはやっぱり不幸を産むだろうから何か考える必要はあるよな。あれ、結局。
鳥取と島根の人口合わせても沖縄より少ないと言う事実。山陰さいこー / 都道府県の人口一覧 - Wikipedia http://htn.to/eoCbnw
そして1人あたりの公共事業費で島根県は東京に続く第2位! / 都道府県別統計とランキングで見る県民性 公共事業日本一:東京都 http://htn.to/sjUbJX
島根県と鳥取県はアイスランドよりはちょっと多いくらい。1人当りだと島根鳥取が230万円でアイスランドが320万円くらい? / 図録▽主要国と都道府県の経済規模(GDP)順位 http://htn.to/vuDrsp
一人当りの負債額だと、1位島根150万円、3位東京140万円で同じくらい。 / テツの日記 : 国の借金、地方の借金 - livedoor Blog(ブログ) http://htn.to/HXLt1r
島根目立ってんなー
とりあえず島根県が独立すんならGDPをアイスランド並にすれば良いんだな。アイスランドが1人あたり320万円くらいで島根県が230万円くらいだから1.4倍。40%の成長か。年率2%で17年くらい。人口が確実に減ることを考えると、人口増でGDPを増やすことは諦めて、逆に人口減でGDP増を考えるなら、発電特区のアイデアは結構いいせんいってるかもしれない。ガイア理論の提唱者で、極めて著名な地球物理学者のジェームズ・ラブロック氏も原子力発電に肯定的だってことを考えると。氏を島根県に招いて発電特区大臣になってもらうのもありかもしれない。
島根県の若者が都会に出て行って、お年寄りも自然に減っていくとすれば、島根県の人口構成は発電特区の関係者と趣味で農業を営む人達って事になる。(農産物関税は撤廃されるので、島根県では農業はなりたたない。)
それって国として意味あるんか?
忘れてたな、原子力発電推進の方たちを島根県に招かないといけなかった。
ラブロック氏も原子力発電推進の人達も、のんびりした島根の豊かな土地で原子力発電の電気を使いながら悠々自適に暮らせるとしたら喜んで来てくれそう!
ほんとかよ。
池田信夫氏@ikedanobと藤沢数希氏@kazu_fujisawaに経済担当と金融担当になってもらえば島根経済は合理的に発展しそう!
中国と韓国に近いという有利な地理を利用して、貿易を発展させて交流を活発にすれば中国の経済発展の波に乗れそう!竹島は独島に名称変更して、正式に韓国領と認めてしまおう。
島根県はアメリカと対して関係もないから、対米従属からアジア重視の外交戦略に転換するのも容易!勿論島根総理大臣の最初の訪問国は中国含めてアジア全域。
都道府県別GDP構成比で0.6%の島根県が独立したって、大した影響なんかないんだから右の人も左の人も無視してくれそう!出雲大社なんかは宗教的な問題が残るかも、でも今は観光地なだけだよね。
島根は自由の国になる!
ツイートもブログも、メールもない。電話だって出来ない。電気・ガソリン・ガスが失われ、津波に傷つけられた街では本当に昔からのやり方で物事が行われている -ペンと紙で。
コンピュータやウェブサイト、3G携帯はもちろん、20世紀の印刷出版は利用できずに、街唯一の新聞である石巻日日新聞では記事が大きな紙に黒のフェルトペンで書かれている。
現代のメディアとは思えないが、この方法は機能している。
「このような悲劇に苦しむ人々は食べ物や水、そして情報も必要としています」夕刊紙である石巻日日新聞にて主筆を務めるタケウチヒロユキは語った。「これまではテレビとインターネットでニュースに触れていた。しかし灯りも電気もなくなって、彼らにはうちの新聞紙かないんです」
近年のアラブ世界をまたがる政治的醸成が新しいメディアの持つ力を華々しく告げる一方、世界で最も「つながった」国である日本での悲劇は、時計の針を逆転させた。少なくともここ何日かは、印刷/手書きのことばが優位となった。
執筆・編集が終わると、タケウチと同僚が手作業で複製し、史上最悪の地震とそれに続いた死の津波に生き残った人々がいる避難所へと配られる事になる。
「情報を手に入れるのに必死なんです」津波が自宅の一階に押し寄せて以来、10日間オフィスで寝泊まりを続けるタケウチは語った。
16万都市の1/3に電気教kっゆうが再開され、タケウチの新聞はペンを置き、印刷を始めた。ネットはまだ使えない。月曜の一面では「奇跡の救出劇」、80才女性と16才の孫息子が瓦解した石巻の自宅から日曜日に救出された物語を讃えていた。
海岸線を仙台に下ると、かつて賑やかだった100万都市では、デジタルによる意見は停止している。「こんな状況では、紙(媒体)の力は他(のメディア)にはない」街を代表する新聞である河北新報の社長でありオーナーでもある一力雅彦は語った。ほとんどの店が閉じた今では、ラジオの電池を買う事ができない。
この地域の電気供給が崩壊し、仙台のコンピュータやテレビはシャットダウンされたが、一力が持つ仙台の新聞はその間も発行されている。津波の日には1ページの号外さえ届けている。
情報に飢える住民は、(一力)社主に「生活を守るために私たちの新聞に頼っている」と話した。大災害についてだけでなく、毎日の生活に関わる情報が提供される。どの店に食べ物があって、どの道で瓦礫が除去されたか、どの銀行に現金があって、有名酒販チェーンのどの店が再開したかなどについてだ。
石巻は仙台よりも小さく、被害は長引いており、日日新聞は津波の後の2日間は発行できなかった。6人いる記者のうちの1人は、仕事から戻る途中に車にのったまま飲み込まれた。彼は生き残り、数日を病院で過ごして現場に戻った。
主筆であるタケウチは、3月11日午後2時46分に地震に襲われた時にはオフィスにいた。その日の入稿を終え、紙面では1面には石巻の「隠れた魅力」についての記事が飾られ、役所の担当者は病院やその他の施設を改善する約束をしていた。
地震は2階建ての新聞社社屋を揺さぶり、激しさのあまり蛍光灯は天井~落ち、ファイルキャビネットは床の上で横滑りした。
最初の手書き版は3月13日に準備され、「可能な限り正確な情報を得られるよう努める」誓いが特集された。日本中から集められたレスキュー隊の到着と被災地域の広がりが伝えられた。石巻では海辺の家屋やビジネスはぶち壊された。3万を超える人々が避難所に逃げ込んだ。「今や被害の全貌が明らかになった」という見出しがつけられた。
明くる日、身元が確認された34地域の人々の名前と年齢が載せられた。絶望の兆候でもある、スーパーでの略奪も伝えられた。
しかし紙面では、打ちのめされた人々の気持ちに拍車をかけるようなものよりも、明るい話題が努めて選ばれたとタケウチは言う。「希望につながる事を探しています。これが私たちの考え方です」 「数が増えるばかり」という理由で、死者名の掲載は取りやめとなった。1300以上の遺体が確認されている。
「こうした努力が電子メディアの不在を補う上で役立っている。電気や水、十分ではない食べ物での生活はうんざりするくらい大変です」石巻の25才になる、イシカワユタカは言う。「でも最悪なのは情報がない事です」メールやネットサーフィンが恋しいと彼は語った。
/| |/ >ハーイ ヽノ~~~\ ,,,,,,/´・ω・` \,,,,,,,,,, 富士山
べつにこんな広範囲に停電とかやらないでも被害のすくないうえに電気をくう23区を1つづつ落としていけばいいんじゃがの。
千葉とか意外と震災被害ひどいらしいぜ? あっちも津波あったんだよ。コンテナとかゴロゴロなんだよ。液状化してるところもあるし、ガスタンク火災とかもあったのに何スルーして停電させてんだよと。
まずは千代田区から電気を落とせって、率先してやらないで民を切り捨てるとかどうかしてますぜ。
国会とか、どうせおまえら役にたたないんだから、福島原発の30キロ近辺に本拠地をおけばいい。
真剣にやるだろうし、奴らが逃げ出したら、あ、やべぇんだなとわかるしね。
首都の地震発生時の被害想定をもとに今回の経済的被害額を推論してみるよ。
http://www.bousai.metro.tokyo.jp/japanese/tmg/assumption.html
http://www.bousai.go.jp/syuto_higaisoutei/pdf/higai_gaiyou.pdf
・死者想定が11000
・建物被害が85万棟 55兆円
これを今回の東北関東大震災に直さなきゃいけない。
今回の地震の人的被害の把握もまだできないのだけど、行方不明者をあわせて勘案するにワーストケースを考えて人的被害:16,000~18,000人ぐらいかしら
また群発地震になっていて建物被害は北アメリカプレート上にのる東日本まるまる広範囲に及ぶ。
建物倒壊件数は津波の被害を考えなければいけないし、500年に1回の頻度の地震でも大丈夫なように防災アセスメントをとっていたガスタンクは見事に燃えちゃっているしな。
あーー
あれ?役にたたんぞえ!?
仙台港石油コンビナートの消失だけで数千億ぐらいいっちゃうだろうし、千葉の関連の施設だけで同額いきそうだっての。他の施設も点検や修繕などを合わせると巨大設備だけで1兆円いくんじゃないかな。
交通インフラの被害も甚大で道路などはこれらの復旧は幹線道路はともかくとして、生活道路などをあわせると戻すのに3年ぐらいはかかるだろう。考えれば考えるほど途方にくれる。
別の角度から推論しよう。
都道府県別にみると今回被害の大きかった岩手、宮城、福島、茨木を合計すると約32兆円
全部が被害を受けるわけではないとおもうので、今後3年間に平均して稼働率が60%に落ちるとすると、58兆円。
今回は関東地方も停電などの影響で被害をうけており、電力の逼迫は夏ごろまで続くと予想されている。
関東地方のDGPは大きく、東京、神奈川、栃木、埼玉、千葉の合計値が162兆円
今後3ヶ月で正常にもどるとしてその間の稼働率が平均して80%落ちるとすると、8.1兆円。
東北電力での計画停電で影響があるであろう、同じく被災地の秋田や青森、また震度6などを記録している静岡や新潟、長野などは考慮外。これらを合計すると機会損失的な合計が66兆円ぐらい。
人的損失を考えると、想定した16000人のうち生産人口を4割と低めに設定して、生涯獲得賃金を3億円として計算すると、まあだいたい2兆。あって4兆円ぐらいか。価値創出を勘案して3倍にしても12兆円。こちらはそれほどでもないかもしれない。仮に8兆円にしておこうか。
次原子力関連
これは被害額が大きそうだ。世論が暴走して将来日本で原子力が使えないとなると、相当なハンデを国際社会にたいして背負わなければいけなくなる。もしかしたらひょうたんから駒でクリーンエネルギーに転化して+に働くこともあるかもしれないので将来損失についてはあえて計算しないこととする。
建築被害
NHKが被害地域への受信料免除を設定したのは現在で56万件。まあ倍ぐらいにまでは増えるだろうから、仮に120万件として、東京都の場合85万件の被害で55兆円なので78兆円ぐらいか。
東京都の建物と東北の建物の建築物的評価は異なると思うけど、その分護岸とか、漁船とかも壊れているので妥当でしょ。
ここまでで210兆円!
うわー
誤差を1/4とかとっても50兆超すな。場合によっては国のGDPが消えて飛ぶ可能性もあらぁな。
リーマンショックショック並みに下げた相場は一応もどしてはいるけど、今後被害がまとまるとこれらの経済停滞、低下をうけて世界的な経済的なインパクトを持つ可能性がある。そうなると1000兆円とかがまた泡と消えるレベルだけど、正直そこまではいかないと思うので、世界的にはまあいま膨らんでいるので400兆ぐらいのインパクトで収まるかな?
アラブドミノから予想されるコモディ市場の急上昇が懸念されているので、もう勘弁してくれという感じや。
日銀はいままでで15兆円ぐらいオペしたという話しを聞いたけど、どうでしょうね。一応効果はあったみたいですがどこまで耐えられるかが気になるところ。単純被害だけで200兆円レベルとなると、日本のGDPの半分、国の税収30兆の7倍ぐらいなので臨時国債発行は続くでしょう。そうなるとまた別の問題が出てくる。新潟中越地震の激甚災害と同様の補償をすると国がもたないレベルだね。それを押してとおすためには相当刷らないとだめだ。
数百兆レベルが水増しされるとなると、それだけ保有資産のバリュエーションは目減りするわけで、いままで資産やネットワークを持って囲い込んでいたプレイヤーの交代が日本でも起きるかもしれない。小さい会社も多くつぶれるだろう。新陳代謝が進むので歓迎すべきことだけど、急激すぎておっかねえわ。権力層にいる人たちには悪夢。団塊世代との世代交代はこれを期にいっきにおこるかもしれない。
生活環境、医療環境が急速に悪化することで高齢者の延命を図ることが難しくなるとおもう。
逆に若いひとは停電でやることなくて戦後みたいに、一段落したら出生率増えたりしてね。
思わぬところで少子高齢社会が解決するかもしれないと淡い期待を持って見る。
不幸の次には幸福を。
やれるって。きみならできる。
呆れてきたので原因を考えてみようと思った。
日本における、一票の格差は恒常的に最大5倍に達したままである。先の参院選で高知の広田一氏は13万7千票で当選したが、神奈川の千葉景子法相(民主)は69万7千票を集めて落選している。全体にとって不利益な政策がとれられたとしてもフェアな競争がなされていないのであればいたしかたないというものだ。
政治への新規参入はほとんど成功しない。政治家家業の大抵は世継ぎかのれん分けだ。
有権者は投票すべき政治家がいかな人物であるのかという品定めを行う機会というものをほぼ得ることができない。政見放送は粗さえ出さなければ話題にもならないし、見られもしない。文書図画は決められた枚数しか配ってはならないし、選挙カーは名前の連呼しか許されてない。選挙期間中はWEBの更新はダメだとか本当に意味がわからないが、そうした現状を是とするのは既存の政治家だ。新規参入を防ぐための策はきちんと機能しているといっていい。
選挙前に配られる官報?には学歴と略歴とがんばりますぐらいのことしか書いていない。しかもみんな自由形式で書きたいことしか書かないから比較もできない。地獄の業火に焼かれろ的な「とんでも」は発見できても、普通の候補者だと違いがわからない。ネットショップで価格もスペックも比較できず写真だけで選べという店であたり商品が引けるわけがない。この場合消費者がとりうる選択肢は限られる。どこかの既知のブランド品から無難な商品を買うか、さもなくば買わないかだ。
結果、約半数が投票に行かないし、地方の首長選挙は現職が9割の勝率となる。保守的なのではなく、新規が得体が知れなすぎるのだ。誰に投票していいかもわかっていない有権者など、確率的な数でしかない。だから当選するために確実に投票してくれる組織を囲い込むことに政治家は腐心する。そのために地盤やお金が必要となり、結果、特定の組織に利益誘導的にならざるを得ない。たとえその組織の利益が大多数の利益を損ねるものだとしてもだ。バラバラに動く有権者は特定の利益のために組織だって行動する人たちのまえに為す術などあろうはずがない。
もっといえば罪刑法定主義なのかも怪しいところだ。判例主義といったところで検察と裁判の判検交流に代表されるように三権分立など建前になってしまっている。厳密にしてしまえば、物事なににつけても対立がうまれ滞ってしまうので、そのような体制のほうがいいこともあるだろう。だがバランスは重要だ。現状は人治が法や道理を押しのけるまでになっているのではないかと思う。
例えば先日可決された東京都の青少年保護育成条例の改正に代表されるように、法は立てるが、運用するのは、お目こぼしをするのは我々だという暗黙の権力行使を許していてはそもそも政治家は必要ではない。議会も必要ではない。
政治家自身、何を議論して、何を決めて、それがどんな結果を及ぼしているのかにまで想像力が働いていないのだろう。やはり局所利益誘導的なのだ。決定には関与しても、立ち上げにも、運用にも、またそれが為されているのかの確認にも公正に関与できていない。政治家がただの多数決要員なら無差別に選出された陪審員でやったほうがよほどいい。
以上の原因と仮定から、スキャンダルや醜聞にまみれ、日本の政治の質が低かったとしても致し方ない。
自浄効果も期待できず新規参入も無理なら当然の帰結だ。絶望した!
ほにゃららでふがふがな社会に絶望した!と、いうところで思考を停止して右派左派同様ギャーギャー騒ぎたてるのも無理からぬこと。実際、じゃあ他に何か手立てあんの?と聞かれてもお手上げだ。誰か政治家の代わりをやれよといわれても、多分同じことをやらざるを得ないだろう。日本の政治はもはやこれで完成品なのだ。アラブでは、民主化民主化と騒いでいるが、日本には閉塞感はあっても打ち倒すべきシンボルもテーマもない。やはり行き止まりだ。
基本に立ち返る。
最大数の幸福を追求したいと考えるならば、人ではなく仕組みに裁量を持たせたほうがよい。そのためには公正な競争がなされなければならない。公正な競争がなされるためには、新規参入や撤退に自由度をもたせればいい。
既存の仕組みでも運用する人さえ違えば充分なのかもしれない。既存の政治市場と、並行稼動で仮想市場をつくっておいて、実際の議員の投票はこうだったけど、その地域の有権者の実際の意見はこうでした!的な仕組みがあるだけで、何がおかしいのか評価はできるようになる。というわけでYouつくって。
お金というのはとても恐ろしいものだ。3万円のために人を殺すこともあれば、100円のために罪を犯すこともある。
だが翻ってみてお金とはなんだろうか。おちんちんびろーんに他ならない。
おちんちんびろーんはどんな言葉に置き換えてもらってもかまわないが、つまりは置き換え可能な何かの共通認識のための記号だ。神様みたいなものかな。場で共有認識されるお郷のルールだ。お金があれば生きていけると思う人もいるし、お金がないので生きていけないと思う人もいる。実に大層な影響力があるではないか。
お金が影響力を失う時代は歴史をみるに結構こまめにやってくる。大抵どこの国でも70~80年に1回ぐらいはこの影響力(共通認識)がリセットされている。日本だってお金の形が一緒だから気がつかないだけで、仕組みは結構こまめに変わっている。マイナーチェンジだけどね。後はこのマイナーチェンジでどこまで変わる世間に合わせられるかだけだ。建物の普請と同じようなものだよね。いまのところ中のひとたちは頑張っている。ほめてあげたい。
最近のお金の実態をあげつらってみよう。今はお金はお金で稼ぐのが一番効率がいい。その前はお金で商品をおさえてお金にするのがよかったし、その前はお金で労働力を買って、商品にして、お金にするのがよかった。でも、今は本当にただの数字でお金を稼ぐだけならお金だけで済む。
お金は功績だった。これだけの働きをしたからそれに見合うだけのお金を持っている。お金を持っているということは名誉も兼ね備えていたし信頼にもなった。だからこそ信頼や信用をはした金で売り払ってマルチ商法とか炎上マーケティングなんてこともできる。信用の前売りだから長い目みたら損するとおもうよ。
いまは功績を残すまえから期待値で計算され、見込みで決算されるようになってきている。だからお金を稼ぐならお金を動かすだけで充分なのだ。これはどんづまりの道だ。だけど進まざるをえない。アラブドミノで中東がひっくり返っているがそこから派生するお金、コモディの流れの変化は日本にも数年以内に到着するだろう。
変わってから仕組みで対処するまえに、こうしたいという理想が必要なんじゃないかなと思う。ベーシックに立ち戻るとお金なんていうのは、感謝された印みたいなものだ。感謝されてもない人がその大半を保持したり、その流れにくみしない人がそれを薄くひろく集めたり、印だけ大量発行をしまうと根本が揺らぐ。誰かの役にたったからという功績と、必要とされたからという期待とでその社会を維持しないと原始的な理由でつまづいちゃうよね。そういう失敗も含めて社会、経済だけれども。
話題になっているベーシックインカムとか。生保とか年金とかもそうだけど、お金の手当でなんとかしようという感じ。
> ナウルという国 http://anond.hatelabo.jp/20110306084431
今就職できないよーとなげいている若い子だって、今身につけるべきは人から必要とされる、人に役立つ力なんだとおもうよ。それがあれば充分にやっていけるよ。くっていける。もし、必要とされているのにくっていけないのだとしたら、やっぱり根幹の部分がおかしいのだから、お金があってもだめなんじゃないかなとおもうんだよね。
え、必要とされていない?
じゃあ必要とされていない人同士であつまって社会でもつくれば? 後追いなのに先達と同じルールで戦ったって勝てないよね。
同じ社会動物のアリンコはそうするらしいよ。違う巣をつくるために飛び立つし、巣をつくる場所が充分にないと前の女王アリを殺してしまう群れもあったり、殺しすぎて群れごと滅びたりして、いろいろアリさんも大変だよね。
その程度の裏表でへこんでると、アラブ世界じゃ暮らせないぜ。アラブ世界じゃ、「依頼されたことを断るのは失礼だ」とう認識があるから、
例 「分かった分かった。私に任せておきたまえ」=婉曲な拒絶
とか普通。
日本語の難しさというのは、もっと指示語の多様さや文脈・敬語(敬意を含んだ代名詞含む)に依存する主語の省略とかではないかと思う。
例
「そこは…さあ。まあ、お互いに、何とか、ということで」 ←「そこ?」「さあ?」「まあ、って具体的に何?」「何とか、のあとは省略?」「で、のあとは省略?」
「や、そこまで言われるんでしたら、ねえ」 ←「や、ってなんだ?肯定なのか否定なのか?」「どこまでか」「誰が言うのか」「ねえ、ってなんだ?」
「まあ、泣いときますか(苦笑)」 ←「だから、まあ、って何なんだ?」「誰が泣くのか」「泣くって、比喩?」「か、は疑問なのか反語なのか詠嘆なのか?」
みたいな会話。これがなぜ
「この件については、お互いが互恵的に努力を重ねることで解決するようにしたいと提案するが、御社の見解はどうか」
「貴社も負担いただく、という提案については、非常に喜ばしく、前向きに検討することに同意したいと個人的には考えるが、担当として君の意見も聞きたい。」
「私も担当として依存ありません。本来の義務範囲を超えるサービスに当たるとは思いますが、社に持ち帰り、その線で契約する方向で検討させていただきたいと考えます。」
とならないのか。こういう、契約の狭間を埋める阿吽の呼吸とか、訳しづらすぎて困る婉曲的な会話の山を見ると、日本語つーか日本文化、面倒くせえと思う(笑)。(←さて、この(笑)にはどのような意味が込められているのか。)
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/feb/01/egypt-tunisia-revoltを和訳しました。
チュニジアとエジプトにおける叛乱では、イスラム原理主義の姿をまったく見かけない。これは注目すべきことだ。民主主義というもっとも非宗教的な伝統にのっとって、エジプトの民衆は、抑圧的な体制や体制の腐敗、そして貧困に対して叛乱をおこしたのだ。そして、自由と経済的な見通しを求めたのである。「アラブ諸国にあっては真の民主主義的センスは少数のリベラルなエリートのみに存在し、それ以外の膨大な数の大衆は、宗教的原理主義か、さもなければナショナリズムによって動員されるだけである」という西洋のリベラル派が持つシニカルな知見は間違っていると証明されたのだ。しかし、大きな疑問は残る。次に何がおこるのか?政治的な勝利者として、誰が登場するのか?
チュニスにおいて臨時政府が成立したとき、臨時政府はイスラム主義者と急進派左翼を排除した。これに対する独善的リベラルの反応はこうだ。「よくやった。奴らは基本的に同類なんだよ」。同類、すなわち両者とも極端な全体主義者だということだ。しかし、それほど単純なものだろうか?イスラム主義者と左翼との間には長年にわたる反目が存在しているが、それは存在しなかったとでも言うのか?もし仮にイスラム主義者と左翼が体制に対抗して一時的にせよ団結したとすれば、彼らはひとまず勝利するだろう。しかしその団結はすぐに元通りに分裂し、彼らは死闘に身を投じて、より残虐に振舞うのだ。
去年のイラン大統領選で、我々は今回のような戦いを目の当たりにしなかっただろうか?ムサーヴィーを支持して立ち上がった何十万の人々は、自由と正義を掲げたホメイニ革命はまだ継続中であるという人々の夢を表していたのだ。たとえその夢が非現実的なものであったとしても、それは政治的・社会的構想力の息をのむような爆発や経験の組織化、そして学生と一般市民との間の討論を導いたのだ。こうした社会を変容せしめる法外な力の解放のはじまりは、体制派のイスラム主義者が統治権を奪ったことで、次第に抑えつけられていった。
原理主義者による運動だと明らかな場合でも、その運動の社会的構成を見落とさないように注意すべきだ。タリバンは普通、テロにより支配を押し付ける原理主義的イスラム主義者の集団だと表現される。しかし、2009年の春、タリバンがパキスタンのスワット渓谷を占領していたころ、ニューヨーク・タイムズはタリバンが「富めるわずかな地主とその小作人たちとの間に広がる深い亀裂につけ込んだ階級闘争」を工作したと報じた。タリバンは、農家の困窮という「アドヴァンテージを得て」、ニューヨーク・タイムズが言うように「広範にわたる封建制を温存するパキスタンに対し危機を警告した」のかもしれない。もしそうだとするのなら、パキスタンやアメリカのリベラル民主主義者が同じように困窮という「アドヴァンテージを得て」、小作農を助けようとしないのはなぜなのだろうか?パキスタンにおける封建的勢力こそが、リベラルデモクラシーにうってつけの同盟相手ということなのだろうか?
これらから導かれる当然の結論は、次のようなものだ。すなわち、急進派イスラム主義者の台頭は、イスラム教国における世俗的左翼の消滅と常に関係がある。アフガニスタンは今は強固なイスラム原理主義の国と考えられている。しかし、40年前のアフガニスタンは強固な非宗教的伝統に則った国だったのであり、ソ連とは無関係に、独自に共産党が力を持っていたのだということを、誰か憶えているだろうか?そして、こうした非宗教的伝統はどこへ行ってしまったのだろうか?
こうした背景をふまえたうえで、チュニジアやエジプト(そしてイエメン、さらにはきっとサウジアラビアでも)で進行中の出来事を読み解くことが重要だ。もし現在の状況が、旧体制にリベラル風の彩りを付け加えるだけに終わり、結局は旧体制を生き残らせ、安定させてしまうとしたら、原理主義者による逃げ場のない反撃を生み出すことになるだろう。リベラルという遺産を生き残らせるためには、リベラル派は急進派左翼からの支援を必要とするのである。話をエジプトにもどすと、今回の件で最も破廉恥かつ危険なまでに日和見主義的な反応を見せたのは、CNNの中継放送に登場したトニー・ブレアだった。「変化は必要です。しかし、それは着実な変化であるべきなのです」。今日のエジプトにおいて、着実な変化とは、政府中枢の人数枠をわずかに増やすという目的にもとづいて、ムバラク勢力との妥協を図るということを意味するだけなのだ。このようなわけで、エジプトの平和的推移という語りは、鼻持ちならないのである。敵対者を押しつぶすことによって、ムバラクは自身に敵対することを不可能にする。抵抗する市民に対してムバラクが軍隊を派遣して以降、選択肢は明確になった。ほとんど何の変化もない中でのわずかな変化という見掛け倒しの変化か、真の破壊か。
ここが正念場なのだ。10年前のアルジェリアでは、自由選挙の容認によって権力がイスラム原理主義勢力へも平等に分配されたが、今回もそうなるというわけではない。もしムバラクが去った場合、体制を引き継ぐことができる組織的な政治勢力が存在しない、というのが、リベラルの一方の心配の種だ。もちろん、そんな政治勢力は存在しない。ムバラクは、つまらないことに対する反対意見であっても、反対意見であればすべてを却下することを通して、そうした政治勢力を始末してきたのだ。その結末は、アガサ・クリスティの著名な小説のタイトル、「そして誰もいなくなった」を思わせる。ムバラク自身やその混沌とした政治をめぐる議論は、ムバラクに敵対する議論なのだ。
西洋のリベラル派の偽善には仰天させられる。彼らは公然と民主主義を支援してきたのだが、宗教のためではなく、非宗教的な自由と正義のために人々が暴君に対し叛乱をおこすと、彼らは深く懸念を示したのだ。なぜ懸念するのか。なぜこの自由のチャンスが与えられたことを喜ばないのだろうか?今日、これまで以上に毛沢東の古きモットーが適切だ。「天の下に混沌、絶好の機会」(訳注)。
さて、ムバラクはどこへ向かうべきか。答えは明白だ。ハーグへ向かうがよい。ハーグの国際司法裁判所に着席するにふさわしい人物がいるとしたら、それはムバラクその人なのだ。
訳注:毛沢東のモットーについてはhttp://bit.ly/eSBrn9を参照。
政治の状況が違いすぎるからあんまり参考にはならないと思うよ?
エジプトは、同じ大統領、代わり映えの無い閣僚で30年程続いてきた。
天下りできそうなものは、独占企業の工場長に至るまで天下りでポストが決まる。
非常事態宣言は1981年から宣言されっぱなしで、令状無しで国民を逮捕・監禁できる。
日本がこの状態になるには、民主党は今後の選挙を停止したり、自民党を解党させ、自分以外の大規模政党が生まれないようにして選挙をコントロールしないといけないが。
老人世代が権力も金も牛耳っていて、若者は高い教育受けているのに食いっぱぐれ…っていう状態がずっと続いているっていうところだけ見れば、日本と同じなんだよ。
残念ながら、世代はあまり関係が無い。
ニュース映像を見直すことをお勧めする。さまざまな世代がデモに参加してるから。
志願兵とかムバラク一味に取り入れは若者でも権力と金にありつけるのさ。
あと、南部は豊かで高い教育を受ける事ができる。
北部が悲惨極まりないがな。
日本と違うのは、世代構成。若者が多い。だから革命が起きた。日本は年寄りが多い。だから革命が起きない。極論だが、それだけだ。
そんな簡単な図式じゃない。
女は男と体の作りが全然違うし
男と女がまったく同じ人生を送ろうとしたら逆に歪みが出てくるに決まってる
別の生き物なんだから
原始時代ってジェンダーってものが全く無かったと思うんだよね
アマゾネスからカラハリ狩猟採集民みたいなのまでいろいろいる中で
科学技術を発展させて先進工業国を築き上げた欧米人たちってどんな人?
こんな人たち
http://gigazine.net/news/20100609_misogyny_ad/
もちろん今はマシになってますが、
男が仕事で女が家庭、男尊女卑っていうのが人類にとってハイパフォーマンスな社会形態なのです。
女が狩りに出て男が家庭の事をやっちゃうと文明の発展がジャングル住まいの部族水準で止まっちゃう。
出生率は下がるわアファーマティブアクションで馬鹿女を職場に放り込まれるわでもうウンザリ。
「会社に尽くして、いいことあるの?」
http://news.www.infoseek.co.jp/society/story/12gendainet000132608/
だったら家に引きこもってろよ・・・
とりあえず、自演を疑ってるようだけれどこれは否定しても証明しようがないのでほっとくよ。
んー。んじゃ、「60歳代の男の生殖能力には問題ない」って前提導入しよう。
「彼らにガキを作るインセンティブがある」っていう前提は、微妙なところなので保留。まぁ、あるともないとも言わない灰色ってところで抑えておこう。
「ある」側の人物と重婚した場合、女性の生産性は↑の前提を導入すれば失われない。あなたのおっしゃるとおり、問題にならないね。
しかし、「ない」側の人物とくっついた場合、女性の生産性は完全に失われる。これは「重婚してガキ作りたいですか?」ってアンケートを金持ちにとらないと結果が出ない話なので、ちょっと置いとこう。
さて、それでは「現状女が余っている」って事実は果たしてあるだろうか。
金持ちにとって魅力的な女は、普通の所得層にも魅力的だよね。それが市場原理で掻き集められるということは
必然的に、通常の所得層のパイが減るわけでして。この部分、あなたの理論では確実に解消できないよね。
「(多くの場合高齢である)金持ちには重婚して子どもを作るインセンティブがあり、重婚によって失われる女性の生産能力を補うだけの出生率を生み出す」かつ「若い男性の求める女性像と金持ちの求める女性像は競合を起こさない」っていう二つの前提を越さないと、あなたの論は確実に成り立たないけれど
この部分、どうやってクリアするんだろうか。明らかに日本の文化土壌で「重婚」っていうのは現在の「おめかけさん」文化と地続きになるし、そこに子どもへの需要が生まれる理由がわからない。
ここはアラブではないからね。そして、明らかに金持ちの需要と若者の需要はバッティングする。
この二つを乗り越えて尚、「出生率に寄与する」という理由がさっぱりまったくぜんぜんわかりません。
「老人の生殖能力には問題がない」という前提を付与しても、まだまだハードルあるよねぇ。
んで、トドメとしては。
その制度、導入する金銭面としてのコストは確かに安いだろうけど。
政治的にそれ実行するコストすごく高くないか、と。天皇制なんかもそうだけど、慣習に思いっきり逆らう法を通すのは
非常に難しい。それを実際に立法する側のコストが極めて高い。これは、「コスト」には入らないのだろうか。
んで、現実的に更に言うと「金持ち」の絶対数は日本では極めて少なく、かつ老人ばかり。やるメリットも理由もほとんどない。
想定されるデメリットは上記のとおり。どーすんのこれ。
それは社会的経済的にそれぐらいの年齢で子供を作る用意を整えるからであって
まぁ、アラブ人と金持ちの年寄りは60過ぎでもガンガンガキ作れる、
というファンタジー仮説を導入する手もあるけれど。
実際問題として60歳の男はガキを作れる。ファ、ファンタジー?
それは何故かってーとねバカくん、60代男の配偶者の年齢が圧倒的に60代前後だからだよ!
現状、一般的な60代男は金持ちだろうが貧乏だろうが「子作り」ってライフイベントは終わってんだよ。
また、突然「今からもう1人」と思ったところで嫁が生物的に子作り不能なわけだ。
その統計に出てる60代父の大部分は妻に先立たれたか離婚をして若い後妻を貰う、というケースで子供作ってる。
逆に言えば、現行法でも30代の1割ぐらいは60代に子供を作る意志と能力があると証明してくれてありがとう。
統計に当たるようにしたのは感心だけど、数字の意味を考える脳みそが無いなら何の意味もねーよ。
で。基本的に、人間の「モテる男」と「モテる女」ってのは一定数なんだよね。
確かに老人が「余ってる女」から持ってくなら、話は簡単だよ。若くてブサイクで貰い手の少ない女を持ってくなら。
ところが、カネをぶっこんで持ってく女って大体そーいうんじゃないよね。若い男にとって必要な女だよね。
おまえ前頭葉に障害でもあるんじゃないのか?
法を重婚解禁に変えなくても、現状、老人が愛人を囲ってるんだよね?
なら「重婚解禁で女が失われる」って言い分はおかしいよね?
今既に失われてるんだから!
文字100回なぞらないと意味が理解出来ない読字障害かなんかですか?
死ね。
女は余ってるとしても、
余り者で魅力がある男女なんかいくらでもいる。
特に女は若さだけで価値があって、よほど可哀相な面相でなければ若けりゃ売れる。
とはいえ貧乏な男が増えて売る相手が見つからないまま若くなくなってしまっている。
余ったまま消費されずに腐っていく結果のダブ付きが現状の未婚増加余り者増加だ。
そこに買い手のオプションを増やす。
何のデメリットも無い。
やっぱり、俺はあなたの言う「女を囲うような男は年をとってもガンガンガキ作る」って発想には賛同できないし統計的、生物学的にありえないと思うわけですね。
子作りと言うライフイベントが30前後に集中する、という当たり前のことを示してるだけで
自分の主張は常に根拠無く「思う」とか「思えない」で言われてもな。
嫁の生活費+2000万程度ポンと出せる程度の金持ちならいる。
いや、アラブの男と日本の金持ち老人は60になっても性欲バリバリで
変な書き方をして有り得ない事の様にデコレートしているが
性欲のある60歳や子供を作る60歳がいるって事はよほど経験が浅くなきゃ知ってるレベルのことだし
そんなことに「根拠出せ」とごねられたらめんどくせーところを
んー・・・。えーとね。
とりあえず、「アラブの金持ちと日本の金持ちの年齢層が違う」って話は理解していただけた、と思う。
続いて、「年齢がいってから娶った妻にも大体子どもがいる」というあなたの主張は、ちょっと根拠にかけるかなと。
そういう統計は現状存在しないので、日本の出生率MAXの年齢をみると男性は29~30なんだよね。
まぁ、アラブ人と金持ちの年寄りは60過ぎでもガンガンガキ作れる、というファンタジー仮説を導入する手もあるけれど。
統計的に、60代父の出生率は30代の1割以下なんだよね。統計的に。統計的に。ソースは自分でググってね。
で。基本的に、人間の「モテる男」と「モテる女」ってのは一定数なんだよね。
確かに老人が「余ってる女」から持ってくなら、話は簡単だよ。若くてブサイクで貰い手の少ない女を持ってくなら。
ところが、カネをぶっこんで持ってく女って大体そーいうんじゃないよね。若い男にとって必要な女だよね。
つまるところ、ブサイクな男も女はほっといてもマッチングしない。マッチングするのは、性的魅力のある男女なわけで。
老人が性的魅力のある女を持ってったら、そりゃマッチング率下がりますよ。人気者が減るんだもの。
まぁ、ジジイは結婚できなさそうな女が好きというファンタジー仮説を導入する手もあるけれど。
女は余ってるとしても、「性的魅力のある若い女」は常に品薄なわけですよ。金出して買いたい女が余ってるなら、女の市場価値大暴落でしょ。でも、現実にそんなことは起きてないわけで。同様に、「イケメン」も品薄なわけですよ。
んで、「性的魅力のある女」を市場原理で買いあさられると、そりゃ若者に回る女は減りますよ。
「マッチング」っていうのは数だけ合わせりゃいいってもんじゃないわけで。老人が高いコストを払って囲いたい女は若者にとっても魅力的で
逆に言えば、老人にとって不要な女は若者にもいらんのですよ。わかるでしょ。
更に言えば、アラブの女余りっていうのは「女が生きてけない」社会における女余りで、その当時でも女を養えない貧乏人は女不足だったわけです。ついでに言えば、年寄り女は当然男不足だった。これムシしちゃいかんですよ。
で。
やっぱり、俺はあなたの言う「女を囲うような男は年をとってもガンガンガキ作る」って発想には賛同できないし統計的、生物学的にありえないと思うわけですね。
その上、一定以上の年を重ねた「日本レベルの金持ち」が囲った女にガキ作らせるとも思えないんですよ。
だってコストすごいもの。アラブとは比較にならんのですよ。日本には妾を作れるレベルの金持ちは老人に一定数いても
複数のヨメに複数のガキを養わせられる「金持ち」って少ないですよ。若者にはほぼ「いない」と言っていい。
となると、「法的に保護されたおめかけさん」として機能するのは間違いなく、それは若者にとっての
「いい女」を減らして、マッチングをより低下させるクソみたいな策だと思うんですね。
いや、アラブの男と日本の金持ち老人は60になっても性欲バリバリで
えーと、ちょっと待って。
日本の金融資産の8割以上は60歳以上が持ってたはずだけれども。
とすると、「金持ち」っていうのは大半が「老人」なわけで。
「現存する一夫多妻の国」っていうのは、大方若い金持ちが大量のヨメを囲ってる。
しかし、日本は笑っちゃうほどの老人金持ち社会。比較できるわけがないのではないか。
よーするに、タネが無いやつに大量の女を「法的庇護の下」得る権利を与えるわけで。
愛人であれば「テキトーに稼いだから若いやつと結婚するわ、妊娠したし」が可能だったけども。
法の庇護の下でそれやると、若いやつが法的にシバかれるよね。
「インセンティブ」っていうのは中々ぼやけた話なのでちょっと単語を変えよう。
「タネ」が無いじゃないっすか。日本に億単位の金持ちで30代なんてまずいない。
つまり、タネ無しに女が集中するわけで。「一夫多妻の国」との比較が不可能なことをまず認めなきゃ。
そもそも、一夫多妻というのは本来戦乱の中で生まれた寡婦を救済する制度であってだね。
「女余り」の中で、なんとか女を生かす法制度だったわけですよ。つまり、当時は特段「教育」とかの心配もなかったし、
若くて強い男は産めば産むほどお得だったわけです。だから機能した。
現在でも、アラブ辺りの男は若い金持ちが多い。産油国だしね。だから機能する。
ところが、日本には『若い金持ち」っていないわけです。老人しかない。そこに女が集中する。
タネ無しが女を掻き集めても、ガキはできないっすよ。そこ問題ちゃいますかね。
いやまぁ、60歳代でもガキが作れないことはないかもしれない。しかし、産出力って面で
全く持って歯が立たない。あと、ちょっと言いにくいけど障害児が生まれる率がヒジョーに高い。
「日本の金持ち」と「一夫多妻制度国の金持ち」を同列に論じてるところに理論の誤りがあるんではないでせうか。
ジジイが女を掻き集めると、基本男余りでただでさえ資源の有効活用ができてない日本を更に悪化させませんかね。
いや、そんなに大きくはないと思うよ?影響。しかし、性道徳っつーものっすげぇ生理的にイヤがるひとが多そうな
日本の慣習を犠牲にしてまで、明らかにマイナスの効果が出る政策を打つ必要はどこに。
その制度、実際やるとなると政権一つ吹っ飛ぶ覚悟がいると思うんだけども。あと、現実的に国民の理解は得られないだろーしなぁ。
もし、日本が若き金持ちの多い国であればこんな反論は要らないんだけども。
基本、日本には若き金持ちはそんなに、というかほぼいないわけで。産出力のないジジイに女を集中させるのは
ただでさえ低い男女のマッチング率を更に下げることになりませんかね。「アラブでは生まれてる!」っていってもそれは前提が違うっつー話でして。
基本、「女を複数囲いたい」って需要は日本にあっても、「女を複数囲ってガキを生産したい」って需要はあんまないんですよ。
だって、そこまでの金持ちがいないんですから。ウン億あってもガキ育てるってコストの問題が大きい。
つまり、「女は欲しいがガキ要らん」になるのが目に見えるじゃないっすか。産油野郎の国の話を引き合いにだしてもそりゃキビシイっすよ。
子供の自殺と、親の抗議について
ここのところ、子供の自殺が相次いでいますが、何れの場合も原因は学校だけが悪いかのような報道となっています。が、原因は本当に学校だけでしょうか。
子供の最大の味方は親だと思います。子供が危機に直面している時に味方になってやれなかった、やらなかった親の責任は学校よりも大きいと思います。
そう思うと、自殺した子供の親が被害者ヅラをして学校に原因究明など抗議している姿を報道などで見ると、自分の責任を他人に転嫁している、責任のなすりつけをしているように見えてしょうがありません。
これでは死んだ子供も浮かばれないと思うのですが、皆さんはどう思われますか?
* はてなブックマーク - 誠 Biz.ID:「新・ぶら下がり社員」症候群:辞めません、でも頑張りません――「新・ぶら下がり社員」現る (1/2)
だから付け加えとかなきゃなんなかったんだって。「そのくせ文句だけはいっちょまえ」
って。
* Twitterに有名人の来店情報を店員が投稿 ウェスティンホテルが謝罪 - ITmedia News
いや、単純に一般人のマスゴミ化ってだけの話でしょ?日頃さんざん批判してる根性が自分らの側にもあったと。そんだけのことじゃん。れでネット住民様が相手のこと暴き返してんだから同じことなんすよね。
* 「何が必要か、事前に施設に問い合わせを」 “タイガーマスク運動”受け、児童養護施設協議会が「お礼とお願い」 - ITmedia News
あ、偽善者たちが一気にシラけたようです。なぜなら客と店員の関係が逆転したから。しかしあれだね。
言い難いことをよく言った、すごい。これで少しは押し付けがましい偽善者(含むスレとか立てるバカ)が手を引くといいなぁと思います。あとほんとに「何が必要か?」と問い合わせを受けた児童福祉施設の職員さんは、身代金まがいの要求をしてやればいいと思います。
「ネットブックを2台贈ろうと思うのですが」
いちいち傷ついてのたうちまわるナイーヴさんたち
あぁそうか、お前が大切にしてるプライベートってあれか。「うすらぼんやりインターネッチョ見てる」
それのことか。
ものの価値が安定してないオタク業界のほうがこえぇっすよ。
つまり、かような少女が実在していたとするならば、懸念される不健全性は存在したということになり、規制を推進している側の読み大当たりってこと。一見に「都が、オトナが自殺に追い込んだ」ような演出だけど、根幹に「自殺の肯定」という意識があるわけです。かつ猪瀬直樹おじさんの「マンガの関係が好きな人は人生行き止まり説」も実証しちゃうという。
* はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):「保護者の苦情で不眠症」教諭提訴 保護者「娘に差別」 - 社会
「●●は文化だ」ってほんっと思考停止キーワードだよなぁ、不倫とか。
ほら、「アニメは世界に誇る日本の文化だ」とか喚いてるバカもいっぱいいんじゃん。基本的に「価値を否定されそうになると出てくる断末魔」と考えたほうがいいかもしれない、「文化」ってのは。
で、都条例改正での「アニメは世界に誇る日本の文化」と、阿久根の壁画の「パロディ、パクリは文化」、報道陣に取り囲まれた石田純一は「不倫は文化だ」と。
やはり無力を痛感した人間が嘔吐しちゃうのが「文化」という単語のようだ。なんつぅか「権威権力は文化を理解できていない、俺にはよく判ってる」的なみかん箱の上からの抵抗。
* wikipedia:文化
ただそもそも定義を統一することが困難な概念で、ヒトの歴史の割には意味が曖昧な言葉でもある。よって先に言ったもん勝ちみたいな。ところが「文化が」と言い出したらだいたい負けるパターン。上がったみかん箱ごと片付けられちゃうという。
* はてなブックマーク - 自分のふがいなさに腹立て新幹線で全裸 (スポーツ報知) - Yahoo!ニュース
なんとなく「やっちまった」気持ちは解らなくはないんだけど、公共の場所で「鬱憤晴らし」はやめようね・・・。(;・∀・)
それ、はてなブックマークとか使ってる人は言えた義理じゃないんじゃないかな?すごいな、自分がやってることには自覚が無いのか…。
* アルコール依存症「否認語録」
なんかここまで来ると「萌えキャラ描けば話題になる」感が否めなくなる
今頃気づいた?「話題になる」というか「話題にさせられている」んだと思うけど。広告の制作サイドはそこまで見越してるわけですよ。そっちの筋の人らって異常なほど単純だからいちいち「始まったおほっ!おほこれ始まったおっほ!おっほ!」とかなってくれるじゃん。ほんっとバカかと思うくらい単純じゃん。そっちの筋向けのマーケティングって鼻くそほじりながらでも出来るんだろうなぁって。例の神戸新聞のアレもひどかったじゃん?ただの広告なのに本気で「いけてない理由」をブックマークコメントとかで挙げてたバカがいっぱいいたし。キミらの昆虫並みに悲哀に満ちた習性ってほんっとに利用しやすいんですな。
自分の問題と他人の問題が切り分けられなくなってきたら要注意だよなぁと思う。
でもやっぱアレなんですな。世の中にはちゃんと「克服したい」と思っている人がいるわけですな。そういう人がいる一方で「誰にも迷惑かけてない」とかチンポ勃てながら喚いてるバカがいるかと思うと。
レイデン博士によると、コカインは体外に排出できるが、ポルノ画像は永遠に記憶に残るので、ポルノ依存症はコカイン依存症よりも回復が難しいという。
すごい理屈だ。
* 国民生活センター、“ペニーオークション”のトラブル急増で注意喚起 | RBB TODAY (ブロードバンド、セキュリティのニュース)
これに対して国民生活センターでは、消費者へのアドバイスとして「参加するなら、冷静な判断力を失わないこと」「一度“通貨”を購入すると返金されない」「不審なサイトは利用しない」といった注意を呼びかけている。
あー…呼びかけを足した方がいいんじゃない?「ブログやブックマークコメントで喚いても無駄」
って。そうしないと「喚いてなんかやり遂げた気分に浸るバカが一向に減らない」という問題が何時まで経っても片付かない。もうほんっと勘違いした自警団気取りがどんどん増えてんじゃん。直接何かができるわけでもねぇのに喚くのだけはいっちょまえな。
* 1位 世の中は自分に対して母親のように接してくれるものだと思っていた。
* 2位 すぐ「俺は異端だから」とか言っていた。
* 3位 自分と他人の境界がわからなかった。
* 4位 生産性がほぼゼロに近いことに気づいた。
* 5位 根拠はないけど自信はあった。
* 6位 くさかった。
* 7位 ネットは自分の居場所だと思っていた。
* 9位 すぐ「文化」とか言っていた、よく知らないのに。
* 10位 間違っているのは世の中のほうだと思っていた。
まだいっぱいあるけど?
いやほんと、漫画の話で盛り上がってるだけなら、誰もキミらになんか言おうとも思わんだろうね。それ以外の部分に全く自覚がないという辺りに、なんか気づいてみて欲しいものです。
しっかしほんと。ネットに書いてあることにいちいち傷つく人って大変だよなぁと。
あー
お怒りごもっとも。
でもtwitterでゴネてるだけじゃ何も変わらないのでやはりどっちもどっち。
* はてなブックマーク - Togetter - 「町山さんとサウジと〇〇」
そう?おれはどっちかにならねばならない的な思考の方が恐ろしいなと思った。あとなにより
当事者を交えずしてよく「結論を出そう」という気になるなというのが。何の思い上がりだろう。とまたゲイが「極論の人質」になってた。
つーかさ?
その筋に分かりやすく言うと、ネットの議論というのはしばしば「マリオカート化」するよなぁ。
あれほら、対戦相手をスリップさせたりするアイテムが使えるじゃん?ところが社会的に通用するレース、まぁF1でも競馬でもなんでもいいけど、そういうのにはそんなアイテム絶対出てこないわけじゃん。そのうち走るのが速いとかじゃなくてアイテムを使うのがすごくうまい人みたいなのが出てくる。それがネット議論巧者だったりするわけですよね。
議論とは相手を説得することより、見ている人に共感を生むほうが大事。
とか言っちゃうわけじゃん?そりゃもう「コイン全部集めるのに躍起になる人」ですよ、レースそっちのけだという。
彼らがYoutubeからFacebookまで幅広くネットのサービスを禁止・抑制しているのは、まさにこういったネットワークにそういう力が備わっていることを理解しているからです。
アラブの政変で負けようとしているのは誰なのか? - Chikirinの日記
「そういう力」ってのが「どさくさ紛れの暴動」のことだったらそりゃネットのサービスを禁止・抑制する意味もあるよなぁ。あと彼らがそうやって「ネット上で議論しても何にもならない」のを実証してくれたということでもありますな。
はてなブックマークがTwitterと連携できるようになってからこっち、歪な自己愛に満ちたコメントがかなり増えてて非常に興味深いです。
華麗なる最先端野郎。
shields-pikes 仕事 万人が旧態依然とした「対面コミュニケーション至上主義」組織に入る必要は無い。ネットの力を借りれば、非コミュが成功する道もたくさんある。自分に合ったアウトプット手段を見つけて自発的に動き続ければいい。
* Translators United for Peace - 速報874号 エジプトの若者からのメッセージ
親愛なる世界の皆さんへ、
気持ち悪いなぁ。関係ない人間の良心まで人質にとるなんて卑劣きわまりない。
o no title
そしてばっちり良心を人質にとられたバカかバカ以下の生ゴミの出来そこないどもが大興奮。
うん。
なるほど。西武が何のためにそういう催事に場所を貸すか?ってぇと、来客数の増加を見込んでということになると思うんですよ。それすなわち売上の増加ですよ。催事そのもので収益は上げられないわけじゃん?収益の種としてどっちか強いか?ったら客じゃん?自称サブカル作家は客でもなんでもねぇわけじゃん?そこ天秤にかけてみりゃ自ずと答えが。で、この催事を見に行きたかった人ってのもいるじゃん?「気になる作家がなんか出してる」とかいう理由で。その人らってのは、催事を見たいだけであって百貨店の客じゃない。言うたらパチンコ屋にトイレ借りに来る人と同様。あれは客じゃねぇんですよ。そりゃキミらがその展覧会見に行ってついでに百貨店の上から下までびっちり巡って7~8万くらい使ってくれるんだったら展覧会に充分な効果は認められようが。ところがそんなことはねぇわけですよ。そんなもん自称サブカル浸りなんてのは強烈な貧乏人なんですから。クソの役にも立たない分際風情でしかないっていう自覚くらい持ってみちゃどうだろうか。
このヘンなイベントってそもそも展示期間ってものがあったわけですよね。場所借りてる以上はそうなるんですけども。人様の力借りてる以上、その人様の都合も影響して当然である。ってより、場所借りてなんかやろうって人は足場が固まってないっつーことじゃん。
ったらその程度の分際風情でしかないんですよ。
しっかしなぁ。
大いなる勘違いなのではないか?と。というかその息苦しさの原因は社会にあるのか?という。己の身の丈見誤ってるだけなんじゃないか?と。いやおれは身の丈見誤ってるからいきなり社会が対戦相手になってんじゃねぇの?とか思うんだけど。いやほんと、こういう「己の側にある原因」を疑わないのって、基本的におかしな自己愛に塗れてるからなんでしょうな。
事の善悪よりも、デブがうつむいてフランクフルトみてぇな指で携帯電話のボタンカチカチやって完成させたメールであるというのがまず面白い。しかも全員頭にムック(ポンキッキ)みたいなプロペラついてんですよ。そんな珍奇な生物が器用にメールを。なんかもぅ戦車でいちごのショートケーキを運ぶくらいアンバランス。
だとか。
* http://twitter.com/#!/SeiichiMizuno/status/32704710267899905
「健全な社会」にすべくべくホコリを排除しようと動いた
だとか。
なんか異様に自己肯定感が低いよなぁと。自らが好むものを「不潔」や「ホコリ」サイドにおいて開き直ってる様ってのは。じゃあですよ?そういう展覧会に行って作品見ながら「わーなにこれ汚い」
いうて作家は喜ぶの?
だったら「不快」も褒め言葉になりゃしねぇか?と思うんだけど。んで。いっとくけど汚いものはただ汚いだけですよ。あれじゃん?こないだnoiehoieおじさんが「駅が汚い、どうなってるんだ!」みたいなってたじゃん?あれ?ホコリは排除してしかるべきなんじゃねぇの?じゃあなに?駅員が「アートです」って言い張ったらオッケーなの?
現実に災害で苦しんでる国民がいるのに、それを食べ物を粗末にしたから神様のバチがあたったなんて風にツイートする政治家に怒りを感じてるだけだと思うけど。右も左も関係ない。人間の感覚としてね。
はてなブックマーク - 河上みつえ氏のツイートで炎上。当たり前のことを言ったまでで、謝罪する必要は全くない!?|? 日々坦々
って、沸点低いよなぁと。なんつぅか「とかく世の中息苦しい」みたいなのってその沸点の低さに由来するもんじゃないだろうか?と思える。
処分を決定した人や殺処分した人が、どんな気持ちを抱いて執行したのか想像することすらできない人もいるんだね。悲しいもんだ。
勝手に想像してるだけだしなぁ。それは「山の神様の怒り」を想像してるのと全く同じレベル。この人まさか「おれの想像のほうが現実的」みたいな気分でいるんだろうか。で、「独善的」という批判をしてる声が結構あるんだけど。畜産家という赤の他人様の気持ちを誰も頼んでないのに代弁して他者批判の材料とするのもまた独善的だよな。
自分の欲求を満たすため、他の人々の良心、礼儀、常識、責任感、寛容、ヒューマニズム等、道徳的な信条をとことん利用する。
2:マニピュレーターの特徴
というのがあります。
まぁツイッターに向いている人ってのは社会不適合者ですからね。むしろ「ツイッター向きじゃなくてよかった」と喜ぶのが筋。世の中はツイッターだけで構成されてるわけじゃないんで。ネットで相手してもらったらバンザイ!みたいなチンケな思考を恥じてみるのもまたよしってなもんですよ。
* Togetter - 「【これはひどい】堀江貴文・東浩紀【平和ボケ無知左翼思想お花畑】」
「国防の素人」という批判の声が。
…しかしそれはほぼ全員ではないだろうか。なんでキミたちプロ気取りでいるのかね?まさか日の丸アイコンつけて毎日うすらぼんやりTwitterを眺めているのが「国防のための巡視」かなんかだと?おっとこまぇやなぁ。
結局日本人に使わせると何であろうとすぐ晒しツール化しちゃうんですね。
* はてなブックマーク - 90日以上更新のないはてなダイアリーに、広告を掲載します - はてなダイアリー日記
なんかすーごい嫌がってる人がそれなりに。でもお前の書くエントリなんて広告以下じゃん。アニメの感想とかしか書いてねぇんだから。
エジプトでなんかあるまで出番がなかったこの人のことを思うと泣けてくるんだ。この人のムダ知識がやっと陽の目を見た。家でも学校でも会社でも飲み屋でも今までエジプトの話なんかする機会がなかった。それがやっと。この人は圧政にも反政府デモにも感謝しなきゃならないという。圧政の下、数多くの人々が苦労したり死んじゃってたり。そんな人々の不幸・災難の上にあぐらをかいて、バカが小偉そうにムダ知識を披露して大層ご満悦。
* はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):日本郵便、大量雇い止めへ 非正規数千人規模か - ビジネス・経済
またバカが揃いも揃って何もしやしねぇくせにえっらそーなクチ叩いてんな。ゆうパックいいのにねぇ。ヤマトや佐川が翌々日着の地域でも翌日着だし。だけどおれはそうやって首切られちゃう人になんにもしてあげられないや。だから「それ見たことか」みたいなことを言って何様根性全開になってる↑の連中みたいになれないや。
ちょっと考えてみたいのは
* 2ちゃんねるに執拗な「殺傷予告」 新宿「通り魔事件」は起きなかった (1/2) : J-CASTニュース
これに対し、「2ちゃんねる」には「どうせ釣りだろ?」と疑うものから、「行っても何も出来ずに取り押さえられるだけ」「お前も後悔するがやられた家族と本人と気持ち考えてみろ」「やめておけ ご両親が可哀想だろ」「他人を不幸にまきこむな」などと諭す声も寄せられていた。
というのがどの年代から発せられたのか?はどこも報じないし誰も気にしないよなぁと。
悪いことやってとっつかまって、さておいくつでしたみたいなのが明らかになったのを「これだから●●歳は~」とか言い出すのってなぁ…おれはそういうのって教育科目レベルうんぬんではないと思うんだがね。もっと根幹の授業では習わない部分にあると思うんだがね。いやほんと
「授業で教えればいい」
* NHKスペシャル『無縁社会』に出たニコニコ生放送ユーザーが語る“演出への違和感” - ガジェット通信
なるほどなぁと思った。
あくまでも「遠くにいる友だちとチャットで連絡を取り合える」ことや「見知らぬ人とでもニコニコ生放送を通してコミュニケーションできる」という新しい「ネット縁」がこれまでにない新しい「縁」を生み出しているという点を知ってもらう一助となればということで取材を受けたつもりでした。
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そんなものが「新しい縁」だと思い込んでる珍奇な脳みそがまずおかしいよね。NHKとしては"珍奇な見本"として最適のチョイスだったんでしょうな。
私自身、番組のナレーションのトーンや内容がとてもとても暗い感じであることに、たいへん違和感を覚えました。少なくとも私はそこまで悲壮感を抱いて『ニコニコ生放送』で放送はしていないかな、と思います。
逆に悲壮感を抱けないところに問題がある。己の悲愴っぷりに自覚がないというのはかなりのレベルに来てるんじゃないだろうか。ひょっとしたら「自分より下」が存在しているのかと思ってるのかもしれない。残念ながらニコニコ動画のアカウントを取得した時点でもう悲愴まっしぐらである。この時点でもう「それより下はない」と思えなかったそのオツムのつるつる加減。ではその自称新しい縁とやらを取り上げてみよう、お前に何が残る?ってなもんだ。
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「ネットで大盛り上がり=実社会からの隔絶」なんでその自覚がないのです?よしわかった。お前ちょっと交番に押し入ってはしゃいでこい。とっつかまって「仕事は?」って聞かれるや否や「ニコ生主です」って言え。「元増田です」でもいいぞ。まず間違いなく尿検査来るから。