はてなキーワード: 聖人とは
圧倒的大多数の人間は、生まれてこの方十数年だか数十年だか日本に生きていれば、とりあえず何となく日本に愛着はあると思うんですよ
ただ、当然ながらそれは自国の現政権を熱烈に支持するとか、古来の日本人は聖人君子しかいないと信じるとかいう意味でなく、単に食べ慣れてるから米と味噌汁大好き、とか、そういうレベル
自分は日本に一定の愛着はありますが、それはあくまで自分が生まれ育って以降の平和で豊かな日本であって、戦前が理想のユートピアだったかなんて知らない
(少なくとも今よりずっと筋肉労働中心の体育会系価値観だったのは間違いないから、それはイヤだ)
ところが
昨今の自称「普通の日本人」の皆さんは、自国の現政権にいっさい疑問を持たず服従しないと愛国心がないと見なしたり、過去の日本人は一切残酷なことをしなかったと考えないと「愛国心がない」ことになってる
(長屋王の末路やら織田信長の焼き討ちやら、欧米や中国と同じように、日本にも歴史上いくらでも残酷な話はあるんだけどなあ)
とはいえ、この手の主張ばかり言い立ててる連中は、先に触れたような「空気のような愛国心」なら持ってる大多数の人にとっても、ウザいんじゃないんですか
なんか途中で寝てました。本当にしんどいのでもうどうにかしてほしいです。つらいつらいつらい。もう駄目です。どうにかなってしまいそうです。嘘です。そんなどうしようもない苦しみはありません。どうしたらいいのかわからない、いえ、もうこれ以上身動きできないというつらさがあります。もうどうしようもありません。それは錯覚です。どうにでもしようはあるのです。よくわかりませんけれど、きっと普通に手はあるんです。つまりさっさと就職すればいいわけです。それだけで今の不安感は解消されます。売り手市場、年齢などを考慮して、今がチャンスなわけです。それを考慮して動くわけですがもうどうしようもないと、やはりそう思うのです。もうつらいです。何もしたくありません。しかし何もしないというのを選ぶのは30歳を超えてからでも遅くありません。せめて20代のうちはがんばってください。まだ客観的に、社会情勢的に見て十分やり直しがきく時期ならがんばりましょう。もうどうにもならなくなったら引きこもりましょう。それも僕はつらいと感じるでしょう。もうどうにもなりません。つらいつらい、という気持ちがつよいです。スーパーに行く途中でも辛い気持ちがむくむくと湧いていました。僕はこんな田舎で終わってしまうのかと不安になる気持ちがありました。別に社会的なあれこれなんて僕はどうでもいいと思っていますし、田舎に住んでいることを誇りに思ってすらいる節まであるのですが、スーパーに行くときだけそんな風に感じてしまうというのはよくわかりません。定期的に都会と田舎を往復するような生活ができたらいいのにと思っています。つらいですね。もう何もできないですよね。つらいつらい。つらいままです。結局は自分でがんばるしかないのです。もうだめです。がんばるしかないのです。世界は自分で引き受けねばならないのです。ある意味では僕は今この瞬間にも世界を受け入れてはいるのです。この何もせずに無為に生きている時間に焦燥感を覚えているわけですが、何もせずに無為に生きてきた結果としての未成熟、経済苦、労働スキルのなさ、社会性の欠如、焦燥感や不安感、すべてを僕が引き受けるしかないからです。これは僕以外の誰にも引き受けることができないものです。当たり前の話ですけど。このつらさをそのままにぶつけていいんだと思います。今そう感じている、原因がどうあれつらいという気持ちを切実に感じているならばありのままにぶつけるしかないのです。はー。定期的にやってくるこのつらさをどうにかせねばなりません。プログラマ怖いですけど、何とかなるとは思えないですし、つらい仕事なんてしたくないですけど、それでもみなさんわりとそれなりにやっているようですので、まあ何とかなるんではないでしょうか。心がつらいですね。もうどうしようもありませんね。はやく楽になりたい。いえ違いますね。過去に戻りたいですね。安穏で安全で何も憂いがない状態でこの世界を満喫したいのでしょう。これが本音です。しかし僕がさっき憂いと呼んだものの実態をも包含しているからこそこの世界は豊穣であるわけで、それらから自分だけ逃れようとするのはよくありません。つらいですね。もうどうしようもないですね。いえどうしようもないっていったらウソになるというかいくらでもやりようはあるんでしょうが、それをする勇気がありません。気力がありません。病院に行ったら何とかなるのかもしれませんが健康保険がありません。だいたい何を話したらいいのかわかりません。カウンセリングとか言っても、何を話したらいいかわかりません。まさかこれをプリントアウトして持って行くわけにもいかないでしょう。こうやって書いてもまともな文章になんてなったりしませんし、そもそもまともな文章を書いてやろうという気すらないんですけれども、でもなんかこれを誰かに見られることを想定はしているんですよね。それは文章のクオリティではなく僕という人の社会的立場から参照される性質を誤魔化すために浸かっているみたいな感じです。意味わかんねえですね。もうこうやって延々とわけのわからん、読んでも仕方がないような文章書いてればいいんじゃないでしょうか。それができたら幸せでしょうか。別に幸せじゃないですね。どうでもいい思考をシャットアウトするとめっちゃ脳がクリアになるよーってふろむだ先生が言ってましたがこれはあれですね、すごいどうでもいい思考ですね。これをシャットアウトしてもっと生産的なことに活かせば僕はもっといい方向にいけるんではないでしょうか。でもこのだるい感じがある以上僕は頑張れないですね。高校のときは体は十全でしたがやる気はなかったですよね。ぜんぜんダメですよ。ネットでよいアドバイスがもらえるかもしれませんが、今の僕には彼らの容赦ないレスに耐えることができません。弱っているところに匿名インターネットはきついです。今ぼくはすごい弱っています。助けを求めるのはネットではなく身近な信頼できる人です。あと医者です。しかし僕には身近に信頼できる人とかいませんし健康保険ないですし医者で何を話したらいいのかわかりません。作業も進んでいません。時間は待ってくれません。言い換えれば時間は平等ということです。なんということでしょう。こんなものを書いている暇があったら脳内妄想彼女を書いてればよかったのです。それを小説として書いていればいいのです。なにもきっちりした小説の形にしなくてもいいです。今やってるようにすごい適当な感じで書きなぐってやればいいのです。しかし僕には致命的な欠点がありまして、台詞を考えるのが苦手だということです。会話ができないのです。脳内会話すらできないのです。僕ができるのはひたすらに独り言です。何かの刺激を受けてそれに対して返事をするということが苦手です。今やってるのを見ればわかりますが、自分のうちから湧き上がってくる何かを拾い上げるというのはまあできるんですが。だったら何か刺激を受けて何か湧き上がってきたものを書けばいいじゃんという話です。もしかするとここにブロックがあるのかもしれません。つまり自分が思いつくようなことは大したことのないものだ、というブロック。あるいはこれの方が大きいかもしれませんが、どういう感想だったら〇がもらえるか、というのを優先して考えている回路の存在です。これのせいで自分が純粋に思ったことを拾い上げるのが難しくなっているのではないでしょうか。まずはすべてをとっぱらって素直な気持ちを救い上げるのです。ってそれは今やってることですね。そのための練習でもあるわけですね。後いい加減僕は誰かに見せるための文章の書き方というのを練習しておくべきです。読書感想文とかね。日記とかなんでもないですし。文章書くのがそもそも好きじゃなかった自分に今無理やり文章を書くという存在のありかたをインストールしようとしている段階ではないかと思います。20過ぎてからですよやってるの。さすがに遅きに失したという感じです。来世でがんばってください。もうだめですね。何もできません。早くどうにかなってほしいです。もうだめです。疲れました。早く楽にしてください。小説書けるようになりたいな。素敵な世界をこの手で無限に紡ぎだせるようになりたいな。無意識プログラミングすればできるよ。どうやったらできるんだよ。母親を見ろ。何かできているように思うのか。わかんねえ。聞いたらいいんじゃないか。家庭はぐちゃぐちゃだけどな。何を求めているんだ。自分の幸せしか僕は求めてねえもんな。でも仕方ないじゃないか。自分が不幸せなのにどうして他人の幸福を祈れるってんだ。それができる人は聖人か馬鹿のどちらかだ。みたいなうんちみたいなラノベみたいなことを言うつもりはないです。こういうレトリックは不純物というか回答、真実に迫るには有害ですらあります。僕が他人の幸福を祈れないのはそもそも他人に興味がないからでしょう。自分だけがよければいいのです。そしてそれがデフォになっています。他人のこととか考えたことがないのです。自分さえよければよいのです。そしてそのことのまずさを頭ではわかっていても体ではわかっていないのです。腹に落ちていないのです。そのくせ自分は他人から何かをしてもらって当然と思っています。何という汚物。醜悪ですね。そしてそれが本当に汚物であり醜悪であることが本当にはわかっていないのです。なんだかタブレットが熱くなってきました。正確にはタブレットじゃなくて2in1なんですけど。熱はパソコンにとってよろしくないのでちょっと休ませてあげた方がよいかもしれません。本でも読みますかね。目隠しを取ったらいっきに明るくなりました。どうだ明るくなっただろう。めっちゃ明るくなりました。すげえ。別にすごくはないです。しかしこの時間帯になっても昼みたいに明るいというのはなかなかです。フロントガラスの銀シートを外したらもっと明るくなるでしょう。それにしてもおなか一杯です。小食がいいらしいですがどうしても食べてしまいます。ファミレスに行けばよかったんじゃないですかね。でも行くのに罪悪感があります。どうせ他に人いないんだしいいじゃないですか。駄目なんですかね。なんだか申し訳ない気持ちがどうしてもありますし。長居するのやっぱりよくないですよね。でもどうしてもやりたいんです。疲れました。父親について行くだけならすごく楽だったのに。つらいですね。面倒ですね。もう僕は本当に疲れました。疲れ切っています。もう何もしたくありません。でも世界は放っておいてはくれません。僕は本当に疲れ切っています。ぐったりしています。しんどいです。何もしたくありません。だるさが取れません。いい加減にしてほしいです。これは何とかならないんですか。これが諸悪の根源なのです。これをどうにかしないことにはどうにもならないのです。早い所なんとかしてしまわなければ人生が台無しになってしまいます。もうけっこう壊れてますけど、底が抜けてしまいます。早くなんとかしなくちゃいけません。そしてIT技術をフォローしていかねばなりません。それが未来を生きる道です。もうどうしようもありません。早く死にたいです。早く殺してください。助けてください。僕に安穏をください。安逸の中で生きていたいです。しんどいです。つらいです。体が重たいです。誰か助けてください。もうどうにかなってしまいそうです。助けてください。つらいです。しんどいです。体が重いです。このままでは何もできません。しんどいですよ。もうどうにでもなってしまいます。うんちという感じです心がうんちですね。正しく排泄物です。トイレットペーパーが必要です。ガソリン高くて死にそうです。二年前なら110円台とかだったじゃないですか。何でこんなに高いんですか。ふざけてるんですか。いや別にふざけてはいないでしょうけど。それにそんなにしょっちゅう乗るわけでもないですし長距離運転をするわけでもないですし貯金は十分あるのでまあそんなに気にする必要はないんですけどね。心理的な問題です。140ウン円という値段を見てうへえーとなるわけです。もう勘弁してくれという感じです。僕がいったい何をしたんだという話です。何もしなかったからこんなことになっているんだといういんたーねっと小話があります。ランタンは明るいです。お茶のペットボトルは転がっています。これ何日前からあるんでしょうか。たぶん2か月くらい前からあります。すごいですね。時を駆けていますね。別に時を駆けてはいないでしょう。この車がデロリアンとかだったら別ですが。カエルの装飾をすればケロリアンですよ。パクりですね。パクりはよくありません。インスピレーションを受けるのはよいです。所詮すべてパクりです。足がだるくなってきました。パーカーで雨を拭いていますがそろそろ洗濯したほうがいいかもしれません。けっこう長いこと放置していましたし。しかし車のあっつい中に放置していたのであればどうなるんでしょうか。細菌とかにとっては案外これが快適な温度だったりするんでしょうか。今ネット使えないから調べられねえですけど。いえ使おうと思えば使えるんですよね。テザリングすりゃいいだけの話です。僕ずっとこれデザリングって読んでました。
「そんなの当たり前でしょ!?」と息巻いている画面の向こうの聖人君子諸君、ちょっと落ち着いて読んてほしい。
だって、楽だから。特に努力しなくても、自分より下の存在がいる。こんなにコスパのいい話ってある?
自分は容姿も優れないし、特別な才能も持っていない。勉強スポーツどれも中途半端で、全体的に見ると他人より劣っていることのほうが多い。その上めんどくさがりで、努力をするのが大嫌い。特に夢中になることもなく、ぼんやり毎日過ごしてる。
そんなクズであっても、誰かの上に立つ、支配する立場になるというのは気分がいいものだ。本来ならば己の才能を発揮し、たゆまぬ努力をもってして、人はその立場を手に入れる。学生だったら委員長、部長。社会人だったら管理職。しかし、怠け者の自分にはとてもそんなことはできない。
面倒なことはしたくない、でも人の上に立って偉ぶりたい……そんなときに便利なのが、差別だ。
差別はお手軽だ。無条件に相手を見下すことができる。社会的に高い地位に上り詰めなくても、自分より立場の低い存在がある。劣っている存在がある。
それは安心感がある。さらに女性というのは身近な存在で、人種や民族差別より見下せる総数が多い。実際に腕力、体格という点では、女性は男性より劣っている。暴力をふるえば簡単に圧倒することができる相手なのだ。
男に生まれた時点で、自分より弱い存在がある。なんて簡単なんだろう。クズ人間にとって、これほどありがたいことはない。なんの取り柄もない自分にも、見下せる相手がいるのだ。こき下ろせる相手がいるのだ。
ここでタイトルにもどる。
そんな「自分より弱い者」のいる立場で、女性差別をしない男性はえらいと思う。自分なら、その安心感に屈服する。この便利な立場を享受する。
クズ人間の自分にも唯一叩ける相手なもんだから、徹底的に叩く。すかっとする。生意気な反論が来れば女性器の蔑称を上げて「これだから(笑)」とでも言っておけば済む。語彙力のない自分には他人を言い負かす能力などないが、女相手ならこれで論破できる。リアルでだって同じだ。最悪、ぶん殴っておけば相手は黙る。
しかし世の中の男性の大半はそんな差別を行っていない。むしろ、世の流れは確実に、差別をなくす方向に動いてきた。
ほんとにえらいと思う。よくこの誘惑に打ち勝ってきたね。
最近はmetoo運動なども話題になり、女性の立場向上はますますめざましいものがある。と同時に心配でもある。男性というだけで、「誰かより上」という安寧に浸ることができた愚か者たちの居場所が、脅かされつつあるからだ。彼らは焦るだろう。自分の立場が相対的に低くなることに、危機感を覚えるだろう。縋ろうとするだろう。女性の立場が向上していく一方で、女性叩きも加熱していくのではないか?私の心配はそこだ。無能な男に唯一許された、「女性よりは上」という安心感。彼らの牙城が崩れたときの、捨て身の攻撃。
杞憂だといいのだけれど。
近年、同調圧力に屈しない事が正しいこととして扱われる傾向があるように思います。
飲み会への参加を断るだとか、学校での同調を迫る雰囲気に辟易して学校へ行くことをやめるなど様々な場面で同調圧力への抵抗が現れています。
話を進めるに先立ちまず前提として言っておきたいのは、わたし個人としては同調圧力が悪しきものだと考えているという事です。
同調圧力に抵抗する事には大抵、抵抗した者を排除する作用が伴います。そして日本においては集団からの排除を受けると、実社会生活が満足いくような形で立ち行かなくなる可能性が高いと言えるでしょう。
そのような意味で圧力に抵抗するということは、個人の意思決定の自由を実質的に奪ってしまうと言えるといえます。
そして人間は皆、自由な内心に従った意思決定をし、その意思決定に基づく行動は社会的法規範および他人の人権を侵害しない限りにおいて、許されてしかるべきだというのが私自身の根本的な思想なので、上記のように同調圧力自体は悪しきものと考えています。
話を戻しましょう。
では同調圧力に抵抗する事は正しいのでしょうか。
もちろん、同調圧力により強い精神的苦痛を受けて死を選ぼうとする人は同調圧力から逃げる事を選ぶべきでそれが正しい手段でしょう。
宗教的な議論はあるにせよ、死んでしまえばそこで何もかも終わりになってしまうのですから、命を終わらせる前にまず同調圧力から逃げてみるべきだからです。
しかし、そのような段階に至る前において同調圧力に屈しない事が正しいと言えるでしょうか?
最近は「飲み会なんて行く必要はない」「学校なんて行きたくなければ行く必要はない」と言った発言がよくされており、このような発言には肯定的な意見がよく寄せられています。
結論から言うと私はこのような考えは「現状では」間違っていると思います。
何度も述べているように、同調圧力は悪しきものです。しかし、実社会に目を向けて見ると、飲み会に参加する人の方が職場での居心地が良くなる傾向があるでしょうし、学校にしっかり行っていた人の方が将来的な選択肢が広がる(すなわち自らが望む進路に進む事ができる可能性が高くなり、その中で報酬としての金銭を得る事ができる)傾向があると言え、同調圧力に抵抗しないほうが良好な生活環境を維持しやすいでしょう。
私たちは社会の中で生きる存在ですから、このような社会傾向から目を背けることはできません。生活にはお金が必要であり、お金を稼ぐには働く必要があります。そして異論はあるにせよ、一般的には良好な生活環境には良好な人間関係を築く必要があると言えるでしょう。
社会的に大多数の人にとっては良好な生活環境を維持する事が重要でそのための選択が「正しい」選択と言うべきでしょう。(自分の信念を貫く事が重要であるという人もいますが、そこまで強い人はなかなかいないものです。)
「現状において」この両者を実現するためには基本的に同調圧力に従うほかないのです。
なぜなら「みんないやいやながらも同調圧力に従っているから」です。
これには他人が辛いからといって自分までその辛さを受忍する必要はないというという批判があるでしょう。しかしこれは綺麗事にすぎません。このような発言は基本的に他人と同じ辛さを受忍させられる側から出るものと言えるでしょうが、人間は聖人でもない限り自分が辛い時に辛くない他人を恨めしく思ってしまうものです。
すなわち、「現状では」同調圧力に抵抗しない事が自身の生活の質を上げるという意味において正しいのです。付け加えるなら、同調圧力に抵抗しつつ良好な生活環境を維持したいと「他力本願的に」望むことはむしろ自分勝手で無責任が過ぎると言うべきではないでしょうか。
では同調圧力に抵抗する事が正しい事だと言えるためにはどうすれば良いのでしょうか。
そんな事できないよ、という声があるかもしれませんそしてその通りかもしれません。
しかし、同調圧力に抵抗し、かつ良好な生活環境を手にしたいのならば、少なくとも社会傾向を変えるなんらかのアクションを起こすべきです。わたし自身はどのようなアクションを起こすべきかについての明確な答えを持ち合わせていませんし、もしかしたら同調圧力に抵抗する事自体がその答えなのかもしれません。それ故、ここまでのわたしの主張もまた無責任なものかもしれません。
しかし、現在の、同調圧力には従わなくても差し支えないだろうという風潮が社会的に広く認容される可能性もありますが、これ以上広がらない可能性もあります。とすれば、仮に後者のようになってしまった場合、結局同調圧力に抵抗した人は良好な生活環境を維持する事ができなくなってしまうことになる可能性が高いでしょう。このように考えるならば「現状において」同調圧力は屈しない事が正しいとは言えないのではないでしょうか?
この問題はわたし自身の「同調圧力は悪しきものだ」という考えと、「しかし同調圧力に従う事が現状正しいのだ」という相反する考えが衝突する場面でもあります。
後者は現在の社会的風潮とは異なるものかもしれませんが、同調圧力に反対する者として、「同調圧力に従わないことが正しいのだ」という「同調圧力的風潮」に抵抗する事が、現在の社会的傾向を変えるための私なりの答えです。
私は聖人じゃないから、本当に嫌いだなと思う人からは、何か正しいことを共に行おうと言われても、御免蒙ります。
そういう意味では自分の中にも、「線引きをしたいと思う心」はあるので、なるべく理不尽な理由のない差別はしないようにしようと努力は自分だけでもしようと思っています。あと、差別したくなってどうしようもない人に、それが正義だからやめろと言ったりはしないと思います。
リアルの友人や家族などの近しい人であれば、正義から説くのではなく、人をなにかのくくりで差別するのは、悪口陰口のたぐいと似たような、結果的に自分に不利益として帰ってくるケースの方が多いなとは感じるので、そういう方向で話をすることはあるかもしれませんが、今のところ実際に差別的なことを平気で言える人と長く付き合うはめになってはいないし、一人だけいわゆる九州男児系の女性蔑視をする人と友人になりましたが、うーん、と思っているうちに友人じゃない、単なる知ってる人、ぐらいになりました。
取り締まる側が聖人じゃねぇっつってんだよ。
詭弁に聞こえるかもしれないけど自分の貯金切り崩す選択をしたのは増田自身でしょ
お金持ちの実家に頼るなり離婚するなり借金整理して夫の収入から少しずつ返していくこともできなくはないわけで。
思ったより反応が大きくて驚きました。こんな長文よく読めたな君たち人の不幸話がよっぽど好きだろ。分かる私も好き。
なにより同じ問題を抱えてる人がたくさんいたから、ここまで注目を集めたのかと思います。同じ経験をした人の意見は参考になりました。
どうすれば一番いいのか分からない。ただ借金の立て替えは不可避だったと確信してます。
問題発覚当初、夫には優しくしたり、嫌味を言ったり、色々な態度をとりました。
2日目の夜中は彼を起こして「あなたのこと全然分からなくて怖くて眠れない」と半泣きで弱音を言いました。
そのときに初めて夫の「ごめん」が聞けたので私の気持ちは多少落ち着きます。やっと謝ったかこのうんこ野郎とも思いましたけど。
文中では冷静な良妻を気取りましたが、実際は終始おろおろしてました。
実はTL小説に耽溺するあまりお金がもったいなくて自分のために小説を書いてます。ヘンリー・ダーガーみたいに死後発見されればいいな。
私に対して「なんて性格の悪い女だ」と感じた方はまさにその通り、最もな意見だと思います。
きっと貯金の140万円が突然消えれば、誰もが聖人ではいられなくなるのではないかな!?
否定的な意見を読むと「事情を知りもせずにそんな批判するなんてひどい」などいちいち反感を覚えます。
それはゲーム内の紳士的な仲間たちが私の投稿を読んでもそう思うでしょう。各人の事情を知りもせず罵ってすいませんでした。
当初はゲームに関わる何もかもが憎かった。彼らが夫をいい気分にさせて金を巻き上げる、善良な市民のふりをした悪魔に見えました。
でも大馬鹿者は間違いです。課金の誘惑に打ち勝ち、節度を持ってゲームを楽しめてる人は賢者です。大脳の溶けた夫とは違う。
私はイアンソープの「人は変えられないけど自分は変えられる」という言葉が好きです。
「人を変えたいと思ったら自分を変えることだ」という風に私は受け取ってます。
私が漫画を買うのを止めたりするのはそういう訳です。彼がすべて悪いとも思えず、自分も改めなきゃと思いました。
彼は少し変わったようで、自分の好きな漫画やDVDも売ると言ってます。100か0の人です。だから病むんじゃねえの?と思いますが万事気の済むようにまあまあ。
夫とはこれからも仲良くやっていきたいです。彼のことは大好きです。セックスレスだけど。
読んでくれてありがとう。
毎度毎度、勝手に「この人のブログ好きだなー」とか「この人のツイッターすごいこと言ってるな」と勝手に好きになって、好きだから細かく見たり新着のものすぐ読んだりして、そして粗が見えたり裏が見えたりして勝手に幻滅してしまうのなんとかしたい
ネット上での人格って現実とは違ったものを構築できるけど、維持が大変なんだろうなと思う
あとツイッターとかブログとか全部チェックしてると性格の悪さとか人を見下してたりとか、文の端々からうすら出ていて勝手に幻滅しちゃう。勝手に性格がいいと思いこんだり、文章とか発言が好きな人は聖人でいてほしいみたいな願望がある自分が悪いんだけどね。
何故こんなことを書くかというと、最近またあって少し落ち込んでるからです…
ある人のブログが、話題のことを正論で突っ込んでいくみたいな感じで「頭いいなー」とか「こんな発言よく思い付くなー」とか思ってたんですね
その人のブログ内容はツイッターからの引用が結構あって、主に問題発言のツイートを批判してくみたいな感じだったんです
ツイッター上でブログの批判が来たらきっちりブログで反論していてカッケーなと思ってたんですが、その人のツイッターアカウントが謎なんですね
で、調べた結果少ししかフォロワー承認してない鍵アカだったんです
で「ダサ!」と思ってしまいました。だって自分はツイッター上で完全に防備した状態で他人の問題発言ツイート探して、その場で反論が難しいブログで他人を扱き下ろしてただけじゃん!て思ったんです
いやめんどいのに絡まれるからとかもあるんだろうけど、また勝手に幻滅しました…
そして不思議なことに、幻滅後って嫌なところがポツポツ見えだすんです。その人は学歴マウントをとってたりいろいろ…
しかもその人独自の感想だと思ってたやつが、マイナーなブログからのまんまパクりだったことを見つけてもう無理だぁとなりました。
安倍昭恵は聖心女子専門学校出身。大学へは進まず電通へ。(この学校から4年制大学へ進まないのは1割以下という話も)森永製菓創業家の長女として育ち、聖心幼稚園から初等部、中等部、高等科、聖心女子専門学校へと進学した女性だから、教育が世間と比べて偏ってるんだろうな。
ここからは余談だが、幸福の科学は精神女子専門学校を取り込もうとしたことがある。
その記事は、映画「かみさまとのやくそく」をバックグラウンドにして居るのはちょっと調べれば分かる。
その映画に出演してるのは「幸福の科学出版」から多数の本を出版してる池川明医師。
女への性的搾取がどーとかわめく 女にだけ都合いい男女平等論をよく見かけるんだけど
なんでこの言説に男が怒らないのか不思議
それとも女は結局クソ雑魚弱いって見下してるから優しく許してあげるのが男の仕事 とか思ってるのだろうか
正直に思ってることを言うけど
本当の男女平等の話をするなら
男が女に殺されまくってる事実を何とかしてくんないですかね
圧倒的に男が被害者だと思うんですよね
具体的には「男 自殺」でググったらすぐ出てくるけどさ
https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1496021556575/
https://www.excite.co.jp/News/smadan/E1496745253939/
金を稼ぐっていう命に直結する負担を
家庭や育児への非参加がどうとか
ネットでそういう女よく見かけるけど サイコパス殺人鬼かと思うよ
ほんとさー まじでさー
ほんと笑っちゃうんだけど 自殺理由ランキングに載るようになってから大きい声で喚いてくんないかなぁ
死ぬほどの問題じゃない 命かかってないショーモナイ問題ですって統計に出ちゃってるんですよ
お前らの温室守るために死屍累々の屍の上で戦わされてんのよ
俺はもういやだよ
お前らいい加減自分のクソ甘人生にちゃんと責任持って自立して 自分の命の分くらいは矢面で戦ってくれませんかね
そしたら心底ショーモナイって思ってるけど 性的問題とやらも聞いてあげるから
本心としてはさ、死ぬか生きるかっていう意味での男女平等が ちゃんと成り立つようになったらさ
セクハラがどうとかだっけ?
そういうのはクソしょーもなすぎて話題にも上がんない気がするけど
ほんと男は女にどんだけ殺されりゃいいのよ