はてなキーワード: 人民とは
ああ、オヤジの「居酒屋若者論」か、などと言わずに、聞いてほしい。
キミが生まれた20年前、偉大なる社会主義国家、ソヴィエト連邦が消えた。ベルリンの壁崩壊から2年後のクリスマスに、かって革命を夢見た全共闘世代は涙したものだ。
新聞には「資本主義が勝利したのではない。アメリカの一極支配は必ずや滅ぶ」と投書が載った。
人民を革命へと駆り立てたのは、資産家や資本主義社会への反発、不信、抵抗。ゆるやかな社会改良による解決がないわけじゃないのに、プロレタリア独裁を宣言し、ぶつかり、傷つく。
その心象が、若者の共感を呼んだ。ロシア民謡は小学校の教科書にも採用されたほどだ。
全共闘運動に詳しい社会学者の小熊英二さんは毎年、大学の授業で『共産党宣言』を読ませ、感想を問うてきた。ここ数年「暴力的なだけじゃないか」「私有財産の何が悪いのかわからない」と、批判的な意見が増えているという。
教室に居並ぶのは、親や世の中に従順な若者たち。キミと同い年なら、石川遼くん?
でも、就活の道は険しいし、滑り落ちたら、はい上がるのは難しい。時代は、国家がノルマを課したころよりずっとずっと生きづらい。
だけどキミたちは「自分にスキルが欠けるから」と、どこまでも謙虚だ。格差も貧困も「自己責任さ」と、受け入れてしまっているようにみえる。
ソヴィエトはどこへ行ったのか。
全共闘世代の仙谷由人さんには「かつて若者は暴力装置であった」と言われそうだ。
「大学解体」と「自己否定」のスローガンで機動隊と攻防戦を繰り広げたのは過去。大学全入時代で自己実現を勘違いする若者に、暴力で社会を変革するエネルギーはない、と仙石さんは語る。
革命を夢見るよりも、自己責任を受け入れて、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。
なるほどね。いくら「若者よもっと立ち上がれ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。
でも、言わせてもらう。
私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、若者よ当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。
だから、くどいけれど、きょうも言う。成人の日ってのは、そんなもんだ。
ともあれ、おめでとう。
真面目な話。
「国会」にしろ、「自治体」にしろ、選択可能な範囲になんて収まってないぞ。
協議されるのなんざ、ごく僅かだ。
その前段階で捨てられる(協議すらされない)案件なんざ、ごまんとある。
彼らが「センセイ」と呼ばれてちやほやされるのは、全然進まない陳情も、「センセイ」が一声かければ解決するからだ。
超絶優秀な独裁者が敷く独裁性がなぜ捗るかって、そうした優先順位の決定すら協議する必要がないから。
夢物語だけどね。
今のところ、落としどころとして一番いいのは、やっぱり間接民主制なんだよ。
人民の意見を代弁する議員が、それぞれの利害を調整する合議制が、一番デメリットが少ない。
二大政党制とかになると、各所の調整はしやすいが、その代わり国民の声よりも、政党内の政治ゲームに陥りやすいんで、
もう少しばらけた方が良いと個人的には思っている。
先日の日本ー北朝鮮戦での北朝鮮サポーターの反日ブーイングのひどさが論じられてたの。
「こんなアンフェアな態度は同じスポーツファンとは思えませんね」
「キムによる独裁政権だから人民も視野が狭まってこういうモラルの低い状態になってしまうんですかね?」
「しかし同じように反応してたら我々も同レベルに落ちてしまうので、ここは冷静に受け流さないと」
そこまで言っちゃうのか、ってくらい厳しい論調だったの。
テレビが他国に対して明確に叩きの姿勢を示すなんて珍しいような気がして、オオ、と思ったんだけど
なんか違うよな?
韓国と試合したらいつだってサポーターの蛮行はネットで話題になってるよ。
ちゃんと報道してる?
絞首刑は合憲という判決が出た。これは当たり前であろう。死刑が違憲などという判断が出るはずがない。この国が反逆者を「殺す」という選択肢を形の上でも放棄するはずがないからである。高見素直が放火殺人をした気持ちは分かる。こんな国に住んでいて、犯罪をしたくならない方がおかしい。しかし、体制は何枚も上手である。人民が犯罪を起こしたくなることなどはあらかじめ分かっていて、しかもめったなことではそれを許さないのが日本政府というものである。法は嘘なので、絞首刑は合憲、高見被告は死刑、こんなのは最初から分かっていた話である。わざわざ判決など見る必要もない。主文や結論は分かりきったことで、判決理由は、今時何が面白いのか、裁判官の自己満足である。ニュースでは、死刑の合憲判決のところを強調していたが、本当はこんなものは強調するものではない。よほどの事情もなかったので、当然のごとく死刑判決という体制の判断が出た、というだけであろう。本来ならどうでもよい死刑合憲判決に注意を向けさせる辺り、いかに体制への人民の敵意をそらそうとしているかが分かる。実態は体制を怒らせた犯罪者を殺すという裁定が出ただけのことである。
あれって形式上北朝鮮の下部にありながら必ずしも国家の事情に反映していないというか、細かい実態は知らないけど在日の奴から聞いた限りでは他のナショナルスクールよりも遥かに普通の日本の学校に近い。親が海外勤務終わって帰国することになっても母国の学校で不自由なく出来るようにみたいなものではなく、あくまで在日が日本の中で日本人に混ざって暮せるように育てるのが前提の在日同士の互助組織って感じ。
平たく言って朝鮮学校は「北朝鮮人民」を育成する気なんてさらさらなさげ。
そういう意味ではむしろカリキュラムを徹底的に日本に合わせて、日本の学制下で「朝鮮語の選択授業がある私立学校」になってしまった方がずっと実態に近いと思う。まあ、領土問題をどう教えるか的な非常にしょうもない(いや本人にとっては大事なんだろうけどカリキュラム全体から見ればカスみたいな部分の)差異が問題になって、結局どっち付かずの宙ぶらりんになっちゃうんだろうね。
公式RTの発言によってその人の人格を判断するというのがいかにバカげてるかという話。
人民よ! バナナを食え! バナナこそは至高なり! ああバナナ! 汝はちんこの暗喩なり! 思い起こせば人類の歴史十万年、バナナは毅然としてそこにあり、人類によって食べられる日を待っていたのだ。人の叡智がバナナと出会ったそのとき、バナナの秘密が人類に開示された。バナナ! カリウム豊富! バナナ! 黄色くて曲がってる! バナナ! 場合によっては釘も打てる! バナナよ永遠なれ!!!!!!
引用するなと言われると引用したくなる駄目読者です。こんなダメダメな私は増田に埋まってますぅ。
これ文脈抜いてここだけ公式RTしたらとんでもないことになるだろうなぁ。
文脈といっても元の文は「全体がでっちあげ」である。ちゃんと序文でそう述べられている。
つまり「でっちあげだが、単体としては整合性がとれている話」「その話の一部」という二重構造であり、
ある人が、本当は良い人だし知識も豊富だけど、皮肉のためにツイッターでのアカウントでは露悪かつバカっぽい的な発言を繰り返しているとしよう。
その一連の流れの中ではある発言が文脈としても整合性がとれているとしよう。
jonetsuさんとかは良いキャラクターしてるよね。あの調子で死ぬまでやってほしい。というか幸せになったら殺したい。
そういう人がたとえば「福島は見殺しにするけどガンバロウ日本」みたいな発言をしたとする。
これは普通の人には <バカには文末のカッコ笑いとか、表現の周りにあるカッコが見えないという「裸の民衆様」を表現するアート>なのであるが、
しかもこの場合、文脈的には整合性がとれている。そういうキャラとしていつも似たような発言をしているからだ。
ところが、またここでキャラと実物の違いが分からないバカがいる。
よくリテラシーというと、知識とかメタ知識とかの話なるけれど、
ネットでよく問題になるバカというのはリテラシー以前の問題だ。
ネットの発言には、つねにこの「文脈」と「キャラ」の二重の壁がある。バカというのはこの壁が見えないということだ。
見えないから常にその壁にぶち当たって、壁とお話をしている酔っぱらいみたいな人たちがたくさんいる。
そういう人は、人間と本当の意味で会話をすることもないし、出会うこともない。
ネットでは、バカにはコミュニケーションそのものが閉ざされているシビアなセカイだ。
ネットを始めるなら、この2つのバカの壁の存在くらいは学んでからにしよう。
それまでは、リアルで人間というものを学んだほうがいい。コミュニケーションに関していえば、ネットでしか学べないものはろくなものがない。
更に言うとバカよりひどいマジキチの壁というのがある。
例えば福田なにがしとかいう主婦の人。まぁあれもキャラかも知れない。キャラなのだとしたら小説家になるべき逸材。
あれは自分の脳内という壁があって、その壁から一歩も外に出られない人である。
自らを精神病院に放り込んでいるようなもので、ほんとうの意味では誰とも会話してないし、誰にも話しかけていない。
ああいう人間は、周りから見ると恐怖を感じるが、実際的にはなんの害も無いので、そのまま病院にいてもらうのが世のためその人のためだ。
政治サイトに投稿するにはあまりにエロ過ぎるので、ここ増田に投稿する。
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西暦2030年、C華人民共和国は深刻な社会問題に陥っていた。
若年男性人口に対して、若年女性人口が極端に不足し、多くの男性が「女日照り」に陥ったのだ。
それというのも、C国の「一人っ子政策」の悪影響で、
「女の赤ちゃんだと堕胎する」「産み分けで男子を希望する」という夫妻が多かったせいで、
そのツケが、赤ちゃんが成人した頃にやって来ている次第である。
折角一人当たりGDPは、落ち目の隣国、N本国を追い抜いたのに、
「経済的に満たされても、性的に満たされない」状態に、若年男性の欲求不満が爆発しているのである。
結婚目的誘拐やレイプが横行し、深刻な社会問題を化す中、K産党指導部は秘密会議を行った。
「習同志、我が国では何本のチ●ポが余っているのかね?」
「はい、若年男子が2.5億人、若年女子が2億人、なので5千万本のチ●ポが余っています」
「隣のC鮮民主主義人民共和国の若年女子を、『歓び隊』として我が国が全員接収すればどうか?」
「C鮮は経済破綻国ですから喜んで女子を差し向けるでしょうが、それでも500万個のマ●コしか用立てできません・・・」
「あの計画はどうした?男性同性愛を奨励して、マ●コ需要を抑える計画は?」
「そんな、毛主義、K産主義を汚すようなことをするのですか、温同志?」
「仕方あるまい、このままでは社会不安が横行して、K産党一党独裁が崩壊してしまう。
鄧同志も言っていた、『白猫でも黒猫でも、鼠を取るのがいい猫だ』」
「・・・しかし、それでも同性愛に走るのは、多くて2千万人程度でしょう。
あと2,500万本のチ●ポが、どうしても余ってしまいます・・」
「・・・やむをえん、周辺国のマ●コを求めて、戦争を仕掛けよう。
で、どこがいい?」
「D韓民国やVェトナムは、我が国同様、性比バランスが男性優位過ぎます。
なにせ、「産まれるなら女の赤ちゃんが欲しい」という、女性優位の国ですから・・・」
・・・ということで、C国は、S閣諸島とか歴史問題を口実に、N本国本土へ攻めに入った。
本来、Aメリカが安保条約で守るハズだが、GDP世界一のC国との全面戦争を嫌がり、
マトモに防衛しなかった。
「N本国のマ●コを一部分けてやるから」という甘言に、ゴルファー出身の
Tウッズ大統領が引っかかった、とも言われているが、真偽は定かでない。
「いけー、お前ら~、マ●コが待っているぞ~
くれぐれも女は殺すなよ~、殺すのは男だけにしろよ~、貴重なマ●コだぞ~」
その後、ニート男性やオタク男性を「退廃的」としてどんどん死刑に処し、
めでたし、めでたし。
「江同志、どうしましょう、ついにマ●コストックが切れて、再びチ●ポ余りになりました・・・」
「あれ以降結婚したカップルが、また男子産み分けを実施して、性比バランスが次世代も崩れてしまいました」
「なんというバカな民衆だ・・・
心がねじけていて素直でなく、陰湿で嫉妬深く、気まぐれで卑怯、自己中心的。ただの狂人で、人格も思想も一貫性も
まるでなく、昆虫に喩えればゴキブリ。存在自体無価値で、害悪。やることなすことキチガイ沙汰で、本物らしいものは
何もない。すべてが一過性なので、自己同一性すら疑われる。日本人の社会は、公認ヤクザである政府や一般のヤ
クザのような犯罪組織同然の悪の組織による奴隷社会しか実現できていない。そのくせ、世界文化に対する嫉妬は根
深く、形だけ大学や学問や法治国家を整え、ふんぞり返っている厚顔無恥さには反吐が出る。社会は気が狂った鬼の
集まりにすぎないのに、やれ表面は頑固だが繊細な心を持っているだの、社会とは酒に喩えられるだの、日本の心は
美しいだのと美化に余念がない。実態はと言えば、陰湿で偏狭な土着的心理と自己耽溺的美意識と頑固さの入り組ん
だ複合体でしかないくせに、とにかく人を幻惑する魔術、すなわち自己保身のためのありとあらゆる暴力や騙し、脅しが
凄まじい。相手が弱しと見るや容赦なく攻撃を加えて支配しようとし、相手が強くて敵わないと見るや徹底的に下手に出
て歓心を買い、強者から少しでも多く利益を引き出そうとする態度の変化は最も醜い。とにもかくにも思っていることや
言っていること、人を騙そうとして発する言葉と、自分が実際にやっていることが真逆というに至っては開いた口がふさ
がらない。しまいには愛が全ての自分などと言って最後の自己正当化の手段をとろうとするが、中世において間引きの
ために平気で赤子を踏み殺していた日本女に愛があるはずがない。そして喧嘩の折などには「ついに本性を出したな」
「あーそうかいその通りだ、俺私のためにやってるんだよ」と本音を漏らし、ピンチになるとあらゆる論理を持ち出して相
手の勢力を殺しにかかる必死さからどうやって日本人の心が美しいという命題を引き出せるのか理解に苦しむ。そして
そのような日本人の本性への絶望の上に、公認ヤクザである政府が性に合わない民主主義という虚構を作り出し、そ
の虚構の憲法法律でもって自分と人民を自虐的に縛り上げ、かろうじて社会秩序を維持しているについては悲壮的で
ある。いくら政府が結果論結果論と連呼し、俺らが工夫して縛り上げているから社会自体はそこまで悪くはないと威張
り腐ろうが、長年生きていれば、悪いものは悪いと分かるのである。いくら知恵を使って最悪な人種を縛っても、縛った
だけで土くれが金塊になるわけではない。所詮日本人は言葉も涙も全て嘘で、自分の腹が本当に痛むようなことはあ
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクのLAコンサート「Mikunopolis」関連の感想和訳その3。今回は初音ミクを文字通りの神話(ブードゥー教とか日本神話とか)と結びつけていた文章を紹介する。とはいっても生真面目なものではなくどちらかというとノリと勢いで書かれており、読むのも訳すのもそんなに苦労はない。肩の力を抜いて軽~く読むのにちょうどいい感じ。
http://animediet.net/conventions/vocaletariat-at-mikunopolis-unite
ボカレタリア(ボカロ階級)革命だ。ボカレタリアート(ボカロ階級者)とはボーカロイドを使う人民階級である。アニメタリアート(アニメ階級者)のようなものであり、そして多くのボカレタリアンたちとアニメタリアンたちは間違いなく重なっている。ボーカロイディアン(ボカロ人)、ボーカロイディスト(ボカロ主義者)、ボーカロイディズム(ボカロ主義)。そう、ミクノポリスは確かに革命的体験であった。ミクノクラシー(ミク政治制)、ミクノクラティ(ミク官僚)、ミクノロジー(ミク学)、ミクノレプシー(ミク症)、ミクノマンシー(ミク術)!
さて、俺がミクノポリスで期待していたのは、実は完璧なホログラムだった。つまり三次元立体画像を考えていたんだ。けど彼女はスクリーンから決して出てこようとはしなかった。ステージから降り、聴衆の中に飛び込んで踊りまくることはできなかった。だから俺の期待とは違っていた。だから技術的にいえばそいつはまだマクロス・プラスのシャロンには及ばなかった。シャロンはステージを降り、お前らと交流することができる。スキンシップできない点だけだよ、同じなのは……。
初音ミクのようなボーカロイドは、新たなる神だ。伝統的にアイドルってのは三次元の人間、つまり役者/歌手が偶像(アイドル)の役を演じていた。偶像が彼女に憑依した時、彼女はアイドルになる。それが演技という概念だ。日本語で演技はhaiyuu(俳優)と言い、その本来の意味は「神に憑依される」というもの[俳優の語源については違う説明もある]。そんでもって多分、日本で最初のアイドルはウズメちゃんだな。彼女は最初のエンターテイナー兼、踊り子兼、お笑い芸人兼、役者兼、演奏家兼、歌手だった。そう、彼女こそ最初のGeigi[芸妓]、Geisha[芸者]だったんだよ。なんだってー。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ame-no-Uzume-no-Mikoto
最古の文学はどんな文明でも常に神話だった。つまり、最初の文学に出てくる登場人物は神々であり、そして役者は神々を演じた。だから演技は神の技、つまりオリシャ[ブードゥーの神々で、神ごとに踊りやリズムがある]と見なされたんだ、当然。それこそかつて俺らがmarebito[客人]を迎えたやり方だ。だけどボーカロイドの降臨以来、俺らはもはや四つ辻でエシュ=エレグバ[ブードゥーの神]を演じる人間を必要としなくなっちまった。コンピューターが女優を生み出し、本物の女優に取って代わったS1m0ne[映画]のように。そしてコンピューターに生み出されたアイドル歌手のミクが、本物のアイドルに取って代わった訳だ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Orisha
http://en.wikipedia.org/wiki/Marebito
http://en.wikipedia.org/wiki/Eshu
http://www.youtube.com/watch?v=Yd60nI4sa9A
http://www.imdb.com/title/tt0258153/
ボーカロイドは演じる際に三次元の人間を必要としない。そう、miko[巫女](女性のシャーマン)は不要なんだ。日本で最も古い音楽劇はkagura[神楽](神の音楽)という。まとめて「Sarume」[猿女]と呼ばれていたウズメの末裔たちが神楽を演じた。そしてまさに、ミクノポリスこそが最新の神楽なんだ。つまりミクはウズメの直系子孫ってわけ。そしてミクはもちろんneo-marebito[新たなる客人]ってことになる。
アイドルってのは架空のキャラだ。なにしろそれはリアルじゃないんだから。なのに本物の人間がアイドルを演じるってことは、つまりアナログのアイドルとは偽物の人間、言い換えれば架空の人間ってことを意味する。かつてアナログ時代において、俺らは神の声を聞く巫女を必要とした。でももう巫女はいらない。なにしろ俺らは直接、神の声を聞けるんだから。それこそがデジタルアイドル! ボーカロイドのアイドルは偽物じゃない。架空じゃない。正真正銘、まさにそのままなのだ! 存在す、故に存在すってか。
そして今や俺らみたいな連中は好きなように音楽を作ることができる。俺らの歌を歌わせるために優秀な歌手を雇う必要はないし、音楽制作のためのスタジオもいらねえ。完全に大衆指向だ。誰でもボーカロイドを使って作曲ができる。
もしスティービー・ワンダーが音楽フレーズを創り出すためにボーカロイドを使ったらどうなるんだろうな。彼は様々な楽器からその潜在能力を引き出す方法を知っている人物の一人だ。モーグのようなとても原始的で陳腐なシンセサイザーですら、スティービー・ワンダーが使えば空前の偉大な楽器のように音を響かせるだろうさ。
http://www.youtube.com/watch?v=9CWqY94kwH4
これはプロレタリア革命というよりむしろボカレタリア革命なんだろうか? そう、確かに鏡音リンはプロレタリア革命を唱道している。だがな、労働に従事する人民は実は今なお奴隷状態にあるんだ。なぜなら、労働をするのは奴隷だけだから。労働はお前らを自由にせず、むしろ奴隷にする。アルバイト・マハト・フライ。労働は俺らを労働から解放しない。プロレタリア革命は俺ら全員を貴族ではなく、むしろ被搾取階級に仕立て上げる。
一方、ボカレタリア革命は俺らをまさに特権階級にする。かつてアイドルを雇うなんて贅沢ができたのは、成功したプロの作曲家だけだった。だが今や誰もがアイドルに自分の歌を歌わせられる。アクセスは力なり。インターネットは誰もが情報にアクセスすることを可能にし、そしてボーカロイドは誰もがアイドルにアクセスできるようにしたんだ。
ミクノポリスはフリッツ・ラングの映画メトロポリスの正統なる後継者だ。あるいは手塚治虫の方のメトロポリスかもしれない。アイドルとはつまり作曲家と聴衆の間をつなぐ仲介者/メッセンジャー。でも今じゃ仲介者に本物の人間は必要ない。かくしてフリッツ・ラングの予言は成就せり。それこそがミクノポリスであーる!
http://anond.hatelabo.jp/20110707195830
初音ミクLAライブ、外国人感想その2「再生の約束」フリーダム訳
http://anond.hatelabo.jp/20110708223459
初音ミクLAライブ、外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来の音色」
http://anond.hatelabo.jp/20110710234300
初音ミクLAライブ、外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」
http://anond.hatelabo.jp/20110711212701
初音ミクLAライブ、外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマスと世界征服」
http://anond.hatelabo.jp/20110712205546
初音ミクLAライブ、外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」
http://anond.hatelabo.jp/20110713211501
初音ミクLAライブ、外国人感想その8「ミクノポリス:コンサート・リポート」
http://anond.hatelabo.jp/20110714210122
初音ミクLAライブ、外国人感想その9「アニメ・エキスポ:初音ミク」
http://anond.hatelabo.jp/20110715222900
初音ミクLAライブ、外国人感想その10「アニメ・エキスポ2011(抄訳)」
http://anond.hatelabo.jp/20110716194029
初音ミクLAライブ、外国人感想その11「世界は彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか」
http://anond.hatelabo.jp/20110717201147
初音ミクLAライブ、外国人感想その12「アニメ・エキスポ2011でのボーカロイド体験」
http://anond.hatelabo.jp/20110719031316
初音ミクLAライブ、外国人感想その13「ミク:日本のヴァーチャル・アイドルとメディア・プラットフォーム」
与党内の締め付けが一応成功したという事だが、締め付けなければならない状態であるという点は、何も変わっていない。公務員労組と民間労組の協同によるデモやストは止まらないし、民意は離れつつある。
緊縮財政と増税による再建が続いている間は、金融支援が続くので、7月中の24億ユーロや8月中の66億ユーロ、あわせて90億ユーロの償還は乗り越えられそうであるが、債務残高の現状維持は、緊縮財政の継続でしかない。
慢性的赤字財政のギリシャにとっては、債務残高を増加させていく以外に、社会保障等を維持することは不可能であり、債務残高が増やせないのであれば、社会保障や公務員の雇用といったコストセクターを削っていくしかない。
必用だからという理由で作っていった制度や増やしていった人員であろうが、その必要性は、投資に対する利益、出費に対する税収増という観点からの考察が無い状態で論じられた必要性であり、やればやるだけ財政赤字が増えて行くという制度や人員であった。
国家が赤字を無視してやらなければならないのは、国防と国内の秩序の維持だけであり、それ以外の事は、経済的な余裕がある場合に行う事であって、その余裕が無い状態であれば、止めていくしかない。なんでもかんでも国家にやらせ、国家に依存するという状態は、自立できない個人主義が、国家という名の家に依存するという失敗状態でしかない。
家制度を否定して個人主義を貫こうとしたら、より大きな国家という名の家に依存するようになったというのは、ギャグにしては情けない話である。しかも、この状態においては、国家に依存している事を誰もが正しい事だと思い込んでしまい、自立した個人であり、他人にとやかく言われる筋合いは無いと、開き直ってしまうという点にある。開き直っているのだから、治しようが無いし、治す必然性を感じていないのである。
慢性的財政赤字の国家に依存している人民が過半数を超えると、多数決では、それをひっくり返せなくなる。民主主義は、国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何ができるかを考え、行動できる個人が過半数を越える状態を維持しなければ、衆愚制に陥る。
国庫から収入を得た人、税金で行われる事業に携わる企業に勤めている人、税金によって補填されている年金を受け取っている人、および、それらの人が世帯主の家族は、選挙権を停止し、被選挙権だけにするというぐらいで、本当は丁度良いのかもしれない。税金を支払い、ナショナルミニマム以外は何も得ていないという国民だけが有権者とならないと、国家に寄生する者が多数派を占めるようになってしまう。
国家社会主義(Nationalsozialistische)を標榜する政党が、熱狂的支持を受けるのは、つまるところ、自分が苦労しなくても他人が苦労してくれるという、被保護者の身分を簡単に手に入れられるという点にある。目先の利益という点では確実であるが、苦労してくれる他人が居なくなった時に、制度そのものが破綻するという欠陥に考えが及ばないという点で、未熟で愚かな選択なのだが、それを自覚していないほど未熟で愚かだから選択してしまうというのが、民主主義が衆愚に陥っている証拠なのかもしれない。
反応しないでいいからよく咀嚼しておいて。本当に。
自ら戻る、なんて話はないよ。
無理だもん。
そういう抑圧は”現時点で”独裁国であるとか、民主主義的に・人権的にナニ過ぎる国でしか不可能。
日本はもちろん、戻りたいと熱望する一党独裁国の中国ですら、それを遡るのは至難。
そらが出来たら苦労しねーよ、うるせーわがまま言う人民は全部戦車のシミだよ。
単純な話、抱き合わせ商法によって生じる不利益を、すべて(に近い形で)女に負わせるように工夫すれば、
抑圧する側はより自由と利便を得られるわけで。
君はそうやって
実現可能性を一切考慮せずにばっかばかしい極端な話を喚くことでさあ
悪い頭を治さず、勉強せず、知識を収集せず、考えないまま、御政道談義を楽しむわけだろ。
だから豚野郎だとか豚だとか豚のウンコだとか言うわけ。君は実際ウンコぐらいの価値じゃん。
無根拠に罵ってるわけじゃねーし過剰なこと言ってる訳でもねえよ。
頭悪くて学も無いけど、極端な政策をネットで喚いて憂国ごっこする間は全能感が満たされる。
だろ?
抑圧の手段や実現性も考えられないけど、誰かを抑圧して上に立つ自分を妄想してチンコビンビンンギモッヂイイ!
だろ?
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サヨどもは低学歴の馬鹿サヨや人格障害のキチサヨに「馬鹿」「キチ」って言えない。
サヨ思想が劣等排除を禁じてるからな。
あれがあいつらの重大な弱み。
一方、保守はお前みたいな低学歴の低能ウヨを喜んで排除するわけ。
“「モウタクトウ」と言えば「シセン」と言えば通じると思っている日本人”は相当のアレだと思うが。
(赤ん坊の臍の緒が、母親の臍と繋がっていると思っている人の数くらいはいるかもしれない。)
元増田が言うように、毛沢東=Mao Zedongくらいは知っておいても損はないと思う。逆に知らないと英語の文献読む時に困るだろう。
だからといって、カタカナ表記は微妙ではある。マオツートンという表記は、いまいち間抜けな感じがして好きではない。
そもそも、中国語は、四声、Uウムラウトの発音、ケンゼツ音、有気音・無気音など日本語では表現できないので、モノによっては原音と乖離すること甚だしく、人民と乖離するよりタチが悪い。原音表記したところでウソになってしまう。こういうところはハングルの表音力がうらやましいところだ。
先生。ルーシュンじゃなくて、Lu Xunです。Lu Xun。いえ違います。Lu Xunです。いややっぱり違います。
Luも、Xunもちゃんと言えてません。発音も声調も違います。先生怒らないで下さいよ。
はい。わかりました。先生。もう無理に中国語話すことないです。ロジンっていえば私ちゃんとわかりますから。
発音もさることながら、まず中国についてもっと教えるべきだと思う。お隣さんなのに知らなさすぎだ。お互い様ではあるが。
毛沢東選集4巻全部読めとは言わないが、老三編くらいは読んでも悪くあるまい。
中国の偉大な作家は魯迅だけじゃない。老舎、巴金、丁玲、茅盾、いくらでもいる。中国の懐は深い。中国を知ること其楽無窮!
英語でマオザドーン!(英語圏の人はけっこうそういう風に発音する)と言われて、毛沢東のことだと分かるのは出発点としては大事であろう。
しかし、中国人が、Mao Zedongと発音するのを聞いて、天安門にかかっている肖像画だとか、百元札とか、一切の反動派は張り子の虎だとか、女性は天の半分を支えるとか、戦争は血を流す政治だとか、あの書法とか、あの「雪」という詩とか、東方紅のメロディーとか、タバコのヤニで真っ黒な歯とか、胸の皮膚に直接刺して止めるバッチとか、さまざまな記憶が一気に思い出されるような日本人がもっと増えてほしいと思う。
こんなのは中国語を勉強すれば済む話であるが、日本で義務教育化するのは大人の事情もあってすぐには難しかろう。
たった一つの冴えたやり方は、英語の教科書に、中国の現代史・文学史を掲載することではなかろうか。
Mao Zedongが、Hongjunを率いて、Long March やりました的な話にして。べチューンとか、スノー、スメドレーあたりを絡ませると面白かろう。ちょっとさかのぼってパールバックあたりを出してもいいかもしれない。北京は、Beijingということが分かるだろうし、アヘン戦争あたりから始めて、ついでに動詞のshanghaiの意味とか教えとくと教育上なお良かろう。歴史教科書でこういうことを教えようとするから、余計な奴らが口出ししてくる全部駄目にしてしまって、我が国にバカ者を大量生産してしまう。いきなり都市を攻めようとしてはならない。農村から都市を包囲すべし。味方を保存し敵を消滅すべし。遊撃戦を展開すべし。畢竟、英語の教科書でコソッとやればよい。
福島第一で、首相の指示に逆らって海水の注水を続けていた事が暴露される。
当然の事であろう。いかに首相といえども、安全な場所で専門知識も経験も無い者が、現場の細かい作業に指示を出す事は、間抜けで阿呆な事である。
メルトダウンしている原子炉を直接相手にしている者が、そんな指示に従う方が、おかしい。
首相のみならず、官房長官も、野党の党首も、いったい、どこの将軍様のつもりなのであろうか。
指示を出したければ、現場の最前線に立ち、作業員と一緒の釜の飯を食ってからである。もっとも、飯の数が偉さの順番なので、昨日今日から食べ始めただけで、先任達を、アゴで使えるわけではない。
人の上に立つという事を、選挙で勝つ事、テストでよい点を取る事だと勘違いしているのであろう。選挙で勝ちさえすれば、一流大学に入って有力官庁に採用されさえすれば、万民の上に立てるというのは思い込みでしかない。選挙で選ばれる政治家を始めとする公務員は、社会の小間使いである。民主制というのは、権力者を選ぶ制度ではなく、人民の代表という名の奴隷を選び出す制度でしかない。人民の為の奉仕者としての自覚が無いから、ああなるのであろう。
そんなものに喜んでなりたがるのは、自覚が無いという証拠である。
政治家も官僚も、高給で優遇されているのは、そうでもしないと、まともな人はなりたがらないからである。ここで、レモン市場現象が発生する。
高給優遇しなければまともな人は来ない。しかし、採用した人が、すべてまともな人であるという保証はどこにもない。そこで、まともな人一人と、普通の人数人分を混ぜて平均化した待遇で募集するとなる。すると、まともな人にとっては安すぎて応募するに値せず、普通の人にとっては高待遇なので飛びつくとなる。結果として、普通の人ばかりが集まり、賃金は高いがアウトプットが低く、コストパフォーマンスが悪くなる。さらに、高待遇に勘違いをして、あたかも自分が優秀な人材であると思い込むようになるのである。
この市場を改善するには、情報の非対称性を打破する事であり、情報公開となるのであるが、今の民主党政権は、議事録すら取らない。議事録を取ると、間抜けな発言が記録されてしまい、不都合だからという事である。情報公開の為に必要ならば、記憶をつきあわせて事実を再構成すると言っているが、これは、力関係によって、不都合な事実を全部改変し、捏造すると言っているに等しい。中国や南鮮のようなことを平然と言っているのである。
民主制において、政治責任を背負うのは有権者全員である。政治家が、勝手に物事を決めてしまい、その責任だけを有権者である国民が背負うというのでは、任期制の王制と変わらない。民主政体における政治家の役割は、有権者のコンセンサスを形成する事であり、独裁をする事ではない。戦後、2回以上の解散総選挙を行って連続して信任を得た首相は、吉田、池田、佐藤、中曽根、小泉の5人だけであり、これらの権力者は、独断専行をやれる立場にいながら、私利私欲の為にそれを望む官僚や同僚議員、支援者からの要求を、世論に諮ってからでなければやれないと、拒絶する事に多大な労力を費やしていた。
それゆえに、国民からの支持が集まって、二度目の解散総選挙においても支持を得られたと言えるし、二度目の選挙で勝った後でも、独断専行を避け、国民主権を実現する為に働いた為に、任期満了によって辞任した後でも、政界において多大な影響力を残せるようになっていった。
独裁者になれるのに、その権力を自分達の為に使ってくれなかったという逆恨みを持つ者は官界を始めとするあちこちの業界に居るが、それらは少数派である。それらの口車に乗って便宜を図っても、国民からの支持を失って地位を奪われるだけという実例が沢山あるのに、それをやってしまうというのは、学習能力が無いか、自分だけは大丈夫という過信があるかのどちらかであろう。国民主権という本質を理解していないだけなのだが、そこに、過信や無能が加わると、悪影響は留まるところをしらない。
政治家が自分の頭で判断して、正しい結論が出せるというのであれば、王制でやっていける。それができないほど、世界が広く、社会が複雑になっているから、王制でも貴族制でもない、民主制が必要とされている。民主制によって選ばれた議員は、人民の代弁者であって、頭脳ではない。代弁する為には、人民の声を聞かなければならず、声を聞くには、十分な情報の公開と、議論の記録によって、堂々巡りや不確実な情報による憶測を排除していかなければならない。
情報の公開と言論の自由、そして、議事録の記録と公開は、国民に意思表示を求める際の、必要条件である。争点を形成し、民意を問うという技術こそが、選挙で勝つ為の技術なのだが、利権を独り占めして選挙区にバラ撒きをやりたいという目的においては、それらは邪魔な事となってしまう。
日本の民主党は、社会主義者と自民党を追われた土建族の野合政党であり、どちらも、民主主義とは相容れない体質であり、民主主義国家の与党には、ふさわしくない。独裁しておいて、頑張っていると主張しても、その頑張る方向性が明らかに間違えている以上、国民は認めない。民意を形成するという手続きを行わなければ、国民の支持は得られない。これは、政治だけでなく、事業においても同じである。良い製品を出荷し続けていても、それだけでは国民の支持を得られない。民意を味方につけなければ、外資系企業と同じ扱いにしかならない。
マルクスは政権をとった後のことはあまり具体的なビジョンを示していないが、歴史をみれば、確実に暴力のツケがやってくることがわかる。
プロレタリアートが権力を奪取する手段として暴力は便利この上ないのだが、ポルノ並みの中毒性がある諸刃の剣でもある。暴力革命を成し遂げた政権がその後に示す暴力性は凄まじいし、反動勢力も含めて人民全体に暴力癖がしみついてしまう。中国を例にとると、偉大なマルクス主義者の毛沢東も晩年は文化大革命などで大荒れだったし、鄧小平も結局戦車でカタをつけた。最近では反政府側のチベット暴動なんかも然り。(中国についてはもともと暴力革命の伝統があるので、鶏が先か卵が先かの論かもしれないが。)まさに「剣をとる者は剣によって滅ぶ」ということであろう。元増田のいう「誤り」がどういうことを指すかはわからないが、臨床的観点から副作用がきつ過ぎる故まず採用しないのが賢明であろうとは言えると思う。
明日は選挙だ。僕にとっては二十歳になってからの初めての選挙だ。つまり、初めて投票をするわけで、めでたく選挙童貞卒業ってワケだ。こんだけ言ってるのだから、もちろん投票には行く。行かないなんて論外だ。
でも、ちょっと待った。だれに投票すればいいんだろう。というか、どんな役職の人間につく人を選ぶんだっけ?――新聞をとって確認する――なるほど、役職はわかった。だけど、誰がもっともふさわしいか、とりあえず候補者の顔や経歴が載った一覧表を見る。だけどわかりやしないわ、当たり前だけれど。経験?学歴?それとも、見た目の印象?なにが重要なんだ?世襲は却下?低ランク大卒は却下?
そもそも、地方の政治に目を向けたことなんて、いままでほとんどなかった。きっと、この一日だけ選挙情報集めて、そして投票するときにはこの地方の政治になんて、また興味を失っていることだろう。そうして、また何年か後に、投票日が来て一日だけの「政治参加ごっこ」、するんだろうな。
イギリスの人民は自由だと思っているが、それは大まちがいだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるやいなや、イギリス人民はドレイとなり、無に帰してしまう。その自由な短い期間に、彼らが自由をどう使っているかをみれば、自由を失うのも当然である。(桑原武夫・前川貞次郎訳 『社会契約論』岩波文庫)
民主主義ってなんだろね? 。
結局、僕は――まだはっきりときまっていないのだけれど――大学院を出てて、それなりに若く、またそれなりに政策にも共感できるX氏に一票入れる。
学歴?ちょっとは考慮してしまったよ。あてになるわけじゃないのに。
The Best & the Brightest―ケネディが集め、ジョンソンが受け継いだ「最良にしても最も聡明な」人材だと絶賛されたエリート達が、なぜ米国を非道なベトナム戦争という泥沼に引きずり込んでしまったのか。賢者たちの愚行を、綿密な取材で克明に綴るベトナム問題の記念碑的レポート。(『ベスト&ブライテスト』amazonの紹介文より引用)
民主主義ってなんだろね?
実際のところ、民主制は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた、他のあらゆる政治形態を除けば、だが (ウィンストン・チャーチル)