はてなキーワード: 教養とは
話せるようになりたい
どうしたらいいんだろう
↓ 就労に期待される常識(キータイプ)などが無い/出来ない、故に稼げない、生活保護など難しくてわからない設定
↓ あれ?
参考にしても意味がないです
私も家にいた時は成績はよかったです
その違いがあるんだと思います
作文自体は上手いとは思う。でも設定が毎回酷い
何というかそらKKOになるよっていう感
マスコミが愚かなインタビューを続けるのはそういうのを望んでいる視聴者がいるからだ。要するに日本人がバカなのが問題なのだ。
日本の大学生が一部のトップ層を除いてまったく勉強しないのは有名な話だ(卒業が簡単という問題もある)。大学受験が終われば勉強することをやめて遊び放題。恋愛、飲み会、サークル、ヤリサー、アニメ、漫画、ラノベ、ゲーム、ネトゲ、ソシャゲ、パチンコ、風俗……。これが日本の現実。テレビCMも日本の民度をよく表しているといえるだろう。
本来大学入学後の高等教育でいかに自分を高めるかが重要であるのに日本人は大学入学試験を通過すると学習をやめてしまう。高等教育で得られるはずの教養をないがしろにし頭はずっと大学受験のままだ。暗記でどうとでもなる簡単な入学試験が頭の良し悪しを測る尺度になってしまっている。これは日本人全体の問題だ。真の意味での「知」を軽侮し、雑学クイズに明るいことこそが褒められる。日本はそんなレベルだ。大学入学率が50%程度あっても日本人はずっと雑学クイズから抜け出せず愚かなままなのだ。
視聴者である日本人がバカだから日本のマスコミはバカ向けに報道する。もしバカ向けでない番組制作をすれば視聴率が取れない。商業主義のマスコミは商業主義を裏切るほどにはバカではないから、バカ向け制作をやめないだろう。
隣国の歴史に無教養な大衆は知らないかもしれないが、韓国軍なんて民主主義を弾圧して1990年あたりまで独裁やってたクソオブクソ軍だろ。それがほんの30年前だよ。
それでいて大した反省もしてないし、全国民の若者をこき使える徴兵制の弊害もあってやりたい放題で、韓国国内でもパワハラとかめちゃくちゃ問題になってるわけよ。
もともとろくでもないところなんだけど、ただ北朝鮮と向き合うっていう極めて重要な役割を引き受けてるからアメリカ側陣営の味方ということ。
だから今更嘘ついたからあいつらがクソだってことがわかったとか騒いだってどうしようもないし。制裁とかしようにも北朝鮮を利するだけなわけ。
日本が独力で北朝鮮と対峙する気がないんだったら韓国軍の解体みたいなことはできっこない。
今一番できることとしたら韓国軍と自衛隊との上位指揮にあたるアメリカ軍に頼って(日本側の主張を納得させて)仲裁してもらうことだと思うんだが日本政府はちゃんとやってるんだろうか?
それができなきゃ万が一撃ち落とされてもいいように哨戒機をもう1機買うしかない。無人機の導入を検討してもいいと思う。最初から信じない姿勢が大事。
子供の教育も良くなるって言うけど、幼児教育や初等教育で馬鹿しかいないっていう地獄は変わらない。
地方出身者と話すと、まともな教養無いし、芸事できる奴が本当に少ない。
地方勤務だったときは、本当に酒パチンコしか趣味の無い奴が多かった。
もう、滅びろよ。
ほんとにフェイクだとしたらラノベ作家の下手な文章の再現がとてもよくできてる。フェイク宣言自体がフェイクだとしてもやはりラノベ作家の書く文章は下手だなというか。文章下手なのにラノベ大好きはてな民は「さすがプロは文章がうまいなあ」などと絶賛してしまう。
今のはてなはまともな本を読んだことがないやつ多すぎる。ラノベオタクの巣窟であるはてなは「インスタントな知」とでもいうべきものに支配されてる。ラノベオタクと話をするとわかるが、彼らはウィキペディアで今知ったような知識やネットで何の根拠もなく垂れ流されている説を平気で語り出す。当然諸分野に対する理解が浅いので話は噛み合わないのだが、彼らは自分が知識人教養人だと思い込んでる。
結婚を見据えてお付き合いしている人がいる。
優しく気遣いの良くできる人で、ずっと一緒にいてもストレスを感じない。見た目も私のタイプでずっと見つめていられる。
だが彼には趣味が無く、休日は家でテレビを見ているだけ。話すことは仕事とテレビと食事の事ばかりで全く面白くない。知的好奇心が薄いんだと思う。
普段はこのことに対して何も感じないけれど疲れているときに彼の面白くない一面をみてしまうと思わずがっかりする。
彼のことは心から愛しているけど彼にもう少しでいいから教養があればいいのになと思ってしまう。
人を変えることは多分難しいから彼が面白くないという事にがっかりしたり苛ついたりしない自分になりたい。
読みにくい文でごめん
もし良かったら読んでください。
私(女)は小学生の頃、箸の持ち方を知らないばかりか、食べる時には口を閉じてくちゃくちゃ言わないようにするとか、お皿の中に手が入らないように食器を持つとか、そういう生活常識を知らなかった。
髪は週に1,2回しか洗わないし、梳かしたことはほとんどなかった。まともな櫛やドライヤーも家になかった。同じ毛玉だらけのセーターを毎日着ていた。成長期なのにあまり顔や体を洗わなかったから、顔や背中の肌が荒れて、ニキビだらけだった。
(背中のニキビの一部は皮膚の病気になり、今も通院しているけれど、手術後も再発・肥大し、痛みと痒みが続き、大きく背中が開いた服を着ると見える。)
小さい頃からベビーシッターによく預けられて、母は友達と遊びに行ってしまう。
今思えば子供への関心の薄いネグレクト家庭だったのだが、両親はちょっと変わっているだけで、全く虐待している意識も攻撃性もなく、学校の先生が家庭訪問に来ても、新築の一軒家住まいで5月の庭には数種の薔薇が咲いており、特に生活困窮しているわけでなかったから、異常を見つけてもらえなかった。
家はあまり掃除されておらず汚かったし食事も買ってきたお惣菜や冷凍食品ばかりだし誕生日もほとんど祝ってくれなかったし学校の話も無関心でテストや定期試験の答案さえ見せたことがなかったけど、どうしても欲しいゲームや必要なものはある程度買ってくれるし、風邪を引けば病院に連れていってはくれた。
母の少女趣味で、4歳からバレエやピアノの習い事もしていた(両方とも下手だったけど)。
そんな子供だったから、小学3年生のとき、給食の牛乳を飲んでいる途中で、飲み方が悪く、むせて吐き出してしまったのをきっかけに、周囲の子どもに「汚い、キモい」などと言われ始めたのをきっかけにいじめが始まった。
私が触ったものは全て汚染されていると言われ、みんなそれを信じるようにして、避けるし、触れることがあったら菌がついたと言い他の人に鬼ごっこのようにして移す。一見遊びのようだけど、やっている人たちもからかってるわけではなくて、時間が経つうちに学年中に知れ渡り、狭いコミュニティの中では迷信のように真実めいていた。村社会的に、コミュニティ全体の常識がシフトしてしまい、今の自分と比べてずいぶん汚い身なりだったし、性格も卑屈寄りだったのでなかなか理解しがたいとは思う。あえて例えるなら、見た目に特徴のある障がい児に起きることのあるいじめのパターンがあるとすれば、それに似ていると思う。
いじめは中3まで続き、何人かの男児から、登校中に因縁を付けられて、石を投げられたり、お腹を蹴られたり、持ち物に触れたという理由で土下座させられたり、ゴミをかけられたり、クラスの8割程度の人に配った給食を残されたり、描いた絵を破られて路上に捨てられたり、カッターを持って校舎内を追いかけ回されたりした。
運悪く、担任の先生は小1から中3まで毎年変わってしまっていて、特にこちらから何もお願いしなかったから(当時の自分は、そんなお願いは聞いてもらえないと思っていたから)、特に主犯格と言えるような男児とクラスが中2までずっと被ってしまっていたし、ほとんど対策がとられなかった(こちらが言えば注意ぐらいしてくれるけど対象の人数が多すぎてキリがない)のも長続きしてしまった原因の一つ。
たまたま中2の時に、登校時に下駄箱を見たら、自分の下駄箱に他の男児の上履きが突っ込んであった。
これは、私ではなくて上履きの持ち主をいじめるためで、この頃は時々あったことなので、その上履きを適当にすのこの上に置いて、特に気にせず、教室に入ると、今度は机の中に同人物の教科書がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
取り出すのに苦労していると、当該の男児が登校してきて、自分の持ち物を“汚い”私の元に移されたことを怒っていた。
そもそも私がそういう前提で扱われることに納得いっているわけではなかったので、私も何か言い返そうとしていると、チャイムが鳴り、担任が入ってきた。
「何してるんだぁ!」と担任が一喝すると、クラス中の注目が集まった。
みんな知っていることとはいえ、表沙汰にされるのが怖かったし、恥ずかしくもあったので、その時は数年ぶりに人前で泣き、それも一言では言い表せない気持ちが色々あり、通夜のように静かに激しく泣き、ホームルーム中ずっとその嗚咽が教室に響いた。
担任に話を聞いてもらい、事態は理解してもらえたが、たった1年の付き合いの担任に比して、周りは長くて8年ぐらいの間柄であるから、今更自分への扱いが変わることはなく(誰かが私に優しくするとその人がいじめられるので)、菌扱いはずっと続いた。ただ、その頃には周りも異性などに興味が移る人が多く、積極的にそういうことをしてくる人たちは減ってきていたかもしれない。
私は他のクラスメイトとは自分と感覚が違いすぎて今見れば普通の人たちとも関わるのも怖く、多くの人とはあまり喋らず距離を置いており、関わることがあればそういう人たちだったのでわからない。
自身、かなり頑固だったので、耐えなければいけない、自分が悪いと思って、不登校にはならなかったし、転校も考えたことがなかった。そういうことを言うと、何事も大ごとにしたくない親や周囲の大人が嫌がるのがわかっていたし、恥ずかしかったし、どこへ行っても同じだと思っていた。
友達が少なく読書をよくしていて、進研ゼミも取っていたので(教養コラム読むのとシール集めに赤ペン先生出すだけで一般教材はやらなかったが)、勉強は得意だったので親に頼んでバレエを辞め、好奇心から塾に通わせてもらった。
成績が良かったので、塾の講師にも会社実績を上げるためのエースの一人として熱心に指導をいただき、都道府県で公立トップの高校に進むと、周りの人たちがガラッと変わって、周りは賢くて志の高い人ばかりで、誰も自分をいじめなかった。とても驚いた。廊下で男子にぶつかったとき、気持ち悪がられて罵倒されるどころか、「ケガはない?」と心配してくれて逆に申し訳なくなった。
中学生ぐらいからは、部活の友達が居たこともあり、少しは身なりの整え方などが改善され、今まで全く笑わなかったが楽しさを感じて笑顔が出るようになったこともあり、普通に友達や仲間ができた。
しかし、高校3年生になると、みんな受験勉強に勤しむので友達付き合いを控えるようになり、元々大学を目指しているわけでもなかった自分は高校生からは成績がかなり悪く、学問は諦めて美大を目指していたが、絵の勉強に身が入らず、部活も終わりかけ、家族とは相変わらずあまり関わりがなかったしとても孤独で、GWの間、一日7時間ぐらいいろんなことを考えた結果、人生がわからなくなり、5月下旬に家の中でパニック発作を起こした。
流石に親が心療内科に連れて行ってくれて鬱の診断をもらった。
頭の中の時間感覚がおかしくなり、好きな授業もあったけれど、教室でじっとしているのが怖くて、家や保健室でボーッと過ごす日が続いた。
結局ほとんど絵も学問も勉強しなかったので、試験には落ち、浪人生の身分となった。
浪人を始めた頃には少し鬱は回復していたので、一念発起して美大ではなく私立文系の勉強を始めた。ついでに、不細工と言われ続けた顔を鏡で見ると昔を思い出すので、貯めてきたお年玉をはたいて眼瞼下垂気味だった目を整形した。
高校に入ってから部活や他の趣味ばかりでろくに勉強していなかったけれど、一年間ほとんど勉強だけしていたからか、早稲田大学の3学部を受け、全て合格した。
それから先も多少いろいろあったけれど、今は政令市の地方公務員として働いている。
陰険な上司や先輩に当たって虐められた年もあったが、今は環境に恵まれて毎日が過ごしやすい。
20歳頃からは皮脂分泌が落ち着いて肌荒れしなくなり、髪も縮毛矯正をマメにかけるようになり、あれほど男子に不細工、キモい、近寄るな、死ねなどと毎日言われていたのに、今は男性もみんな優しい(それでも同年代の男性が今でも怖いし、年をとったり、見た目が悪くなった途端に冷たくなるのでは?と思う)。
過去のことは忘れないと思う。
というか、昨夜も夢に見たのが今回文字に起こしてみたきっかけ。
幸せな子供時代というものも味わってみたかったけれど、人生一度きりだから仕方ない。今後のことはわからないし、何かの糧になったと思って今を楽しく暮らすしかないのかもしれない。親にはお金の面ではありがたいと頭では分かるが、気持ちとしてはどうしても感謝できない。
今の私がそのまま子供に戻れたら、もっと周囲に訴えかけ、逃げられないなら転校だってできた...と思う。10〜20年ほど前だから、今の時代よりも支援は得られないかもしれないが、多少の嘘をついて逃げても誰も大して困らなかっただろうし、何より自分の人生を大切にすべきだった。
普通に考えて共通のアイデンティティーである国旗、国家を雑に扱っていいはずがない
大昔、人はどうやって他人を自分たちと同じ人だと認識してると思ってるんだ
知らなくたって考えば分かる
夜中火を囲んで音楽を楽しんで、絵を書いた
その中で印象的な絵は体に刻まれ岩に刻まれ共通のシンボルとし他人と自分に同一性を見出していった
人はそうやって象徴を作ってそれを大切にして家族を守り仲間を守り村、街、国へと発展していった
日本の国家も国旗も当然数え切れない人の思い中で紡がれて今に至ってる
こんな簡単なことすら理解できないやつらがインテリぶって上から目線で日本を批評したり
そんなの俺は耐えられないよ
頼む殺してくれ
申し訳ないのですが、読みにくい文章と感じました。私の読解力か、貴方の作文能力が不足しているのだと思います。
そのあたりを選抜する意図で、国語の問題は作成されているのではないでしょうか?
理系で二次試験に国語を課す大学はある程度限られると思います。そのレベルの総合大学の入試問題は、受験用の問題を作らせるのが勿体ないレベルの研究者が、かなりの時間と労力を割いて理詰めで作っています。ですから正答を導く論理がない、センス勝負の科目になるとはとても思えません。
文学的な修辞の中にも構造があるのだ、というのは教養として広く知られるべきだと思います。
自分には理解・習得できない体系を、重要でないと見る着眼点は、なかなかユニークだと思いますが、大学で何かを学ぶには向いていないように思います。
※この記事はただの1ファンによるダイレクトマーケティングです。
新都社出身の人で、世界観が独特で深い教養と思考を感じさせるタイプの作品を描く。
たまたま見つけて以来、すごいファンで、こっそり追い続けている。
商業デビューということで、新都社からは登録削除してしまったようだ。
消えてしまった作品が今だけ無料で読めるので、是非読んでほしい。
http://tirasimanga.web.fc2.com/TUM/038/038.html
これも面白いけど、単行本に載る予定の金魚の人魚シリーズがマジで傑作。是非そっちも読んでほしい。(もうすぐそちらも無料公開されるみたい)
好きな人はめちゃくちゃ好きだし刺さると思う。ハマると思う。
単行本売れてほしいなあ。
こういう雰囲気って昔でいうとガロとかそっち系で、今は中々商業に載ることが難しいと思う。
こういう作品が商業になって、作者にお金が入ることはとてもとても喜ばしい。
これ普通に正面から持ち込み行っても絶対編集にお断りされるやつだし・・・
こういうの増えてほしい。
読者にとって読みやすく分かりやすいエンタメ作品もいいけど、そればっかりでなく、こういう趣のある作品でお金が入る世の中になってほしい。
発売されたら買いたい。
クラスに数人はいた印象。ほんとに彼らが差別感情がなかったかどうかは知らない。外から見てるだけだからな。高校ぐらいが一番フラットで大学くらいから逆に感化される人間も出てきて、別の意味で増えちゃったみたいな。
彼らをざっくり見ていたらなんとなくの類型はあったような気がして。
・育ちがいい
一言で括るとアレだし、育ちが良くてもいじめっ子みたいなのもいるので、イコールではないが、金持ち喧嘩せずなのか、教養の差なのかあまり差別感情が目立ってなかったな。
・宗教心が強い家庭
差別心もそうだけど、その他のことも割と距離があるというか。自分は信心深くもないので、彼らの世界はよう知らんけど、差別心という意味においてはそじゃないか。
・大家族
なんか差別というより貧の要素が強く、雑事にかまってられないような気ぜわしさがあったような
なんかストレートにそうだったような
固定観念が強いような。まぁ子どもたちはたいていそれ見て逆になったりもするものだけど。
成り上がっていく人たちは得てして、意見が強いからね。まぁ子どもたちはたいていそれ見て逆になったりもするものだけど。
ふと思った事。
別にそこまで絵画に対する知識とか教養深いわけじゃないけど美術鑑賞好きでよく美術館に行く
結構日本人に人気ある画家だったからか美術展はとても混んでいた。
その日は建物の外まで並んでいた。
で、中にやっと入れていつもどおり
友人と「この絵のここの質感の描き方がいいね」とか「構図がいいね」とか
まあ一般人の絵を見て思ったなんてことない感想を話してたんだ。そしたら、前に立ってたオバサンが急に振り返って
「美術館でしゃべっちゃいけません!!」
って言ってきたんだ。
本当に美術館ではしゃべっちゃいけないのか?
うーん、もしかしたら美術館は図書館・映画館と同じくくりの公共施設で、
ひとりひとりが絵に集中するためにしゃべっちゃいけない、と考える人もいるかもしれない。
もちろん、美術館でも大騒ぎはいけないと思うし、下品な話、「このあと昼ごはん何にする?」みたいな話をしていたら邪魔だと思う。
でも、我々は普通に絵の感想を話していただけなんだ。声の音量もそこまで大きくなかったと思う。
騒いだり、変な話をしているわけじゃなかった
それに、図書館や映画館(特に映画館)は施設側から私語を禁止しているけど、
美術館で「私語するな」って言ったり書いたりしてるところ、見たこと無い。
そのとき一緒に来てた友人も大学の授業で「美術はやんや言いながら見るものだ」と教わったらしい。
自分の視点のほかに他人の視点があって、それを共有して広がる鑑賞の世界やなんやもあるんじゃないの?
やはりもう一度問いたい。
本当に美術館ではしゃべっちゃいけないのか?