はてなキーワード: 伯爵とは
前にルパンのカリオストロの城の事で急に思いついたことがあった。
それは、何故ルパンはクラリスを助けに伯爵の城に乗り込んだ時、落とし穴に落ちても動じなかったのか?
単純にルパンはすごいから、じゃなくて、何かルパンが「落とし穴のような仕掛けがある」という見立てがあったはずだ。と思った。
それを逆に考えたら、あってるかどうかわからないけど、ひとつの仮説を急に思いついた。
とりあえず、ルパンがお城に入り込む前の情報として、そのお城に入ったヤツは誰一人として帰らない、偽札界のブラックホールと言われてるって情報が出てくる。
ここから推理できる事は、何年にもわたって伯爵は城に忍び込んだものを殺してきたという事。そして、その死体をどう処理しているのか?という事。
何年にもわたって人を殺してきたら、それこそ人の死体が山のようになる。そうすれば絶対に死体処理班みたいのが城にあるはず。そうすれば下調べをしたとき、明らかに仕事内容がおかしい死体処理班の存在がわかるはず。
しかし、そういった死体処理班の存在を感じる素振りはなにもない。さらに、城の領土もすごく少ない。城の庭やどこかに死体を埋めるわけにもいかないし、夜な夜な死体を運び出す作業を何年にもわたって続けていたら、絶対にそれなりの不穏な噂は立っておかしくない。
となると、自然に考えられる一番ありえる可能性は「地下」しかない。
合わせて大量の偽札を作る工場もどこかにあるはず。それも一番濃厚なのは「地下」だ。
すると、とにかく城の秘密部分は「地下」に密集してるという事が推理できる!
そして、その地下に入り込むには特別な場所にあるだろう隠し通路や、侵入者を地下に送り込む装置があるはず。それを利用して地下に入り込む。ここらへんまではルパンは3秒ぐらいで予想がついてたと思う。
あとは指輪の秘密を知るためか、盗みが働きやすくする為かわからんが、クラリスをとりあえずの目的にして、でも本当に大事なのは指輪が偽物で、それを使って伯爵と交渉をする事。そして地下に行って城の核心部に入り込んだルパンの持ってる指輪を取り戻しに来るヤツを使って、地下から核心部へ忍び込む。というプロセスをルパンは全て計算していたはず!
この中で計算できてなかったのは、不二子が本物の指輪を伯爵に渡してしまうことと、撃たれる事と、ロケットがおっこって屋根をジャンプするハメになった事ぐらいだと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20090402020114
意外に思うかもしれないが、
日本というのは、個人性の強い文化なのだ。
とりあえず、Wikipediaの「爵位」という項目を読んでみてくれ。
欧州の爵位に共通しているのは「爵位」という名誉は何らかの貴族の家系そのものに対して与えられているのではなく大本の爵位(官職)が担当する行政区域(公爵領、侯爵領、伯爵領など)に対して与えられているもので、爵位の保持とは言い換えればこうした領域の保持の事という点である。つまり特定の地域が何らかの爵位が担当する区域であるなら、その区域を実効支配する人物こそが爵位を名乗るに相応しい人物という形になる。
こうした点は家柄そのものに与えられる称号である日本の爵位制度とは大きく異なるため、注意が必要である。例を挙げれば、ある一つの家が複数の爵位を保持している状況は日本においては制度的に考えられない。しかしヨーロッパの場合はその爵位の担当する所領を保持していることが爵位の保持と同義であるから、ある家が7つも8つも爵位を保持していることは全く珍しくない。こうした複数の爵位を保持する家の場合、もっとも重要な爵位以外を切り離して嫡男以外に分け与えることすらある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%B5%E4%BD%8D
「神のもとの平等」という建前のある西洋では、
「高貴さ」は王権神授説的な「神の代理人」として合理化されており、
「立場」に由来しているものとされている。
(あくまで建前上の話である)
一方、日本では、「現人神」がいたり、「生き仏」がいたり、カジュアルな「ネ申」だっているわけで、
神性を含む「高貴さ」は、「血統や個人の振る舞い」に由来している。
つまり、西洋に比べ個人性が強いのである。
だから、元増田がいうような
「総理大臣とは役割である」という考えは、
日本ではそもそも馴染みがないのだ。
あるいは一般論で言えば「ノブレス・オブリージュ」でもよいが、
「高貴なる個人が、そうでないものを導く」という価値観である。
それが「ニュータイプ」だったり「イノベイター」だったりするわけだ。
(追記注:西洋的にはノブレス・オブリージュは「高貴な立場にある人間が・・・」であり、個人性は建前上、消されている)
こういったものは建前上、西洋では受け入れられない。
つまり、
「高貴さは、その人個人に由来するのではなく、立場に由来する」
ということにしているのだ。
日本はそうではない。
王権神授説的な
「高貴さは、その人個人に由来するのではなく、立場に由来する」
という考えは輸入しなかった。
日本では、「高貴さは、その人個人に由来する」のが当たり前であり、正義なのだ。
今までの話を一般化すれば、
「日本という物語は、個人を神格化することで受け継がれている」
ということになる。
だからこそ、「総理大臣とは役割である」という考えは、
日本では建前にもならないわけだ。
突然ですが
純白で手織りなら完璧です。
メスとしての艶かしさを清廉さで覆い、
それは、人類が成し遂げた「デザインによる自然の超越」のひとつと言えるでしょう。
中世ヨーロッパではレースは「糸の宝石」と呼ばれるほど珍重され、貴族がこぞって買い求めました。
レースはなぜこれほどまでに美しいのか。そして、どうやって広まったのか。
そこには、ひとつの物語があります。
イタリアの貴族である母の家系には代々続く伝統的な織り技法が伝わっておりました。
レース伯爵は、群雄割拠で貴族が貴族を襲い、多くの家が絶える時代に
優秀な領主である父と、美しく優しい母に守られて、
織物の伝統技法を教えられながら激動の時代を生きました。
しかし、その時代も長くは続かず、
領主の父はルイ14世と戦わなければならない事態になりました。
強権的で重税を強いるルイ14世の統治は領民の利益に反すると判断し、
圧倒的な武力を誇るルイ14世と戦う決意をしたのです。
母と家来は捕えられて処刑されてしまいました。
陸の孤島のような小さな砦に監視付きで閉じ込められることとなりました。
母から伝えられた織物をひたすら織り続けていきました。
それは彼にとって、頼れる父と優しい母に守られた暖かい日々を思い出すための作業だったのです。
10年が過ぎ20年が過ぎ、
ルイ14世の治世でフランスは栄え貴族の文化が花開いていきました。
ただひたすら伝統の織物を織り続けていました。
陸の孤島に取り残されてからさらに10年20年が過ぎていくうちに、
レース伯爵の織る織物は少しずつ、人々の心を動かしていきました。
まずは監視の兵士、
そして兵士の間で
そして、ついにはルイ14世の耳にもその評判が届くようになりました。
ルイ14世は過去に葬った領主の息子のことなどはすっかり忘れていましたが、
その織物を一度見たいと、
織物を見ることにしました。
彼が織る織物はルイ14世の目を引き、心を奪いました。
王宮付きの衣装係として特別な待遇を与えました。
ルイ14世が認めたことで、レース伯爵の織物は彼の名前を冠して貴族中に広まり、
さらに伯爵は教えを請う人には惜しげもなく織り方を教えたため
彼の織物はフランスの宮廷衣装の彩を支えるものとなりました。
レース伯爵は解放され、一躍貴族文化の中心人物となりましたが、
その後も妻を娶ることなく、
子を成すこともなく、
ただ日々を織物を織ることで過ごしていきました。
ブルジョワは現代の貴族だ。たぶん、彼らもそれを自覚してるだろう。
でも、いわゆるプチブルな人々はどうだろう? 彼らはたぶん「良識ある一般市民」のつもりでいると思う。だけど、彼らも現代の貴族だ。あるいは騎士だ。男爵あたりかシュヴァリエだ。伯爵以下は貴族じゃないとか言われたりするけれど、一応れっきとした貴族だ。プチブルもその仲間みたいなものだ。
で、貴族なら貴族らしく自覚を持って貴族の品格を持つべきだと思うわけ。偉そうにふんぞりかえって、無駄に威張って、平民貧民を見下して、けれどいざというときにはリュエデゲールみたく命を賭けることができて……つまり「死ねと仰るなら今すぐこの窓から身を投げましょう」って言えるくらいの品格。貴族のくせに「自分、ダメダメですから」とか「あなたと大して変わりませんよ」なんて言ってたら平民キレるよ。
http://anond.hatelabo.jp/20070314201650
というところがとてもじゃないが耐えられない。
一行知識というのが世の中にはある。雑誌のハシラに書いてあった「サンドイッチはサンドウィッチ伯爵がトランプの合間に食べられる食事として発明した」といったような、どうでもいい雑学のことだ(唐沢俊一さんが詳しい>http://www.tobunken.com/)。今はトリビアとか言うんだっけ? この一行知識のよいところは、あまりにくだらないから誰も正誤を確かめない、ということだ。
「ものを知っている」というのは「見たことがある」というのとは根本的に違う。原著にあたれとは言わないが、少なくとも「インターネットのウィキペディア」で手に入れられるような知識に、正誤の確証性は求められないだろう。
だが、それでもいいのだ、それが一行知識ならば、その知識は「いかに役に立たず」「いかにくだらなく」「いかにソースが不明瞭」でもかまわない。面白いことが第一であって、他には何の役目もない。
ところで、カラスの脳には霊長類の新皮質に似た構造があって、他の鳥よりはるかに頭がいいらしい。
そう、スチャダラパーの名曲「ヒマの過ごし方」で歌われるように、人類の脳も、発達すると同時にヒマを知った。
ヒマを潰すために絵を描き、音を発し、言葉を生み、知識を遺す。
性本能は水爆戦がなくとも暴走し、テレビモニターの中に映る肌色の物体に欲情することを喜んだ。
かなり思いがけない事だが 人は必死でヒマをつぶしてるだけだ
本来 人はヒマだった そしてそれを受け入れることができた
世界中の至る所そんな足跡を見つけることができるだろう
スチャダラパー「ヒマの過ごし方」WILD FANCY ALLIANCE
酒の席で発酵と腐敗について一言、殺人の前にはモナリザの素晴らしさを語ろう。
女子プロの前座で小人プロレスやってた頃って百貨店の試着室で誘拐されてタイかどこかでだるまにされて、なんて都市伝説がありましたよね。
長い人生を生きていれば、要らぬ知識を溜め込むぐらいのヒマは誰でも作れるだろう。
そこで何を溜め込むかは人の勝手だ。できることなら、要る知識を溜め込んだ方が良いのだけれど。
本・テレビ・インターネットで見聞きしたことを話してるだけの浅いことしか知らないひとたちと、本当の知識を持っているひとの差は、誰にでもわかる。
「大切なのは何を知るかではなく、いかに知るかだ」という言葉にもある通り「インターネットのウィキペディア」ではそれなりのことしかわからない。
なぜ、自分よりも知識の少ないひとしか周りにいないのか、その原因を深く考えてみよう。
それなりの知識を溜め込んだ自分を、後悔する前に。