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はてなキーワード: 遂行とは

2012-02-01

http://anond.hatelabo.jp/20120201204200

横だけど、世の中にはマニュアルレシピを読むとか、書かれてあることをそのとおり遂行するとか自体が苦手で苦痛人間というのもいるんだよ。

それがなんの抵抗もなくできる人にはまず理解できないと思うけど。

マニュアルレシピって大体一応理路整然と書いてあると思うけど、それを一旦自分理屈で整理し納得してからじゃないと動けないとか、

書いたものを読んで理解するより、耳から聞いたり目で見たりする方が理解しやすいとか

何かをなぞるというだけでやる気が失せるとか、パターンはいろいろある。

それにマニュアル通りにやったものが他人に喜ばれても、自分で納得していなければそれを続けるのは結構苦行じゃないかな。

2012-01-03

http://anond.hatelabo.jp/20120102222109

いちおう、一つだけ確認。

世の中、何事にも例外はある。言い方を変えれば多様性という奴だな。「日本企業は~」みたいな主張を、文字通り「全ての」日本企業に例外無く当てはまる話だと考えると、話がおかしくなる。

例えば、日本大企業ダメとは言っても、名実共に日本最大最強企業であるトヨタなんかは、組織の大きさにも関わらずイノベーション継続する能力を維持できているように見える(内情は知らないけどね)。

注目すべきは、構造確率だ。学生が、自分能力を活かせる職場出会える確率は、その企業なり業界が置かれている構造依存する。先の東大講師が言いたかったのは、「日本で職を探すより、海外の方が能力を活かせる職場出会える確率が高い」という主張だと解した方が良いだろう。



で、そこで「海外」と言った時に念頭に置かれているのは、君の言う通りアメリカ西海岸シリコンバレー等)だろう。あの辺りは、相互扶助的なコミュニティーが出来上がっていて、成功者が失敗した者の再挑戦を支援する風土があると聞く。

から、あの辺の連中は、エンジェルベンチャーキャピタルから資金を調達してスタートアップガンガン立ち上げ、成功すればイグジットして大金をゲットし、「ぶッ潰れ」ても再挑戦できる。

ただ当然だが、そうした場所で個人がチャンスを得るには、現地の起業家技術者コミュニティに認められ参入できる程度の能力を持っていることが前提だろうと思う。先ほどの講師コメントは、あくまで「東大の」「優秀で」「意識の高い」学生について述べているという点は忘れてはならない。



では、イノベーションを起こすことは日本大企業ではもはや不可能なのか、ということなんだが、理論上は可能だろう。最近イノベーションは「イノベーションプロセスから生まれる、という話がある(天才的な個人の奇抜な思いつきからではなく、という意味。ここでは説明しないので、興味があったら"The art of innovation"でググってみるといい)。そういた業務プロセスを基本に据えた組織へと作り変えれば、日本企業でもイノベーションを生み出すことはできると思う。

しかし、職場を探す(本当の意味で)優秀な学生がいた時に、日本企業の中で組織文化と戦いながら新たな業務プロセス確立するために何十年も奮闘するのと、海外流動性の高い土地ベンチャーに参加するのとどちらが良いか、と相談されたら、俺は明らかに後者を勧めるだろう。本人の幸せという意味でも、優秀な人材社会全体での有効活用という意味でも。



では、それほど優秀でない奴は? まぁ、泥臭く地道に組織改革をやるしかないだろうな。

一つだけ注意点があるとすれば、「俺達には才能はなくても数で勝負だ」「皆で力を合わせて一丸となり(ry」とか絶対に考えないこと。人海戦術親和性の高い業務プロセスこそ、君の組織の閉塞感を生み出している原因だ。ミッションブレークダウンして組織階層構造で業務を分割できる、という考え方は、つまり仕事に貼り付ける人材は取替え可能である」という発想が根底にある。

専門性を尊重する評価体系を作ること。専門家同士が協同して業務を遂行するプロセスを回すこと。そうしたプロセスを回すプロジェクト経営資源(決裁権、人事権、etc..)を委譲すること。これらが重要だと思う。

あと、「専門バカ視野が狭いからチェック機能が必要だ」みたいな意見には、間違っても耳を貸さないように。専門性の高度化がさらに進んでいる現代において、「ド素人の素朴な意見」が役に立つことは少なく、多くの場合プロセススピードダウンという悪影響しか招かない。コミュニケーションコストの増大と、俊敏さ(アジリティ)の低下は、プロジェクトにとって最大のリスクである認識すべし。

2012-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20120101201015

全体として原因はわからないけど全方位的になんでもやる!みたいなリーダーほとんどで、たまに変種が出てくる。

変種っていうのは

小沢一郎:政策ってのは伸るか反るかしかないんだから二大政党制でガツガツやんないと。早く二大政党制に!

小泉純一郎財政投融資が悪い、ゆうちょが財源になるのが悪い、まずは郵政民営化

橋下徹二重行政無駄大阪都構想

みたいな人たちね。

それぞれ独自の視点でどこが問題なのか考察して、そこにターゲットを絞って遂行する。

その考察が正しいかどうかは別として、実行力がその他大勢とは段違い。

そりゃその通りで、なんのプランもなければ、局面局面でブレまくってる他のリーダーたちはちゃなにもできやしない。

ただ、有権者だって、原因がなにか一つで、なにかをやれば上手くいくってほど世の中甘くないことはわかってる。

でも、全方位的に際限なく金をばら撒いくその他大勢にはウンザリしてる。

2011-12-19

家の中でガタガタ音をたてる陰険キチガイババアという奇怪な存在

よほどこの「静かな秩序」に腹が立つのか知らないが、それに対抗するようにガタガタと余計な音を立てないと気がすまない陰険キチガイババアのような人間というのは世間の中にどこにでもいる。にもかかわらず、あまり論じられないのが不思議である日常生活普通日本人をいらだたせるのは、警察でもヤクザでもなく、世間の中にことのほか多いこうした鬼畜イカれた迷惑行為であり、それが犯罪に発展することも多いのに、誰も触れないのは日本の七不思議である



たとえば掃除をするのでも、他人に迷惑をかけまいという精神のある者なら、無音でできるようにいくらでも工夫できるし、やむをえず音が出るなんてことも最近掃除機などではありえない。というか、そもそも掃除をしなければ生活が立ち行かないというほど不潔な環境もいまや存在しない。にもかかわらず、しなくてもいい掃除をわざわざやって、そのたびに騒音を立てないと気がすまない恨みがましい鬼畜世間にはことのほか多いのである



この点で東京拘置所の職員などは極めて優秀である。彼らは規則どおりに一切の余計な騒音を立てずに業務を遂行する。なぜ世の中の鬼畜どもは彼らの真似ができないのか。これなら、世間などより、東京拘置所で育てられた方がどれだけかまともな人間に育つか分からない。警察留置場になると、ろくな留置係官がいないから問題なのだが、東京拘置所刑務官は選り抜きの精鋭集団なのか、みんながああなればいいのにと思う。



話は戻るが、家の中でわざとガタガタ音を出す奴は何なのか。また、それを封じ込められない社会構造おかしいのではないか

2011-12-09

[] 「精神論ではない仕事を速くこなす技術」のfromdusktildawnさん添削Ver

http://anond.hatelabo.jp/20111208222023  についてふろむださんより以下の指摘あったので並べ替え

1から順番に上から今の仕事適用していってはだめ。これを2→5→7→6→4→3→1の優先順で今の仕事適用して見直すのがお勧め


作業をやるな

 仕事とは作業をやることではない。仕事とは目的を達成することだ。だから、相手から頼まれた方法が必ずしもベストなやり方ではない。相手の目的を達成することが重要だ。だから、その仕事誰のために、何のために必要で、ゴールは何がどうなっている状態なのか、をしっかりヒアリングすることが大事。ゴールを聞いて、それを達成するための近道を常に考える事。


意思決定者を意識しよう

 ほとんどの僕ら社畜にとって、仕事とは「関係している一番偉い意思決定者が満足するものをつくること」だ。だから、誰がその仕事の成果を評価する役割を担っているかを常に追いかけて、彼のニーズ・評価基準を見つけ出そう。これをするだけで、後からひっくり返されることがなくなる。


いから捨てちまえ

 全てを完璧にしようとすれば時間なんていくらあっても足りなさすぎる。だから、その作業の中で「適当にしていいもの「絶対に抑えて置かなければならないもの」をヒアリングをして見つけ出し、手を抜けるところは徹底的に手を抜こう時間内に求められたアウトプットを出すことが仕事目的で、誰もが見惚れる配色のパワーポイントをつくることは僕達の仕事ではない。完璧主義なひとほど完璧から遠ざかる。捨てるべきは捨てよう。


10分の1の状態で見せること

 作業をする方向性の大枠が決まったら、その状態で見せるとムダな差し戻しが防げる。たとえば、パワーポイントを作る作業なら、アウトラインと主なメッセージが決まった時点で見せる。相手がダメ出しをする部分を先に出し尽くせば、ムダな差し戻しなく作業ができる。


遠慮無くパクれ

 組織の大抵の仕事前例があるものだ。たとえば、コンサルタントの提出する資料のかなりの部分が既存の資料の使い回しかアップデートだったりする。すでにあるものを再度創りだすことほど馬鹿な事はない。遠慮無くパクろう。とにかくパクる。で、自分よりもっとうまいやり方をしている人がいたら、躊躇せず彼の秘訣を聞き出す。とにかく、パクろう。


1分だけやる

 重いタスクほどすぐに着手するべき。なぜかというと、人間には認知的不協和というのがあって、着手したものが終わっていないと気持ち悪いと感じる心理があるからだ。着手したら終わっているべき、という認知があって、それが解決されていない状態は気持ちが悪い。だから、解決しようと集中して作業できるように心が動く。重い作業ほど、とにかく1分だけでいいので着手しよう。きっと1分は一時間になっているはずだ。



時間を区切る

 「時間をかけて頑張って解決しよう」と考えている時点で、あなたは最も効率の悪い仕事のやり方を選んでいるといえる。なぜなら、「時間で解決しよう」というのは、創造的な解決方法放棄していることだからだ。たとえば、「象を3秒以内にかけ」といわれたら、誰でも象を表現するために最適かつ短時間で終わる方法を考えだそうとする時間による制限は人の創造性を引き出すシンプルかつ効率的方法だ。だから、「イマイチ効率が悪いやり方をしているようだな」と感じるなら、自分がどれだけ時間を区切って作業できているかをみなおそう




こういうことは本来は誰もが理解しておくべき基本中の基本なのだと思いますが、そうはいってもその基本をわかっていない人がいた時、この基本をどう伝えるかというのは結構大事だと思います

ネックになりそうな部分から潰して行って、「時間を区切って仕事をする」ことができる様になる状況を作る。

そうしないと、「時間を区切ってやる」と思っていても、いろんな都合でだめになってそのうちヤル気がなくなる、そういう問題を防ぐ、と。なるほどなー。

日頃からライフハックは役に立たないわけではないが、できない人間が実行できるようになる過程をを念頭において書かれていない点について批判的な氏ならではのご指摘といえるかと。








以下私が思ったこと。

フロムダさんがこういうことを書いているわけではないので注意。

要するに、みんな「時間を区切ってやる」ことの重要性はわかっていても、それを実行することの困難さを十分に認識していない。

できる人なら当たり前にできるから番手においてくるのだけれど、それができるようになるために、ステップを踏んで行こうという事だろうか。


また、業務の遂行には言うまでもなく意思決定者の存在、意向が先にたつわけで、それは本人が必ずしも自由にできるわけではない。

その部分が明確でない、伝わっていない、という問題は、双方向の問題だろう。この部分を、MBAで学んできて、マネジメントを志す人間が軽視しているというのはダメなんじゃないか

数字効率だけで物事を測り、働く人のことを理解せず、自分の思い通りにならないことはただ嘆くだけ、というのは頭でっかちで融通がきかなさすぎるだろう。


さしずめ、プレイヤーとしては優秀だがマネジメントができない上司の3要素、とか並べると

理屈論理的に説明できてもけれど、部下を納得させて動かすことができない。

欠点を指摘するだけで、改善案は示さない

マネジメント上の問題もすべてその人のやる気や自己愛の問題に還元して自分の問題とは考えない

で、結論としては「自己愛がない」に対して「部下への愛がない」とか「自分がうまく行ってる限り現状に疑問を抱かない」=unlearnできないいう感じになるだろうか。

お互いがunlearnできないから、デッドロック状態。ホント職場地獄だぜフーハハァー!




上司はつらいよ

繰り返すけれど、↑は私が勝手に思ったのでフロムダさんはこんな事言ってないですので誤解のないよう。

フロムダさん自身はこう書いてます

ライフハックとか自己啓発とかの記事の中には、単に昔から上司が部下に教えてきた「普通仕事常識」のポイントをまとめたものにすぎないものも多くって、それって、どこが啓発でどこがハックなんだよ、単なる新入社員教育じゃん、みたいなところがある。

能力の高い上司が丁寧にやり方を教えても、能力不足の自分のやり方に固執して仕事ができない部下は、自分よりも能力の高い人間能力の高さを認識する能力がないかプライドが高すぎて自分能力不足を認められない人。前者だと絶望的。後者だと生き方を変える必要があるがそこまで上司役割なのか?

まり、元々の記事とほとんど同じ事をお考えです

元記事は伝え方がダメダメだったのと、それに対する対処を投げ出しているような印象を与えたために批判を受けただけで、考え方自体は間違ってないんだろうなぁ。

上司が部下に踏み込み過ぎるとすぐパワハラとか言って逆ギレすることが許されかねない時代に、上司にどこまで責任を持てるのかってのは考えてみると難しそう。

早川教授の問題と含めて考えたい。 もうそんだけ部下が仕事もできなかったり迷惑をかけておきながら自分権利だけは一丁前に主張して指導を拒むのであれば、

もう面倒見切れないから全部自己責任いいんじゃないかな、と思う上司の方がいても責められないかも。

こういう時代だと、上司が部下の期限をとってまで気持ちよく仕事をやらせるなんてのは不可能だ。

部下の側からすれば、なんとかして上司リソース自分から模擬取りに行く必要がある。

ならば、本当に学ぶ気概があるなら積極的に部下の側から上司にその姿勢を示し、役に立つことは受け入て実行するところを見せるべきだろう。

そういうのを漠然表現すると、素直さが必要だ、って話になるんだろう。

ただし、部下側が上から見たら「素直な」態度を心がけるのは「自分が生き残るために必要だから」だろう。生存戦略だ。

生きるための必要に応じて自己変革するのであって、それは性格の問題ではないと思う。選択の問題ですらない。これができないやつは生存本能が壊れているとすら言えるかもしれない。そのくらい言い切っても良いのではないかと思う。

性格の問題にしてしまうと、むしろあきらめや反発を招く。

きちんと現実を示して危機感を持ってもらった上で、態度は心構え次第で変えられるし、ヤル気のある部下には上司も応えるよって姿勢を示す必要がありそうだ。




って偉そうなことを書いてはみたけれど、難しいなー。私も役職持ちではないけれど、後輩の指導でよく悩むのと、昨日「灼熱の小早川さん」読んで色々思う所があったのでだらだらと書いてしまいました。

2011-12-08

社内教育目的と落とし穴

メモメモ

目的は「業務遂行のために必要な知識が足りていないときのギャップを、

それが認識されたタイミングを逃さずに埋める」ことにあります。要するに、知識の「カンバン方式(just-in-time)」ですね。

「必要なときに、必要な知識を、従業員同士が(勝手に)与えあう」ようなプラットフォームこそ、教育システムの目指すところでしょう。

このシステム設計において考慮

べき「落とし穴」は以下の3点。

1.情報を得るのは、色々な意味で、その能力を持っている人である質問者であると同時に、情報信者であることが多い)

2.ソーシャルシステムは、しばしば情報を持っている人をますます情報通にし、情報の足りない人をますます情報から遠ざける結果を生み出しやすい。

3.こうした傾向は、意思決定が中央集権的になっている組織において、より顕著になる。この場合システムには意思決定権者への

フィードバックの敷居を下げるような工夫が求められる。


個々のユーザーを中心としたシステム設計をすることが重要であり、なんとなくFacebookっぽいものをそのまま導入してもダメ

2011-10-29

TPP利益を語るときに食糧「のみ」を持ち出す人は今後一切信用しない

食糧以外に言うべきことがないならその時点でダウトで間違いない。

それはTPP全体について論じているのではなく、「TPP的な何か」について論じているだけだ。

自由貿易TPPの違いがわかってない大学教授がなにか言ってるが、命題そのものが間違えている。経済よりまず国語能力に問題がある。

まるでアップル社の時の栄光しか知らずにジョブズを語るどこぞのベストセラー作家と同じくらいど阿呆である



というより故意だろう。

プロとして語る以上、最低の品質保証できないのは失格を通り越して別の思惑を疑われても仕方がない。

TPPにより影響が出ると言われている項目は24だっけか。

全部を考慮するのは無理としても、最低でも3つ。可能であれば10の分野で同じ理論が成り立たないことをドヤ顔で語る訳がない。

まりオリンパスに依頼された会計士と同じように最初から特定の目的に向かって捏造を行なっているとしか思えない。

もしこれが過失であったとしても、看過しがたい重大な怠慢によるものであり、業務遂行に必要な能力なしとして扱わざるをえないだろう。




情報提供機能」において最低限の品質を保持できない悪貨は非常に危険である

こういう人間が影響力を大きい場合、重大な虚偽表示の危険があるとして、積極的に批判、修正することが必要である

学者でもハム速でも原理は全く同じで

メディアとしての特質に汚染され、最低限の品質を保持できないようであれば、またそういう教授監督機能を果たせないようであれば

教授やその大学は公的機関による排除を自ら招いているとしか思えない。そういう人には望む処置を与えるしかない。




とりあえず、TPPについてどういう理論展開をしたかは、今いる経済学者経済学、ではない)の存在価値と信頼性を測る大きなな基準になる。

正直TPPについては反対しきれないだろうとは諦めてはいるが、

反対でも賛成であろうとも、その時の論理で最低限の品質を意地出来なかった教授もどきの人は、一生信用されなくなるだろう。

2011-10-16

混雑と優先

店員ひとりあたりが受け持てるキャパシティは一定から、新発売とかでいつもより混雑していて

キャパシティ以上の仕事をしなければならない時は、その引き換えとして作業の遅れか、ミスが発生する。

 

ただしこの前提条件は、お客の全てを平等に取り扱うという事の上でのみ成り立つ。

その為自分の為の作業を優先的に、且つ確実に遂行して欲しいと望む場合

平等の前提条件を破れば良い。対応する店員に手続費用の1割から2割程度の小遣いをやれば良いのだ。

 

そんな簡単な事もせず、その他大勢の中に埋もれやれ遅れているだのミスが発生しただの騒ぐ奴には

「その原因は、お前の金の払いが悪いからだ」といってやれば良いといつも思う。

2011-10-13

いぬきもち

大きな大きな振動と、とてもとても、とてもうるさかった騒音が止んでしばらく経ちました。

はいま、窮屈な檻に閉じ込められています。頑丈そうな鉄の棒が、循々と周りを囲っているのです。立ち上がることはできますが、歩くことはできません。同じ場所でくるくる尻尾を追いかけ回ってみれば、確かに多少なりとも運動にはなるのですが、目一杯走りまわることが何よりの楽しみである私にしてみれば、少々どころか全く物足りない状況に陥ってしまっているのです

厳重に施された不自由は、身体はもちろんのこと精神をも蝕んでいくものです。鬱積し続ける不満によって、私の心身は内側から漆黒に染め上げられつつある――。

抗おうとは思うのです。けれど、行動を大きく制限された檻の中では、体制を変えたり、意味もなく回ってみたりすることがやっとなのです。それ以外には、丸まってふて寝をすることしかできません。そればかりか、少し前までは眠ることさえもが容易ではなかったのです。私が入れられた檻は、なんだかよく分からないランプがやたらめったらに点灯している円錐型の箱に囲われているのですが、この箱もまた異様なほど狭く小さくて、つまるところ私は極小の檻に捕らわれたまま、狭っ苦しい箱物に乗せられるや、いつ終わるともわからない唐突な振動と騒音とに怯えることを余儀なくされていたのです

そうなのです。本当にけたたましい振動と騒音だったのです。私がまだ人に捕まることもなく、広い森の中を、あるいは街の中を自由に歩いて回っていた頃には体感したこともなかったほどの揺れと音だったのです。身体が芯からさぶられ、鼓膜が破れてしまうのではないかと怖くなったくらいです。いまも足元が揺れているような気がしますし、耳の奥がきーんと甲高い音を立てているような錯覚を覚えています。もう過ぎ去ってしまったことなのできっと幻覚なんだろうとは思うのですが、酷いものだなあと感じないわけにはいかないのです

ため息混じりに、私はついつい考えてしまます。ただただひたすらに死を恐怖し、生きることだけに全力を注いで日々を過ごしていた私を捕らえて、温かな毛布と、安全空間を与えてくれた人間という存在は、どうしてこんな場所に私を閉じ込めたのでしょうか。人間でありながら独特の雰囲気を纏っていた彼女もまた、結局は他の人間と同様、小汚い私を忌み嫌い、時には石を投げつけたり蹴りあげたりする悪童や暴漢などの類と同じだったということなのでしょうか。

とてもとても優しくしてくれたのに。額を撫でてくれた手のひらが大きくて暖かくて、とうの昔に失くしてしまったはずの温もりを思い出しかけていたというのに。思わず寄りかかってしまいそうな、くっついて眠ってしまいたくなりそうな安らぎが、確かにあったはずだったのに。

どれもこれも私が抱いていた幻想だったというのでしょうか。ドロドロとした液状のご飯や、なぜこんなことをしなくてはならないのか全く意味のわからない厳しい訓練を終えた後、あらん限りの言葉と抱擁でもって褒め称えてくれたことの全てが、単なる演技だったと言うのでしょうか。

私を騙すために?

いいえ、そんなことはないはずです。長らく生きることだけに執着していた私にはよくわかるのです。相手の感情機微というものが。真贋を見極める眼にだけは、確固たる自信があるのです。何が危険で何が安全か。鋭利感覚を持ち合わせていなければ、私はこれまで生きてこられなかったわけなのですから

主に彼女が私に与えてくれたものども。それは今まで口に含んだこともなかったような食事であり、おおよそ誰も経験したことのなかった訓練の数々でありました。それらは、正直なところ嫌なことばかりで、何度も何度も施設から逃げ出してやろうと考えてしまうくらいでした。伏せることも座ることも許されずにじっと立ち続ける訓練では、足ががくがくとしてくるのはもちろんのこと、身動きが取れずにもどかしい思いをしなくてはならなかったし、ごわごわとした衣服を着せられたことも、またへんてこな装置の中で外側へと押しつぶされるような力に耐える訓練も受ける羽目になったのです

捕まえられた当初、私はそれらの訓練が心の底から嫌で嫌でたまりませんでした。自由に外を走り回りたかったし、物珍しそうに私を覗き込む人間たちが怖くておぞましくて我慢ならなかったのです。何度も何度も大声で威嚇しました。牙を見せ、爪を剥き出しにして、絶え間なく吠え続けることだけが、私に安らぎを与えてくれるものだと本能的に思い込んでいたのです

でも、彼女は違いました。彼女だけは、意固地なまでに獰猛な態度をみせる私に歩み寄ろうとしてくれたのです。私と同様、人間たちに捕らえられたものたちの世話を、彼女は一手に引き受けていました。人見知りな私は、彼らとの接触すら断とうとできるだけ近寄らず、檻の隅っこで丸まる毎日だったのですが、彼女はそんな私に近づき、側にしゃがみ込んで、何をするでもなくただただ優しく見守ってくれていたのでした。

その眼差しの、なんと温かなことだったか

鉄の猜疑心と鉛の恐怖心とでがちがちに固められていた私の心を、彼女眼差しゆっくりと剥がし溶かしていったのです。ある日、そっと差し出された彼女の手のひらを、私はくんくんと嗅いでみました。素敵に柔らかな匂いがしました。寒くて余所余所しい無機質な施設の中で、彼女の手のひらからミルクのような穏やかさが漏れ出していたのです

それが彼女の本性なのか、それとも作り出した仮面だったのか、依然として私には確証が持てなかったのですが、取り敢えず気を許しても大丈夫そうだと判断しました。以降私は彼女にだけ従順な態度を取るようになったのです

彼女は私の変化を大変嬉しがり、より一層私との距離を縮めようとしました。時たまその一歩が大きいことがあり、私の爪牙が彼女の手のひらを傷つけることもあったのですが、彼女の優しさは変わることなく、かえってより一層深いものへと変貌していくようでした。

この空に向こう側には何があると思う? 穏やかな声で彼女が問いかけてきたことがありました。その日はちょうど訓練も休みの日で、私は彼女に連れられて久々に施設の外へとやってきていたのでした。高台の上にある施設から少し離れたところになる平原で、私の隣に座った彼女は真っ青な大空を見上げながらそんなことを口にしたのでした。

無論、私には答えることなどできません。私の言葉彼女には伝わらないし、そもそも空の向こうなんてもの想像したこともなかったのですから。だから私は内心、何も無いよ、ずっとずうっと空があるだけだよ、と思うだけ思って、黙っていました。

そよ風草原の草花を静かに撫でていきます

宇宙には何が待っているんだろうね。髪を押さえつけながら彼女はそう呟きました。ぼんやりとした夢見るかのような口調でしたが、その眼には溢れんばかりの光と希望が満ち溢れていました。

ああ、これが人間なのだな。刹那に、見上げたていた私は心底打ちのめされてしまいました。私なんぞが思いも至らない、想像することもなかった世界を見上げて、あまつさえその場所に名前を与えて、遂には到達することさえ見据えている。外へ外へと向かうことのできる、好奇心と云う名の侵略性を持ちえている存在人間なのだなと。

がんばろうね。そう言って私に微笑んだ彼女笑顔が、脳裏に焼き付いてしまいました。訳もわからないまま吠えて尻尾を振った私は、なんとも単純で愚かで滑稽でさえあったのかもしれません。それでもあの瞬間そうすることが何よりも正しかったし、そうあるべきだと自発的に思えたのです。驚いた様子の彼女は、すぐに満面の笑みを取り戻すと、ぎゅっと私の身体を抱きしめたのでした。ぎゅっと、ぎゅうっと抱きしめてくれたのでした。

それからどれほど時間が経ったのでしょう。訓練は次第に厳しさを増していき、それにともなって私が入れられる檻も小さな物へと変化していきました。最終的にはその場で立ち上がり一回転するのが精一杯な檻になったのです。狭くて心地よくなくて私の苛々は加速度的に増していきましたが、彼女笑顔と時折見せる辛そうな表情とが頑丈な堰となって日々を乗り越えさていくことができたのでした。

私が入れられた極小の檻が狭っ苦しい箱物に搭載される直前に、私は彼女とお別れをしました。がんばってね、と彼女真剣な表情で口にし、あなたならきっと大丈夫、と抱きしめてくれました。いつもと変わらない暖かくて安らぐことのできる抱擁だったのですが、その奥底に到底隠し切ることのできない感情があることに、私は気づかないままいられませんでした。

それは青い滴のような感情でした。爛漫な彼女が、穏やかで底抜けなまでに優しいはずの彼女が、気丈なほどいつもどおりに振る舞いながら、はたはたと湖面に水を漲らせている。後もう二三滴、滴が落ちればわっと決壊してしまいそうな静かな緊張感を、貼りつけた微笑の裏に懸命に隠そうとしている。

私にはもう、与えられた役目を見事遣り遂げることしかできなくなってしまったのでした。檻の中でじっとしたまま、何日間か我慢し続ける。寝食の問題はそれほどでもないにせよ、重なりに重なる苛々に耐え続けなければならないという辛抱のいる役目を負わないわけにはいかなくなったのです

もちろん、私には我慢し続けられるだけの自信なんてありません。我慢しなければならない確固たる理由もないのですしかしながら、彼女とのお別れをしている最中に、私の運命は定まってしまったのです

私はライカクドリャフカライカなのです彼女に与えられた名前を、その時私は初めて意識したのでした。

私が入れられた檻を乗せた箱物は、依然としてたくさんのランプを点灯したまま変化がありません。宇宙への航行は順調に進んでいるようです。だから問題は私の方。じっとして我慢しなくてはならない私の方にこそ、この任務を遂行するための因子は偏っているのです

一時はとんでもなく暑くなった船の中ですが、現在は然程でもありません。むしろぐんぐんと気温は下がってきていて、肌寒い気さえします。いいえ、もしかしたらまだまだ船の中は暑いままなのかもしれません。私にはもうよく分からないのです。もうずっと同じ景色のまま、朝も夜もわからず我慢し続けているのです。食事の回数までもが朧気になってしまっては、今が何日目の航行なのかを判別する術は残されていないのです

狭い檻の中での排泄は、綺麗好きな私にとっては屈辱以外の何者でもありません。が、それさえも与えられた役割であり任務であるというのならば、私は彼女のために我慢し続けなければならないのです。もう少しだけ。もう少しだけ。我慢し辛抱し続けなければならないのです

ああ、でも、なんだか疲れてきてしまいました。行動が制限されているので、食べては寝続けることしかやることがないのです。始まりこそそんなに眠ってばかりいられるかと思っていたのですが、案外眠れるもので、近頃は眠っている時間のほうが多い気さえするのです。とにかく眠くて眠くて堪らないのです。加えて眠っていると彼女との夢を見られるので幸せです。起きていると我慢しなくてはならないのですが、寝ていれば幸せなのです。とてもとても幸せなのです――。

かしゃんと、餌箱が開く音が微睡みの中に響き渡りました。また今回もドロドロとした美味しくもない食事が始まります夢現な私の味覚はもう死んでしまっていますが、それでも食べないことには死んでしまます。死ぬわけにはいかないのです。私の任務には生き続けることも含まれているのですから

綺麗に器を舐めきって、私は再び丸まって檻の中に伏せます。次の食事の時間まで、また寝続けなければならないのです。あと何回このサイクルが繰り返されるのかはわかりません。でもとにかく続けなければならないのです。そのためには少しでも体力を温存しなくてはなりません。船内の景色を見続けるのは辛いので、眠って彼女と会うのです。会って彼女と戯れるのです。戯れたいのです

広い高原で、彼女はずっと遠くで私を呼んでいます。私はその声に向かって全力で走るのです。カシャカシャと。檻が立てる音をも気にせず、夢現のまま全力疾走し続けるのです。まだ彼女の元まで届いたことはありませんが、きっといつの日か届くはずです。その時こそ、私の役目は、任務は遂げられるはずなのですから

シャカシャ、カシャカシャ。

私は高原の中を走り続けます

シャカシャ、カシャ……カシャ……。

微笑を湛えた彼女の胸に飛び込む瞬間を今か今かと夢見ながら。

2011-09-13

2chに書き込んでるのってどうせおっさんだろ

公務員とかのきもいおっさん暇つぶしに書き込んでるんだろ。犯罪予告したらすぐ通報するあたり、警察みたいな奴が常駐していることは察しがつく。いたずらに年の功で知恵と知識だけはあるジジイババア若者がわなに引っかかるのを虎視眈々と狙い、かかったら一斉に苛める。その読心術たるやプロの域で、絵から相手がどんな心理状態であるかを微細に計算してクリティカルいじめ遂行する。わざわざ自分人生貶めるような恥ずかしいことしてんじゃねえよクソどもが。

2011-09-12

2chとかは最低だよな

どうせ公務員とかのきもいおっさん暇つぶしに書き込んでるんだろ。犯罪予告したらすぐ通報かいうあたり、警察みたいな奴が常駐していることは察しがつく。いたずらの年の功で知恵と知識だけはあるジジイババア若者がわなに引っかかるのを虎視眈々と狙い、かかったと思うと一斉に苛める。その読心術たるやプロの域で、絵から相手がどんな心理状態であるかを微細に計算してクリティカルいじめ遂行する。わざわざ自分人生貶めるような恥ずかしいことしてんじゃねえよクソどもが。

2011-09-09

やらなきゃいけないのに、できない。やらなきゃ病

最近、やらなきゃいけないことがまるで捗らない。

検索してたら、以下のようなものが出てきた。

http://members.jcom.home.ne.jp/fosawa/column/yaranakya.htm

一通りまとめてみた。



・やらなきゃ病のプロセス

 1.日常で、やろうと思ったことが発生する。

 2.正常な人:計画を立てるだけ。

   やらなきゃ病の人:無意識的にすぐさま、"やらなきゃ:計画し実行する"に変換する。

    やらなきゃ病の人は、不安な心が強いため、安心したい気持ちも強い。

     (この不安は、インナーチャイルドから来るものである。)

    よって、不安を解消するために、"やらなきゃ"という意識生まれる。

    そこで、無意識的にすぐさま、"やらなきゃ"に変換する。

     (計画を立てる理由は、無計画でいるよりも間違いが少なく、無難に事を遂行できるだろうと思うから。)

 3."やらなきゃ"を遂行して安心しようとする。

    "やらなきゃ"という意識には義務感のようなものが含まれる。

    不安を払拭したい一心自分に負荷をかける。

 4.インナーチャイルドは、これを強制されたと感じる。

   (インナーチャイルド不安の塊として大人の心に潜む、子供の時の意識

 5.強制に対し、インナーチャイルドは強い力で抵抗しようとする。

    この抵抗力がやらなきゃ病を起こす。

 6.インナーチャイルドの抵抗により、何もできない

    心の中では、2つの気持ちの葛藤が起こっていた。



・原因

 大人の自分 vs インナーチャイルドとの葛藤

  インナーチャイルドの中身は、子どもの頃から溜め込んできた大きな不安感と、一方的な強制を我慢してきた怒りなどの感情


 悪いのは、"やらなきゃ"を遂行する大人と、それに抵抗するインナーチャイルド

 大人の自分はなぜ"やらなきゃ"を遂行するのか?

  →インナーチャイルドが持っている不安が影響しているから。

 インナーチャイルドはなぜ、抵抗するのか?

  →大きな不安と、一方的な強制を我慢してきた怒りが、抵抗の原動力となっているから。



根本的解決策(インナーチャイルドの抵抗と、不安を無くすために)

 自分癒しを進めてそれらの感情(大きな不安と、一方的な強制を我慢してきた怒り)を充分に開放する。

  そのためには根気強く過去記憶を辿りながら、時間をかけてゆっくり過去自分解放する。

  大人の自分不安が少なくなるため、"やらなきゃ"という意識は減少する。



・とりあえず解決案(大人の自分不安に負けないために)

 日々の生活の中で、できるだけ計画を立てないように心がけて暮らしてみる

  (計画したものは、いついかなるときでも自分の意志でその計画を変更したり却下したりしていいはず)

 やることの中に何らかの楽しみのようなものを見出すように工夫しておく

  (やろうと思ったことをたとえやらなきゃに変換してしまったとしても、)

  (何かやりたくて仕方がないと思えるようなことがあると、インナーチャイルドは抵抗の力を緩めてくれる)





はぁ?なにこの宗教

インナーチャイルド不安と怒りって何?

 子供だって喜怒哀楽はあって当然。しっかり経験してないと人間として困る。不安と怒りに耐えられない、辛抱弱い大人になる。

 不安と怒りなんて、人生始まってから死ぬまであるし、大人だって感じてる。子供の時だけを特別扱いすんな。

 仮に子供の時って区切るなら、それはいつなんですか?そこで区切るって決めた根拠は何ですか?


普通に考えられるプロセス

 1.日常で、やろうと思ったことが発生する。

 2.やりたいこと:何も考えず始めてる。終わったことすら意識しない。特に飯とか。

   やりたくないこと:やらなきゃと思って、計画し実行しようとする。

 3.やろうと思えば思うほど、なぜか出来ない。

   時間に余裕があったり、誰にも何も言われないため。

 4.とはいえ、実行する。次第に期限が迫り、強制力が強くなるため。

 5.ギリギリやり遂げる。



結局のところ、やらなきゃならないけどやりたくない、というだけだった。

…こんなこと考えながら、何も片付かないまま時間は過ぎていくのであった。

暴力団の結成禁止に関する法律

暴力団の結成禁止に関する法律

目的

第一条 この法律は、暴力団組員が一般市民拉致監禁したり、殺害するなどの犯罪行為や、暴力団同士の抗争に一般市民を巻き込んで害を与えたり、組員が私人間の契約等に介入して社会的弱者を不利な立場に追い込んだりする等の公序良俗に反する行為によって、国民人権を直接、間接に著しく侵害していること、および、我が国の法体系が暴力主義を否定していること等に鑑み、暴力団の結成を禁止することによって、暴力の根絶を図り、暴力団に抑圧されてきた国民の自由や人権を回復するとともに、公共の福祉の増進に資することを目的とする。

暴力団成行為の禁止)

二条  何人も、暴力主義的思想に基づく団体を結成してはならない。

国家公安委員会の解散命令権)

第三条 当該暴力団がこの法律の制定以前に存在するとしないとにかかわらず、国家公安委員会は、暴力団に対して解散命令を発することができる。

(罰則)

四条 第二条の規定に反した者、第三条の解散命令に従わなかった者は、十年以下の懲役または一億円以下の罰金に処する。


理 由

もともと、暴力団存在憲法が許容しているとは考えられないことに加え、近年、被害金額が膨大な窃盗行為など、警察活動によっては捕捉し難い重大犯罪暴力団組員によって遂行されたり、一般市民宅に銃弾を撃ち込む等、著しく危険行為暴力団組員により行われたりしていることのほか、暴力団組員が民間会社幹部や芸能人等と交際して競争相手等不都合な人間拉致監禁したり、殺害したりするなど、著しく公序良俗に反する行為を行っていること、および、暴力団組員が金銭消費賃貸借契約私人間の契約関係等に介入し、社会的立場の低い弱者を不利に追い込んだり、競売の妨害をしたりするなど、暴力団の反社会性が高まってきており、これまでの暴力団対策や暴力団排除の手法では社会防衛が困難となっており、暴力団の結成自体を禁止する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である

2011-08-17

軍備の好みを探る簡単な方法

これは私の長年の統計学経験論なのだが(つまり林磐男未満てことですね)

軍備の好みや採用する戦術を簡単に推測する方法がある。

それは、

「どんなAFVが好き?」

って聞いてみることだ。

補足1

「AFV」と「国家」というのは重要な共通点がある。それは、いずれも「武力によって政治目的遂行する場合に命運を共にする同志である」ということだ。こういう同志に対して情がわくか否か、薄情になれるか否か、が共通するというのは、ある意味ハートマン軍曹的にも真理なのかもしれないと思う。

好きなAFVは?と聞いて「国産戦車」(但し装輪装甲車戦車回収車を除く)を挙げる国家は、かなり保守派だ。

地決戦派、海兵隊出身者を統合参謀本部議長にしない国家、安定した陸上戦力を好む傾向がある。

また平均的な国民軍を好む。必ずしも専門集団(職業軍人)である必要はない。逆に派手な外人部隊は苦手。

 

レオパルト2A6EX」あるいは「M1A1エイブラムス」「ルクレールAZUR」「メルカバ Mk 4」「Т-90」等を通称に型番を加えて挙げる国家は、

基本的にスペック志向なので、他国から見て自国の軍隊先進であることをとても気にする。

主力戦車なら装甲厚、主砲・副砲の口径などのスペックが優先事項。価格が安いに越したことはないがそれよりも火力と機動性(不整地速度とか)

軍備なら非対称戦闘対応で、無人化流行り。

 

「空挺戦車」「水陸両用車」を挙げる国家は、

戦略なら短期の機略戦を好む。長期の外交交渉は基本NG先制攻撃OK

戦闘機ならステルス性をとても気にする。基本的に奇襲好きというか正攻法は許せないタイプである

 

チハ改」とか「ルノーFT-17」みたいな歴史資料にしか出てこないレトロなAFV名を挙げる国家。こういう国家はあまり特定の傾向がなく、好きな戦術ピンポイントである。たとえば第四次中東戦争ラタキア海戦電子ジャミングは大好きだが(同じく電子戦が戦果を決定づけた)湾岸戦争イラク戦争は戦力差が圧倒的すぎてにダメ、とか言うことがよくあるのでその微妙な違いが他国にはよくわからない場合もある。ただし好きなものはとことん好き、という国家である

 

 

また、特に国家場合、AFVの扱い方とドクトリンの扱い方はとても良く似ている。

 

国産内製化にこだわる国家、これは機密にこだわる。外国産中古ばかり購入する国家はその点はおおらかである

ひとつのAFVを長く長く機甲師団に編入する国家。これはドクトリンをとても大事にする。基本転向はしない。君主制国家場合民主化暴動を誘発することも。

頻繁にあれこれとAFVを開発する国家。こういう国家二大政党で数年おきに大統領が交互に入れ替わるし世界中の紛争に首を突っ込むので要注意である。ただ、豊富予算はもはや続きそうにない。

中東アフリカにAFVや兵器の販売や仲介をしてる国家や、内装に建国の偉人写真を飾る国家は、どうみても独裁国家です本当にありがとうございました恐喝傾向があるのでこれも要注意。領土問題をとても大事に(定期的に38度線に向けて演習で誤射、排他的経済水域は自国有利に設定)するので、沿岸警備で不審船を逮捕すると深刻な外交問題になりたいへんな思いをする。

補足2

AFVに興味がない、そもそも軍隊なんてなくてもいい(それどころじゃない)。という国家は、戦争においても受け身。基本的に自国から軍事的緊張を高めない(高められない)。もっとODAをと言い出すタイプである軍事にこだわりがない代わりに、信託統治、が好き。でも最近は分離独立派との内戦が深刻だ。

補足3

変に中型じゃなくて、装甲厚はそれなりで、座席が座りやすくて、水冷がそれなりにちゃんと効いて、シャーマン戦車みたいな天敵がいないのがいい。

という国家は、基本的に経済重視でドクトリンを考えている。ちゃんとミサイル防衛できてシーレーンを確保できたらそれでいい、それよりも外交力を強化しましょうというタイプである。こういう国家国防予算ありきで軍備を見るので、決して覇権は望まないが堅実でしっかりした東南アジア中東諸国、それもできれば民主化の進んでいる国家と結んで平和配当を享受したい、というタイプ提唱者は苦学のエリート官僚と、超お坊ちゃまで漢字が読めない元首相の両方である

2011-08-07

黒瀬陽平アート主体としての存在価値は今や無くなろうとしている

アート主体(そして、およそ全ての創作者)の個性は、感性、発想、技術の三要素に分解される。感性とは「何を創造するか」、すなわち創作テーマを決定する意志である。発想とは「創造すると決定した『何か』をどのように想像するか」を決定する思考である技術とは「どのように創造するか」を遂行する能力である。優れたアート(そして、およそ全ての創作物)は、上述した三要素のいずれかひとつ以上が優れているアート主体によって生み出されると言っていいだろう。

例えば、ここで紹介されているアートを、先ほど挙げたのとは逆順になるが、技術、発想、感性の面から見て行こう。技術については、作品の精巧彫刻を見れば疑う余地は無いだろう。作者はこれをナイフとピンセットと外科器具によって製作しているというから驚きだ。発想も面白い。石を使う代わりに本を使って彫刻を行ったことだけでなく、例えば医学から人体解剖図を彫り出すなど、本の内容を作品に生かす点が粋だ。

そして、最後感性である。これは眼前にある作品から推測するしかない。だが、私は、作者の感性は「引き算と足し算のアート」にあると推測してよいと考える。本来、彫刻というものは引き算のアートである。そこに何らかの足し算(この例であれば、彫刻する対象自身の特性や、イラスト的なワンポイント)を加えることにより新たな価値を生み出そうという意志が、作者のアートには潜んでいる。重要なのは、その意志の良し悪しではなく、その意志がブレずに確固として存在することである。作者の一連の作品を見れば、その一貫性から、意志の確固たる存在は明らかであろう。

では、黒瀬陽平の、いわゆる「KASANE」アート技術、発想、感性を見てみよう。まず、技術陳腐であると言わざるを得ない。なぜなら、他者が容易に解析・理解・模倣することができるからである。既に黒瀬技術と同等のウェブサービスが公開されていることからも、技術の模倣可能性は疑いようがない(せめて「KASANE」るだけでなく、元画像を切り刻んだり回転させるなどの技術があれば、模倣不可能になったかもしれないのだが)。次いで発想だが、これも独自性は皆無である画像を「KASANE」ること、すなわち差の絶対値などのモードによって画像群を統合することは、Photoshopなどの画像編集ソフトウェアに機能としてあらかじめ用意されているからである

さて、最後感性だ。これはやはり推測するしかない。ここで我々が立ち返るべきは「カオス*ラウンジ宣言」であろう。この宣言には「アーキテクチャによる工学的な介入」という言葉がある。これは「ウェブサービスの作りが人間の思考を規定する」と解釈するべきだろう。ここで言う「ウェブサービスの作り」とは、例えばGoogleであれば「PageRankに代表される種々のアルゴリズムによるウェブページランキング」、またpixivであれば「デイリーランキングなどの公開ランキングである。そして宣言にある「アーキテクチャによる工学的介入の結果」というのは、Googleであれば「検索エンジン最適化によって検索結果の上位に順位付けられたウェブページ群」、pixivであれば「ランキング上位を狙った流行ジャンルイラスト群」と読み替えるべきだろう。こう読み替えれば、宣言の「人間内面は、アーキテクチャによる工学的な介入によって蒸発する」という言葉は「人間は自身が作りたいものではなく、ウェブサービスが規定する『上位』に位置付けられる可能性が高いものを作るようになる」と解釈できる。これはスパムブログや「ジャンルゴロ」の存在鑑みるに、決して的外れ解釈ではないだろう。

また、カオスラウンジ宣言には。「彼ら(註:カオスラウンジから生まれたアーティスト)は、アーキテクチャによる工学的介入の結果に対し、さらに人為的に介入を試みるのである。彼らは、アーキテクチャによって、自動的に吐き出される演算結果を収集する。そして、自らがひとつアーキテクチャとなって、新たな演算を開始するのだ。」ともある。「工学的」と「人為的」という言葉の差は介入主体がプログラムであるか人であるかの違いを表していると読むのが自然だろう。また、文章構成から二・三文目は一文目の詳説となっているため、「演算」は単に「介入」の言い換えだろう。

ここから必然的に推測されるカオスラウンジの、そしてその代表者たる黒瀬感性は「自らのアート活動(=人為的な介入)によって、各種ウェブサービスの「上位」コンテンツ(=工学的介入の結果)を規定する」ことだと言える。誤解を恐れずに平たく言えば「ウェブサービスルールを変更する」ということである。これは、例えばGoogleに対してはランキングアルゴリズムの自発的な変更を促すこと、また、pixivに対しては流行ジャンルを変化させること、あるいは創出することを意味している。これだけ見れば、実に壮大な感性である

では、その感性は、その意志は、黒瀬の「KASANEアート作品に宿っているか。私はおそらくNOだと考える。なぜなら、彼の作品によってGoogleランキングアルゴリズムあるいはpixivにおける流行ジャンルが変わったという話を耳にしないからだ。彼の感性が作品に確固として宿っていれば、種々のウェブサービスが彼の意志を汲み取り、動いてしかるべきだろう。ただ、この点においては私の観測範囲が狭いことも考えられる。また、彼のアート理論的に解析しきれていないことも、私は否定しない。もし、この文章を読んでいるあなたが彼を擁護したいのであれば、ぜひそのようなウェブサービスの動向、あるいは彼のアートに対する理論的な解説を示して欲しい。

もし、黒瀬自身あるいは他の誰かが黒瀬感性を示すことができなければ、彼はアート主体としての存在価値を問われる。あるアート主体がアート主体として存在する価値は、その主体の個性=再現不可能性によると言っても過言ではない。あるアート主体にしか生み出せない作品があるからこそ、そのアート主体は他のアート主体と明確に区別されて存在することができるのだ。既に黒瀬技術の模倣不可能性と発想の独自性は否定されている。その上で感性の不在まで示されてしまった場合、もはや彼のアート主体としての存在価値は皆無である。すぐに、彼と同じ技術と発想を持ち、しかし彼とは異なる感性を持ったアート主体たちが、彼に取って代わるだろう。もし「黒瀬最初からKASANE』の流布を意図していた」というような言葉で彼を「擁護」する者がいるのであれば、彼のためにもやめておいたほうがいい。「KASANE」に関する彼自身の発想と技術が否定された今、その言葉は彼のアート主体としての再現可能性をわざわざ示す言葉に他ならないのだから

2011-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20110802194719

わかるよ。

そのポリシーは新体制では遂行しづらくなったよね。

2011-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20110727155504

ちょっとよくわかんない回答だな。




Q.「支障は出てるの?」

A.「出てない。」

 「けど、仕事というのは時には痛いところも突かなきゃ行けないし、

  相手に嫌われるような事も(それが正しいのなら)言わなきゃいけないんだよ。」




支障が出てないならつまり、彼の仕事に問題は無いんだよね。

そこで「だけど〇〇しなきゃいけない」「□□を言わなきゃいけない」っていうのは

実は仕事遂行とは関係ない単なるあなたの好みなんじゃないの?

2011-07-05

松本龍氏による例の言動を見て

松本龍氏がどのような人物なのかは知らない、被災地増田です

会社でも学校でも「オフレコ」では、長幼の序を守れや なことや、俺は客だぞ なことや、お前がちゃんとしないなら助けねーぞ なことなんてたくさん見聞きしてきた。誰もがそうだろうと思っている。どう?

会社では、結果的に足の引っ張り合いがあった。後輩のあの人が何をしても無能だとみなされていた。

学校では、いじめがあった。一方的に殴られたものだ。

ただ、「オフレコ」でいわゆる酷いことをしているのに、「公」ではいい顔をする。


あの人が無能だと話していた人も、一方的に殴ってきた人も、「公」ではいい顔をする。

会社では、あの人が無能だと話していた人が、上司が来た途端に、あの人がいないと困るんだよ、真面目だねと話を切り替えた。

学校では、殴ってきた人が、先生や両親が来た途端に、殴るのをやめ、友達のような接し方に切り替えた。


僕には「オフレコ」と「公」の姿の乖離に対する気持ち悪さが未だに拭えない。一方的に殴られたのを誰にも言えなくて、そのまま登校拒否をしてしまたからだろうか。だからその後に、いじめの復讐を公に遂行してしまったのだろうか。

2011-06-16

引き継ぎ業務って

派遣社員契約社員で、通常契約更新するのに、派遣先の都合で契約終了の場合、あるいは会社都合で解雇させられる場合、引き継ぎ業務って理不尽

担当者がが変わって業務が遂行できようができまいがそれは会社の都合であって、辞める人には責任はないだろう。

業務に対する引き継ぐ何かがあるなら、それは元担当者の「ウリ」であって、辞める場合にそれを譲り渡すのは搾取されていることじゃないか

別途料金が発生するなら構わないだろうけど。

2011-05-23

政局日本アメリカ実験台でしたw」

政局日本アメリカ実験台でしたw」

 

(みんせいきょく、Government Section、通称GS)は、

連合国軍最高司令官総司令部GHQ/SCAP)内部組織

GHQのなかで占領政策の中心を担った。

 

日本占領目的である軍閥財閥解体軍国主義集団の解散、軍国主義思想の破壊遂行し、

日本民主化政策の中心的役割を担った。また、意図的に労働組合を成長させたり、

本国では達成できなかった社会主義的な統制経済を試みたり、

日本でニュー・ディール政策の実験を行っていたが、インフレーションが激しく進行し、

 

また絶大な権力の元に、ケーディス大佐らをはじめ汚職蔓延した日本社会党片山哲

日本民主党芦田均革新進歩主義政党政権を支え、保守吉田茂らを嫌っていたが、

片山芦田内閣はいずれも短命に終わった。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E6%94%BF%E5%B1%80

http://anond.hatelabo.jp/20110522135053

釣り針見えすぎ&インターネットがある時代が「大昔」、って増田どんだけ若いんだよとか突っ込みたくなるが

「昔(インターネットが無かった時代も含む)のオタクより今のオタクは金も頭も無い奴が多い」は真実だよなあ。



ネット初期時代は増田の言うとおりだけど、

それ以前のネットが無い時代は、オタク活動するのにそれなりの金や余裕や情報収集能力(=頭)が必要&

オタクへの入り口が「自ら目覚める」「身内や友人に引きずりこまれる」のどちらかしか無い分、

元々素質がある人間しかオタクにならなかった。

(友人経由だって「そういう人間と友人である」と言う時点で素質があるわけで)

でも今は、現実に金も居場所も無く仕方なくネットにのめり込んでる人間が、そのままネットの影響でオタクになってる。

彼らは恐らくネットが無かったらオタクコンテンツに興味も持たなかっただろう。



例えば初期2chの定番煽りネタと言えば「学歴」だった。

あちこちの全然関係ない板に学歴スレが立ち、学歴スレでなくても気に入らない書き込みに「お前低学歴だろ、氏ね」と言う煽りを付ける人間が大勢居た。

(そもそも「DQNドキュン)」と言うのは「『目撃ドキュン』と言うTV番組に出ているような低学歴貧乏人」が由来であり、元々は「高卒」を指す)

つまり昔の2chは(自称)高学歴が多かった。

それが、いつの間にか定番煽りネタが「在日」に置き換わり、「低学歴煽りがほぼ見られなくなったのは

2chユーザー層に低学歴層が増え、「低学歴氏ね」では自分ブーメランとして刺さってしまう、

日本人であること」でしか威張れない(そもそも威張るこっちゃないんだが)連中が多数派になったからだろうと思う。



http://anond.hatelabo.jp/20110521082510

に対する反論として「昔から経済的に恵まれない男性は大勢居たのに何を今更」と言うのをどこかで見たけど、

昔はそもそも、経済的にある程度恵まれていないとオタクになら(れ)なかったか

今のように「現実で金も居場所も無いか安価な娯楽としてのネットに没頭→オタクルートオタクが居なかった。

勿論昔から貧乏かつオタク、と言うのは居たけど、今よりはずっと少数派だった。



昔の「モテない非コミュだけど金はそこそこあって勉強も出来る」男オタクはてなにはこういう層が多そうだ)は、

学生時代は不遇でも収入が高い職に就けたから、歳を取れば「結婚して妻子を養う」と言う男性GR遂行する事が可能だった。

でも今の「モテない非コミュな上に金も無くて勉強も出来ない」男オタクは、将来「結婚して妻子を養う」事など恐らく出来ない。

その辺りにオタク文化の変遷の一要因があるんじゃないかと。

2011-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20110520090546

地方公務員法より

第三十五条  職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

問題の「A」とやらは、「当該地方公共団体がなすべき責を有する職務」に限られている事が前提。

上司おっぱいをもませる」が果たしてこれ含まれているかどうか。

部下に訴えられて裁判で勝つ自信があるならどこかで誰かが誰かのおっぱい揉みまくってるかもな。

これも追加。

第三十二条  職員は、その職務を遂行するに当つて、法令条例地方公共団体の規則及び地方公共団体機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

法令条例地方公共団体の規則及び地方公共団体機関の定める規定」の中に、「上司おっぱいを揉ませること」が明記されてる地方自治体が実在するんなら教えて欲しいわ。今から全力で公務員試験勉強するから

http://anond.hatelabo.jp/20110520084854

法律で「宣誓しなきゃいけない」ってきめて、サインしたから従わなきゃいけない

っていうのはアリなの?

このロジックだと公務員に対する全ての命令が正当化できちゃわない?

基本的には公務員に対する職務命令は正当って前提だよ。

彼らは私企業と違って行政サービス提供するのが仕事から、速やかに遂行される事が何よりも優先される。

いちいちあらゆる命令を「これは違法はないか」と裁判所で精査してたら行政機関はまともに機能しなくなって、無数の市民の生活に支障を来しかねない。

仮に命令が間違っていたとしても実行後に訂正するのが基本。




で、そもそもの「起立命令は不当か」って問題に関しては、過去何十回と法廷で争われたが不当だとする判例は一つもなかったはず。

地裁ではそういう判決はあるかもしれんが、高裁最高裁で全部覆ってる。

http://anond.hatelabo.jp/20110520015639

上司の命令が「職務上」のものといえるか、その命令は有効か、という問題を先に解決しないといけないような気がするけどなー

その命令が合法かどうか裁判で確定させないと遂行出来ないってことになったら何も進まなくなるよ。

たとえば、今被災地対応している警察官自衛官消防隊員への出動命令が合法かどうか、裁判で確定させるまで彼らは出動してはならない(出動する義務は無い)、なんて事になったら困るだろう?

増田論法だと、「上司が『A』という命令をした」ならば、「命令を聞かずにAしない者には教師は務まらない」、というのがAの内容に関係なく成立しない?

成立するよ。公務員上司からの命令を拒んだ時点で何らかの処分が必ず発生する。

裁判でその命令が違憲だったり違法だったりしたと確定した時点で初めて処分に対するリカバリー(賠償金とか復職とか)がなされて、以後同じ命令を繰り返さないよう法律制度が改められる事になる。



ついでに言えば、国家斉唱時(国旗掲揚時)の起立命令を違憲違法だとする判例はなかったはず。「処分自体は妥当だけれど処分内容が重すぎる」という判例ならいくつかあるけど。

http://anond.hatelabo.jp/20110520002402

ピストル持たないと警察官は務まらいかもしれないが、国旗国歌に対して起立しなくても、学校教師は務まるだろ。

まらないよ。

法律にも明記されてるけど、

第三十二条  職員は、その職務を遂行するに当つて、法令条例地方公共団体の規則及び地方公共団体機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。

第三十五条  職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

たかが数分立っておくだけの命令すら守れないような人が上記の義務を果たしていると強弁する事は不可能でしょ。

- 転職ならen
- 派遣ならen
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