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2012-01-21

○○市の決定

柔道団体

柔道を必修化しろ!講師やらせろ!柔道人気で道場の月謝を増やせ!柔道家国会議員に選ばれてるんだぞ。これが民意だ」


政府

しょうがないなあ。有識者会議でも開いて決定するか。柔道だけじゃ目立つからダンスも必修化するよ」

マスコミ

柔道の必修化か。おっ、柔道事故が多いぞ、これは愚民面白がるに違いない。記事にしちゃえ。対策や指導が不十分だった可能性があり、問題となりそうだ、と。なりそうというか、問題になると面白いんだけどね(笑)


普通の人

柔道危険なのか。でも、多少は怪我するのはしょうがないんじゃないの?」


・不満の捌け口を探している人

危険だ!事故が起きるのは行政の怠慢だ!」


マスコミ

普通の人の意見報道したってつまらないし、センセーショナルに怪我した人を紹介しよう。教育現場はこのような危険な状態を放置して良いのでしょうか?子供の命はうんぬんかんぬん、とな」


自治体教育委員会

武道なんだからある程度の怪我はしょうがないだなんて言えない雰囲気だ。しょうがない、形だけ対策委員会を立ちあげて、そのへんの先生を呼んで指導させることにしよう。(でも、こんなので事故が防げたら苦労しないよね。まったく無駄仕事だ)」


マスコミ

「これで事故は防げるのでしょうか?責任はどうとるのでしょうか?」


自治体教育委員会

「思いがけず起こるから事故」なのに、責任なんか取れないよ。国が必修って決めた事だから柔道を辞める訳にはいかないし…そうだ、乱取り禁止にしちゃおう。これなら事故は起きない。」


マスコミ

「○○市が乱取り禁止!これで柔道が学べるのでしょうか?日本発祥武道が廃れる事が問題となりそうだ。」


普通の人

「バカじゃないの?」


・不満の捌け口を探している人

「○○市は何やってんだ!これだから公務員は!」


自治体教育委員会

「苦情がたくさん来た。これもニュースになるんだろうなあ。」



乱取りの無い柔道ダンスを受けた中学2年生

柔道ダンスの違い?道着を着るのが柔道、着ないのがダンスでしょ?」

2012-01-13

[]行動分析学マネジメント

行動分析学マネジメント-人と組織を変える方法論 - 舞田 竜宣

パフォーマンスマネジメント―問題解決のための行動分析学 - 島宗 理

行動分析学入門 - 杉山 尚子


明日は誰のものイノベーションの最終解 - クレイトン・M・クリステンセン

教育×破壊イノベーション 教育現場を抜本的に変革する - クレイトン・クリステンセ

イノベーションへの解 実践編 - スコット・アンソニー

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて - クレイトン・クリステンセン

イノベーションのジレンマ技術革新巨大企業を滅ぼすとき - クレイトン・クリステンセン

ノベーションの達人!―発想する会社をつくる10人材 トム ケリー

発想する会社! ― 世界最高のデザインファームIDEOに学ぶイノベーション技法 トム・ケリー



アジャイルプロジェクトマネジメント 最高のチームづくりと革新的な製品法則 - ジムハイスミス

完全網羅 起業成功マニュアル - ガイ・カワサキ

ブレークスルーの瞬間 何があの企業を飛躍させたのか (KINDAI E&S BOOK) - 坂本 桂一

起業革命―「スタートアップ」のプロが伝授する事業創出のノウハウ - エムアウト事業開発グループ

2011-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20111223214321

なんかいろいろ言われてるけど、個人的には教育現場苦肉の策じゃないかと思うんだよね。

子供の頃の勉強のできない子とか、おバカが売りのクイズ番組計算させてるのをみると

彼らは文章問題の意味がまったく理解できないんだよね。できないというか理解しようとする気もないというか。

そんなおバカさんなりの知恵として、文章題に出くわすととりあえず問題に書いてある数字を全部足すか掛けるか

たまになんとなく割ってみたりするわけ。

なまじ問題が単純だった頃にそれで正解を拾えてたという体験があるから、ずっとそうやっていって

ちょっと問題が複雑化するとお手上げになっちゃうと。

そんなおバカ達になんとか問題を読んで計算式を立てる癖をつけさせたい苦肉の策として

計算の順序にまで注文をつけてるんじゃないかと。

2011-12-16

適切な他人との距離感

適切な他人との距離感をうまくつかめない。


なぜだろう、理由を考えてみた。


小学校時代に「いじめ」を受けた

いわゆる「いじめ」を受けていた。内容はありがちな「○○菌」というやつ。

席替えして机が横にでもなろうものなら、あからさまに嫌がられたり。

少数の友達はいたけど、相手の顔色を伺うようになった。

特に女子とは高校卒業までまともに話ができなくなった


思春期に転校した

小学校卒業する直前に転校した。当然、新しい学校では友達もロクにできないままに卒業式を迎えた。

コレ以来、「仲良くなったら別れの時がつらいから仲良くならない」と考えるようになった。


リセット願望がある

就職で上京した。周りには友達が1人もいない状態で、人間関係を作りなおした。

機会はいろいろあるけど、似たような事を何回か繰り返した。

電話も苦手で、コミュ障なのかと考えた事もある。



これから

教育現場で働いているので、人間と深く関わる必要がある。

周りからの評価を気にしなければいくらでも手を抜くことができる。

しかし、自分自身の評価を高めたいという事もあるけれど、学生自身に幸せになってほしいという気持ちもある。

自分自身を変えていかなければならないと思っている。



まあ、ぶっちゃけ転職するのが一番早いんだけど。

2011-09-25

学歴と将来性と後悔

地方公立高校出身

一浪して県外の公立地方大学英文学を専攻

いま公立高校英語教師

もっと勉強しておけばよかったな

たいして充実した青春時代でもなかったし

いま高校生と接していて

彼らの未来がうらやましくもあり、同情もする

自分出身大学は吹けば飛ぶような無名地方大で

自分の力に相応ではあった

でも人に言うのは恥ずかしくもある

学歴は一生消せない ロンダリングでもしない限り

でもいまの日本の状況をみていると

いい大学と言われる大学の出身者でも就職は厳しい

日本はいま誰もが否定できない不況下にあり

金もなく将来に対する保証もない

今の高校生少子化の影響でお金比較的かけられ

小さい頃から塾に行く者も多く大学に行く割合も増加している

一般にFランと言われる大学経営のためほぼ全入で

お金を出せば容易に入れる

名門とされる大学との格差が大きくなってきている

その名門すら安心してはいられない状況だ

しか若者雇用情勢は厳しく、自分の夢を実現できるのは少数止まり

それは自分が若かった頃も同じだが、さらにハード現実が待っているように思う

就職してもいつリストラされるかわからず一方で管理は厳しくなり窮屈だ

そんな社会情勢の中、大学ネームバリューはどこまで相対化されたのだろう

自分はたいして努力もせずに地方のちっぽけな公立大に入り

まあ身分相応の就職をし生活をしている

いってみればこじんまりとまとまった人生

コレでよかったんだと思うとき

コレでよかったのだろうかと後悔するとき

その間を行き来し続けている

言ってみれば学歴コンプ

最初にも書いたが学歴は一生消えない

自分はこのコンプレックスをひきずって生き続けてきた

若者はい大学に入るため努力をしている

その応援をするために自分がいる

もちろん保護者の願いをかなえることにもつながる

ニーズを満たすところに自分仕事がある

しか最近薬学部の6年制化後の偏差値の凋落が表すように

また法科大学院をはじめとする専門職大学院の低迷ぶりが表すように

約束された」エリートコースの存在を単純には信じられなくなってきた

大学院に行けばアカデミック職業に就けるわけでもなく

無職博士の大量増産となった

最近高校教師世界大学院出身者が競争してようやく入り込める状況で

現実教育現場を目の当たりにして夢や期待を打ち砕かれる人も多い

そんな彼らの死んだ魚のような目を見ながら

また自分学歴コンプを振り返りながら

いまの時代に「いい大学」にいくことの意味はなんだろうと思わずにいられない

お金をかけ期待をかける価値がいまの大学ブランドにはたしてあるのか

でも私のようなコンプを抱き続けて生きていくのもどうかとも思う

2011-08-27

一寸先も見えない27歳ニートが、5年後の未来を夢想してみた。

5年前、携帯ゲームSNSサイト既存ゲーム市場を激変させると誰が予想していたでしょうか?

そして5年後、同様の破壊イノベーションが、教育の分野でも起こると予想(願望)しています

1対マス(教師×生徒)型の教育から、マス対1(多種多様な教材×生徒)型の教育プラットフォームが主流になるでしょう。

王道学習サイト

http://www.codecademy.com たとえばこんな感じのサイト

かい目標達成がやる気を出させてくれる

教育機関無料映像プラットフォーム

名大学や有名塾講師講義内容を無料映像配信するプラットフォーム

→結局大学や塾の宣伝なので、

CGMプラットフォーム

lang-8や、四択問題クイズサイトのような、ユーザーが教師であり、生徒でもあるようなSNSプラットフォーム

情報の信頼性に欠ける、収益化が難しそう。

DeNAGREEプラットフォーム

多種多様教育コンテンツ企業提供するSNSプラットフォーム

お得意のデータマイニングで、学習者にとって最適な教材を提供。ただ、ゲームと違って、言語の壁を乗り越えるのが大変そう。



ここまで書いて、稚拙な文章と分析しかできなくて情けなくなったので、言いたいことをまとめると、

デジタルデバイスネット接続環境があれば、誰でも無料教育を受けられるプラットフォーム誕生

ただし、学生無職以外は月額5000円から一万円かかる

従来の学校教育に馴染めなかった人も、多種多様な教材で楽しく勉強できるような設計。(細かい目標達成を感じられたり、ゲーム的要素だったり)

従来の学校教育の進度が遅い/早いためにフィットしなかった人にも最適な学習環境が得られる。

教育生産性が向上し、18歳で大学教授並のパフォーマンスとか出せちゃう、教育界の石川遼クン的人材がたくさん出てくる。

良質なスクリーニングで、センター試験とか大学二次試験も廃止でコスト低下

技術の台頭により、職を失ってしまった人も、新技術を学べ、再チャレンジ可能な社会

会社内の教育にも使われ、企業生産性が向上。

既存公教育は、ディベートや、コミュニケーション、発想、創造力、を鍛える教育

み、みんなハッピー!!!


みたいな妄想をしてた。

過当競争で毎年自殺者3万人出てるなんて戦争やってんじゃねーんだぞこらー!(全然関係ない)

以上、孤独不安で頭がおかしくなったニートの戯れ言でした。誰かかまってください。

本の紹介忘れてた

教育×破壊イノベーション 教育現場を抜本的に変革する: クレイトン・クリステンセン, マイケル・ホーン, カーティスジョンソン, 櫻井 祐子: 本

http://amazon.co.jp/dp/4798117730

2011-08-20

ゆとり新人を叩いても仕方ない

今の子供精神力がないとか我慢が足りないとかいうけど、それは仕方がないことだと思う。

もうすでに、精神力とかそういうモノが前時代の何かになろうとしているんだろうと思うから

この前3D映画を見に行った。

飛び出す映像は迫力あって面白いことは面白いんだけど、目がとっても疲れる。

でも、もし生まれた時からこの映像をずっと見ていたら、これが普通なんだろうなと思う。


昔の年寄りが「テレビを見るとチカチカして疲れる」と言っていた。戦後テレビっこは「ゲームピコピコした人工の音が嫌い」と言っていた。

ドットゲーム世代は「3D酔いするからゲームはできない」と言っていた。次の世代は? 「3D酔いするから映画見られない」になっているんだなと。



新しいものができれば、古い世代は「異質」と感じるけど、その時代に生まれたほうからすれば「当たり前」になるんだろう。



で、ゆとり新人の話に戻るけど。


今の若い世代は「スイッチひとつで解決」が当たり前で育ってきた。

例えばわからないことがあったらググればいいし、電子レンジで大体全部料理ができて、

お父さんが外に出ていけばお金自動で持ってきてくれて、学校も考えなくてもお母さんや先生が成績で勝手に決めてくれる。

おまけに恋愛だって漫画ゲームという代替品が存在する。


から「わかんないことがあったら聞けばいい」し「面倒くさいことをしたことがないからわからない」し

「合理的なことってよくわからないけどカッコイイ」し「すぐ結果が出ないと気が済まない」思考回路が育っている。


新人メモをとらない」のは学校の授業でメモを取る習慣を身に着けなかったから。

「すぐ考えればわかることを聞く」のは考える訓練をしてこなかったから。

職場空気が読めない」のは今まで大人のいうことを聞く必要がなかったから。

「俺はこの仕事向いてない」って言い出すのは結果がすぐ出ないとリセットしたくなるから

今までやってこなかったことが社会に出たからって急にできるようになるわけがない。


それもこれも「3D映画をみると目がチカチカする」現象と似ていると思う。

丁寧に教えても仕方がない。だって彼らはそれが生まれたときから続いてきたんだから

大人が「これはおかしい」っていうことが彼らにとっては「目がチカチカする」と同じくらい滑稽に聞こえているはずだ。


「個人の自由が大事」と教えられ、「大した手間がなくても結果が出る」ことばかりで

挙句の果てに「困ったらママがなんとかしてくれる」世界で育ってきたんだから、その価値観をいきなり変えるのは無理。


価値観を植え付けたのは彼らが育った日本社会であり、彼らに責任はない。

そこを「ゆとりは使えない」と切り捨ててしまったらあまりにもゆとりが気の毒だ。

彼らは普通に3Dの映画を楽しむ。それなのに「あんな映画は目が痛くなるから禁止だ」と怒られる。

それが彼らにとっては理不尽であり「合理的」でないから旧世代を馬鹿にした態度をとる。

そもそも多くの大人と接していないので彼らは上司も「部活の先輩」や「クラスメイト」と同等の価値観で接する。

それで怒られて余計上司に不信感を抱くのスパイラル


から最初から根本的な教育大事だと思うんだけど、残念ながら日本では公立学校崩壊など教育制度の改革が十分じゃない。

学校制度育児を丸投げにして、家庭教育を放棄せざるを得ない世代が存在するのに

育児は家庭(母親)の仕事」と取り合わない社会制度教育崩壊の一因な気がする。

学校託児所じゃない。もしそうするのならそれなりの社会支援がないと教育責任が全部学校になってしまう。


ゆとり世代を叩いている場合じゃない。

ゆとり大量生産してしまったシステムを見直すことや教育現場社会乖離を解消することが早急。

不便に戻れっていうわけじゃないけど、少なくとも忍耐とか相手の気持ちを考えるとかそういう基本的なことを大人が示していかないといけないんだけどね。

あ、そういう大人も少ないかも。困ったな。

2011-07-13

http://anond.hatelabo.jp/20110712230504

確かに。

んで小思い出せば学生のころさっさと作文の書き方教えろよー

事実の羅列と語尾に楽しかったをつけることしかできねぇよーって苦しんでたわー。

話それるけど、「そんなのは価値観押し付け」とか言ってる人も、

美術の授業ではもっと技法とか教えろよって言い出すんだろうな。

実際の教育現場もそのジレンマで苦しんでて、ゆとりもそういう考えに答えてできた制度って言うことも無視して

って言うこと思い出した。

あと教育現場からの声だっていう前提なら、なおさら元増田みたいなこと嘆いてないで

ごく自然人間能力って言うこと知らないといけないと思う。

世代論に持って行くのも一種の病気みたいなもんだと思う。

2011-06-17

で、三度目の合憲判決なわけだが

君が代訴訟:起立命令、三たび合憲 最高裁判決、2人目の反対意見

 入学式などで君が代斉唱時に起立しなかったことを理由に戒告処分を受けたのは「思想・良心の自由」を保障した憲法に反するとして、東京都内の公立中学校教諭ら3人が都を相手に処分取り消しなどを求めた訴訟上告審判決で、最高裁第3小法廷田原睦夫裁判長)は14日「起立斉唱命令は合憲」と判断し、教諭側の上告を棄却した。訴えを退けた2審判決(10年4月)が確定した。最高裁の三つの法廷で合憲判決が出そろったが、弁護士出身の田原裁判長が2人目となる反対意見を述べた。

 5月30日と6月6日の別の小法廷での判決と同様、今回の判決も、命令が思想・良心の自由への「間接的制約となる面は否定しがたい」としつつ、教諭の職務の公共性などから合憲とした。田原裁判長は「起立命令と斉唱命令は分けて考えるべきで、斉唱命令は内心の核心的部分を侵害する可能性がある」との反対意見を述べた。

 そのうえで、田原裁判長は不起立を理由とした処分について「命令内容が思想・良心の自由に直接関わる場合、処分はより慎重になされるべきだ」と指摘。多数意見岡部喜代子裁判官も「不利益処分は慎重にすべきだ」との補足意見を述べた。

 原告教諭ら(2人は退職)は入学式卒業式で起立斉唱しなかったとして、04年に戒告処分を受けた。うち一人の元教諭判決後「教育現場に処分を伴った一律強制がまかり通っている。行政をたしなめるべき司法が追認したことは残念」と話した。

 1審の東京地裁判決(09年)は同命令を合憲としたうえで「最も軽い戒告としたことに裁量権の逸脱はない」と請求を棄却東京高裁も支持した。【伊藤一郎】

"二人目の反対意見"なんて未練たらしく書いてるけど、これだけ立て続けにぶちかまされたらもう無理だろ。

この件の反対派はもういい加減従来路線の維持は諦めて、戦略の見直し仕切り直しを各自でやった方がいい。

2011-06-11

橋下の君が代起立の条例絡みで調べてたらこんなのが

根津公子 - Wikipedia

キチガイすぎるだろこいつ。

こんなのがクビにならない事が逆に怖いわ。

2011-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20110605171555

医学部に限らず、国立大学全般に言えるんじゃないのかなって思う。

私立大学だって私学助成金を貰ってるから程度の差はあれってことだけど。

奨学金みたいに回収を前提とした資金投入じゃないとダメなんじゃね?

欧州みたいに大学の学費をもっと安くしろっていう人たちはどう考えてるんだろう?

高学歴ニートだって本人はいいかもしれんけどさ、投資する側としちゃ、投資効果がないと判断せざるをえないでしょ。

まあ本人がそれでいいならいいと今書いたばかりだけど、好きで選んだ道なのに、もっと(博士の)仕事が溢れてるべきだとか、もっと高い報酬が得られるべきだとか、そういう文句まで社会に垂れ流してるわけでしょ。

そりゃ科学技術立国には高等教育重要だと思うけどさ、なんとなく予算を垂れ流すだけじゃ還元されていかんわ。

教育現場は思想の中立って建前で、社会のために生きるとかはタブーだもん。

中立どころか寧ろ左寄り

資本家の犬になるくらいなら学問の徒でありたい!」

みたいなことを言う教員ゴロゴロしてる。

社会不適格者養成所としての役割をになってる。

2011-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20110603104954

自分が嫌だから、妥当な業務命令でも従いません」

これが教育現場で通っちゃまずいよ。

残念ながらそれが「通って当たり前」だと本気で考えてる人がまだまだ多いのが現状なんだよね。

Twitterとかmixiとかでも、さすがに少数派ではあるものの、少数派故に極端に先鋭化してる筋金入りばかりが残ってしまってる。

これが通ると、たとえば極右思想に凝り固まった教師が歴史の授業で生徒に要らん事吹き込む事も合法になりかねないんだけど、彼らはそういう所にまでは想像力が全く働かない。どちらも公務員が職務より自身の思想を優先する事態に変わりはないはずなのに。




石原や橋下が増長しているのも、リンク先の人ような対抗勢力が世論に支持される(自分の支持者が減る)可能性が限りなくゼロに近い事を熟知しているからだろう。

から、「対抗勢力よりちょっとだけマシ」なレベルまで横暴を働いても大丈夫だと思っていて、実際それは大体その通りになってしまっている。

嫌なら辞めればいいのに。

ひさしぶりに気持ちの悪いコラムを読んだ。

先日の「君が代日の丸」に関する判決の話。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110602/220377/



そもそも「日本公立学校の」先生にならなければ、判決の影響は避けられるよね。

私立の学校で、式典で国旗掲揚国歌斉唱もないところもあるし、

インターナショナルスクールの式典で日本国旗国歌を強制しているわけじゃない。

そういうとこ探せばいいのに。



小中学生くらいで音楽教科書君が代の上に関係ないプリント貼らされて、

歴史の授業で「日本は悪いことをした」って教科書に書いてないこと刷り込まれて、

式典では国旗国歌ダメだってもめるところ見せられて、

それは果たして「公立学校教育」としてどうなのよ?っていう話だよね。

自分が嫌だから、妥当な業務命令でも従いません」

これが教育現場で通っちゃまずいよ。

2011-03-26

水道水が成人規制値を超えた場合シミュレーション作りを急げ

 先日の金町浄水所の「乳児への水道水摂取規制」、あの数字って、確か200ベクレル超えていたので、

 もう少し数値が上がっていたら「対成人も摂取規制」(=300ベクレル)に達していたところだった。

 仮に300ベクレルを超えたとすると、どういう事態が発生するのか?

 原発の状態が不安定な状況下なので、今後再度ベクレル値が上昇して300ベクレル超えする事態も

 起こりえる事態なので、今のうちにシミュレーションしておくのも悪くないだろう。

 (暫定規制値改訂、という話もあるが、ここでは暫定規制値が変わらないものとして議論する)

 ・都内の飲食店はどう対応するのか?

  あっさりと「規制値に達しましたが、ミネラルウォーターが入手できませんので、営業を停止します」という飲食店は、

  恐らく少数派だろう。

  「飲料水と調理使用水はミネラルウォーターします(食器洗いは水道水)」という店も、少ない?

  「飲料水は頑張ってミネラルウォーターしますが、調理使用水は水道水にします」的対応が多数派になるのだろうか。

  「飲料水水道水」という対応は、逆に少数派?

  利用する方も、「多少のヨウ素はしょうがない」という割り切った気持ちで外食店に行くことが求められよう。

 ・中食業者はどう対応する?

  「オリジン弁当」「ほっともっと」「デパ地下惣菜コーナー」の類はどうするのだろう?

  やはり「申し訳ありませんが、水道水で調理しました」ということになるのか。

 ・食品会社はどう対応する?

  ビール会社とか清涼飲料水会社とか豆腐メーカーとか加工麺会社とかパン製造会社とか冷凍食品会社とか、

  首都圏にも多くの食品会社存在する。

  このうち、西日本にも工場がある会社は、

  西日本の増産で以って「東日本ヨウ素汚染工場での生産見合わせ」という選択肢を取りえる。

  しかし、東日本しか拠点を持たない会社は悲惨だ。

  生産中止か、「水道水利用であることを割り切って工場を操業する」この二者択一である

  問題なのは、「この加工食品飲料)は、どこの工場作りました

  「この加工食品を製造した時点でのヨウ素の量はこれだけでした

  という情報が開示されないまま、消費者のところへ行くということである

  心配性な消費者は「東日本本社がある食品会社加工食品は、東日本工場で製造された可能性が高いから、避けよう」ということで、

  西日本本社、もしくは中国産加工食品を買い求める、ということになる。

  あと、食品会社で独自の地下水源を持っている会社って、どれだけいるのだろうか?

  井戸のヨウ素汚染の状況は、どうなっているのか?

 ・学校給食

  実はこれが一番問題じゃないかと思っている。

  40人の学級があったとして、保護者40人全員が「多少ヨウ素数値が上昇していても、大勢に影響がない」と判断して

  「多少基準値をオーバーした水道水で調理した給食を食べさせても、まあ仕方がない」と判断すれば、そんなに問題はない。

  しかし、40人もいれば、数名、下手すれば十数名、「ちょっとでもヨウ素が入っている水で調理された給食を食べさせることはできない」と

  主張する保護者も現れると思われるので、その場合は「給食自体の取りやめ」も考えられる。

  (ミネラルウォーターを確保して、それで調理、というのは非現実的だろう)

  あるいは、「安全性が担保されないのであれば、わが子だけはお弁当を持たせる」ということで、

  自宅でミネラルウォーターで調理した弁当を持たせる保護者も続出すると思われる。

  そういう場合教育現場はそれを「拒否」できるのか?

  多分拒否できないと思われるが・・・・

 ということで、「成人基準値を突破した場合の取扱い」というのは、純医学的見地からというより、社会学的見地から

 さまざまなトラブルが多発すると思われる。

 少なくとも、給食の件とかは、文部科学省厚生労働省と今のうちに協議しておいて、マニュアルを作っておかないと

 大混乱になるのでは? 

2011-03-17

http://anond.hatelabo.jp/20110316215714

どうなんだろ。教育現場での人気と切り離した序列ってのがソフトウェア工学存在するかな?

そんな歴史伝統のある分野じゃないだろう。これが数学なら分かるんだが

で、実際、アセンブリ言語やらフリップフロップがどうやらってそんなに権威あるのか?

2011-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20110316213844

から教育現場での人気と序列は関係無いって。

純粋数学教育現場で大人気になる事なんてあると思うか?

http://anond.hatelabo.jp/20110316193534

ソフトウェア工学は低レイヤほど「偉い」。上位レイヤ数学っぽい分野もあるから微妙ではあるけど。

そんなことないだろ。教育現場で人気があるのってまさに「上位レイヤ数学っぽい分野」じゃね?

最近はIT業界でも関数型言語とか人気出てきてるからますますその傾向が。

2011-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20110129073446

教育現場でも世代間格差があると思った。



公立校では高齢者部分休業とか言って定年前の先生が体の負担などで

1週間のうち20時間まで休みが取れる。

昔ならやめてただろうに、ぶらさがってる。



そして、若い人が穴埋めで非正規で入れられてる。



正規採用の高齢教員と、非正規採用の若手講師

同じ時間、というよりそれ以上働いていて若い人は前者より2分の1、下手した3分の1。

賞与ないし、次年度の仕事先があるかもわからない不安定さ。



自治体によるけど、どれだけふざけた教員でも簡単に首切れないし

教育にまわせる金のなさから常に一定で1割以上の非正規講師がいる。



そうやって十数年、正採用されないのに搾取されながら非正規が教育現場で働いてる人も少なからずいる事実

からないのに働かせる。働かせてるのに受かってない。

企業とおんなじと思う。

2011-01-20

才能の潰れ方

 これはちょっと自慢ですが、僕はある分野でかつて神童と謳われてた事がありまして。今は凡人ですが。へへ。

 で、僕はその過去の栄光のおかげで、特別才能のある子供達の英才教育現場に従事してきたのだけれども、そこで天才と呼ばれる彼らを見続けて、彼らが(そして思い返せば僕も)必ずと言って良いほど通過する心理的な難所に気がついたので書いておくことにします。ほんとに単純なことだけど。

 彼らは成長の過程でまず、自分の中の万能感を認め、飼い慣らさなければならない。それまでの小さなコミュニティでは自分の優位性を再認識し、その存在確立する手助けをしていた万能感が、渡航や進学で大きなステージに出たとたんに鈍重な重荷になる。万能感の根拠が相対的なものでしかなかったことに気がつくわけですね。

 ある種の天才児達はここを乗り越えることが出来ない。万能感を適切な形に処理できないま現在自分とのギャップに苦しんで潰れてしまう。天才人生終了。

 そしてその万能感を乗り越えると、今度はその反動無力感が襲ってくる。いままでなぜか自信満々だったけど俺ってゴミじゃね?って思えてきてしまう。それでうじうじ考えて自己否定論理を組み立て始めるんだけど、実際に周りにもっと凄い天才達がいるわけだからその論理が決して破綻してない。的を射てる。そうなってしまうともうダメ内向的・後ろ向きになることで才能の推進力が止まってしまう。

 思うに「天才性」ってのがあるとすると、それは現在の彼の状態ではなくて、天才なりの将来へ彼を進めていく推進力とか爆発力みたいなものも含めての「天才性」なわけです。上記のような状態の時に上手く制御された万能感をもう一回持ち出してきて自信を回復していけない子は、ここで天才人生が終了。

 もちろんレアケースはあるに決まってるけど、この2つの次期を上手く乗り越えた子はほぼ例外なく才能を活かして大成してる。

2010-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20101205173239

偏差値の傾向としては正しいんだけどさー。

さっきからこういうこと言ってるやつってほんとに教育現場わかってるんだろうか?

帝大生たちとディスカッションしたことあるんだろうか?

コンプレックスや優越感、または一般的な他人事としての知識、そういうのだけで話してるように聞こえる。

教育現場はそんな一言で語れないんだけどねえ。


京大勉強しないで単位くれるが、地方国立大では高校のように問題集解いて行く授業もある。

卒業時の基礎学力が、地方国立大生が京大生より高いなんてざらにあるんだけどねえ。

2010-11-06

私はとある理由で、同窓会にはまだ生涯で1度しか出席したことがありません。特に先日、私が過去に遭遇した教育現場の生臭い話をした中学時代の同窓会には、一生出席しないと思います。

最大の理由は、いじめを行ったほうも私を脅迫した教師も、『そんなこと無かったかのように』にこにこ笑っているのが我慢ならないから。

担任は確信犯ですが、いじめっ子のほうは中学だけでも約二年半ぐらい、私や私以外の人間いじめ続けました。

その場でいじめっ子の彼にさりげなく「いやあ、お前にはいじめられたからなぁ」と話を振って帰ってきた台詞がこれ。

「えっ? そんなことあったっけ?」

「いやあ、あん時は若かったよなぁ」

すべて「若気の至り」で完結していました。いじめられた方は恐怖と怒りと怨念記憶とともに人生を歩むことになりますが、いじめた方は真実何も覚えていないか、そもそもいじめをしたという自覚すらありません。少なくとも私にいじめを行った人物についてはそうでした。

「ふざけるな!」と怒りのあまりにわめき散らしてその場を凍り付かせても良かったのですが、その場は笑顔をキープして、二次会は避けました。もっとも、笑顔の下で表情筋がこわばっていたのを、今でも覚えています。

ちなみに彼のよくやったいじめは、「授業中、板書している先生の目を盗んで前の席の生徒の背中を殴りつけ、悲鳴をあげさせて授業を中断させる『遊び』」というものでした(授業中の教師は基本教科書か黒板しか見ていない)。

彼にとっては単なる一過性の『娯楽』だったので、1年前のお笑い芸人ネタ視聴者が覚えていないように、彼もまったくいじめについては記憶していません。せいぜい、「若い頃はやんちゃだったな」程度の認識。私は何をされたか具体的にここで書けるほど覚えていますが、これが実際の加害者被害者の温度差なのではないかと思います。

ゆえに、あえて言います。自殺しても無駄死にだと。

いじめられっ子の究極の自己主張は、実名を記載した遺書を残しての自殺である」という、報道なども含めた現在の状況(というか雰囲気)は、いじめられっ子に対しては何ら利しません。むしろいじめられっ子に「自殺すれば声が届く」と勘違いさせ、自殺を促すことになりかねません。

本当に知らしめるべきは、十年後二十年後の同窓会で私が遭遇したいじめっ子の姿であり、脅迫に荷担した担任教師の笑顔であるべきだと思います。そう、彼らはいじめなど無かったことにして笑顔同窓会に出席しているのです。

まあ学校ぐるみで「我が校にいじめなど無い」と、いじめられた方に言い切った学校に所属していたわけですから、彼らにとっていじめなどん無かったのでしょう。ただ、当時私はその『遊び』のお陰で、背中が痣だらけでしたが。

だから、いじめを受けている子供たちに言いたい。

『死ぬな』

2010-08-16

10年後の学校やばい

TwitterのTL上では、@masasonさんなどが、教科書電子化について議論していますが、もうひとつ見落とせないもの。

それは、10年後の学校にいる教員の年齢構成です。

S県のとあるブロックにおける、年齢構成をみると、50代以上の教員が全体の40パーセントを占めています。(おそらく全県でも同じだとは思います)

逆に言うと、10年後の学校は、経験が10年以下の若造が40パーセントを超えると言うことです。

経験豊かな教員がどんどん減り、実践もまだ浅く、まだまだ一人前とは言えないかも知れない教員がどんどん増えてきます。

おそらく教員不祥事の件数もうなぎ登りになるでしょう。若い人しかいなくなるんですから。

ちょっと怖いです。校長教頭以外の教員保護者よりも年下ということもあり得るかも知れません。

しかしながら、次のようなメリットも考えられます。

・柔軟な考え(というかまだ自分スタイル確立してない)を持っているので、情報化などの波を起こすなら今。

@masasonさんが提唱する、教科書電子化について、今の現場に持ち込むのは絶対に無理です。

自分スタイル確立した教員は、そのスタイルを変えることを嫌います。

教員の職務は経験勝負である部分が多いので、わざわざ経験値をゼロにすることはしません。

やるなら文科省が「紙は禁止ね。これから全部iPadにするから。」とか言わない限り無理です。

教科書だけの問題で、教科書電子化を考えると絶対に失敗します。

今話題の電子黒板、あれ、若い人たちとか、ICTに明るい人は使いますよ。それこそガンガン

逆に、定年間近な方はほとんど使いません。ビデオ見るときに使うとか、大きいテレビ代わりとしてしか使いません。

しかしながら、若い人たちの間では、電子黒板を用いた授業スタイル確立させようとしている人もいるでしょう。

私立の学校では、前と側面、計3面にスクリーンを展開して授業を行うクラスだってあります。

そして、今の小学生にとっては、教科書よりもプロジェクタで大きく映し出された情報の方が好きです。

電子黒板に教科書を実物投影機で映した方が、教科書を広げさせるよりも子どもたちの食いつきは良いです。

しかし、電子教科書が有効なら、とっくに塾で採用されているはずなんですよね。

あそこって、無駄を思いっきり省いて、勉強だけする場じゃないですか。

確かに、通信教育では採用されていますが、主流にならない。

そこになんらかの理由があるのではないでしょうか。

そこら辺を解明していかないと、何でも図鑑データ版としての電子教科書以外の価値が見いだされないのではないでしょうか。


戻します。

10年後の学校はいろんな意味やばいです。

教員は若いやつしかいません。

なんかいろいろデジタル化してるかも知れません。(とりあえずiPadDSでたとえます)

子どもたちも、紙なんか見ません。紙を使うのは図工で印刷するときだけかも知れません。

学校からの配布物は全部メールです。

連絡網なんてありません。一括送信です。

iPadは母艦として学校に置き、DSみたいな小型のものを子どもたちが持ち歩くことになるとしましょう。

宿題DS先生無線で配布して、家のパソコンに展開して行い、自動で丸付けと提出状況がチェックされます。

もちろん親はケータイで提出状況をチェック、家での指導に役立てます。

漢字練習は努力しないとだめなのでノートを未だに使っているかも。

辞書なんか全部iPadDSの中です。

そんな教育現場になっているかもしれません。

いったい学校では何を学ぶのでしょうか。

効率化を進めた先にある教育本質とはなんでしょうか。

10年後の若造が抱える課題は、結構重たいのかも知れません。

2010-04-24

http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20100422/p1

ブコメを見て唖然とした。自分が知らないからバランスを取ろうと思って記事に反発しているひとが、かなり見受けられるのがすごくショック。というか、せめて発達障害を知らないからそうなってるだけと信じたい。元の産経の記事は擁護出来るところがみじんも無い記事なんですよ。どれくらい擁護出来ないかレベルを他の言説で表すなら、「レイプされた女性にも問題があった」というところ。

うちの両親が特別支援学級を受け持つ教員なのでほんとうに悲しい。うちで取っている新聞産経じゃなくて本当によかった。もし親が読んでたら…と想像するだけで悲しくなる。両親の仕事に対する誇りとか自負とか、生徒に対する愛を見て来た分、本当につらい。

発達障害とか自閉症というのは、親は客観的になれずに結構この記事に出てくるひとたちの話を信じてしまうと母親が言っていた。特に父親が現実を見られなくなって、「うちの子は出来るから普通学級に、普通高校に」とか言い出すらしい((もちろん母親がそうというときも多い))。教員はみなその子の能力がどの程度で、どのようなキャリアパスを進むべきが分かっているから、適当にうまくいなしてその子にあった進路を、このような親だったときは親を説得して、見つけ出すんだとか。その過程がかなり大変だという。というのも教育現場でさえも発達障害自閉症への理解が足りていない人がいるから、と。

だから、今回の記事は両親の努力を踏みにじられたようで、私はとても悲しいのです。

2010-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20100402204513

まーその主張は、労働時間短縮という労働組合としてのまっとうな主張だと思うけど。

考える力、ってので総合的な学習時間を導入したはいいけれど、実態は現場に丸投げでほとんど機能していなかったというほうが正しい。科挙じゃないけれど、大学入試論文試験必修にするぐらいじゃないと本格的に教育現場に導入されることはないと思うんだ。

2010-02-23

フィンランド寒いからあたまがいい

ttp://mabatakiwosuru.cocolog-nifty.com/mabataki/2010/02/post-ac94.html

研究には長い年月を要した。フィンランドに通って5年で、ようやくフィンランドという国の教育が理解できた。



・だから、フィンランド教育現場を見ようとへ研修目的で行くのをよく目にするが、1回くらい行くのではフィンランド教育はおそらく理解できないのではないか。



・だって、フィンランドの6歳が学ぶ教室って、子ども寝てたり物食べてたり、学級崩壊みたいなことになってるんだよ。



・「フィンランド教育」というのが一時日本流行ってたみたいだけど、あれはあんまりフィンランド的じゃないと思う。フィンランド教育というのは、そういうことじゃないんじゃないか。



フィンランド日本は、文化が根幹から違う。フィンランドではよく家族みんなで夕食をとる家庭が多いというが、でも食べてるものが全員違う。それを疑問に思わない。それぐらい、文化日本とは違う。だから簡単に真似できないし、比べられない。



フィンランド日本も、教育の平等を目指している。日本は全国どの学校に行っても同じ教科書で同じ教育がほどこされる(そりゃちょっとは違うと思うけど)、フィンランドクラスごとにまったく授業の形態が違う。クラスが違えば生徒も違う。おのずと授業内容も違うだろう、平等って「同じ」ってことじゃないという考え。



フィンランドは、勉強競争にしない。つめこまない。勉強子どもがするのを待つ。



競争しないということには社会的背景も。協同する、協力するという社会基盤があるから(これは、ものすごい税金高くてもオッケイという社会的コンセンサスのことを言ってたと思うけど、本当にみんな笑顔でばか高い税金払ってるのかな)。



・あとは、フィンランドはえらい寒いから、ぼーっとしてるとそれだけで死んじゃう。子どもは死なないための力を養わなければならない。必然的に自立が迫られる。



PISA調査は考えを自分言葉で書かせる回答欄が多い。日本アメリカで他国との違いが顕著。日本は分からないと「書かない」。無答率が高い。アメリカは分からなくても「書く」。無答率が低く、誤答率が高い。

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