はてなキーワード: アドバンテージとは
暮らすだけならなんとかなるんだけども、致命的なのは都市部から離れすぎていること。
貧乏人はできるだけ親元にいてパラサイトするのが、最も現実的に生活を安定させる手だと考えている。
親元にいることの経済的アドバンテージは半端ではない。特に低収入の場合はさらに圧倒的だ。
遊びができないのも辛い。
この状況で遊びがどうとかアホじゃないかと思われるかもしれないが、田舎での生活が長期化すると、都市が恋しくなって仕方がない。やはり少なくてもある程度の娯楽は必要なんだと思う。でないと何のために生きているのか分からない。
ないものをねだっても仕方ないが、都市部に実家がある人…いや、都市部にアクセスできる範囲でいいから、そこに実家がある人はそうでない人に比べて、圧倒的にパラサイトし易く、色々と有利だと思う。
自分みたいな人はどうしてるのかね。
やっぱりどうしようもなくて実家から出て行くしかないはずなんだけど。
ネット上で電子書籍電子書籍五月蠅い連中が思い描く未来に、こういった実績あるサービスが一ミリも存在してないってのが何とも…。
うん、なので、既存の電子出版の店舗の連中は「女性向けエロ(特にBL)がOKにならねぇかな」って感じだと思う。
そういった試行錯誤の記憶があるだけでも、ぽっとでの電子出版会社(実績出してない企業ね)よりはアドバンテージあるでしょ、と思うよ。
個人的にはアフタヌーンみたいな分厚い雑誌が電子書籍化されて読めるようにならないかな、とは思うが売れるか?って言われると
言ってる私自身、紙がいいかも、と思ったりもします。すみません酔ってます。
2.2や2.3の更新は専らパフォーマンス向上なので更新されなくて困るというのはどちらかというと利用者視点だなぁ。APIも追加されてるけどこれがないと困るってものは正直無い。もちろん旧版据え置きのものはセキュリティFixのバックポートだけはちゃんとやって貰わないと困るけどね。
開発者視点で言えばAndroidはバージョンごとの互換性がかなり良好なので1.6か2.1をターゲットにしていればまず平気。2.2サポートとかいちいち考えてる人いないと思うよ。2.1ターゲットで作れば動くし。むしろ問題児は3.xで、その流れをくむ4.xも不安の種。
1.6~2.3まではほぼ完璧な上位互換だったのでメーカーもさほど気にせず追従してこれたのだけど、2.3→4.0は構造が大幅に変わっており互換性を保つための機構もあるにはあるがアップデートすると動作がおかしくなるアプリはそこそこ出ると思われる。これは「アップデートしたらアプリが動かなくなったぞ」というクレームに繋がるので、特に日本のメーカーは嫌がる。
断絶感で言うと、1.6がWindows2000、2.1~2.3まではWindowsXPと各サービスパック、3.xがVista、4.0がWindows7、ってイメージして貰うといい。
iOSはiPhone/Touch/iPadだけで下手するとAndroid以上に互換対応が面倒だったりするしメジャーバージョンごとに壮絶な互換性破壊が起こっているんだけど、一斉アップデートなので旧版の一斉切り捨てが可能という点はやはりアドバンテージ。これまではiTunesからしかアップデートできないせいでアップデートしないユーザも考慮が必要だったけど、今後はOTA配信になるのでそれすら気にしなくて良くなった。
逆に4.2に放置されたユーザは今後AppStoreで4.2対応アプリを手に入れることすら困難になっていって涙目だとは思うけど、開発者視点からすればAppleが切り捨てたバージョンは切り捨てて良い(というか切り捨てるしかない)のでやっぱ考え方として楽。
Google エンジニアの Steve Yegge 氏、Google+ への懸念を漏らす
http://japan.internet.com/busnews/20111013/8.html
で記事になってたけど、原文とちょっと要旨が変わっちゃってサービスへの警鐘みたいになってしまってたので、全文訳してみた。くそ長い。お暇な方どうぞ。
(2011/10/19 08:14)ありがたい誤訳の指摘をいただいたので3カ所修正。
Stevey の Google プラットフォームぶっちゃけ話
僕は6年半ばかり Amazon にいて、それから今はそれと同じくらい Google にいる。この二つの会社について強く感じることは(しかもその印象は日々強まるのだけれど)、 Amazon は全てにおいて間違っていて、 Google は全てにおいて正しいということだ。そう、やりすぎな一般化だけど、驚くほど正確だと思う。いやもうとにかくね。百、いや二百のポイントで二つの会社を比較することが出来るだろうけど、僕が正しく覚えていれば、 Google はそのうち三つを除いて優れている。実にある一点に関してはスプレッドシートを書いたんだけど、法務部が外に出すなって言うんだ。リクルーティングは惚れ込んだみたいだけどね。
つまり、まあ簡単に言えば、 Amazon の人事採用プロセスってのは基本的に欠陥品なんだ。だって、チームがチーム毎に、自分達のために人を採用するんだぜ。だから、色々平均化の努力はしてるみたいだけど、採用基準はチームによって信じられないくらいバラバラさ。そんでもって作業工程ってのも腐ってる。ソフトウェア信頼性工学なんてお呼びじゃないし、エンジニアに何でもやらせようとするんだ。コーディングする時間もないくらい。もちろんこれもチーム毎にバラバラで、要するに、運次第ってところ。施しやら困った人を助けるのやら、コミュニティに貢献するのやら、そんなのはもってのほか。ばかにしに行くんじゃなけりゃ、近寄るべきじゃないね。それにまた施設も染みだらけの壁に囲まれた箱みたいな家畜場で、装飾やらミーティングエリアなんてものには一銭も使ってない。給料やら福利厚生なんてのも最悪だ。まして最近じゃあ Google やら Facebook っていうライバルがいるのにね。社員特典なんてものも見たこと無かったな。採用通知の番号を照合して、ハイ終わり。コードベースも悲惨そのもの。エンジニアリング基準ってものがないんだから。チームによっては個別にがんばっていたくらいかな。
公平に言えば、彼らは良いバージョン管理ライブラリシステムを持っていた。これは僕らもまねるべきだし、僕らのところには同様のものが無い、良い pubsub システムもあった。でも多くの部分で彼らが使っていたのは、ステートマシンの情報を RDBMS に突っ込んだり読み出したりするだけのくそみたいなツールの塊だった。僕らならただでも欲しくないようなね。
僕が思うにその pubsub システムとライブラリ管理システムが、まさに Amazon が Google より優れている三つのうちの二つだ。
早期にリリースして、狂ったようにイテレートするってのも彼らのうまいところじゃないかって言うかも知れない。けど逆もまたしかり。彼らは早期にリリースすることを何にもまして優先する。品質保持やらエンジニアリング規則、その他長い目で見たら重要になってきそうなものはみんな後回し。そんなだからたとえ市場で競争相手よりアドバンテージがあったとしても、結局ちょっとしたことをやるのにも問題を起こしちゃうよね。
でも、一つ、そんな政治的な、思想的な、技術的なへまを補うだけの、彼らが本当に本当にうまくやってることがある。
Jeff Bezos は悪名高きマイクロマネージャーだ。彼は Amazon の小売りサイトの1ピクセルまで管理する。彼は以前 Larry Tesler を雇った。 Apple の主任科学者で、たぶん世界で最も有名で尊敬される HCI エキスパートさ。そんでもって、 Jeff は Larry が言ったことを、 Larry が辞めるまで3年間無視し続けた。 Larry は大規模なユーザビリティ研究もやっただろうし、少しの疑いの余地も無く誰もそのひどいサイトを理解できないってことをデモしたに違いない。けれど、 Jeff は1ピクセルたりとも動かさせはしなかった。トップページにぎっちりつまった内容の1ピクセルたりともね。それらはまるで何百万という彼の貴重な子供達なのさ。けれど Larry はそうじゃなかった。
マイクロマネジメントが Amazon が僕らよりうまくやっている三つ目ってわけじゃあない。つまり、まあ、彼らはうまくマイクロマネジメントをやっていたと思うけど、それを強みって言いたいわけじゃ無い。まずは何が起こっているかみんなに理解してもらうための文脈を準備しているだけさ。僕らはこれから、公衆の面前で、 Amazon で働きたけりゃ私に金を払えと言ってのける男について話すわけだからね。誰かが彼に反対したときは、彼は彼の名前入りの小さな黄色いポストイットを手渡して、誰が会社を動かしているかを常に忘れさせまいとする。思うに彼は全くの… Steve Jobs なのさ。ファッションとデザインセンス抜きのね。 Bezos はとんでもなく頭が切れる。誤解しないで欲しい。彼の前じゃ、普通のコントロールフリークなんてヤクが極まったヒッピーみたいなもんだよ。
それである日 Jeff Bezos が指令を出した。まあ彼がいつもやってることなんだけど。その度にみんなはピコピコハンマーで叩かれるありんこみたいに走り回るんだ。でもそのある一度、2002年かそのくらいのことだったと思うけれど、彼は指令を出した。とんでもなく巨大で、目の玉が飛び出るほど重たいやつを。普段の指令が頼んでも無いボーナスに思えるようなやつを。
彼の巨大な指令はこんな感じだった。
1)この時点より、全てのチームはサービスインターフェースを通じて全てのデータと機能を公開すること。
2)各チームは各々そのインターフェースを通じて通信しなければならない。
3)その他の全てのプロセス間通信は許可されない。ダイレクトリンク、他のチームのデータソースから直接データを読むこと、メモリ共有モデル、バックドア、全てを禁じる。ネットワーク越しのサービスインターフェースを経由した通信だけが許可される。
4)使用する技術は問わない。 HTTP 、 Corba 、 Pubsub 、 カスタムプロトコル、何でも良い。 Bezos は気にしない。
5)全てのサービスインターフェースは、例外なく、外部に公開可能なようにゼロから設計されなければならない。すなわち、チームは全世界のデベロッパに向けてインターフェースを公開することができるよう、設計し、計画しなければならない。例外は無い。
6)そうしない者は解雇される。
7)ありがとう!良い一日を!
ハハ!。ここにいる君たち150人ちょっとの元 Amazon 社員ならもちろんすぐにおわかりの通り、7番は僕が付け加えたジョーク。 Bezos は間違いなく君たちの一日なんかに興味ないからね。
それでも、6番は、本当だった。だからみんな一生懸命会社に行った。 Bezos は、さらに上級のチーフ熊ブルドッグであるところの Rick Dalzell に率いられた数人のチーフブルドッグを雇って、成果と進行を監視させた。 Rick は元レンジャーで、陸軍士官学校出身で、元ボクサーで、元 Wal(ごにょごにょ)Mart で拷問のような削減をやってのけた人物で、デカくて愛想の良い、「堅牢なインターフェース」という言葉を連呼する男だった。 Rick は歩き回り、「堅牢なインターフェース」について語り回り、そして言うまでも無く、みんなはいっぱいの進展をし、 Rick にそれを知らせた。
それからの数年間、 Amazon 内部はサービス指向アーキテクチャに姿を変えていった。その変化を形にしている間に、彼らは非常に多くのことを学んだ。 SOA に関する学問や論文は当時もいくつかあったけれど、 Amazon のとんでもない規模からすれば、そんなもの、インディ・ジョーンズに向かって「通りを渡るときは左右をよく見るんだよ」って言うくらいの意味しかない。 Amazon の開発スタッフはその途上でとにかくたくさんの発見をした。そのほんの一部をちょっぴり挙げると、こんな感じだった。
とまあこれらがほんの一例。他にもたくさんの、おそらく何百の、 Amazon が見つけた個別の発見や教訓があった。外部サービスにはおかしなところがいくつもあったけれど、君たちが考えるほどじゃあない。サービスに対して組織するってことは、外部のデベロッパを信用できないのと同じように、お互いを信用することなんてできないんだということを、チームに教えてくれたんだ。
SNSで見ず知らずの異性とメッセージやコメントのやりとりしてるうちに
盛り上がって擬似恋愛的な気分になったりすることがある。
だって、髪型変えたら「可愛い」ってコメントしたり落ち込んでたら
で、そういうとき、自分以外の男が自分と似たようなコメントして、
自分らしかコメントしてないわけだからどうしても目立ってしまうし、
会ったこと無いってことはお互いにアドバンテージ(バックボーンかな)が
で、もし二人ともが彼女と会えるくらいの距離なら先に相手より
親しくなって会ってしまおうと頑張ってみる。
また、もし二人が彼女と会えないくらいの距離で、交流がSNS上に限定
されてるんだったら、関係がプラトニックな分、よけい相手よりも彼女の
ことをわかってて親しいってのをアピールするために頑張ってしまう。
彼女へのアピールも頑張ってで、かなり加熱しがち。
そのように感じることの本質は、彼女と増田の「友だちかそうでないかの境界線の違い」に恥ずかしさを覚えていることなんじゃないかと思ったよ。
実際は人それぞれいろいろな価値観があって、友だちかどうかの線引きはここにあるとは一概に決められないだろうから、増田はあまり気にしなくてもいいんじゃないかなとは思うけど。
ぼくが心配だと思うのは
増田が、彼女と増田の「友だちかそうでないかの境界線の違い」に付随することまで、あれこれ頭を悩ませてしまってることだ。
でも当のテキストに書いてあるような心配はだいたい杞憂であると言っていいと思う。
あなたはちょっと考えすぎだ。ぼくは増田に大丈夫だ心配ないと一つひとつ説得しながら言おう。
まず
なにも知らないで交際するということは別に恥ずべきことでもしてはいけないことでもないということだ。
もし、彼女のことを一番よく知っている人が彼女のことを独占する権利を持つのであるならば、彼女の肉親に勝てるものはいないということになる。
彼女が学生の時の同級生に勝てないことになる。幼なじみに勝てないことになる。
そうではない。
よく考えてみてほしい。
結婚の挨拶にきた娘の彼氏に、娘の父親がムスッとしてしまうのはこういうとこなのだ。
父親だってずっと昔から知っている娘の幼なじみが結婚相手なら信頼できる。
娘はほぼ100%どこの馬の骨かもわからんやつを挨拶に連れてくる。
だからぽっと出の人が並みいる仲の良い友だちをおさえて、彼女をゲットすることなんて恥ずかしいことじゃない。
むしろ極普通のことだと思ったほうがいい。
第2に
彼女のことをよく知っているかどうかは、かならずしも彼女と共有した時間の長さに比例しない。
これもさっきの理論と同じだ。
一番長い時間を過ごした人が彼女のことをよく知っているのであれば、彼女のことを一番よく知っているのは彼女の家族だということになる。
しかし実際はそんなことはありえない。
人は実にいろんな顔を持っている。家族の中でしか見せない顔。友だちとの間でしか見せない顔。恋人にしか見せない顔。自分しか知らない顔。
増田は彼女が友だちに見せる楽しそうで無邪気な顔を独占することはできないだろう。
でも彼女の友だちは、彼女が増田に見せる恋人としての、女としての顔を見ることはできない。
どちらが優れているとか劣っているとかいう話ではない。
彼女と友だちの仲良し度と彼女と増田の仲良し度を比べる意味なんてない。この二つは比べようがない。まったく軸が違うのだ。
第3に
恋愛は友情と地続きでグラデーションなのではないということだ。
友情から始まる恋だってあるだろうけど、全てがそうなのではない。
もしかしたら彼女の友だちに彼女のことを狙ってた人がいて、「ああ取られてしまった」と思って泣いているかもしれない。
増田は彼女の恋人であるというだけで充分なアドバンテージを備えている。もう追い越している。
第4に
そんな風に「自分は彼女にとって特別じゃない」と自分を責めることは、彼女を苦しめることになるかもしれないということ。
そのことについてもっと誇りを持っていいとおもう。
逆にそれが増田を苦しめ悩ませていると彼女が知ったとき、彼女はどんな顔をするだろう?
そこをよく考えてみてほしい。
悩むな!とは言わないけど、ちょっとあれこれ心配しすぎかなあとは思う。
ほんとは存在しない闇に怯えているような感じがする。闇なんてないんだよ。
抜本的に解決したいならこの悩みをそのまま彼女に言ってみるのもいいかもしれない。
彼女がおおらかだったなら「そんなこと気にしなくていいんだよ」と言ってくれるはずだ。
とにかく
増田の本質的で変えがたい問題は、彼女との「友だちという存在に対する認識の違い」これだけだ。
こればっかりは増田の性格や今までの生き方に関わる問題で、直しようがない。
でも、たいていの人はそんなことわかってる。
ある人が友だちかそうでないかなんてことは、自分で決めればいい。
(2012年1月書き直し。文章が長いという意見が多く見られたので箇条書きでまとめ直した)
よこから失礼。
As3なら無料のFlashDevelopで十分だよ。純正品より使える。FlexSDKも無料だから、実質無料でコンパイル環境は整う。
Adobeのやつも買ったがFlashDevelopのほうがいい。
あと、HTML5 vs Flash とかいってるけどさ、ちょっとWEBにも動きがほしいよねレベルのFlashはどうせ消えるでしょ。HTMLコーダーが食えてた時代が終わったみたいなもの。だいたい情報系の言語スキルなんて5年も持たないって。
ばかでもつかえるエディターが出ればすぐ終わるよそんなもの。HTML5もそう。
生半可な人がそこに活路をもとめて漕ぎ出したところでエディターが出るまでの寸暇のアドバンテージもない。
そんな範囲のことが飯の種になるわけないじゃなぃぃ?
誰かがつくったものを真似して、誰でもできるようなことになっちゃったら制作単価下って食い合いになって終わりさ。
Airアプリでも書けって。だいたいHTML5と比較するのにFlash語るのにAir含めないってどうかしてるよ。
ただFlexで書くならフルスクラッチでゴリゴリ書けるひとじゃないと何もできないから、組み合わせるだけのプログラミングしかできない人はまだお呼びでないだけ。しかもScriptなのにコンパイルだからネット上でナレッジシェアされないしね。
FlexはActiveXやAppletと比較するべきで、プラットホームのHTMLと比較すんのはどうなのかなと思うよ。
あと、おまえらSilverLight馬鹿にしてるけど、日本にはこれが使えるエンジニアほとんどいから結構需要あるんだぜ?
MS以外の某大手もプッシュしている。
つまり、何がいいたいかっていうと、どんな言語、ツール使おうが、その上位10%にでも食い込んでりゃ食えるよ。
というかプログラミングの上位で食ってる人が特定の言語が使えないなんてことはないよね。
もしそう思ってるんだったら、後から来たのに悠々と追いぬかれるよ。
環境のせいにしてちゃ伸びないんだぜ。
いまいるところでまず嚢中の錐になってくだせぇ。
最近Kindle使って電子書籍とか読むんだけどさ、割と気になった点がいくつかあった。
1,飛ばし読みができない。
これかなり気になる。割とたくさん本読む人ってみんなわりと飛ばし読みはすると思うんだ。これは知ってる~、ここおもしろそう、みたいな感じで。ただKindleだとパラパラめくってそれができない。かなりストレスフルな読書になってしまうなあと思う。
2,値段が高い。
中古との兼ね合いがあるんだけど、Kindleで例えば今洋書を買おうとすると20ドル前後のが10ドルくらいで買えたりする。これ一見半額になって安くなってるって思うんだけども、日本で本買うならブックオフ使ったりAmazonのマケプレ使ったりすると500円以下で変えることが少なくないから上記の価格だとすごい負担になる。とくにたくさん買おうとすると。価格に関しては中古がどうとか、洋書がどうとかって言うことはあるんだろうけど。今後価格体系は大いに検討の余地はあるんだろうね。
以上二点がかなり気になった。もちろん携行性とか抜群のアドバンテージもあるけれど、上を踏まえると読書体験としてはまだ紙の本から移行できそうにはないね。
http://d.hatena.ne.jp/islecape/20110801/yome
上の2つのエントリーなどで、有名ブログ「中国嫁日記」が差別的かどうかという話題が妙な盛り上がりを見せているようで。とはいえ、この手の議論の常として、互いに感情論を飛ばしあうだけの、ぐだぐだな結末になっているようですが。
少なくとも今回の議論に限り、ここまでぐだぐだになった原因は問題提起側、すなわち「嫁などという性差別的な言葉を使うとは何事か!」と言い出した側にあります。なにしろ、嫁という言葉を再三再四あげつらっておきながら、なぜ「嫁」という文字の使用に問題があるのか一度も説明していないのですから。
たったこれだけの「自分の感覚」をよりどころに、あれだけの長文を書き上げ挙句社会まで語ってしまうと言うのは、その壮大な構成力に賞賛を贈らせて頂くより他にありません。その果て、このブログ主さんは
しかしそれにしても、前述のTogetterの ものの役に立たなさはどうしたことでしょうか。「これが差別なんて、なにを考えているのか」という自身の感覚の披瀝や、「こういう人は他人を差別するために機先を制して自分が差別と言っているだけ」という主張に熱心な人が多いのですが、 …(途中略)… だいたい未来にむけて記録すべき思考の痕跡とも思えません。「当時」の大衆の程度を知る材料にはなりますかね。
と嘆いておられるのですが、そりゃ「嫁なんて言葉はけしからん!」という「自身の感覚の披瀝」に過ぎないtwitterに対して、客観的かつ論理的な反論を要求するのは無茶というものでしょう。自分が見えていない人間とはよくよく怖いもの無しのようです。
しかし折角なので、ここではその無茶への挑戦をしてみたいと思います。上のエントリーの中国嫁けしからん!嫁は差別!精神が疲れる!という切なる悲鳴に対して、どこまで客観的な「反論」をなし得るのでしょうか。単純化のために、ここでは内容については一切議論せず、「中国嫁日記」というネーミングの是非だけを考えましょう。
さて、客観的と言うからには、ここで「俺は嫁って別に差別的じゃないと思うけど」と張り合ってみても意味がないのは明らかです。ここで必要なのは中立的な第三者の視点であり、そして私の手元にはこれ以上は望み得ないくらいに客観的な視点があります。広辞苑と新漢語林。要するに辞書です。
広辞苑によると、嫁は
(1) 息子の妻
(3) 結婚の相手としての女。嫁した女。妻。
(4) 「嫁が君」(ネズミ)の略
とあります。二番目の意味から、まず中国嫁日記の嫁の使用法が間違ってはいないことが分かります。まだ新婚さんみたいですから。さらに漢語林を引くと、
とあります。恐らく、嫁という字が一部の人たちから忌み嫌われる理由の一部がここにあります。家の従属物的な意味合いを感じ取って、それが性差別であるという論法のようです。とりあえず事の是非は置いておいて、代替語についても調べておきましょう。
妻: かんざしに手をやり、髪を整え飾る女性のさまから、つまの意味を表す。
奥: 貴人の妻の称。貴人の居室。大切にすること。など多数の意味を持つ。室も同義。
婦: 女+帚。帚はほうきの意味。ほうきを持つ女性、家事に服する人の意味を表す。転じて、一家の主婦。一家の切り盛りをする女性。または子の妻。
細君: 細は小さい、かぼそいことを示す字。愚妻などと同じ謙譲表現。ただし、最近は細にこまやかという意味もあるせいか、他人の妻をいう語に用いられることが多い。
他にも連れ合いとか家内とかありますが、もう十分でしょう。妻というのはなかなかに色っぽい文字で、言葉自体には結婚関係を表す意味合いがないのが嫁との違いです。ちなみに、夫も大人が冠を付けている様をしめすだけの文字なので、夫妻という言葉は男女という言葉と解字上はあまり差がありません。一方で生活感が溢れまくっているのが婦の字で、家政婦や助産婦など、女性が多く働く職業にこの文字が使われるのも、事の是非はさておき自然と言えるでしょう。
奥・室は、元々家の神を祀る場所を意味したこともあって実にエレガントな言葉で、自分の配偶者を「奥さん」と呼称する人もいるようです。しかし、元は貴人の妻を表す表現である以上、日本語表現としては非常に据わりが悪い。そもそも、定義から言えば自分が貴人と言うことになってしまいます。配偶者は実に中立的ですが、3文字を費やした挙句に性別も分からないというのは、法律用語としては便利でも本のタイトルとしては問題外です。
こうしてみると、本のタイトルとして使い物になりそうなのは嫁か妻かの2択と言うことになりそうです。この2つの文字が決定的に違うのは、嫁には「移動する」という概念が強く存在する点です。生家から夫の家へと。だからこそ、嫁に来る、嫁に行く、という表現はあっても、妻に来る、という表現はあり得ません。責任転嫁に嫁の字を当てるのも同じ理由からでしょう。中国嫁日記というのは、中国からやってきた奥さんが異文化の日本で楽しんだり悪戦苦闘したり、旦那さんと新婚生活をエンジョイするのを描く日記です。ならば、単純に中国人の配偶者であることしか意味しない中国妻よりも、「中国から来た嫁の日記」とするほうが遥かに適切でしょう。
もちろん、このように語を連ねずとも、常識的な日本語感覚を持つ人にとっては、中国嫁日記の方が据わりが良いというのは直感的に明らかなのですけれども。
さて、問題の差別性の有無についてですが、今回の騒動でひとつ明らかとなったのは、「嫁という言葉は差別的である」と思う人とそうでない人が両方存在すると言うことです。どちらかといえば、差別的と感じない人の方が多いようにも見えます。ここからは私個人の主観になりますが、嫁が嫁ぐ「家」の概念が過去数十年で大きく変わったためであるように思います。昔は女性の嫁ぐ先は夫の実家であり、夫の親兄弟との同居を意味しました。ここでの家は正に「夫の家」であり、「妻の家」にはなりえません。ついでに、義理の親兄弟の世話まで任されることも多かったわけで、妻にとってはなかなかにストレスのたまる環境であったことでしょう。この状況下で「嫁」という言葉にネガティブな意味合いが生まれるのは無理からぬ事かも知れません。
しかし、核家族化の定着すると、花嫁が嫁ぐ「家」には夫と妻の二人しかいません。この「家」を夫の家、と考えるのには無理があります - この「家」はふたりだけのものなのですから。多くの日本人にとって、この「家」に嫁として嫁ぐこと自体は、特にネガティブな意味を持たなくなって来ているように思います。もちろん、女性であるが故のディスアドバンテージがこれで消えたわけではないでしょう。しかし、それはもはや「嫁」であることのディスアドバンテージではなくなってしまったのです。
こう考えると、嫁にやたらと苦痛やら疲労やらを感じてしまう人たちは、非常に古い「家」の概念の持ち主なのかも知れません。運悪く嫁がこき使われる大家族に生まれてしまったとか、時代遅れのフェミニズムの教科書(そんなものがあるのかは知りませんが)にかぶれてしまったとか、そもそも核家族化が進む前に生まれたお年寄りであるとか。どちらにせよ、嫁の字を見ただけで辛い思いをするというのは、同情に値する境遇であることは間違いありません。嫁でこれなのですから、女に帚の婦を見た日には心臓発作でも起こしかねない。全国津々浦々の結婚式場で「新婦入場です」のアナウンスがかかるたびに、その言葉の差別性をこんこんと説き起こし説伏する。その果てにしか彼らの心の平穏はあり得ないのです。彼らフェミニストの想像を絶する試練の日々を、私は涙と共に見守りたいと思います。
Yahoo Japanの登録情報の確認の所にあるタイムゾーンの設定が随分前は
だったのに今見たら
となってる。
日本語表記の時は日本前にしたっていいじゃないか馬鹿馬鹿しい。韓国語の時は「GMT + 09:00한국, 일본 」で全然いいよ。
サービスでやるならユーザーが突っかかってくる要素を減らすのも仕事の一つなのに、
わざわざやるって事は誰かが恣意的にやってるんだろうね。
敢えて韓国に対する反感感情を増長させたいのか、それともこういう些細な所で日本よりも韓国がアドバンテージを取った事を示したいのか。
後者だとしたら、いい大人が幼稚な事がやってて恥ずかしくないのかなと呆れかえる。やってる人の所属する国はどこであってもね。
水虫の治療薬の宣伝って、テレビCMや吊り広告に結構ありますよね。
「〇〇年モノのしつこい水虫にも!」なんてコピーが添えられてたり。
普通の人があれらを見ていると、
「ああ、水虫になったらこの薬を使えばいいんだな」
「ああ、水虫は一度なったらなかなか治らないんだな」
って考えますよね。
でも、あなたがもし水虫になったら、素直に皮膚科へ行けばいいんです、実は。
お医者さんは皮膚片をとって顕微鏡で見て、水虫かどうか判定してくれます。
そして水虫だったら、抗真菌剤を処方してくれます。
この抗真菌剤を言われたとおり塗ってれば、小さなチューブ一本も使い切る前に水虫は根治します。
値段から言っても
期待できる効き目から言っても
「皮膚科に行かずに市販薬を買って足に塗る」という選択の合理的アドバンテージが思いつきません。
これはつまり、
頻繁にCFを打ちながら水虫の病態や治療方法について間違ったインフォメーションを流し続け、
「皮膚科に行く」というシンプルかつ当然の選択肢を患者の目から隠匿して
自分達の薬を買う(出来れば永く買い続ける)ようにさせたいのではないかと。
風邪にあんなに多種大量の薬は要らないはず。
もはや数年前ではあるが、小泉純一郎のネクタイはそれとなくニュースの話題にのぼることがあっただろう。
そして彼は緑色のネクタイを付けて、しかもそれがちょっとしたブームの火付け役になったこともあった。
惜しむらくは、満足行く色合い、生地を得るまで妥協しなかったことが失敗なのだ。
何もブームを作りたいわけじゃない。それより先にそこにいることこそが重要なのだ。
こればかりは、後悔している。
ちなみに、今は満足行くものが見つかったので、週に一度は付けます。
でも、スーパー・クールビズ大賛成ですよ。むしろアロハにすべき。
そんなこともあり、まあなんていうのか、上のネクタイみたいに「既存の枠組みの中でちょっと差別化してみる」的なファッションがお気に入りなんですが、
まあ、それ自体は染物さんも生計立てられるぐらいに市場はでかいし人も多い。
で、そこでやはりというか、ハマってしまったわけですよ。デニムに。
でも、ハマってしまったからには個性を演出といいますか、差別化してみたいですよね。
黒やグレーはもちろん、ワインレッドに白、灰色がかった紫に土色に錆色などなど、集めに集めて穿いてるわけです。
ストレートもいいけどブーツカットやフレアもいいよね。ついこないだ茶色のフレアジーンズがあって「うお、メンズにフレアなんてあんのかよ」と衝動買いしてしまいました。日本人は足短くてブーツやフレアは合わないといいますが、案外しっくりきますよ。ちょっとデフォルメされた感じ。SDガンダムみたいって言ったら大げさだけど。
で、話を戻すと、これもまたやはりといいますか、緑色のジーンズが欲しくなるわけですよ。
そして緑色といってもさまざまなんですよね。蛍光染料で染めた画一的で色落ち何それ?なジーンズや黒地に少し緑がかったものとか。
で、やっぱりデニムって色落ちに拘りたいですよね。そんな感じで一着見つけたんですよ。真緑色で、色落ちもするジーンズ。かなり出回りが少ないんじゃないかな。
これいいんですよホント。
メンズというか服飾全般として下が緑色ってのは数が少なくて、これを自然に使えるようになるのはすごいアドバンテージなんですよ。英会話のNAVI TIMEみたいに、爽やかでありながらスッキリ見せることもできていいんです。特に上が白と黒の服との相性は抜群ですよ。
で、これで満足するわけにはいかないじゃないですか。でも数が少ないから諦めざるをえないというか。とは言ってもあることはあるんですよ。
この前近くのスーパーに行ったら、黄緑色というか抹茶色というかそんな感じの、自然なデニムを穿いた女性がいらっしゃって、ぴーんと来ましたよね。「あいつやるな」的センス。あ、惚れてはいませんよ。タイプじゃないし。おっぱい小さかったし。
でもあのデニムを穿きこなしているのはなかなかの強者というか、どこで見つけたんですかって声掛けたくなっちゃうぐらいの衝動に襲われたんだけど、まあ声かけなかったのよね、それが後悔。
というわけで緑色のデニムほしいんですけどどっかにいいとこありませんか?たまにググッても情報なくてね。そこまで不自然じゃないんだけどなあ。ユニクロあたり仕掛けたらすぐに広まりそうなものだけど。
おっす、オラ就職王。辞職届は提出したので、再来月から起業王へジョブチェンジだ。
ちなみに、「まだ就職してない」という人は、http://anond.hatelabo.jp/20110107214632を読んでくれ。
以前この文章を投稿した直後は強烈な鬱に襲われて削除してしまったので、二度目の人は勘弁な!
ちなみに「辞職願」ではなく「辞職届」とするのがキーポイントだということは、君も社会人になればわかるさ!
いいかい、こないだ入社式だった全ての新人達。先輩とは上手くやれそうかい?まぁ、これから理不尽地獄の社畜生活が始まるわけだけど、俺の話を聞かないかい?この心得を守っておけばとりあえず、職場のゴミ扱いはされずに済むはずだ。
①二択だ、選べ。
いいかい、君も社会人になって三日目。先輩社員から、様々なありがたいお言葉を賜ったかもしれない。中には「素晴らしい言葉だった、俺も甘えを捨てて頑張ろう、立派な社会人になろう」なんて思ってしまった人もいるかもしれない。しかし、君がまずやるべきなのは、そういう気持ちを1ミリ残らず綺麗に捨て去ること、あるいはその言葉に完璧に一ミリの狂いもなく染まり切る、すなわち狂信者になることだ。このどちらかを選ぶかは趣味の問題だ、俺は前者を選んだが君は後者が向いているかもしれない。一応、念のため言っておくけれど、後者を選ぶことは決して間違いとは言えない。場合によってはこの先40年を戦う場所なのだから、立派な信者になり布教に努めるというのも一つの賢い選択だ。日本で就職した多くの人々にとって「金こそが絶対」という信条を選ぶことは難しいから、結局はこの二つから選ぶしかない。ちなみに、うっかり投資銀行や外コンなんかに就職した人々は、例外なので俺の文章は役にたたない。君たちは、資本主義一神教の教義を読んでくれ。大丈夫、どこのホテルに備え付けられた机にも「資本論」は置いてある。さぁ、どっちにするか決めたかい?じゃあ読み進めてくれ。
②コストとリターンの諸問題
馬鹿馬鹿しい、と思う。例えば、会社に一時間早く出勤すること。これは、本当に馬鹿げてる。くだらない、狂ってる、クソの群れだ。九時から五時までキッチリ働いて賃金をいただく、あるべき姿はこっちだ。しかし、コストを支払いリターンを最大化する、という面でこの行動は一概に間違いとは断定出来ない。そして、社会人にとって重要なのは払ったコストに見合ったリターンを得るということなのは、言うまでもないことだ。過程などどうでもいい、結果を出したものが勝ちだ。しかし、新人に与えられる業務の中で周囲を黙らせるほどの「結果」を出すのは、余程特殊な業種でない限り不可能だと思っていい。金融業界の法人営業マンですら、一年目は「結果」を数字で括られることはないだろう。では、ド新人である君に求められる「結果」とは何か。それは、周囲が「あいつは頑張ってるし好感の持てる奴だ」と思うこと、つまり就職活動の延長線上にあることだ。当面、君には責任のある仕事など与えられない、会社に貢献するチャンスなどゼロに等しい。その境遇の中で、君はなんとかして周囲の信頼を勝ち取り、愛される人間にならねばならない。さもなければ、実に悲惨なハンデを背負ったまま数年を戦い抜かなければならない羽目になるだろう。この文章に食いついたということは、君はコミュニケーション能力にそれほど自信がないことだろうと思うし、では職務遂行能力に自負があるかと言えばそんなこともないだろう。だが、安心していい。そういうのは、新人にとってさほど問題にならない。コストとリターン、この観念を忘れるな。逆に言えば、それ以外は忘れろ。
③15分のアドバンテージ
君は「8時30分に出社するように」と申しつけられた。当然、君は弱気で自分に自信もないから「8時15分には出ておこうかな」と思ったことだろうと思う。しかし、そこは敢えて8時に出社するのが今日のミソだ。いや、8時に出社し続けることこそがミソだと思っていい。何故なら、新人の職務遂行にはおよそ差は出ない。あるいは、差が出たとしても数年は評価に直截的に響くことはまずない。日本の大企業は、およそ10年かけて評価を固める。最も数字に詰められる証券マンやMRですら、五年は様子を見てもらえる。(ただし、この様子を見てもらえる、というのは「詰められない」という意味ではない。無論「詰め」られる)そこで仮に新人としての君の評価がクソミソであったとしても、俺が断言するが8時に出社している限り君の評価は「アウト」にはならない。日本人というのは、凡そにしてアホだ。それもたちの悪いアホだ。怠惰な俊才よりも勤勉なクソマヌケを高く評価する傾向がある。逆に言えば「勤勉なマヌケ」である限り、君は当分生きていられる。こういう部分を細かく守ることが、非常に重要だ。他にも、気遣いポイントは無数にある。例えば、君はドアを開けた。同じタイミングで先輩が向こうから出てきた、ドアノブを最初に回したのは君だった、しかしここで君は一歩下がって道を譲り、軽く会釈をする。これを、嫌味なく最適にやれている限り、君の立場は大丈夫だ。大きな声で挨拶をして、まるで先輩たちを心から敬愛しているかの如く振る舞い、機会のある限り尊敬の言葉を口に出せ。「やりすぎかな・・・」くらいで丁度いい。この十五分のアドバンテージが、君を守る。誰かと話す時、必ず誰かを褒めるセンテンスを織り交ぜることを徹底しろ。実にくだらないが、得られるものと比較すれば実に安いコストだ。
『世界を回しているのは何か?』と問われたら、色んな答えがあり得ると思う。しかし、社会人になって俺はこれに一つの答えを得た。世界を回しているものは、マニュアルだ。しかし、社会人になった君に一冊の完璧なマニュアルが与えられる、という状況は余程恵まれた職場でない限りまずあり得ない。君に与えられる情報は常に断片的で、状況はいつだって切迫している。複数のタスクを同時並行で回しながら、職場全体の状況にも気を配らなければならない。挙句の果てに、それは間違いだらけで全ての人間の言うことは矛盾している。だが安心して欲しい、それはデフォルトだ。例えば、君は「AをBしろ」と言われるかもしれない。しかし、君にはAをBすることの目的、あるいは工程A~Zの中で、AをBすることの役割がどのようなものなのか、それを知る機会はそう簡単には与えられない。君は完成像の見えないまま、どこのパーツかもわからないプラモデルと取っ組み合わなければいけない。さらにそれは、往々にして全体像さえ見えていればサルでも出来るような工程だったりする。しかし、君はやらなければいけない。メモの重要性について君は学ぶ必要がある。どんなにクソくだらない、と思ってもメモは取れ。しかし、世の中には「メモなんか取るな」と「なんでメモの一つもねーんだよ」を同じ口から発するゴミクズ野郎も大量にいる。ボウフラとどっちが多いかな?くらいの数がいる。しかし、君はクソボウフラ野郎からなんとか情報を吸出し、戦っていかなければいけない。コレに対する方法論は幾つかあるが、俺は「フレーズ凝縮式」を推薦する。例えば、この文章は一章ごとにその章を集約的に表象するワンフレーズで取りまとめてある。メモにもこの方式を採用するといい。人間の記憶というのは、基本的にイモヅル方式で形成されている。メモは、その一文を取るだけでいい。夜にそれを見返せば、君は絶対におよそのことを思い出せる。それを記憶が新鮮なうちにノートに取れ。一年も経てば、君はマニュアルが書ける人材に育っている。いいか、メモから吸い出した一冊のノート、それは宝だ。それが世界を回している。忘れるな。メモは詩の如く取れ。君の記憶を呼び覚ます、美しい一文を素早く書きとめろ。これに慣れればいずれメモも要らなくなる。
半年も経った頃、君には「もう限界です」くらいの作業量が与えられる筈だ。これは多くの職場でそういうことにしているフシがあって、そいつが食べきれるか食べきれないか、ギリッギリの量を口にねじこまれる。ブラック気味なところだと、「精神力で食えや!」方式になる可能性も否定出来ない。しかし、俺が断言するがそれは君なら絶対にこなせる量だ。人間はそういう状況になると、概して頭が回転しない。三つも作業が並行すれば、何がなんだかわからなくなる。ジャグリングしながらテトリスをしつつダンスダンスレボリューション、みたいな気分になるはずだ。しかし、君には便利な外部記憶媒体、すなわちノートというものがある。「やべー、いますぐ手をつけなきゃ絶対おわんねー」と思った時こそ、ノートに全てを書き出せ。作業のエンドが見えないまま手を動かすな。エライことになる。いいか、まず大事なことは「俺には出来る」という確信を、全くの無根拠であっても持ち続けることだ。そして、君は実際に出来るはずだ。これは実にシンプルな話で、設計図なしで機体は組み上がらない。しかし、大量のタスクに追い立てられるとこれが見えなくなる。ヤバイ時、君が真っ先にやることはエンドまでの工程図を組むことだ。焦るな、まずはこれをやれ。これが終われば、どんな仕事も五割は終わっている。それを忘れるな。いいか、君は絶対に無能なんかじゃない。信じろ、信じなければ予定なんか組めやしない。それでも出来なけりゃ、そんなタスクを振った上司がクソ無能なんだ。いいか、これを忘れるな。
⑥お局を殺せ
どの職場にも必ずいる悪性新生物、「OTUBONE」は骨の折れる相手だ。まるで癌のように転移し、害悪を放ち続ける。あんなに愛らしかった新人一般職も、十年経てば仲間入りだ。誰だ、新人にベヘリットを配布したのは。今すぐガッツ呼んでこい、義手大砲ブチこめ。なんにせよ、「この道20年」みたいなお局は男女職種全て問わず新人にとって最初の難関と見て間違いない。カンタダみたいなものだ。個人的に、一般職の定年は35歳にすべきだと俺は確信している。君の立ち居振る舞い、仕事のこなし方、日常生活や趣味、果ては性生活や好みの体位まで奴らは干渉してくる。顔面に正拳突きをブチ込みたくなったのは君だけじゃない。これで、僕の燃料棒もブチこみたいです!みたいなヤツらならまだヤル気もみなぎってくるというものだが、あいつらは原発も一瞬で1ケルビンまで冷却するタイプの生き物だ。今すぐ福島に送り込めばみんなハッピーになれる。民主党は何をしてるんだ、今すぐやれ。しかし、大体の場合現場仕事の詳細はこの厄介な生き物から盗み取るしかない。就職王に続いて新人王を目指して戦った俺だが、この生き物の攻略だけは些か苦労した。ここだけはイケメン補正がかかるからだ。日常面での攻略は、「15分のアドバンテージ」に準ずるが、「マニュアル作成」作業が更に重要になる。早い話、現場の仕事回しがクソお局より優秀になれば、君はお局をぶっ殺せる。とにかく、血を吐く思いをしてでもマニュアルを完成させろ。これだけは言っておく。クソお局が20年かけて学んだ内容は、君なら半年で絶対にやれる。ここまでいけば、お局の存在意義などゼロに等しい。そこまでは、耐えろ!大丈夫、君は独りじゃない。少なくとも、世界のほとんどの新人(除くクソイケメン)は君の味方だ!
⑦上司の足を掬え
マニュアルが完成すると、君には見えて来るはずだ。職場の全体像が。必然的に、君には「足払い」をかけられるポイントも見えてくる。散々足を払われて得た教訓がここで生かされる。つまり、あれをこうしたら上司コレミスやらかすんじゃね?みたいな部分が、君には見えているはずだ。未必の故意、という言葉がある。これは社会人生活に於いて「無罪」の同義語だ。この辺りから、君は逆襲に転じなければならない。つまり、これまでは多くの人間にへつらい、腰をヒン曲げ、頭を下げ倒して来た君だが、そろそろそこから得られる実り、リターンは小さいものになって来ている。君は手柄を立てなければいけない。しかし、所詮三年目くらいである君に「手柄」を立てるチャンスはほぼない。少なくとも、業務が正常に回っている限りは。ここは一つ、コケていただかねばならない。そして、コケたところに君ははせ参じる「こうなる可能性は見越していました!」。これは、実のことを言えば正攻法で手柄を立てるよりは、よっぽどイージーなことだと言っていい。予測された失敗には、対処が出来る。しかし、予測もしていなかった上司はパニックに陥る。もし、上司がパニックに陥らなかったとしても、君は別段何も失わない。ただし、責任の遡及が及ばないことは入念にチェックしてから行うのは当然のことが。自分の足を払って流血するなんて馬鹿馬鹿しいことをするくらいなら、何もしないほうがよっぽどマシだ。しかし、チャンスは見逃すな。やれる時は、殺れ。
⑧グチニケーション
同期というものが、多分君にもいるだろう。実際のところ、同期というのは競争相手であり君が会社に残る気であるならぶっ殺すべき相手なのだが、実際は「デキない同期」こそ大事にした方が得られるものは大きい。君の同期にも、必ず一人は「どーしようもない」と評される奴が出てくる筈だ。これは、人間関係の力学として必ずそうなる。しかし、君は常にそういう同期に優しく接し、かつ失敗談を綿密に聞き出すべきだ。「デキる同期」と仲良くするメリットは概して少ない。奴らは往々にして情報をこぼさないし、そもそもウザイ。奴らの「頑張ればいいんだよ!」論は、脳に悪い影響を与える。大脳新皮質がどんどん死んでいく。むしろ、「どーしようもない奴」から得られるネガティブな情報こそ、明日に生きる。彼のやらかした失敗は君もやらかし得る。ダメ同期から一つミス談を聞くたびに、君のリスクは一つずつ軽減される。そして、君と彼の友情は実に強固なものとなる。どんなダメな同期であっても、一応は毎日出社し、仕事はこなしている。噂に聞くほどの差は実はない。そこから得られる情報は、常に君を救い得る蜘蛛の糸だ。そして、君の存在はダメ同期を支え、助けるだろう。これほど素晴らしい情報源が他にあるだろうか?これは、職場の「ダメな先輩」にも言える。過度に職場で仲良くすることはデメリットが大きいが、それでも先輩は先輩だ。長いキャリアの分だけ多くの情報を持っている。それは、大事にしろ。デキる同期はコケるまで放置しとけ、無論デキ同期がコケた話を聞いた時は速攻で電話を鳴らすのは言うまでもない。
⑨体調
俺は社会人になって、人生最大の苦難にブチ当たったことをここに報告したい。俺は、ナルコレプシーだった。俺は学業もそれなりの成績で収めてきたし、自分が無能だと思ったことはそれほどない。しかし、思い返せば俺はあらゆる授業を眠り倒して生きてきた。なまじ、独学が得意だったせいで、この歳まで気づけなかった。俺は、自分が救いのないブサイクで初対面の女性にアメフラシを顔面に投げつけられたような嫌悪感を与える部類の生物だということは認めても、自分がそれほどのハンデを抱えていると認識したことはなかった。ちなみに、攻撃されても紫色の汁は出ない。入社直後、上司の談話を聞きながら俺は爆睡した。現在は、お薬を飲みながら問題なく業務を進めているが、「居眠りクソ野郎」の汚名を被ったまま進めた社会人生活は、正直言って辛かった。俺の職場はそんな人間に仕事を任せるように出来ていなかったので、必死に隠し通しながら検査入院の時間をヒリ出すのにも相当の苦労をした。これほど特異な例ではないにせよ、体調というのは凄まじく大事なものだ。睡眠時間が十分でなかったり、体調が悪かったりした場合職務遂行能力は7割減だと思って間違いない。新入社員は、何はともあれ六時間寝ろ。他の何を犠牲にしても、寝ろ。そして食え。エスタロンモカはポケットに入れておけ。体調に不安を感じたら、何を差し置いても病院に行け。ワイパックスを一錠を持っているだけで、人生は随分楽になる。ソリッド・スネークだって狙撃の時には使っていた。使えるものは全部使え。薬は、偉大だ。いいか、おまえはそれほど強くない。頼れるものには頼れ。ヤバい時こそ精神論に逃げるな。現実的に対処しろ。死ぬ前にデパスを飲め、それで9割は生き残れる。
⑩生きろ
正直に言えば、社畜ライフに辛いことは山ほどある。精神論に逃げるな、と言った口でおれはやはりこれを言わなければならない。おまえは、生きてるだけで素晴らしい。生きてるだけで、人間は合格だ。もし、どうしても耐えられない時が来たら、首を括るか仕事を辞めるかの二択を迫られた時は、迷わず辞めろ。やれることを全部やっても尚、どうしようもないシュチュエーションというのは起こりえる。地震が起きて津波がなにもかもを浚っていったり、飛行機がビルに突っ込んだりする世界なんだ。それは、仕方がない。そんな時、おまえが一番に考えることは「生き抜く」ということに他ならない。俺は再来月仕事を辞めて、新しい世界に挑んでいく。これは、とりもなおさず俺が組織人として適応不全であったことを示している。俺は、本当のことを言えば負けた。ここで勝ち抜いていくことに、どうしても意味や意義を見出せなかった、もっと正直に言えば同期の「とうだい」軍団にこの土俵で勝つ方法論を見出せなかった。そりゃあ、幾つかのハンデは喰らったにせよ、俺は同期の中で常に上位一割をキープした自負はある。しかし、結局のところを言えば、俺は負け組だった。「就職王」でも明白だったが、所詮俺はフェイクだった。ここには向いていなかった。でも、人生は続く。まだ生き抜かなきゃいけない。だから、こんな十カ条を完璧にこなす必要なんかハナっからないんだ。とにかく、君は生きていけ。社会生活は理不尽の繰り返しだ、また自分自身がその理不尽を他人に振るわなければならないことも多々ある。そんな中で、君は生きていかなきゃならない。いいか、君は生きるべきだ。一切の留保や付帯条件なしに、君は生きていかなきゃならない。それだけは忘れないでくれ。
どーでもいい話だが、ブコメ数に気を良くした俺は文章仕事が欲しいなぁ、とか思い始めた。
お米券とかビール券とかでも書くので、商業誌から学生の同人雑誌までそういう界隈の人、なんか仕事ください。
基本、筆は早いです。実力はともかくとして、コレ書くのに大体20分です。穴埋めが必要なら、是非。
syusyoku0@gmail.com
うん、冷静に考えて7000字を20分は無いね!秒速3.5文字は流石にムリだね。
泥酔状態の感覚で20分ってことで。素面ならもっと良いものが書けるかと言えばそうでもないから困る。
というわけで、やっぱり仕事ください。
被災就活学生、国が支援へ : マネー・経済 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://t.co/PULuJgG via
就活生どころか、失業した人とかを企業が積極採用するじゃないですか。
で、被災地から来ました。実家が被災しました。という人は無論大変だと思うから優先されていいと思う。
でも、これだけの支援・心情面でのアドバンテージがある被災地の人相手に、非被災地の学生が苦戦しなきゃいけないのもなんだかな。
同じ程度の学歴・能力の人がいたら、どっちかというとおそらく被災地に関係のある人が採用になるよね。
そしてあぶれる非被災地就活生。非被災地ゆえに、一切の言い訳も許されない。
被災地の学生は優先的に取ってもらえるし、もし失敗してても被災が理由になる。
勿論そんなメリットと秤にかけるまでもないほど、被災地の方が被ってる被害は甚大である。
ゆえに、被災して良かったねなんて死んでも言ってはいけないし、被災した学生を支援することは必要だし、優先的に採用してあげたい。
しかし、実情として震災に遭わなかったことがハンデになってるって恐ろしい。
去年終わって就職できてて良かった。
正直、この状況で勝ちぬける自信はない。
今年の子可哀想。
法律の問題について言及するなら、法律の知識があったほうが良い。
法律の知識がなくとも「膠着状態に陥るのはそれなりの理由がある」と考えるのがあたりまえだ。
「自分の考えている都合のいい展開がどおりに物事が進んでいないなら自分の知らない何かがある」と考えるのが大事だ。
現状見るに、例えば下記のような事情が推測される。
1:ソラノート側は、そらのが想定以上にアタマが悪く全く学習しないため
そのためなんとかこのままの形でソラノートを続けたい。(しばらくしたらポイ捨ての予定)
2:そらノート側は、自分たちが訴えられる側として法廷に立つなら高い確率で勝てる。
負けたとしても法的に敗北しただけで自主的に責任を認めたという形にはならない。
「営業停止」などが求められているのであれば話は別だが、損害賠償請求なのであれば訴訟を受ける事自体のデメリットは小さい。
しかし露骨に挑発をして争いの場を裁判に誘導し、法的なテクニックで勝っても社会的に死ぬ。
3:また和解となると、幾らかの歩み寄りは求められる。
特に、そらのに自分がやったことを理解させ、謝罪させる必要があるが、
それができるくらいそらのが頭がよかったなら最初から問題になってない。
そらのがボトルネックとなっており、再開可能な形で和解をすることは難しい。
4:つまり、そらノート側は守り的には有利だが、攻めや和解といった手が使えない。
よって実情はともかく外観としては
「相手が和解を放棄したので私たちはあくまでも仕方なく裁判に応じた」という形に持ち込みたい。
故に相手が焦れるまでひたすら待ちの姿勢をとっている。
5:フランチェス子さん側はフランチェスコさん側で、守りでは有利だが、攻めに関しては絶対のアドバンテージはない。
ネットにおける正義(笑)と法的な有利は全く別ものである。 訴訟を起こしても確実に勝てるとは限らない。
訴訟が長引き、相応の訴訟費用を負担した挙句認められなかった場合、最悪両者の訴訟費用を負担するハメになる。非常にリスクが高い。
訴訟費用の負担がなくても、慣れない訴訟の手続きで非常に消耗させられることは確実。
おそらく代理人あるいは相談している弁護士からそのような忠告を受けているはず。
故に最大の目的である謝罪(そらノートに非があったということを認める旨)を引き出すことさえ出来ればその他は交渉可能。
消耗具合から考えても、何がなんでも金が取りたいなどというイメージは大きな間違いで、
むしろ可能であれば早期に決着をつけて落ち着きたいと考えているだろう。
この点から考えてもフランチェスコさんが望外に高い和解金申し入れをしているとは推測できない。
6:まとめると
今現状は両者にとって硬直状態。ここから先は体力勝負であり、私が観る限り圧倒的にソラノート側有利であると思う。
「勝ち戦なのに何をgdgdしてるんだ。さっさと裁判してしまえ」と言ってる奴は心底馬鹿だと思う。
勝訴時に幾許かのリターンを得ることを条件でもいいから、訴訟費用をを負担してやれ。
勝利確信してるんだから、負けたら当然その分も負担するという契約で。
そのほうが、訳知り顔でアドバイスをするよりはそのほうがずっと役に立つ。
これはフランチェス子さんに共感のコメントをおくっている側も同じ。
野次馬たちよりはましだが、特段なんの助けにもなってないと思われる。
繰り返すが、これは確認された事実ではない。あくまで現状から推測したことだ。
正確なところは切込隊長あたりが理解してるだろう。そのうち解説が出てくると期待している。
だが、こういう可能性を考えれば「裁判すれば解決するのにgdgdしやがって馬鹿なの?」とかいう煽りを入れるのは
本当に正しいのかどうか、と疑うことくらいは出来るだろう。無責任に発言は出来ないはず。
「早く裁判すればいいのに」ってコメントしてる人を見ていると、本気でそれが正しいと思ってるようで怖い。
やじうまは無知である。やじうまに事の正否は判断できない。そのくらい自己卑下してちょうどいい。やじうまはもっと謙虚であるべき。
ディスアドバンテージ
永世中立って、「どんな国とも必要以上に仲良くしないし、必要とあらばどんな国ともガチンコで戦争するぜ」って決意宣言でもあるわけで。他所の国に仕掛けられた時に誰も味方してくれない事態を覚悟するって事でもあるんよ。