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はてなキーワード: coccoとは

2019-05-02

モテじゃないが偏愛されるカルチャー

カルチャー顔って記事、めちゃくちゃ分かるんだよな。

カルチャーメディアを掲げるサイトであれ書いちゃったのはマズいだろうし

やっぱ叩かれ始めてるみたいだけど、好みの話としてプライベートで語られたら同志だと思うわ。

カルチャー顔の美とは、ストレートな美ではない。 

>8割の女性が「カッコいい」とは言わないだろうが、だからといって、笑いを取るでも2枚目を引き立てるでもない

>「THE クラスの人気者」ではない。

>一人きりの屋上だったり、教室の隅で聴く~首からかけられた家のカギや、その玄関のドアを開けた時の暗さと「カチッ」というスイッチの音だ。

それでも、生きてきた。そういう影をどこかに感じさせる。

カルチャー顔は決して強そうではない。むしろちょっと弱そうである

とか。

自分の好きなカルチャー顔挙げてくと、

染谷将太  ヒミズ見た時に電流が走った。ヤバい虚ろさ。

森本未来 爽やかな役をやっても爽やかにはなりきらないのっぺり感。

池松壮亮 顔面の歪みは物足りないが芝居かと思ったら本人も厨2みたいに役者こじらせてるのも最高。

柄本佑 親の七光が及ばず女子からマイナーなのもなにもかもが絶妙

嵐の大野 眠そうな垂れてくっついた目尻がツボ。大麻くん記事見た時やっぱりなって思ってたよ。

(おまけ)

石○○球 はてな村でも好かれる基地がい熊おじさん。

女だと、安藤サクラCoccoあいみょん門脇麦とか。 

ちなみにここで小松菜奈とか菅田将暉をあげてくる奴は分かってない。

あいつらは眉毛と演技でそれっぽく見せてきたりもするけど、歪んだ美じゃなくて整ってる、

なにより役じゃない時にバリバリスクールカースト上位の雰囲気が出てる。

あと世渡り上手っぽいのが出てるあざとい表情するやつも愛せない。

わかるかな。わからんか…。

以上、自分の好み語りでした。

2019-03-05

口が大きい女性かわいい

サカナクションベーシスト草刈愛美

シンガーソングライターCocco

デイリーポータルZ古賀さん

他にもいる?

口が大きいと顔の動きも躍動的になり表情豊かに感じられ、それが魅力的なのだろうか

こうして並べてみて確認のために画像検索してみたらそこまで大きくもない気がしてきた 大きさよりも形状の均整によるもの

2019-01-07

きゃあああにびっくりした。

Coccoの裸体という歌には途中に叫び声が入っているのを忘れていた。

ヘッドホンで聴いていてびっくりした。

2018-11-11

欅坂46というグループを初めて見たときに、

「なぜこのグループ秋元康以外の、別の誰かが作れなかったのだろうか」と心底思ったし、自分が中高のとき欅坂46がいなくて良かったと安堵すらした。

現在AKB48乃木坂46が中学生高校生といった若者たちの間で、どのような評価で受け取られているのかは分からない。

しかし、メディアお金をかけて流行らせたいと思っていた存在であることは明白である(それは「かつて」であり「現在」ではないのかもしれないが)。

そして、その戦略は功を奏し、ある程度まで浸透したことも間違いない。

一方で、こうした「メディアが作ったブーム」に素直に乗っかる層がいれば、必ずそうしたメジャーどころに対してうがった目線マウントを取ろうとする者たちも一定数いる。

それは例えば、浜崎あゆみ流行っていたとき椎名林檎であれ、Coccoでありに傾倒した層だったり、ゆず栄光の架橋を歌っていた時に、ひとりRADWIMPSを聞きこんでいたりする層である

明るく青春謳歌する歌を歌うものがいれば、そうした青春に乗り切れず、自己世界に没入していく者たちもいる。

AKBにしても、乃木坂にしても、いずれにせよ彼女たちはそうした「明るく青春謳歌する者たち」であった。

実際、彼女たちを推している人たちが、果たして彼女たちの歌う歌のような青春を過ごしているかはさておき、彼女たちが歌う世界は明るくて、そして何よりスクールカーストが高かった。学園祭ではセンターでその時流行っている歌を歌い、誕生日にはクラスみんなに祝ってもらい、夏になったら水着で海ではしゃぐ。

絵にかいたような「青春謳歌する女子高生」を彼女たちはメディアを通して見せていた。

そういう「私たちメジャー存在なのだ」という暗黙の主張に対して、乗り切れない層は必ずいる。

そこに秋元康がぶつけてきたのが欅坂46というグループである

彼女たちが凄いところは、「メディアの生み出すあるべき姿」を否定し、「君は君らしく生きていく自由がある」と、そこに乗り切れなかった者たちに対する救済の言葉を与えたことだ。

自分自由ではないのではないか」「列に乗せられているのではないか」、あるいは「列に並びきれていないのではないか」という不安を生み出したのは、「列」、つまりメディアの生み出すあるべき姿」を作ってきた、他ならぬ秋元康である

彼の作る「絵にかいたような青春」に縛られ、それと比較し、乗り切れなかった自分は「あるべき姿」、あるいは「メジャーな彼ら」とは違うのだと、自己位置付けてきた者たちにとって「君は君らしく生きていく自由がある」「プライドに縛られたつまらない大人は置いていけ」と笑みすら浮かべず、必死で歌う欅坂46の存在に、どれほど自己投影しただろうか。

しかし、その「あるべきメジャーな姿」と「それを受け入れなくても良いという反骨精神」の両者ともに同じ人物によって作られている、という点に私はぞっとする。

本来であれば、こうした相対する文化は、ハロプロであったり、ももクロであったり、AKB以外の存在が狙うべきだったと個人的には思う。

しかし、結局AKBに乗っかることのない層が何を欲しているのかを正確に把握できたのは、他ならぬ秋元康だけだったのだ。

つの時代にもこうした「君は君らしくて良い」と、社会が暗黙のままに要請するルールに従わない層に対して寄り添う文化存在するけれど、それをこれまでそのルールを作ってきた人物が作り出しているという現実に、私は少し息苦しさを覚える。

2018-10-17

いともたやすく行われるえげつない女の行為表現した曲が好き

SHE IS SUMMER

とびきりのおしゃれして別れ話を

Cocco

強く儚い者たち

かにいかなー(チラ

2018-08-22

ねえナナ、




一緒にフェス行ったこと覚えてる?

あたしはそういうの行ったことないし、人混みは苦手な方だったか不安だった。

でもナナがすごく楽しそうに好きなバンドのことを話すから

あたしは行くことを決めたんだよ。


フェス当日はかなり強い雨だった。

雨の方が盛り上がるって聞いてたけど、降り方が激しくて視界が遮られる程だったと思う。

そんな中、ナナが待ち望んでたバンドが出演中止になった。

ナナは平気平気って言っていつもみたいに振舞ってたけど、内心落ち込んでるのは鈍感なあたしでも分かってたよ。


そんなとき、当時はまだ知らなかったアーティストが順番を繰り上げて出てきた。


「だけど 飛魚のアーチをくぐって

宝島が見えるころ 何も失わず

同じでいられると想う?」

「人は弱いものよ とても弱いものよ」





Coccoだった。

あたしたちは手を繋ぎながら泣いてた。






ねえナナ、

あの時知らぬまにつないでいたその手を

本当はずっと握りしめていたかった。

いつまでも ずっと

2018-03-12

待つ女

現実的に考えると

宝島についた頃はお姫様は誰かと腰を振ってそうなのに(Coccoみ)

「待つ女はいつまでも待ち続けてくれるはず」と素朴に信じてて、実際そうなるのが

少年漫画子供向け故って事なのかな

青年大人向け作品でもそういうのあるけどさ

そこらへんをリアルにしたのがバハラグのヨヨなんだろうけど

なんかやたらと嫌われてるよね

2018-01-21

anond:20180121015451

世代間格差説明しづらいのだが、1980年前後に生まれ世代って

できるだけ若い歌手音楽を聴きたい(歌いたい)みたいな空気感があって、

そこに、唄の上手いUACoccoMISIAらが出て来ても、デビューの時点でもう20代で、年上が聴く音楽であり、主流派ではなかったんよね。

若さが売れる条件だった所に

日本人で、10代で、曲もカッコ良くて、唄も上手い新人」の条件を最初に全部コンプしたのが宇多田だった。

2018-01-12

ギャップに勝るものはないという話

くるりcoccoコラボバンド、SHINGER SONGERの初花凛々という曲がある。

私は、coccoという女性を「怖い人」だと思っていた。拒食症自傷癖を告白した雑誌の表紙でしか彼女を知らなかったから。偶然「カウントダウン」という曲を聴いたとき、「やっぱり怖い人じゃないか!」と思った。charaの「やさしい気持ち」を暴力的にした感じの曲だからだ。

しかし、「初花凛々」という曲はあまりにも透き通っていた。癖のないメロディに伸びやかな歌声。ドス黒い愛憎歌を歌っていた人と同じ人とは思えなかった。思ったのは、同じ人がこんなに違う歌詞を書けるんだ、ミュージシャンはすごいな、という率直な感想だった。

同じことをシルベスター・スタローンでも思った。

80年代的な筋肉バカ映画英雄、というイメージは、『ランボー』に粉砕された。ロボットのような殺人マシーンのベトナム帰還兵が、小さな町を破壊し尽くしたあとでメソメソと泣く。彼をマシーンに仕立てた上司に付き添われてパトカーに乗り込む姿は、ちっともシュワちゃん的ではなかったのだ。

そして、『コブラ』でスタローン萌えに目覚めだ。ボブルヘッドの動きにあわせて頭を振るスタローン可愛いこと。クソ映画だけどスタローンかわいいというパターンが多いことにもまた気付いた。シュワちゃんも、ヴァンダムもよく見ると可愛いマッチョマン可愛いのだ。『ランボー』を観る前に、マッチョマン可愛いと思ったことはなかった。私の未熟な価値観を、泣き虫ジョン・ランボーが変えてくれた。

coccoに対して抱いていた恐怖心のすべてが消えたわけではない。coccoの怖い一面は魅力の一つだということに気付いただけでも成長なのだろう。「初花凛々」を聞いていると心が安らぐ。エンヤに癒やされたことはないけど、coccoには癒やされた。ギャップは素晴らしい。この驚きが味付けの一つになっていることは否めない。

 

初花凛々のリンク貼っとくわ。Mステ動画らしい。coccoめちゃくちゃ緊張してんの。でも歌声は伸びやかで透き通ってるのよ…このギャップもいいのよ

http://www.nicovideo.jp/watch/sm27590409

2017-09-16

焼け野が原がいい曲だなって思うのに15年かかった話

いやCocco苦手だったんですよ。

あの4thの時期のバックバンドのカッコよさはカタギの(うつとか不眠症じゃない)友人も認めるもので確かにめちゃかっこいいんだけど、CoccoっていえばRaining聞きながらリスカしただとか明らかにそっち系御用達だったし私は自傷行為とか嫌いだったし、基本的に「痛い」シンガーは一通り聞いてたけどざっくり分けると人に迫ってくる系と内省系があって私は人間関係作るの下手だったし圧倒的に内省系が好みだったんですよ。松崎ナオとかあと実は川本真琴自分の中で話が完結してるっていうそういう歌詞を書く人。

椎名林檎は人に迫ってくる系だからイマイチハマりきれなくてそれよりさらガンガン迫ってくるCocco演奏は凄いがあんなこと言われたら嫌だ、なんて自分勝手なってくらいにしか思ってなかったんですよ、それこそ焼け野が原とか「私が消えれば楽になるんでしょ?」からの「じゃなきゃ言って ちゃんと言って 聞こえないふりをしないで 私はここに居たいの」じゃないですか、これ聞いて当時の私はいやこれたちの悪い脅迫じゃないですか!!バックバンドはこんなにかっこいいのにってずっといってたんですよ。

でもなんか最近ちょっとまた上手く行かないというか前にも後ろにも進めない状態になって不眠症も悪くなるし(不眠症はずっと症状あるからそれこそ持病の腰痛くらいの軽い感じなんですけど)ああままならねえなあと思ってたときになんとなく焼け野が原聴いたんですよ。

そうしたらああこれ本当にどうにもならないって気持ち(でも抱いては欲しい)の曲なんだなって一気に腑に落ちて15年越しに理解した。妻は(15年もたったか結婚くらいした)あたりまえだろって言ってたけど。まあ、素直に聞ける名曲が増えたのは良いことです。

個人的にはhugとか抱きついたり抱きつかれたりすることは苦手なのでとりあえず抱いてという話になる感覚はよくわからんが。

あとあの時期の女性シンガーソングライターで一番ヤバい(才能がある)のはCoccoでも椎名林檎でもなくてaikoだと思ってるんだけどこの話は気が向いたら書くわ。

2017-09-12

anond:20170912124418

増田にいるおっさんのために例えてやると

CoccoファンBUMPファン喧嘩してるみたいなもんだよ。

絶対に何があっても分かり合えない。

anond:20170912124418

前提として抜けてるので補足したい。

夏フェスBAYCAMPにて大森靖子が「音楽魔法じゃない!」と絶叫する

これだと、MCで絶叫したと捉えられかねないのだけど、そうではない。

音楽を捨てよ、そして音楽へ』という曲は、大森靖子代表曲で、夏フェスでもワンマンでもほぼ確実に、ラストとかのクライマックスに持ってくる曲だ。

その曲で、何回も何回もしつこいぐらい繰り返されるのが「音楽魔法ではない」という歌詞

一応別のフェスのだけど動画も貼っておく

https://m.youtube.com/watch?v=4668uGkrHc8

彼女音楽自体がそうなんだけど、好き嫌いは相当別れる曲だと思う。でも、本人やファンからしたらたぶん一番大切にされてる曲だ。

幅広く愛される曲ではないかもしれないけど、刺さる人にはすごく刺さる曲なんだと思う。

で、何度も言うけど、この曲や大森靖子人間性好き嫌いとはまた別の次元の話で客観的に考えてみてほしいんだけどさ。

この手のメッセージ性の強い曲を、フェスラスト演奏し、恐らく会場にまだ余韻が残ってるであろう中で、その直後に「音楽魔法だよー」と、真っ向から否定するMCをすることは、シャレだとしても不粋すぎるし、そういうヨギー空気の読めなさが、一番問題なんじゃないか普通そこイジるか?

ベースの件とか、その後のいざこざは、尾ひれの部分だと思う。

これは別のアーティストに置き換えても同じでさ。

フェスラストに、代表曲かつ、かなり重めの曲を演奏した直後に、別のバンドMCで、そのメッセージ真逆のことをヘラヘラしながら言って、空気をぶち壊しにする。

これは無いだろ。これを面白いといえるヨギーファンはどんな感覚を持った音楽リスナーなんだ。

大森靖子のキレ方が大人げないって意見は分かるし、そこに批判が出るのはしょうがないと思うよ。

けど、大森靖子はそういう人だから、としかえんなーとも思うし、ヨギーよイジったらダメなとこイジったな、という感じ。

例えば銀杏の峯田とか、Coccoとか、かまってちゃんのの子とか、皆そうじゃん。イジっちゃダメタイプでしょ。

今回の件だって、もし大森靖子がキレてなかったら、イジられた側はマイナスしか無いじゃん。せっかくいい感じでライブ終わったのに、その直後にイジって笑いに変えられて泣き寝入りするのは、本気でやってるアーティストからしたら、そりゃ無理だろ。

もし本当にヨギー側が大森靖子ファンなのであれば。というか、普通感覚を持った演者であれば、フェスラスト大森靖子があの曲をやったあとに、それをぶち壊すようなMCは無しだって分かりそうだけどなー。

2017-07-30

Cocco

Togetterフジロックの話経由でCoccoを聴いていて見かけたページ

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13144277203

昔「僕らの音楽」に出演した時言ってたんですが、Coccoさんにとって自身の歌は"うんこ"だそうです。

汚いものを吐き出す…って事かな。

から、ダークな曲が多いんだと思います

売れている時、その自身の"うんこ"がすごくいいと言われて、わけわかんなくなった…みたいな事を言っていました。

世の中には自分の中に溜まったもの自分で排泄することがうまくできない人間がいたり時期(思春期とか)があって、

他人が排泄してるものを見ることで親近感や憧れを抱いたり心の拠り所にすることがあるのだと思う

自分感情との付き合い方がCoccoは歌うこと(排泄)だった、Cocco好きな人Coccoの歌("うんこ")だったんだろう


自分あんな風に排泄したい」だとクリエイティブな方向に進む可能性もあるけど

排泄物と一緒にいたい」だと自分の毒も排泄できない、他人排泄物コレクションし始めることになって、

別の自分感情との付き合い方を見つけないと毒が回ってこじらせることになる

本当の自分感情との付き合い方が見つからずに生活が続くことは、怪物が住んでいるかもしれない暗闇の中を明かりもなく進むのに近い

2017-07-21

https://anond.hatelabo.jp/20170720191841

俺、中学の時にCoccoにハマったんだけど何かわかる気がする

2017-05-25

ライクではなくライクだ

サブカルクソ女なるワードが有名になる以前はCoccoだのくるりだのが挙げられていたが

キモオタ定義から考えれば個々の作品はほぼ無関係結論せざるを得ない

君がどういう人間を好きかではなく、君がどういう人間かが問題なのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170525225519

2017-03-31

CoccoMステ出てるなーと思ったら

twitterホットワードになってたらしい

今でもそんだけ人気あんのね

いや自分もうっかり見入ってしまったけども

しかカウントダウンテレビ披露って、あれ当時テレビじゃ一切歌ってなかったのかデビュー曲なのに

そんなに歌詞やばいか?

そもそも本当に歌詞やばかったら今でもテレビで歌えないだろうけど今ならいいのかよ

昔より今の方が色々うるさそうだけど意外

この前なんかの歌番組で見た強く儚い者たちはお姫様が腰振ってる所は削除されてた(意図的か、単に短く切られただけかは知らん)けどなあ

つか最近妙にテレビ出てるのは何かあるのかな

2016-09-14

新海誠川村元気RADWIMPSについての勘違い

および、君の名は。が導くポエム評論というライター楽園

http://shiba710.hateblo.jp/entry/2016/09/14/122251

この底の浅いヒョロヒョロな評論考察を読んでイライラしてしまった。ライター仕事ほしくてケツにローション塗りたくって新海と川村野田にケツ差し出して媚びてるようなヌルヌル文章だよ。こんなの。

まあネット巡回して色んな意見をまとめて自分の考えをたとえ薄っぺらい内容でも分かりやすく主張して言っているという部分ではローションライターとしてはいい線いってるんじゃないか

で、内容は

東浩紀渡邉大輔とかはリア充性に注目しているけど、そうじゃない、エンタメ技術論なんだと。うん。その方法論の実現のためにRADWIMPSという存在があると。うん。で、そういう組み合わせを仕掛けた川村元気天才的なんだと。ううん?

ど、どういうことだろう。一体この人は何を言ってるんだろう。

>こういう風にお互いに共通する世界観作家性を持つクリエイターを結びつけるのが、まさに「プロデューサー仕事」なんだなと思う。そして、「音楽×映画」という観点で見ると、川村元気という人はいろんな実績がある。

中略

高木正勝山口一郎野田洋次郎中田ヤスタカのような作家性の強いアーティストに「映画のための音楽」を作らせる手腕。さら主題歌劇伴を同じアーティストが手掛けることによって、映画音楽が密接に関わりあう作品に仕上げる手腕。そのあたりは、『バクマン』や『君の名は。』や『何者』に共通する、川村元気プロデューサーとしての天才性だと思う。



おうおうおうおう、いぇいいぇいえいぇい。そうね。はいはいはい

なんか知ってるなあ。こういう物語音楽のあり方、なんだっけなあ。昔あったな~、同人誌タイトルで、椎名林檎とかcoccoとかポルノグラフィティとかの曲名同人誌タイトルにしたりさあ。自分の好きなカプのテーマ曲脳内設定したりあったなあ。つか今でも見かけるなあ。

はい。そういうことなんですよ。

結局川村元気においての映画音楽なんてのはこういうことを東宝プロデューサーとしてのスケールでやっているだけで、天才的な手腕でも何でもない。ただの凡庸さゆえにより大きなマーケットに向けての仕事ができるというだけです。村上春樹聞きながらレディオヘッドとか聞いてる学生と似たようなもんなんです。たぶん、人脈つくりや人と仲良くなることが得意なんでしょう。どうでもいいことですが。

本題なんだけど、もうさ、君の名は。の褒め文章、どれもこれも高校生ポエムみたいなのでうんざりする。なにがちょうちょ結びだよ。テーマが結びだ? んな程度のことたいていの物語系のコンテンツ君の名は。以上の水準でやってるよ。挿入歌歌詞考察アニメ映画評論かいな。さらにそんなスッカスカの考察のアホみたいな文章ブコメで称賛するスーパーアホもわんさか。こういうアホどもをあぶりだしたことが君の名は。の最大の達成かもしれんな。あと褒めるべきは、中高生をひたすら甘やかしてうっとりした気持にさせるためだけに日本アニメシーンで最高峰人材が浪費されたのは虚しいこととはいえけっこうな金儲けになったことだけはまあ褒めてもいいだろう。問題はそんな映画についてクソポエムを書いてしまう連中とそれにくっついていくクソオタ。

チャーリーポエムに続けて40のオッサンが「ここはまさに同意」じゃないんだよ。

こういう奴ら明日全員ウンコ踏んでほしい。


君の名は。に前史みたいなものがもしあるとしたら、適当に今考えつくだけでも、書けるだろう。

ニコニコ動画2006年に開始

初音ミク2007年

そして新海誠が作った山崎まさよしPVになってしまったような秒速5センチメートルが公開されたのは2007年ハルヒダンスなんかも当時の中高生にとっては重要なのかな。適当に言ってるだけだけど。

まりアニメ文化PV映像センス親和性消費者リテラシーがこの10年間でとんでもなく浸透し、上昇した。具体的には、自己像を架空世界二次元キャラアニ世界に没入させる技術が今の1020代はそれ以前の世代と比べて圧倒的に優れているわけ。

そしてさらカゲロウプロジェクト告白実行委員会ボカロ小説といった、若者向け物語文化さらにそういうPV的な音楽物語需要さら拍車をかけた。

はっきり言って、やってること同じでしょ? 君の名は。カゲプロとかずっと前から好きでしたとかって。新宿感はストリート感に対応しているし、青春キド胸キュンストーリーだし。

震災をダシにしつつ実際は自分恋愛成就しか興味がないウスラバカのための映画子供背伸びにもピッタリ。




というのはまあクソオタ向けのまとめであって、なんでこんなとてつもないヒットしたかって、結局のところ新海誠のくどい撮影キラキラ画面というのは、大衆にとって衝撃的な画面として映ったってことでしょう。しかも、描かれているものスピリチュアルスケールが大きい。ただ素朴に、「え~。アニメでこんなにキラキラした画面初めて~。すご~い」ですよ。それを映画館の大画面で見るんだからカルチャーショックでしょう。物語の内容がアホみたいな間の抜けた王子様とお姫様のきっしょいラブストーリーだとしてもね。べつに中高生がうっとりするのにはそれでいいんですよ。(本当はよくない) 問題はそんなのでポエムちゃう連中。

田中将賀パンピ向けデザイン安藤雅司ほかのとんでもない水準のリアリズム作画青春キド胸キュンストーリーが、実際の物語としての出来はともかく、予告だけ見てたらとんでもなくヘルシーで健康的な印象でしょ。そういうただひたすらキュンキュンときめきたいっていう大衆の眠っていた願望を呼び覚ますには充分すぎる画面を提示することができたわけ。本当にただそれだけなの。凡庸物語センス新海誠凡庸音楽仕掛け人であるところの川村元気センス大衆向けの子供だましクールジャパンアニメの到達点として結実したというのが妥当見解でしょうよ。

からポエムはもうやめろ、お前ら。きもいだけだから




ブクマとかトラバ読んだよ。

物語コンテンツ需要における文脈や楽しむための作法には積み重なっていく歴史があるんだということさえ理解できないバカが大量宣伝大衆向けの物語でやったか川村がすごいんだと単細胞意見でつっかかってるんだね。ガンダムマクロスをたとえに出して、君の名は。カゲプロが似てると思うのは老いだぞ、とか。このエントリ文意さえ読み取れてないみたいで、これはバカでも分かるように書かなかったこっちが悪いのかな。それともバカなのが悪いのかな。

君の名は。バカにされて頭がフットーしてる人、ケチつけられることがつらい人にオススメなのは川村元気他所の畑で実った果実自分の畑で植え直して大衆に売ることの天才とでも思っとけば川村でも天才扱いできるからいいんじゃない

こっちはライターがフェアな関係であるべき対象天才とか軽々しく言い出したのがイラついただけなんでね。

文脈なんて前提だよって人もいるけど、だったらライターはその文脈歴史として記述しなきゃ。ポエムなんかよりも。

なぜヒットしたのか? 天才プロデューサー仕事からでありますって。ちゃんちゃらおかしいよ。ライタープロデューサー褒めそやしてバカ素人がそれに乗っかって「これが君の名は。の正しい評論だよなあ」って好きなもの同士の特権意識で頷き合ってる気持ち悪い構図になってるんだがら。

このライターの人も君の名は。RADWIMPS音楽で読み解きたいんじゃなくてただ取引先ともっと仲良くなりたいってだけなんじゃないかなあ。業界の仕組みなんて知らないけどさ。

2015-09-28

Swallowtail Butterfly ~あいのうた〜 のような曲

最近のJ−popの表舞台を賑わせているものって、明るい曲調しかないような。歌詞が仮に暗くても、リズム打かギターがやたら早い。

しっかり調べたら出て来るのかもしれないけど、テレビでは中々お目にかかれない。

しっぽりエンドレスリピートできるやつないかな。

ミスチル深海 UAの悲しみジョニー とか 中谷美紀の砂の果実とか。 ああいう曲が大好きだったんだけど。

それこそcoccoとか。

後半だと the brilliant green の冷たい花 love psychedelico の last smile とか。

(後半というのは、私の十代ラストら辺の頃をさしてます

自分j-popにはまったのが世紀末前後だったのもあるかもしんないけど、

病んでる という単語まではいかない・・・暗鬱とした、でも心地よいやつ。

音楽技術全然からないからイーマイナーが多いとか多くないとかはよくわからん

ここまで書いて、もしかしてアルファベットのSから始まるあのグループ現在のそれらのポジション?とちょっと思ったけど、

心が全く受け付けないので違うと信じている。

昔の曲はよかった。ということなのだろうか。もう年なのだろうか。

2015-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20150601111525

Cocco妊娠出産を隠し通して歌手活動出来てたな。後になってバレたけど。

子供の父親は未だ不明らしいが。まあ未婚の母っぽいので他人に分かる訳ないか。身近な人は知ってるかもしれないけど。

2014-05-01

http://anond.hatelabo.jp/20140501021156

元ネタ恋人浮気・心変わりしてた

余計な指摘だけど、ちょっとニュアンスが違うと思うんだな。

たぶん時は大航海時代か何かで、恋人同士が再び会うことも叶わないかも知れないほど離ればなれになってしまい、各々が望むと望まざるとに関わらず別の愛を求めてしまうが、人はそれを本当の愛にすることもできるという、歴史中の人間を描いていると思うんだな。

どんな状況でも愛を求めてしま人間は弱いのか強いのか、どっちとも言える。愛は儚いとも強いとも言える。

Coccoはすげーと思ったよ

2012-08-16

おおかみこどもの雨と雪面白くなかった件

お盆休みも終盤の昼間の新宿家族連れに囲まれて観ていていたたまれなくなったので書く。

出てくるキャラクターがどうも好きになれない。顔の描き方も好みじゃないし、それ以上に主役の宮崎あおいちゃん演じる花(以下あおいちゃん)が何考えてんのかわかんない。キャラクターとしての魅力、リアリティーがなさすぎて。

この映画の問題はあおいちゃんが健気で善良でどんな困難にも立ち向かえる女の子という設定に頼りすぎていている所にあると思う。

客観的にみれば人知れず自宅で出産した外に出せない子どもを2人抱えつつ、近所から通報されて児童相談所の人が来て死んだフリーター旦那が貯めた貯金だけを持って山奥へ逃げ出すという、なんとも独りよがりな状況であるのに、周囲との接触を自分から取ろうとせずに健気に田舎暮らしを始めたらなんとなく上手いこと手助けしてくれる人達が現れてうまく生活しているし、移住することに決めた廃屋の近所にはたまたま勝手に見守ってくれる菅原文太がいる。芋のおすそ分けから村の互助社会に参加するくだりでは、人里離れて暮らすことを目的として村との交流をする覚悟のないあおいちゃんが健気な姿をみせることだけを頼りに菅原文太に認められて話が進んでいく。この辺りはあおいちゃん自身にはなんの変化も無いのに、事は順調に進んでいくわけでどうにもこうにも都合が良すぎると思う。もしあおいちゃんの意思で周囲と交流して生活を営んでいく話にしたいのなら、健気さだけでなくそれまでの孤立主義を改心して自発的に関わっていくエピソードや身を削っていくエピソードが欲しいし、受動的に関わるのなら田舎ではもっと厄介なことを抱え込むのが常だと思う。独身男がつきまとってくるとか、村に居つかせることを前提に勝手見合いさせられたりとか。

で、あと他にも問題だと思うのは、子育ての大変さがちゃんと描かれてないんじゃないかというところ。一連の子育て描写では誰にも頼れずに2人のこどもを保護して養っていく苦労や重圧はあおいちゃん1人にかかっているはずなのに、オオカミであることの苦労は描いてもシングルマザーである事の苦労は描かれない。動物園の檻のオオカミ相談したりはするものの、あおいちゃんはなぜかずっとニコニコしながら良き母としての態度を崩さない。たった1人で子育てをしているのに、その大変さや葛藤が単なる健気さに覆い隠れてしまっていて、子育て重要な側面がみえないので、感情移入できないわ。その辺りのシングルマザーの苦労の描写でいえば、最近だと塚本晋也KOTOKOが良かった。孤立して育児をしていくことでノイローゼ精神的におかしくなっていくcoccoのように、右手に焼け焦げる中華鍋と左手に泣き叫ぶ赤ん坊を抱えて途方もなく泣き崩れてしまう。そこまで追い込まれるまではいかないとしても、そんな医学的にも何者か分からないこどもを抱える不安、そんなシーンがこの映画にも欲しかった。

あとおおかみ男と結ばれたくだりは少女漫画も真っ青な純愛物語風になっているけれど、オオカミ男には社会的ケアを一切受けずに2人の子どもを設けて養っていく覚悟があったとは思えなくてなんだかなあって思う。もしオオカミ男にその覚悟があったとするならば、どうして本能を抑えずに街中で狩りをして川で死ぬことを選んだのだろうか。大学講義に潜ってソクラテスがどうとか勉強するよりも、自分本能との付き合い方を学ぶべきでしょうが

この無責任のしわ寄せが結果的にすべて母になったあおいちゃんに行ってしまっていて、あおいちゃんは不憫でならないはずなのに、2人の関係が単なる美談になっているのが腑に落ちない。

あとは音楽の使い方も好きじゃない。美化された田舎自然にさわやかオーガニックでダイナミックな音楽を乗せればさも感動的なシーンになると思っている。この久石譲風の高木正勝がこの映画のなんとなく感動的な雰囲気に盛り上げる主因だと思う。

以上、長文になったけど、俺が一番言いたいのはこれ。

オオカミフリーターのくせにあおいちゃんに中出ししやがって!!しかも1人ならまだしも2人目も作る所なんてまるで無反省

俺は高岡蒼甫を許さない!

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