はてなキーワード: モツとは
2人前で1500円くらいする冷凍もつ鍋が、ドラッグストアコスモスで売られている。これ誰が買うんだよと思ってたんだけど、ネットで調べたら評判が良かったので、エイヤと買ってみて、彼女とやった。
IHコンロをわざわざリビングの机に移して、加熱しながらの鍋をやった。
美味しかった。美味しかったし、楽だった。材料を順次投入するだけで、かなり本格的なもつ鍋ができた。でも途中で(うまいけど)モツ食うのキツい!ってなって、キャベツや豆腐を狙って食い、「ほら、モツだよ…食べな……」と、親切めかしてモツを食わせあう一幕があった。
食品センターなる謎の店があって、海鮮が充実してるとのことだったので2人で行ってみた。
うっすら床が湿っていて、やや薄暗く、陳列はなんとなく乱雑な印象だったが、それでいて客は多かったので逆にいい店なのだろうと感じられた。
刺身の盛り合わせと唐揚げを買った。季節は冬で、歩くのがあまり苦ではなかったから、少し歩いて近くの海まで行った。
防波堤の先まで行って、適当に腰掛けて、食べやすそうな唐揚げを食べた。うっすら暖かくて、なかなかいい味だった。陸の方を振り返ると、犬の散歩をしているおじさんなんかがいた。
初デートで近所の山に登ったあと、同じく近所の川に行った。
かなり川幅が広くて、河川敷も整備されているタイプの、都市的な川だった。
川に詳しくないので、目的はよく分からないんだけど、飛び石みたいなコンクリートブロックが川幅ぶん×5列くらい敷いてあって、渡ろうと思えば渡れそうだったし、特に渡るなとも書いてなかったから、2人で渡った。
児童公園なんかの、本当に子供が渡ることを想定した飛び石とは違って、そこそこ距離もあるし、落ちたら浅いとはいえマジの川だったので、俺はけっこうビビって、おっかなびっくり、ゆっくり渡っていた。その間に彼女はピョンピョン跳んでいって、けっこう先から俺の方を振り返った。そのときの笑顔がすげえ可愛いくて、俺はこの人と付き合ってよかったなあと思った。
公園とかにある回転遊具の小規模版という感じで、筒につかまって地面を蹴るとガンガン回れて、その間に足を突き出したりして、回転速度の変化を楽しんでください、という趣旨だった。
最初は土日に行ったので子供がずっと遊んでいて、彼女は「あれやりたいなー…」と言っていたが、空きそうな気配がないので諦めて帰った。
平日にリベンジして、子供どころかほかの客自体がまばらな状態で、彼女は存分に回っていた。よかったねえ…と思った。
ノーパンで浴衣を着て外を歩くフェーズがあって結構ドキドキしたりしつつ、本題の砂風呂にたどり着いた。
砂をかけられ、おお重い重い、これが砂風呂かあ!などと思い始めたところで、後ろから声が聞こえてきた。
「お前さあ、ホント動かないよね。人に動かせるなよ。いい加減にしろよ、本当」
「はい…」
「さっきも全然砂かけてなかったじゃん」
はじめ、社員旅行とか部活の合宿か何かで来た客同士がやり合ってんのかと思い、こんなアクティビティ中に説教すんなや!と思ったが、やってるのは砂風呂の従業員だった。
気まず!全部聞こえてんぞ!と思った。首だけ動かして隣の彼女に目をやったら、まっすぐな目で虚空を見つめていた。
電車で行きにくい場所にある植物園に行った。バス停から1キロ前後の距離があったんだけど、その道がほとんど直線で、広い道路で、中央分離帯兼植栽みたいなものも充実しており、歩き甲斐のある道だった。
植物園自体は1980年代とか90年代とかそのあたりの、なにか大きな国際イベントを期に整備されたものらしく、大きくて古びていた。
遠目に目立つ塔状の構造物があったので、入園してから近くに寄ってみたら、かつては展望台だったけど今はやってません、と言う旨の張り紙がしてあった。停止した自動ドアのガラスの向こうには人気のない薄暗い受付がうっすら見えていて、それと同時に自分たちの姿もガラスに反射していた。その情景をなぜかよく覚えているんだけど、なぜかはよく分からない。
どうぶつタワーバトルを彼女に勧めたら、ゲームをやらない彼女にしては珍しくハマってくれた。
最初は経験の差で俺が勝ちまくっていて、なんなら少し手を抜いたりもしていたんだど、最近では全くの互角か、彼女のほうが強いくらいだ。センスがあるんだと思う。
昨夜ふつうに彼女に腕枕しながら電気を消して眠りについたんだが。
無防備な寝顔の彼女を見ているとなんだか更にムラムラしてきた。
ダメ元で?というかなんというか
そしたら彼女は起きたのか寝ぼけてるのかわからないが、うなりながら揉んでくれた。
そうなるとあっという間にフルボッキしてしまった。
「いれたいよ〜!!」
そういうと妻は、
「しかたないなあ」と言って、寝返りを打ってパンツを脱いでおしりを差し出してくれた。
濡れていなかったけど、彼女の名器は俺のイチモツをグッポリと受け入れてくれた。
「あっイキそう」と思ったときにはもうイッてた。
妻はそのまま眠った。
優しすぎるだろう。と思った。
最近喧嘩ばかりだったけど、彼女はなんだかんだ俺を心のそこからは拒絶しない。否定もしない。
口が達者な妻なので言い負かされてばかりだし、正論ばかりでロジハラしてくるし、喧嘩すると俺ばかりダメージを負う。
ような気がしていたが、彼女は俺を傷つけようという意図があることは言わない。暴論も言わない。むしろ俺のほうが幼稚な悪態で彼女を傷つけている。
彼女からセックスやキスやスキンシップを拒まれたことは、一度もない。
クソ前妻とは大違いだ。
カレーも肉じゃがもすき焼きもコロッケもメンチカツもハヤシライスでさえも豚。
親戚や友達を呼んでのバーベキューでは少しではあるが牛肉も入るので、妻の家独自の家風なんだと思ってた。
ところが、ひょんなことで妻の実家の近くの肉屋に惣菜を買いに行ったら、肉屋なのに豚肉と鶏肉しか置いてない。
山田うどんっていう埼玉のローカルチェーン店に行ったら、モツ煮が豚モツ。
妻の実家は埼玉県南部なんだが、北に行くと焼き鳥さえ豚肉らしい。
埼玉のディズニーランドと呼ばれるサイボクというアミューズメントパークがあるそうで、豚が主役らしい。
埼玉種畜牧場(さいたましゅちくぼくじょう)だからサイボクなんだってさ。年間入場者数が鴨川シーワールドを抜いてるそうで、そう聞くとすごい。
埼玉のアミューズメントといえば、西武ゆうえんちとか東武動物公園なのかと思ったら、まさかのサイボク。
行ってみたら、ディズニーと比べるのはあまりにも失礼なほどしょぼかった。
豚をみることが出来るショッピングパークというか、レストラン街というか、ちょっとした幼児向けのアスレチックくらい。
でもすごい人気。
観途中→観終わった
・嘘…滅茶苦茶面白い…
そのまま6〜7時間見続けちまった…
・吹き替えで観たから最初は「中の人が同じじゃからアニメが脳内再生され、
実写を補助する形でオモロを感じとるんじゃ」と思ったけど
・コビメッポの福利厚生が厚すぎて
ここまでヘルメッポさんな人三次元にいるんだ…
カッコよすぎでしょ
・バギーさん、なんかシャンクスさんへのデカめの感情剥き出し気味だった?
なんか「受け入れられないフリークスの哀しみ」的な雰囲気がセリフから
滲み出てた?
オタクの誇張抜きで成層圏レベルになっとる 動いてもカッコよさが
崩れないの何なの?キャラクターBGMのラテン?な曲と合わさって
カッコよすぎる
・サンジきゅんの料理シーン、カッコよすぎでしょ最高という心と
クソッオシャレ…悔しいッ…という心と心がふたつあった
・首領クリークが若干細めで「ヒロアカ作者の人、少しガッカリしたのかな」
とよぎった
略 笑いながら受け入れるシーンの演技、良
神社は割と人通りの多い小道に面しているため、静謐、といった雰囲気はないが、左右に砂利が敷かれた短い参道を抜けて、背の高い木々に囲まれた昼でも暗い拝殿の前に来ると、「ほぼ現世、少しだけ異界」ぐらいの空気はある。
境内に一本、御神木なのか、ひときわ大きい樹が立っている。木には人の胸ぐらいの高さに縄が巻かれていて、汚れ一つない純白の紙がそこから垂れている。
…
夏になると、境内の地中から蝉が出てきて、この木に登る。羽化するために現れて木を登っていく。
蝉、しめ縄をよじ登って越えていくか、反対に縄の下であきらめて羽化すればいいのに、わざわざ縄に下げられた白い紙を羽化のポイントに定めるやつが何匹かいる。真っ白な紙の上に点々と、透明で茶色い抜け殻が残る。
しめ縄というのは、どっしりとした円柱の大木に風雪で少しささくれた縄が巻かれ、そこから新しくぱりっとした純白の紙が垂れている、そういう宗教的かつ美的な意匠なんだと思うが、まあ蝉には関係ないもんな、と思う。蝉にとっては、ちょうどいい高さにあるちょうどいい場所でしかない。
…
神社を出て100mほど、道なりにいって曲がると、今度はだいぶ由緒あるらしい寺が建っている。高名な僧が数百年前に開いた名刹らしい。
俺が住んでいるのはある有名な地方都市で、住民も多いし、観光客も大勢行き来している。しかし、この寺のお堂へと向かう広葉樹と苔だけの道を1分ほど歩いて境内に入ると、まったく何の音も気配もしなくなる。聴こえるのは、それこそ蝉の声ぐらいだ。
俺はときどき、お堂の廊下に座って、物を考えないで風景を見る。廊下は南側と北側があって、南だと境内に植えられた木、北だと目の前にそびえる岩壁を清水が伝うのが見えて、両方飽きない。
…
この前、南側に座っていたときのこと、でかい羽音を立てて蜂が一匹飛んできた。
虫が好きな人間の固有スキルの一つに、蜂が刺すやつか刺さないやつか瞬時に判断できる、というものがある。そのときも、クマバチ=刺さない、とすぐにわかったので、むしろ観察するぐらいのつもりで様子を見ていた。
蜂はぶんぶん言いながら、お堂の庇に近づいていった。
お堂の庇は木を組んだ複雑なアミアミになっている。蜂は庇のどこかの一点が気になるらしく、決まった範囲をホバリングしていたが、急にふっといなくなってしまった。
「?」と思ったが、少し観察を続けてみて、さらに驚いた。
庇に直径1cm強ぐらいの穴が空いている。ある種の蜂は木に穴を開けてそこに住むが、どうも、クマバチが巣を作るためにお堂に穴を開けてしまったらしいのである。
美しい建築も、あるいは宗教的に洗練された意匠も、生き物としてあるがままにやっている存在には太刀打ちできない。物体であることの限界というか、この場合、お堂<蜂、もしくはご神木<蝉、そういう力関係と言える。
…
風情的には少しあれかもしれないが、寺社建築をよく見ると火災報知器がついていることがある。安全面もそうだが、文化的にも重要なものだから、火には注意しているのだろう(法律的に必須なのかは知らない)。
同じことが蜂に穴を開けられた場合にも言えるはずで、歴史ある建物としては損なわれない方がいいに決まっている。
俺は寺務所に言いに行こうかと思ったが、少し考えてよした。
主な理由は「お堂に蜂が穴を開けてますよ」というところから会話を始めるのが我ながら気色悪く、億劫だったからだが、もう一つ挙げると、そもそも仏教的に、「かたちあるものが虫によって損なわれようとそれがなんだろうか」というノリなのでは、とも思ったためである。
皮相な理解だが、一切皆空の世界だし、悉有仏性の世界である(と聞く。宗派的に色々あるのかもしれないけど)。
人がつくったお堂に蜂が穴を開けようが、それでお堂が朽ちようが、お堂につくった巣で蜂が栄え、その蜂もいつか滅びようが、すべてが等価というか、はじめからそういう、かたちを結んで消えていくのを織り込んでいる世界観が仏教なんだっけ、と思った。
それで考えると、神道もいわゆる「八百万」の世界観であって、序列はあるのかもしれないが、蝉にも蝉の神…というか、「土中で数年暮らしたあと地上に出てきて飛んだり鳴いたり(オスだけ)したあとあっけなく死ぬ」神性? みたいなものがあるのかもしれない。
どういう神性だよ、という気もするが、ヨモツヒラサカに生えた桃の木とか岩とかを神と見なすのだから、蝉の神がいてもおかしくはない(おかしくはないのだけど、実際のところ、虫の神を日本神話で見た覚えはなくて気になっている。アゲハの幼虫を信仰していた宗教が大昔にあったみたいだけど)。
そういう意味では、自然界の営みによってシンボルが物質的に損なわれたり、上手く機能しなくなったりしても、一部の宗教はシステムとしてあらかじめ、そういう破壊や変質をうまく組み入れているのかもしれない。これは生命よりも宗教の法理の方が、包括的という意味で上位ということで、生命<法理であると言える。
…
で、最後にどこに着地するかというと、信仰もただの理念や言葉、ロジックだけでは生き延びたり広がったりしていくのは相当難しい、やっぱりモノ・カタチにする必要がありますな、というところに着地する。
心を寄せるためのシンボルや、目で見て手で触れられるオブジェクトがあった方がいいし、大衆の政として考えても、建築やでっけえ像とかがあった方が広めやすい。
仏像でもピラミッドでも教会でも、最低限、紙の聖典でも、とにかく、教えとして生き残り広まっていくためにはブツが必要だ。水を汲んで運むのに器がいるように、信仰にはどうしても、ブツが要る。その点では信仰<モノである。
ただ、モノはいずれ、壊れるか変形するかするわけで、俺なんかはもう、「物質を伴わなければ存立・拡大できない宗教は、戦略として物質化を伴うがゆえに、滅んだり変化することも許容し、あきらめることをどこかに織り込まないと理屈が破綻してしまう宿命でもあり、拡大と必滅の板挟み」なのでは? とさえ思う。まあ考えすぎかもしれない。
…
いずれにしても、これでお堂<蜂<信仰<お堂の三すくみが完成した。ありがたいことである。
…
正しいかは知らない。
…
何年か前に泊まった旅館は山寺のふもとにあって、せっかくだから登っていったら、と宿の人に言われ、お遍路でつくような杖をわたされた。
要らねえけどなあ、と思って登り始めたら、山道というレベルを超えて文字通りのマジ崖であり、むしろ杖あっても登れねえよ、と思ったが、どうも引っ込みがつかなくなり、気合いで登り続けた。
道がどんどん狭くなって、「落ちたら普通に死ぬなこれ」と思っていると、やがて、ほとんど空中にかかったような、ひと回りするのに10秒かからないほど小さいお堂にたどりついた。
当たり前だが、誰もいなかった。辺りは静寂に支配されていて、青い空が近くて、山の中が一望できた。
厳密に言うと誰もいなかったわけではなく、小さめのスイカぐらいあるスズメバチの巣が完全に完成してお堂の庇からぶら下がっており、スズメバチが「竣工式でーす」と言って飛び回っていた。
俺はふもとに降りてから、「蜂です」と宿の人に言った。さすがにスズメバチは言う。
ただ、蜂には当然、あれがお堂かどうかは関係のない話である。また、お堂サイドも、まあ仏教の法理に人格のようなものがあるとして、「こういう世界だからしょーがねえな」と言って苦笑する感じというか、空の近くにある静かな山中のちんまりした古刹で蜂が生命を躍動させているのに、なんかすげえ調和としか言いようのないものを感じたのを覚えているので、書いておく。🦑
北海道とかじゃない。
なんかね、脳に訴えてくるうまさがあるよね。ほんとに美味しい。
ぜひ食べに行ってみてくれ。
○福岡
言わずもがな、もつ鍋。うまい。田しゅうが個人的には好き。黒崎ホルモンセンターというところではモツを買えるんだが、うまいし鍋の素も売ってるから民泊に泊まったりすることで自作もつ鍋も出来るぞ。
魚。うまい。門司港のほうの唐戸市場で食べるフグがうまい。関門海峡があるので関サバ関アジがうまい。
○大分
大分に行ったならぜひ鳥刺しを食べてくれ。あそこの鳥は本当にうまい。まんとくっていう店がうますぎる。ただ鳥刺しが無いことがある。そんときはまんとくのアスパラガスのバター炒め食べてくれ、うまいから。
とり天もうまいぞ。だいたいどこのお店にもあるから頼んでみよう。
りゅうきゅうという魚料理もおいしい。料理というほど料理ではないが、刺身にゴマだれ醤油生姜その辺を混ぜたタレがかかってる。うまい。
あと大分にはうみほたるっていう水族館と、その目の前にある高崎山の野生の猿が見どころ。
うみほたる、地方のちんけな水族館と思ったら大間違い。あと10回は行きたい。
高崎山の猿、ほんとに野生の猿が手の届くところにワラワラいる。季節が良ければ生まれたての子猿も見れる。最近メス猿がボスになったらしく、とっても珍しいことなんだとか。
書き忘れてたが、亀正という別府にある回転寿司は有名で長蛇の列だが美味しい。関サバ関アジがうまい。早めに整理券を取って、待ってる間に地獄めぐりをするとちょうどいいかも。
○長崎
はとしがうますぎる。えび?魚?のすり身を揚げたやつ、とどのつまりフィレオフィッシュなんだが、なんでか知らんけどむっちゃうまい。
あとはちゃんぽん。実は私ちゃんぽんが嫌いなんですが長崎で食べた本物のちゃんぽんは美味しかった。
○佐賀
よく分かんない。申し訳ない。
○宮崎
よく分かんない。申し訳ない。牧場のアイスが美味しかった思い出。
ちなみに宮崎と大分では焼酎の度数が20度で売られていることが多い。九州全体で20度を見かけるかな。
これはこっちの人は水で割ったりしないでストレートで飲むことが多いから。
○熊本
馬刺しにつきる。
あと食べ物じゃなくて申し訳ないんだけど、阿蘇にあるカドリードミニオンっていう触れ合い型動物園がほんとに良い。ヤギに触れるカピバラに触れる子グマを抱っこできる。行ってほしい。ちょっと遠いかな。
○鹿児島
知ってたか?
鹿児島(九州全体でそのケがあるけど)で焼酎飲み放題を頼むと、水のデキャンタと一升瓶の焼酎と氷とグラスが出てくる。
ひとり300〜500円。
一応言っておく。
するぞ?
ちょっとだけするぞ?
日本における最古の『行きて帰りし物語』とされる『ヨモツヒラサカへの旅』がこの作品の骨子(ベース)だと思う。
元ネタというよりも「とりあえずこれを背骨にしてここに肉と別の他の骨もつけてこ」みたいな感じ。
いきなりジブリベースで読み解いてしまうと「ヒミ様ってなんで火属性なの?」という所で、「炎上のメタファーでは」「本能寺の変がモチーフ。君たちは宮崎駿の敦盛」と意味不明な方向に考察がすっ飛んでいきかねない。
ヨモツヒラサカベースであれば、「母親が火で死ぬ所から物語が始まっているのは、カグツチを産む所から物語が始まるヨモツヒラサカへの旅そのままじゃないか」となるからこの辺の混乱は少ない。
開いてはいけない産屋だったり、母親が帰れと言うのとかも、ヨモツヒラサカベースあるあるだなあでまずは終わらせてそれからじっくり考えようと思えば地に足をつけて考えられる。
小学生低学年ぐらいの子は仕方ないにしても、高学年ぐらいだったら日本の歴史として「イザナギとイザナミがいたという設定があって、イザナミがカグツチファイヤーで自爆して死んでまあそこから色々ダークファンタジーじみて来たんすよ」と授業で習っていると思うし、子供もついていける内容だったのではと。
宮崎駿が最後の物語に選んだテーマとして古事記に挑戦ってのも、ラスボスのチョイスとして納得感はあると思う。
いや本当、この「ヨモツヒラサカ」解釈って全く大発明感がないというか、「素直に見てたら普通に分かるよね?」と俺は思ってたんだよ。
誰もその話しないでひたすら「後継者争いがテーマで主人公は宮崎吾朗」「インコはテレビ局の社員」みたいな考察ばっかが飛び交ってるんだもの。
「こんなオタクにしか伝わらない映画やっちゃってさ―」じゃなくて、中学生以上なら皆知ってる内容がベースだから。
じゃあ俺から言うよ。
作画は凄かった。
昔からどんな夫婦でも夜の営みには悩みの一つや2つあるもので、その一つが女房が満足出来ないうちに旦那の方が満足してしまうという。
三擦り半なんて言葉もありますが、こうなってくると女房の方も旦那が仕事に出ている間に間男を引っ張り込んでなんてこともあったようで…
「聞いておくれよ、うちの旦那この間も三擦り半でさ」(間男のイチモツをしごく様子を扇子で)
「そいつぁ酷いな、三往復だなんてちっとも満足しなかったろう」
「3往復も持つもんかい、行って帰ってで2こすりの計算だから1往復と片道でおしまいよ」
とかなんとか馬鹿なことを言いながら奥様が間男といちゃついておりますと、突然入り口の方から
「あら、大変だ!うちのが帰ってきちまったよ!」
大慌てで服を着ようとするも障子がパッと開いてしまい
「お、おやお前さん早かったんだねぇ、」
「おう、いたのかい。今日はちょっと早じまいになってな、ちょっと酒でも引っ掛けてから帰ってこようかと思ったんだだが
こんなにお天道様が高いうちに仕事が終わるのも久々だ、早く帰ってお前のびっくりする顔を見てみてぇとおもってな、
…いやそれにしてもものすごくびっくりしてる顔だな。
…てかなんでぇおめぇ裸なんだ?…それから隣の旦那はどこのどなたですかい?」
「嫌だねぇ、お前さんがほら、最近あっちのほうが元気がないからって言ってたからさぁ、ちょっとお医者さんに来てもらったんだよ」
「そう、そうなんだよ。で、お医者さんにあっちのほうが元気になる手コキってのを教えてもらってたんだよ」
「へぇ~。手コキねぇ。お医者様(と間男の方へ向き直り)そいつは本当に効くんでしょうか?」
「あ、ああ、もちろんだとも。この手コキをすればどんな萎れたイチモツも、たちまちプレーリードッグのようにその場でピッと立ち上がる」
「なるほど」
「ほらワシの股間を御覧なさい、今奥さんに教えたばかりなんだがほらこの通り」
「何を馬鹿なことを」
「まあ、とにかくそいつはありがたい。いや実は最近あっちのほうが元気無くなってきて、そのせいかなんというか、女房よりもすっかり早くなってしまって」
「おまいさん、早いのは前からだよ」
「ああ、そうか。まあそんな事もあって最近はすっかりうちのを満足させられていないようなんだ。いやよかったよかった」
奥さんも間男もほっとひといき、なんとか誤魔化せそうだと胸をなでおろしたところで
「ところでお医者さんよ、その手コキだったかな。一つそいつを俺にやってみてくれないか」
「え?手コキを…旦那に…?私めが?」
「ああそうよ。
いま女房が教わった手コキとやら、ぜひ一つ本物を一回体感しておきたいと思ってな」
「いや、奥さんは覚えがよくて…」
「1回本物を体験しておかないと、間違った手コキを本物の手コキと思って一生涯過ごしてしまうかもしれぬ」
「ぜひに本物の手コキを」
「いや、その」
「是非本物の手コキをーーー!」
奥様も奥様でこの場を乗り切るためと、半分は面白いものが見られそうと、
とか言い出す始末。
仕方なく間男も覚悟を決めて旦那のイチモツを恐る恐る握って見様見真似でスコスコし始めます。
ところがこの間男、さんざん色々なところの人妻をこマしており、様々な手淫の技を体感していたので、自分では知らないうちに手コキの名手になっていたんですな。
「ここをこうすると…」「おっ、ここは反応が良さそうだぞ…?」
と試行錯誤を繰り返していると、たちまち旦那のものがピン!と牙を向いたプレーリードッグのようにいきり立ちました。
しかし旦那は男性に手コキをされるのは初めてですから、気持ちは良いもののなかなかオシマイまで行くことが出来ません。
間男に手コキをされながら