はてなキーワード: 流入とは
好きな作品にハマる
→一万分の一票でしかなくて寂しい
→金が出せなくなった途端に寂しい
→自分で自分を満足させるためもあって創作を始めツイッターになげる
→下手でみてもらえなくて寂しい(※現状のツイッターについて https://twitter.com/TomaMusicAct/status/1559491393457778688 参照。要は「つながれなくなってる」。あとテラー流入のピクシブもおかしなことになっている。作品投稿を節度ある態度でするにはオンラインイベントが有利です)
→特殊性癖もち同士でつながれた場合Aへ つながれなかった場合Bへ
A→手探り→通話で盛り上がれるように→イベントでオフ会←このへんまでは寂しくない
→性癖が一段落するとあまり盛り上がらなくなってしまう(新鮮な驚き、尊重の気持ちがなくなる)→自分も知らないうちに代わるしまわりもかわってしまい孤立へ
→新しい萌えをさがせたら冒頭へ
→探せなかったらBへ
B→いつまでたっても自分は一人だ→もうオリジナルやるしかない→もちこみ編集にもちこもう→プロになれたりなれなかったり→
いまは編集さんと戦略練ってることもあって読者さんから予想通りの反応はくるけど、いってはいけないことを言い合っていたあのころ(A)が一番楽しかったな→年を取って創作できなくなる→普通に死ぬ
デマを信じているオタク側はプール底のミッキーマウス事件以降の情報を更新せず、さらに「リア充の巣窟であるディズニーランド」という偏見から
ディズニー全般を逆恨みし続けたまま大人になってしまった。二次創作とコミケこそ日本のオタク文化が世界一である理由だと信じているため、そんなアマチュアの世界にも
米国大手資本のキャラクター文化が流入してくる事実を認めたらアイデンティティーを喪失するため、何度証拠を提示されても頑なに認めようとしない。
更に直近でポリコレ云々による深夜アニメ叩きによる被害者意識とアナ雪2ステマ問題によりネガティブな印象が界隈に根付いてしまっている。
一方ディズニーファン側はキングダムハーツに対する印刷所側の一方的な印刷拒否とネット上の自治厨からの弾圧という理不尽な扱いを四半世紀も受け続けてきたため、
既存の同人オタクサイドに対して大なり小なり恨みを抱いてしまっているので、ディズニー同人はOKだし普通に刷れるという事実を教える際に喧嘩腰になり、
愛国心ガーとか言って自民支持してたけどその自民がずぶずぶな統一教会がジャップから巻き上げた金韓国に流しててどう思った?
俺はずっと一貫して野党支持してたんだよね
統一教会とのつながりはもちろん知ってたし、それ抜きにしても森加計桜学術会議統計偽造公文書改ざん池沼答弁のごはん論法で国会で100回以上嘘をつく
こういうのを見て常識的に支持できないよね?あっバカのネトウヨには常識的に思考することができないか
令和になった日は5月1日で、その日は統一教会の設立記念日なんだよね。韓国経由で統一マネーが北朝鮮に流入してミサイル飛ばしてるんだよね
ネトウヨ息してる?脳の血管ブチ切れて死んだ?マジで今どう言う気持ちなのか知りたいわw煽り抜きでw
こういうこと言うと民主党よりましって言うアホいるんだけどさ。それいつから言ってんの?民主よりも圧倒的にいい、じゃなくてまし、ってことは競ってるってことでしょ?いつから競り続けてるの?w
森加計桜学術会議統計偽造公文書改ざん池沼答弁のごはん論法で国会で100回以上嘘をつくその他もろもろを「民主よりまし」で済ませてきたうえで統一教会の話したらそろそろ民主の方がましだわってなるのが道理だよね?
そうならないってことは単に私は自民党だけを盲目的に支持している思考停止のバカですって言ってるようなもんだわな
民主時代が悪夢だったかどうかは知らないが、統一教会からすれば悪夢だっただろうね。
名称も変更してもらえないし統一教会関係者に有罪判決が出たのも民主時代だったね。国家公安委員長も統一と関係ない人だったわけだしさ
民主党時代は悪夢だったという統一教会のプロパガンダに踊らされてるジャップ恥ずかしくないのw
民主時代が悪夢だったかどうかは知らないが、1000歩譲って仮に失敗だったとしてもそれは彼らが無能だっただけでまだ日本のことを考えてたんだよね。菅直人とかさ
それに比べて自民安倍は悪意があるんだよ。それだけで自民はないって言えるよね
で、俺はずっと日本のことを考えて野党に投票していたんだけど、きみらネトウヨは売国パヨクとか言って叩いてたよね?
実際は統一教会とべったりの自民党が売国政党だったね?お前らネトウヨが売国奴だったね?
謝罪は?
優れた土地はもはや売り手がおらず、大規模再開発が仕掛けられない。
強引に高級な雰囲気を作ってきたせいで、
(ただし小金持ちが入居するので住民レベルはある程度担保されている)
もう語り尽くされているが、
なにより、低金利を背景にした無謀なローン。
すべて導火線が異常に短い時限爆弾だ。
ブランドで生き残る建物は結局「昔からいい土地だった場所」だけだ。
劣悪な立地を深く深く掘り起こして無理やり立てた楼閣は、
これ以上インフラ面の上積みも期待できず、
本業の人ほど買わない。
同じ額を出すなら、立地のいい中古マンションを豪華にリフォームしたほうが、
圧倒的に安くて広く、リセールバリューも高く、ランニングコストも安い。
そして豪華な住まいにできる。
あと10年もかからないうちに管理が崩壊するタワマンが続出する。
総会が成立しない(組合決議で半数または2/3取る手段がない)。
結果、一部の良識ある住人ががんばったところで、
自慢の施設は閉鎖されていく。
一時金を徴収しようにも、足並みが揃わないので成立しない。
お金がある人ほど、そういうわずらわしさから離れるために引っ越してしまう。
入居から10年ほどはいいが、子供が育てば住人の回転率が悪く、
富裕層はそもそも、最初から富裕層向けの施設とヘルパーを使っている。
見栄で住んでいるギリギリの層だけだ。
役所や小中学校など、各種公共施設の設置ペースも無計画すぎる。早晩破綻するだろう。
高島平や三郷、西川口あたりの大規模公団の失敗から何も学ばなかったのだろうか。
タワマンは富裕層の一時のリッチな住居として今後も増えるだろうが、
つまり、ローンで買ってもまともな値では売れなくなり、
そして非常にお手軽な価格で手に入るタワマンの空室が世にあふれるが、
ローンと平行して支払うコストは増える一方なので、
フォント弄り系のテキストサイトや、くだらないFlashで面白がってた頃に。
こう言うと、「あの頃のネットは女の存在を殺していた。女を亡き者として扱っていた」みたいなのが来るんだろうけど、見ていたコミュニティの違いだろうよ。2chとかのネットの極地を基準にしないで欲しい。
思えばネットの空気が変わったのは①iPhone以降、ガラケー勢が流入してきたタイミング、②SNSが収斂していってTwitterが事実上の多数派になったの2つのポイントだと思う。
ガラケーが「閉じたインターネット」を作った理由がよくわかる。多種多様な人間が混ざり合えば、やがて人は相争い合う。バベルの塔を打ち壊し、言語を乱し、人々を散り散りにさせた神は正しかったのだ。
空前の規模を誇るペルシアの軍団は紀元前480年、テルモピュレーの戦いにおいてギリシア陸軍の主力であるスパルタ軍を激戦の末に破り、スパルタの王であるレオニダス一世を戦死させた。スパルタ軍という防波堤を失ったギリシア本土は容赦なく侵攻され、ギリシアの中心都市であるアテナイがペルシア陸軍によって陥落するに至り、アテナイの軍人テミストクレス率いるギリシア海軍は絶望していた。「帰る国が無いのに、このまま戦ったところで何になる?」と。
しかし、彼らのリーダーであるテミストクレスだけは絶望していなかった。
絶望に染まる軍人たちの中で、彼は唯一希望を手放していなかった。彼は言った。「さあ、世界を取り戻しにいこう」と。
◇
ペルシア戦争の戦乱の始まりをどこに求めるかは諸説あるが、紀元前480年以降のペルシア軍の大規模侵略より10年前、先駆けて起こったマラトンの戦いにおいて既に戦端は開いていた、とする説が有力である。
紀元前490年、マラトンの戦いにおいて沿岸に押し寄せたペルシア軍を、アテナイ軍を主力とするギリシャ連合軍は完膚なきまでに破った。二倍に比するペルシア軍に対して、旺盛な士気を原動力に戦ったギリシア連合軍は、5000人以上にものぼるペルシア軍の戦死者に対して、僅かに戦死者200人足らずに留まる圧倒的な戦果を以てペルシア軍を退けたのである。勝利に沸くギリシアの民衆は口々にギリシアの精強な陸軍を讃え、自らの勝利を誇った。それほどまでに完璧な勝利だったのである。
一方、自軍主力の三割を一挙に失ったペルシア軍は撤退を始める。ギリシア世界のアジアに対する完全な勝利であった。
しかしただ一人、アテナイの政治家であり軍人でもあるテミストクレスだけは絶望していた。
◇
アテナイはギリシアの中心都市であるが、しかしこの都市が円熟を迎えるまでに辿った経緯は涙を誘う。ギリシアにはいわゆる都市国家と呼ばれる、一つの都市が国家を成す統治形態で政治が行われていたのだが、これら都市国家が成立する以前の、ギリシアの暗黒時代においてはギリシア半島(ペロポネソス半島)には大量の異民族が流入しており、戦乱の嵐が吹き荒れていた。
そのような戦乱のさなか、開闢におけるアテナイがいかにして生き延びたのか?
アテナイは極めて痩せた厳しい土地であった。地中海性の気候の中、雨量は少なく、養えるだけの人口は決して多くない。要するに、戦乱の時代においては重要性の極めて低い土地だったのである。そのため、アテナイは暗黒時代における異民族の侵略において、常に見逃され続け、戦乱からは遠ざけられ、その地盤と地歩を少しずつ伸長させてきた。最終的には、ギリシアにおける最も優秀な文化都市としての地位を確立するに至ったのである。
さて、そのような経緯もあり、スパルタやアテナイ、あるいはテーベといったギリシアの主要都市は基本的に国力に乏しく、幾ら軍制を整えたところで養える軍隊には限界があった。当時のアテナイの人口については諸説あるが、最盛期における人口は十万人程度だったと言われ、まともな軍隊として機能する人員は精々一万人を上回る程度だったであろう。
一方、ペルシアは現在におけるアフリカ、中東、中央アジア、南アジアの北部にまで跨る大帝国であり、根本的な軍事力、そして人口においてはギリシアに対して天地の差があった。そのような地政学的要因をテミストクレスは紀元前480年以前から看破しており、このまま仮に戦争が継続すれば、最終的にギリシアが間違いなく敗北するという未来を予見していたのである。
しかし、テミストクレスは絶望してばかりではいなかった。来るべきペルシア本軍の大遠征に向けて、着々と準備を開始した。
彼が最初に行ったのは、海軍備の増強である。これは正に慧眼であり、ギリシアの絶望的な状況を打破する最善手にほかならなかった。
無論、軍事力が精強なペルシアの海軍備は相当なものであり、実際、ペルシア戦争が激化した際の艦船の保有数は、ギリシアが保有する400隻足らずの軍艦に比べ、ペルシア軍のそれは3倍から4倍の1500隻以上(輸送船を含む)に達していた。ギリシア軍は結局のところ、陸軍備においても劣り、海軍備においても劣っていたのである。そのため、不足している海軍備の増強に多少着手したところで、いずれ来る黄昏を打破する目覚ましい一手にはなり難い――そう目するギリシア市民や政治家も決して少なくはなかった。というか、そもそもギリシア軍は精強な陸軍を抱えているのだから、海軍備の増強は不要であると楽観論に耽るギリシア市民が圧倒的だった。テミストクレスは頭を抱えた。
テミストクレスは異常者であった。常に真実を見ることしかできない目を持ち、常に真実しか思考できぬ頭脳を持ち得ていた。
テミストクレスは十年に渡って、世界の終りをただ一人、真摯に見据えていた。やがてギリシアは滅びる。しかし、その寿命を一秒でも長く保つこと、その呼吸が、須臾の間なりとも長く伸びることを目指し続けていた。また、テミストクレスは軍人である前に政治家であった。そのため、テミストクレスは数多くの権謀術数を駆使することを厭わなかった。彼の謀略が活かされるのは、決して外敵に対してばかりではない。むしろ、同じくギリシアに属する味方勢力に対して、しばしばその陰謀は向けられていた。
ともかく、海軍備の増強に前向きでないアテナイ首脳部を説き伏せるためにテミストクレスは一計を案じる。海軍備の増強に消極的であったアテナイ首脳を説得するために、テミストクレスは同じくギリシアの海洋都市国家であるアイギナと呼ばれる都市国家の脅威を説いたのである。
アイギナはギリシア世界においては珍しく、海軍備を主体とする軍制を整えた都市国家であった。地理的にはアテナイの属する沿岸から僅かに南下した地点に位置しており、当時のアテナイ首脳や市民にとっては、遠くアジアの大国ペルシア帝国よりも、海洋国家アイギナはよほど身近な脅威に映っていた。テミストクレスはその心理を利用したのである。まずはこの手近なライバルとなり得るアイギナの脅威を喧伝することで、テミストクレスは徐々にアテナイ首脳の意識を海軍備の増強へと向けさせることに成功した。
さて、この時アテナイが新造した艦船の数は200隻程度で、かつて備えていた旧式の軍艦の凡そ十倍にあたる新型の艦船を建造しおおせたのである。とは言え、先述の通りそれでもなおペルシア軍の海軍備に比べれば、アテナイの所有していた軍艦の数は圧倒的に劣っていた。それでも、テミストクレスの企てた長期的な戦略は間違いなく最善のものであったと言えた。結果的に、海軍備の増強という手段以外にペルシアを打倒し得る勝ち筋は無かったのである。
何故か。
ペルシア軍は強大な軍事力を動員するだけの国力を備えていた。軍事力、インフラを整備する技術力、そして、兵士を養うために必要な兵糧を創出する農業力、それらの総合力において、ペルシアは明らかにギリシアの力を上回っていた。しかし、そのような強大な力は、反面ある種の脆弱性を抱えることにもなる。テミストクレスはそこに目を付けた。
テミストクレスが着目したのは、ペルシア軍における高度な兵站戦略である。ペルシア軍は圧倒的な数の軍隊を抱えるが故に、その大軍を支えるための兵站戦略を整備していた。中継都市や本国から創出した食料を、効率的に前線へと運び届けるインフラを整備し、兵の士気が低下しないための細心の注意を払っていた。
しかし、ギリシアが属するバルカン半島並びにペロポネソス半島の海岸線は長く、その補給路は長大に達し、沿岸の陸路は決して効率の良い輸送ルートとは言えなかった。陸路における兵站戦略が決して最善のものでないことを、ペルシア軍は理解していたのである。したがって、ペルシア軍の兵站は必然的に海路に依存していた。
艦船による食料の輸送は、陸上のそれに対して圧倒的に効率的である。大軍を支えるために行われる、ペルシア軍の必然的な兵站の形態を、実際にペルシア軍が襲来する十年前の段階で、テミストクレスは明察していた。更には、そのペルシア軍が抱える唯一の弱点を攻撃するための、唯一の手段を十年前から整備し続けていたのである。
つまり、海上の兵站を破壊し、ペルシア陸軍を機能不全にすること。それが、それだけがギリシアがペルシア軍を打倒するための唯一の方策であった。
◇