はてなキーワード: 既得権とは
最近になって、竹中平蔵がテレビやYoutubeなどで吠えまくっている。さすがに深刻に身の危険を感じるようになったのだろうか。ネット民では左右のイデオロギーを超えて支持率は0に近く、ほとんど「国民の敵」扱いされている竹中平蔵だが、それでも菅政権周りや財界、起業家などの直接な利害関係者以外で、なぜか擁護して甘やかしている人たちが若干いる。
田原総一朗や猪瀬直樹など、学生時代はバリバリの左翼活動家だった彼らは、「官僚政治が過去の戦争から平成不況に至るまでの原因」という、もはや賞味期限切れの古い枠組みに今でもしがみついており、その観点から竹中の官僚既得権批判に今でも強く共感している。そのため、「官僚」が関わる不祥事にはきわめて厳しい一方で、オリックスやパソナのような「改革の名の下の民間企業による利権漁り」に対しては、そんなに悪いことだと思っていない。彼らは過去に自分が何を支持して推進してきたのかを振り返ることもなく、今でも評論家然とした無責任な態度が相変わらずで、まさに「老害」としか言いようがないだろう。
昔から今に至るまで、主流経済学者は竹中を真正面から批判していない。主流派経済学者は、基本的に「政府が市場への規制とか社会保障とかで余計なことをするから、せっかくの経済学モデルが理想的な形で実現できていない」と考えているので、そうした規制や社会保障を敵視する竹中に対しては心の底ではかなり共感している。賢い人はそれを大っぴらには語らないものの、「批判しない」という形で支持や共感を示していると言うことができる。また、「経済音痴の左翼・リベラル」を揶揄する文脈で竹中を逆張り擁護する人もいる。経済学クラスタも、官僚利権については厳しく攻撃的な一方、竹中・パソナの露骨な利権漁りには言及すらなく、傍目から見ると矛盾だらけだが、彼らにとっては経済学のモデルを邪魔しているかどうかだけが基準なのだろう。
甘やかしてるとまでは言えないが、「テレビしか見ない」「インターネットはよくわからない」という現在でもそれなりのボリュームで存在する高齢世代にとって、竹中の印象はそれほど悪くない。周知のようにネットではほぼ悪評しかない竹中だが、テレビでは人材派遣会社会長という肩書きすら出てなく、竹中への批判的な主張を耳にする機会はほぼ全くない(この事実自体で既に悪人認定だが)。小泉政権の頃の記憶で、「既得権者の批判に負けず正論を貫いて頑張っている」という好印象を持っている人は今でもそれなりに多く、とっくに竹中自身が税金を注ぎ込んだ事業で儲けている既得権益者であることは全く知らない。
日本のリベラルやべえわ。納得いかない選挙結果だと「民度」とか「あそこ日本か」とか言い出すんだな
もう尼崎のことは忘れよう。
https://twitter.com/ikasankumasan/status/1401552497433403392
こんなに得票するとは思わなかった。
私の地元の埼玉の戸田市議選や鎌倉市議選は1人も当選させなかったんだけどな。
民度の差だな。
https://twitter.com/ikasankumasan/status/1401551154467598339
https://twitter.com/ikasankumasan/status/1401701363935944706
主に少年漫画系を想定する話として、漫画やアニメのキャラが当然のようにヘテロセクシャルであるということを前提とするのはヘテロセクシズムであり、そのキャラがもしかしたら同性愛者かもしれないじゃないか、というのはわかる。
ただ現実的には性的指向が明かされるキャラなんてそうそういるわけでもない。彼氏彼女がいる、性欲があるキャラの描き方がされることもあるけど、そうでないことの方が多いくらいなんじゃないか。テクストだけを見るならば、むしろ多くのキャラが無性愛者だと考えたっていいくらいではある。
恋愛描写のないキャラに対して半ば強引に二次創作のヘテロものやBLや百合あるいは夢小説にするというのはセクシャリティの改変であり、厳に慎まなければならないことなのではないか。
先日、アセクシャルを矯正する薬を飲ませて恋愛をさせるという漫画がTwitterで炎上していた。これは別におかしなことではない。その人物、そのキャラクターのセクシャリティを尊重せず、無理矢理恋愛あるいは性行為をさせることなど以ての外だからだ。そのことは多くの人が批判点として共有していた。
しかし、そうであるならば二次創作として描かれる恋愛ものも同じなのではないか? そこに刃は向けられないのか。
別に例はなんでもいいが、カヲルくんとシンジくんでも、煉獄さんと炭治郎でも、五条悟と虎杖悠仁でも、その他無限のカップリングについても、そのキャラはゲイまたはレズビアンではないのではないか、場合によってはヘテロセクシャルですらないのではないか、という疑問は残る。メインキャラはともかくサブキャラになればなるほど恋愛描写なんてなくなるわけで、ヘテロセクシャルなのかどうかすら描写が皆無なんてのは珍しくもない。
もちろん、仮に性的指向であるからといって、相互の関係性を必要以上に縮ませる(はっきり言うと性行為をさせるエロ同人など)こともまたそれでいいのかどうかという問題もある。
ミスジェンダリングという言葉があって、トランスジェンダーやノンバイナリーに対して当人の自認するあり方とは違う性別で呼ぶことを批判する用語なのだけれど、それはゲイやレズビアンをヘテロセクシャルとして扱うことにも適用されるものではあると捉えている。このことは二次創作には適用されないのだろうか。
所謂ポリティカル・コレクトネスについて、私は重視しているのだが、そうであるが故に、それを推し進めていくと今まであった二次創作もまたどんどんキツくなっていく。インターネットにおいて二次創作・ファンアートは聖域に近く、その存在を認めない発言は極めて少数だ。二次創作が存在していいものとしてあることが明らかな既得権になっている。ポリティカル・コレクトネスを重視する人はしばしば批判対象の既得権(特権)を指摘するのだけれど、そういう人が、個別的なエロ同人などはともかく、二次創作そのものにまで批判を向けることは、意外に少ないようにも思う。フェミニストでありオタクでもある、というのは非常によくあることでもある。そのこと自体は別に問題ない、けれど、自分の持つ刃をどこまで適用するか、という問いはいつでも突き刺さったまま残るのではなかろうか。
今まで自明であったものがそれは抑圧だという批判に晒されるということはよくある。例えば所謂腐女子(この名称にも問題は多数あるわけだが割愛)の中での「ホモ」呼びもこの10年で漸減してきたとは感じるけれど、それと同じように、そもそもの前提としての性的指向の改変自体が好ましくないものなのではないか、という問いの声は、もう少し出てきてもいいとは思っている。
既得権者からは「二次創作は文化である」という反論が来るのだろうけれど、そんなのはセクハラは文化だと言っているに等しい、とさえ言うことができるのではなかろうか。既得権者はいつだってそれを自覚せず傲慢なままだ、というのはポリティカル・コレクトネスを重視する側ではよく聞く話でもある。
すぐに変わるとは思っていない。変化には長い年月がかかるだろう。ただ、自分の楽しんできたものは正しかったのかを問い直す作業は、どの分野でもあって欲しいとも思う。
違うね。
フェミニズムが自分達の活動が社会に何をもたらすかについて自覚も責任感もない、という事を吐露しているだけだよそれ。
フェミニズムは構造上、男性側にも協力を得る必要がある。女性の社会進出の歴史を見ればそれは明らか。倫理的に、性別に囚われない平等は重要である、というお題目について、現在の「強者」である男性側の理解を得ないと話は進まない。
男性側に既得権のリリースや、なんらかの痛みを要求する以上、少なくとも倫理的、道徳的な正しさが重要になる。
しかし、フェミニズムは、男女同権は重要だから、と思考停止して、自分達を省みる、という思考回路を捨てた。だから、今のフェミニストは、相手にだけ、倫理的、道徳的に正しく振る舞えと要求するだけの、モンスターなんだよ。
面白い事にフェミニストを名乗りながら、自分は男性ジェンダーを体現した男とくっつくとか(卑怯者のフェミニストになると、それを隠すケースもあるな)いう人間も出てくる。言うだけで実践しないフェミニストがゴロゴロ出てきている。(「エリート女はエリート男しか愛せない」とか言ったフェミニズム学者もいたな(笑))
つまり、フェミニストの言うことを間に受けた男は不幸になるってこと。そして、フェミニズムには自分を顧みるための論理体系も、謙虚さもないってこと。なぜなら男性のせいにすれば解決するから!
このしょうもないワークショップのお題を肯定的に捉えてみて、何かまともな議論ができるか考えてみる。
細かい制約や歴史的経緯は考えたり調べたりする時間がないわけだから、抽象化したレイヤーで考えるしかないだろう。
「創生」する必要がある地方の典型的っぽい課題を抽象的に並べて見るとこんな感じだろうか。
うーん、挙げて見ると結局こんなもんなのか。「場所が悪い」とかももちろんあるだろうけど、それはどちらかというと制約条件であって課題って感じじゃないよな。
「創生」された地方がどんなもんかと想像してみると、要するに「金があって人がいる」ということに尽きるだろうし、そんなに間違ってない気がする。
これらの課題のいずれか(あるいは全て)を解決していくアイデアが何かあるのかということで考えてみる。
というわけで全体としてはやっぱ企業誘致かな〜という気がしてきた。「豊かな自然の中で働く〜」みたいな生ぬるいこと言っててもダメで、めんどくせー国のしがらみをガン無視してやりたいことやれまっせ、くらいのパワーが必要だろう。保守的な地元住民の反対が大きいだろうけどまあ無視するしかないな。
ああいや、もちろんキラキラIT企業を誘致なんてそうそう無理だとは思う。エムスリーを誘致できんのかとかそういう。でもティアフォーやZMPとかならやり方によってはあり得るかも。あとはその地方の財政規模からだいたいどのくらいの税収増が欲しいかみたいなのが出るだろうから、それに合わせて規模感は小さくてキラキラしてないけど上手いこと統一感出しつつ誘致を進めていける業界みたいなのがもしかしたらあるかもしれないと思う。
森会長の会見は不快なものだったが、「老人が悪いような言い方をされるのは極めて不愉快。」というところだけは共感する。
悪いのは老人ではなく、能力ではなく人脈だけで意思決定の場に居座り続ける老人なのだ。
それがなぜ悪いのか?
仮に、そういう老人の前に二つの案があるとする。A案は無名の若者あるいは女性の案、B案は旧知の権力者の案。中身はA案の方が明らかに優れていたとしても、彼が選ぶのはB案だ。
中身は見ないで決める。
なぜなら自分自身の権力が人脈によって支えられているので、それを覆すような決定は絶対にしないから。
こういう、既得権者のスクラムが強固になればなるほど、社会は停滞する。
老人であっても、自身の能力と経験を活かして活躍するのであれば、なんの問題もない。
だが、人脈だけで幅を利かせているような老人には、去ってもらわなければならない。
単純に老人が悪いと言うのではなく、いつまでも権力にしがみついている老人たちが力を合わせて日本社会にフタをしてるから悪いのだということは、はっきりさせておきたい。
今の日本の政治家って、次の二つの極端なタイプの政治家しかいなくないだろうか。
1)「会食政治」が大の得意で、インフォーマルな場での調整能力には長けているが、政治的なビジョンはゼロで、表で喋らせると失言王。
2)メディアに受ける威勢のいい「改革」アピールやキャッチコピー作りは上手くても、政治理念としては既得権や税金の無駄を攻撃するだけというネガティブで内容空疎なもので、実務能力や調整力もほぼゼロ。
維新の会もネオリベ改革派の顔をしているけど、共同代表が自民党旧経世会系出身の片山虎之助で、あの鈴木宗男も所属していることを忘れている人が多い。改革なんて実は一番嫌いなタイプの、調整型政治の生き残りのゾンビみたいな政治家が、実際のところ維新の会を仕切っている。
なぜ言わなくなってしまったんだろうね。
4月のときに比べれば、よほど今の方がSTAY HOMEすべき状況なのは明らかだが。
ちょうど1週間前に西浦氏が出したこのグラフもすっかり忘れられてしまい、病床は余ってるはずだー、医師会の既得権がー、台湾が羨ましいー、と、
分かりやすく行動制限から逃避したいだけの人々のぼやきで、テレビも週刊誌も一部SNSも埋め尽くされている。
そんなこといくら叫んでも感染収束に1ミリも役立たないよ。役立つのは唯一、我々同士が接触を減らすことしかないんだ。
で、その感染収束は、経済の復活とトレードオフだ。両立しない。
だから4月のときは、あれだけ政府に補償を求めたわけだろ?その方がよほど筋が通っていたよ。また給付金を要求しよう。今度は20万でもいい。
それでも政権が渋るなら、今度こそ支持率を1桁とかに落としてやればいい。
結論。仕方ないんだ。もう一度基本に返って、「STAY HOME」を心がけようぜ。
東京の感染者数シミュレーション 十分に減少させるには|NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/emergency_2021/detail/detail_15.html
膣所有者たちは男女平等を叫ぶ割に既得権から降りようとしないからな
膣を持っていることで損することもあれば得することもある。損してたことを是正しようとすれば得してたことを放棄しなければならない
膣を持っているからという理由で大事に扱われていたことは得してたことだよね、男からすると。その裏としてつまらないってことだ。得と損が表裏一体なわけ。どっちがいいのかは個人によるけれど。
電通で自殺した人も、ある意味では男女平等を是正した結果だと思うけど。フェミは膣所有者の自殺率が男と同程度になるべきだと思ってるの?幸福指数のギャップもひどいけど。
まあ私は老若男女問わずクレームつけまくるから、それゆえに女相手だろうとブチ切れまくるのでね。男が出てきたらへこへこするみたいなTwitterマンガでよくみるやつみたいなことはしないので、男女平等の意識が強いとフェミも私のことをほめてくれるだろう。