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はてなキーワード: 要人とは

2017-03-18

世界要人が俺に金を渡したがるので困ってる

俺も、安倍から直々に100万円手渡されたんで、月曜日自分の口座に安倍名義で振り込んでくるよ

郵便局の窓口で振込名義を修正させられるかもしれないけど、これをネットにupすれば、安倍国会議員の座から引き摺り下ろせるから、もう受け取らなくてすみそうだ。

あと、来週は蓮舫から100万円受け取る予定だし、来月はトランプに1万ドル手渡される予定。でもトランプよりはイヴァンカに渡されたいなあ。あとサルマン国王から渡された原油100バレルはどうしよう。こいつら、領収書とか受領書もいらないみたいだから、俺の裏金たまるだけで超困る。

俺はもう貰うのめんどくさくなったから、誰か代わってくれないかな。代わってくれる人は、以下のアドレスアクセスして、メールアドレス登録してくれ。メール送信ポイント必要だけど、要人から振り込まれる金ですぐ元が取れるよ。

2017-03-16

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今回はガンガンオンライン

ななしのアステリズム23

最終回かあ。

話としては多少急いている所もあるが、まとまっていると感じた。

総括としてはテーマに対して、真摯に終えたんじゃないかと。

ただ、まあ、そのテーマによって語られる、紡がれているものが、漫画という大衆娯楽に落とし込みきれていないというのは感じた。

いくつかの箇所は想像界的な表現にしているんだけれども、それがエンターテイメントとしての面白さには起因していない。

象徴界的な部分に関しては、下手したらほとんどの読者を突き放している印象すら与える。

本作のキモは主要人物の関係性や、そこに付きまとう感情人格面などの多様性スポットを当てたことにあると思う。

その複雑さを描いたという点では間違いなく賞賛できるんだけれども、その複雑性が面白いかって考えるとYESともNOとも言いにくい。

2017-03-04

この世界の片隅に」主演声優解説

もう上映も終わりかけてるらしいし映画賞も一通りとったのでネタバレするぞ。



主人公のすずさんが終盤にかけて色んな大切なものを失うシーン。

すずさんからある大事存在と共に、特別で大切な拠り所みたいなものが消えていく。

あのシーンが本当につらくて、その後もエンドロールも含めて、彼女は失った代わりに何を手に入れたのだろうと考えた。

最後の『ある子供』はそうだろう。でも、かけがえのないひとつを失ってまで手に入れるものだろうか。交換ではなく、新たなものであり、失った事実は消えない。

戦争は全て無にする。それが答えなのだろうか?と。

いやもっとドロドロした感情も残していくんじゃないか?と。

でも主人公はじめ、生きているみんなはそれでも生きていく。

でもすずさんはこれから、どこに寄り添って生きていくことが出来るんだろう?


で、最近見た記事

すずさんは、もともと絵を描くことで自分の持てあましている感情を吐き出していたけれど、あるときから自分でも認識していなかったような感情を、言葉や表情で表現するようになるんです。



女優のん「“演じる”という、不確かで自由もの

http://news.yahoo.co.jp/feature/525

この解説が、この疑問の答えだと思った。

主演声優が言うのだから、というよりも、そういえば声が変わっていたのだ。のん評価される部分はだんだん変化してくすずさんの感情表現できているからだろう。

すずさんの感性映画全体の雰囲気と、発する言葉を変えていく。

彼女のことだからそのうちまた絵を描くようになるかもしれないし、感性は失われない。少しの変化はあるかもしれないが、戦争を持ってしても変えられなかった部分がそこにある。戦争はすべてを奪えなかった。



この映画を見た感想は二分している。

「悲しすぎてもう見れない」

希望がある気がした」

個人としては後者感想だ。しかしその希望は考えれば考えるほど分からなくなった。

映画本編終了後、あの世界では確実に大勢死ぬのだ。主要人物だけではなく、あの日すぐに救援に向かった近所の人たちも。

時限爆弾のように、いろんなことが彼女の周りの悲劇になっていく。

しか記事を読んだとき、もしかしたら、すずさんがすずさんであり続けてくれたことが希望なのかもしれない…という考えになった。

終わる前にもう一度見て来ようと思う。

それで円盤を…いつになるのかなぁ?遅いのかなぁ?困ったねぇ。

2017-02-28

学食狂気、そして嫌悪

表立って言えないが、困っていることがある。

私は学食でよく食事を取っているのだが、そこでよくアタマ不自由な方々の団体に出くわす。これは比喩ではない。おそらく近所の養護学校の生徒さんで、社会復帰勉強をしているのだろうと思う。

付き添いの養護教員と思わしき人たちは本当にすごい。要人警護のSPのように常に目を光らせて、生徒さんが暴走しないように監視している。自分だったら3日持たないと思うようなきめ細かな仕事をしていて本当に頭が下がる。

そんな光景を見ていて、口には出せないけれど困っている。なにせ、生徒さんがときどき

「ヴォオオアオヲオアオアオオ!!!

「あああぁい!あああああああああ!!!!!!!」

と絶叫しだしたりする。

良き社会人としては、そのような人々も笑って許すべきなのだろう。私は心が小さいのだろう。



彼らが怖い。

2017-02-25

ネット負け組共が余裕を失い始めてる

俺が思うにこれは主要人口が中高年になってきたからではないだろうか。

十代二十代の負け組が「こんな所にいないで学校いけニート」と言われるのと、

三十代四十代の負け組が「こんな所にいないで会社いけニート」と言われるのとでは重さがあまりにも違う。

人生をやり直せなる可能性が失われるほど負け組は余裕を失い、凶暴化し、脳の性能は劣化し、壊れていく、どうでしょうかこの仮説?

2017-01-20

金太郎飴

昨日映画見に行ってハリウッド大作のトレーラーを何本か立て続けに見たんだけど、主要人物紹介がどれもこれも「白人男性」「アジア系女性」「黒人男性」「白人女性」って感じでぱたぱたカットインで切り替わる的な奴で、三本目ぐらいかウンザリした。

映画産業も色々大変だな。

2017-01-19

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今回はメテオポラリス

姫じゃなければ殴ってる 第6話 プリンセスエスケープ

要人物たちが、わざわざ盛大な茶番能動的にやって、それで1話使うってとんでもないな。

サトミの下りとか唐突な上、構成上全くの無意味だし、意図的なんだろうけれども完全にコントだね。

ちょくちょく姫が弄ばれているが、全く同情する気が起きないほど最後最後までブレない性格なのは感心する。

このテのキャラって、いざというときは僅かな良心に目覚めたりするパターンも多いんだけれども、だからこそ逆に清々しさを覚える。

オチ脱力モノだが、記憶を思い出す方法がサラりと書かれていて、それに何ら疑問を持たない程度には私も本作に慣れてきてシミジミとした。



愛があれば××の差なんて 学力の差編 第5話

タネ明かしは肩透かしだが、今回の見所は告白シーンだよね。

あいパターンは中々に珍しい気がする。

一つ間違えばただの自惚れにもなりやすいから、ああいう形で自覚させるのってレアだ。



タイムスリップオタガール #6-1

懇親の告白なんだろうけれども、信じてもらえるであろう筈もなく。

追い詰められると、客観的に見て無茶なもの材料にして自己を押し通そうとするのは、結構あるあるかもしれない。

けれども普段の行いによってフラグ回避したのはよかったね。

あいう部分で親からの信頼を徐々に失った結果、熱中していた娯楽を禁止されるってことはあるだろうからね。

全ての保護者たちがそうだとは思わないけれども、普段の行いで印象悪くしてなければ、自身に纏わる多少のことは許容されたり理解はしてくれる余地があると思うんだよね。

はいえ首の皮一枚繋がった状態主人公にとって、このタイミング部活問題が浮上したのはマズイよなあ。

母親相手への言い訳があのレベル主人公が、果たして乗り切れるのだろうか。

2017-01-14

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今回はモアイから、第33イブニング新人賞感想


—棘— ジィー(第33イブニング新人賞 奨励賞

構成がやや難儀だな。

要人物の語られるバックボーンや、ロマンスもろもろが中途半端、或いは余計に感じるというか。

なぜこーなったかってことは理解できるのに、それに感情移入できない。

「どーいうテーマ物語か」っていう観点評価しにくいし、仮に評価できるとしてもそのテーマによって紡がれるもの希薄なのだ



復讐少女(第33イブニング新人賞 奨励賞

良くも悪くも、非常に圧迫感を覚えた。

隠し事をしている男と、復讐心に駆られて危うさを漂わせる少女との奇妙な交流は、どういう展開になるか最後まで読めない緊張感があり、実際ラストまでそれは変わらない。

けど絵が拙いのは一目瞭然で、ドアップな構図やフキダシ、文字もでかくて圧迫感を覚えた。

ある意味プロットと噛み合っているとも言えるが、それでもクドさを覚える。



粘液少女(第33イブニング新人賞 準大賞)

ワンアイデアの設定と、それに合わせた主役のキャラクターによって可笑しさはあるものの、ほぼ静的なプロットは盛り上がりに欠けるのは否めない。

結局のところテーマ主体先生性的嗜好で、それで何か大きなドラマが紡がれているわけでもないからね。

絵は似たり寄ったりな構図が気になるが、粘液の質感はこの作品テーマ関係していることもあって気合入れてるね。



1%モンスター(第33イブニング新人賞 優秀賞)

とある女の子問題と、とある教師問題が平行しつつ、二人の交流によって展開していく構成かな。

気になるのは、女の子側の問題教師の励ましによって大きく解決に向かうのに対し、教師側の問題女の子が大したカンフル剤になっていないところだ。

あと、所々「ん? どういうこと?」というセリフと場面がいくつかあって、描き方の問題もあるのかもしれないが、自分コンテクスト理解できていないことに不安になった。

プロット理解できているのに、恐らく私はこの作品を肝心なところで掴みきれていない。



首(第33イブニング新人賞 優秀賞)

テーマと、構成がきっちりしてるのは好みだなあ。

奇抜なワンアイデアを基盤に物語を展開させるってのは、モアイで読める受賞作品では定番なんだよね。

ただ、それをちゃんと活かしてテーマもしっかりしつつ、物語ドラマティックに紡いでいるのって案外少ないから、その枠組みではかなりレベル高いんじゃなかろうか。

物言わぬ人間となった妻と、それに相対する主人公の心労が丁寧に書かれている。

ラスト近くで描写される首がない赤ん坊看護師は、主人公の順応を表現しているのか(赤ん坊も泣き声が描かれているし、看護師普通に喋っているので、実際には首があるはず)。

38ページ目に丸い線があって、これが主人公に重なっていくつか描かれている。

最初よく分からなかったけれども、多分あれは空白で透明のフキダシで、妻が何か喋っているってことなんだろう。

『1%モンスター』は測りかねているのにこーいうのは分かるあたり、私みたいなのと相性いい作風なんだろうね。

2017-01-12

人口ボーナス努力してこなかった国の末路

俺達の国の主要人口層もかなりの年季が入ってきた。

死もお近づきになってお荷物になってきたけど、発言力だけはあるので面白くない。

同僚の介護していた両親も他界したらいしけど、後日談で「正直助かった」と感想をもらった。

色々と池上彰の話を聞くと、日本の経歴はこうだ。

団塊の世代が若かった頃は人口ボーナスで楽々発展して、自分たち価値を過信する

技術者を冷たくあしらっても金が舞い込んできて楽に儲かると思い込んでるので、国の技術力が全く育たない

団塊の世代が年をとるにつれ競争力も衰え、人口ボーナス効果が減ると同時に、今までの冷遇技術研究職の人気が無くなっている

・国力の根幹が傾いてると焦っても、今さら技術研究を頑張ろうとする若者は少なく手遅れ

数だけは多いけど頭が足りん残念な人間多数派になると国は傾くんやなあという知見を得た。日本死ね

2017-01-10

あなた韓国人をわかっていない

http://anond.hatelabo.jp/20170110140537

ということは、仮に日本政府が望んだとおりに少女像撤去されたところで、日本人が思い描くような意味での「最終的かつ不可逆的に解決」という状態には、日本にとっては残念な話だが、どのみち至り得ないのである

韓国民間人慰安婦妄想と恨みに囚われてこの先もずっと暴れたり苦しんだりするのは

冷たい言い方になるけれども、彼等自身問題

当人同胞しか解決出来ないことだし、もとより日本の関知するところじゃない。




日本人が厳しく叩いて躾けるべきは

何か更なる謝罪賠償を求めたり、日本への誹謗をする行動。

これは許さずに叩く。




合法的場所に像を建てるのは自由

日本への誹謗が含まれ性質運動が見えたら許さず叩く。

そういうこと。

(叩くってのは別に暴力じゃない。

 「合意精神に反する後ろ向きば行動は非難されなければならない」

  とかコメントすること。)




別に慰安婦像韓国国内で1万体建とうが、それはどうでもよろしい。

それこそ韓国勝手であり干渉する必要ないし干渉してはいけない。



だとすれば、いま日本政府日本世論がことさら少女像問題について怒りをあらわにするのは、火に油を注ぎ、対日感情悪化させ、それはすなわち直接的には少女像を設置するような団体への寄付金の増大となり、ひいては日韓の長期的な利益も損ねていくのではないだろうか。

あなた韓国人をわかってない。

対日感情はとっくに悪い。

そして彼等は、日本大人しかったり譲歩したりした時ほど激昂する。

日本が激しく怒り返したり強硬な顔を見せると(これまで滅多にそんなことはなかったけど)

攻撃性が弱まってしゅんとなる。




今回の日本措置は従来にないほど厳しく冷たいものだけど

韓国メディア政府関係者ネット

「まずかったんじゃないか」という空気がかなりある




まだ支持率高かった時代パク大統領がノリノリで反日外交繰り返して

それに対して日本が咎めずに放置していた時は

韓国メディア韓国政府韓国国民

日本侮蔑して興奮しながら説教する論調がとても多かった。

対照的




もちろん、「公館の安寧・威厳の維持を損ねる」として、少女像の設置に対して日本政府毅然撤去を求めるのは大切なことだ。しかし、それは韓国世論をむやみに刺激しないように、下品表現をすれば韓国世論へのおいしいエサとならないように、最大限慎重になされるべきである

全然逆。

韓国世論相手が黙ってると「弱い」「負い目がある」と見て何処までも攻撃性を増す。

政府にも「もっと攻撃しろ」「もっと追い込め」と注文を付ける。




激しい反撃や報復を見ると「まずい」「こわい」となって

攻撃性が縮まって理性が戻ってくる。

韓国世論へのおいしいエサとは「無視」や「譲歩」や「融和策」のこと。

それをすると攻撃的になる。




くやしいかもしれないが、少女像について日本要人一言発するたびに、彼ら反日的団体寄付金が集まると言えるなら、逆に、黙殺することで彼らの資金力を削ぐことができるとも考えられるだろう。

この間抜け勘違いによって戦後韓国人韓国政府の甘えた子どもみたいな人格を増幅させたのが日本の罪。

黙っていると「こちらより弱いんだ」「こちらより劣るんだ」と解釈して元気になる習性が彼等にはある。





先般、従北親中的な韓国野党政権奪取後を睨んで中国に詣でたけど

中国はわざわざ挨拶に来た韓国野党に何の土産も花も持たせず

叱責と宿題だけを持たせて返した。




韓国人は怒ったと思う?

しゅんとなって一言中国に声を上げられなくなった。

せいぜいメディアがかなり理性的な筆致で「強圧的な態度」とか非難したぐらい。




まりね、

あなたの想定する韓国人情動感性

実際の韓国人情動感性はぜんぜん違うんだよ。

からプロ政治家官僚外交指南をしたいならな

頭でっかちな空論で独り善がりしてないで

まず韓国語勉強して韓国メディアネット継続チェックしたりするのがいいと思うよ。




韓国世論コントロールしたいなら

中国のやり方を見て学ぶのが一番いい。

彼等が最も心得てる。

日本人が見るとつい「酷い」「かわいそう」ってなるようなあしらい方だけど。

たいへん残念ながら少女像無視するしかない

日本外交官最初に求めた合意内容は当然「撤去する」だったはずで、それが最終的に「適切に解決されるよう努力する」という表現妥協した時点で日本の負けである

現実にはその努力カケラさえ見えていないわけだが、韓国としては仮に何かの要因に圧されたとしても、「精いっぱい努力したけど、やはり撤去はできませんでした」というシナリオ政治的パフォーマンス披露することで「約束を果たす」こともできたのだ。

…そう考えていたわたしとしては、「努力する」で妥協した日本外交こそけしからん、という立場でこの問題を見てきた。



しかし、少女像を設置しているのは民間団体であるある意味、たとえ韓国政府努力とともに日本政府が望んだとおりに少女像撤去されたとしても、彼らは何だってできるのである

確かに日本に向けたメッセージとしていちばんインパクトが強いのは大使館前に少女像を設置することかもしれないが、それが無理でも、彼らは十分に効果のある手段いくらでも選ぶことができるのだ。

ということは、仮に日本政府が望んだとおりに少女像撤去されたところで、日本人が思い描くような意味での「最終的かつ不可逆的に解決」という状態には、日本にとっては残念な話だが、どのみち至り得ないのである

だとすれば、いま日本政府日本世論がことさら少女像問題について怒りをあらわにするのは、火に油を注ぎ、対日感情悪化させ、それはすなわち直接的には少女像を設置するような団体への寄付金の増大となり、ひいては日韓の長期的な利益も損ねていくのではないだろうか。



もちろん、「公館の安寧・威厳の維持を損ねる」として、少女像の設置に対して日本政府毅然撤去を求めるのは大切なことだ。しかし、それは韓国世論をむやみに刺激しないように、下品表現をすれば韓国世論へのおいしいエサとならないように、最大限慎重になされるべきである

くやしいかもしれないが、少女像について日本要人一言発するたびに、彼ら反日的団体寄付金が集まると言えるなら、逆に、黙殺することで彼らの資金力を削ぐことができるとも考えられるだろう。



日本にとっての日韓合意の真の意義は、少女像撤去ではなく「今後,国連国際社会において,本問題について互いに非難批判することは控える」として、韓国政府の態度を制限できたことではないだろうか。もっとも、これとて、「しない」ではなく「控える」という表現妥協してしまったとの見方もできるわけだが…果たして

参考

日韓両外相共同記者発表 | 外務省

2017-01-01

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今回は裏サンデー


グッド・ナイトワールド 50話

明かされるAI開発者の想いは、遠まわしに本音吐露でもある。

要人物でありながら、言動がどこまで体裁本心なのかってことが明示されていないキャラクターの、ここぞというとき吐露演出としては強力だよね。

まあ、作風なのか、これまでの登場人物ほとんどは言動から読み取れる信頼性人格をぼかす描写が多いけれどもね。

いうならば叙述トリック一種でもある。

これの難点は、構成上の無意義さ含めて楽しめる心構えが出来ていないと、読者によっては中だるみに感じたり酷く白けてしまことなんだよね。

まあ、西尾維新原作物語を筆頭に、叙述トリックに特化した物語に慣れている私からすれば、これくらいは構成上捨てられない範疇だと思える。

この漫画テーマ「家族」だとか「絆」であることは明らかだが、今回の真実味を帯びた本音吐露メタ的に見ればテーマに繋がっていて一貫している。

のらりくらりとした展開ややり取りに見えて、テーマを一貫させた構成というバランス感覚には感心する。



勇者が死んだ! 79話(後編)

魔力のキャパオーバー狙いがアンサーか。

まあ、妥当だね。

幽白桑原VS白虎戦だとか、最近だとブラクロもこの方法使ってたね。

まあ本作の場合は、相手が吸収する能力を持つわけではなく、姫が能動的に無理やり吸収させているので、状況に応じたアンサーではなくて、既存アイデアをより汎用性のある形で昇華させたと解釈することもできる。



堕天作戦 修羅胎動 Part2

小国の、一戦線での腹の探り合いかと思いきや、話がどんどん大きなことになっていくことを感じさせる展開がワクワクする。

専門用語や設定が乱立して話を把握しにくいにも関わらず、そういう雰囲気を感じ取れるってのは構成の妙か。



秋月さんは大人になれない 第42話

気取り屋という秋月キャラクターが活きている演出だね。

これが例えば普通人間がやったらサムさが増すんだけれども、秋月の基本ズレ気味の演出で展開されるコメディが弛緩の役割を果たすこともあって、フっと出てくる想いに胸を打たれるわけだ。

気取りすぎたり基本ズレているにも関わらず、想いを届けるために必要である本質的な部分に関して理解している。

2016-12-14

[] #9-2「映画ミカタ

映画の内容は、たぶん面白かった。

俺はそこまで映画を観るわけではないので相対的にどうかは分からないが、映像は綺麗だし、アクションシーンも盛り上がっていた。

ストーリーも設定の割に意外と分かりやすい。

オサカがどう感じたかは分からないが、感想を言いたくてウズウズしているようなので、直に分かるだろう。



俺たちは映画館近くの喫茶店に入る。

席についた途端、オサカはまくし立てるように語り始めた。

しかし、監督個性が色濃く出てたな。彼の既存作品と似ている演出散見される」

「そうなのか?」

「まあ、元々あの監督映像作品ルーツ特撮といえるからな」

正直いうと、俺はその監督をよく知らない。

なぜ映画ストーリーだとか内容ではなく、いきなり監督の話をし始めるのか、俺にはよく分からなかった。

監督一人で映画ができているわけじゃないし、映画に出ているわけでもないんだから、他に話すことはありそうなものだが。

スタッフスタジオなどの体系から作品を読み取るってのは重要なんだ。特に監督はその作品の核なんだよ。制作途中で監督が変わって、グダグダな出来になった映画を数え切れないほど観てきたからな」

「すまん、ピンとこない」

「例えるなら、ゼルダでいう宮本茂なんだよ」

「ああ、絵本でいう西野みたいなものか」

「それはちょっとよく分からないが……」

「まあ、監督の話はほどほどに、ストーリーとか構成の話をしようぜ」

「そうだなあ、アクションシーンは盛り上がっているけれども意外に動的じゃなく、静的な構成だったな……」

「へえ」

「だから登場人物が今回の出来事を経ての精神的な成長は、実のところそこまでじゃないんだ。それぞれが自分の元の人格から構成された言動と、その中で出来ることをやっている」

オサカは喜々として語り始める。

俺は適当に相槌を打ちながら、オサカに奢らせるメニューをどうするか考えていた。

すると突然、後方から妙な怒号が飛び交いはじめる。

その人たちは、恐らく先ほど俺たちと同じ映画を観ていた人だろう。




「なぜ主要人物が男だったところを女ばっかりにしたのか」

「なんだと、女性蔑視だ!」

領民の扱いもおかしい」

時代背景や、設定、演出戦争を蜂起させる」

チキンホーク、故にターキー!」

おいおい、何だか俺たちとはあまりにも別ベクトルなことになっているぞ。

映画の話ではなく、もはや政治の話だ。

オサカはオサカで気にせず感想を述べようとしていたが、徐々に不機嫌になっていくのが見て取れる。

こりゃあ、オサカが爆発する前に、ここから離れたほうがいいかもしれない。

(#9-3へ続く)

2016-12-13

[] #9-1「映画ミカタ

映画ってのはどう観るのが正解か。

そして、作品ごとにどう受け止めればいいのか。

ひとまずベターな答えは「正解なんてない」ということになるのだろう。

じゃあ、正解がなければ間違いもないのか、あったとしてそれは誰が決めるのか。

そして、そんな不確かな状態で人々はなぜ夢中になれるのか。

今回はそんな話だ。




俺は近所のビデオ屋でバイトをしている。

俺のような学生にとって、お金は衣食住に必要ものではない。

けれどもスマホのように人々が便利なもの依存し続けるように、俺にとって便利なものお金だというだけの話さ。

同じくビデオ屋でよくシフトが合うのがオサカだった。

同い年だが、俺の通っている所とは別の学校で、そこはこのビデオから近いとはいえない。

だが、それでもここで働くのは別に給料がいいとかそんなことではなく、この店のピンキリラインナップに見惚れたかららしい。

棚の整理をしながら、俺たちは何気ない話をしていた。

「なあマスダ。いま話題の『アレ』、今週からだけど観に行った?」

彼のいう『アレ』とは、最近話題映画通称である

確かパンチだかキックだかして集めたお金で作られた核兵器生物化し、その生物ヒロインとの戦禍の中での日々を描いた物語を、失恋もの短編アニメで有名な監督が手がけた意欲作らしい。

「うーん、なんか面倒くさそうなんだよなあ」

「あー……まあな」

放映前から注目された作品なのだが、オリジナルでは主要人物が男ばかりのはずだったのに全員女性になっていて、原作ファンから非難轟々の状態だった。

まあ、元から俺にとってはそこまで興味のないジャンルだったので、どちらにしろ観に行かないけれども。

「観に行けばいい」

店長は割り込むようにそう言った。

「そんな状態からこそ、体験できるものもあるだろう」

「そういうもんですかね?」

「お前らは映画を鑑賞する人間としては健全すぎる」

店長言葉意図するところは分からなかったが、オサカまで健全だというのは違和感があった。

オサカはこと映画に関しては暑苦しい人間からだ。

俺が「面倒くさい」といったのは、そういう意味合いもある。

「まあ、今だからこそ見えてくることもある。話題から、みんな騒いでいるからとケチをつけるよりは有意義だろう」

別にケチをつけた覚えはないのだが、或いは別の店員がそんなことを話していたのだろうか。

「まあ、なんだかんだ気になってたし、バイト帰りに観に行こうぜ」

え、今日からしかも一緒に?と思った。

はいえ、映画に関わるとオサカは羽振りがよく、色々と奢ってくれることを期待して俺は軽く頷いた。

鑑賞後の感想合戦くらい付き合ってやろう。

(#9-2へ続く)

2016-12-05

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普段感想書きではなく、趣向を変えて書いてみる。

今回のテーマは、「ちょっと敬遠したくなる作品」。

それでも、アクの強さに見合った魅力があることも確かだと思った漫画

現在連載中、或いは最近完結した作品のみを対象ピックアップし、核心に迫るようなネタバレも避ける。



ゲハ

人間と蝶の未熟児みたいな謎の生命体を、主人公が不純な動機で飼うことから始まる。

この漫画は全体的に「不快感」を意図的に漂わせている。

タイトルの『オゲハ自体、その謎の生命体に主人公が「汚いアゲハ蝶みたいだからオ(汚)ゲハ」と名付けたかである

謎の生命体の生態や、登場人物たちの事情を全て俯瞰して見れる読者だからこそ分かる、綱渡り状態の危うさが度々提示されるのが見所だ。

だが、意図的はい作品全体に漂う不快感はいかんともし難く、冒涜的ととられる表現も多い。

序盤で描かれる、オゲハ相手にほくそ笑む主人公に眉をひそめる人は多いことだろう。

そこらへんを漫画必要演出として割り切れるなら、どうぞ。



不登校日常

タイトルの通り、不登校児の主人公のを日常を描いた漫画

雰囲気コメディ調で、主人公は何か重苦しい理由のせいで不登校というわけではない。

そのため不登校という要素から連想される後ろ暗さはなく、重苦しい漫画ではないものの、それ故に主人公の身勝手言動は同情の余地がない。

主人公家族は善良なので、その身内たちに一方的迷惑をかけながら惰眠を貪る主人公は、コメディである前提を考慮しても眉をひそめる人も出てくるのは仕方がない。

そこを許容して、あくまコメディとして楽しめるなら、どうぞ。

まあ、正直なところ今回紹介した中では、これはかなりマイルドな部類なので万人受けしやすい方だと思う。



ファイアパンチ

1話から大きく注目された漫画だが、あれで作品方向性を読み違えると肩透かしを食らうかもしれない。

「強力な力を持った主人公を中心に、復讐のために道中の敵と戦いながら活躍するヒーローもの」みたいなものを期待すると裏切られる

まず、主人公は不死身に近い再生能力説得力を持たせるため、敵にいいようにやられることが多い。

主人公目線物語が語られたり展開することは意外にも少なく、サブキャラたちだけのやり取りが圧倒的に多く、群像劇の側面が強い。

1話カニバリズムや、炎で焼かれ続けるなどのトーチャーポルノ表現もそうだが、以降も獣姦などの異常性癖狂言キャラ出張る、ディスコミニケーションの連続など、無批判で受け入れるには厳しい要素がどんどん出てくる。

あと、アクションシーンはお世辞にも上手くない。

それでも、作風方向性から漂う個性というものは間違いなくあるので、そこに魅力を感じたのならどうぞ。



ラフィリア~人間椅子奇譚~

対人恐怖症の主人公が、想い人の生徒会長に気付かれないよう、かつ傍にいたいがために生徒会室の椅子を改造して、その中に自分が入る。

プロットから分かるとおり、とんでもない変態マンガである

誰得椅子の改造方法を詳しく解説したり、主人公生徒会長に対する情念たっぷり独白など、「変態」な人間表現するための描写をかなり念入りに行う。

ただの変態人間独白だけで物語は進まない。

周りに認知されない存在からこそ偶然知ってしま登場人物たちの秘密を、主人公垣間見しまうのだ。

事件が起こり、それを隠蔽しようとするとある人物の一連のシーンが、これまた丁寧に描かれていて、妙なところにリアリティを追求している点も見所だ。

プロットインパクトに負けない、圧倒的な描写や展開が魅力でもあるが、構成されるほとんどの要素がアウトローな上、それをやたらと丁寧に描いているので、そこに拒否感を覚えなければどうぞ。



間宮さんといっしょ

この漫画の何が面白いかといわれると、正直なところ私はうまく説明できない。

要人物の多くが独自価値観を持っており、しかもそれを前面に出して展開される。

もちろん、そんなことをしてまともなコミニケーションなど成立する筈もなく、不可解さや不愉快さは読者にも伝染しやすい。

それは主人公たちの人格も同様で、読者が共感できるような普遍的な是非で物事判断しないし、動かない。

それでも、一見すると作中ではなぜか成立しているような気がする人間ドラマは何とも奇妙だ。

私が解釈するこの作品テーマメッセージは、「社会的な、或いは政治的観点での『正しい人格』の押し付け拒否し、確固たる自我確立を目指すこと」だと思う。

それでも、露悪的な言動をする主人公や、我を通す人間イニシアチブをとりつづける世界観は、結局のところ側面的には『正しい人格』を別のものに摩り替えただけで、読んでいて気持ちのいいものではない。

それでも魅力を語るならば、主要人物たちの関係性や、ディスコミニケーションのまま成立する人間ドラマの妙さだと思う。

2016-11-19

戦車戦闘機は平気でいくらでも撃墜殺人できるのに 生身の兵士は殺してないイゼッタ

触れたものはなんでも自在に飛ばせるなら軍、政府要人にその辺の石ころでも頭にぶち当ててやれば容易に暗殺出来るはず。

美少女ヒロインにはエグい殺しや汚い手段はさせないという方針なんだろう。

元増田はこれを綺麗な暴力性と皮肉っぽく表現したのかも知れないが。

決してリアル志向ミリタリーアニメではない。

http://anond.hatelabo.jp/20161118000417

2016-11-11

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今回はモアイ

二世『years (モーニングゼロ2016年9月奨励賞)』

主人公の今の人格生き方形成されていくエピソード詰め込んだ感じ。

詰め込んでいるが故に、ゾンザイに感じる部分があったり全体的にとっ散らかっている印象が拭えない。

でも、単純に絵のレベルもそうだけれども、コマ割とか演出とか唸る部分があるんだよね。

個人的に感心したのは、電灯にカメラを向けるシーン。



堀たまき『自殺しちゃったともだち (モーニングゼロ2016年9月期佳作)』

こういうストーリーで、明確な是非や結論を出さないってのはいいね

まり理屈を捏ねすぎないようにしつつ、受け手理解共感を与えるのって難しいだろうから

回想が度々挟まれるのにそこまで読みにくいと感じないのは、ちゃんと全体的な構成だったりテーマ意識し続けているからなんだろうか。



かやま ゆう『皇帝陛下蝋人形師 (モーニングゼロ2016年9月期佳作)』

何だか全体的に堅苦しさを感じるなあ。

演出コマ割だといった表現方法が型に嵌まっている。

ストーリー構成自体は出来ているから、余計にそういう部分が悪目立ちしているように見えてしまうのだろうか。

あんまりエキセントリックなことをやりすぎても趣旨がブレるかもしれないから、これ位のほうが丁度いいのかなあ。



おおたつむる『よっちゃんモーニングゼロ2016年9月奨励賞)』

独自感性、心情といったものを描く作品は『自殺しちゃったともだち』もそうだったけれども、こちらはより刺々しい感じ。

厄介なのは、主要人物が二人とも独特な価値観なのに、読者に寄り添うような配慮ほとんどないことかなあ。

まあ、テーマにも繋がる部分だったりもするから、一概に欠点はいえないんだけれども。

2016-10-07

君の名は。』に限らずアニメ絡みの地方論が置き去りにしていること

君の名は。」が物凄い勢いで流行っている。

興行収入は遂に風立ちぬを越え、もう上にはジブリ映画しかいないという状況だそうだ。

 

それ故に、作品情報ネットをやっていると否応なしに目につく。

ツイッターでは「もしかして」「入れ替わってる!?」のコピペが大量に作られ、

pixivニコニコ静画など画像投稿サービスではイラストがひっきりなしに投稿されている。

当然、各種論評も多く、肯定的ものから否定的ものまで、

演出に注目したものから制作体制スタッフ登用など組織論なような話まで、数数多の記事が出ている。

自分ネタバレの類を全く気にしない人間なので大丈夫だが、

事前に情報を触れてしまうことに抵抗がある人はなかなか大変だろうなぁ、と思う。

 

さて、そんななか自分ツイッターとある記事が流れてきた。

記事の名は、こちら

 

君の名は。』が、感動のウラで消し去ってしまったもの

無邪気にこの作品を楽しむことへの疑問

現代ビジネス 貞包 英之氏)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49807

 

「興味深い見方だった」という肯定的コメントがつけられていたことと、

サイトランキング1位(10月1日当時)に釣られて読んでみたものの、

いざ読んでみると、

 

「ふむふむ。」

「……ん?」

「はぁ!?何言ってるの?」

 

となってしまう、久々に猛烈に反論したい記事内容だった。自分君の名は。」未視聴なのに!

そして、この気持ちをぶつけるところがなかなか見つからないため、

ここでひっそりと所感を書き連ねることにする。

 

※取りあげる記事ネタバレ前提で書かれているため、この記事ネタバレ全開です。

また、重ねて申し上げますが、筆者は原作未視聴です。

公式サイトなどで可能な限り情報収集しましたが、至らぬ点がございましたらご容赦ください。

 

記事主題について

序盤・中盤で「君の名は。」について色々分析しているものの、

この記事の主点はあくま地方論であり、作者の主張はこうである

これはなかなかツッコミを入れたい主張である

特に後半。地方を暗く扱った作品は確かに探せば存在するだろうが、

戦後サブ・カルチャーの潮流として、地方への鬱屈や屈折の描写が常に存在していたかというと、そうは思えない。

地方を賛美することへの反省」など、なおさらである

片方で「地方賛美系のご当地アニメ」を取り上げ、批判しておきながら、

というか、自らが「地方の賛美・消費と並行して」と言っているのに、

さも、地方鬱屈を描き安易地方賛美にNoと主張するのが、

戦後アニメマンガの主流であるかのように扱うのかいかがなものだろうか。

 

アニメ漫画地方を描くということ

アニメ地方を考えた論評は、この記事に限らず最近は非常に多い。

実在風景を背景とした漫画アニメが増えたこと、

それに伴い、聖地巡礼アニメによる町興しが注目されていること、

経済停滞や少子高齢化により地方のあり方の議論が盛んであること、

などが理由として考えられるだろう。

 

しかし、それらの論評で見過ごされていると見過ごされていることがある、と私は思っている。

それは「地方であれ、都会であれ、あくま舞台舞台」ということである

 

原義通りの舞台、つまり演劇での壇上を想像してほしい。

細やかな小道具があり、大きな絡繰りがあり、巧みな照明効果音響がある、

それらが充実しているか、特色だっているかは、作品評価を左右する一要素かもしれない。

しかし、それはあくまで一要素であり、舞台の上で演者が動かない限り作品とはならないのが通常である

 

まりはこうである

地方である、都会である、ということは物語の展開に大きく絡む。

しかし、作品のメインテーマになるまで比重が高くなることはそこまで多くない。

 

ペルソナ4という作品を例に挙げよう。原作ゲームで、アニメ化されている作品である

この作品舞台とある架空地方都市

そこは大型総合スーパー進出し、地元商店街がその影響で衰退している。

要人物の中には、周囲との軋轢が生じている総合スーパー店長の息子や

実家のために地元から離れられない旅館の娘がいる。

こう見ると、まさにこの作品地方の屈折した部分を描いた作品である

 

では、これは記事作者が主張する「地方の軽薄な理想化に一定留保を付け加える」作品だろうか。

自分はそうは思わない。

 

ゲームプレー済・アニメ視聴済を知ってる人なら分かると思うが、

この作品リア充ゲーム揶揄されることがあるくらい、終盤になると仲間の結束が固くなる。

主人公が転校してきてから去るまでの1年間で、彼らは忘れられない思い出を作り、心を強くする。

 

ならば、この作品は「地方暮らしもすばらしい」的な地方賛美の作品だろうか。

それも違うだろう。

 

この作品テーマ公式サイトに明確に書いてある。

「“推理サスペンス”を題材にしたRPG」だと。

まり地方都市性質描写は極めて重要位置にあるのは確かだが、

それとメインテーマ別にあるのである

 

このように、地方である・都会であるというのは、

舞台の基本設定として極めて重要であると同時に、

舞台の基本設定であるが故に、物語主題にまではなかなか上り詰めないことが多い。

その舞台登場人物がどう動くか、どんな出来事に遭遇し、乗り越えるか、

そのような舞台設定以外の重要事項が大抵の作品には存在しているのである

(もちろん、舞台設定全押しのご当地振興系作品もないわけではないけども)。

 

また、舞台装置であるが故に、物語の展開に応じて描かれ方が変わる、ということも起きる。

良い出来事が起きればその背を押すように明るく描かれ、

良くない出来事が起きればその気持ちを代弁するかのように暗さが出るが舞台装置である

そのため、後味が良いラストとなる作品ならば、当然その舞台地域は後味よく描かれることになる。

そして、娯楽作品である以上、漫画アニメで後味が良いラストと後味が悪いラスト

どちらが多いかといえば、それは前者の方である

 

これに加え、

人間、そう簡単地元から移動しない。両親に頼るところが大きい高校生以下ならばなおさら

ということも多くの場合、見過ごされていると感じる。

高校生以下の場合、特段な理由がなければ通学範囲+αが彼らの行動範囲となる。

背景が実在場所に忠実で、聖地巡礼が盛んに行われる作品の中で、

一番舞台が全国に分散している作品として、私は咲が思いつくが、

それは、「全国大会に各地から集まってきた女子高生」を描いているからであり、

個々の人物を見ると行動範囲はそこまで広くない。

 

旅行登山ツーリング即売会遠征趣味である

学校行事である修学旅行部活全国大会など)

・身内の都合です(転校など)

・突然ワープしてました

 

これらのような特段の理由がなければ、登場人物はなかなか生活から離れて動かない。

からそこ余計に、舞台の明るさ・暗さは展開の明るさ・暗さに密接にかかわる。

描かれる街が単一都市圏に絞られるのだから、バッドエンドを目指してない限り、

舞台となる地方物語の展開に連動して明るくに描かれるのである

そこに舞台となる町が素晴らしい、というメッセージが入るかどうかは作品それぞれだが、

記事のようなアニメ地方を考えた論評にありがちな

舞台である=描かれた地方作品の重大なテーマである、という構図は

必ずしも成り立たないと思うのである

 

東京vs地方という二項対立

この記事に対して気になるところがもう一つある。

というよりも、先述した結論としての主張や「君の名は。」の分析よりも

違和感を感じ、反論したい部分がある。

 

それは、全体として東京仮想敵としている所である

君の名は。ハッピーエンドの場が東京であったことの不満、

東京が揺らがなかったことへの不満、

壊滅した糸守の人物たちが東京へ移ったことに対する不満、

そういう東京が良く描かれていることへの不満が文章の端々から漏れている。

東京隕石が落ちて壊滅することを期待してしまった」までくるともはや怨恨の類すら感じる。

 

この観点において、もっと瑕疵があると思えるのは3ページ目のこの部分である

 

物語あくまで散文的に見直せば、『君の名は。』は、故郷のない男と、故郷を失った女が、東京故郷幻想特別な異性を妄想する話といえるのかもしれない。

 

これはもう、誤読していると扱ってしまっていいのではないだろうか。

瀧は東京まれである高校には友人がいて、バイト先もある。

それに付随した人間関係や馴染みの店もある。

ならば、彼の故郷新宿区であるのは明白であろう。

 

東京という町が生まれて150年弱、

高度経済成長期に断絶しているという最も日の浅い解釈をしても40年の歴史がある。

当然、そこで生まれ、育ち、その場所愛着を持っている人が存在する訳であり、

東京まれ故郷のないという構図は非常に抵抗を感じる。

 

というよりも、この作品地方東京の対比が大きな要素でもあるのだから

双方ともに住んでいる街を故郷と思えるような愛着知識

人間関係や行動範囲があるからこそ成立している作品だと思うのだけれども……。

 

もしテロ地震があり、瀧自身や近い関係人物危害があったら、

もしくはアトラス的何かで新宿が壊滅したら、

それこそゴジラが来て東京全部焼き払ってしまったら。

そして、惨事を避ける手段が目の前に提示されていたのなら。

 

きっと、瀧も三葉もお互い逆の立場必死に動くと思うのだが、いかがだろうか。

さも片方に地元愛がないような表現は、私はどうかと思う。

 

地方物語に都合よく変えて消費するな」という意見は、

地方研究している人ならば主張することは正しいと思う。

規模が小さい、独自性があるなどの性質から創作世界において、

物語を進めるための非現実的な設定を地方押し付けられる傾向が強いということは事実である

 

君の名は。においても、神事伝承隕石自治体消滅など、

ファンタジー色の強い部分はほとんど糸守町が担っているし、

栃木弁とも茨城弁とも福島弁もつかないようなアクセント

パロディに満ちた謎の施設人物がやりたい放題するTRICKのような作品は極端だとしても、

地方賛美という面ではこれ以上に多くの意見が出たサマー・ウォーズなど、

悪い言い方をすると、ご都合的に地方が歪められて描かれることは多々ある。

地方を味方する立場活動を行っている人からすれば、良い思いはしないだろうし、

作品に反映するかどうかは別にして、そのような不満があることは受け止めるべきである

 

しかし、それを受け止めるのは制作サイドであり、東京ではない。

そのような設定を組んだのは新海氏、堤氏、細田氏であり、東京が作ったわけではない。

批判の向きは新海氏、堤氏、細田氏、もしくは各委員会、はたまたワーナーテレビ朝日東宝に対して

向かうべきであり、東京に矛先を向けるのは間違っているだろう。

地方を「消費」可能商品に仕立てているのは、(所在大都市かもしれないが)

作者および制作組織であり、大都市のものでは決してないのである

 

地方大都市という二項対立は、研究においても創作においても非常に分かりやすいしよく使われる。

しかし、本記事のように地方の不満は全て大都市が起こしているものだ、

という構図にまで落としてしまうのは、単純化が過剰であるだろう。

不満の捌け口をほぼ全で大都市東京に向けている所が、非常に鼻につく記事であった。

 

まあ、ガルパンひぐらしの扱いもそれ以上に気になったんですけどね。そういう作品じゃないでしょw

2016-09-21

シンゴジラ 外交のところで、

アメリカ政府要人(?)が石原さとみと話しているときに、

日本もこんな手段外交交渉できるんだな、はは

みたいのがあったが、やはり日本はこうなんかな。

15年ほどまえに、当時70代、80代の方と

仕事した際に、戦争捕虜になった人が、

英国捕虜にならならず米国で安堵したという話を聞いた。

歴史が古ければ古いほど、捕虜の扱い(拷問と思われる)がひどくなるという話。

歴史が古ければ古いほど、狡猾さに長けてる気がしてならない。

伊達に数千年日本を続けている訳ではないと思うんだよね。

英国米国じゃ比較にならんのかなぁ。

2016-09-20

大学生男2人で「聲の形」を観にいった

映画聲の形」のネタバレ要素を含みます

*観に行った当日に書いたものです。極力他人感想等を見ない・聞かない努力をしています

*とはいもの記憶は薄れてしまっているので、読まれる方の混乱を防ぐためWikipediaなどのによりあらすじ・登場人物確認を行った上で投稿されたものです。

*自省的なものです。レビューは他のかたの記事をお当たりください。

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映画を見なくて久しい友達が、ハリーポッターくらいしかまともな(?)映画を見たことのない僕に「観に行かへんか」と誘われ数々の選択肢から導かれて「聲の形」を観に行くことになった。

コミック未読の身としては、予告編の限りでは「普通によさそう」だと思い前向きだったが、相方ヒューマンドラマ的すぎて醒めてしまうのではないか、と消極的。結局後々の話題性新学期の話のネタ)を考慮した結果がこれだったんですが。

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昼過ぎ集合、東宝の某劇場で別の映画を観るも機材のトラブルサイレントに。7割は観たけど全額返金で謎のオトク感をかみしめ、軽食をとり松竹うつる

スクリーンにつく。若い人が多い印象。ぼくらみたいに男だけで来てる集団もかなり多かったような・・・

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そろそろ作品自体の話に移りましょう。

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小学生時代経験する個々人のやりきれなさ。

主人公石田責任を負う形にはなるが、西宮に対するいやがらせ根本的には植野黒髪女子から始まったように描写されている。

それはいじめに発展しますが、

そもそもこの「いやがらせからいじめ」への変遷で最も大きなものは、攻撃人数の増加・攻撃者の集団化だと思う。

集団化とは、ときに思わぬ人を巻き込むこと。川井クリーム色の髪の女子)は集団化の被害者であり西宮への加害者である

また、極端な描写はいえ、教師配慮の無さも事態エスカレートさせている印象があった。

加害者追及(石田が全責任を負う)の場面は自分小学生時代記憶フラッシュバックした・・・加害者ではなかった分とても不愉快記憶

そして集団性は攻撃標的をも流動的に変えてしまう。

どれもこれも、人の未熟さゆえの出来事であり、高校生になった今、未だ未熟でありながらも、子どもたちはあの時の集団性を見返すのです。

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高校生時代感情の衝突。激しくむごたらしくも、清々しい。

なんといっても、主要人物全員が橋の上で集まるシーンがこの作品の中核をなしていると思う。

広義的ないじめ加害者観測者はすべてあの人物中にカテゴライズできる、と言っても過言ではないかもしれない。

そしてその一人ひとりに対し「主要な」いじめ加害者石田が吐き捨てる言葉は的確であり、「こんなやつおるよなあ」と感心したくらい。

植野も、口は悪いもの的を得発言が多く痛快。正直悔しい。

永束のキャラ性は決して浮きすぎず、むしろ重くなりがちな展開を緩和してくれてありがたい。

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途中に入れようとしたけど入れられない書きたかったところ。

西宮の「お人好し」に対する描写

すぐ「ごめんなさい」と伝える傾向にある西宮に対し、怒りを爆発させる植野の心情。

川井の清々しいまでの自己防衛

いじめ攻撃のある場にいるだけで参加しているようなものだ、と思う(陳腐ですが)。これを自覚できずただ流されるままの人間にはなりたくない。

たとえ偽善者と言われようと、嫌悪感を抱いたら行動は起こすほうがいい(身の上のためにも)。

島田広瀬の扱い

島田金髪男子遊園地バイト)はともかく、広瀬Wikipediaみるまで覚えてなかったんですが、なぜ彼らが石田の命を救ったのか。

・永束の扱い

記憶が正しければ劇場においてはいわゆる「正義の味方」役にとどまっていたはず(Wikipediaに載っているようなバックグラウンド描写されていない)。ただこの一面だけであっても、実に典型的現実的いじめ観測者になっている。

・美也子(将也の母)の人物

綺麗事を並べているわけでもないが、将也をはじめとした多くの人物一言で影響を与えるとてもいい役をしている。画面にいるだけで安心する(?)。

八重子(硝子の母)の人物

劇場では厳格で冷たい人物であるように事故前まで描かれていた。館内で配られたSpecialBookでバックグラウンドが補完されている(ことにあとで気づいた)。

・いと(硝子の祖母)の存在

・そして、結弦

思えば彼女高校生に混じって違和感なく接している(!)。

石田西宮が立ち寄った現代美術モニュメント群は一体・・・

はじめは金沢美術館あたりかなあと思ったんですが、舞台である岐阜大垣市結構名古屋寄り・・・今度調べなければ。

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全体的な感想としては、久々に映画を観るからか、とても楽しめましたし、精神的収穫もありました。

これが「日本映画典型的なお涙頂戴」とは違う感慨であってほしい・・・

とりあえず自分の思ってたことはかけたので、他の人のレビューを見ていって補完していきたい所存。

映像化されたらまたゆっくり観たいですね。

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以下オタク雑感。

早見沙織、やはりうまい

アニメをみてたのはほんの一時期だったので全話見て知ってるのは俺妹のあやせたんくらいなのですが(すでにうまい)、某動画サイト異能バトルなる作品での名演が残されています。5分間しゃべりっぱなし・・・

硝子のような役回り彼女くらいの技量がないとつつがなくいかないのでしょう。

2016-09-19

ナオトインティライムについて

前にパレスチナ要人の前で歌ってるのを見て

紛争地帯でそんなのするのはアホじゃないか?と思ったけど、

世界には宗教で争うどころか、そんなの思いついたこともない場所

在ることを伝えるにはい方法かもしれないと思う。

2016-09-17

[]

漫画感想ばかりだけど、久々に。



一つ目。シュトヘル十三巻を読んだ。シュトヘルは相変わらず美しくてかっこよかった。反面、スドヘルがとてもかわいかった。

あと、ハラバルの馬の描写に度肝を抜かれた。確かに黒馬だけどさ、ベタだけで描き表すか普通って思った。あれ、ベタだけじゃないのかな。

もう一つハラバル関連。竹を弓で放つってすごいね怪物だよ、こいつ。いろいろと背負ってるけど。

なんかメルミといい感じだから、生き残ったら二人で過ごしてほしいな。結局ユルールも死んでしまいそうだしさ。

要人物の誰かには生きていてほしい。生き残っても、みんな業を抱えすぎてるから辛いんだけど。

未来で、スドヘルが残した手紙スズキさんに届いてるといいな。



次の感想。瑪瑙之竜を読んだ。秘密結社ものとでもいえばいいのか。よくある構成で、とても読みやすかった。

ただなあ、基本的に一話完結だったからなのか、最終話への導線が弱かったかなあ。大きな物語を作っていたわけじゃなかったのが要因なのかも。

キャラクターが持つギミックはそれぞれ凝っていて愛着がわくものばかりだったので、もっと続いてもよかった気がした。残念。

そんなに長く続けるつもりもなく、見切り発車でスタートしたのかもしれないと邪推する。



次の感想ダンジョン飯の三巻を読んだ。この巻ははじめて怖いなって思った。とくに大ガエルが怖い。

あの無表情と、反射的な食いつき動作は、結構シリアス魔物の恐怖を描いているなって思った。

思えば、二巻のケルピーにも真摯眼差しがあったようなきが気する。さすが大人漫画だなって思った。



次。ストラヴァガンツァの五巻を読んだ。内容の舵を大きく切ってから初めての大きな山場を迎えたこの巻。セポイヤの迫力がすごかった。戦闘シーンがかっこういい。

反面、そうなるのが当然なんだけど、足を狙われてから一気に形成が逆転したのが呆気なかったかなあって思った。まあ痛いよね。間接ぐりぐりって結構えぐい攻撃もの

巻末の展開は、きれいごとなんだけ、絵になる理想論だなって思った。こういうのはべただけど、嫌いじゃない、むしろ好きかもしれない。

でもなあ、オルグが改心しないことには戦争が止まらないさそうなんだよなあ。改心したら改心したで肩透かしを食らった気分になりそうなので、これからの展開が難しそう。

まあ色んなパターンがこれまで作られてきたから、そのうちのどれかになるんだろうけど。はてさて。




今回はここまで。関係ないけど。とつくにの少女って漫画に手が伸びてしまった。ジャケ買いですよ、ジャケ買い

でもねえ、二巻だったんですよねえ。とてもかなしい。読むに読めないのです。

白と黒灰色の表紙に、金色タイトル判別しづらいと思いました。

2016-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20160807180951

(つづき)

しばらく絶句していた大統領


「すごい…数……ですな。」

『ほんの一部、だそうです。公海で待機している者たちの。』

「なんと、EEZ境界がわかると?……まあ、いいでしょう。国連などの見解も同じだといいですな。」


 そのころ、大使館へ来たシンニチマル船長から電話で報告を受けている鯨研内では、現場よりも強い危機感が生じていた。


ゴジラから、訴えられるかも…ということで?」

「そんなのはどうでもいい!公海上のことだ。訴えられても、受理しなければいい。」

「では、何が?」

ゴジラでも鯱でも、訴訟当事者になれるとなれば…どうなる?」

「あっ…!」

「我々は終わりだよ。すぐにUNCLOS加盟国筋へ働きかけねばなるまい…」

しかし、あの…ITLOS行きは避けられても、ICJのほうへ来たらどうなるんで…」

「うるさいぃ!!」



結果から言うと、鯨研側の心配杞憂に終わった。「通訳である海洋学者が”失踪”したのである。おそらく原因はスキャンダル。シー・リカオン海洋学者との過去因縁ネットニュースで「暴露」されたのだ。

金銭のつながり等ではなく、その真逆大学研究予算や優秀な学生達を奪われたのどうので、かなり争った過去があり、今でも犬猿の仲だというのだ。


「有名な話だと思ってたんだが…昔のことだからな。」

「知りませんよ。でも、道理で…いくら誘っても、来てくれなかったわけです。」

「というか、よく今まで協力してくれたなあ。」

「うちじゃなくて、”三ツ目に”協力してたんだろ。」

「まあ、オルカ達には、ヒトのシステムなんかなくても、勝手に争ってもらえばいいわけだしな。」

「G国としては、よくないだろ。」

「あっ、そうか。」


当の三ツ目はといえば、人間側へ何ら挨拶もなくスパッと立ち去った。それを知った記者の落胆ぶりは気の毒なほどで……とまあ、色々あったが。シー・リカオンとしても本件から手を引く理由ができたし、G国とは本来の協力関係に戻ろう…という方針になった、そのときであった。


ゴジラ最後闘争を開始したのは。


突然。厳重な拘束にも関わらず、自らが縛り付けられていたトレーラーを「背負い投げ」し、丁度観察に来ていた政府要人たちを「ぺちゃんこ」にしてからボロボロになった前脚を戦利品よろしく掲げた軍人たちの写真公表されるまで、12時間ほどを要した。

首都居住者たちがアップロードする映像からゴジラの「足取り」を再構成するのがネット上で流行したが、それで視覚化された被害も恐ろしいものであった。

陸軍からは「意外とあっけなかった」との談話公表されていたが、炎上する基地を背景に、横転した戦車や、降着装置まっぷたつにされてつんのめっている航空機写真などが出ていると、やせ我慢しか見えない。

後脚にもナイフが仕込まれていたのを見落としていたのでは?武装テロが仕掛けられたのでは?前脚の写真しか公表しないのは、ゴジラ戦闘力軍事的価値が生じたためではないか?…と、色々な憶測も呼んだ。

もっとも、環境相が真っ先にトレーラーの下敷きになっており、遺伝資源としての価値を主張する者がG国に居なくなったというのもあるのかもしれない。


三ツ目たちの呼びかけに応じる者が現れなかったというのは、要するに…あれが最後ゴジラなのだろう。


大型種の最後。「協定」の当事者たる種族消滅した。三ツ目達の引き際は、そういうことなのだろう。そして。

ゴジラが現れなければ、キラー・ホエール…すなわち逆叉と”話”をする機会もなかったというのも、また真実であろう。」


記者は、そのように終えて。原稿を「送信」した。

2016-08-09

[]

今回は少年ジャンプ+

先週分の感想。書く時間がなかったので簡易。

ファイアパンチ 15話

最初の、祝福者を用いた資源の確保方法ディストピア感が溢れていていいと思う。

まあ、人道的な範囲内でかつ効率よくできる方法は他にいくらでもあるよなあ、と思ったりもしたが。

作者がこういうの好きなのは今に始まったことではないから、これもその一環なのだろうな。

あと、あの子アグニのことをやたらと語っているけれども、この子主人公そこまで絡みなかったよね。

このキャラ人格的に考えると、妄言的な意味合いも含めているだろうから、そう解釈するなら不自然ではないけれども、これにページ数割かれてもなあ……。

仮にやるとしても、もっと小出しに描いたほうがいいよね。

肝心の主人公の方はほとんど進展してないしさあ。



ファミリーゲーム 

第年秒の短期中連載。

後先を考えない設定、展開だけれども、短期連載だからコレぐらいのほうがいいかもね。

単純に異能力バトルとしてだけで評価した場合、正直あまり惹かれない。

けれども、そこに「家族」人間ドラマといったテーマを含めつつ、エキセントリックキャラクターたちを主要人物にして面白そうと思わせるあたり侮れないなあ。

それにしても、作者を介入させる設定なんて、久々に見たぞ。

けれども、先にメタを絡めた設定にしておいたことで、奇抜なキャラクター言動や展開も成立していたキライはある。



群馬アイドル神話セブン 第4話

画力があと3ランクほど高まれば、意外と不条理ギャグ漫画として読めるんじゃないか最近思い始めてきた。

少なくとも、最近はちゃんと読者も楽しませようというネタ選びやノリになってて、「ウンコ味のカレー」又は「カレー味のウンコ」くらいにはなってる。

逆にいえば、現状ではジャンプルーキーの延長線上を抜け切れていない。

2016-08-01

シン・ゴジラ」に一般市民が出てこないわけ

みなさん、もう「シン・ゴジラ」は見ました?自分は「島本和彦氏の敗北宣言」(http://togetter.com/li/1006140)を知って、興味がわいたので今日見てきました。


結果、自分としては大変おもしろかったです。傑作だと思います


しかしながら、見る人を選ぶ映画のようで、例えばYahoo!映画での評価(http://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9/354182/review/)は1と5が目立つ結果となっています。その中でこの映画欠点として言われている理由ひとつに「一般市民登場人物がいなくて感情移入が出来ない」というものがあります


確かに、この映画の中では一般市民群衆として描かれるだけで、主要人物としてはもちろんサブキャラとしても出てきません。出てくるのは政治家官僚自衛隊員ぐらいです。庵野監督がどういう意図でこういう構成としたのかは知る由もありませんが、ひとつ可能性を思いついたので書いておきます


みなさん2011年3月11日に起こったことと、それに続く数日のことはまだ覚えていらっしゃるでしょう。


この映画の中の一般市民はその時の私たちです。


津波に町が呑みこまれたり、原発屋根が吹き飛んだり、放射性物質の飛散状況を気にしたり、そのくせ月曜日には会社学校普通に通っていた私たちです。知らないことな映画スクリーン上で俳優が演じて見せることに意味があるでしょうが、見る人が既にそのような体験をしているのなら、不必要ということではないでしょうか。


そういう意味では、実に日本人に向けた映画だということが出来ると思います

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