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はてなキーワード: TVとは

2021-03-31

anond:20210331014520

TV高卒の50代おばさんのターゲットって昭和の頃は言われていたと聞いてますが、(学歴や年齢層ってほんとそこまで決まってるんですかね?)

ラジオスポンサーがあるかぎり、面白おかしくやらねばならず、ターゲット層に楽しんでもらうためにあの手この手ですよね。

そんな事も考え及ばないような人は、成人してから大丈夫なのカルトに走っちゃうの?みたいな不穏な気分になります

TVで言ってるから、が昨今はYouTubeで見たから気になったに変わりつつありますけど。

2021-03-30

TV面白くないのって

番組内容だけじゃなく、CMもなんだよなって。

例えば、芸能人格付けチェックなんかで結果発表の直前にCM入れたり、なにかバラエティーとかで『この後、すぐ!』とか

そういう流れでCM入れられちゃうと、もう見る気が失せる。

1分半程度なら我慢できるんだけど、CM終わって2~3分番組流してすぐCMに入ったりするともう駄目。

見る気が起きない。だから広告があっても我慢できるかスキップできるネット配信へ目を向けちゃう

CMの流し方にも問題があるんだよね。

TV局の冗談なのかなんなのかはしらないけれど

あいてにごめんなさいといっただけで

相手が苦しみぬいて死んでもわるくはない

オウム事件被害者に、あいたくないといわれたら、ごめんなさいという手紙を送る

それが人間

謝罪ならしてもいいというモテ男モテ女たち

しろ、そっちのほうが嫌がられる どうでもいい

アカウントバンされた さようなら それでいい

anond:20210330104136

TV台風の中継見てると東京とそれ以外で温度差感じるみたいな話だ。

anond:20210330100611

しろ味方に使徒がいたしな(ある意味それはTVからずっとだけど)

タイムマシンになって

父は奇妙な人間だった。TV鑑定団骨董品を出すと言ってはスーパーマーケットの皿を買って来たり、タバコを買ってくると言っては駄菓子ハッカタバコを買ってくるという人だった。その天然ぶりと珍妙さは折り紙付きであり、近所からも道端の湿ったコケ類の如き柔らかな中傷を浴びた。

ある時父は失踪した。まるで真冬の嵐に巻かれた雪景色の向こう側に消えるようにいなくなった父であったが、家族から不思議心配されることはなかった。母は変わり者の父のことだからきっとどこかで生きている、とのんきな様子でせんべいを頬張り、そうした様子で何年も過ごした。母がせんべいのことすら忘れる頃になると俺も成人になったのだが、どうにも父のことは今すぐそこにいるように感じられて仕方がない様子だった。そのように語る俺ですら、父が死んだという認識はない。父の失踪はまるで都市伝説のみたく脈々と受け継がれてゆくようにも感じられた。

ある日のことだ、こつ然と消えた父が庭に立っていた。それも推定年齢は4,50歳ほどでしかない。せんべいを忘れる年齢どころではない。彼はいきなり奇妙なことを口走った。

タイムカプセルになりたいと思って」

そういって息を切らす父は、庭の一角を指した。そこには卵型の器と接続されたパイプが地中に没している。それらは複雑に絡まりながらも各々が支え合い、一本の太いチューブとして機能しているようだった。

父の話はいつもどおり単純なものだ。タイムカプセルにいろいろなものを入れたら、思い出とともに風化せずに出てくるものだ。父たる私もタイムカプセルに入ればそうなるに違いない、と。

彼の話自体はいいだろう。実際にはまるで良くないのだが、父のことだから許容しよう。しか現実的には風化どころか、母の加齢を考えればありえない年齢で目の前に姿を現している。大切な部分がすっ飛んだ俺の質問に父は笑顔で答えた。

「いやあ、それでも結構風化しちゃったねえ」

以降、父は自分の野望をまくし立て、地球テラフォーミングされる日まで待つ、という辻褄の合わない台詞を残して再び原理がよくわからない機械に入っていった。それ以降再び父はいなくなり、母は数年後に安らかな顔で他界した。そうして家を受け継いだ俺の目の前に桜の木が映り込んだ。それは父が埋まっているはずのタイムカプセルから伸びているようだった。桜の樹の下には死体は埋まっていない。奇特父親が何年も埋まっている。あるいは父は桜になって喋りだすのだろうか。そよ風とともに花びらが鼻先をかすめた。

シンエヴァ

明日シン・エヴァンゲリオンを観賞するのだが期待していいものだろうか。

「序」はTV版と変わらず、「破」は絵も綺麗で展開も早く楽しめたがその分優等生感がでてしまエヴァの良さが半減していた。「Q」は新しいことをしたいのはわかるが視聴者が置いてけぼりで、正直シンジ君並に話についていけない。

「シン」はどうなることやら。

2021-03-29

ブコメベジータ死ぬというネタバレを見てしまった

これ

id:brain-owner 出自に強い興味はなかったかもしれんが「地球育ちのサイヤ人」とか、ベジータが死んだときに「おめえは大嫌いだったけど、サイヤ人の誇りは持っていた。オラも少し分けてもらうぞ」とかは言ってるよ。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4700481583012626498/comment/aa_R_waiwai

ベジータ…………死ぬのかお前……………

小学生の頃にドラゴンボールの確か魔人ブウとかセルが出てくるあたりがTVで放映されていたおっさんだけど、クラス流行らず、自分特にハマることもなく、キャラだけは知ってる状態で、なんとなくどのキャラサザエさんのように平和にやっていると思っていた。

ベジータ死ぬのか……

表現発言わずかにかえただけで、人が死ぬと思わない

規制ならい

売ってやろうと思った これは人が死ぬ

まして売ってほしくない さかさまだとかいいやがる

正義を決められる人 そりゃ人が自殺していませんか?って聞かれるわこんなもん

TVで人気ものになる以外の正義はないか

テレビで、人気を増やす方向でなら人を勝手撮影しても良い

anond:20210329111402

TV業界若い子が視聴しなくなってるから視聴して欲しい目的として声優を利用してる

それでも視聴しなければ、声優が出演するメリットいかTVに出なくなる

赤いボタンラストシーン(シンエヴァネタバレ感想

赤いボタンを知ってるか。



戦闘配置につくサクラが、自室から耐爆隔離室のシンジ電話をする場面。

「何かの時は赤いボタンで呼んでください」


赤いボタンナースコール的なものと思われるが、艦内が侵食された際もシンジ君が押さなかったため、

溶ける弾の次くらいにネタにされるアイテム

(押したけど停電で使えなかったという説もあり)


ただ、シンジ隔離室にはそれらしきボタンは見当たらない。

柱に緑と赤の丸いのが付いてて、これか?とも思ったけど、なんかの器具のランプっぽい。

それに備え付けならのナースコールなら最初説明するだろうし。

単純に、電話に赤いボタンがついてる可能性もあるが、それなら普通に番号教えればいいだけだし。

やっぱりサクラから直通のボタンを渡してたんじゃないかなぁ。

あとから電話説明してるのも、戦闘配置になったときのためにあらかじめ渡しておいた感じで。

「何かのとき」ってのも体調不良とか怪我とかじゃなく、

射殺許可理由ニアサー遺族に襲撃される可能性とか、

作戦の都合でエヴァに乗せられそうになる、みたいなケースも想定してたんじゃないかと。

普通医官ならどうしようもないけど、サクラ少尉には銃があるし。

あと、赤いボタン携帯式なら、DATとかチョーカーと同じくマイナス宇宙に持ち込んでたかもしれないんだよな。

押したらイマジナリーサクラ召喚される。

あとは、駅を出たところでポケットボタンに気づいて、押したら現実世界に戻ってくるとか。


振動の強弱が調整できるようになってて、ゲンドウに見せたら大人になったな…と褒めてくれるとか。






ラストシーンについて。



「相変わらずいい匂い」「君こそ相変わらずかわいいよ」ってやりとり、

アスカの裸に動じなかったり、別れ際に動画撮ろうとするケンケンみたいな、男女の仲をほのめかせてる感じがしてたんですけど、

「相変わらず」って言葉ちょっと気になるんですよ。毎日会ってる人に「普段と変わらず」とかあんま言わないじゃないすか。いや、言う人は言うかも知れんけど。

例えば、TV版の8話で加持さんがミサトさんのことを「相変わらず凛々しい」「相変わらず寝相は悪いのか?」みたいなこと言うんですけど、これ久しぶりの再会で、変わらないところを確認してるセリフなんですよな。だから二人も久しぶりに会ってるということなんじゃないかなぁ。

で、ゲンドウがマイナス宇宙人間には知覚できないから、LCL記憶から認知可能な形に再構成するみたいな話をしてたじゃないすか。

それで背景がミサトさんの部屋になったり、ゲンドウが子供になったりしてたんだと思うんですけど。

から相変わらずいい匂いかわいいってのは、再構成されても相変わらず現実記憶)どおりの匂いとか容姿で知覚されてるってことなんじゃないかと。声が神木に変わってたのは再構成されたからで。

マリの「だーれだ?」の下りも、ヴンダー内で一回やったことの繰り返しなんすけど、これはシンジ再構成されて知覚できなかった時のための符丁じゃないかと。

それと、字幕版だと役名が男と女になってた、とも聞いたことがあって。自分で見たわけじゃないか未確認情報ですけど、エヴァがないか普通の男女になったとも、シンジに似てるだけの別人とも言われてますが。観客もシンジマリとして知覚してるけど、マイナス宇宙から実際はわかりませんよ?ってことかもしれない。

まぁ、迎えに来たのはマリだけど、だからってマリエンドとは限らないんじゃないすか?って言いたいだけなんですけも。


なんで執着が宇部新川駅なのかってのは、うまくこじつけられそうもないしよくわかんないんですけど、

監督地元に行ってこれから庵野お礼参りするって解釈が一番好き。

シン・エヴァ感想 ※広義のネタバレ含む

この間シン・エヴァ観て来たので感想を書く。

公式ネタバレ解禁したらしいし。

ネタバレが嫌な人はここでブラウザバックするといいよ。

もう観た人やネタバレ別にいい人は読んでくれるとうれしいよ。
















まあ、ネタバレって言えるほどのネタバレも書く気はないけど。

観た人と感想を共有したくて書くだけ。

ま、断っとかないとうるさい奴がうるさそうなので。




















さて、書くか。

この作品エヴァンゲリオンは「完結」らしい。

実際に観てみるまでは、

またまた〜そんなこと言ってまたモヤっとしたエンドなんでしょ〜?」

と思っていたが、観終わってみると、確かにこれは「完結」であった。

シン・エヴァは俺に物語の「完結」という概念を教えてくれた。

すなわち、エヴァが「完結」するとは、観客が「もう続きは観なくていいか・・・」と思うことなのだった。

序を観た時は

エヴァなのに大人ちゃん大人してる!斬新!!!

って感想が巷に溢れていた。

そりゃもう本当、逆に斬新だったよな。

破を観た時は

「こういうエヴァがあってもよかった!!!続きが早く観てえ!!!

と思ったもんだったよ。

心がぽかぽかしたよな。

その期待を一身に背負って出てきたのがQだった時の絶望たるや。

まさに僕の気持ちを裏切ったな!状態

「完結」とは程遠い、「早く続きを観せろ!」という状態だった。

そして今回のシン・エヴァである

なんと言うか・・・シンプルダサい

キャラの心情の変化がおかしい。

「設定」を説明しきっただけで「物語」として成立していない。

おもしろくない・・・

なんとも言い難いのだけれども、全体的にダサい

綾波田植えをするのは斬新でよかったが、全体的になんとも言えないダサさが漂っている。

敵のデザインダサい

服のデザインダサい

セリフダサい

システムUIデザインダサい

画面がごちゃごちゃしていて、何と戦っているのか分からない戦闘シーンが多い。

だいたいエヴァセンスっていうのは、エヴァという制御できない力、現象への恐怖、畏怖、制御しきれない無力感

そしてエヴァという強大な力を恐れながら利用する人の賢さ、全能感、生へのしぶとさが絶妙バランスで混ざって生まれる、独特のものだった。

それがまるでない。

活動限界が来ないエヴァなんてエヴァじゃないだろう。

早く電池切れてさっきまでの超常の力を発揮できなくなって無力感に苛まれろよ。

そして思春期特有アイデンティティ・クライシスと相まって独自センスを醸し出せよ。

登場人物の心情変化がおかしい、公式解釈違い起こしている。

劇中でさんざんシンジに「メンタル弱すぎ」って怒鳴ってるアスカだけど、

トウジやケンスケが大人の余裕でうじうじしたシンジを受け入れ、心の傷が癒えるのを辛抱強く待っているのに

「先に大人になった」って自称してるアスカ子供のまますぎてイラつく。

14歳女の子がそういうキャラだと愛らしいのに、28歳でそれって、単純にキャラとして魅力がない・・・

シンジ立ち直るの急過ぎるだろ。

心的外傷を負って何もできなくなっても腹は減る。

泣きながらレーション食べなきゃならないのは情けないよな。

どうなるんだろって思ってたら、様子を見に来た綾波に、

「みんなどうして僕に優しいんだよ!」

って叫んでて、自分がいじけてるだけだって自覚あるんか〜い!

シンジよ、綾波が溶けて悲しいか

それが「大人」になるきっかけになったらしいが、まともにからんでたの一週間くらいだろ。

多分一番悲しんでるの、一緒に仕事してたおばちゃん達だぞ。

それくらいでキャラ変わるくらい成長すんなよ!!!

だいたい、シンジ君はメンタルが弱いというほど弱いわけではない。

いきなり巨大ロボを操縦して巨大生物と戦えって、誰だって

「できるわけないよ!」

って言いたくなるだろう。

例えば、近所に熊が出たから、

「猟銃持って駆除してきて」

って言われて

「やってみる」

って言える人はどれくらいいるんだ?

10代でも30代でも60代でも、目の前に傷だらけの少女が出てきて、お前がやならきゃこの子が熊撃ちに行くぞって空気圧力かけられても、やるなんて言い出せないだろ普通

それをやるって言えるんだから男気のある奴だよシンジ君は。

ただちょっと陰キャなだけだよ。

やったことないだけの釣りを「できない」なんて断る奴じゃないだろ。

公式解釈間違ってるとしか言いようがない。

後半では何かと「やってみる」と言うようになるが、そんな安請け合いできるような簡単な話だったら誰も苦労しないんだよ。

つまんねぇな!!!

そして、自分はこれが一番の問題だと思うが、ゲンドウとユイのなれそめが映画の中で描写されてない。

観客の大部分はTV版も旧劇場版も観ているから、ゲンドウが人類補完計画を進めている理由は知っているはずだが、新劇の中ではほとんど触れられていない。

もしも新劇だけを観ている人がいたら、ゲンドウに向かって

「ああ見えて実はカワイイ所がある」

なんて言う女性がかつて居たという、衝撃の事実を知ることはない。

ここを書き忘れたなんてことはありえない。

後半でゲンドウが半生を振り返りながら内心を吐露するシーンがあるのだから

その前に生前ユイゲンドウの心温まる交流の回想でもなければ、このシーンの価値が無くなってしまう。

人類を皆殺しにしてても取り戻したかった物がなんなのか観客に示すことなく、

ゲンドウの内心に大きく尺を割く制作上の動機はない。

から制作陣は、TV版にはあったこれらのシーンをわざと省いたのだ。

なぜか?

おそらく、制作陣はシン・エヴァを、序から始まる新映画版を完結させる気で作ってないのだ。

もうこれ以上「続きを作れ」と言われない形でまとめることだけを優先したのだろう。

よっぽどもうエヴァを作りたくないんだな。

いろんな所から「もうエヴァ作りたくない」ってインタビューが聞こえてきてたけど、これほどとは。

もしゲンドウの行動を正当化できてしまうようなシーンを描いてしまったら、

前半で描かれたトウジやヒカリケンスケの、慎ましくも幸せ生活を全てぶち壊してでも取り戻したいと思えてしまえるような、

そんな幸福ゲンドウが得ていたと描いてしまったら、必ずファン

「続きが観たい」

と言うからだ。

今回のゲンドウの内心の吐露で、ゲンドウは子供の頃から陰キャで人嫌いだったのが大学ゼミ彼女できて全部どうでもよくなった、っていうしょうもない奴だと分かってしまったわけだ。

ユイとの生活では、さぞかしカワイイ所を見せていただろうよ。

でもそれはシン・エヴァでは描かれることはなかった。

だってそんな所を見せられたら、「続き」が観たくなるもんな。

エヴァの『続き』を作れ」

って言われてしまうよな。

いくらでも商業成功できるスピンオフ展開が思いつくぞ。

碇ゲンドウの子育て日誌なんてどうだろうか。

不器用だが一生懸命ゲンドウがユイと一緒に赤ちゃんだったころのシンジを育てる話とか。

絶対に当たるわ。

離乳食を食べさせようとして悪戦苦闘するゲンドウ。

手が滑って自分の頭から離乳食かぶってしまう。

なにやってんの!」

とあきれるユイ

そこで一言

問題ない」

絶対に当たるわ。

実際にこういうスピンオフをやるかどうかはともかくとして。

そういう話を考えたくなるほど、物語にのめりこめるってことが重要だった。

エヴァはそういう物語だった。

だが、それじゃ永遠にエヴァの続きを作れ」と言われてしまう。

から、のめりこめない話を作って「完結」にした。

そういう制作陣の意図が随所に感じられる作品だった。

つまんなかったな。

から俺達が言うべきことは一つなんだろうと思う。

エヴァはもう忘れた!

シン・ウルトラマン楽しみにしているぞ!!!

2021-03-27

TV見てたらモンゴルの人が祝いの席でホーミー披露してた

なんかどっかで聞いた事あるなと思ったらうちの猫の鳴き声にそっくりだった

anond:20210327225917

んーー、その志を貫くなら、未婚だけのユートピア建設すればいいんじゃないか。

音楽漫画TVも、全て製作者は未婚者のみ。

ハラル認証じゃないけど、うっかり既婚の作品に触れることなく、安心して過ごせる。

ユートピア人口をどうやって維持するか?

移民しかいね

anond:20210326175758

なんでもそうだけど、メジャー化すると切っ先が鈍ってつまらなくなると思う。


個人的にはVTuber界隈で、にじさんじがそれ。

昔は学生のあつまりみたいなノリで、

夜中に無目的に集まってマイクラ内で頭悪い会話して

それを8000人とかの視聴者が笑いながら見ているとかだったけど

今は人気ライバー企業との仕事も増え、

ソロ配信ならともかく、「夜中にみんながなんとなく集まる」なんていう暇ゆえに起きるような状況も無くなり、

TVみたいなコンプライアンスも増えて発言に気を使うようになり、

悪い意味で丸くなってしまった。

社会性って意味では多分いいことなんだけど、丸くなるとつまらなくなるんだよね。

2021-03-26

日に日にサウナ雰囲気が悪くなっている

意識高いのが増えて、自分を含めた『何も考えずに汗かいて水風呂入ってただけ』のオッサンの居場所が狭くなった。

おっちゃんはさ、さほど興味ないTV見ながら適当に入って、適当に汗流して、適当に水風呂浸かるのを繰り返したいの。湯上がりのビールで全部ご破産なの。

QOLとか整うとか自分は興味ない。何を興奮してんだか分からないし、そういう人はなんか都心の高い銭湯行けば良いんじゃないの?

地元銭湯とかハンモックや蜂の巣みたいなベンチある漫画コーナーもないスーパー銭湯サウナでイキるのは違うんじゃないかな?あと健康センターも。

あえて結末を書かない物語が好き

言い換えると、無理やり終わらせる物語が嫌い。

例えば恋愛ものなら、二人が相思相愛になったり実際に付き合い始める描写があるより、例えば数年後に運命的な再会を果たすシーンで終わってしまうような感じのほうが、その後に自分の中で妄想がはかどって楽しいしワクワクする。

そういうのも一つの素敵な読後感だと思う。

それよりも、例えば再会後に無理やり時間を進めてヒロインが歳をとって死ぬ直前のシーンで愛する子供たちに囲まれ幸せだったよみたいな終わり方のほうが気持ち悪い。

いいって。そんなに無理やり終わらせなくても。

だけど、過去わたしが言うような終わり方をした作品というのは、大抵評価が低い。

皆が口を揃えて「結末を書け!」みたいな感じになってる。

そういえば最近エヴァ話題だけど、劇場版は見てないから知らないけどTV版の最終回わたしは割と好意的だった。

あの拍手のシーンがよかったという意味ではなくて、クライマックスに近い状態からその後の解釈を見る側にゆだねたんだなって思えたので、結末が語られなかったことに対しては特に不満がなかった。

なんなら一応の終わりという形を求められた結果にあのシーンがねじまれたのであれば、作者は辛いだろうなくらいに思っていた。

この辺は、当時の漫画とかで風呂敷広げるだけ広げて収集がつかなくなって夢オチみたいなパターンを多く経験してたからある程度慣れてたのかもしれない。

でも、そしたら案の定「結末を見せろ!」って大騒ぎ。

あの日からずっと本当の結末を見せろ!って言われ続けてきたわけでしょ。それがファンのやることなのかな?とは思うよね。

だって、それって作者の考える結末じゃなくて、俺が納得する結末を見せろ!ってことだもんね。

出されたものを全て受け入れて好意的解釈するように努力するのが本当のファンだと思いますわたしはね。

大体にして、人生がいつもドラマティックではないように、一番ドラマティックだった部分だけ楽しめばいいでしょという考え。

若かりし頃に盛り上がった恋人同士が歳をとって冷めきった話なんて聞きたくないのと同じ。

最近の作者は風呂敷も広げすぎずにしっかりと終わらせてくるのですごいなーと思う反面、余韻に浸れる時間が短いし、結末が決定づけられてしまうことで妄想が付け入る余地がない。

「ああだったらよかったのにね」とか話さないわけじゃないけど、決定している結末があるのとないのとじゃ盛り上がり方が全然変わってくる。

文学作品なんかだと本当になんの説明もなくいきなり終わったりして、蛇足みたいな続編も出さずに全てその後の物語を読者に委ねてくれるようなのが割とあって楽しい

商業作品からマジョリティに合わせるのは仕方ないかなとは思うけど、そう考えるとこれぞ最高の読後感!っていうのが最近はあまりないなって思う。

ところで結末ってけつから松が生えてるみたいでかわいいよね!

エヴァンゲリオンは未見なオレが解説をする

エヴァンゲリオンはついに完結した、という人と、結局終わっていないという人がいるようだ。そこいら中で感想文が書かれているので、映画見なくてもなんだかわかる。

キャラクターたちは自分の居場所確立して日常に帰って普通に生きていくことになりましたとさ、という終わりだったんだろうな、と。

誰と誰がくっついたとか、誰と誰がどうなったとかそういう細かいのはもちろんわからないけど、このオチに対して、納得している人から拒絶している人まで様々だ。

前の映画でもアニメでも庵野はおそらく同じことを言っていると思う。ただその時の人間としての成熟度とか、監督映画のつくり手としてのスキルから違って見えるかもしれないんだが、結局「もう自分の殻に閉じこもって被害者ヅラしてないでとっとと出てきて日常をおくれ」ということなんだと思う。

そして、「エヴァンゲリオンは結局終わらなかった」という人たちはこの「日常にもどれ」というのが受け入れられないのだろうな、と思う。

もうちょっと言うと「日常がこんな退屈なものであって良いはずがない、自分が送っているこの日常と呼ばれる退屈極まりない過去から未来の流れは偽物でどこかに本物のエキサイティング日常があるはずだ、せめて物語の中だけでも良いから見せてくれよ」ということなのかもしれない。

シンジは確かに退屈そうな日常を送っている少年だ。いっつも部屋に閉じこもってふてくされて音楽ばっかり聞いている。それをある日父親に(父親自らの殻を破るという代理戦争名目で)無理やり引っ張り出される。そこにエヴァンゲリオンという文脈を載せてしまい、内容も哲学的にしてしまったがゆえに「こじらせた人々」を量産した。

小林よしのり戦争論ネトウヨがガーッと盛り上がった(当然それより前にそういう人らはいたが)り、そんな感じの時代であったようにも思える。

今の新劇場版からエヴァンゲリオンを見た人たちと、TVから呪縛に囚われた人たちの期待値も違ったことだろう。

ついに新劇場版で俺達の納得行く結論が見られる!という人たちは多かっただろう。納得の行く結論がなにかもわからないままに。

結局庵野テレビ劇場版新劇場版で3回同じことを言った。25年間囚われたままの人たちが納得できるはずもない。もうもはやわけのわからないイデオロギーしかないだろう。「このアニメには俺達の何かを打ち破りなにか新たな世界に導くそんななにかがあるに違いない」と思い込んでしまった人たちは残念だったけど、結局エヴァンゲリオンは「シンジくんがここにいても良いんだって思える物語」というTV版かなんかが終わった直後に庵野が言ったこれ以外の答えはない。

そこに至るまでに父親とは決裂したのか、和解したのか、人々は残ったのかそうでもないのか、本人がぶっ壊れたのかそうでないのかと言った違いはあるが。

そういうわけでエヴァンゲリオンの言いたいことは「生きていくしかない」ということなんだろうと思う。

新劇場版ではどうやら後日談的なことも盛り込んでいて、庵野が「生きていくしかなくなった主人公たちは結局どうなったのか」まで思いをはせられるようになった、もうちょっと言うとシンジ視点からゲンドウの視点になって客観的に彼の人生俯瞰できるようになった、ということくらいだろうか。

そんなわけで、見に行きたいが長そうで躊躇している。

結局Youtubeだの何だのと言いながら

一般化するに従って内容がワイドショー化しているので、自分にとっては雑音化しつつある。

TVオワコン作為的などと言いつつTVと同じところに丸く収まりつつあるところを見ると、TV番組構成作家視聴者におもねり続けた結果生まれた、と言っても言い過ぎではないように思える。

2021-03-25

うっせぇわの過剰推し気持ち悪い。

狂信者推してくるからほんと反吐が出る。

その反動メディアTVとかで流し始めてから気持ち悪さがMAX

ホント気持ち悪い。

歌は悪くないけど、推しが酷すぎて嫌悪し始めるようになった。

2021-03-24

大地震コロナどっちがやばかった?って質問

すると、そら大地震よという人がおおい。

いやワイも覚えてるはずなのだフツーに仕事が忙しかったせいかよく覚えてない。

しか発生が金曜日やったっけ?

土日でなんとか列車は復旧してフツーに月曜から働いてたけど、

なんか列車に並ぶサラリーマンもいつもよりえらく暗かったのを覚えてる。

奇妙なぽんぽんぷぅ~んみたいなCMばかりが流れて、なんか世界バグった感じで気味が悪かった。

コロナでも自粛ゆうてるけどあの当時の暗さはない気がするな。

TVやらネット平常運転だし、むしろ株高のせいかみんな元気にみえる。

もちろんキャンパスライフが思ったものと違った新人大学生とかは可哀想だと思うけどな。

今回のコロナは大震災のように災害という感じじゃなくて、

なにか別の方向に人類シフトするための段階のような感じがして、メリットも多いと思う。

たとえば無駄会議が減ったとか、無駄手続シンプルになったとかさ。

こないだ役所書類にハンコ不要って書かれてて感動した。

こういうのもコロナがなかったら10年くらい遅れてたんじゃない?

まりなにがいいたいかっていうと、他人世界への感謝は持ちづけないといけないね

今日地方紙九州田舎

皇位安定継承有識者会議記事に、やはりと思ったが「女系女性天皇問題について当たり前のごとく「女系」「女性」の解説がない。

まるで同意義のようにのべられており、今までの経緯や現状・現実が全くなし。地方独自解説付け加えるわけでもないので、おそらく共同通信などの一括記事

これじゃ地上波TV新聞が正しいと進行している人達は騙されるしかないのだなあと。

一歩通行のメディアはやっぱり、注意が必要だよと思う。訂正記事なんてよほど注意しなきゃ見落とすようなレベルしか記載がないし、責任追及されないし。

anond:20210315212739

カヲルくんのとこは、カヲルくんはアダムの魂を持った存在から多分何度やり直しても地球アダムがはじめての生命体ということになるんだよ。人類(リリン)の祖はリリスだけど。

からカヲル君がこれから地球作ってこか〜っていう前に書く設計図生命の書であり明言されてないけどこれがゼーレの持つ死海文書

TVから旧劇での人類補完計画とか(新劇時間軸でも何度かなんらかのミスが起きて)で地球という星の誕生から何度もループやり直して再生してるけどカヲルくんはその円環の中で出会った人類補完計画の要にされてるシンジのことが気がかりで毎回生命の書に名前を書いて救おうとしてた

解釈してる

(追記)カヲルくんがループしてるかもしれない描写は序からあるよ

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