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はてなキーワード: 貧乏とは

2024-08-19

anond:20240819090153

あ~あ白状しちゃったw

パヨは貧乏人に寄り添ってるんじゃなくて棍棒として利用したいだけなんだってさーw

anond:20240819080412

おやおやぁ?貧富の格差をなくしたいはずのパヨ様が貧乏をこきおろすんですかぁ?

弱者に寄り添ってるのはただのポーズなんですかぁ?

心の中では貧乏人を軽蔑してるんですかぁあ?

エロとか、すけべとか、貧乏とか、流行ってるものが嫌われてるんじゃなくて

精神年齢が低いものが疎まれてるって気付いてください

2024-08-18

anond:20240818144155

サヨク貧乏人や弱者の味方気取ってたわりに

平成不況にまともな対策ひとつ出せなかったところに安倍ちゃんアベノミクスを打ち出して

雇用改善とか達成してしまったので、自分達が無能だと認めたくなくて無茶でもアベノミクス否定するしかないんだよな

実態がないとか非正規がーとかごちゃごちゃ言ってるけど

アベノミクス以前の地獄就活事情を知ってるやつならアベノミクス大正義であることは自明なんだよな

サヨクはなぜアベよりも早く金融緩和インフレ誘導政策を打ち出せなかったのか

アメリカならゴリゴリリベラル左派であるポールクルーグマン推していたのにな

やっぱり権威伝統を重んじる日本人左派としてマルクスではなくケインズ側に付くのは

主君への忠誠心が許さなかったのかな?

anond:20240818134233

いか学生さんトンカツをな、トンカツ自炊できるくらいになりなよ

それが、人間えら過ぎもしない貧乏すぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ

anond:20240726003809

金を持ってることは悪だ!全員等しく貧乏になれ!!ってこと?

anond:20240726003809

金持ちはこんな所で時間無駄にしないだろうから増田生活習慣から変えていかないと。金持ちから金を巻き上げて微量を皆で分配した所でただ微量の底上げがされただけで貧富のピラミッドが崩れる事はないよ。

ピエール手塚先生金持ちかは知らんけど、寝る暇惜しんで暇さえあればマンガ描くくらいの事やってタダの消費者から這い上がってるのみると、結局クレクレしてるだけじゃ貧乏から抜け出せないよ。

根本的に勘違いされてるが、税金というのは消費を抑制するためにある

https://anond.hatelabo.jp/20240726003809

はてな民は、半端にMMTとか持ち上げる割に、税の効果を全く理解してアホなこと言うので呆れる。

税は「カネをとるため」にやっているわけではない。税は財源ではない。税は富裕層に財源を負担させて事業を行うシステムではない。

国家の財源が必要なら国債を発行すればいいだけだ。

何か公的事業を行いたいなら、刷ったカネを貧乏人に配るなり公務員給料にして事業を行うなりすればそれで終わり。

インフレ税は資産を豚積みしている人間が食らうのだから金持ちから「余っている」資本を召し上げて事業を行いたいという目的ならそれですむ。


では税とは何のためにある?インフレを抑止するため?それでは説明の半分にもなっていない。

税は、「やらせたくない行動を抑止するため」にある。

ぜいたく税はぜいたく品の消費を減らすために、たばこ税たばこの消費を減らすために。

所得税所得を減らすためにある。

民間投資所得課税すれば、民間投資が減る。

そして消費税は、消費を抑えるためにある。当たり前の話だ。

その結果として、財物への需要が低下してインフレが収まるのだ。

そしてその余った財物をもし公的セクターに使いたければ国債を発行して、財物民需ではなく国が使えるというわけだ。

金持ちが消費をしないで投資ばかりする?

それが真実なら金持ちに対して「消費を減らす」という消費税効果が強く出ているということだ。

一般に、消費税の消費抑制効果は、必須ではない消費が多い金持ちに強く働き、生活必需品に消費が偏る貧乏人には効果が薄い。

からこれが狙った効果であり、期待通り働いている。

金持ち自分個人的欲望のために消費するのではなく、抑えられているのだから

投資市場を経由し市場参加者のため効率的に使われるのだからブタ積みされているわけではない。

もしただ貯金しているだけならインフレ税で回収されるのだからそれでいい。

逆に消費税を減らしたら金持ちの消費が増える。それは金持ちのために財物や人的リソースがより多く費やされるということだ。

これを「金持ちのカネが減る」と喜ぶのはアホらしい。金持ち財物とカネを等価交換しているだけで何も減っていない。


もし家ごとの格差を減らしたいなら、相続税もっときつくかけたり、税の回避方法を減らしたりすればよい。

貧乏人にだけ特異的になにか財物を与えたいなら給付すればよい。

どちらも全く別の論点である

ともかく消費税金持ちの消費をより強く抑制するという効果は正しく発揮されている。

2024-08-17

奨学金の返済が終わる

9月で終わり

繰り上げはしないで20年返し続けた

おかけで貧乏人でも大学行けて、就職結婚マイホームと人並みの暮らしが出来ました

ありがとうございました

インプレゾンビにより兵器化される日本人

日本人Twitterばかりやるのでインプレゾンビ作成すると利益が出る。

まずTwitterリコメンデーションによりしょーーーーーーーもないポストばかりが出現し、怒りが渦巻いているのがほとんど多くのついったら〜への問題になっていないだろうか。

そこに加えてインプレゾンビの襲来によりぷんすかぽんすかと怒っているのが見受けられる。

そうした謎の怒りによって、ほとんど内紛のように日本人同士がしょーーーーーもない言い争いをしているのがTwitterという場所だ。

イーロンマスク全然これらに手をつけるつもりはないようだ。そもそも日本おもしろ文化に関心はあるようだが、彼は超自由主義者なので現状のことは「くそわろた」としか思っていないだろう。

だいたいTwitterにいる日本人はクソマジメすぎないだろうか。クソマジメでも頭がウルトラならまあいいが、彼らはクソマジメなわりになぜか頭がミニマムだ。

インプレゾンビと「このポストに怒った人はこんな人にも怒っています!」というレコメンドシステムという、ジャスティスシステムに脳を乗っ取られた日本人

彼らは「ジャスティス!」と叫んで、「リポスト!リポスト!リポスト!リポスト!」と怒る、いわば「ジャパニーズゾンビである

われわれはウォーキング・デッド世界に生きているのかもしれない。ジャパニーズゾンビ、言いにくいので「ニホンビー」にしよう。じゃっかん貧乏っぽいな。

ニホンビーたちはいわば日本を弱体化させる兵器のようなものだ。別にどこかの国がそうしようとしているとかではなく、自然とそうなってしまったように思える。

そこで、自分がニホンビーにならないため、ニホンビーになりたくない人たちのために、ニホンビーたちを追い払う呪文を教えよう。

それは「フラッシュ!」と唱えることである

さらにこれについて何か言われたら「ダブルフラッシュ!」と唱え、それでも言われたら「ラストフラッシュ!」と唱えながらブロックしよう。

われわれは兵器化されてはならない。くれぐれもご注意願いたい。

anond:20240817142352

このコメント言及してるやつら脳味噌ついてんのかな?

どう見てもいつまでも貧乏でいろって内容じゃないのに頭おかしすぎる

春日オワコンと思うのはむしろ健全

オードリー春日大阪ガチAD仕事番組化 テレビ裏側も暴露「あ、やはり」「反吐が出ますな」(笑)コメントあり】

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.oricon.co.jp/news/2340430/full/

ここに以下のブコメが付いている。

mengold むつみ荘住んでた春日はもういなくて、今やオードリーの二人は大富豪春日に関しては1000万以上する車を即金で買ってるんだよな。若林のウーバーバイトといい今や大金持ちの暇つぶしを見せられて庶民が喜んでるだけ

このブコメ批判殺到しているが、俺はこのmengoldは自分の元々の感性に正直で良いと思う。

まずmengoldの主張は、オードリーの儲け方が白々しくなったというだけで、彼らが貧乏のままでいろなどという嫌儲ではないだろう。

もともとオードリー貧乏境遇にあった事でその庶民的行動に説得力が出来、笑いが生まれた。

それが無くなった今もまだ庶民的行動で儲けようとしているその白々しさで笑えない。

昔は正直だったのに、今は嘘つきみたいなもんだから

そういう気持ちは分かるし、大切にしたほうが良いと思う。

そうじゃないと何を楽しんでるのか自分でも分からなくなるから

特に推しと呼んで人物特性ではなくそ人物自体に執着してしまうと、特性の変化に鈍感になってしまう。

オードリー自分の好ましい笑いを提供していることに惹かれたこと、それが無くなった今評価できるか。

そういう冷静な分析特に感性に訴えるコンテンツにおいては非常に重要だ。

それを失うと笑えと言われて笑う木偶人形に成り果てる。

あと嫌儲という言葉批判として使ってる人には気をつけた方が良いなとこの件で思った。

なぜならその意味での嫌儲をこじらせている人はほぼ存在しないか藁人形しかいから。

紙の本なんて1冊10万円になればいいよね

データで済むものをわざわざ紙で作って流通させるなんて無駄なことしてる

普通に考えて金持ちの娯楽だよね

庶民提供されるから貧乏から文句が出る

金持ちオーダーメイドで作る娯楽品にすれば解決

貧乏人はデータを読んでろ

これでいい

実家貧乏不安

お盆帰省してるんだけど実家貧乏すぎて不安になる

壊れたエアコンは何年も直せてないからこのクソ暑いのにクーラー無しで生活してるし、キッチン蛍光灯も壊れてるけど修理に3万もかかるからって放置してる

3万って放置する金額じゃなくない…?

自営業経営が上手くいってないんだと思うけど、もう両親も歳いってるから転職もそうそうできない

兄も働いてるけど給料安くて実家から出れてないし同居の祖母国民年金しかもらってない

兄が実家生活するにあたって、生活費を月にいくらか収めていて、

兄が就職したてだった数年前、親は「このお金は貯めておいて兄が結婚する時に渡してあげるんだ」と言っていた

あのお金いくら貯まったの?と昨日聞いたら「もう全部ないよ、使っちゃった」とのこと

数年前よりやっぱり財政状況悪化してるんだー、と思ってすごい不安なっちゃった

私は小さい頃から貧乏が嫌だったか勉強して学費免除国立大の院までいって大企業入ってそこそこの給料もらえてる

こないだ結婚したけど旦那も私より稼いでる

これでもう金への不安はないなと思ってたけど全然そんなことなかった

どうにもなんなくて自己破産とかしても普通生活ってできるのかな、とかこの夏休みそんなことばっかり検索して考えてしまった

いざって時にどうにか助けれるように貯金しようと思ったお盆でした。まあ自分の家庭が優先なんだけどさー

2024-08-16

妹と家出して数年が経った


注意;児童虐待の話が出てきます。苦手な人はご遠慮ください。


(本文です)

________________

どうしても書き留めておきたいと思った。昔の私のことを。

今は大学生から何もできないけど、いつか受け入れて消化できたらいいなって。

私にとっての父は、経済的な支えであり、飼い主であり、服従すべき存在だった。

私が初めてキスをした人で、初めてセックスをした人で、初めて妊娠した相手で、「性」に関するすべての始まり。そんな存在だった。

父は、私が小学校1年生の時に家にやってきた血の繋がりのない人だった。私は実の父を知らない。

最初子供好きな良い人だと思っていた。しばらくすると私に性的アプローチをするようになり、小4で母が亡くなると同時に、「同情」「母の代理」「妹の盾」といった役割を私に課して、少しずつ私を性玩具に作り替えていった。

父の命令には従順に従うことが求められた。朝は父に犯された後学校へ行き、夜は私を凌辱する父のために夕食を作り、妹が眠った後、父の相手をしてから私は床に就く日々を送った。

毎日というわけではありません

中3で私が他の男性の子妊娠してしまったあとは、殴る蹴るの暴行を受けた。まるで自分の所有物が汚されたみたいに、すごく怒っていた。

それからは、私がどんな男性相手もできると思ったのだろうか、父はときどき自分お仕事の仲間を連れてきて私に相手をさせ、小銭を稼いでいた。

それ以外にも、アルバイト先の先輩から暴行を受けた。幸い妊娠はしなかったけど、もう限界だと思った。私は高3の夏休みに、貯めたお金を持って、妹を連れて家を出た。

今は、普通大学生はしないであろう仕事風俗嬢)をして、妹を養っている。自立、は一応できているとは思う。

それでもまだ、私の心は父への服従心で満ちている。なぜこんな気持ちになるのだろう。自分でもわからないところがある。



思い出す必要はないのかもしれない。でも、思い出さずにいることもまた難しいので、心の整理のために書き留めておきたい。

お話の順序とか、私の気持ちとか、これからどうしたいとか、いろいろ混ざってしまうと思う。わかりにくかったらごめんなさい。

さっき、「父に性的虐待を受けていた」と書いてるけど、実を言うと、虐待だと私自身が認めたというか、受け入れたのは、父と関係を持ってしばらく経ってからのこと。

ハッキリ認識したのは、やっぱり身体的な暴力を受けた中3の冬頃から。その年の夏に先輩からレイプされて、妊娠したことに気付いた父が身体的な暴力をふるったあの日からだ。

それまでは、いけないことなのはわかっていたけど、それでもどこか仕方のないことだと思っていた。

経験のない人には理解できないかもしれないし、そもそもこの話自体が「嘘臭い」と言われそうだ。今書いていることもきっと、非現実的というか、理解できないことかもしれない。

私は実のところ、父を憎んでいない。これは結果ではなくて、現状「憎めない状態」といったほうが正解かもしれない。

もともと実父の存在すら全く不明で、本当のことを言うと、「父親」という存在感覚がわからない。見たこともないから。両親が仲良くしている家庭を見ると、とても不思議感覚になってしまう。

私がこうして「父」と書いてはいても、それは、それ以外に呼べる称号がないからだ。性的意味でいえば、25歳年上の愛人だったのかもしれない。

性的関係を条件に、生活費を出して養ってもらう。それだけの存在。つまるところ、私は7歳くらいかパパ活をしていたのかもしれない。



私と妹と母で生活していた時は、とても極貧だった。

母は身寄りもなく頼れる友達とかもいない感じ。元風俗嬢だったのは確かだ。

ちゃんとしたお店に勤めていたのか、それとももっとアングラな感じだったのかはわからない。

少なくとも、お金をたくさん稼いで貯金していたとかではない。本当に貧乏なお家だった。

なぜお金がなかったのかもよくわからない。けど、とにかくその日の食べ物も苦労していた。

子どもの頃って、どうしてこんなに苦しい生活なのか、なにもわからない。意識しようがないよね。

確かなのは、父が来てから普通暮らしができるようになったこと。

私は欲しいものもたくさん買ってもらえるようになり、行ったことのない場所にも連れていってもらえたので、父は楽しいことをたくさんくれる人だった。

しかすると、子どもながらにその対価を要求されたなら、応えないといけないと思ったのかもしれない。

それこそ、父親なら家族サービスをして当然かもしれないけど、私にとって父は本当の父ではなく、なにかを買ってもらったり、どこかへ連れていってもらったりしても、どこか「していただいている」感があった。そういう関係だった。交換しあう関係

そういう意味では、最初から最後まで、ずっと本当の”父親”としては受け入れてなかったのかも。

母が亡くなった後も、父はサービス精神旺盛な人であり続けた。私と妹と父の3人でいるときは、面倒見がよく、優しい父だった。外でもそうで、ご近所さんとのお付き合いもよく、「いいお父さんね」とよく言われた。

私や妹が体調を崩せば、しっかり看病をしたり、病院にも連れていってくれた。本当にお手本のような父だった。

ただ、ひとつ。私との性的関係要求してきたこと以外は。

思い返せば、母が存命の頃から、私の体を触ったり、舐めたりはあった。

それが性的虐待兆候だと言われればそうなのかもしれない。ただ、私はそう認識してなかった。

今思えば、血の繋がっていない低学年のあそこをじっくり見たり触ったりするのは異常だとわかるけど、当時は悪意の可能性すら頭に思い浮かばなかったし、優しい言葉を掛けながらそうしてきたので、父親というのはそういうものなのかと認識していた。

「小4のころから虐待」と書けるのは、母が亡くなった後の父の要求を「嫌だ」と感じ始めたのがそれからだったから。もちろん、もう少し前から「本当はダメことなんだ」という意識はあった。

いろいろ勉強もするし、心も成長するし、男女の違いも意識が芽生えてくるので。

でも、上記のとおり、父親と娘とはそういうものなのかと思っていた。誰かに話すこともしなかったし、話す必要があるとも思わなかったし、訂正してくれる人はいなかった。



私には疑問がある。

父は、一緒に暮らし始めて、「そういう気」を起こしたのか、元々私を狙っていたのか。

きっと、増田の人たちからすると、「そんなことはどうでもいい」と言われると思う。私のことなんて他人なんだし、父にされたことに変わりはなく、私が被害者なのも変わらないので。

ただ、私は父を憎めていないので、きっとこういう疑問が頭をよぎるんだと思う。

まり、一緒に暮らし始めてそういう気になってしまったのなら、私は心のどこかで父を許してしまいそうで、元々そういう気なら、父を悪者定義やすいのかも。

「いや、ただのレイプだよ」と言われるかもしれない。第三者から見ればそうだと思うし、実際そうなんだと思う。

でも、10年間も一緒にいた私にとって。人生の半分、一緒に生活して、子どもから大人になる時期に一番近くにいた男性は、私にとってなんなのか。どうしても浮かんでしまう。

母が亡くなってから最初の1年くらいは、手や口を使った行為で、さら半年も経つと、私は父の精液を飲むまでになっていた。

嫌だったかというと、嫌だった。でも、やらないといけないことだと思ってた。それが大人になることだと思ってた。

単にその行為がというのではなくて、「嫌だと思うことでもやらないといけないことがある」ということ。

具体的には、亡くなった母親の代わりに、私は嫌な事でもたいへんなことでも、家庭の平和のためにやらいないといけないって思ってた。

「誰かに相談すればよかったんじゃない?」って思う人もいるかもしれない。

でも、私は父と娘はそういうものだと思ってた。

おかしくない?」って感じるかもしれない。そう、おかしいよね。でも私は「父親とはなにか?」を知らなかった。生まれてずっといなかったので。「父から見て娘とはなにか」を知らなかった。

そういう意味では、冒頭で書いたように、私は彼を本当の意味で「父親」とは認識していなかったんだと思う。本当は性的関係を持つ男性しかなくて、でもそれを一緒に住んでいるという理由で「父親」だと定義していた。



いま私は、風俗世界で働いている。一応、自立してると言えるのかもしれない。

精液って、人それぞれに味が違う。体臭も違うし。私は父の味と匂いを今もはっきり覚えている。

そんな私でも、不意に処女を奪われたのはショックだった。

身体的な苦痛もあったけど、本能的に大切なものを壊されたと感じたし、あの日、あの夜は、もう普通女の子はいらなくなったと

いう実感が体中に広がった。

でも。そう感じるのは自分わがままからと思っていた。大切な妹がいたので。守ってあげないといけない。

私がイヤだと思うこと=私のワガママ。そうだと思った。私がイヤだという理由で、父のしてほしいことを拒絶するのは無責任だと思った。

今これを読んでる人からすると、意味不明だと思う。狂ってるか、下手な官能小説みたい思われるんだと思う。

でも、私にはそれが現実で、一番受け入れやす感覚だった。

処女ではなくなったその日から、7年間。父と関係を持たない週はなかった。

計算したら330週くらい。毎週毎週毎週毎週。何日も連続。朝晩繰り返し。そんな日もあった。

一番多いのは、夜寝る前。妹が寝てから。そういう日は、父からいろいろなサインがある。私たち言葉にしなくても通じ合っていた。

妹が寝てから、父の部屋に行って。たいていは人形オナホ扱い。でも、とき恋人のように扱われることもあった。愛しい娘として扱われることもあった。父のその日の気分次第で。

私は、どんな扱いを受ける日も、不満は言わず、父が人形を求めるならお人形になり、恋人を求めるなら恋人になり、お父さんが大好きな娘を求めるなら愛しい娘になった。

それが母がいない、この家族での私の役割で、誰にも言ってはいけないことで、私はそうやって父を愛すべきだとも思っていた。

学校に行く前にされることもあった。

妹には絵本を読んでてもらったり、タブレット動画を見てもらっていたり。行為のあと、何食わぬ顔で妹と一緒に集団登校の場所に行き、みんなと一緒に笑顔学校へ行く。

口の中で受け止めた日は、臭いが残っているので、マスクを付けた。中で受け止めた日は生理じゃないのにナプキンをつけて学校に行った。

父が仕事でいない日は、学校から帰ってすぐなんてこともあった。私の日常だった。



毎週毎週毎週毎週続いていると、だんだん心が麻痺してくる。

嫌だと感じないわけじゃないけど、学校でも普通に嫌な事や嬉しいことがあって。

心のエネルギーはそっちに使うので、ちゃんと応えさえすれば特に害のない父との行為は、なにかを感じるだけムダだという感覚になっていった。

同時にそれは、自尊心が壊れていたんだと思う。

中学校に上がる頃には、もうそういう感じだった。

からイジメられたんだとも思う。

そんな父も、私が学校で不当な扱いを受けたときとかは、味方になってくれる。

思春期から友達ともいろいろある。小学校高学年のときも、ちょっと数人を巻き込んだトラブルがあって、一方的に私が悪いってことにされてた(担任にも嫌われていたし)。

私が父に相談すると、父はかなり積極的担任と話をして、私の気持ちを代弁してくれたり、味方になってくれた。

正直言って、心強かった。私は父がいないと困る。生活面でもそうだけど、どこかで心強い存在でもあって。

これだけしてもらえるなら、私は私にできることで父を喜ばせないといけないとも思ってた。

ただ、中学に入ってからは、イジメられていることは打ち明けられずにいた。

それはきっと、主に性的イジメを受けていたからで、父に話すと父はイヤがるだろうと感じた。

中学生なんてまだ子どもだけど、男と女がどういうものか分かってきていた。

正直言って、学校でされていたことを打ち明けたら、父は私を汚物のように捨てると思った。

実際、中3で妊娠がバレたときは、殴る蹴るをされたわけだし……妊娠発覚後は、明らかに父の態度が変わった。

表向きは変わらない。妹と3人でいるときは、優しい楽しい面白い父だった。

でも、夜、私が相手をするとき。髪の毛を掴んでひっぱったり、お尻を強くたたいたり、頬を叩いたり、そういう感じになっていって。

回数も減った。その代わり、父の仕事の仲間の相手をさせられることが多くなった。最初抵抗していた。そうしたら、無理やりされて結局、行為時間が長くなる。痛いことだってあった。

でも、そのうちに抵抗しなくなると、今度は行為が早く終わるようになった。相手の思い通りにすると本当にすぐだった。

でも、そのうちに気が付いた。自分から相手気持ちよくしたり、かわいい子だと思えるような仕草をすると、早く終わるうえに、あの人たちが私にお小遣いをくれるようになった。それで、私や妹にとって必要ものを買えるようになった。

子どものうちから、そういうことに気が付けるようになったのは、いいことだったのか、悪いことだったのか今でもわからない。

その時、感じたことは2つ。

父が私を見なくなったことへの寂しさと、妹に矛先が向くことへの不安

後者はわかるけど、前者は自分でも意味の分からない感情だった。

でも、今思えば、今まで自分役割だって必死に応えてきた、そんな自分否定されるのがいやだったのかもしれない。

ただ、自尊心はすでに壊れていたんだろうし、なにかを正常に感じられていなかったのかも。まだよくわからない。

でも、この家にはいられないと思ったのは確かだ。



父はなんだったんだろう。

小さい子供だった私にとって、母を亡くした私たちにとっては、生きるために必要存在だった。

いびつではあったけど、愛情を感じることもたくさんあった。でもそれって、私が感じさせられていただけなんだろうか。

ただ、未だに元気でいて欲しいと思っている自分もいる。そして、それを気持ち悪く感じて、ものすごい力で否定しようとする自分もいる。

どっちが本当の自分か、どう感じるのが正しいのかも、未だわからない。

ただ一つ、私の「これは揺るぎない正解だ」と思えるのが、妹の幸せ。これだけだ。

もう私自身は、何をどう感じるのが正解なのかはわからないけど、妹が幸せなら全部それでいいんだと思える。

それでも。

繰り返し再生される父との濃厚な7年間の性生活は、私に「定義」を求めてくる。

「あれはなんだったの?」

って。

「私はこうだった」というのがふわふわしていて、それがいまだに自尊心回復できない原因なのかもしれないし。定義をしたらしたで、もっと自尊心ボロボロになるかもしれないし。

かといって、リアルで誰かに詳しく話す気にもなれないし……

ただ、時期がきたら妹にはすべて話してみようと思う。真剣に考えている。



最後にまた、父について思い返してみる。

改めて父について思い返すと、「自分の思い通りになることが第一の人」だった。

そして、外面が良く、口が上手く、口数が少なく、合理主義で、神経質で、顔が広く、用意周到で、倒錯的だった。

家庭内性的虐待というと、どこか乱暴イメージがあるかもしれないけど、私の場合基本的に「自分からする」ことを求められた。「しても・しなくてもいいけど、しなかったらどんなデメリットがあるか」をほのめかして、私が自分で「する」ことと選択するように仕向ける人だった。

いきなり、ハードなことは求めなかった。「本当はしたくないけど○○のためなら我慢してできる」を丁寧に積み重ねていき、気が付けば処女を奪われていた。

父がどんな仕事をしていたのか、詳しくは知らない。知りたいとも思わなかったので、尋ねたこともない。

ただ、月に何度か現金を渡され、それで3人分の食材を買ったり、トイレットペーパーや洗剤なんかも買っていた。

父は家事ほとんどしなかったし、母が亡くなったとき妹は5歳だったし、私が家事をやるしかなかった。

生前、母がいくつか基本的家事は教えてくれていたけど、やり方がわからないときスマホ検索したり、学校先生に聞いたりした。

とにかく、父の機嫌を損ねないよう、やるべきことをしっかりやり、なるべく嫌な思いをせずに、父を喜ばせる。そうすれば、妹にも私にも優しい父をキープできた。意外に思われるかもしれないけど、日常生活中は、いたって普通の会話をしていた。

から見れば、「お母さんが亡くなったけど、仲良く頑張っている親子」だったはずだ。こんな父だけど、割と欲しいものは買い与えてもらった。でも、それも「飼い慣らし」の手段だったのかもしれない。あるいはパパ活一種として。

すでに屈服状態だった私が家出を決意できたのは、思春期に入った妹を守りたい気持ちと、身体虐待による命の危険を感じたから。これが、私の父への関わり方。

父親はいてよかったのか? と訊かれると、どうなんだろう。

もしいなかったら、私と妹は孤児になっていたし、母ももっと早く亡くなっていたかもしれない。まがりなりにも経済的な支えではあったので、いなかったほうが幸せだったのか、いたから不幸だったのか。それはわからない。私はこの人生しか歩んだことがない。

「お母さんさえいてくれたら」と何度も思った。世の中が良い母親ばかりでないのを見ていると、そう単純な話ではないのかもしれないけど。

正直、「血の繋がりのある優しいお父さん」はファンタジーしかなく、理解できない存在だ。だからきっと、そうしたお父さんがいる人にとって、私の話は、逆にファンタジーに見えてしまうと思う。

いてよかったのかどうか、わたしにはわからない。

ひとつ確かなことは、私は父を憎んではいないということ。私にとって父は対等な存在ではなく、憎しみの対象にすらならないほど、不可侵存在だ。刺激したら爆発する爆弾を、憎んで叩き壊そうする人はいない。慎重に処理をすべき対象だ。



今は、私たちに関わることがないよう対策をして、遠く離れた場所に住んでいる。大学生の私と、高校生の妹の二人暮らしだ。

私が務めを果たし続ける限り、金輪際、父に会うこともないだろう。このことは、合理主義の父をよく知っているので、妙な信頼がある。

最後に、とりとめのない話を読んでいただき、ほんとうにありがとうございました。

anond:20240816142209

そこいうと、貧乏人がジモティー活用するのやばくね!?

最近だと自治体ジモティー使わせてるけどさ、ジモティー一回使うごとに税金1000円くらい撮った方がよいよね???

子供の頃に学習塾先生が繰り返し言ってたけど、この日本平等なのって受験勉強ぐらいなんだよね

受験勉強個人競技スポーツと似ていて、努力と結果が比例する可能性が高い

家が貧乏とか、容姿とか、生まれ持っての才能とか障害とか、そういう努力で変えられないものがある

それから学校卒業して社会に出ると、これまた努力と結果が比例しない世界に逆戻りしてしま

から学生とき受験勉強に励んで、できるだけ高い山へ登るのが大事なんだ

社会に出るときスキージャンプみたいなもので、高い山からジャンプするのか、低い山からジャンプするのか、

高い山からジャンプした方が高く、遠くへ飛べるようになる

から受験勉強とか詰め込み教育を悪だとか否定する学校教師とか信じるなって繰り返し言ってたんだよね

本当にそうだった

この日本社会に出ると、努力と結果は比例しなくなったよね…😟

今でも公立中学校教師はクソだったと思ってる

塾の講師の方が人生紆余曲折してきたり、塾が終わった後に塾経営のつらさみたいな話とか面白かった

公立中学校教師にはそういうのがないんだよな

竹刀持って校門に立ってるような体育教師も同じでさ、社会経験がないんだよな

社会経験がないまま教師になった人って、結局、学生の延長みたいなフワフワしたところがどこかあるし、

進学系の学習塾悪口ばかり言う割に、受験に役に立たないような、実戦に役立たないようなことばかりやるし、

そのくせ体罰あったり、俺も嫌がらせされたり、陰湿だったよね、大人のはずなのにね…😟

anond:20240815131517

宗教にはまるやつっていうのは、2種類おり、そのうちの良いほうにあたっているようだ。

彼らは善意を信じており、悪を信じてない。最初に教えられたことをそのまま信じちゃう人たちであり、暴力を知らず、謀略も知らず、善意から我々に教えられた教えを伝えてくる。宗教に属することでコミュニティ奉仕する喜びを感じており、そのことで人格は明るくなり、貧乏ながら(無能ではあるので金持ちはいない)充実した顔をしていたりする。

俺のような猜疑心にかたまりバカをコバカにするような、腐った魚のやる気のない目をした人種とは真逆

このパターンの人は、教えられている内容が単なる迷信とか嘘の中に入っているうちは、特に害がない。本人個人にはむしろ助けになったりするし、こっちから圧かければ追い払うのも簡単創価とか天理とか古めの新興宗教に多いね

 

もう一つのパターンのがやばく、そいつらは、他人が知らない教えを知っている自分のために宗教をやっていて、マウントとるために教えを説いてくるし、否定されたら暴れるんだよね。

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