はてなキーワード: 自動とは
先月足を骨折してしばらく歩けなかった。
それでもどうしても行かなければという買物に出かけた時、生まれて初めて車椅子を使った。
そこは大きなショッピングモールでベビーカーも多いし、バリアフリーも進んでいるんだろう。
そこで貸し出ししてくれた車椅子は想像していたよりずっと動かしやすかった。
押されなくてもひとりで動かせるし、なんなら座ったままで楽だし、これなら車椅子も悪くないなと思ったんだが、それはとても甘い考えだった。
いつも行ってるセレクトショップ。
ベビーカーは超えられる店の入口の段差も、車椅子は超えられない。押されてやっと超える段差、自動扉のこれっぽっちの段差が超えられないのか。
店の中はベビーカー対応していて通路は確保されてるからじっくり見ることはできても、車椅子で入れる試着室がない。
支払いをしようとしたら店員から「ここにカード差し込んで下さい」と言われたんだが、カウンターが高くて車椅子の目線からでは“ここ”がどこなのかが見えない。同行してくれた家族がカードリーダーを引き寄せてくれたから支払えたんだが。
衝撃だったよ。
イレギュラー対応できるように介助頼める人がいればOKだから。
それできないなら来るなってこと。
客扱いされてないんだっての、どこへ行ってもこんな感じで味わうんだろうな、車椅子のユーザーは。
と思った。
凹みつつも必要な買物を次々と済ませて、最後に寄った店でも「カードをこちらに差し込んでください」と言われた。
あーまた届かないよと思ったら、
たった5センチ。
前に押し出しただけ。
なんという神対応。
また買う、絶対買う
いつもより物分かりよくしてないとかさ。
なんでこんなとこにいるんだという目に耐えるとか。
そりゃ外に出なくなるなと思ったわ。
いろいろと反省したよ。
ATOK Passportを1年契約していた。
年間8000円弱だったと思う。
・変換のサポートをしてくれる。ごく普通レベルなので、一太郎でいいと思った。
・校正機能が使える。(これ目当てだったのに10回くらいしか使わなかった)
・リフレッシュナビ機能があり、仕事に集中しすぎると「お休みしませんか?」などポップアップが出る。
一度消すと、しばらくして小さめのポップアップで控えめに出てくる。いらんて。
で、この1月に「契約更新して来年も使ってくれますか?」とメールが届いた。
無視した。
なぜか仕事でピリピリすることが増えた。
・まず、ミスタッチが多い。これまではATOKが自動で修正してくれていたらしい。
・変換補助機能がなくなり、目的の漢字まで変換するためにスペースキーを連打する手間が増えた。
・仕事をたくさんしても誰も褒めてくれない。リフレッシュナビ機能がなくなったから。
まじでいらんと思ってたのに、あの声掛けがいつの間にか私の心を癒していたらしい。
で、また契約しようか悩んでる。
というか気付けばATOK Passportのことを考えている。
控えめで出来た嫁を失ったような感じだ。
今「高齢者の集団自決」とか「colabo問題」などあるが、この頃炎上させる気持ちも分からんでもないけど、その力を少しだけ救う方向に転換してみてはどうだろうと思っている
じゃぁその中にいる高齢者達をどう救うのか
「成田さんはよく『老人は自害』と言ってるじゃないですか?老人は実際日本から退散した方が良いと思うんですよ。老人が自動でいなくなるシステムはどうやって作ります?」
みたいなことを考えて、その答えにのっかるような発言をされた小学生とどう接していいのか
他の方向へ考えることの方が必要だとは思った。
ちなみにウィリアム・マッカスキルの『〈効果的な利他的主義〉宣言!善意活動への科学的アプローチ』は持っていて、物凄くさらっと読んで、日本赤十字社のトルコ・シリア地震救援金に5000円払い初めて自ら寄付というものをした。
しかしその後、このお金でビックマックいくつ食べれたんだろう…とかいう『シンドラーのリスト』の中のシンドラーが、私の心の中では反シンドラーという現象(誰かこの現象を上手く名付けてほしい)が起こっていた。
まぁ今はどんどん現状がひどくなっているようなので多分良かったんだろうと思っている。
他には献血とかも行った方がいいのかなとか考えてたりする。ただ針が怖いのでちょっと躊躇しているが。
やっぱ、グラフとかデータとかで貧困国の状況とか比較であらわせられても、自分に時間とお金に少し余裕がないとなかなか、行動するのは難しそうだし、まずやっぱり国内から救った方がいい思ってしまった。
多分分かってない部分がかなり多いので、あとでじっくり読んでみようとはしている。
この後の文章は
安楽死に対する考え
私の現在状況が書かれている。
興味のある方は読んで欲しい。
T4作戦を実行したナチスドイツの総統のヒトラーが現代にタイムスリップして世論を動かしていく『帰ってきたヒトラー』とか
実際歴史はあってるのかよく分からないけど、物語の中では軍の命令で、戦って手や足がなくなったり動けなくなったりした重症の人達に毒を飲ませたり、刃物で自決したりする、『激動の昭和史 沖縄決戦』
を見てたのでさすがに怖くなって、あなたに安楽死について考えてほしいなんて言われたくないし、どうせメディアも視聴率や再生回数のためにTVやネットで出してんだろうとは思う。
「colabo問題」はいろんなのが絡んでて実際よく分からんが、不正に税金使ったり、叩き合ってるイメージしかない。名誉棄損的なものが互いにあって、怖いし苛立ってるんだろうなとは時々思う。訴えたりするのも仕方がないのだろうが、その集めたお金で一体何人救えるのだろうとは思った。
安楽死については
カルト問題にちょっと興味をしめし始めた頃、『世界』の2022年の12月号を買ったのだが、ちょうど『安楽死を遂げるまで』や『安楽死を遂げた日本人』を執筆した宮下洋一氏のルポが載っていた。フランスの巨匠ゴダール監督の安楽死について書かれている。
安楽死容認国では今、「死にたいと」思わせる社会に潜む問題の解決よりも、その意図に反映に重点を置く傾向にある。それが「死ぬ権利」というものなのか。私の理解が彼らに追い付くには、まだ時間が足りないのかもしれない。
『PLAN75』とはちょっと違った目線から見る、もし現代自分の家族が安楽死を願ったら?というのがテーマで、主人公の父親が脳卒中で回復を少しずつしているのにも関わらず、死を願う。というのがあらすじ
終末期でなく、まだ生きる望みがあるならば?
「尊厳ある命」とは一体何なのか…。
とコメントしている
見た感想としては、まずこの親子関係複雑だし、抗うつ薬みたいなの飲んでるし、その精神的なものを回復できることはできなかったんだろうかと思った。何がどう回復なのかは分かってないのかもしれないが。やっぱ価値観が違うんだろう。
まだ自分の親は認知症でも脳卒中でもないし、今聞く勇気もない。
主人公の父親のようにあそこまで頑固でもないと思うし、病気になって回復してきたら少し気持ちが変わるかもしれない。
いろいろ考えると答えは出ない。
私の場合、おそらく個人の尊重を優先してと思いながら親の安楽死を願ったとしても、必ずどこかでは自分の介護の負担が出てきて楽になりたいとう気持ちがどこかには少なからずあると考える。
もし今、日本の政府が安楽死法案を出すとしたら、本当に苦しんでいる人には悪いとは思うけど、私は反対する。
今回の問題発言もそうだし、それに賛同する人達や、笑っている人達、や政治家たちの失言を見ると優生思想が強すぎると感じる。
私の現在状況
その時のB型事業所は、月曜日から金曜日10時~16時(昼休憩45分)で給料は平均して月1万5千円くらい。
今の給料は平均して月7万円くらい。
家賃は3万ほど出している。
今、年金は払っていない。
まだ私は親がいる分、生活は楽な方だとは思っている。
貯金は300万ほどある。
もう遅いのか、NISAとか考えた方がいいのだろうかと最近思う。
発症原因はあまり教えたくないので、ここには書かないことにする
普段、母親の部屋で洗濯物を取り入れて畳んでいるのだが机の上に、一冊の本がカバーを裏側にして置いてあった。
なんだろうと思い、カバーを取ったら『老いの品格』という本だった。
中の目次さっと見たら、良い老人であろう的な感じがした。
まぁ品格って書いてあるし、そうなんだろう。
これを見て思い出したのが、テレビでやっていた『月曜から夜ふかし』の"通りすぎる人全員に会釈するおばあちゃん”の回である。
ある女性がその行為を不思議がって調べてほしいと投稿した話なのだが、そのおばあちゃんの理由が感動というよりも、そこまでさせないといけない社会なんだなと思ったし、私たちもそういう風になるのかもしれないと少し怖くなってしまった。その理由は興味があれば調べてほしい。
私は母親とうまくいっておらず、会話はほとんどない。なので何を考えているのかよく分かっていないのだが、そんな感じでとりあえずこの本をkindleで買うことにした。そして最優先にこれを読もうと思う。
ついでに、映画『生きる LIVING』のパンフレットも置いてあった。
まぁ母親と話せば済む話なのだが。それができないのが私のダメなところである。
どこで働いているか判明されるかもしれないので、分かりにくく書くが、清掃作業をするととある消耗品が毎回なくなるのだが、それを注文するたびに一枚の絵ハガキが入っている。
その絵は私にとっては上手くはない。おそらく障害者が描いたであろうと思われる。
初めはその絵ハガキを清掃道具入れにためていた。捨てると罪悪感がある気がしたのもあったし、以前ここで障害者雇用として働いていた人がずっとそうしていたのもある。
その後一旦その清掃道具入れを整理してほしいと補助役の人に言われたので、このたまった絵ハガキはどうしようか相談し、申し訳ない感じもするが捨てようということになった。
それから少し経って、相変わらずその新しく入ってきたその消耗品の中には、絵ハガキが入っている。ふとなぜこの絵ハガキは入っているのだろうと疑問に思い、その意図は分かってはいないが、私としては「絵は描けます」というメッセージみたいなのを受け取った。
もしこれが、障害者でなく高齢者だったらどうなんだろうとか、通院している精神病院に、病にかかっている人が作った、よく分からないパズルとか、ちょっと凝った折り紙だったりとか展示されているのを見るとあれは一体何なんだろうと不思議だったが、これも実際意図は分からないが、この社会にいる存在を表しているのではないのかと思うようになった。
その後、私はこの上手くはない絵ハガキをなんとなく家に持って帰っていて、本当に何かの緊急事態が起こった場合以外は捨てずにためることにしている。
その消耗品の会社が分かった人は、変な人が絡むと嫌なので黙っていてほしい。
終わり
CD音源(自分で演奏したりアカペラで歌う以外の市販された音源)をネット配信する場合は原盤権や著作隣接権が必要
https://kai-you.net/article/40882
https://twitter.com/choroyama/status/1245366473536573441
原盤権の問題に関しては明言を避けている
https://twitter.com/choroyama/status/1245530322336239616
ContentIDで管理されているものの、原盤権等は各自で取らなければならない。
https://www.jasrac.or.jp/info/network/pickup/movie.html
ContentIDで管理されていること以外はYoutubeとほぼ同じ。
MOGRAの件を鑑みるに、原盤権まで許諾されているかは怪しい。
ドワンゴ側で原盤権の許諾を取っている楽曲の使用を許可されている。
これはCD音源を流してもOK(削除される可能性も言及されている)
https://license-search.nicovideo.jp/
https://info.nicovideo.jp/base/license_guideline.html
下記を読む限りはclusterもYoutubeやTwitchと同様みたい
個別に許可を取ればOK……だと思うが問い合わせ先が権利を持っているかは確認した方が良いと思う
結局許諾を取ることには変わりないので……
Youtubeなどを介さずなんちゃらCDNやなんちゃらChatとかを通してワールドに流すとしてもそれはネット経由の公衆送信になる
多くのDJができる箱(クラブとかDJブースつきのバーとか)はJASRACと包括的契約をしているので問題ない(金を取っても良い)
ブコメより
YouTubeの場合、Content IDで公開が許可されているものは著作隣接権もクリアしているはずです https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/kousou/digital_kentou_tf/dai3/siryou2.pdf
pdfの内容的に、「ContentIDはレコード会社が該当コンテンツの著作隣接権を保有していることを登録し、Youtube側が自動で参照できるシステム」と読める。
これは「ContentIDに登録されているコンテンツは著作隣接権が許諾されている」とは違うと思われる。
以下のように、ContentIDでブロックされなかった楽曲は許諾がとれているとみなしてDJ動画のアップロードを行っているが、
これは街中で手当たり次第に人を殴って逮捕されないラインを探ってるような感じがする(伝わる?)
https://note.com/eisukemizuguchi/n/n8308546bc224
コメントに書いてください
つうかもうネタ切れだっただろ。
昔からあるジャンルを丁寧に作ったタイプ以外は話題になるのローグライクとオープンワールドとマルチばっか。
もうとにかく「ランダムにする」「ステージを広くする」「多人数で対戦する」「複数のジャンルを混ぜる」でひたすら広げるしか無い。
金のある大手はとにかく昔あったようなゲームのプレイヤー数を家庭用ゲーム機4人対戦からインターネット100人対戦に変えてワンチャン狙ってばかりだし、金のないインディーはローグライクの名の下にランダム性に委ねていく。
たまーにADV方面で成功するゲームがあるけど、それもグラフィックが向上したことを表現に上手く組み込んでいるだけで、アイディアとして新しいわけじゃない。
技術の進歩による表現領域の拡大を利用して新しい体験を提供するというのはゲームというメディアの特性がバリバリで非常に好ましいが、その方向性もいよいよ煮詰まってきているというかこれ以上はもう本当にグラフィックとプレイヤー数とフィールドの広さとランダム要素の数を競うだけになってきていた。
そこにようやくAIがやってきた。
ただ、自動生成の量を競うだけなら今流行りの分野の延長にしかならず、これについては人間の側が調整してきた自動生成アルゴリズムと大きな違いが生み出せるのか怪しい部分がある。
単にランダム要素を盛るだけならば既存のゲームでもかなり研究が進んでいてAI分野の進歩を活かせるほどの幅があるのかが怪しい。
AIによって開発を助けることが出来たとしても、それがプレイヤーに新たな体験をもたらすかというと難しい。
低価格コスト帯のインディーズゲームやスケベゲームなんかでは強い武器になるかもしれないが、ビッグタイトルにおいて新要素として導入できるかというと疑問がある。
下手をすると単にグラフィックをドンドン進歩させていった歴史と同じように、ランダム要素を進歩させていくだけの退屈な進歩が待っているのではないか。
そんな不安を払拭するような画期的ゲームが出てきて欲しいものだ。
正直自分には今までにないゲームをどう作れば良いのかわからない。
こういうとき素人が真っ先に思いつくのが「自動生成を利用した対話型ADV」だが、それはもうシーマンで通った道だ。
1999年のゲームである。20世紀に通った道を改めて完成度を高めてなぞり直すのも悪くはないのだろうが、それがゲームの進歩を感じさせるかと言えばNOとなる。
なにか新しい動きが欲しい。
素人には思いつかないような。
電気ケトルがこわれた。お湯はわかせるのだが、沸騰してからスイッチが自動で切れなくなった
なので沸騰したら電源コードを抜くことで使い続けている
考えてみたらこの電気ケトルは5年以上前にドンキホーテで2000円くらいで買ったやつだ
これを年間300日以上、朝晩お湯を沸かし続けてきたわけだから、よく保ったものだと思う
お湯を沸かすたびに電源コードを抜くのは面倒であるし安全上の懸念もあるので新しいものを買うことにした
で電気屋に行くと、1万円以上する高い製品が並んでいる。電気ケトルはおよそイノベーションとはほど遠い製品だと思うのだが、なぜこれほど高いのか
ちなみに電気ケトルの性能をベンチマークするときはカップ一杯のお湯140mlを沸かすときにかかる時間で測るらしい
タイガーの60秒がそれに続く
ビックカメラのプライベートブランド製品は税込1780円とお安いが、沸騰時間は150秒と遅い
53秒を達成しているT-falの製品最安値が税込4150円であるから、沸騰時間1秒あたりの差に払う金額を計算すると、
24.4円多く払う毎に1秒だけ沸騰時間を短縮できることになる
買ってから5年間使い続けるとすると、1日あたり1.3円を追加してビックカメラの電気ケトルよりT-falを買うことで、人生の時間をどれだけ節約できるか
お湯を沸かすのが1日1回とすると
時間差97秒を365日で5年間なので
177025秒
2950分
2日
1日2回お湯を沸かすと
5年間で4日分
電気ケトルのベンチマークを見て、普段お湯を沸かすときこんな秒数の違いに気を配っていないので、少しだけ時短ができるものを高い値段を出して買うのはあほらしいと思っていたが、中長期的な視点で計算してみると、時間を節約する費用対効果が電気ケトルの場合は大きいと思ったため結局T-falを購入した