はてなキーワード: unとは
彼らは僕たちの街を水底に見つけた!
これ歌の後のほうでも一切言及がない(たぶん)意味不明フレーズなんだけど、詩的ですげー好き 過去形なのがいい どういう意味なんだ
ハイハイ、って感じの内容なんだけど、実際読めるっていう文脈では全然なく、強がりで言っているというところまでなんとなく伝わってくるのがイイ
「部屋に君のものがいくつかほったらかしで、どうしたらいいかわかんないや」
やや投げやりな感じな歌い方とあいまって、なぜ「どうしたらいいかわからない」のかは、長く付き合ってそれなりに繋がりのあった恋人との関係が、急になくなってしまったからだというのが、歌い出しだけでわかってしまう!
何言ってんの?
ティモシーって歌で、1秒の前奏もなく、いきなりティモシーと歌い出す これに勝る歌い出しはないよ
さすらいって歌でさすらおう!って歌い出すのマジで性格がいい感じがする
Extrañarは恋しがる的な意味で、「これは恋しがることについてのメロディ」的な歌い出しなんすけど、まさにそのmelodía de extrañarが曲名なのがいい
人生はときにあまりに邪悪だから、僕たちはその純粋さに気づけないことがある!
いいフレーズすぎる
こういう、人生を悪くいいながら良くもいうようなフレーズってすげえ好きなんすよ
これが歌い出しにくるのがまたいい
「君に言いたかったことがたくさんあるんだけど、どこから始めていいかわからない」
内容自体はまあフツーなんだけど、何がいいって、俺でも意味がわかる程度の文法・語彙だってところ!
厳密にいうとvolevoの時制の意味は微妙にわかんないんだけど、でも大意はわかる!
〜したい、言う、たくさんの、こと、でも、〜ない、〜から、どこ、始める
イタリア語の響きってかなり好きなんだけど、なんせ分からんので、たまにわかると嬉しい
「今日ぼくは宣言する、人生とはただ奪うことであり与えることではないと、イングランドはぼくのものだ、ぼくを養う義務がある」
「むかし彼女がいたんだ、あるいは彼女に僕がいたというべきか」
ノルウェイの森だという意識を持って聴くと歌い出しからキモい感じがしてかなり良い
or should I sayの精神は大切にしていきたい
「いなくなった犬をさがしているんだ」
曲名がEl Perro、ザ・犬で、歌い出しがこれで、ずっと君が必要なんだって歌って、最後は「どこにいるんだい、友よ…」を連呼して終わる
歌い出しから一貫してるのがいい
「たぶんそう」
tal vezは多分、asíは「そう・こう・そうやって・こうやって」あたりを全部担当する謎の単語
ということは、maybe so 的な感じで、メチャクチャ訳しにくい
切ないメロディで、セクシーな男がtal vez así と歌い出す なにがasí なのかは不明
「眠りの手」部分の意味が全然わからないんだけど、それがいいんですよね
でも、ね!むり!のて!って切って歌い出すのは本当に気持ち良すぎる
「海を越えてはるか遠くから、エリトリアの乙女がやってきた、彼女が僕に向けたのはまっすぐな心と目、その目は戦争で半盲だった」
このフレーズのどこが好きって、最後のhalf blinded in the warの付け足し方なんすよ
彼女が僕に目を向けた、つった直後にその目に重い修飾をつけてくるのが渋すぎる
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.jcp.or.jp/web_policy/2022/07/20220708-teronikougi.html
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.jcp.or.jp/web_policy/2022/07/post-922.html
共産党の志位の様に追悼はしっかりする、批判は切り離して行う、というのが自分はベターだと思うのだが
追悼の方は批判が入っていないため、リベラルポイントの獲得にはならない
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1915856
さらに、UN Womenのように追悼文がリベラルの方に「安倍を褒めた」と判定されると
フェミニストの方やリベラルの方からお𠮟りを受けてしまい、ポイントが減少してしまう
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1916339
近畿大学のような追悼文のテンプレレベルでの軽い褒めでもお叱りが発生するうえに
「まさか●●さんも統一教会じゃないだろうな」といった信者認定もされてしまう危険性がある
よって、一般的な追悼文はリベラル的にはハイリスクノーリターンである
だが、高ポイント獲得を狙って「祝杯だ!」などとアクセルを踏みすぎてしまうと、社会的に死んでしまう
ツイッターでは日夜チキンレースが行われ、炎上騒ぎになっている
(朝日新聞の川柳を見るに、わりとアクセルべた踏みでも死なないっぽいが…)
といったように最低限の犯人批判を行いつつ安倍批判を行えば、効率良くポイントを獲得できる
はてブやツイッターを見てみると、しっかり高ポイントを獲得できているようだ
saebou@Cristoforou
今までずっとUN Womenの活動を支援して寄付してきましたが、ジェンダー平等を促進するどころかその反対で、歴史の点では否認主義者でもあった政治家をジェンダー平等の支持者として持ち上げるような組織にはもう二度と寄付をしません。
https://japan.unwomen.org/ja/news-and-events/in-focus/heforshe/impact-101010
各国首脳10名のインパクト・チャンピオンの中には日本の安倍晋三内閣総理大臣も含まれています。
私はアカデミックの人間で国連の活動を応援してきましたが、UN Womenが安倍晋三を昔から評価してたことを知りませんでした。
某フェミニストが「外資系企業が、日本法人となると途端に日本の人権レベルにまで堕ちる現象」といってるけれど
ジェンダー平等とHeForShe運動のチャンピオン~はバホスUN Women事務局長が出したお悔やみだし、
詳細のページも日本事務所のWebサイトじゃなくて 本体が国連によって開始したHeForSheのWebサイトで掲載しているしで日本事務所単独じゃなくて本体がやってるよね
日本のフェミニストが望んでいるそれを120%実現できていなかったから、フェミニストから歴史捏造と批判されてるけれど
感謝してる内容をみれば、UN WomenやHeForSheの活動にそれなりに貢献した元大国のリーダーなんだからあの程度のリリースは出すよね
https://hokusyu.hatenablog.com/entry/2022/07/08/065753
オタクがこのような自己宣伝を社会に対して行い、自らの文化に内在する性差別的なノリを公共空間に持ち込もうとするとき、そこで生じるコンフリクトは単なる消極的自由としての表現の自由の問題を超えています。
この「性差別的なノリを公共空間に持ち込む」みたいな理屈が、つまり宇崎ちゃんや、戸定梨香や、たわわに当て嵌められてるわけさね。
すごいよね
ナチュラルにすげぇ怖いこと書いてるんだよね
普通は、表現の自由には責任が発生するとか、それは別の権利を侵害しているとかいうのに
だから、名誉棄損は許されないし、侮辱も許されない、ヘイトも許さないことにしようって動きがあるね
これは、表現の自由を否定するのではない、それとは別の保護法益を定義して、それこそコンフリクトを調整するんだ
だから、本当にそれが何かを侵害しているなら、基本的人権を制限可能な例外としての保護法益を設定すべきなんだ
でもそれはしない
で、こう展開すると、決まって返ってくるのが「法規制されたくなかったら」みたいな有象無象の言葉
法規制されてしまうぞ、そうなったら表現できないぞ、だから我々の言葉に従ってね、と
すごいよね
オレも表現の自由戦士と括られるけど、一般紙で性器をボトルで隠したり「くぱぁ」を売りにして、ヤンヤと大騒ぎするのはアホかと思うよ
そんなチキンレースするなよと、【有害指定】もやむなしだと思うよ、成人誌にいけやと思う
けどさ、なんら異常性のない「たわわの全面広告」の話に、差別だ何だと踏み絵を仕掛けて
性搾取が行われてるだのと言う話に「法規制」が出てくるのおかしくね?
で、ここで「もとより法規制の話ではない、これだから表自は」となるなら
それまで、一生懸命「表現の自由を出すような問題ではない」とかやってたのにさ
最後に
「月曜日のたわわ」が性差別だというなら、そもそも表現されちゃいけないはずなのよね
というの変なのよ
そこ問いたださなくていいのに、なんで全面広告はゆるされないの?
ならわかるのよ、でもさ
ってなによ
意味わかんないじゃん
戦場を「公共」に移して、武器を「差別」に変えてから、なんか無茶苦茶だよ
・たわわの件で言えばUN Womenの名前を出したり、フェミニスト系のクレーマーは政治権力や社会運動と結びついていて、ただ文句付けるだけのそこらのクレーマーと比べると攻撃能力が卓抜している
・ムチャクチャ極端な例だが、JR恵比寿駅のロシア語看板撤去騒動のように、傍から見たらスルー安定のクレームでも主張が通ってしまう例は世の中にいくらでもある
・広告なんかは自社製品などと違って代替性が高いので、面倒ごとを避けるためなんかでも比較的切られやすい
別にフェミクレーマーが強大な権力を持っているなんて言うつもりはないけど、この辺りを考えたら、俺にはむしろお前がクレーマーの悪影響を軽視しているように感じるわ。
※末尾に追記2(5/7 19:26)、追記3(5/8 01:45)を付与。
※園子音氏に関する一部表現を修正。週刊誌報道を認めての謝罪ではないと判断したため。こちらで係争中と見られる件の善悪についての判断をするのは不適切と判断し、関連する記述は削除した。(5/8)
何故、フェミニストの中では「たわわ」がNGで、園子温は"無罪"(論じる必要がない対象)なのか?何故、オタクがバッシング対象で、ホストは共感の対象なのか?フェミニストの性質の中にその答えが眠っている。
「フェミニストの活動家達には、何故こんなに一貫性が無いのか???」
こんな事を一度でも思った事のある方は、少なく無いのでは無いか。
何故、フェミニストは、実際の被害者が居ない「たわわ」にお熱になるのに、被害者と称する女性からの訴えが週刊誌に載った園子温にはさほど関心を示さないのだろうか。
何故、フェミニストは、「海、似合って無いね」動画における反応のようにインドア派の男性(というかオタク)への蔑視を隠しもしない一方で、実際に女性を搾取するホストに対しては、さほど怒りの声を上げず丁重に扱ってしまうのだろうか。
何故、成人指定でも無いお色気漫画のゾーニングを強く求める一方で、BLに対するゾーニングに抵抗し自由を求めてしまうフェミニストが出て来てしまうのだろうか。
フェミニスト諸兄は、胸に手を当てながら読んで頂き、自分に当てはまる点について、「アップデート」する事は出来ないか、じっくりと考えてみてほしい。
フェミニストは、「〜だから、ダメ」というタイプの論理を多用する。
フェミニストが火をつける炎上は、基本、この論理のタイプで起きる。
一方、フェミニストは「〜だから、良い」というタイプの論理を使用する事については慎重だ。
この論理を使用する場合、フェミニストでなくても言える以上の結論となる事は、あまりない。「性的表象」のような妙なフェミニスト用語を使うケースは滅多に見ない。誰もが「そりゃそうだ」と思えるレベルの、ある意味無意味な内容の時に、好んでこの論理を使う事になる。
これはどういう事を意味するのか。
フェミニズムは「何が良いのか」「何がダメなのか」という事の境界線をきっちり引くことに、正面から向き合っていない、ということだ。
そして、境界線がないが故に、個々の事象に対する良し悪しの判断が、個々のフェミニストに内在する、明確な境界線のない嫌悪の反応(つまりは「お気持ち」)に委ねられてしまう事になる。
「一人一派」と言う表現は、その現状を言い換えているだけに過ぎない。
次の論戦を見てみよう。
https://togetter.com/li/1873195
この議論で最も重要な指摘はCDB氏による以下のコメントである。
小宮先生は『まずUN WOMENの主張を理解せよ』と仰いました。なので、『UNWは広告表象を問題にしており、表現を修正すれば掲載可能である』と主張していると解釈されるのか、それともUNWは作品そのものが広告掲載に不適切であると主張している』と解釈されたのか、小宮先生の解釈を伺っています。
「たわわ」の広告表象が問題であるのか、作品が問題であるのか、という質問である。小宮氏はこれに直接回答する事を避けている。
小宮氏を少し擁護すると、これは小宮氏でなくとも回答が困難な問いであろう。何故なら、UN WOMAN側がどちらの解釈が適切なのかを提示していないからだ。そもそもフェミニズムが、この場合にどう判断するかという線引きに十分に向き合ってこなかったのだから、小宮氏にはどちらとも言えないのである。
UN WOMANのコメントがなければ解釈が出来ない、という構造は興味深い。つまり、結論が先にあって、その理論付けは後から行う、と言う実態を示唆しているからである。
多くのフェミニストの主張では、個々の事象に対して、それを許すか許さないか、についての個人の無意識的なバイアスに基づく判断が先にある。そこから理屈が逆算される形で構築されるのである。
最近、「当事者性がある人が批判するべき」「当事者性がなくても批判できるべき」と、シチュエーションによって主張が安定しない論者が話題になった。
理由は簡単で、その場その場で結論から後付けで理屈を構築しているからである。
シチュエーションによって、議論の構造と前提が異なるため、その場で自分に都合の良い形(言い換えると「お気持ち」)で論理を組む事になる。結果として、ダブルスタンダードな主張が散見される事になる。
良し悪しに関する客観的な物差しの不在はまた、男性に向ける物差しを自分に適用しないように巧妙にサボる事も可能にする。
「海、似合ってないね」という例の動画を見れば、これがジェンダー的にかなり多くの要求を男性に課している事は間違いない(性別を逆にして、スタイルの悪い女性に「海、似合ってないね」と言ったら大炎上するのは、火を見るよりも明らか)。しかし、何人かのフェミニストはこの動画を絶賛した。
それは、彼女らが自身の中にジェンダーについての規範をインストールしてこなかった事を強く示唆している。言い換えると、相手に求める厳しさを自分に適用していない、という事である。
「たわわ」や「宇崎ちゃん」に怒りながら、BLの不健全図書扱いに怒るフェミニストもまた、非常にわかりやすい例である。男女間で別の基準を適用することの狡さを、本人の中で言い訳をしながら共存させてしまっているのである。
フェミニストは、ダブルスタンダードと言われても意に解さない。
自分が悪者になりうるような基準を、そもそも自分の中に持たない(もしくは言い訳、という形でパッチを当てる)事で、「自分がおかしいのではないか」と懐疑心を持たなくても済む、という構造があるからである。
なので、フェミニストが自分が責められた時によく使うロジックは、「それには当たらない(だから自分は悪くない)」である。常に自分は(何やかやと言い訳をして)安全地帯にいることになっているのだ。
私見だが、
この文章を読んだフェミニストは恐らく「これは、きちんと書けていない。だから自分の話では無い」と矮小化するか、「この論理は破綻している。だから認める必要はない」と全てを排除するか、の大きく2つの類型に向かうのではないか、と予想している。
フェミニストの一部に非常に性格の悪い人間が居る。多分本人は気づいていないだろうが、周囲からは丸わかりである。これはフェミニズムが他責型の人間にとって居心地が良い構造にあることと無縁ではないだろう。
フェミニストは行動を起こした結果がどうなろうと、その事にはあまり関心を持たないし、結果に責任を取ろうともしない。ましてや「これはやり過ぎたのでは?」と思う事もない。
大量の人間を集めて、一人の人間を徹底的に糾弾するほど、社会的に強いメッセージを発している。にも関わらず、問題が起きても、誰も責任者が出てこない。これはあまりに情けない話で、呆れている。何故フェミニストはこんなにも無責任な人間の集まりなのだろうか?
オープンレターでもう一つ興味深いのは、「教授」などの肩書きをとても重要視している事だ。単なる署名であれば肩書きは不要であるはず。肩書きをつける事で権威を付けて相手を攻撃しようと言う意図を読み取る事ができる。
たわわの件でも「UN WOMAN」が日経新聞に抗議するというアクションが取られている。
演繹的な議論を嫌う性質と、結論ありきの権威主義は相性が良いといえば言い過ぎだろうか?
この文を読んで、「アカデミックなバックグラウンドを持つ人物かどうか確認出来ないからダメ」と考えるならば、それはつまり権威主義の病が膏肓に入っていると言えるだろう。
フェミニストは自分を省みないので、まともにこれを読まない人間がきっと多数だろうが、フェミニストでなければ首肯する点が多いのではないか。
また、上記の逆になるように行動するようなフェミニストは健全であるとも言える。皮肉ではなく、そのようなフェミニストであれば全力で応援したい。
他者にばかりアップデートを求めるフェミニストに自らのアップデートが出来るとは到底思えないが、実現すれば結果としてもっとジェンダー的にフェアな状況が生まれるように思える。
若い世代でフェミニズム離れが進むのは、こういうフェミニスト・フェミニズムの(卑怯な)特性に嫌気が差している部分も大きいと考えるからだ。
面白いなー。園子温への対応の話以外にも一貫性の無さを取り上げているのだけど、園子温の件を否定できれば俺無罪!!という感じのブコメが多くて興味深い。通底するテーマは批判するかしないかに関する基準の無さ、一貫性のなさだよ。園子温に対する考え方をちょろっと批判した、という程度では揺らがない部分。
BL無罪の人なんて、フェミニストの矛盾を体現するようなアクションだったけど、そこには全く目を向けない。まー、フェミニストは、自分に問題があるかもしれない、という論理は受け入れ無いということが良くわかる。
lacucaracha:
有罪だから語るべきものがない、って不思議な論理だね。UN WOMANが、園子温(や榊秀雄)のような現在進行形の問題よりも先に、たわわのように複雑な議論が必要な事象を糾弾したのは何故?
cinefuk:
「女性差別的な文化を脱するために」と、特定の人間を貶めるためにフェミニストが結集し、オープンレターを叩きつけ、失職に追い込んだのと比べると、今回は弱々しいですね。名指しでないオープンレターぐらいはあってもよかった。
(女性原作者のオープンレターをフェミニストの手柄にするような下衆しぐさはしませんよね?)
「たわわ」との違いは、園を免罪しようとする擁護が出なかったからでは。炎上案件は、フェミの批判より反フェミが盛り上げてる印象
たわわには反論すべき論理もあるけど、それ故に炎上の責任を負わされる、という構造があるのであれば、それは容認していいの?
ウクライナが抵抗したから戦争が激しくなった、みたいな論理ですよ、それ。
todomadrid:
園子温を支持しているフェミニストなんて存在するの?そしてそもそも、広告のバッシングは広告主や媒体、もしくは痴漢をバッシングしているのであって、オタクをバッシングしてるわけじゃないので勘違いでは。
何で「園子温を支持している」にすり替えてるんだよ。こういうフェミニズムの卑怯さの構造を説明したんだからしっかり読め。
フェミニストのオタクバッシングは結構見苦しいものがあるので、これも話をすり替えないように。だから、たわわと園子温事案の熱量の差は何だよ?という話をしている。
kohgethu:
誰が性的加害やらかした映画監督どもを無罪と言ってるんだ?奴らは粛々と社会的制裁を受けてるし騒がなくても罰せられている真っ最中なので騒ぐ必要が全く無い。もしも当人が足掻いたならたわわレベルに炎上するよ。
https://www.jprime.jp/articles/-/23703
Domino-R:
一昔前に、一部の女性が自分はフェミニストをやめたと、怒りながらに距離を置くのを見ていたが、理由が分からなかったんだな。
フェミニストとの議論を通じて気付いたのは、フェミニストの立論が場当たり的で、論理がなく、端的に不誠実だという事。何故か自己中心的で、話のすり替えに余念がないクズが多くて、腹が立つ事がやたら多いんだよ。
フェミニストは、ツイフェミに限らず、例えば立憲民主の中で、まともな議論を尽くさずに議員を辞職させたりしている。害悪が大きくなるばかりじゃん。その構造がクリアでなかったので、まず見える化をしようとして書いた。
今回まとめた特徴に合致しないフェミニスト、ほんと見つからないね。居たら連れてきてよ。1人でも居ます?
こっちに移動
コメント欄に湧いてきたアレな人
https://hepta-lambda.hatenablog.com/entry/2022/04/27/221209
>UN Womenが抗議の根拠としていた、「3つのP」の原則に反する広告、たとえば男女どちらかだけが写っているような広告は問題とされた広告だけだったのか?の確認です。
前エントリも読みましたが、「3つのP」とは、ひとつの広告に男性と女性を同時に出さなければならない、といった基準ではないと思いますが。
じゃあ、たわわも違反してねーよ・・・UN Womenが必死にひねり出した批判の前提ひっくり返してどうすんだよ・・・
おかげでダラダラ思い付いたこと推敲もせずに書き連ねたらしき長文の大半が無意味になってるよ・・・対応させらせる相手の迷惑もちょっとは考えようよ・・・