はてなキーワード: 漢字とは
とりあえずその漢字の読み方を教えてくれ
英語で日本語と同じ情報量をテロップに出すと、画面が埋まってしまうのよ。
日本語は、漢字のひらがなの組合せによって、ほどよい情報密度と読み易さを併せ持つ特異な言語なんだ。
「漢字を読めない外国人がアルファベットを読んで発音して日本人と意思疎通しようとしたときに通じやすいか?」
ってこと、理解が得やすいってことを「わかりやすい」って言ってるだけじゃないの?
答えを置いといてやるよ。
https://www.mlit.go.jp/kohoshi/book/138/book138/html5.html#page=23
こんにちは。アラサーの女です。何よりも嫌いな場所は職場です。
最近行きつけの美容室で雑誌の代わりに雑誌がたくさん見られるアプリの入ったipadを渡されるようになりました。
美容室としては美容百科とかwithとか日経ウーマンとか適当に選んでね、って感じだとは思うのですが、
せっかくだから、普段本屋では絶対に手に取らない雑誌を読もうと思い、人生で初めて「ムー」を読んでみました。
もっと未確認生物の鮮明写真とかあるのかと思ったけど、写真数は少ないし、サイズも小さい。
写真の拙さは文章で補っていく昭和感漂うストロングスタイルが素敵。
(個人的には読書好きなのでいっぱい読めるところあって嬉しかったです。)
②カタカナ多くね?
全ページに渡って文章の半分以上がカタカナ。8割カタカナのページも割とある。
文字ぎっしりで漢字が多いとごちゃごちゃしてて読みづらいので、カタカナ多めの方がすっきりしててかえって読みやすいかもしれない。
プラズマクラスターみたいなのがいっぱい出てくる。
文章の半分以上がカタカナなのでリアル「パルスのファルシのルシがパージでコクーン」状態
これがどこまで読んでもずっと続く。
④熱量がすごい。
「なんと!!あの!!!パルスの!!!ファルシのそう、そうなのだ、そのルシが!!!!驚くべきことにパージ!!!すなわちコクーンだったのだ!!!」
みたいな感じ。
言ってる意味は全然わかんないけど、この熱量で言われると「そっか、パルスのファルシのルシがパージでコクーンなんだ。」って理解した気になれる。
(ただ、記事によっては熱量は伝わるけど分かった気にはなれないので理解した気になれるのはその記事を書いたライターさんの文章力が高いのかもしれない)
大学で研究された脳波と集中力の関係の記事(リラックスしていた方が集中できるとか)は普通に覚えておこうと思った。
転の部分で大学の研究結果を全て飛び越え最終的にはエイリアンと繋がるのはさすがムーだと思った。
⑥たまに飽きる
心霊とか生まれ変わりの記事はどの事件の記事を読んでも同じことの繰り返しで「いや、もうわかったよ!」ってなる。
途中で飽きて最後まで読めなかった。
「ムー」の特集で一気にたくさん読んで初めて心霊とか前世の記憶の話ってプロットが全部一緒だって気がついた。
確かに漢字自体に蔑みの意味は入っているけどさ、いま話題になっているような言葉とくらべると実態がぜんぜん違うと思う。
シンデレラバスト、という言い方が発明されたことがあるが、結局定着しなかった。
もし「貧乳」を言えなかったら、医療現場とか服飾のサイズ測定みたいな専門用語が効く特殊な状況じゃないとき、つまり日常会話で、薄い乳房を指してなんて言えばいいのか。
俺はマトモな… いや、わりと普通の男だけど、もちろん過去に記名で「貧乳はいいぞ」くらいは言ったことがある(追記注・目の前の女性に向かってではなく、あくまで一般論の文脈で💦)。まわりの男友達も大体そんな感じだ。過去の発言を掘り起こされて糾弾されるこのキャンセルカルチャー禍で、「貧乳」がアウトになったなら、あらゆる何かのスポンサーは所属男性選手全員を解雇する羽目になっちまう。
最近 Vtuber をよく観るけど、数万から数十万再生のメジャーな Vtuber でも、胸の薄さがイジられて「まな板」だの「壁」だのと言われている。言われた女性は最初は怒ってみせるけど、最終的には笑っていて気に病んでる様子はない。冗談として受け止めているのだ。こういったショー、女性 Vtuber 同士での胸の大きさのマウント合戦は、特定所属企業に限らず、知る限りすべてのグループで、個人勢でも、よく行われてリスナーにも楽しまれている。Vtuber の圧倒的多数の視聴者は老若男女・ライトユーザー/オタクと、広い分野にまたがっているから、文化・思想の偏りは起こりにくいことに注意してほしい。そんな健全な環境なのに、難色を示している視聴者コメントなど一つも見たことがない。むしろ批難するようなコメントがあったなら、「杞憂民」だの「プロレスを知らないの?」だの言われてしまうでしょう。それほどまでに受け入れられている。
乳房のサイズは生まれもった身体的特徴で、多分ほぼほぼ遺伝で決まると思う。でも乳房のサイズの違いには生物的な意味はない。大きい乳房が、特に生存を有利にするわけでもない。大きい方が子どもが沢山産めそうにみえる、という仮説を見たことがあるが、現実には出産能力とは無関係だろう。唯一の違いはミルクの出力量だと思うけど、その点も技術発展で解決した。乳房のサイズの違いはいまや、天から与えられた脂肪の量の差に過ぎない。だから「貧しい」とカテゴライズされただけで何かが減ったりはしないんだ。自分の気の持ちようで何とかなるのだから、他人のお気持ちからは Not for me で距離を置けばいい。すなわち、キャンセルカルチャーの出る幕ではないのだよね。
こういうの書き慣れてないからかなり拙いんだけど、誰か1人でも見てくれたら本当に嬉しい。これは私の糞母校が偏差値10落ちて、すごく素敵な学校に生まれ変わってた話だ。
必死に受験をして入った学校。当時はかなり難関だったので、合格した時は本当に嬉しかった。
楽しい生活が待っているんだろうなと期待に胸を膨らませて入学した母校は、想像とはまるで真逆だった。
大学受験に向けて中一から必死に勉強の日々。部活中や行事の最中でも単語帳を見ている同級生。毎期壁に張り出される成績別のクラス分け。少しでも気を緩めるとついていけなくなる授業。本当に地獄だった。
教科書の英語長文は必ず一字一句暗記してクラスの前で発表しなければならなかったり、英語の小テストに落ちると(合格は満点のみ)何故か英文の書き取りを翌日までに60行×20枚やらなければいけなかったり、(因みに翌日の朝までに出さないと倍の40枚になる)教科書に出てくる全ての新出単語について自作の単語帳を作らなくてはならなかったり、漢字テストに不合格の場合は翌日までに600熟語を書取りしなくてはならなかったり、、こんなのは序の口でまだまだいくらでもエピソードはある。兎に角意味がわからないくらい厳しかった。
特に書取りと暗唱は地獄で、忘れ物の書き取りと熟語600字を1日でやる羽目になった日の絶望は今でも忘れられない。
冗談抜きに大多数が寝不足で死んだ魚のような目をしていたし、いつも何かに怯えて生き急いでいてカリカリしていた。
メンタルがおかしくなって不登校になる人は学年に二桁はいたし、出来るやつはどんどん態度がでかくなって先生をいじめていて兎に角最悪だった。
今日ちょうどやっていたフィギュアスケートのロシアチームくらい殺伐としていた。
今でも忘れられないエピソードは2つある。
一つは、大学に受かった同級生が「これで人生決まったよね。残りの人生もうこれ以上頑張ることなさそう。暇だわ」と言ったこと。
もう一つは、定期テスト時に少し鉛筆の音がうるさかった人に「てめえうるせーんだよ邪魔してんのか!」といきなりキレた学年トップ。
あの2人、今何してるかな。
そんなこんなで母校には全然いい思い出がない。
高校生後半は競争に疲れ、自律神経失調症になり、何度も自殺未遂を繰り返してやっとの思いで卒業した。
でも最近偶然母校に行った時、私はその変貌ぶりに驚いた。偏差値が10落ちたからか、ものすごくいい学校になっていた。レベル別クラスの撤廃、先取り授業の廃止などの要因もあるだろうが、何より在校生が本当に伸び伸びとしていた。
聞けば、私たちの世代の負の部分を見て、入学者のレベルも鑑み、少しずつ方針を変えてきたとの事だった。
わたしはそれを聞いて、泣きそうになるくらい嬉しかった。わたしにはいい青春はなかったけれど、こうして後輩たちが学校生活を楽しんでいる姿を見ることは本当に嬉しかった。自分たちの苦労してきたととは無駄ではなかったと思えたから。自分の青春は犠牲になったけれど、私は声を大にして感謝を伝えたい。
母校、変わってくれてありがとう。
苦しんだ日々は無駄じゃなかったよね。
数年に一度は自分に襲い来る長野まゆみ作品ブームにはまっている最中のため、あまり商業BLを読めていない今日この頃。残り少ないお小遣いも、長野先生の新刊(非BL)を買うために温存中。
ちなみに、長野まゆみ先生の書くものの多くには男×男の恋愛要素があるのだが、「非BL」作品扱いなのは何故なのかというと、BLレーベル以外から出版されており、商業BLの定義にあてはまるようなBLではないからというだけ。商業BLには面倒臭いルールがあるのだ。例えば、基本的にハッピーエンドとか、攻めの浮気厳禁とか、無駄に女を登場させてはいけないとか。
世界は人の住まう「現世」と人ならざる者の住まう「常世」に別れている。主人公の天野は、常世から来た者たちが利用する人里離れた旅寓(旅館)で働いている。
ある日、常世の王・ツクヨミが旅寓に骨休めにやって来た。傍若無人なツクヨミに天野は振り回されるが、ツクヨミにかつて自ら命を断った友人の面影を感じ、気になってしまうのだった。
これはある特定の層にピンポイントでぶっ刺さるやつなのだろうと思うが、生憎私自身はこういう系を好きこのんで漁って読む方ではないので、せいぜいハジ先生の『坊主と蜘蛛』を読んだくらい。BL外の作品ではたとえば『千と千尋の神隠し』とか『しゃばけ』とか『蟲師』とか『夏目友人帳』とか『モノノ怪』とか『家守綺譚』とかそこら辺が好きな人向けなんじゃないか。あ、私の好きな『左近の桜シリーズ』(長野まゆみ)もこういう系だな、そういえば。
特定の層にピンポイントでぶっ刺さる系なので、『極夜』のレビューを某BLレビューサイトで見るとけっこう良さげなのだが、泣いたとか感動したは言い過ぎなのではないかと、私は思う。そこまですごくはない。まあまあ良い話だとは思うけど。
事前調査なし・試し読みなしで買って読んだら、表紙めくって出てきたカラーイラストが『鴆――ジェン――』のフェイ将軍とツァイホンの絵だったので、私は買う本を間違えたのか? と一瞬慌てた。調べたら、この『極夜』というタイトルの単行本、文善やよひ先生が『鴆』の大ヒットで人気作家になったために、絶版になっていた過去作品を『極夜』と改題して復活させたものだった。表題作の他に『鴆』の番外編も同人誌から再掲。なるほど、今の文善先生はかなり手練なプロ作家という印象だが、『極夜』は確かに若いなって印象だ。『鴆』はpixivコミックで2話まで無料で読める模様。
文善先生の大ファンの人で過去作品全部コンプしたい人向け。文善作品にちょっと興味があるくらいなら、回り道せずに『鴆』シリーズか『蟻の帝国』を読むといいのでは。
エロシーンがしめやかでいいな。私はあまりこれ見よがしな感じのエロシーンは好まないので。それと、ベタとスクリーントーンが少ない為にエロシーンの白抜きが煩く見えなくていい。
しかし、シンプルめな画風でもごっそりと白抜きのかかるのって。以前、某お気に入り作家さんのBL作品がシーモアで無料になっていたので読んでみたところ、修正レベルがシーモアだったのでKindleでは輝く白さに消されるべき所が薄ぼんやり見えていたのだが、薄ぼんやり越しにもそこがかなり生々しい描かれ様なので驚いてしまった。な……BL作家さんって、キャラの顔はめっちゃ漫画でもおちんだけはこんなにリアルに描くもんなのか……なんでここまでおちん描写に執心してるのかわからない……と、電子書籍派Kindle使いな私は愕然とした。そんな所どうでもいいと言い切ってしまうのも何か違う気もすると思いつつ、正直どうでもいいよなあ、どうせ消される所なんだし……と思わずにはいられない。
16ページしかない掌編なので、あらすじは省く。掌編アンソロジー『掌編歳時記 秋冬』に収録された作品。サラリーマンのほんのりオフィスラブ。現代の現代的な話だから、幻想なし。エロもなし。しかし非BLなので安定のインモラル上等ぶり。
普通に現代ものなのでビビった。登場人物がちゃんと今時のサラリーマンだなんてすごい! 漢字の字形にやたら拘るところはいつもの長野先生だけれども。
こんな短い文章でボーイズがラブしているのすごい。文章は簡潔だけど、短いなかに情報量が多く、なのに情緒と風景描写が死んでいないとは。熟練のプロ作家恐るべし。と、これを読んだ時にちょうど小説投稿サイト・フジョッシーで開催されていた掌編コンテストに応募すべく四苦八苦していた私は、震え上がり畏れ平伏叩頭したのだった。プロすごい。
ところでBLとも長野先生とも関係ないけど、『掌編歳時記 秋冬』のトップバッターが先週亡くなった西村賢太先生。訃報を知ったあとに読むとほろりとしてしまう、切ない掌編だった。
猫のチマキは飼い主のマダム・ロコとはぐれてしまい、まだ赤ちゃん同然の弟・ノリマキを連れての放浪生活ののち、小巻おかあさんの家に流れ着いた。小巻おかあさんの家・宝来家は大所帯。おかあさんの息子でありまかない担当のカガミさんの他、おかあさんの亡夫の前妻・マダム日奈子、日奈子の娘の暦さん、暦さんの兄・樹の娘のだんご姫、だんご姫の叔父の桜川くん、そしてジャン・ポールが住んでいる。
そんな複雑な家庭でクセのある人々と共に暮らすチマキは、小巻おかあさんのエッセイ『コマコマ記』を真似て『チマチマ記』を書くことにした。これはチマキが宝来家にたどり着いてから約一年間の記録。
だいぶ極まった感じのロハス生活を描いた作品だが、長野まゆみ先生らしく背景には桜川くん×カガミさんのほんのり(悪魔的な)BLがある。
長野先生がこんなにふんわりした感じの森ガール(死語)が喜びそうな文章を書くなんて意外な気がする。しかも「にゃん語」とか「萌え」とかいう単語が長野作品に登場するとは、その事自体が萌え萌えしい。
だが、文体はふんわりしているのに、ことあるごとに美味しい食べ物はカロリーが高くしかも健康に悪いという現実をビシバシ突き付けてくる。なんなの長野先生サドなの? そんなに言わなくてもいいじゃないカロリーのことなんて! 普段は現実離れした作風なのになんでそこだけリアルでシビアなのか謎。極力カロリーと塩分を抑えてしかも美味しい料理を作ろうとなった時にまずは極上の食材を調達してきてそれを干す、という異様な難易度の高さ。救いなどなかった! しょうがない、貧乏人はポテチ食ってデブるしか……。
昔、向田邦子か誰かの随筆で、戦中にこっそり隠れて読んでいた婦人雑誌に「シュウクレエムのいただき方」という記事が載っていて腹を空かせながら読んだが、結びに「淑女はシュウクレエムなど食べてはいけません」と書かれていてがっかりした、とかいう内容のがあったと思うのだが、きっとその時の向田邦子か誰かの気分が『チマチマ記』のお料理場面を読んだ時の私の気分に近いんじゃないかなと思う。
難易度高過ぎロハス暮らし描写に勝手に心折られてしまったが、桜川くん←カガミさんのBLは良さげに納まったっぽいのでいいや。
1937年と言えば日中戦争の始まった年。4年後にパールハーバーで日米開戦。
あれだろ。敵性語廃止とやらで無理矢理カタカナ外来語を漢字熟語に変えさせられたんだろ。野球の用語なんかも「ストライク→よし」とか変えさせられたそうだし。
1937年の第十五回大会でアルペン競技が新設されて「滑降」「回転」「複合」が行われたという。
息子3歳9ヶ月が賢い。
数字アルファベットひらがなカタカナは完全に読めるし、よく見る漢字も30個くらいは読める。
一桁の足し算引き算もできるし、掛け算も少しできる。(ほとんどYouTubeで得た知識だと思う。)
今日「1週間は7日なんだよ、2週間って何日かわかる?」と聞いたら、10秒くらい考えて「14日?」と答えてくれた。天才?
あと結構前の金曜日に「日曜日のあさっては火曜日だよね?」とか聞いてきた。何その質問!
最近は保育園からの帰宅時毎回「どうして影は大きくなったり小さくなったりするの?色が変わるの?前にいったり後ろにいったりするの?」とか聞いてくる。その着眼点いいね〜。
まぁ親の学歴も現状も大したことないので、いずれ人並みになるとは思うけど、とにかく今この瞬間はかしこ〜〜い!!!かわいい!!すごい!!
「中華製の西洋ファンタジーが少ないのは、中国にカタカナがないから」は真なのか?
例えばにしろ、なぜならにしろ、まずそこの関係が自明なのか疑問もてよ
大元の増田は「根拠ないけど、ファンタジーが漢字だとなんか気分でないから、少ないに違いない。関係あるに違いない。なぜなら僕がそう思うから、カタカナは発明」レベルのことしか言ってないと
で、そもそも「発明」というけど、カタカナは平安時代初期に生まれたもので、西洋語のための「発明」ではない、が「歴史的事実」だし、現に「西洋由来語は漢字の当て字で違和感なく定着しているものは定着している」し、外来語でないカタカナ語も普通にある(外来語のためにカタカナが出来たわけではないのだから、本来いうまでもない当たり前のだけど)と私は指摘したまで
>どういうシチュエーションのときにそれが日本語話者の足枷になるんや?って訊いとるんやけど
じゃなくて、
・カタカナないと西洋ファンタジー作る上で不便、だから中華製西洋ファンタジー少ない、は本当かを先ず大元の増田とお前が答えてみろよ
私が言ってるのは、そういうこと
言ってもいない(俺は「デメリット」だとも、「日本語話者が困る」とも言ってない。突っかかってきた増田が、勝手に私がそう言ったかの如く、主張しだしただけ)ことで突っかかってくるな
ここまで長々と説明させるなよ、アホらしい
鋭い考察だと思う。
中国人が海外でチャイナチャタウンをつくってしまうののに対し、
日本人は現地に溶け込む。言語に由来している可能性も多いにある。