はてなキーワード: ドリフとは
インターネット最高裁読んでる。面白い。ところでイン殺さんはどこいってしもうたんや・・・。
立場によっていきなり大幅に変わったら、そりゃミスもするよなぁ、と思う。
いままでの常識や自分の生きてきた世界は全部捨てろって言われてるようなもんだしな。
いかに政治家の常識と、マスコミのおきれいな建前がずれてるかって話であって、
要するにマスコミは政治を論じる資格が全くないし、それを喜ぶ視聴者も政治じゃなくて
ショーを見て楽しむだけなんだから、そういうのはちがう番組でやれって思うけどな。
それこそ、AKBでも吉本でもいいから、テレビの中に架空の政治世界を作って、その中で思う存分ダメ政治家を叩けばいい。
どうせ現実とネタの区別もつかないだろうし、ネタでも一向にかまわないんだろ?養殖サーモンで十分満足なんだろ?
もう浪費してる余裕があるほど現実側にリソースないんだから、ネタと混同して現実に口出さないでほしい。
太田総理って番組が嫌いだった。リソースは現実にべったり依存して、好きな事言うだけ。バカかと。
偉そうなこと言って、ネタでごまかすなら、ほんとに番組内では大田を総理とする内閣と国家を作ってしまえばいい。
ネトゲ会社の一つとでも協力すれば、ダッシュ村よりもっと簡単にできるだろ。
いや、大体予想出来る。
過去に北朝鮮がミサイル打ち上げた時も、その1、2週間前に「発射の兆候」って新聞やテレビでやってたでしょ。
ミサイルってのは、ドリフみたいに「いっきしっ!」とカトちゃんがくしゃみした弾みでボタンを押していきなり打ち上げられるような代物じゃない。
特に弾道ミサイルは何日も前から大規模な準備をしなきゃならないので、衛星で監視されてるとバレバレ。
だからアメリカに知られずにミサイルを打ち上げる事は不可能。むしろわざと基地周辺でトラックを無意味に往復させたりして「打ち上げるかも」というブラフを何重にもかけたりしてる。
ネットで調べてみると、元になった音頭が「那須塩原音頭」であるとの情報がありました。
早速その音頭を調べてみるものの、ネット上には有力な情報がなく、どういったものなのかを知ることが全く出来ず。
というわけで、那須塩原市役所に那須塩原音頭について問い合わせてみました。
すると数日後に返事があり「そのような音頭は確認できません」とのこと。
こうなると実際にNASA音頭を作成された、作曲家のたかしま あきひこさんに直接聞いてみるしかありません。
というわけで早速聞いてみることに。
するとNASA音頭は、たかしまさんオリジナルの楽曲ということでした。
当時はドリフのコントの為にたくさんの楽曲を作成されていたでしょうから、この音頭もその流れで作曲されたのだと思います。
あららら。
ありがとう。少し元気でた。
準備はしているつもりだけど、必ず行動に出ると人前に出てくる、、、
志村、後ろ!ってw
頭ではわかってるんだけどね、行動になかなか結びつかない、、、
早いもんで日本中を揺るがした旧石器捏造問題から10年がたちます。
なんと今度は新石器捏造疑惑が持ち上がっているのです!しかも朝日新聞VS読売新聞という面白い対決になっています。
「歴史界のスクープ合戦」として、なぜか「さおだけ屋はなぜつぶれないのか」の公認会計士の山田真哉先生がこの事件の概要を説明していて知りました。
http://plaza.rakuten.co.jp/kaikeishi/diary/201009060000/
おおまかな流れは上のブログにあるとおりですが、なんだか面白そうなので、ネットに載っていない記事をさがしに図書館で新聞めくってきたところ、以下のようなタイムラインでした。
と、慈覚大師円仁(えんにん)が中国で残した石板をはけーーんと歴史的スクープ!?
http://www.asahi.com/culture/update/0709/TKY201007090344.html
7月10日には朝日新聞の文化面で、どうやって石板が見つかったかを渡辺延志記者が詳しく説明しているんですが、捏造疑惑が出た今よんでみると、この時点でかなり怪しいです。「上、上、中国人のお坊さんがタライを頭に落とそうとしている!」「後ろ!後ろ!円仁のふりしたお坊さんの幽霊が!」ってドリフを見ているような気分になりますよ。
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201007100161.html
例えばですね、
法王寺の僧が訪ねてきたのは今年1月。住職の林慶仁さんに石板の写真を示し、「調べても中国には該当者が見あたらない」と、そこに刻まれている「円仁」についての説明を求めた。驚いた林住職が、酒寄雅志国学院大栃木短大教授に相談し、研究が始まった。
おいおい。「円仁WHO?ゴゾンジデスカ?」って、とりあえず日本に来る前にググれかす!あっ、グーグルは中国から撤退したんだっけ。
「あの~、もしかしてオタクのお寺さんに円仁さんいませんか?」とかいきなり門を叩いたのだろうか。円仁さんは天台宗のお坊さんでしたので、普通は比叡山延暦寺に行きそうなものですが、専門の僧侶の多い比叡山を避けて、なぜか生誕の地の栃木にわざわざいくという怪しさ。
もうひとつ例えば
巡礼行記に、法王寺に立ち寄ったとの記載はないが、鄭州を出た日に「仏教は東へと伝わる」と記していた。石板の冒頭の一節とよく似た認識だ。
これも今だから、ではありますが。「そりゃ、ぱくったから、よく似ていて当たり前だろ」と突っ込みたくなりますね。
一番興味深いのは、
書道史の見地からは「唐代の楷書(かいしょ)として疑問はない」(書家の飯島太千雄氏)、文体には「日本人が書いた漢文特有の雰囲気がある」(気賀沢保規明治大教授)などの評価を得た。 <<
と、専門家が御墨付きのコメントを寄せているのですが、最初にでてる「疑問はない」としていた飯島さんというのが、なんと今回の捏造疑惑を暴いてしまったのです!朝日新聞にしてみれば青天の霹靂といったところでしょうか。
ちなみに9月6日の読売新聞紙上によりますと、飯島さんは最初から疑いを持っていたそうで、「2枚目があろうとなかろうととても本物とは認められない」としていますし、「発掘以外で見つかったものはかなりの確率で偽物と疑うのは常識」とおっしゃっていますから、むしろ、飯島さんが最初の記事で自分の話が「疑問はない」となって青天の霹靂だったのかもしれませんが
ともかく、
朝日新聞のスクープをうけて、7月10日には読売新聞が夕刊で、7月18日に持ち込まれたお寺さんの地元の下野新聞がニュースにしています。
こうして歴史の新たな1ページが書き込まれた、と思いきや、忘れたころに衝撃的なスクープがでました。
「円仁の石板」偽物か、寺出版の拓本と別物
とやったのです。
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20100827-OYT1T00018.htm
(リンク切れです)
中国の法王寺が「この世に一つしかない」といっている石板の拓本(墨をつけて写した紙)が2種類も見つかったのです。見つけたのはさきにでてきた飯島さんでした。
続いて、9月3日には、「ゴミの中に第二の石板、円仁の石板さらに疑問も」という第二弾の記事が出ました。後日掲載された写真では段ボールのゴミの下に埋もれていたのか、隠されていたかのようでした。しかも、痛いことに、まわりの模様がちょうど1センチ間隔で、現代のメートル法が使われていたのです。冒頭の山田先生のブログでも、メートル法のところが強調されていて噴きました。
下野新聞は同じ日に「本物?偽者?広がる論争 文言同じ2種類存在 中国で確認「円仁の石板」と、「危ないな、でも地元だし、信じてあげたいなあ」という感じでフォローしています。
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20100903/376063
そして、面白いのは、同じ日の朝日新聞にもひっそりと、「2枚目の石板見つかる」と書いていたのです。しかし、偽物説には触れず、これだけを読む限りでは「円仁さんは1枚目を作ってみたけど、ちょっと構図が気に入らないからもう1枚作ったみたい。むしろ本物度が高まるんじゃない?」というトーンでした。ネットには載ってませんでした。
メートル法がなければ、「へえ、そういうこともありなのかな」と感じて、とりわけおかしいと思わなかったかもしれません。
このまま、逃げ切れるかと思ったら、9月6日には読売新聞がだめ押しの詳細な記事を文化面にアップしてしまいました。この記事であげられたいくつもの問題点をクリアして、本物の円仁の石板とするには、偶然に偶然を重ねるようなアクロバティックな理論を展開しないとならないでしょう。なにより最大にして、一番目に乗り越えないといけないハードルはやっぱりメートル法の存在ですよね。
果たして朝日新聞は反論できるのか、それともほっかむりするのか。そして、毎日新聞は、いつ、どちら側に参戦するのか。ところで私が家でとっている日経新聞に出ることはあるのか。楽しみですね~。
つまり、言いたいことは、中国にはこれからも日本人はガンガンだまされるよ、ってことではなく、捏造問題も10年がたち、旧石器から新石器(石板ですが・・・)に進化した、ということです。
さいなら~
文章書く練習に昨日の体験談を。
予定より早く15分くらい着いたんだ。
それで前に診察してもらってるおじさんが結構なおしゃべりで、
予約時間20分くらい過ぎてるのになかなか終わらなかったんだ。
しかし待っている患者は私以外にいなく、
ふと気がつくと水がぽちゃぽちゃ鳴っている音が聞こえてきた。
ふと上を見上げてみたら、
「えっ?何あれ?」って目を疑ったんだが、
茶色い汚水が勢いよく床と私が座っているソファーのすぐ横に向かって降り始めたんだ。
その時受付に誰も居なかったので、
すぐに診療中の歯医者さんと受付のお姉さんを呼んで、
汚水が振り終わるまで雑巾で拭きながらバケツを置いてやり過ごしたんだ。
診療中であったおしゃべりなおじさんは
中断されたせいか知らないが
なぜかぶち切れていた。
どうやら歯医者の直接上の4階で水道メーターを換えていたらしい。
その時に水道のバルブが閉まらずバケツ一杯分の水が下へ流れていったようだ。
おじさんは現場の人に向かって切れて、
お「おい!お前これどうするんだよ!!弁償もんだよな、おい!!」
現「はい、すいません。そうですね。。」
お「俺がざっと見積もって100万円だな。おい!!」
現「保証については担当の者が来ますので、もう少しお待ちください。」
のような問答を繰り返していたんだ。
歯医者さんは困惑気味で、私はボーっと立ち尽くしていた。
とりあえず頭にも服にもバッグにもかからなかったから良かったんだが、
03/31水
12.2% 19:00-19:30 NHK NHKニュース7
*6.8% 19:30-19:58 NHK クローズアップ現代
*6.8% 20:00-20:43 NHK ためしてガッテン
*8.0% 20:45-21:00 NHK 首都圏ニュース845
*7.2% 21:00-22:00 NHK ニュースウオッチ9
*7.0% 22:00-22:43 NHK 歴史秘話ヒストリア
12.6% 19:00-21:54 NTV 中居正広が"政治"に初挑戦!ザ・大年表3時間スペシャル
10.4% 22:00-23:15 NTV ザ・ハウスルール3
11.2% 19:00-22:54 TBS ドリフ伝説最終章8時だョ!全員集合大笑いの4時間SP!
13.5% 19:00-23:24 CX* クイズ!ヘキサゴンII超クイズパレード沖縄合宿スペシャル
11.2% 19:00-21:48 EX__ ネオバラエティ祭りシルシルミシル最強版
12.3% 21:54-23:10 EX__ 報道ステーション
12.8% 23:15-24:15 EX__ シルシルミシル
*5.0% 19:00-19:26 TX__ 毎日かあさん
*4.6% 19:26-19:55 TX__ イナズマイレブン
*8.9% 20:00-22:54 TX__ 名曲ベストヒット歌謡~1970年代スペシャル~
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君のセンスのない文章には
「俺がどうしてサヨが嫌いなのか」のエッセンスが凝縮されている
いや、サヨと言うより昔の匂いがする左翼だよな
お前等の思想が馬鹿ホイホイなのはなんでかって言うと
「どんなくだらないところにも差別や抑圧がある」っていうアレのせいなんだよ
お前の神経症にしか見えない駄文も左翼仲間にかかると「鋭い感性、見事な洞察」ってなっちゃう
で、オリンピック中継見ないぞー!っていう「闘争」w
お前みたいに頭悪い奴が、それでもなんか「立派で思想的なこと」を言おうとすると
なんかもうそうやって生活上から神経症的な着想で「こんな既得権見つけました」とやるしかない
タフで実際的な取材や行動力で社会悪を暴き出すとかじゃないから
馬鹿がコタツに入ってテレビ眺めながらでも出来るよな、そんなの
お前の仲間もお前みたいな馬鹿の報告は「くだらねえんだよ」と言えればまだいいんだけど
だいたいが同レベルの馬鹿の認め合いなので「おお、よくぞきづいた!」って褒めるわけだ
俺のようなロスジェネが切実に自分の置かれた環境や問題に対処する時に
お前等馬鹿左翼って味方じゃないし頼りにならないし利用することすらできない
くだらないとこ突っついて「これを憎め!」ってやっては馬鹿同士で認め合ってる馬鹿兄弟なんだもん
「さすがあんちゃんあったまいーなー」「へっへっへ」っていうドリフがジャージ着たあれにしか見えない
むしろお前等みたいな馬鹿が先達(違うんだけど)の顔で前方にいるせいで
そっちのほうの発言がしにくくなって、有害なんだよ
わかったか、馬鹿
馬鹿は右だろうが左だろうが黙ってろ
馬鹿の癖に「ちょっと立派なこと言える人」なんかになろうとすんな
なってるふりすんな
もうね、タイトルだけで言いたいことは分かるんだけど
まるで的はずれでイラっとくるわ。
芸人というのは時代の巫女なのね。ドリフなりひょうきん族なりに「良心のカケラ」みたいなものが見えるとしたら、それはその時代の社会に今から見てまだ「良識」みたいなものが息づいていたというただそれだけのことなのね。それをまるで「作り手や芸人に良心があった(今はナイ)」みたいな言い方をしてる時点で、全然ダメ。まるでなっちゃない。第一彼ら、同時代的の社会の中でどんな風に言われてきたか、分かって言ってんの?ホント失礼なヤツだなあ。
そもそも「そういう(イジメ同然の)お笑いじゃないと売れない」ような腐ったこの時代にアンタ生きてんだろ?コミットしてんだろ?その社会に対して何をどう戦ってるの、アナタは。テレビ見てくだらないお笑いみて駄文書いてる暇があったら、もう少し世の中をマシにするための何かをする時間が生まれるんじゃないの?違う?
ぐだぐだと社会の一番末端にいる芸人やTV屋風情を叩く前に、まずイマドキTVなんか見てんじゃねえよ馬鹿野郎。さっさとそのスイッチ切れ。受像器ぶっ壊せ。で表に出ろ。戦うべき相手はいつだってブラウン管の中にいるんじゃない。
外にいるんだ。
そうだろう?
http://anond.hatelabo.jp/20090602012124
このエントリの内容にいっぱい疑問が湧いたのですが質問させてください
これに付いたはてブは「何言ってるのコイツ」的なやつかと思ったら、なぜか皆同意してるし絶賛されている。
「ラーメンとお笑いが嫌いなんだけどその共通点が分かった」とか、「この二つが嫌いなのはこの辺が理由かも」とか書いてる人もいた。
何でこんな文章に引っ張られて納得させられてるの?
色んな批評に晒されている文化って腐るほどあるはずなんだけど何でこの二つにだけ共通点を見出したの?映画は?音楽は?
「あるときを境に、松本は笑いを語りだした」とあるけど、ほんとにそうなの?具体的にどういう発言をしていたの?松本以外の人はしなかったの?欽ちゃんと松本の間って結構空いてるけどなんで飛ばしたの?
まずゲラゲラ笑ってから「これって何で面白いんだろ」と考える事もできるとは思えないのか?
この人はお笑いを見るとき「ここがこうなって、こうなって…あ、面白い」みたいな感じで見てるのか?
なんでこの人は「ゲラゲラ笑うこと」が一番お笑いを楽しんでるって決め付けてるのか?
ゲラゲラ笑えてたのは、単にあなたがガキだったからじゃないのか?
批評する人が増えた事によって何だかんだ言って昔と比べて(こんな表現はできるだけしたくないが)笑いのレベルが上がってるのではないか?
今ドリフを見てゲラゲラ笑えるのか?僕達がエンタの神様を見て全員一致で「つまらない」と確認できるのもこの批評する文化のおかげだったりするのではないか?
このような疑問があります。皆さん教えてください
何度か欝状態を経験しているので、季節の変わり目はやばい…。最近運動しているのだけれど寝つきが悪く、昼間はぼんやりしていて、仕事もはかどらない日々が続いていた。
書かなければいけないメールもたまっていたし、予定を管理しようにも決められずに何度も変えたりしていた。(これが一番まずい感じがした)
思い切ってリフレクソロジーの全国チェーンの店に行ってみる。肘から指先までと、頭と肩をほぐしてくれる「ハンドリフレクソロジー 40分」のコースを選択。
鎖骨も頭皮も、触られてみて硬くこわばっていることに気がつく。
途中ちょっとうとうとして、終わったら気分すっきり。気持ちよくあくびしてみたり。
夕食はちょっと食材を買い込んでおいしく食べられたし、夜はずっとやらないといけないと思っていた作業に着手できた。リビングにモノが固定化していたのだけれど少し片付けようという気分にもなった。
早い話が昨日の狩野英孝のドッキリだ。あれを見て「私は笑えなかった」「子供に悪影響だ」「頑張る人を笑うなんて最低」だとか言ってる人が結構居る。
もう何なのっていう。
もうグダグダ言っても仕方がないし実例を一つ出そう。有名な話だ。
かつてミゼットプロレスや小人プロレスと呼ばれるプロレスの一種があった。
低身長症に生まれ、大人になっても社会から受け入れられずに職を見つけられなかった人たちが体を張り、
コミカルに動き回って笑いを取ることでプロレスの中の一コーナーとして定着を目指し、糧を得ようとしていた。
そんな彼らにテレビ局から「ドリフの1コーナーに出ないか」と声がかかった。まさに千載一遇のチャンスである。
そしてめでたくドリフの1コーナーに登場し、笑いも取ってこれから、という時に彼らの出るコーナーは打ち切られた。
良識ある人々が抗議したのだ。「あんな可哀想な人たちをテレビに出して笑いものにするなんて最低だ!」と。
ほどなくして彼らはテレビから居場所を失い、舞台に出ることさえも許されなくなった。良識ある人たちのおかげで。
良識って、何かね。自分がいい気持ちになりたいだけの良識って、何かね。
少なくともオレが作った物ではないので「作った」というあんたの批判は当たってないね。
更に言えば、その作法は暗黙の内に脈々と受け継がれているので、決して「勝手」でもないね。
以上二点から、あんたの発言はタダの捨てゼリフと認定するね。
俺、老人苦手。
老人慣れしてるヤツってスゴイ。
電車で席も譲れない。話しかけるの怖い。
年に一回くらい田舎に連れて行かれた時の祖父母との対応に常にいっぱいいっぱい。
敬語で喋っていいんだか、親に話すみたいに普通にしていいんだかわからなくて、困る。
胃が痛くなる。
親がいなくなると、話題ゼロ。
田舎帰るの嫌い。
で、中学に入ってからは、部活や何だとかいって、親の帰省に付き合わなくなる。
高校に入る頃には祖父母なんて、一番他人に近い知り合い程度の認識。
ところが、
去年、じいちゃんが死んだ。
正直、神妙な面持ちをするのが精一杯。全然、涙でない。感情移入できない。
ばあちゃんにも、結局、何も声かけれず。一言も話さず。
それから一年。
親父がいきなり
「ばあちゃんを東京に呼ぼうと思うんだけど、いいか?」
発言。
いやいやいやいや、ないないない。
とか、とても言えない。
親父曰く、ばあちゃんは、このところ体調を崩しがちで、入退院を繰り返していて、
一人で暮らしていくのは厳しいと医者から言われたらしい。
いや、うん、でも、えーと。
誰も反対しなかったけど、なんかみんな歯切れが悪い。
母さんも「部屋をどうするの」とか「手すり」がどうとか、ネガティブ発言。
妹は「なんでウチなのー?お父さん末っ子なのにー」とか言って雷落ちる。
で、先月、ついにばあちゃんが福島から東京の我が家に越してきた。
母さん余所行きの笑顔。
妹、部屋から出てこない。
俺の部屋にじいちゃんの仏壇置かれる。夜怖い。
福島の家は売って、荷物もほとんど処分したみたいだけど、ばあちゃん、変な自転車持ってくる。六蔵って書いてある。
すげぇ古い。じいちゃんの形見っぽい自転車。錆びすぎ。ちょっと邪魔。
そんな感じで、ギクシャクした生活が続く。
母さんと気の使い合い。
たまに作るばあちゃんの飯の味付けがイマイチ。出てくる料理も見慣れない。
家でリラックスできない。
ばあちゃんもばあちゃんで、あんまり喋らない。
2週間前のこと、うちにばあちゃん宛の手紙が来る。
その看護婦さんはじいちゃんが亡くなるときも立ち会った人みたいで、
手紙の内容は、まぁなんつーか、その時のことをつらつら。
じいちゃんの最期はとても感動的だったらしく、
ばあちゃんがじいちゃんの手を握りながら、
「もっと一緒に暮らしましょうよ。もっとお話しましょうよ。
もっと私を怒ってくださいよ。もっと色々なところ旅行に行きましょうよ。
死ぬときは一緒ですよ。もっと一緒にいたいですよ。ずっと一緒ですよ。」
と何度も何度も語りかけながら亡くなってたらしい。
10代で結婚し80年連れ添った二人に凄く感動した、という内容が9割で、
あと1割、新しい環境で元気にやっていますか?という手紙だった。
その日の夕方、ばあちゃんが我が家を震撼させる発言をした。
「自転車の練習をしてみようと思うのだけど、ユウちゃん教えてくれる?」
ユウちゃんは、俺。
ばあちゃんは90オーバー。
さすがに止めた。
家族、総出で止めた。
全然、折れない。唯一の戦前生まれ。
朝には母さんが諦めたように「ユウちゃん頼むね、見てあげて」と言った。
あと、「絶対絶対絶対、ケガさせないでね!寝たきりなんかになったら、ほんとに困るからね!」と小声で念押し。
その日から、近所の公園で俺とばあちゃんの不毛な特訓が始まる。
話なんて、そんなしたこともないから、黙々とやる。
敬語。目、合わせない感じ。
やや呆れ気味で、練習開始。
はっきり言って、全然乗れない。
足をペダルに乗せる段階から無理。
跨いでサドルに乗るとこまでに2日費やす。
二日間、俺はひたすら自転車がこけないように支え続けるのみ。
毎日帰り道、10分間のばあちゃんとの会話が苦痛。
「ユウちゃんは昔から、算数がよくできたからねー」
そればっか。
じいちゃんの自転車がガコガコガコガコいう音ばかりが目立つ。
三日目にして、俺ギブアップ。
買い物行くのを理由に、帰りはじいちゃんの自転車に乗って、先に帰ってくる。
んで、気付いた。
サドル高すぎ。
翌日、どうにかこうにか、跨ることができる。
「ありがとね、ユウちゃん、ありがとね」
拝まれる。
漕ぐとか本当、別次元。
なのに、めちゃくちゃのハンドルさばきで漕ごうとする。
俺、自転車支えるっていうより、抱えてる感じ。
全身筋肉痛。
空襲とかを家財道具を抱えて逃げまどった話とか聞くと、自転車くらい乗れる気がしてくる。
10日する頃には、どうにか漕いでる。
ただ後ろは支えてないと絶対無理レベル。ふらふらなんてもんじゃない。ドリフだ。
で、ある日、変な石に乗り上げちゃって、
支えてたけど、二人で転んでしまった。
ばあちゃんは思いっきり足と肘とこめかみの辺を擦り剥いた。
血が出てる。
死んだんじゃないかって本気で思った。
救急車呼ぼうかと思った。
ちっちゃい子どもが転ぶような微笑ましさは全くない。
俺、さすがにショック。
ばあちゃんも、とても怖かったようでショック。
家に帰って、母さんに一方的に怒られて、俺は思わず部屋で泣いた。
その日の夕飯、ばあちゃんが話す。
じいちゃんが病気になるまでずっと自転車で町内の牛乳配りをしてたこと。
それは割と町内でも有名で、手紙をくれた看護婦さんも、そんなじいちゃんをよく見てたこと。
六蔵さんの自転車の音がすると元気が出ると評判だったこと。
そんなじいちゃんの自転車に乗れるようになって「心配しないでね」って「みんなも元気で」って
町のみんなに手紙を書きたかった、と。
90年暮らした土地を離れて、人生の最後に、俺んちに来たばあちゃん。
「んだ、全然だめだったぁーって手紙書くからねー。ユウちゃんありがとねー」
と言う。
次の日、昨日言った通り、練習は無し。もう無し。
洗濯物を畳んでるばあちゃんに、何か言いたいけど、何も言えない。
すると夕方、親父がスゴイ勢いで帰ってくる。
「ユウ、庭でコレつけろ!ばあちゃん、自転車に補助輪つけっから!
もう一回乗ってみろ!」
親父、補助輪買ってきた。
それを見て呆れた妹は、バレーの練習に使ってるサポーターをばあちゃんに渡した。
母さんの夕食のメニューがほとんどタンパク質中心になった。
バカ家族。
そしてついに昨日、俺が支えることなく、15メートルくらい漕ぐことができた。
それを見て興奮した母さんが、ダッシュで家に戻って、息を切らせて公園に戻ってきた。
90歳のはじめての自転車を撮影。
公園の端から端。
「ばあちゃん、手離すよ!行け!」
ばあちゃんがカメラを持ってる親父のところまで、必死に自転車を漕ぐ。
ヨロヨロと。ガタガタと。でもまっすぐと。
「行けっ!行けっ!」
「いいぞっ!いいぞっ!」
ばあちゃんの後ろ姿に、声つまる。
親父の声も、裏返ってる。
20メートルくらい、新記録を漕いだ。
すげえ。すごい。すごい!
親父のカメラの前で半分こける感じで自転車を降りて、ばあちゃんはカメラの前にピースして大笑い。
俺は、ばあちゃんに何か言おうと駆け寄るけど、声にならなくて、
目を反らした先の自転車に書かれたじいちゃんの名前を見て、もう たまらなくなってしまった。
骨張って、角張って、マジックでしっかりと「六蔵」って書かれてた。
あの日、死んじゃったのは、この人なんだな。
なんで、死んじゃったんだよ、じいちゃん。
ばあちゃん、自転車乗っちゃったんだぞ、って。
その日、撮ったビデオは、家で再生すると、ブルブル震えすぎで、とても見れたもんじゃなかった。
親父、感動しすぎ。
もうスタートから、涙ぐんじゃって、ばあちゃん ぼやけて見えなかった、らしい。
それからも ばあちゃんは、ちょっとした出先に六蔵自転車で行く。
もっと一緒に暮らしましょうよ。
もっと色々なところ旅行に行きましょうよ。
もっと一緒にいたいですよ。
ずっと一緒ですよ。
を体現してるみたいに。