はてなキーワード: ちらしとは
よっ原作者! 原作者以外が書いたらぶん殴られるけど、原作者が書く分には仕方ないね。
ここ最近の群集劇らしさは無いものの、もこっちのもこっちらしさと、こみなんとかさんの関係がちゃんと丁寧に掘り下げられてて、掘り下げられてるだけに、この二人の関係を本編で見抜いてるきーちゃんの恐ろしさにはねるの良い。
関係ないですが、アンソロ2があるなら、ラヂヲヘッドさんをゲストにお呼びしませんか?
ベテランだから何しても良いと思うなよ、と若干イラっとしてしまったが。(特に表紙のうっちー枠ここ? と悟ったあたりで)
良い意味でも悪い意味でも同人誌って感じで、嫌いじゃないよ、嫌いじゃ無いけど、うーむ。
一番ミステリを書くのがうまい奴が一番わたモテを上手に書けるわけじゃ無いの、当たり前なんだけど、当たり前だからこそ、なんでこの企画通ったのか不思議になるわ。
原作のネタを丁寧に拾って、かつそこからぐぐんと膨らませる、裏染くんの推理みたいなできでとても面白かった。
ただちょっと普通かなあ。円居挽の作品みたいに、もう一度本編を読み直さなくちゃ! という焦燥感にかられるほどではなく、普通にただ「ありそー! こういう掘り下げありそー!」で終わってるというか。
ある漫画がもってる当たり前の側面を当たり前に見せてくれただけで、もちろんこれはこれで面白くてよいのだけど、円居挽がなあ、円居挽がああだったからなあ。
ただのそのオチに向かうまでの道中は本編ではまだほとんど掘り下げられてないキャラを、かなりガッツリ掘ってるけど、ちょっと質感が湿っぽい感じがしなくもない。
(湿っぽいの相沢沙呼らしさな気がしてるけど、これは単にデビュー作のラストの謎解き中ずっと登場人物が泣いてたからだと思うんだよ)
もこっちが良い意味でも悪い意味でも空回りしてこそで、もこっちと同じ目線に立つキャラってのはなかなか難しそう。
良い意味でも悪い意味でも夏帆が相沢沙呼してて、谷川ニコをちゃんとインストールした前後の二人と比較するとそこが残念かも。
(わかんないけどね、夏帆が本編でもああだと逆輸入されれば違和感なくなると思うし)
で、で、でたー、ツイッターの面白さと作品の面白さのバランスが最も悪いミステリ作家ただし2次創作は除く! の本領発揮だあああああ!!!
わたモテ読書ほぼ全員が抱いてるあの疑問をミステリ仕立ての奇妙な謎とともに解き明かす見事な展開。
修学旅行編からのいわゆる「わたモテ第二部」をもう一度読み返したくなる、わたモテを新たな切り口で見せてくれた、とんでもなく良い作品だった。
もちろん、物語としても、ミステリ仕立てで、そのミステリの謎解きにわたモテらしい実在のアニメ漫画が関わってくるのも良いし、わりかしアンソロジーとしてのオチ感もちゃんと出てて面白いんだけど。
それ以上に、わたモテという作品の解釈をこうするというのが、とにかくすごい。なんていうか、こう、「おめえらの知ってるわたモテってこっちの面だけなのか?」という挑発じみた展開でもあって、こりゃまじですごい、面白い。
あと、全方位的なカップリングの面もちゃんと抑えてるのもにくくて、うっちーすこの僕も量は少ないものの良いうっちーでうっちーいい。
わたモテという作品の本質情報が乗ってるよ、いいのこれ、最終回であかすやつじゃないの? 大丈夫? と心配になるわ。
そりゃまあ、こいつの作品が面白く無いなら、そもそもこんな企画を立ち上げるなよって話なんだから、これだけのクオリティもそりゃそうなんかもだけど
それでも、さすがのさすがで、こりゃすごいわ。
カイジとキングレオの回想も一緒に買ってきたんだけど、こりゃカイジの方はわくわくすっぞ!
男性の自殺を書いてくれてる方は、近くあるいは遠くから男性へのサポートを考えてやって欲しいです。適切な後悔が起こるには、誰か「これは社会があらゆる弱い方を守れなかった問題でもあるし私たちがそれができず申し訳ない」と感じる人、「これからはこれらができるしやっていこう」と、肯定的な未来や回復例を知ってる人がいて、「いや私がこうすべきだった、後悔していて、これからはこうできる」とあらわれてくるのだと思いました…(5年10年単位で見守ってほしい気もします。)(まとめ主の書いてくれた罰と更生の意味を、自分なりにこう感じました。)
男性の自殺を書いてくれてる方は、近くあるいは遠くから男性へのサポートを考えてやって欲しいです。自分は偽善で構わないと落としどころをつけて、青少年の自立援助ホームの賛助会員費を送っています。男性相談や色んな人権電話相談のまとめちらしがとある男女参画センターにあるが、地元の男女参画センターにも置いてくれないかと要望してます。この件の男性が自分と相手のことを想って事件になる前にちゃんと別れ、より良い自分の人生を歩むには何が必要だったのでしょうか…
木造アパートは防音性ゼロ!絶対やめろ!とこれだけネットで警告が溢れている中、木造アパートで一人暮らしを始めて現在進行形で後悔している話を聞いてくれ。
とにかく言いたいことは木造アパートはやめろというだけの話なんだけれど。
実家は一軒家で4人兄弟かつ祖父母も一緒に住んでおり、誰かが歩く音や話し声、テレビの音など常に何かしら聞こえている。
職場はとある工場勤務で、常にガタンゴトンと大音量で機械の音が聞こえたり、スタッフが走り回る音や勤務報告の大声が飛び交う。
そんな騒音がする中でも家ではグッスリ寝ることができ、職場でも日勤の昼休み、夜勤中の休憩時間もバッチリ休めている。
なので、防音性がそこまでなくても大丈夫だろう!と余裕ぶっこいたのがアホだった。
「他人」の出す「なんだか分からない音」は強烈に不愉快なのだ。
実家や職場での大音量の騒音は「慣れ親しんだ家族」「顔見知りの同僚や上司」が出していて「何から音がしているか」が分かっている。
しかしアパートでする音は「顔も知らない誰か」で、「何をして出しているのか」が全くわからない。
現在住んでいるアパートは、幸いにも隣人や上下階の人が特別うるさい訳ではないと思う。
実際、アパートでの音は職場の機械音に比べたらはるかに小さい。
それなのに住みはじめて睡眠障害になるほど音に敏感になってしまった。
物がぶつかるようなガタンゴトン!床を叩くようなドンドン!椅子を引きずるようなゴゴゴ!
1つ1つにビビりちらしてしまい、引っ越して1週間目は殆ど眠ることが出来ず滅茶苦茶に後悔した。そして今もしている。
手が滑って茶碗を落としてしまった直後、隣の部屋からガンッ!と音がした時には恐ろしすぎて良い歳してマジ泣きした。隣の人が何かするタイミングが被っただけかもしれないが、激怒して壁ドンしたのかもしれない。そう思うととにかく恐ろしい。
木造アパートに引っ越すことを考えていて、私と同じように「自分には騒音耐性があるぜ!」と安易に考えている人は「他人の出す何をしているのか分からない謎の音」に耐えられるかをもう一度考え直してみて欲しい。
20代の頃、車買ったり、良い食事ができる所いったり、酒買いまくって、どうにか「金持ち」をアピールしてた。実際、いい大学を出たこともあって、大卒初任給より1ランク上の給料だったしな。
同窓会なんかで、気前よくみんなにおごったり、二次会で行きつけのバーみたいな所誘って金を持ってるってアピールをずっとしてた。
でもアラフォーになると、俺はKKOになってた。給料は同年代と比べてももらってる方だと思っているが、今更浪費をやめられるわけもなく、無意味にスマホゲーのガチャを回して、Twitterで「今月も天井」とイキりちらして、「すごい」とか「爆死芸いつも楽しみにみてます」みたいなこと言われて、承認欲求を満たしているだけの浪費家。
団のメンバーから褒められて、Twitterのフォロワーから褒められて、有名声優に認知されたが嬉しいだけの浪費家。
同級生で金持ってるやつはそんなことしてなかった。
買うものは、換金できる時計やカメラで、ガチャなんてやっていなかった。
俺より質素な生活をしているやつを哀れに思っていたが、いつのまにかそういう奴らのほとんどが家を建てて、子供の教育費をどう捻出するかを話してる。
俺は?
貯金ゼロで、借り家、嫁なし子なし。入ってきた金は、車、ガチャ、食費と家賃に消えていく。
堅実な生き方って、入ってくる金よりも、出ていく金に目を向けた生き方なんだな。
奴らは結局、物とか承認とかよりも金が好きなんだと思う。よく考えたらそうだ。金ほど物欲を満たしてくれるものはない。
こんな事思い始めたのも、今までやってたゲームで凄く強い編成が、中堅程度ならだいたいみんな出来る新しい編成に追いつかれてしまったから。
今年入ってきた新卒。ADHD持ちらしい。が、ADHDがどうとかって言うより単に周りの人間が放置しているせいで全く仕事ができていないっぽい。
自分がいる部署と違うところにいるから直接的関わりは無いんだけど、ちょっと話してみたら使うツールのこととかなんにも聞いていないらしく、
セットアップ周りも中途半端な状態で放置されていて、それで仕事放り投げられていたそうで。
ちょっとあまりにも目に余るので新卒指導担当に聞いてみたら、自分から聞いてくるまで放置しているとか、
そうしないと成長にならないとかいろいろ言っている。
正直言い訳にしか聞こえない。お前が適当にしている結果一人の人間の工数が奪われているという自覚が足りていない。
入ったばかりで使えるはずがない人間を更に使えなくしているのが自分だって自覚がないのが腹立たしい。
聞くまで何もしないはあとからでもなんとでもなるだろう。なぜそれを配属して3週間もやっているのだ。アホか。
とりあえずイライラしてたまらない。自分は当事者じゃないから放置すればいいだけなのに腹たって仕方がない。
当方26歳、いろいろあってこの歳になってもなんだかんだ学生をやっている情けない人間。
このまま女性に好かれることもなく朽ち果てていくことを覚悟していたのだが、なんと16歳の女の子に告白されてしまった。
まさにびっくり仰天、有頂天で部屋の中で運動会を開いたが、冷静になってみれば問題だ。
その女の子(Kちゃん)が全くの赤の他人ならば話は簡単だったのかもしれない。
しかし厄介なことに、Kちゃんは正真正銘親戚でありガッツリいとこなのだ。
こういう場合、小さい頃から遊んでいて……というパターンが多いようだが俺たちの場合は違う。最近親戚同士の付き合いで知り合って普通に親戚としてLINEを交換した。
Kちゃんは1人っ子であり親の離婚関係のドタバタで散々振り回されてきた人物であり、俺にもその気持ちは痛いほどわかった。
俺は早いうちから両親を亡くし施設から里親となるこの親に養子縁組をしてもらい一命をとりとめたという過去があるからだ。まあそれはどうでもいい。
とにかく俺たちは意気投合し、頻繁に遊びに行くようになった。
しかしながら当時15歳だった彼女に手を出すことなど論外だし、そういう目では見れなかった。(いや若干見てたけど、ここはカッコつけるためにこう書かせてもらおう)
俺は彼女の悩みや愚痴を受け止める存在になり、Kちゃんは俺のアパートに週3ぐらいで入り浸っていた。思えばここからしてもはや今の状況は決まっていたのかもしれない。
「…好き。付き合って」
その場面は鮮明に覚えている。ただただ放心した。
ろくな返事もせずに「おお…」と口から空気を漏らすとKちゃんはパッと花が開いたように笑顔を咲かせて、心の底から嬉しそうに家に帰っていった。
ボケっとテレビを見ていると電話がかかってきた。Kちゃんの親である叔母さんである。
と開口一番に突き刺さしてきた。
俺は本当にビビりちらしてその場ではイヤ、そうじゃなくて云々……と説明したが叔母さんは何となく察していたようで、最後にこういった
「普通に交際するなら何も言わないけど、ゴタゴタで出来たKの心の隙間につけこむようなマネは許さないから」
何を……そのゴタゴタお前が起こしたことじゃんか……。とは思ったが、グッとこらえて大人の対処をする。と伝えた。
Kちゃんはそれからは完全に俺の彼女だと思っているようで、俺の家への入り浸りも加速した。
俺はアワアワするばかりだが、何となく彼女といるのは落ち着くし(10歳も年下に何を感じてるのか…)、可愛いし、拒絶すると彼女の逃げ場がなくなると思って容認している。
最近Twitter上で小説の表紙を描きたい・描いて欲しい系のタグが流行っているのを生温い目で見守っている。
私は、いわゆる「字書き」といわれる二次創作者が苦手だ。
だが、もともとそうだった訳ではない。
人をカテゴライズすることを失礼だとは思いつつも、そうせざるを得ないくらい「字書き」には苦い思い出しかない。
長文乱文につきご注意ください。
私は絵描きなのだが、ありがたいことに相互フォローの字書きから小説本の表紙イラストの依頼が来たことがある。
誰かに寄稿を頼まれたこと自体が初めてだったのでジャンル別とはいえ、本当に嬉しかった。
数あるフォロワーの中から私に依頼が!と舞い上がっていたと思う。
表紙のデザインの打合せをして、「ああしたい」、「こういうのもいいよね」、なんて言い合いながら遂に表紙は完成。タイトルデザインも私。
気合を入れて制作したのが功を奏したのか、相手も気に入ってくれていたみたいだった。
賞賛の言葉を頂いて、「ああ、頑張った甲斐があったな」と充実感を得ていた。
イベント直前、字書きは新刊の宣伝をしていたので私自身の本ではないとはいえ、わくわくしながらチェックした。
…ん?私の名前は?
Twitterやpixivにも表紙画像付きであげているのに、紹介文に私の名前はどこにも無かった。
その後のツイートでも私に触れられることは無い。
通常「表紙は□□さんに描いて頂きました」とか書いてあるものだと思っていたけど、
この界隈はそんなものなのかな?と少しモヤモヤしたままその場は何も言わずにスルーしていた。
そんな気持ちのまま、イベント終了後に「表紙ありがとう」と書かれた旨の手紙と共に本が届いた。
字書きの名前は勿論、Twitterやpixiv IDまでしっかり記載されているというのに、だ。
え?なんで?と頭に衝撃が走って、真っ白になったのを覚えている。
もしも表紙イラストを気に入って私に興味を持ってくれた人が…、なんて淡い期待を思い切り打ち砕かれた。
でかでかと表紙イラストを飾っているにも関わらず、この本に「私」は存在しないのだ。
普通、ライトノベルでも文学作品でも表紙デザインの作者名は載っているもではないか。
あんなに打合せしたのに。装丁の相談だって受けたのに。睡眠時間を削って描いたのに。
全てがショックで心が張り裂けそうだった。
普通の人なら「奥付に名前の記載が無いんだけど!」と抗議しそうだが生来、人の顔色を窺って生きてきた私にとっては困難だった。
この一件で嫌われたらどうしよう…。
噂を広められて活動できなくなったらどうしよう…。
そんな考えが頭を巡って、結局どうすることもできなかった。あたしって、ほんとバカ。
聞いた話によると、この本の売り上げが字書きにとって過去最高の頒布数だったそうだ。
クソが。
残念なことにまだまだ続く。
上記の件もあり、すっかり疑心暗鬼になった私は表紙依頼を受ける時は、奥付に必ず私の名前を明記することを約束したうえで引き受けることにした。
今度は同ジャンルの字書きから、新刊の表紙イラストの依頼があった。
奥付の件も納得してもらえたので、表紙イラスト~タイトルデザインを制作。
問題なく入稿し、相手もイベントを楽しんでいたようで本当に良かったと思った。
イベントも終わって落ち着いた頃に、新刊を送りたい旨の連絡があったので私は快く承諾。
すると字書きは
「本代○○円 送料○○円 合計○○円です。」
は?????????????????????????????????
目玉が飛び出るかと思った。新手の押し売りかよ。
今まで表紙を手掛けてイベントに不参加の場合には、献本という形で送ってもらっていたので本当に驚いた。
一万歩譲って「私が表紙を描きたいと字書きにお願いした」のなら、上記の内容も分かる。
しかし、「字書きが私に表紙を描いて欲しいとお願いした」のにこの有様。
字書きは更に「振込はこちらにお願いします」と続けた。どうやら振込手数料も私持ちらしい。
印刷費厳しいのかな?と思い込むことで怒りを抑えて、支払った。
ええ、支払いましたよ。あたしって、ほんとバカ。
その後、奥付だけ確認して読まずに捨てた。高い勉強代だと思った。
クソが。
そんなことがありつつも、中には好きな字書きもいた。
支部で作品を読んで、その精巧な話の組み立て方、キャラクターの心情表現の緻密さに魅了された。
本職なのでは?と疑うくらいに、作品のクオリティが桁違いだったと思う。
Twitterで作品を紹介させて頂いたところ、ちょうどTwitterを開設したばかりの字書きの目に留まり相互フォローになって仲良くなっていった。
本当に好きだった。崇拝していた。
前述したとおり、私は絵描きなのでTwitterにイラストを投稿する。
字書きもそれに反応して、よく感想をくれていた。
しかし、徐々に感想は私のイラストとは関係ない字書きの宣伝にすり替わっていった。
イラストを投稿すれば「イラスト素敵ですね!そういえば、支部に作品を投稿しました。(支部のURL)○○が××する話なのですが、△△も出てきます」という具合に。
最初こそわざわざ教えてくれてありがたいな、と思っていたが8割方宣伝ツイート、
感想はおまけ程度、感想クレクレが滲み出た会話内容にだんだん疲れてきた。
字書きにも徐々にフォロワーが増えていき、私に構うことも減ってたまに会話する程度になった。それはそれで楽だった。
ある時、字書きは「○○はこんなこと言わないw」とツイートした。
私の新刊の内容であることは明らかでそれに派生して界隈を巻き込むプチ論争になっていたようだったが、私も納得する部分があるため傍観していた。
しかし、字書きの
「私の○○はこう!誰にも批判させない!」
この発言を、私は許せなかった。
撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、とどこかの皇帝も言っている通り批判したからには批判される覚悟を持たなければならないだろうと私は考える。
しかし字書きは、批判はするけど私のことは批判しないでね☆彡ときたものだ。
もう許せなかった。その思想が。神経が。
今まで積もり積もった鬱憤もあり、全てをブロックした。全てを。字書きの作品が目に入る全てを。
愛情の裏返しとは凄いもので、今まで敬愛していた作品も全部汚物のように思えてブクマを外した。
ぶっちゃけ最後は字書き関係ないけど、上記の以外にもいろいろあって字書きが苦手だ。
あと、字書きって聞いてもいないのに何で自分語りばかりするの?承認欲求の塊なの?
○○さんに私の作品が好きって言われました!××さんに新刊渡せた!とか、わざわざDMで送ってくる。聞いちゃいねぇ。
最近も、頼んでもいないのに字書きに新刊の紹介をされて押し売りされた。
イラスト等と一緒で絵柄の好みがあるように、小説だって文体の好みってものがある。
あと、ある字書きは奥付の記載には自分の名前とTwitter、pixiv IDや連絡先を載せてるのに、表紙担当の私は名前だけなのは何故なの?Twitterの宣伝でも頑なに私のID載せないけどなんなの?そういうものなの?これが普通なの?絵描きの情報開示したら死んでしまう病気にでも罹っているの?頼む治療してくれ。
絵描きだってアレな奴居るじゃん!と思われる方がいるだろうが、少なくとも私は絵描きに今までそういったことを受けたことはない。
中には良識的で素敵な作品を書き上げる字書きが居ることも知っている。
しかし、それさえも掻き消してしまうような特殊な字書き共が私の周りには多すぎた。
いや、苦手という言葉では生温い。
私は「モラルと常識が無い字書き」が嫌いだ。大嫌いだ。消えてしまえばいい。
当初述べた表紙タグで良心的な絵描きが、私のような目に遭わないことを切に祈る。
私は今請け負っている表紙イラストで小説本のお手伝いは今後一切もうやめる。
まだやってんのかよ!、と思われた方もいるだろうが断れない性格って本当に損するので今から矯正できる人は矯正した方が絶対にいい。
あたしって、ほんとバカ。
もう疲れた。
全てフィクションです。