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はてなキーワード: 東方とは

2017-02-21

[]けものフレンズ2話

おいおいキングコブラちゃんとかそれ以外でも静止画だけの中にかわいいキャラめっちゃいるじゃん

声優もそれなりにうまいのになんで動かさない・セリフすくねーんだよ

棒読みdisるときコメントクッキーって言葉があるの意味わからん

調べたらニコニコでの東方ネタ関連の言葉だった

カワウソおもしろーい!とかいろいろ言いまくってて「頼んだらやらせてくれそう」ってコメントもあって、げにと思った

イイケツしてたカワウソ

ボスかばん以外とも会話が成り立ってるように見えたのがちょっと気になったか

3話が面白いらしいから期待

陰謀論の作り方

火災発生から5日以上燃え続けている倉庫火災ですが、埼玉県入間郡三芳町倉庫と報じられています位置関係を把握するために三芳町地図確認すると、所沢市川越市志木市新座市富士見市ふじみ野市と隣接していることが解ります(一見狭山市とも隣接してそうに見えますが、微妙に間に所沢が入っており接してはいないようです)。
ところで、周辺には以下のような自衛隊施設存在します。
 

- 航空自衛隊入間基地
入間と言えば航空自衛隊入間基地連想されますが、入間基地入間市狭山市に跨る基地なので入間郡ではありません。地図で見ると、件の倉庫からだいぶ西方位置します。

- 陸上自衛隊朝霞駐屯地
件の倉庫から東方向には陸上自衛隊朝霞駐屯地もあります朝霞駐屯地朝霞市新座市和光市東京都練馬区に跨る駐屯地なのでやはり入間郡ではありません。

- 自衛隊大井通信所
件の倉庫から北の方には自衛隊大井通信所がありますふじみ野市に該当するためこちらも入間郡ではありません。
 

さて、この三か所の自衛隊施設を直線で結んだ三角形プロットしてみると、中心付近に件の倉庫位置することが判ります。
これは単なる偶然でしょうか。

 

客観的事実リアリティを持たせつつ、最後一言適当に思わせぶりなことを言ってるだけです(もちろん、こんなの偶然でしょう)。

後は読み手独自に都合のいいように、或いは面白いように解釈した想像します。

2017-02-18

窮地を乗りきって飛躍した歴史上の国家十選

歴史ネタをまとめてくれる増田をしばらく見かけないので

自分で書いてみる。

このエントリーでは基本的首都まで攻められるか、首都以外を失うに等しい状況から

反攻に出て逆に周囲に脅威を与えるレベルにまで回復した国家を取り上げる。

ナポレオン戦争は単なる大災害なので無視

※※独立戦争関係は「弱くて当然」なので極力避けています。(追記)



「落ちる時はいっそどん底まで落ちた方がいいんです。はい上がる距離が長いほど男の子はずっと強く素敵になりますから結崎ひよの(城平京




国名 地域 簡単な紹介
バビロニア アジア アッシリアシャムシ・アダド王に隷属する都市国家であったが、シャムシ・アダドの死後時間をかけてナイセイTUEEEで力を蓄え、マーリから兵を借りパクするなどして四方世界統一に至る。
アジア 老いた大国晋の内乱で智氏ひきいる智・魏・韓の連合軍根拠地を攻められるものの、奇跡の逆転。中国戦時代には強国のひとつとなる。類似例:田氏斉(弱体化はしたので趙を選定)越(追記)
ローマ共和国 ヨーロッパ ケルト人首都ローマを攻められ、みかじめ料を払って帰ってもらう。その後もピュロス・ハンニバル同盟市戦争などのピンチがあったが、根性でしのぎ地中海世界一円支配する強大国になる。類似例:アテナイ
パルティア王国 アジア ローマ帝国に何度も首都クテシフォンを攻め落とされるが、何度もしぶとく復活する(知識不足すみません)。
ウェセックス王国 ヨーロッパ デーン人に攻められ国王農家のおかみさんにカマドの番を命ぜられるまで墜ちるなどするが復活。いちおう世界帝国イングランドに繋がっていく。
フランス王国 ヨーロッパ 百年戦争ではパリ地方政権状態にまで追い込まれ局面もあった。ゲクランジャンヌ・ダルクなど国民英雄活躍イングランドを追い出し、長年のライバルをつとめる。
ビザンティン帝国 ヨーロッパアジア イスラム帝国によって首都コンスタンティンノープルまで攻め込まれるもギリシア火の神通力によって撃退小アジアを奪い返す。その後もトレビゾンドゾンビ
モンゴル アジア チンギス・ハーン幼少期には一家族の単位にまで落ち込む。チンギスが成長してから庇護者のトオリル・ハーンのケレイト族すら吸収。チンギスの死後も領土を拡大していく。
ムガル帝国 アジア 初代バーブルはウイグル族によって故郷を追われた身。背後で敵と戦いながらインド方面進出して領土を得る。二代目のフマユーンイラン亡命する局面もあったが、最終的にインドの大半を支配する。
徳川家 アジア 今川家の属国状態から義元の死を機に独立。幾多の窮地をめんどうくさい三河武士の助けで切り抜けて天下を取る。類似例:毛利家。


おまけ

国名 地域 簡単な紹介
新羅 アジア 朝鮮半島統一直前も百済の手痛い反撃を受けていた。唐の参戦で一挙に形勢を逆転。百済高句麗滅亡後は巧妙に立ち回って唐を追い出す。
スペイン ヨーロッパ 西ゴート王国から連続性が微妙なので十選には加えず。
オスマン帝国 ヨーロッパアジア キリスト教徒農民を守る遊牧民ヤクザからスタートギリシアを得て、順風満帆かと思いきやティムールによって壊滅的な打撃を受ける。しかし、ビザンティン帝国が衰退していたおかげで復活の時間をえる。キリスト教世界最大の敵となる。
ズール王国 アフリカ だいたいモンゴルに同じ感じ。
ベルギー王国 ヨーロッパ 第一次世界大戦ドイツ帝国侵略を受け、領土の大半をうしなうしかし、西端国王アルベール自らが率いる軍がふみとどまり連合軍の一員として反攻を続けていく。ドイツの敗北によって全土を回復した。
イスラエル アジア 現在進行形すぎてうっかり忘れていたので追記
スイス連邦 ヨーロッパ 最初からクライマックス(追記)
ポーランド第二共和国 ヨーロッパ 第一次世界大戦による誕生直後の脚がプルプル赤ちゃんバンビ状態で、同様のロシアに攻められる。しかし、ヴィスワ川奇跡と呼ばれる大勝利で逆に東方領土を拡大した。その後はお察しのとおりだよ(ブコメより追記)
サウド家 アジア 弱体化し一時はクゥエートへ亡命するも、第一次世界大戦の流れに乗ってイギリスと協力し、オスマン帝国からアラビア半島を切り取る。(ブコメより追記)


なんとかアフリカアメリカオセアニアの例を取り上げたかったけれど知識不足でした。

パラグアイさえあの戦争に勝っていれば……!

中国国家組織ができていないように思える内乱の浮動期を入れないようにしました。

ビザティンも最盛期をすぎているので、オスマン帝国と交換した方がいいかもしれません。

まぁ、ゲルマン人の大移動で首都を攻められた後にユスティニアヌス大帝が出ているのでセーフということで。

たいだい記憶で書いているので間違いの指摘があれば調べて修正します(いい加減)。

2017-02-13

3月6日秋穣子の日

3/6→3の6→みのろく→みのりこ→穣子

4月18日が静葉の日なのと同じ

東方詳しいわけでもないけどふと思いついただけなんでパブリックドメインしま

べっ別に穣子の絵がほしいわけじゃry

2017-02-11

けものフレンズまじで受けてんの? ネタではなくて?

3DCGが少し前のD3パブリッシャーが出したような杜撰さで、モーションもひどいし表情に乏しい。

1話提供が出る直前で集中線とか変なタイミングだ。

デザインセンス東方みたいで地味でかっこ悪い。

東方みたいに寝間着風味というわけではなく地味加減が似てるというか。

あの頭身で太ももをうねうねさせる描き方とかキャラデザも疑う野暮ったさ。

これ想定年齢層が結構低いんでしょ?

そっから次のソシャゲにつなげようって魂胆なんだろうけど。

そういう狙いじゃなきゃなぜメディアミックスするのかわからないし。

途中入ってくる動物園のお兄さんとかエキセントリック演出的にいいと思う。

エンディングテーマ可愛い

ネクソンもSKハイニクスもサムスンも大きくなったんだね、という感想

2017-01-27

東方同人サークル数推移の現状

 2chより



169 名前カタログ片手に名無しさん無断転載禁止 (ワッチョイ 7ff5-DbLW)[sage] 投稿日:2017/01/21(土) 20:39:15.30 ID:ER4XJZxt0

去年と今年の例大祭の参加サークルリストから参加状況ザーッと解析したが今回サークル活動一時休止がかなり多い



去年の総サークル数は3751で、うち今年も継続参加するサークルが2267、今年は参加しないサークルが残りの1484

一方で今年の総数は3402で、去年参加せずに今年だけ参加してるサークル1134



去年と今年のリストから継続参加以外のサークルランダム100サークル取りだして傾向を調べたが

去年のみで今年は参加しないサークルでは、何らかの理由によるサークル活動の一時休止と思われるものが38%、サークル活動引退12%、おそらくジャンル移動による流出が9%、合同誌などのための一時的サークル名変更が2%、恒久的なサークル名変更が1%、不明が38%

今年から参加するサークルでは、完全新規サークル24%、一時休止からサークル活動再開が15%、いわゆる出戻りが10%、他ジャンルから新規流入が8%、合同誌などのための一時的サークル名変更が3%、恒久的なサークル名変更が1%、不明が39%

だった

休止と引退による自然減が50%なのに対し、完全新規活動再開による自然増が39%

このサンプリング結果の比率が仮に母数全体に当てはまるとすると、自然減が742サークル流出は133

自然増が442、流入204

となるので他ジャンルから流入過多となり、総サークル数減少の主因は自然減となりそう

サークル参加者がちょうど大学卒業や30歳の大台を迎えて役職に就くとかの時期に差し掛かってるのかもしれない

今の若年参加者層がサークル側に回るまでにはあと数年ギャップがあるだろうからしばらくは自然減との戦いか




616 名前名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/01/21(土) 23:49:16.76 ID:nVybHh6m

東方サークル数の上下に関してなら、「東方コミュニティ白書」っていう毎年出ている評論本がオススメ

200ページに渡り東方に関するあらゆる統計データグラフを細かく大量に記載していて資料としてすごいよ

ちなみに東方サークル数の減少は今に始まった話じゃなくて2014年からずっとじわじわ減ってる



その東方コミュニティ白書資料の中から例大祭サークル参加継続率”について抜粋する

例大祭102013年)の5013サークルうち例大祭112014年)にも参加したのは3017サークル継続率60%)

例大祭9(2012年)の4985サークルうち例大祭102013年)にも参加したのは3108サークル継続率62%)

例大祭8(2011年)の4778サークルうち例大祭9(2012年)にも参加したのは2618サークル継続率55%)



これを見るに、東方界隈が上り調子だった時期から例大祭サークル参加継続率は60パーセントであり、

>>611データ例大祭13(2016年)→例大祭14(2017年)のサークル継続率60%も例年と変わらない自然な数値であると言える

ちなみに2年後の例大祭への継続率は約45%、3年後の例大祭への継続率は35%、4年後の例大祭への継続率は30%程度となっている

継続率の減りが緩やかに安定していくのは、いわゆるずっと東方ジャンル継続して活動しているサークル層の存在と思われる)



要は、昔も今もサークル参加継続率というものは安定して変わってないってことだね

にも関わらず2013年より前はサークル数が増え続けていき、2014年以降は減り続けてる理由は、単純に東方ジャンルから流出層に対する新規流入層の数が要因なんだよ

継続率が一定なところから東方自体の魅力、東方を続ける魅力がなくなったわけではないことは推測できるが、

東方同人世界に新たに参入しようとする新規サークル割合が確かに減っていってることはデータがはっきり裏付けてるんだね




617 名前名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/01/21(土) 23:59:35.71 ID:eWX+HTan [2/2]

面白いデータだな

東方も長いか継続率はさすがに年々減少してるもんだと思ってたがほぼ変わらないのか




620 名前名無しさん@どーでもいいことだが。[sage] 投稿日:2017/01/22(日) 00:38:40.89 ID:V0aWU1eI

ついでに東方コミュニティ白書からもう一つ資料抜粋(出典は東方イベント10年史とのこと)

東方イベントにおける年間述べ参加サークルの推移」

2011年:述べ15976サークル例大祭4940、紅楼夢2328、他8708)

この年が東方の述べサークル数が最も多かった年で2010年は述べ14515サークルだった

以下、

2012年:述べ14388サークル例大祭4985、紅楼夢2448、他6955)

2013年:述べ14230サークル例大祭5013、紅楼夢2440、他6777)

2014年:述べ12694サークル例大祭4311紅楼夢1924、他6459)

2015年:述べ12141サークル例大祭3816、紅楼夢1772、他6553)

2011年2013年の間はいわゆるコミケからオンリーへと東方界隈の風潮が流れた時期なので例大祭紅楼夢サークル数が増えているが

全体のサークル述べ数は2011年ピークで以下ずっと減少している

余談だが、メロンブックスとらのあななど委託ショップでの東方同人委託件数ピークだった年も2011年であり、2011年までは増加傾向、2011年以降は減少傾向である

その他、SNS動画サイト等、様々なあらゆるデータも含め、コミュニティ白書の概略では東方ジャンル全体の勢いの絶頂期は2010年2011年とされてある

それはさておき、ここからは俺個人勝手な推論だけど

2011年2012年2013年2014年の述べサークルの推移は比較的ガクッと落ちてるけれど。

2012年2013年2014年2015年の述べサークルの推移は減少というよりほぼ横ばいといえるほど安定している

ピークだった2011年サークル数推移が安定した2013年2015年って何があったっけな?と考えた結果

これらの年は原作STG整数ナンバーの新作が出た年なんだよね

まり二次創作主体原作やってないやつが多いと野次される東方界隈であってもなんだかんだいっても原作ゲームの影響は大きく、

新作が出て新キャラが登場すると界隈は盛り上がるのだ(でも普通に考えたら当たり前の話だよなぁ!?

逆に特にこれといった新キャラも登場せず原作公式の動きが少ない年は、東方界隈の盛り上がりに欠け、新規サークルもあまり入ってこず、じわじわサークル数減少という結果につながってるのかもしれない

2017-01-24

スルメロック先生を見守るスレより

スルメロック先生を見守るスレ [無断転載禁止2ch.net

以下抜粋

0006 名無しさんお腹いっぱい。 2017/01/08 14:29:06

社会問題に逃避してないでちゃんとした漫画を書けよ、っていうのは

自分には当てはまんないのか?って単純に疑問


0011 名無しさんお腹いっぱい。 2017/01/09 12:05:58

自分に対する批判RTして信者に凸らせようというセコさ



0017 名無しさんお腹いっぱい。 2017/01/10 12:55:05

スルメロックはね、昔東方ギャグマンガ描いててそこそこファンも居たんだけど、東方オワコンみたいな事言ってオリジナルプロレス漫画描き始めたんだけど、東方やってた頃よりもビュワー数も減ってね、昨年あたりから今みたいなスタイル漫画描き始めたんだよ。

で、土人ネタが糸畑要にRTされてそれが沢山RTされてから完全にああいう芸風になったんだよ。

昔はまだ映画音楽格闘技元ネタにある教養主義ってのかな?元ネタを知ってるとクスッとくるようなギャグが描けたけど、今はもうダメだね。

ネットウケる政治ネタで衆目を集めて、たまに自分オリジナルネタ入れてるって感じなんだろうけど、昔の方が面白かったよ。




0067 名無しさんお腹いっぱい。 2017/01/17 10:43:14

こいつの擁護で絵を下手だと批判するのは論点ズラしってあったけど、漫画描いてるならあの批判も当然なわけで

しろお仲間はアレを漫画とは認めてなかったって事だな

2017-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20170121203857

ブコメ

http://b.hatena.ne.jp/entry/316987564/comment/xbs2r

なんか最近この手の無理して理解してやらんとす層多くない?流行ってるの?


http://b.hatena.ne.jp/entry/316987564/comment/Palantir

流行ってるから理解しようってのが理解できない


いまのナウなヤングちょっとトシとったくらいの人って、老害社会的悪行に迷惑辟易絶望しているので、「自身老害になってしまう」ことを恐れているんだと思うのよね。

から、なんか若いモンの間で流行ってることをそれなりに理解したり乗っておかないと、自身がその老害になってしまうという危惧があるんじゃないのかな。

ワイがまさにそうだし。




まあワイもFate東方もみなきゃなーと思いながら見れてないし、

ラブライブは見たけどクソという感想しかなかったけど・・。やっぱ老害なのかなー

http://anond.hatelabo.jp/20170107014234

2017-01-19

ざっくりとした認識

東方コスやら漫画が人気なやつ

アイマスアイドルのやつ

艦これ戦艦のやつ

アイカツ→おじさんがハマってるやつ

ラブライブ缶バッジつけまくってるやつ

とうらぶ→刀のやつ

城これ→お城のやつ

グラブル→なんか知らんがみんな金つぎ込んでるやつ

2017-01-18

Fateきのこ神様でそれを信奉してるけど

艦これ田中謙介を神様扱いしないか映画微妙なのかね

東方ZUN神様扱いしてないか同人屋には信心がないのか

2017-01-08

Fate grand order(FGO)が嫌いだ

遂に恐れていたことが起きた。

僕が信奉する存在がFGOに実装された。

気分が悪くなった。


毎日毎日スクショ話題が流れてくる。

使っているSNSミューワード指定していっているがそれでも追いつかない。


今まで僕は艦これを楽しんでいた。東方を楽しんでいた。

そこそこぶっ飛んだ性格付けされていても僕は消化して自分の中で住み分けが出来ていた。

また空の境界を読み、アニメfateDEEN版も見る程度にはfate自体は好きだった。


からこそなのか自分の中でダブルスタンダードが生じるのに耐えられない。


こんなこと思うのはお門違いだと思うし況してや自分SNSでそれを発信するのはおかしいと思う。


別にそのキャラクターを削除して欲しいとも思わない。それはそれで楽しんでいる人がいるし、

その絵や声が生んだ物語否定してはならない。一旦世界に出たのだからそれを全て消え去ることは不可能からだ。

またそういう思いや呪いを背負わせてはならないと思う。


からこそ。だからこそ非常に気分が悪い。誰も言えない。辛い。


あんな絵で描かれて二次創作されている事が憎い。


FGOが嫌いだ。

2016-12-23

[] #10-1「サンタプレゼント争奪戦

サンタというのは奇妙な存在だ。

大人ウソはいけないことだと説く傍ら、サンタという共同幻想自覚的である

しかも時には大掛かりに、このウソを作りあげる。

そして、いつの日か子供だった俺たちはその共同幻想に打ちのめされ、いつの日か立場を変えてその共同幻想の住人となるのだ。




クリスマスの日が近づいていた。

宗教関係の深い祭りではあるものの、大半の人間はそんなこと関係なしに興じる。

東方の三賢者が誰かは知らなくても、クリスマスに欲しいものが何かは知っている。

いつもと違う日であるという華やかさ、ケーキや美味い料理、あとはプレゼントだ。

うちの両親はこのテの行事をそれなりに力を入れてやるタイプだが、その準備の最中何気なく弟に訊ねるだろう。

クリスマスには何が欲しい?」

弟は予期していたのか、まるで練習していたかのように淀みなく言う。

バーチャルリアリティのやつ! ボーイの方じゃないよ!」

そして、これまた予め用意していたかのように両親は応えるわけだ。

「頭が悪くなるぞ」

「そうよ。あと、目も悪くなるわ」

弟のねだった玩具以下の子供だましな文言である

両親自身、元から断るつもりだったので実際のところ目や頭が悪くなるかどうかは関係ない。

ましてやサイボーグの母が「目が悪くなる」とかいうのだから説得力は皆無だ。

弟は半分予想していた結果だとはいえ、それでも残り半分は期待していたため落胆する。

それでも弟がここで大人しく引き下がったのは、他にアテがあったからだ。

ああ、俺じゃないぞ。




両親はこのテの行事に力を入れていると語ったが、町ぐるみで精力的であることが大きく関係している。

特に目玉は、「プレゼント争奪戦である

町おこしも兼ねて行うクリスマスを盛り上げるための大掛かりなイベントだ。

参加者の子供たちはアトラクションクリアしつつ競争し、見事サンタのもとへたどり着けば、好きなプレゼントを後日貰えるというものだ。

素晴らしいのは、よほどの問題がない限り保護者の介入が禁止されていることだ。

まり、親に突っぱねられても、ここでプレゼントを手に入れるチャンスがある。

弟は勿論これに参加する。

あえて問題があるなら、弟のような子供はたくさんいて、親に目当てのプレゼントを貰える算段があっても、欲望というものは際限も貴賎もないことだが……。

(#10-2へ続く)

2016-12-16

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ビデオゲームから人生学んでいる人多すぎませんか。

いい質問だ。

結論からいえば、これは仕方がない。

様々な芸術分野が受け手にあたえる疑似体験によって学びを与えるように、ゲームもまた芸術の域に達しているからだ。

例えばQTE

これはいいかなる時も緊急に備えよというメッセージである

いつ来てもおかしくないと考えていれば、そのときにどう行動すればいいかも素早く判断できるのだ。

ゲームエンジン依存した3Dゲームキャラの謎挙動

これもいくらリアルに近づいたところで、ゲームキャラゲームキャラしかないことの遠まわしな皮肉である

まり人は学びとれるから学ぶのではない、学ぼうとすれば学ぶのだ。



Q.クリスマスって実際には何の日ですか。

まあ、キリスト誕生日だな。

実際のところ詳しい誕生日は分かっていないので、厳密には「誕生を祝う日」といったほうがいいかもしれないが、まあどっちでもいいか

本気で語るなら東方の三賢者の話とかしないといけないが、こんなところで質問しているような人間にする話じゃあないしな。

そもそも私はユダヤ教徒だし。

ちなみに、ここで私が使っている「ユダヤ教徒」とは、「クリスマスにこれといった予定がないときの決まり文句」なので誤解しないように。

私にとってクリスマス宗教相関関係ってのは、そんなもんだ。

2016-12-10

音楽ゲームを作った話

この記事は「#音ゲーマー達の発信所 (1枚目) Advent Calendar 2016」の参加記事です。

http://www.adventar.org/calendars/1448



当時の会社を辞めてから随分経ったが、最後仕事作詞した曲が収録されたと聞き、久々にゲームセンターを訪れ、数年振りにアーケード音楽ゲームプレイした。ユーザーカードログインに間誤付く、オプションの付け方もわからない。弱いユーザーになったものだ。幸いにも(現在立場上この表現が許されている)待っている客は少なく、ギャラリーは居なかったので、タイミングの勘が全く戻らないGOOD連発プレイでも心苦しくなる事はなかった。

初めて遊んだから10年以上も経ったが、あの頃と何ら変わらず、リズムに合わせてボタン押すだけで楽しかった。



ゲームセンターと、音楽ゲームと、その周辺の人達による、空気感が好きだった。駅前の古いゲーセンは薄暗く、筐体に付属するハロゲンランプの光が眩しく瞬いている。客はいつも変わらない面子だし、動画サイトは当時無いから、曲を聞き入るには筐体前に居るしかないし、上手い奴は偉い(偉い以外に表現が難しい)ノートにはメッセージが、コルクボードにはイラストが、気怠げな店長、客上がりでボタンメンテに熱心な店員、そんな歳とは思いたくないけど、スマホも無い頃にぼんやりと順番待ちをしていたあの頃も、良かったと思っている。



そのまま好きが高じて、音楽ゲーム制作に携わる事になった。心持ちとしてはミーハーさが大部分ではあったけど、残った誠実や矜持言葉で表すとするならば、自分が作るゲームによって、人と人とが繋がって欲しいと思っていた。自分が感じたあの空気感もっと多くの人に伝えたい。オンラインゲームが台頭し、mixi/TwitterといったSNSサービスによって人の繋がりは変わっていくけれど、同じゲームで遊ぶ時間と、ゲームセンターというリアル空間によって人が繋がる事で、かけがえのない感動を与えられるのではないか、と。



入社3年目くらいだっただろうか。新規ゲーム制作プロジェクトに参加する事になった。音楽ゲームというのは1度作ると、その後はガワを変え、曲を入れ替え、時々新機能追加を何年も続けるという事が多く、完全に新規タイトルを作る事は中々出来ない事だった。USTREAMDJが曲を回し、ニコニコ初音ミクアイドルとなり、コミケ東方アレンジ同人音楽を席巻していた時期でもあった為、CGMキーワードユーザー参加型のコンテンツを、というコンセプトのゲーム制作が始まった。その辺りにドップリ浸かっていた当時の自分は、きっと『俺達の考える最強の音楽ゲーム』になるぞこれは、という期待が高まっていた。



が、0から1を生み出す苦労をまだ、この時の自分は知らなかった。



仕事量は現在に至るまでで一番厳しかった。震災があってナーバスにもなったし、人とブツかるし、思い通りにならない事が多くて、このゲームソフトアップ後の年明け早々に、自分は泣きながら上司会社を辞めたいと話をした。色々理由自分の中ではあったけど、振り返ってみると出来上がったものに満足出来なかったのだと思う。やりたい事が全部出来なかった。力量不足の塊が形として残ってしまうのは本当に辛く、情けなくなった。見るのも嫌になって、ゲーセンに足を運ぶ事は無くなった。

この心境には確信があって、更に数年後に大体同じ理由で本当に会社を辞めてしまうからなんだけど、この時は上司に引き留められた事で退職未遂に終わった。



引き留められたからといって、心境が大きく変化した訳ではなかったけど、リリース後の当面はバグフィックス機能追加を淡々と行うだけだったから余裕が出来て、辞めてからどうするか、が考えを上回った事で前向きにはなった。特別ユーザーアイコンを与えるカードデータを仕込んだり、大会最中遠隔操作新曲を開く仕組みを作ったり、収益を考えずに人が目の前で驚いてもらえる施策を入れられたのは、自分個人には良いカンフル剤になった。公式Twitter更新は変な頭捻るから辛かったけど……



また、夏を越えた頃にはユーザーの声も良く聞く様になり、上々な反応も返る様になった。緩い通信対戦のお陰でプレイヤー同士がお互いの認識を強くした。盛り上がった事で、同人オンリーイベントが開かれたり、ユーザー参加型を謳った事で、ユーザー同士がオリジナル音楽CDイラスト集を作ったり、ゲームとは関係なしに普通に遊びに行ったりする様が、ネットでも、ゲーセン以外でも見れる様になった。



もう一度言うけど、自分自分が作るゲームによって、人と人とが繋がって欲しいと思っていた。同じゲームで遊ぶ仲間を作って、いつかゲームは遊ばなくなってしまうだろうけど、繋がりだけが残ってくれれば、それでいいと思っていた。



今では、作って良かったと、心からそう思っている。

2016-12-05

http://anond.hatelabo.jp/20161205183900

imgではもはや東方のとの字も見なくなったのでその情報は古いです

誰も興味持ってないのでmayでやってください

http://anond.hatelabo.jp/20161205183440

批判は基本mayで許されてるけど唯一東方だけは

建設的な批判でなく口汚く罵りたかったらimgな

2016-12-04

死の収容所へ 3

http://anond.hatelabo.jp/20161204230447

 様々な要因の影響を受けながら、ユダヤ人たちは強制連行を受けとめていた。彼らはもう何年ものゲットーに閉じ込められ、飢えと渇き、恐怖と苦痛さらされ続けていた。そうした人びとは既に絶望し諦め切っており、連行命令に従いがちだった。強制連行の中でナチドイツによってもたらされた恐怖はもはや抑えがたいほどに膨れ上がり、彼らは打ちのめされ、感覚を失い、脱出や抵抗への意志を打ち砕かれてしまっていたのだ。その上連行されてゆくユダヤ人たちの圧倒的多数は、自分たち労働のために移送されてゆくと、実際本気で信じていた。彼らは東方への再定住に希望を繋いでさえいた。そこには仕事もあるのだからまさか自分たちが後にするゲットーよりもひどい事はないだろうと。彼らに期待できることはもう、それしかなかったのだ。どこか知らない東の地の他には…。

 いずれにせよ、ただユダヤ人だというだけで何の罪もない老若男女が連行され殺されるなど、誰にも予測のできようはずもなかった。 予測しようにも特定民族の完全絶滅など、未だかつて誰ひとり、経験したためしがなかった。

 連行にはナチドイツ以外の国々の警察隊も加わった。ポーランド青色警察」、オランダ緑色警察」、フランスルーマニアハンガリー警察ウクライナリトアニアラトヴィアエストニア警察その他、それはユダヤ人強制連行が行われたすべての国々に及んでいる。

 多くの非ユダヤ系住民強制連行を目撃している。玄関から歩道から、彼らは連行をただ見ていた。悲しみと同情を表わす顔もあれば、大喜びの顔もあった。だが大多数の人びとは、見知った仲の隣人が追放されてゆくこの痛ましい光景に、無関心なようだった。まるで彼らは、何も感じていないかのようだった…。

 駅に到着したユダヤ人たちは窓を塞がれた貨物列車に詰め込まれた。しばしば100名から150名、ときにはそれ以上が、その半数ほどしか収容できない1両の貨車に無理やり押し込まれた。貨車には外から錠が下ろされ、列車収容所入口に着くまでドイツ兵もしくは警官随伴した。列車は何事もなければ数時間で済む収容所までの道のりを、幾日もかかって走ることが度々あった。東方ソヴィエト戦線に向かう軍用列車が通るたびに退避線に入っては通過を待ち、再出発の許可下りるまで何時間も停車していたかである

 すし詰めの貨車の中の有様は、言語を絶していた。貨物車なので便所などひとつもなく、詰め込まれた人びとはバケツか、さもなくば床に用を足していた。換気装置も水もなく、車内の温度は夏になると水ぶくれができるほどに上がり、冬には逆に氷点下に下がった。これらの要因は収容所到着を待たずに大勢の人びとが車内で死亡する原因となった。特にポーランド領のゲットーからの便では、収容所到着時に数百名がすでに死亡していたという例もある。

 ヨーロッパ西部バルカン半島諸国での強制連行は、東欧でのやり方とは若干異なっていた。連行が決まった人びとはまず自国内の移送収容所抑留され、数週間あるいは数ヵ月後にポーランド行きの列車に乗せられた。彼らの場合ポーランド系ユダヤ人場合よりは待遇が良かったので、移送中の死亡率も低い。西ヨーロッパユダヤ人貨物列車ではなく客車移送されて行ったケースもある。もちろんそれは、労働のために移送されて行くという彼らの幻想を引き伸ばすための手段に過ぎなかったが。

 列車絶滅収容所に到着するとユダヤ人たちは貨車から降りるよう命じられた。ベウゼッツ、ソビボル、トレブリンカの各収容所に着いた人びとは、ここは移送収容所であり、ここから労働収容所へ送られることになる旨を伝えられ、そしてこう言われた−「シャワーを浴びるから衣服を脱ぐように」

脱いだ衣類は消毒に廻された。女性衛星上の理由と称して髪を切ることを告げられた。男性女性子どもたちから引き離された。荒々しい殴打と威嚇の中を、丸裸にされ運命から見放され呆然となった人びとは「シャワー」へと追い立てられて行った。それは確かに「シャワー」ではあった。ただしそれは「ガス」のシャワーだった。

 アウシュヴィッツでは、人びとがホームに降り立つと通常は「選別」が行われた。約20パーセント−若く体格の良い人びと−が強制労働のために集められ、「ガス室」送りを一時延期された。しかしそれと同時に、年齢も体調もおかまいなしに、到着するなり全員が何の選別もされずに「ガス室」に追い込まれ場合もある。一方では、稀にではあったが、到着した全員がしばらくの間ガス殺されずにいたこともあった。

 ナチの念の入った偽装と隠ぺいのシステムの中で、「ガス室の中で絶命する」という犠牲者たちの運命は常にあいまいにされ、彼らは最期の瞬間までそれを知り得なかった。

ナチス・ドイツが構築した排除装置は恐るべき効果を挙げた。数百万に上るユダヤ人が等しく殉難の試練を受けた。それは彼らがいまだ家庭にある時より始まり絶滅収容所ガス室をもって終わった。

死の収容所へ 2

http://anond.hatelabo.jp/20161204224426

強制連行

 全ヨーロッパユダヤ人ドイツ領ポーランド絶滅収容所移送する−これは、途方もない作戦である遂行にあたっては詳細な計画、広域にわたって組織化された設備施設、そして輸送補給宿営のための大がかりな兵站機構必要だった。連行作戦にはドイツの広範にわたる政府機関組織が巻き込まれている。ハイドリヒが作戦の指揮を執り、1942年5月の彼の暗殺後はハイドリヒの後継者帝国中央保安局エルンストカルテンブルンナーがこれにあたった。あらゆるSS機関支配地域の様々な民間権威ドイツ国防軍、そしてナチ衛星各国政府連行作戦に動員された。特にドイツ鉄道組織連行されたユダヤ人集団絶滅収容所まで輸送する手段提供し、強制連行に加担した。次のことは特筆に値するであろう。何よりも軍隊鉄道必要としていたにもかかわらず優先順位を記したナチリストによれば、ユダヤ人鉄道輸送の割り当ては、軍隊のそれよりも優先されていたのだ。

 全ヨーロッパからユダヤ人連行するということは当然、5つの絶滅収容所に彼らが到着するということでもある。列車同士の「かちあわせ」を防ぐため、正確な時間割必要となった。時間割りにあたっては、それぞれの収容所絶滅施設能力考慮に入れなければならなかった。ガス室があるといっても、全員を短時間でガス殺できない収容所列車を付けるわけにはいかなかったかである

 ユダヤ人連行秘密裏に進められたので、大がかりな隠ぺいと偽装工作が行われることになった。連行される人びとに対しては、東方のどこかへ労働に行くのだという情報が流されていた。このためポーランド在住ユダヤ人ソ連領内のナチ占領地域に連れて行かれるのだろうと考え、他国ユダヤ人たちはナチポーランド労働のために送られると信じていた。ナチは、嘘がほころび連行不審感や不安感を持たれないよう、念の入ったことをした。 連行の途中あるいは収容所到着後何人かに対して、故国に残した家族あてに葉書を書くよう強要したのだ。家族が受け取ることになる葉書にはこうしたためてあった−「自分たちは元気に生きている。ここはただの労働収容所で、快適だ」− 差出人は数時間後にはもう生きてはいなかったのだが。

 強制連行の手順と方法は大体決まっていた。連行が迫っているという噂が数週間前から広まることもあったが多くの場合連行命令は予告なしに突然執行された。連行される人びとに与えられた猶予はきわめて短く、2、3時間かあるいは数分だった。まず、ユダヤ人たちは家を出て指定された場所に集合するよう命じられた。集合場所は大抵駅の近くだった。所持品は手荷物以外許されず、彼らは自分財産ほとんどを置き去りにするしかなかった。手荷物の重さは一人当り10~15キログラム制限されることもあった。荷物の中身は主に衣服、炊事用品、寝具などだったが、そこには仕事に使うための道具類も加えられていた。働きに行くだけだと信じていたかである

 重い荷物を背負い、包みを抱え、子どもも年よりも、ユダヤ人たちは駅までの何キロもの道のりを行進させられた。年寄り病人が荷馬車やトラックで隣村から運ばれてくることもあったが、行進は基本的には徒歩だった。行進から脱落した者はその場で射殺され、歩けない病人や隠れていた者も同様に見つかり次第射殺された。複数の小規模ゲットーで同時に連行が行われた場合、それぞれのゲットーの人びとは一つの集団にまとめられることもあった。こうした集団の隊列は長さ数キロメートルにも及んだ。天候は考慮されなかった。凍てつく冬の雨の中、焼けるような夏の太陽の下、隊列の行進は絶えることがなかった。

死の収容所へ 1

ヨーロッパユダヤ人絶滅の準備

 ドイツ軍ソ連侵攻は「特別行動隊」(Einsatzgruppen :アインザッツグルペン)によるすさまじい組的殺作戦をともなっていた。侵攻から数週間を経ずしてナチスは他のヨーロッパ地域に住むユダヤ人絶滅作戦の準備に着手した。1941年7月31日、ゲーリング( Herman Göhring 空軍相、元帥)はラインハルトハイドリヒ(Reinhard Heydrich SS上級部隊隊長、SS大佐)に次のような命令を伝えている。

「次を命ずる‐貴官は、ヨーロッパドイツ支配圏におけるユダヤ人問題の『最終的解決』に関する組織、実務、そして財務上の必要なあらゆる準備にかかり、… さらに、ユダヤ人問題の『最終的解決遂行にかかわる準備組織、実務、そして財務上執るべき手段計画の全容を、本官に対し速やかに提出せよ」

 この任務遂行の準備を調整するためハイドリヒは1942年1月20日、ヴァンゼー(ベルリン郊外)に会議召集した。会議にはドイツ帝国閣僚の面々、ヨーロッパ占領地域各国のドイツ総督、そして、ゲシュタポ本部ドイツ移民ユダヤ人局長・アドルフ・アイヒマンを含むSSの上級将校たちが出席した。

ヴァンゼー会議」の決定はやがて、政治および軍事面において、全世界に重大な展開を引き起こすことになる。

 1941年12月11日日本軍による真珠湾攻撃を受けてドイツアメリカ合衆国に対し宣戦を布告した。戦争はすでに人類連合国側と枢軸国側に隔て、全世界を巻き込む総力戦様相を帯び始めていた。この新しい局面は、ドイツ戦争遂行上の衝害から解き放った。ドイツにはもはや政治的配慮や「ユダヤ人の大量殺戮がもう始まっているのではないか」という世界世論に気がねをする必要が全くなくなったのだ。

 ヴァンゼー会議の進行は詳細にわたって記録され、議事録ニュルンベルク国際軍事法廷証拠として提出されている。それによれば、ハイドリヒはまずヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決について自分ゲーリングから全権を委譲されていることを告げて会議を始めた。会議の中でハイドリヒは次のように述べている。

「総統の意向により、ドイツ移民は目下ユダヤ人をことごとく東方追放し、その跡地に対して行われることになった…

ヨーロッパにおけるユダヤ人問題の最終的解決の中では、各国に散在する約1100万人のユダヤ人が考慮されなければならない。次のとおり…」

 ここでハイドリヒはヨーロッパ33の国と地域ユダヤ人口をリストに揚げている。リストにはドイツの占領国や同盟国とは別にイギリスソ連ヨーロッパ地域、また中立国ポルトガルスペインスウェーデンスイスアイルランドトルコといった、ドイツが占領する予定だった国も含まれていた。

 ユダヤ人大量虐殺の実際の準備はハイドリヒによる組織の準備と同時に進められた。1941年夏、ハインリヒ・ヒムラーアウシュヴィッツ強制収容所所長ルドルフ・ヘスを呼んだ。ヘスは戦後証言で「ヒトラーユダヤ人問題の最終的解決の実行を決断したことを、このときヒムラーから知らされた」と明らかにし、さらに次のように述べている−「事実、東部で行われているようなやり方(ソ連地域でのユダヤ人殺害特別行動隊による狩り込みと射殺)では与えられた任務対応できなかった。絶滅という任務のためには、特にアウシュヴィッツ収容所対応させる必要があった」。

 この会談の直後、アイヒマンアウシュヴィッツを視察している。二人は、ソ連で行われている射殺は大量の人間を短時間のうちに皆殺しにするには不向きであり、大量殺戮はガスを使う他はないとの結論に達した。

 ガスを使った殺害ナチドイツにとって初めての経験ではなかった。すでに「安楽死計画」において、ガスが使用されている。この計画1939年9月から1941年8月末まで実施され、7万から9万人にのぼる精神病者と重度の障害者がガス殺された。わずかにユダヤ人も含まれていたが、このとき犠牲になったのはほとんどがドイツ人だった。ナチスはこの「安楽死計画」を、「役立たずの穀つぶし」—ナチは彼らをそう決めつけた—を国家から駆逐し、アーリア人種の優性を高めるための手段だと考えていた。ヒトラーはこの計画にあたり「T-4」という秘密組織を発足させている。「T-4」は総統直属の正式組織として医師を擁する医療関係の諸機関大学研究所病院等)を支配した。不治の病に苦しみ死を待つばかりとなった病人たちの命運が、かれら医師たちの手に委ねられた。

 かくして犠牲者たちはそれぞれの医療機関に用意された気密構造の部屋へ案内され、ガスによって窒息したのだ。死体は特殊な焼却炉で燃やされた。このガスを使った安楽死はすぐに外部に露見し、ただちにこの殺害行為をやめさせるための抗議行動が‐特に犠牲者の遺族と教会から‐起こった。ヒトラーは譲歩し、1941年8月末、これら医療をかたる殺人を当面中止するよう命じた。

 しかしこの安楽死計画の中で蓄えられた経験は、「最終的解決」の準備をしていたSS当局に役立つことになったのである

絶滅作戦

 絶滅作戦としての最初のガス実験1941年9月アウシュヴィッツで行われた。ソ連軍戦争捕虜たちが実験台に選ばれた。彼らは密封された地下室に閉じ込められ、チクロンBによってガス殺された。非常な短時間で捕虜たちは窒息死した。以後続けられた一連の実験で、ナチスはガスという新しい殺害方法を開発するめどを立てるに至った。同じ頃「特別行動隊」も、ハイドリヒ指揮下のSS技術局の援助を受けて同様の方法を開発している。ここでは「ガス室」の代わりに「ガス・トラック」が用いられた。この車の外見は救急車か冷蔵車に偽せてあったが貨物室は気密構造となっており、マフラーから貨物室まで 延ばされた特殊なパイプ排気ガス中の一酸化炭素を密閉された貨物室に直接流し込むようになっていた。犠牲者たちが貨物室に入れられるとドアが閉まり、鍵が下ろされ、そしてエンジンがかけられた。

 「ドライブ」は、全員が死亡するまでに30分も要しなかった。所定の場所に着くとドアが開けられ、死体は運び出されて埋められた。この「ガス・トラック」は、大型のものでは150人を、小型のものはその半数を収容した。ソ連ドイツ占領地域では1941年12月だけで、数千にのぼるユダヤ人が「ガス・トラック」で絶滅させられている。

 1941年12月8日。占領下ポーランドのロッヅ管区ヘルムノ村(ポーランド名ウッヂ市ヘウムノ)近郊で最初絶滅収容所が稼働を始めた。殺害には「ガス・トラック」が用いられた。犠牲者たちは主に列車で運ばれ、収容所の近くで降ろされた。そこは一部を公園に囲まれ崩れかかった古い宮殿中央広場で、人びとは垣根に囲まれ区域に通されると「労働に就く前にこれから車に乗ってシャワーを浴びに行く」と告げられ、次のように言い渡された。「衣服を脱いてこの車に乗るように」

 「ドライブ」が始まった。車が4キロメートルほど走ったころには、排気ガスによって全員が毒殺されていた。「終点」は森の中の柵で囲まれ場所で、そこにはこの仕事のために特別に殺されずにいるユダヤ囚人の一団が待機していた。彼らが死体を車から降ろし、そして埋めた(後には死体は焼却処理されるようになっている)。ヘウムノではこうした「ガス・トラック」が3台稼働し、当局員として150人ほどの警察官とSS隊員を擁して1943年4月に一旦閉鎖されるまで稼働し続けた(その後1944年から3ヵ月あまり再稼働)。ここではロッヅ管区他から連行されたユダヤ人と少数のロマ・シンティヨーロッパ語名ジプシー)の集団、合わせて30万人近くが殺害されている。

 1941年11月ポーランド総督管区内でユダヤ人絶滅作戦の準備が始動した。ヴァンゼー会議ハイドリヒの挙げたポーランド在住ユダヤ人口は228万4千人であるハイドリヒは1942年5月にチェコレジスタンス暗殺されたがそれ以後この暴挙は彼のファーストネームに因み、ドイツ政府より「ラインハルト作戦」のコードネームを与えられた。作戦指揮官には後のルブリン管区SS司令官警察長官、オディロ・グロボチュニクが任命された。グロボチュニクは3つの絶滅収容所計画を実行に移した。1942年3月中旬、まずベルゼック(ポーランド名ベウゼッツ)収容所、次いで同年5月ソビボル(同ソビブル)収容所が、そして7月末には第3の収容所、トレブリンカが大量虐殺を開始した。ドイツ東方植民地に設置されたこれら3つの収容所はいずれもガス室を備えていた。ここでは一酸化炭素ガスが使用され、ガスは屋外に設置されたガソリンまたはディーゼルエンジンからパイプで引き込まれた。それぞれの収容所には2、30名のSS隊員と、90から120名のウクライナ人(もとソ連軍捕虜で、ナチス・ドイツに協力を申し出た者)が 当局員として駐在した。SS隊員のほとんどは「安楽死計画」の要員から抜擢された者たちで占められ、後者ウクライナ部隊はルブリン近郊のトラヴニキにあったSS錬兵場で編成・訓練を受けたので、付近住民からは「トラヴニキ・マン」と呼ばれていた。

 ヘウムノ、ベウゼッツ、ソビボルそしてトレブリンカの各絶滅収容所は、文字に違わぬ殺人工場だった。連行された人々は、そのままガス室へ直行させられたのだ。何百人かのユダヤ囚人処刑を免れていたが、これは当局員と囚人たちの身の回りの世話のためであり、こういったグループはすべて数週間あるいは数ヵ月ほどで殺され、随時交代させられていた。

 ルブリン近郊のマイダネク収容所ユダヤ人、非ユダヤ人双方を収監する完全な構造を備えた強制収容所で、この地区にある他の収容所は全てマイダネクの補助収容所として機能していた。おびただしい数のユダヤ人がここで殺され、あるいは移送中に通過し、あるいは囚人として収監された。この中にはポーランド軍属のユダヤ人戦争捕虜も含まれている。マイダネクを生き残った者は数えるほどしかいい。

 強制収容所および絶滅収容所のうち最大の規模を持つアウシュヴィッツ収容所は、第三帝国ポーランド南部シレジア地方に建設された。1940年、早くもアウシュヴィッツ村(ポーランドオシフィエンチム町)に近い旧ポーランド陸軍兵舎敷地強制収容所が設置されている。これは元々ポーランド軍将校と政治犯収容するためのものだったが、I.G.ファルベン社などドイツ軍工業囚人労働力を提供するため、収容所近辺に多数の労働収容所が補助収容所として置かれるようになった。1941年にはビルケナウ村(ポーランド名ブジェジンカ)に最大の規模を持つ絶滅収容所アウシュヴィッツⅡ(ビルケナウ)収容所建設が開始された。ビルケナウはアウシュヴィッツ基幹収容所アウシュヴィッツⅠ)から西へ約3キロメートルの地点にあり、1942年5月に稼働を始めている。チクロンBを使用するビルケナウの4つのガス室は一度に1万2千人を殺害する能力を備えており、死体ガス室に隣接し連動する焼却炉(ナチはクレマトリウム火葬場と呼んだ)で 焼却された。焼却炉は24時間あたり8000人分の死体処理が可能だったが、1日で殺害される人数はこれを上回っており、残りの死体ガス室近くの森の中で野積みで焼かれた。アウシュヴィッツでのガス殺は1944年末まで続けられた。2つの収容所は約2500名のSS隊員を擁して1945年1月まで稼働し、その間に130万から150万のユダヤ人を含む、180万から200万人が殺害された。

 アウシュヴィッツビルケナウ収容所絶滅収容所と同時に強制収容所としても機能していた。殺されるために収容所に到着した人々は「選別」を受けるよう命じられることがあった。若く屈強な男たちは絶滅の集団からはずされ強制労働に就かされるか、他の収容所へ移送された。他に子ども双生児脊髄障害を持つ遺伝患者などが選別の対象となった。彼らはドイツ人医師たちの医学実験用に選ばれていたのだ。医学博士ヨーゼフ・メンゲレは、医師団の中でもとりわけ悪名高い。

 生き残った囚人たちも「選別」を免れたわけではなかった。1日に何度も行われる点呼で衰弱したり病気にかかった者、または労働に適さない者が見つけ出され、彼らはガス室に送られた。

 厳格をきわめる制度の下に束の間の余命時間が貸与され、囚人たちはそれを生きていた。飢餓さらす、むち打ちなど懲罰苦痛を与える−この種の非道所業はすべて囚人たちの心身を消耗させ死に至らせることが目的であり、SS隊員でもなければ思いつかないようなものばかりだった。 恐怖は、囚人たちの日常だった。囚人バラックから毎日、何十体もの死体が運び出されていた。 アウシュヴィッツビルケナウ−ここで心身を全うし得た者は、ごくわずかにすぎない。

2016-12-02

霊夢霊夢言ってるやつは、東方なんか終わったことを知ってほしいレミリアください

2016-11-30

http://anond.hatelabo.jp/20161130063550

ちな仏はみんな自分仏国土を持ってて、

阿弥陀如来西方極楽浄土

薬師如来東方浄瑠璃浄土

観音菩薩南方補陀落浄土

そんで北方まりヒマラヤ、つまり須弥山、つまり上方には弥勒菩薩兜率天がある。




ちな、南方の補陀落とはチベットポタラ宮で、ダライ・ラマ観音の生まれ変わり(というか化身)だそうな。



ただ、如来になるとそれぞれの仏国土が出来るという話なのに、なぜか観音や弥勒は菩薩なのに仏国土もってる。

あと、如来になった(悟った)瞬間にそのひと(如来)専用の仏国土がヴァアアアアアアーーーーーっと出来て、

そこの唯一の仏になるのだ、という話もあるんで、じゃあなんで阿弥陀や薬師の力がこの世界に及んでるの?

みたいな話になるし、釈迦仏国土はどこいったん?って話になるし、ようわからん

2016-11-28

俺の書いた増田記事にたった一言「つまんね」と書いてった奴は数か月経った今でも許してないが、それよりも最悪なのはとある東方エロ絵を見てた時にそのレスを見たもんだからその絵と記憶が不可分に結びついてその絵を見る度に思い出すことだ

あー、これもつまんね

2016-11-24

艦これ二次創作の動向分析

半年ほど前、ブラウザゲーム艦隊これくしょん」(以下「艦これ」) の人気動向について、

  ・艦これ権利を持つ版元が直接関与する公式関連

  ・ファンが中心となって活動する二次創作関連

の双方の観点から分析を行った。

その際は大雑把にいえば「公式関連の人気は今だ根強く、二次創作関連の人気はやや下落気味の傾向が見られる」という公式二次創作の人気の乖離について言及したが、今回二次創作関連に焦点を絞って改めてその動向を調査したところ、艦これ」における二次創作活動規模は明確に縮小しているという事実が明らかとなった。

最近公式関連の動向やコミックマーケットの動向を見ていると、この結論に疑問を呈する方は多いのではないかと推測する。

前回の報告では二次創作人気の下落について明言を避けたが、今回はその点も含めて何故このような結論に至ったかについて、調査によって得られた数字を元に出来る限り客観的に述べていこうと思う。


大前提としての注意事項

本稿を読み進めるにあたっては、まず大前提として以下の点を必ず理解いただきたい。

  ・あくまで「艦これ」の二次創作の動向に関する分析であり、公式関連の人気とは直接的には関係しないこと 重要

  ・出来る限り、調査で得られた数字という客観的かつ定量的指標をもとに説明するように努めていること

  ・しかしながら人間が書いている以上、常に何らかのバイアスがかかっている惧れはあること ← とても重要

  ・比較対象として他ジャンルの動向を示すことがあるが、あくま特定の条件下での比較であり、対立を煽る意図はないこと


艦これ二次創作の規模縮小を"明確に"述べるに至った判断基準

本稿を読み進めている方の最も気になっている点がこの判断基準ではないかと考える。

これは次節から述べる各指標調査結果から総合的に判断したものであり

  ・短期間のゆらぎを除いて上昇基調に反転した指標がないこと

  ・下落継続期間が相当の長期に亘っていること (約2年間)

  ・下落後の安定期というものが未だ現れず今なお下落基調が続いていること

の3点が核となっている。

以上の点について、次節から指標の動向を定量的に述べていく。


下げ止まらない二次創作コミュニティでの投稿数・閲覧数

二次創作活動を行うためには、それを行うための「場」が必要となる。

特に艦これ」の場合サービス開始とともにインターネット上で爆発的に人気を博した経緯から二次創作活動においてもインターネット上のコミュニティがそういった「場」の大きな一角を占めている。

まず初めに、それらの中でも特に影響力の強いいくつかのコミュニティについてその動向を述べる。


pixivにおける「艦これ二次創作の動向

以前も述べたとおり、二次創作においてpixiv投稿数とサークル数の間には強い相関があり、pixiv二次創作活動において今なお大きな影響力を持っている。

投稿数の推移は、


○週間平均投稿数:

 ・2014年10月12月:3,632枚

 ・2015年1月3月 :4,111枚 (最大値:5,214枚 2/16週)

 ・2015年4月6月 :3,762枚

 ・2015年7月9月 :3,558枚

 ・2015年10月12月:3,091枚

 ・2016年1月3月 :3,357枚

 ・2016年4月6月 :3,064枚

 ・2016年7月9月 :3,002枚

 ・2016年10月11月:2,435枚 (最小値:2,004枚 10/17週) ※集計中


で、約2年間一貫して下落トレンドが続いており、下げ止まる気配は一向に見られない。

2015年2016年ともに特に10月投稿数が落ち込む傾向にあるが、中でも去年10月は初めて週間投稿数が2,500枚を切り、今年は2,000枚を割り込む寸前まで減少した。

pixiv自体利用者数の減少ということも考えられるが、2014年の段階でほぼ同規模であった東方Project投稿数をバックグラウンド値として比較すると


○【参考:東方】週間平均投稿数:

 ・2014年10月12月:3,712

 ・2015年1月3月 :3,662枚

 ・2015年4月6月 :3,918枚 (最大値:5,130枚 5/3週)

 ・2015年7月9月 :3,635枚

 ・2015年10月12月:3,733枚 (最小値:3,037枚 12/3週)

 ・2016年1月3月 :3,651枚

 ・2016年4月6月 :3,719枚

 ・2016年7月9月 :3,520

 ・2016年10月11月:3,420枚 ※集計中


とこちらは極めて安定的な推移を見せていることが分かる。

その他、比較的長期のジャンルであるアイドルマスター」や普遍的な「オリジナル」「創作」などのタグでも投稿数は安定的に推移しており、pixivから投稿者の大幅な流出が起こったとは考えにくく、pixivにおける「艦これ」の二次創作は底の見えない規模縮小が続いていると判断せざるを得ない。


指標としてはやや劣る閲覧数は、以前も述べたように2015年6月初頭にpixiv側での集計仕様に変更があり、その前後での単純比較及び他ジャンルとの絶対数比較が困難となる。

そのため仕様変更以降のみを検討するが、2015年8月には週平均で3,000万近い閲覧数があったのが、2016年1月には2,700万まで低下し、同年6月には約2,400万に、直近の10月には約1,700万まで落ち込んでいる。

ただし、2016年10月以降の閲覧数が大幅に落ち込んでいるのは、すでにTwitter匿名掲示板で指摘されているとおり、2016年9月4日からpixivの閲覧仕様変更により閲覧中心のユーザーが離れたことが原因であると推測される。

(他のジャンルでも直前の3ヶ月と比較して約25%閲覧数が減少している)

しかしながらその要因を考慮した上でもなお艦これ作品の閲覧数が減少傾向にあることは、長期トレンドの推移からも間違いない。


ニコニコ動画/静画の傾向

ニコニコ動画には、2016年10月現在で週平均約300~350程度の艦これ動画投稿されている。

これは2016年3月頃の投稿数と同程度であり、一見すると投稿数の減少は収まったかのように見える。

しかしながらその内訳を見ていくと、「MMD艦これ」に代表される二次創作作品割合が低下してきており、艦これ二次創作作品実数は未だ減少し続けているのが実態となっている。

直近の11月公式関連の本編ゲームイベントなどもあり投稿数が約800前後と大幅に増えているが、その増加分はほぼ全てがゲーム内ボイスの転載といったゲーム本編関係動画となっており、二次創作の増加の気配は見られないのが現状である


ニコニコ静画の動向もpixivのそれに近い状態であり、艦これ二次創作作品投稿数減少に歯止めがかからない。

2016年1月3月の段階では週間平均で約1,500枚の投稿数があったにも関わらず、同11月では約950枚とついに1,000枚の大台を割り込んでしまった。

未だ投稿数の底が見えないこともあり、減少傾向は今後も続くものと推測される。


Twitterの動向

最近よく耳にするのが「二次創作活動の場はpixivニコニコ動画からTwitterに移っているのではないか」という疑問である

Twitterはその仕様上、二次創作に限った検索投稿されたイラストの全数調査という手法が困難であるが、昨年末から試験的にいくつかのキーワード指標を設定してTwitter上での二次創作活動推移の定点観測を試みた。

結果的には設定した全ての指標で減少、あるいは横ばいという傾向が見られたが、これらは公式関連の動向による攪乱を受けてしま懸念を完全には排除することができず、今しばらくの検討必要であると考えている。

その中でも比較安定的指標と考えられる艦これ版深夜の真剣お絵描き60分一本勝負」(いわゆる艦これワンドロ) の動向を示すと、日毎の変動はやや大きいものの、昨年末調査開始の時点で日平均約220枚程度の投稿があったものが直近1ヶ月では約140枚前後まで減少している。

このような減少傾向はpixivニコニコ動画といった旧来のコミュニティの動向と大差なく、結果を総合的に判断すると、現段階ではpixivなどからTwitter活動の場が移ったと解釈するのはいささか困難であると言わざるを得ない。


集約化の進む「艦これ同人誌即売会

前回に引き続き「艦これ」が関係する同人誌即売会の動向を調査した。

いくつかのイベントを例に直近の動向を調査すると


 ・コミックトレジャー(オールジャンル):381(第25回)→372(第26回)→319(第27回)→361(第28回)

 ・蒲田鎮守府:243(第2回)→59(第3回)→以降開催なし

 ・海ゆかば:133(第3回)→47(第4回)→54(第5回)

 ・西海ノ暁:50(第5回)→63(第6回)→33(第7回)→55(第8回)→56(第9回)→14(第10回) ※第9回は併催の艦これオンリーを加えると114サークル

 ・駆逐してやる!~なのです:65(第4回)→32(第5回)→16(第6回)→46(第7回)→34(第8回)→17(第9回)→27(第10回)

 ・我、夜戦に突入す!:375(第2回)→312(第3回)→287(第4回)→115(第5回) ※第5回は併催イベント共々募集規模が小さい

 ・砲雷撃戦!よーい(東京):1010(2015年9月開催)→686(16年1月開催)→945(5月開催)→834(9月開催)


となっており、各イベントとも多少の増減はあるものの規模は比較固定化してきたように見える。

その一方で「蒲田鎮守府」「鎮守府に着任しました!」「艦娘まりんふぇすた」など、休止した即売会も規模の大小を問わず多く存在しており、即売会の統廃合が急速に進んでいることが伺える。

特に艦これ同人誌即売が群雄割拠した2014年比較して2016年個別開催数が約半数までに落ち込んでいることを踏まえると、現在継続して開催している即売会が規模を維持できているのは、集約化による影響が大きいと考えられる。


即売会の規模について簡単に触れておくと、現在継続して開催されている即売会には、最大規模の「砲雷撃戦」の他、「我、夜戦に突入す!」「西海ノ暁」「駆逐してやる!~なのです」「絶対海域」などが存在するが、「砲雷撃戦」と「我、夜戦に突入す!」を除けば全て参加サークル100未満の小規模即売会となっている。

比較的小規模なまま推移しているのは、おそらくは艦これ即売会基本的に他ジャンルとの併催で行われることが多く艦これ単独での規模が抑えられがちになる点、キャラクターオンリー即売会などが発達せず即売会同士の差別化が多分に地理的要因に起因している点が原因ではないかと推測している。

このような要因によって艦これ同人誌即売会を取り巻く環境は今なお厳しく、集約化はこれからも間違いなく進んでいくものと考えられる。


サークル当選数」が隠すコミケの動向

最後コミックマーケットにおける艦これ二次創作サークル数の推移を見て行きたい。

2013年冬のC85以来、コミケにおける艦これ二次創作サークル数は常に増加してきた。

今冬のC91では艦これサークル数は2153サークルとなっており、前回を91サークル上回った。


しかしながら、コミケは参加申し込みが他の即売会比較して圧倒的に多いため抽選制を取っており、基本的落選がなく申し込み数=当選数となるオンリー即売会のように「(当選)サークル数」の推移を見ただけでは傾向を掴むことはできない。

そこで、艦これ専用のジャンルコードが設けられたC87以降の艦これジャンルの (当選数, 申し込み数, 当選率 [当選数/申し込み数]) を確認すると


 ・C87=(1840, 2295, 80.17%)

 ・C88=(1846, 2230, 82.78%)

 ・C89=(2062, 2425, 85.03%)

 ・C90=(2062, 2360, 87.37%)

 ・C91=(2153, 2364, 91.07%)


となっており、当選サークル数が毎回増えているのは当選率が毎回上昇しているためで、申し込み数のピークはC89であったことが判明した。

特にC91ではC90と申し込み数がほとんど変わっていないにも関わらず当選率が3.7%上昇しており、結果的過去最大のサークル規模を達成する直接の原因となった。

これだけの規模のジャンル当選率が9割りを越えることは非常に珍しい。 (コミケでの規模が第2位の「東方」は (1582, 1780, 86.87%)、同第3位の「アイドルマスター」で (1231, 1428, 86.20%) 、また「東方」が今回の艦これと同程度の当選数だったとき当選率は C85=(2246, 2848, 78.86%))

この原因はおそらく同ホールに配置された他ジャンルとの兼ね合いでの端数調整に起因するものと考えられるが、より規模の小さなジャンルに端数分を振らなかったことにはやや疑問を覚える。(無論、艦これファンとしては当選サークル数の増加は嬉しいことではあるが)

これまでの分析では、集約化によって減少した艦これオンリー即売会の穴を埋めるようにコミケへの参加者の集中が起こっているものと考えられていたが、検証結果を見る限りでは実体としては「コミケへの集約化は思ったほど進んでいない」あるいは「集約化は進んだがそれ以上のペースで艦これサークルが減少している」のいずれかが起こっているものと考えられる。

いずれにせよ、コミケ以外の場における強い二次創作の減少傾向が存在することからも、今後のコミケにおける艦これの動向は決して明るいものではないと予想される。


艦これ二次創作の今後

以上から艦これ二次創作を取り巻く現在環境は非常に厳しく、今後も現在の傾向が続いていくことになると予想される。

ジャンルの動向を見ても、ここ半年からガルパン」の二次創作が爆発的な人気を博しており (6月のSDFスペシャル9月の砲雷撃戦に参加した方は、併催のガルパンオンリー即売会にむしろ艦これ以上の人数が集まっていたことに気付いたことと思う)、加えて東方の人気が再び戻ってきたという話も最近はよく耳にし、アイドルマスターも未だ徐々に規模を拡大しつつある。

今後、仮に二次創作が再び増加に転じることがあるとすれば、それは公式関連の劇場版が多くのファンから好評を得た場合である

というのも、書籍映像作品二次創作に繋がるような要素を多く含み得るものであり、また過去にも賛否割れアニメの放映後に実際に二次創作活動が最盛期を迎えたという実績もあるためだ。

公式関連の人気が今だ根強いことは、この記事を書いている今ちょうど話題になっている百貨店三越」とのコラボ商品を求めて多くのファン店舗に集結したことなからも伺える。

そして、コラボグッズと映像作品、どちらがより二次創作に影響を与えるかということを考えると、物語性の強い映像作品に軍配が上がることは簡単に予想できる。

しかしながら、以前に実施したコラボと内容の近いなか卯コラボローソンコラボ第2段がやや不発気味だったことを考えると、同じ映像作品であるアニメ放映後の劇場版にどれほどのインパクトがあるか、それによって二次創作人気の下落は底を見せるか、反転後の上昇はどの程度まで達するか、などが重要となってくる。


長々と検証を述べたが、艦これ二次創作の規模は明確に縮小しているという現実を知った上で、その事実に抗って跳ね返すくらい活発な二次創作活動が今後増えてくることを期待している。


(了)

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