私は聖人じゃないから、本当に嫌いだなと思う人からは、何か正しいことを共に行おうと言われても、御免蒙ります。
そういう意味では自分の中にも、「線引きをしたいと思う心」はあるので、なるべく理不尽な理由のない差別はしないようにしようと努力は自分だけでもしようと思っています。あと、差別したくなってどうしようもない人に、それが正義だからやめろと言ったりはしないと思います。
リアルの友人や家族などの近しい人であれば、正義から説くのではなく、人をなにかのくくりで差別するのは、悪口陰口のたぐいと似たような、結果的に自分に不利益として帰ってくるケースの方が多いなとは感じるので、そういう方向で話をすることはあるかもしれませんが、今のところ実際に差別的なことを平気で言える人と長く付き合うはめになってはいないし、一人だけいわゆる九州男児系の女性蔑視をする人と友人になりましたが、うーん、と思っているうちに友人じゃない、単なる知ってる人、ぐらいになりました。
差別反対を唱えながら容姿差別をどうでもよいと思っている性格の悪い偽善者 私が聖人だと言うつもりは毛頭ありませんが、容姿差別をどうでもよいとも思っていません。 ただ、私を...
世の中全ての人も聖人じゃないんやぞ。 他人の差別批判は聖人であれと押し付けようとしてる行為じゃ無いんか
私は聖人じゃないから、本当に嫌いだなと思う人からは、何か正しいことを共に行おうと言われても、御免蒙ります。 そういう意味では自分の中にも、「線引きをしたいと思う心」はあ...