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2017-04-13

休み時間苦痛

大学に入った。授業が長いから辛いだとか聞いていたが別に辛くなかった。

それよりも辛いのが休み時間である

休み時間というか、空きコマというべきか。

授業は当然自分が出ない時間にもやってるから教室に残り続けたり、次の教室に早めに行くこともできない。

結局何処かで時間を潰すことになる。

これが苦痛だ。

なにせ静かな場所が少ない。

どこもかしこパリピで模範的大学生が大騒ぎしていて、人間環境が得られない。

図書館はなぜか教室から遠い。

そもそも昼休みも長過ぎる。とてもつらい。

周りが「楽しさのオーラ」をいかにもと醸し出しているというのが

友達のいない自分への風当たりの強さを表現しているように思えて、とてもつらい。

そもそも図書館に行って、図書館で騒いでいる人謎に遭遇すればストレス的に半端なくなる。

必修の日程的にどうしても空いてしまうこの微妙な空き、どうにかならぬものなのか。


まだその人のバックグラウンド、様々な事情もろくに知らない初対面の段階で

ちょっと普通じゃない点を見つけたぐらいのことでそれを否定するとこから会話始めるやつってマジで何なの?

お前とは関わりたくない宣言的な?ならそもそも話しかけてくるなよ。

その人が普通価値観からして模範的人間であることをひていしたいわけではないし、

その事自体評価するが、だからといってやたら攻撃的に普通ではない人に文句つけるのが

正当化されるわけではなかろうに。

2017-04-07

男性カップル養子の件

「親が特殊属性だと子供いじめられる」とか話題になってるけど

いじめなんて「理由」なんざ殆ど無いんだよ。

いじめようとしたやつが適当こじつけただけだろ。

模範的な課程に育った模範的人間だってちょっとやそっとのことでいじめられっこになりうるだろうが。

そうまでは行かなくても、よく語られるようなあからさまないじめられっ子要素なんてなくてもいじめなんざ起こりうるわ。

典型的な「いじめられる要素」がなければいじめられないみたいな思想は辞めて欲しい。


いじめなんてのは完全に「いじめる側の都合」で決まるものなんだから

こういう要素があるといじめられるから、そういう要素のある子どもが出来ないようにしようなんてのはおかしいだろ。

いじめるほうがおかしいんだろうが。

金持ちだと嫉妬心からいじめられるかもしれん。貧乏だと馬鹿にされていじめられるかもしれん。

じゃあ金持ち子供もつな、貧乏だと子供持つな、って言えるのか?

言えたとしても、きりがないから全員子供持てなくなるぞ。




同性愛養子だろうがなんだろうが

いじめが起きたらいじめたやつが完全に悪い

のであって、なんでいじめっこ様にご配慮せねばみたいなことになるんだよ。

いじめっこがお気に召さなそうだって忖度してんのかっての。

どんだけいじめっこが偉いんだよ。



いじめっ子様は特別なご身分で、そのお考えを忖度して先回りで

気に食わなさそうな属性はなくしてくべきだとでも言うのか?

そんな身分制度許されるのか?

こう考えてみると、まさにカースト的だなあと思った。スクールカーストという言葉があるのもすごく納得できる。

2017-04-02

おはようおじさん

月に一度あるかないかの頻度で、通勤中に遭遇するおじさんがいる。

30代後半だろうか。青い企業ジャンパー作業ズボン工場(こうば)のおじさんに他ならない。

私がのっそり歩いて会社へ向かっているとき、彼は追い越しざまに「おはようございます」とあいさつをする。こちらを向き、キリッとした口調で。

今時珍しい人だ。知らない人に声をかけるだけで「事案」にされる世の中で。

最初は、同じ会社の人だと思った。工場併設で、正社員から期間工派遣まで様々な作業服を身につけた人々が昼夜働いている。おじさんもそうなんだろう、おはようございますと私も返した。

おじさんはとても歩くのが早い。信号に引っかかった私を後に、おじさんはどんどん歩いていく。

ある朝もおじさんは「おはようございます」と、格式張った様子であいさつした。私もおはようございます、と返した。

この日、おじさんは同じ会社の人ではない事に気がついた。入り口を素通りし、そのまま行ってしまった。

またある朝も、おじさんは「おはようございます」と言った。私は会釈した。

同じ会社の人ではない、では色んな人にあいさつする人なのかなと考えた。しかし様子を見た限り、すれ違う老若男女だれにも声をかけなかった。

また違う朝も、おじさんは「おはようございます」と言った。私は会釈も返さなかった。わからないのだ、おじさんの目的が。

もしかして毎日私が提げているランチバッグが目についたのだろうか。国民キャラクターがあしらわれた、年甲斐なくかわいらしい派手なバッグだ。

そこそこ愛用したために穴が開きかけており、これも機会と買い替えた。やはり派手な色なのは好みだからしょうがないが、絵のないデザインにした。

新しいランチバッグに変えてから初めておじさんに遭遇した朝、おじさんはあいさつしなかった。チラッとこちらを見ただけだった。やはりランチバッグが興味の対象だったんだろうか。

派手なランチバッグが手に馴染んだ頃、おじさんが追い越しざまに「おはようございます」と言った。変わらず、真面目な様子でしっかりこちらを見て言うのだ。ランチバッグ以外で個体識別したらしい。私は会釈もしなかった。

あいさつをもらったらあいさつを返すのが、模範的行為だろう。人付き合いの基礎だ。わかるよ、わかるがあのおはようおじさんに、私はおはようを返さない。不安だとか謎だとか、そういう不確定要素が最大の恐怖なのだおかしな話だ。ただおはようと言ってくるおじさんが恐怖。じゃあ容姿美麗な青年が同じ行為をしてきたらどうか、それでも不確定要素に変わりないのだから恐怖だろう。

通勤時間や順路は、諸事情で変えようがない。だから確率問題だけで、おはようおじさんに追い越される。

遭遇しない事が最適解。ただのあいさつするおじさんに遭遇しない事が最適。あいさつは犬でも猫でも大事な生きる基本。矛盾じゃないか

冷静に考えておじさんはいい人じゃないかクソッタレは私じゃないか。おじさんは悪ではない。しかし私はおじさんにできるだけ遭遇したくない。

明日月曜日だ。いつもは徒歩通勤から、時たまおはようおじさんに追い越される。しか明日仕事の都合上、車で出勤する。だからおじさんに追い越される事はない。翌火曜日は徒歩だから、追い越されるのかもしれない。

2017-03-26

自分の周りの高校生

次買うパソコンはどんなものにするか、ということについて深い議論を交わしている一方

最近高校生パソコンなんぞ使わないというニュースが出てきている。

自分の周りの人たちはみな流行りに遅れているということなのかなどとも考えてみたが

ああ、これが「分断」ってものなのかなあとおもった。

マスコミとかに取り上げられるような「模範的高校生」は絶対使わないようなもの

無くては生活できないというレベル高校生たちの存在

その存在は、はたして無視して良いのかと思った。

2017-03-18

誰が一番悪いんだろーね

年の離れた弟がいる。

弟はよちよち歩きが出来たころから、家の窓から靴下で脱走して行方くらませていた。

遊びに行って、家に帰ったらパトカーが何台も停まっていて、母親が涙を流しながら弟を抱え、巡りさんと話していたのを覚えている。

あ~~~~またアイツいなくなったんだな~~~~~とボンヤリしていたら、母親からギっと睨みつけられて、怒鳴られた。

何で、弟を探しに行かなかったの?!弟がかわいくないの?!あんた、おねえちゃんなんでしょう?!こんな小さい弟が死んじゃったらどうするの!!

みたいなことを散々怒鳴られた。まだ小さかった弟は、母親の腕の中でヘラヘラ笑っていた。そしたら母親はまた泣きながら

○○(弟の名前)どうして急にどっかに行っちゃうの~~ママとっても心配したんだからね~~~~~~~~

正直馬鹿かと思った。弟が窓から脱走するのは弟を寝かしつけようとして先に寝ちゃって窓にカギをかけなかった母親が原因ではないかと思っていたから。

まぁ私親になった事ないからわかんないけど、これ読んでるお母さん、気分悪くしたらごめんなさい。


それから一年くらいしてから、弟は悪戯するようになった。

物を壊す、隠す、大体そんな感じのやつ。で、私だけが怒られる。なんでや。

母親曰く

あんたがちゃんとしてないから。

ちゃんと模範的お姉ちゃんではないから、弟が悪さをする。

から弟に非はない。お前が悪い。お前のせいでこうなった。と怒られた。

今思えば弟も怒れや!!!って思う話なんだけど、私は本気で「私がちゃんとすれば弟はよくなるんだ~~!成程~~~!!」と思っていた。アホか。

から頑張った。学校はいつもいい成績だった。

元気よく挨拶をして、常に笑っているようにして、困っている人を見たら助けた。

弟の悪戯はよくなるどころか悪くなっていたけれど、それでも私だけが怒られた。弟の目の前で怒鳴られた。

父親暴力的で、博識な男だった。

普段は何もしないけど怒るとき10歳だろうが5歳だろうが男も女も子供年寄り容赦なくぶん殴る人だった。

私がテストで満点を取っても、そんなのは当たり前だ、と言い捨ててそれ以外の点数をとった時は俺の時そんな点数は取らなかったのにと言われた。

弟がある日、父親のものを隠した。本人はちょっとした遊び心だったのかもしれない。

それを父が許すわけがなかった。弟がどれだけ泣いてもわめいても叫んでも、父親の拳は止まらなかった。

私ははやく謝ればいいのにと思ったけど(口出ししたら私も殴られる気がして口にできなかった)弟は絶対に謝らなかった。

母親が泣きながら父親の足に縋りついて許してやってくれと叫ぶのをみながら、地獄みたいだな、と思った。

今思えばこの頃から弟は誰に対しても何に対しても、ごめんなさい、が言えない子供だったのかもしれない。

小学校高学年になって、私はクラスで虐められるようになった。理由は「塾に行ってないくせに100点とったから」だった。

無視されたし、私の触ったものはばい菌が付くと言われたし、クラスの面倒ごとは私の仕事になった。

帰りの会でよくある「今日あった嫌なこと」にはしょっちゅう私の名前が出てくるようになった。掃除をサボったとか、そんな内容だった。サボってないんだけどね。

クラスのみんなの前で怒られて、謝るように言われた。

だんだん学校に行くと腹を下すようになって、あだ名がゲリ子になる直前に私は学校に行かなくなった。そのころにはもう友達

自分の部屋にあった観葉植物ボールしかなかった。で、また私は怒られた。

何で学校に行かないんだ。いじめられたくらいで学校に行かないなんてどうかしてる。学校に行け。行ってやりかえしてこい。

わかる人はわかるかもしれないんだけど、行きたくなかった。やりかえすことも倍返しされそうでできなかった。

担任はうちのクラスに虐めなんかありません!って言うし、校長教頭は虐められるのはお子さんに原因があるんでしょう?といって取り合ってくれなかった。

このころに私は、発達障害の診断を受けた。母親からまた怒鳴られた。

発達障害人間は人を殺す。きっとお前も犯罪者になると言われた。(この頃発達障害者殺人事件を起こしていた)

同時に私の事を頻繁に殴るようになった。殴り続けて手が痛い、といって棒や雑誌や孫の手なんかでビシバシやってきた。

父方の遺伝で私が発達障害だったこともあってか、母親ますます弟を可愛がるようになった。そのころ私は父親似、弟は母親似だったから。

の子は私と同じまともな子だ。私たちは健常者同士仲良くやっていく。って。

それから父親は私と一緒に寝るようになった。布団の中で服を脱がされた。体中触られたし、舐められた。

今思えば狂ってるとしか言いようがないけど、当時は殴られないから良いやとしか思ってなかった。父親と一緒にいれば殴られないから。

痛くないならそれでいいって本気で思ってた。

で、まぁ普通に父親からも痛い思いをさせられた。本番を実行しようとした。しようとしたって言うのは曖昧なんだけど、覚えてない。

直前まではなんとか思い出せるけどそこから先の記憶がプッツリなくなってる。私は自分処女なのかそうでないのかもわからない。

気付いたら、今住んでる町にいた。

父親単身赴任になったと聞かされた時、ほっとした気分とまた殴られるんじゃないか不安になった気持ちがぐちゃぐちゃになっていた。

今度は弟が学校に行かなくなった。理由は「姉ちゃんが学校行ってなかったから」だった。この頃私は普通に学校に行っていた。

成績は悪かったけど、丈夫だったか休みほとんどなかった。

母親は私を殴るのをやめてくれたけど、今度は殺しにかかってきた。多分本気じゃなかったとは思う。

包丁も持って家じゅう追っかけまわされたり、寝込みを襲われて首を絞められたりした。いつもいつも「あんたのせいだ。あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃだ。この悪魔

って言われた。どっちが悪魔だよ。流石に殺されちゃたまんないから応戦するけど、そのたびに母親は金切り声をあげて「助けて!娘に殺される!」ってどっかに行ってた。

一生帰って来るなよって気持ちと、私のせいでお母さんを苦しめてしまった!って罪悪感がグルグル頭の中を回っている間に母親が帰ってきた。すごい、聖母みたいな笑みを浮かべて。

私の事を抱きしめながら、涙を浮かべながら「ごめんね、ごめんね、ほんとはあんたの事、世界で一番大事なのよ」って囁かれた。チョロすぎて悲しくなるんだけど私も泣きながら

「お母さん!悪い子でごめんなさい!!」って抱き付いていた。タイムマシンが完成したら真っ先にこの時代に行っててめーら馬っっっっ鹿じゃねーの?!ってチェーンソー振り回したい。

そんな折弟が金を盗んだ。私の財布から、私の月の小遣い全部。弟が自分でボロを出したので確定した。メチャクチャ怒った。

そんなことは泥棒のすることだ。私の弟は泥棒だったのかと怒っていたら母親が泣きながら、そんなこと言わないで、と言ってきた。

実の姉から泥棒呼ばわりしたら、あの子がどんなに悲しむか。お金はお母さんが返すから、それで許してやってくれ、と言い出して来たので耳を疑った。

金を盗んだことに変わりはないしそれで許されると弟が勘違いたらこから先弟が大人になってトラブルが起きた時、タダじゃすまされないと言っても、母親は聞かなかった。

謝るならお母さんが謝るから、弟を許してくれと土下座までした。目の前が真っ暗になった。

弟は一切謝らなくなっていた。私の金を盗もうと、窓を割ろうと、何をしても私が怒れば即座に自室に篭って出てこなかった。

そのたびに母が私に謝るという奇妙な家になっていた。

他にもエピソードは山ほどあるんだけど指も精神もそろそろ限界です。現在の事だけ書きます

一番狂ってるのは、フツーに全員この家に住んでるってことです。

私は大学に行かせてもらえました。前の仕事を辞めて求職中です。お母さんに似てきたね、とよく言われます

父親は戻ってきました。別の部屋で寝てます求職している私を馬鹿にしながら生きているようです。仕事はちゃんとしてます

弟は見た目が父親に似てきました。私に怒られたからといって一週間学校を休んだりしています。将来はアニメ関係仕事に就きたいと言っています。無理でしょう。

母親は日に日に私が父親に似てきて気持ちが悪い、悪魔め、毎日地獄だ、と言ってきます

周りの人からはうちは幸せな家庭と言われています。たしかにかつてはそうでした。

からきっと私もこの家を捨てきれないのでしょう。良い仕事が見つかればこの家を出ていけるかもしれません。

私には何もありません。特別可愛いとか、頭がいいとか、そういうのでもないです。

私はただの悪魔かも知れませんが悪魔だって地獄はきっとあるのでしょう。今がそうです。

私が家族に思い切って昔の話をすると、しらを切っているのか本気で忘れたのか、そんなことは無かったと言われます。すべて私の妄想だと言われます

誰が悪かったのでしょうか。誰を恨めば良かったのでしょうか。憎むのは悪い事だと言われて育ったけれども、恨む方がまともなのではないでしょうか。

私が覚えているうちに不特定多数の誰かに聞いてほしくて書きました。

聞いてくれて、読んでくれてありがとうございました。

あと、最後に一つ。

嘘でもいいから心の中で、私の家族を悪く言ってください。

2017-02-15

模範的観光

人様の旅行に首突っ込んで、「模範的観光」とやらを押し付けてくる人が嫌いだ。定番観光地を回らない旅行無意味みたいな思想が嫌いだ。

勿論、個人的定番に行かない人を嫌う人間というのが存在することは許容しないといけないが、

旅行先の選択とき社会悪みたいに扱われるのは我慢ならない。

旅行なんて所詮趣味の一環であり、人に迷惑をかけないのならどうやっても良いはずだと思う。

ガイドブックをなぞるような旅行」をするのが義務のような考えはなんだかなあと思う。

普通の人は見ない観光地」と言っても、実際言ってみれば結構な人が観光しているのが現実である

ちょっとマイナー旅行をしたぐらいで不名誉行為と扱うというのは良くないと思う。

観光先だけでなく、利用する交通機関も「模範的である必要なんざ一切ないと思う。各自が良いと思った手段で旅に出れば良い。

格安切符で、普通でないルートを取ったところで犯罪ではないのだ。それぐらい受け止めて欲しい。

規格化されて、それから外れたものは悪として叩かれるというのは「旅」に似合わない風習だと思う。

2017-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20170214060105

君らの書き込み見て今気づいたけど、これって一種洗脳ワードだったんだな。

労働者社会に貢献する規則正しい模範的な人であらねばならぬみたいなイメージを植え付けるための洗脳ワードだわ。

いつ頃から使われ始めたんだろうな。

社会人って本来この辺だけでいいじゃないだろうか。

社会人皇室大企業幹部高級官僚


あとは学生労働者幼児無職主婦・老人でいいんじゃないか。

2017-02-08

最強のチンポ戦士になりたい

あらゆる穴という穴の中でも最高の硬さを誇るチンポ戦士になりたい

どのようなデカマラが相手でも比類できる硬さを誇るチンポ戦士になりたい

あらゆる体勢でも最大の射程距離を誇るチンポ戦士になりたい

皆がチンポ戦士を目指そうと思えるような模範的なチンポ戦士になりこの社会をチンポ戦士で溢れさせたい

2017-02-02

嫁が疑似宗教に嵌った話(どうせ誰も読まないだろうから気兼ねなく晒せる

以下、初期稿




愚痴を書く場所を求めて増田に来たので無駄に長文。

とりあえず経緯、自分スペック関係団体、嫁のやらかしを列挙する(ダミーあり)





わたし家族

夫婦3~40代小学生の子供二人(下の子は重度の知的障害

わたし:元会社員、数年前に鬱を患って(診断では鬱病ではなく鬱状態)退社

祖父から遺産相続し、物件管理という名の不労所得暮らし(細々と小銭稼ぎはしてる)

・嫁の父は10年ほど前に他界、母が一人暮らし

わたしの母は他界祖母と父と兄弟が残ってる




関係団体

一見すると、意識高い系ミュージックスクール

ミュージカルリトミック楽器演奏など教えている

代表者ワンマン

資金繰りは悪そう←度重なる生徒の親への融資要求、支払いの遅延などがあるよう

事業拡張新規教室の開設など)してはたたみ、それでも将来的には凄いお金稼げる団体になるとか





嫁のやらかし(それ以外の情報も含む

・上の子が生まれ0歳児からリトミックに通い始める(これは別によい

団体代表は元々は市かなんかの補助を受けて別の人物活動してたのだが、方針の違いで喧嘩別れ。嫁は代表についていく(これもまあよい

教室自転車(頑張れば徒歩)で通える場所から必須場所移転。嫁ついていく(これもまあよい

・年に数回、ミュージカルの公演などを実施(この時は主催者が大赤字を背負って開催してたらしい←のちの伏線

わたしが鬱やら母(今は他界)との揉め事やらでテンパった時、代表相談(まあ自分が悪いし仕方ない、がこの辺りから話がおかしくなる

代表の言うことを盲信するようになる

代表事業拡大時にスタッフ(無給)として、手伝うことを決意(軽い手伝いぐらいに聞いていた

スタッフとしての作業家事放棄が始まる

スタッフ作業と上の子イベントミュージカルなど)で下の子わたしを置いて、ほぼ土日は出かける

(このあたりは自分自身の行いの悪さもあったので、甘んじて受け入れていた)

そして数年後……

家事ますますおざなり

毎日スタッフ作業子供のレッスン終わりに会議が入り、小学校低学年の子供との帰宅が深夜近くということが続く。(レッスンは平日週3&土日)

・平日、上の子には夕方からのレッスン前にコンビニおにぎりを与え、夕食はそれだけみたいな

団体事業拡大により、レッスン場所に遠隔地(車で1~2時間、高速使用)が混ざりはじめる(交通費家計圧迫、帰宅時間ますます遅くなる

団体事業拡大と嫁の地位向上(なんかリーダー? に就任?)により、深夜~明け方にまで事務作業PCでのパンフレット作成や客先対応)、睡眠不足

睡眠不足からこの数年で交通事故を数回起こしてる、おかま掘ったり、人を軽く轢いたり(軽く

わたしはこれはまずいと思い始めるも、鬱やらの影響であまり強くでれず、下の子を面倒を放棄しだす(逃避行為ね

・嫁は母(わたしにとっては義母)に下の子の面倒を頼むようになる(ちなみに嫁母はそんなに元気じゃない

そして大事件が。

・上の子のレッスンに下の子と嫁で付き添っていた際、下の子障害持ち)が代表を押した(らしい

代表、怪我。歩行が困難になったらしい

・謝りに行った際に代表からわたし罵詈雑言(数時間に及んだ。内容は「鬱の時にも面倒を見た」「下の子がまだマシに育ってるのは私のおかげ」「(俺)母との問題にも指示を出した」「なのにこの仕打ちはなんだ!」とか。レッスン終わりの子供と保護者も沢山居る中で公開処刑。少なくとも他の子供に聞かせる内容ではなかったと思う。「男はもう信用ならん」とか「ろくに稼いでないわたし生活に対しての批判(まあ当然だけど)」とか)

頚椎に損傷を負ったらしい

慰謝料として500万円要求される→それでチャラにしてくれるらしいので払った

・追加で800万要求される(団体活動に影響が出るので弁護士は挟みたくない、挟んだら数千万から単位賠償になるとの言い分、500万では足らなかったらしい、医者の診断結果も受けて

・嫁、わたし、父、祖母家族会議

・父も祖母も嫁が信者的な行動しているのをうすうす気づいたために反対するも、結局支払うことになり、祖母貯金から

わたし逃げ出す。祖母一人暮らししている実家へ。別居生活が始まる

・ある日、嫁と子供が住んでるマンション管理費の引き落としができてないことにきづく

・ローンやクレジット払いが結構あるので、返済やらなんやら失敗するとヤバいので現状確認

家計管理してる通帳の貯金の残高がほぼ零になり、さらには子供名義の定期預金の数百万円も解約して使用済み(一~二年ぐらいの期間で?

事情を聞くと、団体活動必要だったとのこと(ミュージカルの参加費など

・ちなみに、嫁には4~50万毎月渡し、貯金をするように頼んでいた

・とりあえず、通帳を預かり、嫁の口座を家計通帳に変更して対応

・嫁が銀行クレカ作って50万(限度額)借金

さすがにぶちぎれるも、嫁改善せず←これがちょっと前の話

・嫁は団体子供のレッスン料などを支払えていないようで金を無心されるも断わる

ミュージカルの参加費など10万弱ぐらいするらしい)

 →結局嫁母から融通してもらったらしい

・嫁と子供マンションから実家引っ越してくる(多分代表に言われた言い分は以下

・うちはそれなりの家系で跡取りなので、実家のこともおざなりにはできない

・以前祖母が持ちかけていた家を買うという話はチャラでよいので500万融通してもらえないか団体事業拡大に使うらしい

 (ちなみに、団体の将来的な目標子供の居場所とか作ることも含まれている、障害ある子供も暮らせる場所。嫁はその理想のため(とあと子育て生き方指南)に代表に仕えているともいえる)

・嫁、団体スタッフとしての活動が忙しく、祖母(90才)に下の子の子守を頼むこともしばしば

わたしが関与を拒否しているので依然嫁母への下の子の子守は頻繁に頼んでいる(まあこれについては逃避しているわたしも悪いというかわたしが悪い

団体の薦めで嫁が早朝から夕方にかけて働きに出る(2か月間の期間限定

・朝の下の子の送り出し(擁護学校バス亭まで)は毎朝私の役目に。夕方デイサービスから帰ってくるのは嫁母にお願いしている?

祖母発狂する(元々年に数回発狂する祖母です。無視してたら10日ほどで平常運転に戻るのですが

祖母発狂に加え、ぼけの症状も出始める(これが数日前の話

祖母発狂すると家を片づけるつもりでゴミ屋敷にしてしまうので、家はぐちゃぐちゃ

・それでも嫁は仕事にでかける

そんでつい最近の話(一日の出来事

・上の子が夕食を一緒に食べるという約束祖母わたしとしていた

・さすがに上の子との約束なので、祖母愚痴やら聞きながら、片づけを手伝った

・上の子は、レッスンがあるので帰宅は21時の予定

・ぼけつつある祖母と片づけしつつ、夕食の準備

・下の子は嫁母が見てくれていた

・嫁と上の子と嫁母と下の子帰宅したのは23時

・レッスンやらなんやらが長引いた模様(よくあることで、子供二人を釣れたまま深夜まで帰って来ないのも毎週のようにある

だいたいこんな感じ。

まあ、読んでくれる人はいないでしょうし、全然纏まってません。



簡単に言うと、

わたしの鬱やら家族関係の悩みやら、障害を持つ下の子の養育方針やらで、

元々はただのリトミック先生相談しだした。

リトミック先生教祖様存在に。

(他にも不登校の子を持つ親や旦那と上手く言ってない親から信仰を集めているらしい。

教祖様のレッスンの月謝はそこそこだろうけれど、ミュージカル公演などにべらぼうに金がかかる。

(うち以外にも500万とか貸した家族が居るらしい。多分返済計画なんて立ってない)

とにかく教祖様事業拡張がお好きで将来的には凄い金を稼ぎつつ、社会還元できると信じてらっしゃる

障害を持つうちの子供が教祖様に怪我を負わせた際に、なんか言いくるめられて1300万払わされた。

嫁は貯金を数百万使い果たし、借金までしだした。

嫁は子供第一といいながら、こどもそっちのけで教祖様事業の手伝い(奉仕活動)に御執心。(そのほうが将来的に楽になると信じているから)

挙句外貨を稼ぐために外部で労働までさせられるように(これは勤務先とのコネクションを作るという意味もあるらしい)

世話のかかる下の子の面倒を、まずはわたし、そして嫁母、祖母押し付け、その誰もが壊れていった。

もちろん嫁も面倒は見ている(最近そうは思えないことも増えてきた)。全員で支えることも必要だとはわかっている。

ただ、嫁は教祖様絶対なので、教祖様から与えられた仕事をこなすためには平気で子供犠牲にする(とわたしは感じる)。

実際、教団の手伝いをするようになってから、鍛冶はおろそかになり(元々は毎日洗濯食器の洗いものは溜めない、家庭料理主食副菜味噌汁掃除毎日というスタイル

洗濯ものは溜まり食器は溜まり食事はあまり作らなくなり(作ったとしてもごく簡単ものやきそばとか)、部屋中埃だらけになり、

わたしが家に居る時はまだマシでしたが、耐えかねて家を出てから監視の目がなくなったからかその適当さに拍車がかかった。



全然簡単になりませんね。まあ誰も読んでないんでしょうけれど。

そもそも、わたしが鬱になって、しっかりしてないのが原因なんでしょう。働いてもいませんし。

でも、鬱になる前、子供が小さい時は幸せでした。

の子障害があるとわかった時(わたしの鬱がちょっとマシになってきた時期)も、

辛かったですが、夫婦で力を合わせて育てようという意思は少しはありましたし、協力してました。

ただ、協力してもしても、嫁は教祖様にどっぷりとはまっていき、疎外感を感じるようになりました。

元々、鬱になった時も、嫁が元々依存系の性質なので、うまくこちらも相談できず、悪化したんだろうと思います

家族であるようで、家族理想を演じているだけの夫婦だったんだろうなと。

教祖様の教えが上手く(実際に沢山の信者を従え、奉仕活動お布施させている)、嫁にとってはわたしよりもよっぽど救いだったんだろうなと。

特に障害持ちの下の子の将来を考えた時に、教祖様理想の教団の未来像は魅力的で、それを実現するためには多少の無理をしても将来の投資だと信じられるくらいには。



そもそもわたし家族(父母兄弟祖母)にはまったく愛情を感じず(祖父だけは凄く恩義を感じている)、

それというのも、両親が不仲で父は数か月家を飛び出したり(その血を引いてるから同じことするんだろうな、当時は毛嫌いしてたのに)

母はノイローゼで寝たきりになったり、

父も母も暴力的で、虐待ちっくなことを受けてたし、

両親の不仲のそもそもの原因は(到底うまくいく夫婦ではなかったですが)、祖母の嫁(わたしの母)いびりだったとか複雑な環境が影響しているんだろうなあとか。

みなさん、親を殺そうと思ったことあります? 小学生ぐらいで?

わたしは本当に両親を殺したくて、幼い頭で、強盗犯行に見せかけようと知恵を絞って、珍しく父が帰って来ていて(だけど激しい夫婦喧嘩なんかをやらかした晩)、

二人で寝ている枕元に包丁を持ってたったことあります。結局怖くてどちらも刺せませんでしたが。自殺だって何度考えたことか(最近デハ数年前にも何度か)

思えば、虐待を受けたので、誰かから怒鳴られるとパニックを起こして何も言い返せなくなるし、

子供の頃から逃避癖がひどく、ずっと現実逃避してましたし、

結婚する前に今の嫁と出会って嫁のために頑張ろうと模範的彼氏婚約者旦那父親を演じてきましたが、結局演じてただけなんだろうなと。

幸せ夫婦家族に憧れてたし、それを作りたかったし、作ろうと思ったけれど、当時は作れたと思ったけれどガラス虚像でした。



今はもう人、特に家族と関わるのが面倒です。

の子は将来的にはどこかの施設に入所させるしかないと思いますし(嫁がこの状態で、私一人で支えていく自信はない)

の子洗脳されて、そのうち教祖信者になってしまうんだろうし。

まあ、わたしが不甲斐ないのが悪いといえばそうなんですが、

まさかリトミック音楽教室新興宗教団体はそうは名乗ってないですが)に化けて、

嫁が信者になるとは思ってもいませんでした。

宗教がらみで、家族が離散する話はたまに聞きますが、リアル宗教ではないのに同じ状況に陥るとはね!

ただ、鬱も改善して(というか悟りの境地の劣化版に達した)

面倒事は避け(嫁から、というより教祖から言わせるとそういう困難に立ち向かわないから成長しないらしいですが)、

臭いモノには蓋をして

自由気ままに暮らしたい、そのほうが楽だし・・・

という心境がちょいちょい持てるようになったので、今のところはそれほど不安定精神状態ではないですが、

またストレス耐性ないのでストレスたまるようだと大変でしょうなあ。他人事じゃないんですが。

祖母ストレスたまって壊れかけてるし。

父も頼れる時は頼れるんですが、あんまり頼りにならないし。

父も祖母も昔に比べると丸くなったけれど。



まだまだ書きたいことはありますが、それはこれにレス? を付ける形で後日やろうと思います

(というよりちゃんと読みやすくまとめないとだめですね)

今回のエントリに要約を先頭につけますので、それだけでも読んで下さったらなあと思います

2017-01-16

文学仕事

http://anond.hatelabo.jp/20170116163025

いや普通に文学とされている分野の学問も役に立つと思うんだが……。

大学文学部でやるような内容は大きく分けて

英文学、仏文学などのなんたら語学

国文

哲学倫理

地理

歴史

などに大別される。心理とか教育とか社会かいろいろ他にもあるけど。この内国分以外の「なんたら語学」は、外国語を専門的に知ってるという点だけで結構使えると思う。

じゃあ国文は役に立たないかというとそうでもないのではないだろうか。だって、ある作者とか時代とかの文章研究したり、研究した結果を読み込むっていう経験は、普通に仕事上で「分析」あるいは「分析結果の活用」を行う際にいいものとなると思うんだ。

哲学倫理も、仕事のやり方とかが本当に正しいのかを判断するものとなるし、こういうのは法律の成立に関わっている場合も多いからそっち方面も期待できる。あと心理にも繋がる場合もあるのでは。

歴史だって人生を生きる上での、「模範的ストーリー」あるいは「反面教師ストーリー」の宝庫だし、国文と同じような分析云々も役に立つ。

地理も、地域学とかを考えれば活用できないことはないとは思う。





といってもそもそも「大学で学んだことを活用させたいと全く思ってない」企業には無関係だろうし、職種によってはかすりもしないだろうってのは現実としてあるのはわかってるけど。

2017-01-04

ツイッターたか自分アイコンが「模範的である(と本人的には思ってる)ぐらいのことでいちいちマウントしてくるやつなんなの

初心者がまだ卵アイコンなことをしつこく文句言うとかよくわからん

2016-12-31

大晦日の過ごし方について

普段は「模範的大学生」とか言っているクセに、ちょっとその人達が年越しのためだけに東京山手線沿線フェスティバル行っただけで「リア充云々」とか言い始めるヤツや、年越しでNHKの歌合戦見ただけで「田舎物扱いする風潮」おかしくない?

2016-12-25

「働いているニート」ってなんだよwww

ニートってのは学校にも働きにも職業訓練にも言ってない若年層のことを指す言葉なんだよ。




最近これを無視して「バイトしてない学生だと、すわニートだ」「お前の仕事俺様的に気に食わない。よってニートだ」「年金だけで生活している老人だと、ニートだ」などと実際にはニートに当たらない人をしつこくニート扱いしている人が多いように感じるが、ちょっとググってニート定義を調べることも出来ないのだろうか。

また、労働形態が「模範的」とやらでないと行けないなどということはない。

別にホワイトカラー勤務」でなくても就労しているとみなされ得るということを知らないのだろうか。

雇用されるという形の労働」でなくても就労しているとみなされ得るということを知らないのだろうか。



自営業フリーランスブルーカラー被雇用者だってきちんと働いている。それはそこまで知られていないことなのか?




ネット上だけのはなしかとおもったら、リアルでもそういうことを言ってくる人がいるのにはさらに驚きである

ちょっと性格問題ある感じの知り合いが、ここ一年ぐらいひたすら普通に働いている人をこじつけニート呼ばわりすることに執心していて非常にうんざりしている。

少なくとも偏差値的には決して馬鹿ではない、頭がとても良い方の部類である知り合いすらそういう調子。なんだかなあと思う。

2016-11-17

はてサによるポリコレ棍棒の模範的振り回し方

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/308330400/comment/locust0138

うひょー!すげえすげえはてサ爆釣。サヨクにとって都合の悪い記事にはダンマリだが、ちょっとでも付け入るスキがあればここぞとばかりにスクラム組んでボコボコネットリンチするという実例。このlocust0138というidは基本サヨクに対して批判的なidで鋭い批判も多かったため、はてサの連中は日頃からさぞ鬱憤をためてたんだろう、積年の恨みを晴らす勢いのイナゴっぷりだ。aflat_1000dai4 に至っては過去ブクマをほじくり返してまで便乗たたきにいそしむ始末。こないだのkyo_juのtwitter晒し上げといい、サヨクってホントやり方が陰湿まりない。

見よ、これがポリコレ棍棒だ。ソーシャルジャスティスウォーリアーポリコレ棍棒リンチだ。

醜い。何と醜い正義だろう。

こういう陰湿さが世間からサヨクが嫌われる根本の原因なんだがなあ。分からんのだろうなあ。分からんからこんなキモいこと平気でできるわけで。

2016-10-21

金髪碧眼黒ニーソ美少女自転車ポスターの件

http://anond.hatelabo.jp/20161020145817

http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/kotsu/kakusyutaisaku/jitensha/houchi/special/japanese/index.html


上で触れられてる放置自転車啓発のポスターを見てほしい。ムチムチ感を訴求しない程度の黒ニーソサラサラ金髪と爽やかな笑顔に秘められた碧眼の瞳が実にいいが、それはどうでも良い。

このポスターの謎は、自転車の横に佇む少女を通してなにが言いたいのか全然からないということ。誰か教えて。


2016-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20160921211424

タイ行けば?タイ僧侶模範的生活を送る代わりにお布施をもらって生活するらしいぞ。入るのも出るのも自由だとか。

2016-09-04

尊敬できる人間

団塊の世代師匠がいるのだけど、まあ世代世代としてその師匠の話いわく、

「俺の時代には先生はみんな何かを極める求道者みたいな人が多くて、一人ひとり面白くて尊敬できたよ」

とおっしゃっていた。趣味への集中度がすごい人ばっかりだったんだって趣味プロレベルだったり行動が模範的だったりと。

先生へのイメージへと彼らがアジャストしていたのか、現代が単なる職業教師に堕ちたのかはしらん。

ただそういうケースも聞かれるという話。



そういえばしっかりした大人が近所の子供を厳しく叱る文化もなくなっちゃったな。

2016-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20160822142804

ムリ。マルクス自身も『資本論』で資本主義体制は非資本主義体制を圧倒するって書いてる。

新体制が成立したとしても、自由競争原理で力を付けた資本主義体制には負けちゃうってことだな。

あり得るとしたら鎖国して、成長より、貧しいながらも平等を優先する国民が集まって社会を構築するしかないだろうな。

ちなみにタイ僧侶が作っている社会はこういうものらしい。貧しいながら模範的生活を送る僧侶に、国民お布施をして生活が成り立っている。

案外ポスト資本主義宗教かもしれない。

2016-08-18

今の寺はクソ(なのが多い)という話

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150519/281311/

これ面白かった。漠然と思ってたことを明快にしてくれたというか。



要約すれば、原始仏教時代(ないし現在タイ)は、①僧侶模範的生き方をすること、②人生絶望した人を丸ごと受け入れることで、人々から尊敬され、お布施も集めることができた。

しか日本仏教はその歴史的沿革から①②をすることが不可能となっており、腐敗している。

はい原始仏教の教えを現代日本でやるのはキツすぎるから、その理念だけでも目指そうよ、というお話



考えさせられる。

2016-08-12

あんたの夫はどうだったんだよ。ものすごい模範的で良き父親みたいな人でも凌辱AV持ってるぞ。そしてそのAVレイプイメージトレーニングをできたからこそあなたを犯すことができ、子も成すことができたのです。

http://b.hatena.ne.jp/entry/297829203/comment/masudamaster

2016-08-04

きょーじゅ氏は最近はずいぶんとネトウヨにすり寄っていて、とてもじゃないが左派とは言えない

かつてはてサだった頃を知っているだけに残念

Cunliffeと同類なっちゃった

以前増田でGI17氏がはてサではなくただのネトウヨ中毒という書き込みをみたけど、そういう「はてサじゃないのにはてサということになる空気」みたいなものはてな村には漂ってるように感じる

よくよくその主張を精査してみると実はぜんぜんはてサじゃないのになぜかはてサ扱いされてる人が他にも結構いると思う

増田で人気のあるharuhiwaiなんちゃらとかArturo_Ui氏とかも必ずしも模範的はてサとは言い難い気がする

haruhiwaiなんて「左派に人気があるタグ荒らし」くらいの扱いでいいと思うし、Arturo_Ui氏もblueboyのマイルド版でしかない

やっぱりhokusyuさんやApemanさんやD_Amonさん辺りがはてサパブリックイメージに最も忠実な正統派はてサだと思うし、有象無象しかないブクマカを取り込むためにはてサ定義を広げちゃうのは如何なものかと思う

そんなことをしてもはてサメリットはなく、はてサの威光を傘に着たい連中がはてサを気取ってるだけ

で、そんな連中の「はてサ性」を追認してあげるのはいつもネトウヨお仕事

まあネトウヨから見ると実際区別が付かないのだろうが、問題はそれを利用する偽はてサ

あいつら偽はてサネトウヨ共犯はてサに潜り込んでネット言論界における信用ロンダリングをやってるように見える

自分人の力では箸にも棒にもかからない奴らがいつのまにかはてサ扱いされていたりする

ただこれに関しては偽はてサどもにスターをあげちゃうはてサの皆さんにも多少問題が無きにしも非ずではある

2016-06-04

私の中の模範的はてなユーザ

あくまで「はてなユーザ」。「はてな村民」とは少し異なる。

2016-05-04

皆さんは私が美少女とイチャラブしたいだけだと思われているようですが

本当は私は白人が作った帝国地球の97%を支配

他の民族は一部地域に押し込められ弾圧を受けている世界

反乱軍として活動していたかったけどあえなく恋人を残し

白人帝国捕虜となってしまます

その後煽情的衣装を着た白人女性刑務官ばかりの矯正施設に送られ貞操帯を着用させられ

強制労働の日々を送りますが性処理ができない私たちは次第に煽情的白人女性刑務官の姿を見て

ペニス血液が流れ込み苦痛を味わうことになります

その後1年間模範的囚人として過ごせば一時的貞操帯を外し白人女性刑務官に性処理を手伝ってもらえるとのルールを知らされ

私達は一生懸命労働に励むようになります

そして1年後にはわたしたちは白人帝国への永遠の忠誠を誓った後

貞操帯を外され刑務官の手で天にも昇るような快感とともに射精白人帝国に一生を捧げる奴隷になりたいのです

2016-04-05

何かしらの訓練を積まないことには全てはどうしようもないのかなという気分に陥る。タイピング自己流だからどうもタイプミスが多い。一日飲まず食わずで生きているがなんとかなりそうだ。だが水だけは一応飲んでおくか。賞味期限切れの水が心配なので普通に飲む。自炊が面倒くさい。自炊したくない。健康的なものが食べたいのだけれど、外食内食基本的に脂っこいものばかりだ。茶漬けとかそういう粗食もたまには食べたいものだ。何も食べたいものがないというのは一種の苦悩であるミニマリストになりたい。様々な束縛から解放されたい。自分はもともと物欲の薄い方ではあるが、それでもものを切り詰めたい。でも、人というのは様々な雑多なものに束縛、或いは依存して生きているわけで、それをなんとかしようとしても無理だ。自分にできるのは、その束縛や依存対象コントロールすることぐらいである。ああ、タイピング能力がほしい、思いついたものを思いついたスピードで書けるだけの能力が。話は戻るけど、その束縛をどの対象に持って行くべきか、ということがさっぱり定まらない。なんというか、人としてよく生きるためには、多くの人がしている生き方に準ずることが、最適解ではないとはいえ、まあまあの解であるということは確かだと最近思う。自分がはぐれものでないかぎりは。ただ、それを無根拠に受け入れるのも、どうなんだろう、危ういものだ。みんななんだかんだで、「普通」の人生を歩むのだろうけど、そこの受容の仕方には人によって差があるのではないか。そこで無批判に受け入れるような人は、いざ自分が危うい境地に立たされたときに、自分被害者のように振る舞ってしまうのだろう。自分は恐らく意外と保守的人間で、それなりの合理性の下にこの世界が回っているという確信がある。だからこそ、一見無駄なように思える要素も、ジェンガブロックのように、抜いてしまうとバランスが崩れてしまうのではないかと思ったりもする。ただ、僕が住むその世界における、ジェンガブロックの組まれ方というのを僕はよく知らない。勿論、完璧に把握することはままならないだろうけど、かといって、それを知らずに生きるのは少し危うすぎる。よりよく生きる、ということは、より良く生きたことのない人間にはあまり良くわからない、ただ、自分の生きてきた短い期間の中で、幸福だなと感じた時間の条件を規定するならば、それは、ルーティンと、ランダムネスがちょうどいい割合で配合された生活というものだろう。どんなに恐ろしいことであれど、ルーティンとして繰り返されれば、人というのは順応する生き物なので、慣れきってしまう。宇宙飛行士が、「宇宙へ向かうというのは、死のリスクを大いにはらむ行為ですが、死の恐怖はなかったのですか」と問われたときに、「そういう訓練ばかりをやってきたので、馴れきってしまいました。それよりも早く宇宙に行きたかった」と返していたのが印象的だった。死というものですらルーティンのもとに恐怖は薄れてしまもののようだ。つまりはそういうことなのだ。人はある種の冒険を常に冒し続けなければならない。人は退屈を嫌うからだ。もちろん、人によって、なにを退屈と感じ、なににドキドキするのかということは変わってくる。それどころか、それは一人の人生のなかでもどんどん変化していく。小さい頃は、ただそこに存在すること自体冒険であった。そして、時間を経るにつれ、異性だったり友人だったり、様々な未知のものと対決していく。学校仕事結婚出産、という現代の一つの模範的ライフスタイルは、冒険ルーティンバランス、退屈とわくわくのバランスがうまく取れている、だからこそ多くの人が採用するのではないか。ただ、冒険というのは紙とペンだけでもできるものだし、勿論、世界を旅して回ることによってもできるのだし、人を愛することでもできるのだし、つまり冒険世界に転がっているのである。ここで重要なのは、どの冒険自分採用すべきかということである自分にとってあまり心理的負担が大きすぎる行為は辛い。かといって、楽すぎても退屈の渦のもとに自分が巻き取られてしまう。自分はどの冒険を選ぶべきなのか、どのルーティンの下に生き続けるのか。基本的ルーティンというのは人の心理的負担を減少させる効果がある。しかし、行き過ぎてしまうと、退屈に絡めとられてしまう。だからこそ、身をおくべきルーティンは、同時に冒険を生み出す構造でなければならない。ルーティンルーティンであり続けてはならない。例えば、サラリーマンを例に取ってみても、新入時には様々なことになれないといけないし、それから時間を経ても、昇進だったり転勤だったり、ある程度のルーティン破壊する構造ができている。というよりも、世の多くの仕事がそういうふうにできている。なんでもいい、世界凝視し続けると、必ずそこには新たな世界発見される。それは、今までルーティンであったものが、冒険へと変化した、まさにその瞬間だ。多くの人間にとって退屈な文章から、豊潤な世界を見出す大学教授のように、ルーティン冒険へと変化し続ける。ならば、僕たちがよく生きるためにはどうすれば良いのだろうか、それは、世界に対して真剣に向かい合うという、その行為によってのみ可能である生まれたての子供のように、与えられたものの全てを見つめ、全力で凝視するのだ。それが、ルーティン冒険、退屈とワクワクをうまく共存させるための唯一の方法であるのだ。

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