はてなキーワード: 切磋琢磨とは
朝、出社をしてメールチェックを行い、それから1時間以内で全く別の内容で4人の人に怒られた。
一人になった時、苦笑いした。
その中で、ある程度自分が切磋琢磨をして前向きになれる内容が何かあれば何とかなる気がしたのだが、バッサリ切られている様な感覚が否めない。
今日は偶然、手が空いていたので朝の状態では持ち作業はゼロだったので、それでもこなくそと、怒られた人に「何か作業ないですか?」と聞きに行ったら
大変疲れた顔をされて「ない」と答えてくれた。「コイツには頼めない」その顔が語っていた。
申し訳ない気持ちとか恥ずかしい気持ちとか、色んな感情がぐちゃぐちゃだった。
心底「こんな気持ちにさせて、すいません。」って言いたい。
無理に笑顔を作って「何かあったら声かけて下さい」と言うのがやっとだった。
自席に戻って、何とか仕事を作り出そうと今までの作業に抜けがないか探して粗がかなり見つかったので、それの修正をしていた。
自席は窓際で今日は寒く、自販機でホットティーを買って自席で暖まりながら飲んでいたら横の人から、物凄い剣幕で
「匂いがするものを自席に持ってくるな。非常識だ。」と怒られ土下座をする位の勢いで謝り、休憩室に逃げた。
休憩室で窓の景色を眺めながら、自分の情けなさを感じつつ自己改善案を考えるが、とにかく行動や作業に注意を払って頑張っていくしかない。
もうこんな生活が3ヶ月以上続いてる。正直、会社をそろそろ辞めたい。
いるべきじゃないと思ったりする。でも何も自己改善をせずに辞めるのは逃げている気がしてたまらない。
情けない。
自分が精神的に折れるか、職場の皆さんの堪忍袋の緒が切れるか。
さぁ、どっちだ。
情けない人間で、本当にすいません。本当にすいません。
…そして風邪を引いた。でも休めない。
純粋に質問なんだが
俺が知ってるガラケーゲームの開発者に上記二点を楽観視してる人がほとんどいないんだよね。
「今のうちにハイスペックなゲーム開発も経験しないと…」と焦っている人が大半で、例外的に一人だけ「稼ぐだけ稼いだらまた別の新しい商売を始めるさ」という人がいる程度。
いまの若者が著しい差別意識に基づく競争環境の中で生きていることは周知の事実。この社会的事実の
下で憲法14条は成り立つのだろうか。良識の問題として考えても、はなはだ怪しいものがある。これが成り立つと
いう意見の人はこう言うだろう。確かにいまの若者社会には様々な著しい差別がある。しかしそれはせいぜい学生
の間までだ。学生の間は色々な差別意識をもって切磋琢磨しても、社会に出ればみな平等になる。だから憲法14
条は成り立つのだ、と。しかし、これはあまりにご都合主義的な意見ではなかろうか。感受性豊かな若い時期に差別
意識を植え付けておいて、後でチャラにするから君たちは社会的に平等だ、などというのは、とても良識的とは思え
ない。やはり憲法14条は一生にわたって差別のないことが前提になっていると考えるべきである。これを考えると、
俺も横だが、男が女に嫉妬するつーのはあると思うよ
わりと高学歴な人たちが集まる職場では、女性の能力が男性より優れているケース(実務、管理能力とか全て)がよくあり、
こうした場合、男としては能力に嫉妬しながらも(多くの場合、語学力、上司からの覚えのめでたさだと思う)、
女性として征服したい欲望に悩まされる結果、「女性」としての面での噂を欲しがるようになる。
ま、更に上の世界に行けば、男女の能力なんて総じておんなじもんしょ、切磋琢磨しなきゃね、
ただ、一定の性差はあるから重いものは持つよってなるんだけどね。
(ここで、断っちゃう女性は実はそこまで仕事できない。出来る人は「女性」って面を使ってくる)
変にプライドが高く、男の方がなんだかんだで仕事が出来ると思い込んでいる男が多いのは確か。
誤記すいませんでした。
ちょっと気の利いたアニメならキャスティングに下手糞なんか一人も居ないわけじゃないですか。
新人ばっかり使っててもみんな上手い。
アイドルじゃねえんだぞ、ケッ! とか言いたくなるけど
圧倒的にみんな上手いからそういう批判が当たらない。
みんながめんまに気づくとこから泣き出すとこまで本当に上手かった。
あれも芸暦そんなに長くない若手声優だらけでした。
しかしこれだけみんな上手くても
数年で消えてしまう人もまたすごく多い。らしい。
その上澄みだけでもものすごい量なので、
若手声優の足場が固まる前に更に若い声優に押しのけられてしまう。のだそうだ。
下手糞もいない上手い人だらけのアニメを見て
「すばらしい!」とか言ってりゃいいけど
声優やってる人達は一部の成功者を除いてとんでもなく過酷なんじゃないでしょうか。
どうなの?
ある意味アニメーターとかより酷そう。アニメーターは仕事自体は尽きないし。
3年前にアイドル声優として人気を博してた若くて可愛い女性声優で
今も同じぐらいに売れてる人って何人もいないんですよね。
たまに、ブログ主のドヤ顔が垣間見える記事が、アクセスアップの方法。
まー、でも共通しているよねということで取り上げていきます。
ブログを開設して20日で月間10万PVを超えるために私がやった11個の行動と2つの決意
http://n1kumeet5.com/2011/08/100000pv/
つまり、協力ブックマークをしない人が、人気ブログになるパターンはまずない。
もう一度言うけれど、99%ね。
仲間で、きゃふきゃふ言いながら3ブクマか、或いは5ブクマする。
これで新着に載って、ライフハック系かIT系の釣りタイトルだったら、簡単にブックマークされる。
いずれにせよ、内容自体はその辺の小学生でも出来るまとめ作業。むしろ、小学生のほうが発想がある。
よくあるのは書評、そしてまとめ系。だから、この2点で有名になったブロガーは、恐ろしく能力が低い。
いずれにせよ、〇〇日で月間アクセス〇〇万PVを達成した私の方法、みたいな記事を書く人は、
100%協力ブクマをやっている。むしろ、何でわざわざスパム行為のような告白をするのかも謎。黙っていれば良いのにね。
要は、ブクマ友達を作れば、誰だって達成できることなので、どちらかと言えば恥ずかしいこと。
で、アクセスアップの99%は書き終えたので、次に残り1%を箇条書きで書いていく。
あとは、そんな感じ。よくあるよね。
あ、以下は別人が書いたんだけれど、丁度良いから貼っておく。
最近目にした「ブログのアクセス◯倍アップした私の方法」的エントリ
http://anond.hatelabo.jp/20110825180047
もう一度言うと、「〇〇日で月間アクセス〇〇万PVを達成した方法」の
だから、逆に言うと、よくあるようなライフハックやITのまとめ系以外で、アクセスを増やして有名になった人は凄い。
G.A.W.の方とかね。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/
例えば、この記事。「金曜日の夜、24時間営業スーパーの駐車場にて」
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110827/1314393767
見てみろよ、この人気取るぞー!っていう気迫が全く感じられれない様を。
このような方が、滅多にいない貴重種。
整理 ムダなものを捨てること
整頓 必要なものを必要な場所に置く
清掃 拭き 掃き 清めること
清潔 衛生的であること
躾 礼儀正しいこと
作法 行儀の良いこと
清楚 飾り気がなくて美しいこと
素直 注意や忠告を受け入れること
親切 困っている人を助けること
誠実 嘘や誤魔化しのないこと
信用 間違えのないこと
真剣 命がけで行うこと
辛抱 向上心を持ち続けること
スピード すぐに実行すること
センス 磨けば光る
率先垂範 上司がやって部下に見せること
切磋琢磨 競いあうこと
創意工夫 独創的な考え、新工夫
「お客様は神様ではない」と言い切る会社が顧客満足度日本一というのが面白い。
でも、そんなふうに考えていては、真の顧客満足なんて達成できません。
私たちはお客様を弱者であると考えます。弱者だから言いたいことを常に言えるとは限らない。
お客様は、商品なんて見ていない。当社のお客様におこなったアンケートでは、
商品を買って頂いた人のうち、商品に魅力があったからというお客様は40%なんです。残りは接客や社員の良さを評価してくれているんです
本当にいい奴で、よく一緒に酒も飲むし、研究や学業も切磋琢磨できるすごい大事な親友だ。
親友は僕と遊ぶ時、よく彼女を連れてきていた。だから、彼女と僕はお互いどういう人かはよく知っている。
親友が彼女を僕と遊ぶ時に連れてきていたのは、僕が彼女に対して無害であるということと、一番中のいい友達を知って欲しいという気持ちからみたいだった。
ところが、しばらくして、小さな喧嘩をしているのを見るようになったので、たまに仲裁に入ったりしていた。
それは、親友から相談されてそう言う立場になったのだが、、、、、
ある時、親友からだけでなく、彼女の方からも相談されるようになってきた。
話を聞いてると、健気で何となく共感してしまう事が多くなり、親友に対して、彼女から聞いた話の方を持つ意見を多くするようになってしまった。
この時、既に彼女を好きになりかけていたのかもしれない。
当時はそんなつもりはなく、話を聞いた上で自分で判断していたと思うんだけど。
で、最近本当に別れるみたいな話が出てきた。
彼女は今回も僕に相談してきて、その決心がついたと言ってきた。で、難しい時には力を貸して欲しいって。
電話で彼女に、次に好きになるなら増田さんみたいな人がいい。って言ってくれて、正直嬉しかった。
付き合いたいし、告白したいって思うんだけど、これって親友との友情ぶち壊すんじゃないかってすごく怖い。
親友とは本当にいい関係なんだけど、ここしばらく、あまり一緒に酒も飲まないし、遊んだりもしてない。
おそらくこの彼女が僕に相談しているのを知っていて、僕が彼女の方を持つのも何となくわかっているからだろうと思う。
で、そんな状況で、僕が彼女に告白したら、親友とのつながりがぶっつぶれちゃうんじゃないかってすっごく怖い。
(そもそも彼女が僕の告白を了承して食える保証もないんだけど、、、)
親友とはこれからもいい関係でいたい。彼女には気持ちを伝えたい。
どうすりゃいいかなぁ。僕には何をどうすればいいのかさっぱりわからないよ。
某兄弟がいうように、何かを得るためにはその対価を払わないといけなくて、何か犠牲にしなきゃいけないんだろうか。
(払っても等価交換されない可能性があるけどね。)
20ミリシーベルト問題だが、実は放射線医学専門家は引き下げを主張したが、
文部科学省側が20ミリシーベルト維持を押し切った、という未確認情報がある。
真相は未確認だが、私見では「さもありなん」という気がする。
より深刻なんじゃないか、と思う。
「自分たちが気付きあげた教育メソッドこそ最高」と固執して方針転換が遅れたり、
他学会から「教育界の常識を否定」された際にも直視しなかったりする。
例えば「教室の天井高は高ければ高いほうがいい」と教育界では信じられてきて、
文部官僚は地方自治体から申請あった「天井高の規制緩和」をかたくなに拒否してきたが、
しぶしぶ埼玉県で認めたところ、「かえって天井高が低くした方が、児童は心理的に落ち着く」という
あるいは「教育効果を上げるには少人数教室が最善」と教育関係者(文部官僚も日教組も)は主張し続けているが、
経済学者から「少人数教室にすると、トップ層が切磋琢磨しなくなり、かえって全体の平均学力は落ちる」と
今回の件についても、文部官僚は「屋外での体育活動が重要」とか
「子を疎開させて親と別離することは精神的に問題」という「もっともらしい理由」で
「できるのであれば20ミリシーベルトを貫いて、中通りで極力平常どおりの教育をしたい」という思惑を貫こうとしている。
彼らは「体育活動が重要」「親子のコミュニケーションが重要」という「従来からの教育メソッドの固執」という発想しかできない。
緊急時には、それこそ体育授業の1年間停止とか学童疎開という非常手段も求められるのに、
そういう「従来の延長線上からかけ離れた措置」を文部官僚は非常に嫌がる。
前例踏襲主義、という点では、文部科学省、もっと言えば旧文部省こそ、「官僚の中の官僚」である。
福島の児童の不幸は、官僚の中の官僚に学校運営権を牛耳られたことである。
家庭用ソーラーシステムの普及が急務だ。
ソーラーシステムを取り入れていた家庭がどれだけ優雅だったかを広めなくてはならん。
蓄電池や給湯システムの活用で、雨や曇りの日も問題なく
電力を賄えるようになってきていることを広めなくてはならん。
電線は景観を壊す。電線は切れると危険である。電線は貧民街の景色になっていくだろう。
また計画停電のために営業自粛や営業停止に追い込まれた製造業も大損害を被っているだろう。
工場は電力会社にとって大口のお客様だが、もう東電を信用できなくなっているはずだ。
今回の損害から、自前の発電設備を整えてリスク管理をする必要性を学んで欲しい。
家庭用ソーラーシステムは電力会社のようなインフラと違い、民間企業に平等に門戸が開かれている。
各企業切磋琢磨してすばらしいソーラーシステムを開発して欲しい。
何が地デジだ、アホらしい。ソーラーシステムこそ一番力を入れて開発されるべきだし、
需要が高まるべきものなのに。
そしてそれによって東電の資金源が壊滅し、株主が大打撃を受けることを望む。
東電の幹部も大量の自社株を持っているだろう。損しろ糞ども。
福島産や茨城産の食品が出荷停止になり致命的な打撃を受けているという。
(原発反対団体のようなキチガイは昔から居た。それでも新しい原発を建設してきた。
今の東電幹部が老朽化の進む福島第一を廃炉にし新しい原発を建設しなかったのは純粋な怠慢である。)
潰れるまで保障しろ。
まず、高学歴は勉強ばっかというイメージがあるが、それは妄想。すべてに全力。
基本的に高学歴になるほどリベラル思考になり、多様性を尊重するようになるので、相手を事細かに罵倒しない。
低学歴の場合、2ちゃんレベルの罵倒は日常茶飯事。意味がわからなくても罵倒。すごいとわかってても罵倒。ただの足引っ張り。
高学歴の場合、コンサル風に、問題点の指摘と同時に、自分なりの解決策を呈示する(できる)傾向にある。互いに高め合う、切磋琢磨の精神が生きている。
こういう場合、高学歴、低学歴になった家庭の環境が最も大きい。高学歴の家庭が高収入の傾向を示すのは、親が賢いだけでなく、子供の教育に関してまで、一子相伝、世襲される。すなわち、良い教育が代々続くので、一発屋高学歴とはあらゆる面で雲泥の差となる。もう世界が違うといったほうがいい。5件に1件は原色魚類図鑑があるような家庭ばかり。
あと、母親が高学歴であるかどうか、というのはとても大きい。母親が半端な、あるいは低学歴だと、子供を急かして高学歴にさせようとして、せっかくの才能の芽を母親自ら潰してしまうこともままある。
低学歴だからといってばかにする必要はない。趣味が高じた成功者は低学歴にもゴマンといる。ただし、その裏に多くの犠牲があってのものなのだから、おいそれと他人にすすめるわけにもいかない。
ゴクゴク普通な生活をしたいなら、学歴が高いほうがいい。日本はまだ努力しただけ報われる伸び代は保障されている国だ。ネガティブなことばかりを主張する人に呑み込まれず、努力すればいい。その結果は君の学歴が保証してくれる。
→なんで元増田は呼吸するの?
別に「生きるため!」じゃなくて、無意識だよね。
それと同じ。
→しまってあるもの>>>>>表に出す物だよ。
描きたいものを表に出せない・出さない事も多いよ
表に出す人は何を求めてるの?
元増田も無地無色の服ばかりじゃ嫌でしょ?
2:自分の絵を好きだと言ってもらえているので、そういう人の為に
3:「表に出す」という目的意識を持って描く絵と、無意識の絵は違う
違う楽しみのために描いて、出す
何か言ってもらえると嬉しいけど、感動だの絶賛だのって正直軽い感じがする。
ひとつの作品についてものすごい掘り下げた感想もらった時は嬉しいよりビビった。
別に絵を描くことに対して切磋琢磨してないから出会いは要らない。
何が起こるかわからない感じを味わいたいの?
→絵を描くことも、それを表に出すことも
想定以上の事なんてまずないけど…
絵を描く上で「何が起こるか…」なんてありえん。
逆にどこまで形にできるか、表現力とテクニックの積み重ね。
絶賛の末ストーカーされた事は「何がおきるか分からない」だったけど
一度経験すれば「そういう人いるよね」で終わる
他に何かある?
→金儲けとか、認められたい!って欲望がある人から
「歌を歌う」だって風呂の鼻歌からホールで発表する事まで色々あるけど
それと同じだと思うよ。
紙と筆記具さえあれば誰でもできるしね。
二十代後半エンジニア。
社内では評価されているようで、それなりに責任ある仕事をそれなりに広く任されている。
まあ、会社の規模が小さいからというのもあるけれど、おかげでいろいろな経験を積めている、と思う。
これはすごくよい点だと思っている。
だがしかし、近頃どうにもこの環境から出たいという気持ちが頭をもたげてきている。
この業界の例に漏れず、プライベートの時間がかなり少ない(ウチはマシな方と聞くが、まあ社畜まっしぐら)。
新しいもの、面白いもの(どちらも仕事に関連しないものを服務)に触れる機会は減ってしまうし、同僚のレベルも低いので切磋琢磨も難しい。
さらには、過去のダメなプロダクトに悪い意味で慣れてしまってきている。
このままいくと、感性が失われ、創造する力がこれ以上伸びていかないのではないかと危惧している。視野も狭い人間になってしまいそうだ。
まあ、忙しかろうが収入が十分だったら「稼ぐ手段」と割り切ることもできるだろうが、そうでもない。
楽しかったり使命感を感じていれば、熱中・没頭できるかもしれないが、それもない。
「なぜ忙しいのか、その原因を取り除く努力はできないか」とも考えたが、容易ではなさそうだ。
はっきりいって、組織に体力がない。まともに自分の仕事をふれる人がいないのだ。
自分が時間を多く割いてあれもこれも担わないと、利益が出せるだけのペースで回っていかない。
企画と管理と設計と実装と運用を同時にやれって無茶ぶりだぜ、おい。
だから結局、地道に人を育てていくしかないんだと思う。
これはこれで意味のあることだと思うし、自分が組織を強くしたんだっていうのは大きな成果だとも思う。
そんな気の長いこと言っていたらあっという間にそれなりの年齢になってしまう。
というか、人生自体一回きりじゃねーか、と。
ただ問題なのは、転職、あるいは独立してその先にやりたいことがないということ。
それに、もしかしたらこれは現状から逃げてるだけなんじゃないかということ。
自分は、今の自分とこれからの自分をどう見て、どう考えたらいいんだろう?
今の会社は、嫌いじゃありません。
同期のプログラマーとあーだこーだ言いながら、
自分が未熟だと自覚しながら、
同僚にも恵まれ、多くの友人ができました。
時が立つに連れ、会社の待遇が悪いせいか、ひとり、ふたりと抜け、
同僚がポツポツといなくなっていき、だんだん会社から活気がなくなっていきました。
社内の空気も悪くなりと、だんだんと居心地の悪い会社になっていきましたが、
同期の仲間とプログラムができれば、それでいいや!
と思い、今まで働いてきました。
ある日、会社のレベルにそぐわない、大きな仕事がやってきました。
それと同時期に、ブラックすぎる会社への不満を上司にぶちまけ、
労基とかなにそれ!法律の話とかしらんし、黙って働けみたいなことを言われたそうです。
同期で入った4人のプログラマーの内2人が去ってしまいました。
あと一人も、内定をもらっており、12月には去る予定です。(声のかわいい女の子です)
自分にとって、かつては楽しい職場でしたが、今はあまり楽しくないです。
やる気だけは負けないよう、切磋琢磨しながら、
わざわざ「軍事力は必要」と言ったのにあまり意味がなかったみたいですね…ううむ。
例え話をしたほうがいいでしょうか。
中国と互角の軍事力を、未来に日本が持てたということにしましょう。
(もてるわけがないとしたなら、不可能な話をしているというわけですから意味がありませんし…)
また、何か戦争になったとして、不思議なことにまったく互角の結果になるということにします。
増田が望んでいるのは、そういう日本のはずです。または、それを上回る軍事力を持った日本、でしょうか。
そして、軍事力以外は今とほとんど変らない状況だとしましょう。
その時、日本は他国を見て、どうあるべきなのか。
それでいいの?という話をしているのです。
俺にしたって、自衛隊の人間でもありませんただの一般人ですから、軍事の話をされても実際にやれることなんて大したことはありません。
貴方がどんな仕事についているのかは知りません。もしかしたら、日本一の技術力のある会社にいるかもしれません。
それでも満足せずに、兜の緒を締めて他会社に油断しないように切磋琢磨していく、そういう考え方が必要のはず。
それを、敵会社だからと分析もしない、または一点しか見ていないようでは生き残れないじゃありませんか。
そういう話をしていたのです。
やっぱりそうじゃないか。どう見ても。君はお気に召さないし傷つくかもしれないけれど、それ以外に答えようがない。
この言葉一つで説明がつく「君と俺とでは立場が違う」だだそれだけ。
そもそも立場が違うんだから、君の基準で同列に俺を批判されても、話にならないよ、としか答えようがない。俺は一番最初からそう断っているんだから。
だからこっから先は蛇足の返答となる。
まずアタシの基本的な考え方から。アンタはいろいろ言葉を尽くして語るのが好きっぽいけど、アタシはなるべく簡単に短い言葉で伝えるのが好き。
好きとか嫌いとか、君はあるかもしれないけれど俺にはない。俺はただ自分の言葉が出来うる限り正確に相手に伝わるように努めているだけ。もちろん可能な限り言葉を尽くしたとこで100%正確に伝わるとは思ってない。だけど、君の言葉は短くて簡単な分、今回の俺のように何が言いたいのかさっぱりわからない。察してくれというけれど、何をどう察するのかもわからない。だからこんなに何度もやりとりを重ねることになった。伝わらない言葉は、伝える意思がないのと変わらない。伝える意思がないなら初めから何も言わない方がいい。誤解を生むだけ。ただ、本当に伝える意思がなければ、こう何度もやりとりはしなかっただろうけど、それなら、俺だったら最初から伝わるように努力する。それだけ。
最初にアンタが一番知りたがってたことに答える。
俺が知りたいんじゃなくて、君が察して欲しいんだろ?そのために必要なのは、何を察するか、だろ?ちなみに俺が聞いているのはそれだけじゃない。エントリーのどの部分に対してどう怒っているのか?何故怒っているのか?何故君が怒ることがあるのか?何故君が俺に対して怒る立場であるのか?生きる事の何が大変なのか?何故傷ついているのか?何に傷ついたのか?どこに傷ついたのか?どう傷ついたのか?それは本当に、俺のせいなのか?具体的に。貼っただけだから既に答えている事も含まれているけど、別に無理に答えなくていい。そのかわり、それ相応にしか察する事は出来ない。俺は神でも超能力者でもないから。
ふつうの人が望むようなことはほとんど何も求めてない。アタシはただ「ごくありきたりに生きる」ことを切実に求めてる。
なにこれ、どう違うの?俺が言ってるただ生きるだけと、君の言うごくありきたりに生きる事には大きく隔たりがあると思うよ。精神面なのか、肉体面なのか、それだけでも大きく違う。確かに、肉体的に言えば、俺はごくありきたりに生きている。それが無い人に、俺は満たされていると言われてもそれはしょうがない。何とも答えようがない。「ごくありきたりに生きる」ってどういうことだ?精神的な意味で言えば、俺はごくありきたりに生きる事も求めてない。それがどういう事かというと、「普通の人が思い描くような幸せ」ではなく、普通の人が普通に生きていれば得られるような「喜び」「楽しみ」も求めていない、望んでいない、得る事は出来ないということ。だから君がもしそれを望んでいて、得ようと思うなら、その努力は俺より必要だと思うし、その分生きるのは大変で負荷もかかってくる。そのおかげで君が俺に比べて生きるのが大変だとしたら、それは君が幸福を望んだから、という事になる。俺は望んでいない。当然幸福を得るための努力も不要だし負荷も少ない。
いや、優しさや思いやりが足りないと言うべきか。アタシはアンタに「差別された」とは言わないけれど、「無神経で思いやりのない言葉に何度も傷つけられた」とは言っておく。それと、この文章は要約すると「俺と立場の違う人間のことなんか知ったことじゃない。俺には関係ない」ということでしかないと思う。もうちょっと言葉を慎重に選んだ方がいいよ。
俺が、俺の事を話すのに、誰に優しくするんだ?特定の誰かに対してその人の事を話すなら、優しさや思いやりを持って、というのはわかるが、自分で自分の事を言ってるだけなんだけど?俺は君の話なんか何もしてないよ?それとも自分の話をする際に、俺が知らない、誰ともわからない、俺と違う人間の立場の他人の話も混ぜろって言いたいのか?出来るわけがない。何のために?なんでそこまでしないといけない?自分の話をするだけなのに?俺は飽くまで自分の話しかしてないし、する気もない。そもそも違う立場の心情なんてわからないし、俺が言いたい事でもない。君が言うように、俺の知った事じゃないし関係ない。少なくとも俺が自分の話をする上では。当たり前だろ?
アタシはアンタが悩んでないとも辛くないとも思ってないし、人の苦しみを代弁してるなんて思ってない。ただこの一文からアンタに「切実な」悩みや辛さがあるようには、どうしても思えない。
俺は悩んでもないし、辛くもないよ。
アタシがアンタに「察しろ」なんて言うのはおかしいけど、いい加減察してよ。もうどうでもいいから、アタシは早くこのやり取りを終わらせたいんだよ。
放置すれば終わるよ。今回やったように、他も全部削除してしまえばそれはそれで終わるよ。俺は何も強要していない。それは君が判断することだ。子供みたいな事は言わないで欲しい。
君は興味ないと思うけど、少しは俺の話も混ぜておこうか?自分ばかり何か言わされた気になられても困るから。なってないかもしれないけど。
俺は別に、今生きる事に辛さや悩みは抱えていない。それが、君が俺に対して真剣に生きていないだとか、楽をしているとか、なめているとかそう感じた発端ではなかろうか。
でも俺はその代わりに、というよりは、それと同時に、楽しみや喜び、生活感、生き甲斐、充実感、満足感、それらも抱えていない。そういうのは俺にはほとんど感じられないみたいだ。
だから、俺はただ生きているだけ、という表現を使った。俺は辛さや悩みはないし、不満もないが、この生活に疲れを感じている。だから、生きる事に対して積極的でもない。
俺が今何の悩みも辛さもなく生きているのは、簡単に言えば大人になったから、自分をそう仕向ける事が出来るようになった。
子供の頃からそうではなかったから、俺は幼い頃から如何に苦痛を取り除くか、それだけをずっと考えて生きてきた。ただ、生命を維持するためだけに。
そして、君がぬるいと感じるように、それだけで生命の維持が覆されるような苦痛や恐怖も味わっていない。戦争や飢餓、そこまでいかなくても
病気や障害、事故や事件、いじめや生活苦といったものも、それに該当するだろう。だから、俺にとってこのただ生きるだけ生活は、今はそれはほど難しくはない。
必死で生きている人からして、俺は楽している、と言われても、間違ってはいない。俺は何も求めていないから、その分活動が少ない。ただ、真剣に向き合っていない、と言われたらそれは違う。真剣に向き合った結果、俺は自分を維持するために「如何に楽をするか」、「如何に苦痛を取り除くか」、それだけが生存の手段であり目的になっている。そのためだけに生きている。君がどういう意味で「真剣に向き合う」という言葉を使っているのかは知らないけれど、傷ついて、倒れて、恨んで、憎しんで、喜んで、這い上がって、頑張って、やり遂げて、切磋琢磨して、殺し合って、助け合って、そういう抑揚のある生き方は俺には出来なかった。残るのは痛みと傷だけで、あまりにも割に合わなかった。生命の維持に関わる事だった。だから、可能な限り避けようと努力してきた。それでも波はあったが、運良く大きな波にはぶつかっていない。今のところ生命の維持は出来ている。特に大人になってからは、自分が揺らぐ事も少なくなった。今後どうなるかはわからないが。俺はこの人生が辛いとも苦しいとも、楽しいとも嬉しいともなんとも思っていない。ただ生きているだけ、ただ時間が過ぎるだけだ。
以上が俺の甘えた生活だけど、君から見てこれがどう写ろうが、それは君の基準から見たらそうなんだろうとしか言えない。君の人生ではなく、俺の人生なのだから、それを甘えていると言われても、どうしようもない。そして、何度でも言うけれど、俺は自分の生き方を書き綴っただけに過ぎなくて、誰も批判はしていない。俺を侮辱した!とか言ってくる人が出てきても、してないよ、君の事なんて触れてもいないよ、としか言いようがない。それで傷ついたなどと言われても、俺にはどうする事も出来ない。生きるのも死ぬのも簡単じゃないと言われても、それは君の人生だ。君の人生について俺は一言も話していない。
学生時代、わたしが体験して「何だかなあ」と思った話。
創作系サークルに所属していてお互いの作品をみんなでわいわいと品評しあっていた。
その頃のわたしは今よりも真面目に上昇志向があって、
このサークルで切磋琢磨させてもらおうという気持ちで所属を決めた。
そして、せっせと作品を作ってみんなに見てもらっては、意見を参考にしていた。
その努力が実ったのか本当に些細な「結果」を得ることができた。
嬉しくてみんなに発表したら、それ以来わたしへの態度が変わった。
不思議なことに嫉妬を顕にする人ほど、真面目に作品を作っていなかった。
嫉妬からわたしを突き放す人。羨望からわたしと距離を取る人。
どっちにしろ、わたしには仲間がいなくなった。
そのうちにわたしはサークルに行かなくなって、
ネットで知り合った人と大学じゃない場所で会うようになっていた。
きっと誰からも落ちこぼれずに、誰にも抜きん出ずに
国民?
議員?
総理大臣?
文科省?
日教組?
そんな大きな話じゃない?
親の教育?
いやいや、全部違いますよね。わかってますって。
本人のせいでしょう。
ゆとり教育に甘んじて切磋琢磨しなかった本人が一番悪いんです。
生まれたときは、ベースはみんな同じなんです。
とんでもない不遇で生まれても、血の滲むような努力をした結果、上に上り詰めた人なんて数多居ます。
何故上と下があるか、それは頑張れば上に行き、頑張らなければ、そこから動かないからです。
下にいる人は落ちたのではありません。動かなかったのです。ただそれだけです。
日本は豊かな国です。死ぬ気で努力すれば大抵のことはできます。
ゆとりに聞けば分かるでしょう。彼らは努力をしたことがないはずです。
本当に努力をしたのならば、その結果は学歴や資格などに表れてきます。
「貧乏でお金がないから、高校時代はバイトに励み、その傍らで勉強をして奨学金制度も利用して志望の大学に行きました。
バイトは毎日入っていて、一日8時間、帰ったら2時間は必ず勉強をしました。」
あるいは
「貧乏でお金がないから、高校時代はバイトに励み、バイトで必要な資格を取得し、さらに業務に対し真摯に取り組み、バイト先で採用されました。」
これができないのがゆとりでしょう。
四六時中遊んでしかいません。
バイトも遊ぶためにやっているだけ、別に目的はないんですよね。
ゆとりの中には「夢はクリエイター」だとか言う人もいますが、「クリエイターに向けて何かやっているのか?」と聞いても骨のある答えが返ってこないのが多いのが、ここ最近です。(大抵趣味のレベルから上に行かない。趣味の範疇で自己満足し完結することが多い。)
ゆとりが生まれるのは、ゆとり教育が悪いのではないと思います。
個々人がゆとり教育に甘んじて、自分を磨こうとしない、切磋琢磨しないということが悪いのだと思います。
ですがそれは、景気が悪いのではなく、ゆとりが増えたからです。
ゆとりを減らす方法は、社会の側が対応するくらいしかないでしょう。
ゆとりの実数は減らせないまでも、ゆとりを無理に雇用することにより、減ったように見せかけることはできます。
彼らもアルバイター並の労働は可能ですから、それを目当てに採用するのです。
勿論、そんなことをする組織があるとは思えないですけどね。
だから、一般の方々は気にする必要はないのです。
親に寄生するのも限度というものがあるでしょうから、その内、飢餓などで自然に減っていくことでしょう。
少なくとも、子孫は残しませんから、寿命まで生き切ってくれても、ゆとりの子は発生しませんしね。
この流れにより、ゆとりは淘汰され、まともな人間のみが残る社会が1世紀後くらいには形成されていることでしょう。
なお、全文冗談ですので、本気にしないでくださいまし。