はてなキーワード: 煙草とは
24歳。半年の休学と一年の留年を経て大学を卒業してから半年近く経つ。
在学中、一切就活をしなかった。学業もサークル活動もアルバイトもテキトーにただなんとなくやり過ごすことだけを指針としていた人間が面接の場で就労への意志をそれっぽくでっち上げることも出来ないだろうし、それ以前に面接という場が恐くて恐くて仕方なく(声が震えたり意識がどこかへ置いてけぼりになったり全身から汗が噴き出したりして何も出来なくなる)、逃げるようにして就活から遠ざかった。
休学したのも留年したのも学業が不得手だったということもあるが、社会に出ることを先延ばしにするため、というか、面接を受けずに済む期間を引き延ばすため半ば意識的にやっていた節がある。
現在は在学中から続けている日雇い派遣のアルバイトでなんとなく日銭を稼ぎ、それをなんとなく酒と煙草に溶かしながらなんとなくダラダラと生きている。
日雇い派遣は面接を経ずに仕事を回してくれるので、自分にも何とかこなせる。が、それも愈々キツくなり、ろくにアルバイトに行かなくなり、クレカの限度額も頭打ちになった。
マザーテレサじゃあるまいし
親だって人間だもん、見返りが無きゃ愛せないってのは正論だよ、多分
不慮で出来た子供とかさ
育ててみれば可愛げが無いとかさ
色々不備不満はあるとおもうんだけどさ
多少さ、出来たって分かって産もうって思ったくらいの情があったらさ
子供の事、褒めてあげてください
あと、時々抱きしめてやるといいかもしれない
当然な事言ってんじゃねぇよ馬鹿毎日褒めちぎっとるわって奴はもう読まなくていいよ
多分クソ長いしくだんねーから
そうじゃないなくて時間があるならまぁ付き合えや
お前がどんな風にどんな親に育てられたかとか知らないし、考慮できないから言及しないけど
子供ってさ、親にされたこととか言われた事、思ったより覚えてるんだよね
お前に覚えがあるか無いかは知らないよ
少なくとも俺は覚えてるし、なんでか案外忘れられないんだよ
転んだ時に泣かなかった偉いねーって褒められたこととか
代わりに作ってって言われたカレー良くできたねって褒められたこととか
無言で首絞められかけたこととか
悪いけど何もないならあんたのことなんて愛してあげられないって言われたこととか
お前も俺の事を馬鹿にしてるのかって怒鳴られたこととか
あんたが居るからお母さんはこの家にいるのよって言われたこととか
小学校の天体観測で、なんでか一人だけノートパソコン持ってきて星座のサイトみせてくれたこととか
ゲームなんて買って来たら蹴り壊すって怒鳴られたこととか
結構親としてどうなのって疑問が尽きない感じの親ではあるんだけど、なんでか嫌いになれないし
どっかで野垂れ死にしちまえなんて、間違っても思わないし
もしも自分の何かを差し出せばそれを保証してやるって言われたら、多分俺は大体の物を差し出せるんだと思う
腕とか足とか、金とか、まぁ命とか言われても困るけど
それで家族が納得してるなら、いいかなって思うのよ
でもね、時々ものすごく憎いと思うことがないって言えばうそになる
俺さ、あんまりまともに褒めて貰った事が無いのね
覚えてないだけかもしれないし、だとしたら物凄い失礼な話なんだけどさ
上に書いたみたいに、転んで泣かなかった時とか、カレー上手に出来たとか、
手放しで褒められたことって十回くらいしかないのよ
ふと気づいて、すげー死にたくなった
俺、褒める価値も無い奴なんだー
衝撃だよね
思春期まっただ中 変な万能感でたぷたぷしてたところに、驚愕の事実
俺は親に褒められる程の価値も無い奴らしい
それまでは成績などという数字では表わせない価値が自分にはあるはずだとか考えてたのに
両親っていう恐らく最も身近な存在ですらその価値を見出してくれていないよー
丁度受験前で親もカリカリしてた時期にそんなこと言ったの今となってはホント馬鹿だなって感じなんだけど
俺もその受験の当事者だったし 自信とか自認とか承認欲求とかあった訳ですよ
親の回答がこちらです
「褒めろって言うけど、お前は褒められるだけのことをしていない」
まじかよー 確かに数学3点だけどナイーブになってる受験生にそんなズンバラバッサリ言うんじゃねぇよー
流石に更なるショックを隠せなかったよね
そっか つまり俺は今までの人生、ずっとずっと、褒められるだけのことをしてこなかったのか
十数年 そこそこ手を抜いてはいたけど、それなりに人並みでやれることはやっていたつもりだったが
ちなみにそのあと現代文と古文で学年一位取っても褒められなかったからね
まぁ褒めて貰えねぇわけですよ 23点とかやべぇしな
流石にその辺りで、「あ、うちの親褒めるの無理な人なんだな」って気づいたんだけど
ちゃんとそれなりに大事にしてもらってるよ
産んでもらったし飯も食わせて貰ったり一杯世話掛けたし一人部屋も貰ったし学校にも行かせて貰ったし
習い事もいくつかさせてもらったし本や漫画も買って貰ったし下らん映画に付き合って貰ったりもしたし
服や布団で困ったことはないし文房具やノートだって切らしたことはないし今だって沢山心配して貰ってる
でもさー 今の世の中の何が世知辛いってさ
ちょっと辺りを見回すと「模範的な家族」みたいのがいっぱいあってさ
どんな家にもそりゃ大小ほころびや至らないところはあるんでしょうが、
家族はどんな時でも助け合うとか
親は身を挺してでも子を守るとか いつくしむとか 愛するとか
なんかそういう綺麗なものが当然みたいに転がっててさ
それと自分を見比べてみて、あれってなる子供がどれくらいいるんだろう
あれっ、もしかしてオレんち何か変じゃね?
いつくしむとかあんまり無くね?
「お前は最高の息子だ」とか
えっその台詞で救われるの?
じゃあ多分一生そんなことは言って貰えない俺は一生救われないの?
そっかー救われねぇのかー
じゃあ生きてる意味あんのかなー? なんて子供は思ったりするわけだよ
別にね、親に認められなきゃ生きてけないとかそんな甘ったれたこと言ってるわけじゃないよ
成人してんのにいつまで親の昔の事をって言われたらぶっちゃけぐうの音もでねぇし
でも、少なくとも俺は親にとっとと死ねとか縁切ってくれとか言えないしさ
じゃあ親が死ぬまでどうやってもそこそこ付き合ってかなきゃいけないわけでさ
俺はいいのよ もう何か慣れたし
でも俺が慣れてたって親は俺に慣れてくれないしさ
残念ながらあなた方の子供はあかん奴ですつったってそんなん認められないのまぁ分からんでもないし
何でお前はそんななんだって言われても俺はどうしようもないし
そんなに育てたのアンタらじゃねぇかとはちょっと言えないし
稼ぎはまだ無いけど、そこそこ自活できるように頑張ってる、つもりで
それだけじゃダメなのかよ無茶振りすんな とか、さすがに畏れ多くて言えないし
残念ながら俺は頭が悪いのね 厨二こじらせてるともいうんだけど
人の顔は覚えられないし、便所掃除の方法も覚えられないし、指示語を読み取れないし
冗談の意味がわかんねぇし、応用が効かないし、いまいち他人に感情移入が出来ないし
そんなだから実家帰ってきてもあまり上手に家事の手伝いやらは出来ないのよ
多分店先に立つようなバイトも無理だなってんでそれなりに仕事を選んでんのよ
親はお前それやべぇよって思ってるみたいなんだけど
俺はそんな深刻な事だとは思ってなくてさ
だって親にもまともに褒めて貰えなくったって俺はこの歳まで生きてきた訳で
今更他人にどう思われても別に死にはしないって分かっちゃってるわけですよ
そんなだから、時々なんでアンタはそんななんだと泣かれては申し訳ねぇなぁと思うんだけどさ
長くなってきたし何言いたいか分かんなくなってきたから纏めるんだけど
もしもここまで読んでくれた人で、
親になろうとしてたり、今進行形で親やってるよって奴いたら、
子供をちゃんと褒めてやってください
何にも無くても、多分探せば一個くらいはあると思うから
転んで泣かなかったとか、ちゃんとドアが閉められたとか
ちょっとでも成績が上がったとか、嫌いなもの頑張って食べたとか
ごめんちょっと思いつかないんだけど
何でもいいから、褒めてやってください
多分それがお子さんの何かをちゃんと築きます
別に叱るなっていう訳じゃないし、猫かわいがりしろとも言わんよ
変に増長するような褒め方も良くないんだろうし
その辺お前らの良心に任せとく
でも褒められるところを探すのは止めないでください
褒められなかったガキは多分、俺みたいになるし、そういうガキは親を泣かします
お前らも泣きたくはないと思うからさ
後、どんなに身体が大きくなっても、子供が嫌がらないなら抱きしめてやってください
もしも「俺も全然親に褒められなかったし、お前よりずっとヤバかったけど子供はきちんと育った」みたいな奴がいたら
俺はさ、多分子供は作らないつもりなのね
褒め方がね分からないのよ
もしも子供が出来たら、俺みたいな奴には勿論なってほしくないから
きちんと褒めてやって、駄目なことはちゃんと叱って、どうしても駄目なことはきちんと受け入れてやって、
ってすっげぇ妄想したんだけどさ
どうやって褒めてやればいいんだろう、何て言ってやればいいんだろう
褒めて、でも一言付け足して、みたいなことをしてしまって傷つけてしまったらどうしよう、とかね
虐待は繰り返すって言うけどアレマジなんだなってびっくりしたわ
これは駄目だ 時代が回るだわこれって思って
だからさ
もしも子供がいるならさ、もしもその子にちゃんとした子に育ってほしいなって思うならさ
一杯褒めてやってください
もしもお前が褒められないなら、お前の代わりに褒めてやれる人を探してください
旦那さんでも、奥さんでも、義母でも義父でもお前の両親でも、兄妹でも
出来れば家族が良いけど、無理なら近所のおばちゃんとかでもまぁ、いいから
お前はちゃんとそこそこ生きてていいんだぜって教えてあげてください
ここまで読んでくれてありがとう
暇なの?
追記
なんかすげー反応色々ありがとう
予想以上に一杯あって正直どんびきしてるんだけど、暇な奴多いみたいで俺はちょっと嬉しかったです
長いのはほんとすまんな
あと障害とか病気とかアドバイスとか有難いけど俺のことより自分の事に専念してくれていいよ
こっちはこっちでなんとかやってくんでそっちもがんばれ
それでドアを開けてみると、そこには蟻が立っていた。
「ちっとも悪いことないよ」とおれは言った。
蟻とおれは大学の同期。
蟻はせっせと働いて今では大規模なプロジェクトをひとつ任されるようになったそうだ。
かたやこのおれは就職に失敗してイオンのバイトで生計を立てている。
おれが差し出したビールを一気飲みした蟻は言った。「最近大変なんだ」
「そうだな。蟻って忙しそうだもんな」
「仮眠を取る時間さえないんだよ」そう言って蟻は煙草を取り出し火をつけた。
「蟻は寝ないんだ。その代わり仮眠を何百回と取って……」
「その話なら学生の頃に聞いたよ」とおれは言った。
「ごめん」と蟻は謝った。「年取ったせいか同じ話ばかり繰り返しちゃう」
「それはおれも同じさ」とおれは言った。「誰だって年取りゃ耄碌する」
「『大人たちに褒められるようなバカにはなりたくない』って、今も思ってる」
「完全な中二病だな」
「分かってるよ。だけど気持ちは今も変わらないんだ」
おれたちはブルーハーツを BGM に仕事の愚痴を語り合った。
「任されたプロジェクトなんだけれど」と蟻は言った。「これが厄介でね」
「僕より下位に属するヴェテランの社員が、僕の言うことを聞くなって言い出して」
「セコい男だねえ」
「知ってる? これもパワハラの一種なんだよ。訴えようと思ってる」
おれは溜め息をついた。思ってる、って言っている時点でダメなんだ。動かないと。
ビールがいい加減に回って来た蟻は言った。「そう言えば、これは話してなかったね」
「どうしたの?」
「ありゃまあ。糖尿病?」
「なるほどね」
「職業病なんだ。糖尿と虫歯と、あと顎が外れるの? それに耐えなけりゃいけない」
「それはまた残酷な話だね」
「残酷だよ。どれだけ働いても昇格出来ない。女王様にはなれない」
「真面目に話してるんだよ。キリギリスくん」
「おれも真面目に答えてるよ」とおれは言った。「先のないおれよりはマシだ」
「そうなのかな……最近、キリギリスくんのことが羨ましくなって来たんだ」
「でも蟻は辞める気はないんだろう? 一匹蟻だと何にも出来ない」
「そうだよ。情けない話だけれど」
おれは洗い立ての制服を部屋に取り込んだ。これから仕事なのだ。
合鍵は渡してあるし蟻がおれの部屋から盗むものなんて何もない。
本当だ。時間さえも盗まれたという自覚はない。おれと蟻はその程度には仲良しだ。
もう二十年以上前の話だから時効ということで許して貰えるだろうか。実は私は生首を運んだことがある。十七歳の時のことだ。
その日真夜中に『2001年宇宙の旅』を観た私は、感激のあまり外に飛び出し線路沿いの道を歩いていた。夜空に煙草を押し付けて穴を開けたような月が空に輝き、灰色の線路が鈍く輝いていた。
既に路線の運行は終わっていたので、私の足取りも勢い大胆になる。私はいつしか線路の真ん中を歩いていた。すると私は、線路沿いの側溝に黒いものが落ちていることに気がついた。
それはクラスメイトのヨーコの生首だった。ヨーコが線路に飛び込み自殺したという話は聞いていたが私は普段は列車を使わないし、ヨーコとも特に仲が良くなかったので自殺の話はそのまま忘れてしまっていたのだ。
初めて私はヨーコの生首を見た。切断面は粗く踏み潰されたようにぐちゃぐちゃになっており、辛うじて骨と分かる部分が肉色に染まりながら白く光っていた。生首に手を触れてそれを拾い上げる。手ににちゃにちゃと脂と血がついたのだがそれは構わなかった。
ヨーコは目を閉じていた。土で汚れていたが未だ生命力を誇示するかのようにストレートな髪が私の腕をくすぐった。頬は奇跡的に綺麗なままでその象牙のように白い肌を光らせていた。
閉じられた瞼に目をやったところ、生首も瞼を開けた。死んだ魚のように濁っていた。生首は口を開いた。
ミツバチ君じゃない。
こんばんは。ヨーコだよね。
呼び捨てにしないで、とヨーコは言った。そんなに仲が良かったわけでもないでしょう?
私は生首を私の首の高さに掲げた。面と向き合う形にしたかったからだ。結構人間の生首というものは重いんだな、と思ったことを思い出す。
ミツバチ君、こんな遅くまで何をしてるの?
さっき『2001年宇宙の旅』を観たんだ。最高だったよ。
私とヨーコの間には、改めて言うが何の付き合いもなかった。せいぜいフリッパーズ・ギターやモーマスのCDを貸し借りした程度の仲だった。
ねえ、それより私を運んでくれるかしら、とヨーコは言った。
どこへ?
沼まで。私が案内するわ。
その言葉に従って、私は生首を胸のところで抱きかかえて歩き始めた。
ヨーコはその角を右に、左にと指示していく。私はその通りに歩いた。私たちはどんどん線路から外れていく。家に無事に戻れるんだろうか、と心配になった。
やがて私たちは町の外れの森に辿り着いた。既に道は舗装されておらず、土が茶色く光っていた。
森の中に入ると、道の両側から立っているクヌギがその幹を誇示してどこまでも高く伸びていた。森は腐葉土特有の芳醇な匂いに満ち充ちていた。そしてその頂点にある四方八方に伸びた枝から生えた葉が頭上の月を丁寧に隠していた。僅かな月光を頼りに二人で歩いた。
ヨーコは言った。ねえ、ミツバチ君。
どうしたの?
さっきはごめんね。呼び捨てにしないでって。
こっちこそ呼び捨てにしてごめん。確かに僕らってそんなに仲良くなかったよね。
ミツバチ君のことは気に入っていたのよ。告白しようかって思ったこともあった。
そうなんだ。
今から思い出せば私はあの頃は恋愛に特に興味を持って居なかった。好きに音楽を聴いたり本を読んだり出来れば幸せだったのだ。だから異性の私に対するそうした反応に対しても私は極めて鈍かったのだろう。
今度は私から尋ねた。ヨーコさん。
何?
死ぬってどんな感じ?
ヨーコは少し目を閉じた。しばらく黙りこくったうちに、ごめんね、と言った。脳が痺れてうまく考えがまとまらないの。
分かるような気がするよ。
私たちはどんどん森の内奥へと入っていく。それはまるで陰部をどこまでも探るような淫靡な試みだった。森の中を彷徨う私たちの足取りに到達点などあるのだろうかと不安になる一方で、月をやがて覆い隠すクヌギの森の葉が濃くなってきたことに興奮を覚えた。
ヨーコは言った。生きていた頃のことが全部夢だったみたい。
途方もない夢だね、と私は言った。十七年間も続いたんだから。
そうよね。本当にね。
私たちはそのようにして森を小一時間ほど歩いて、ヨーコの言っていた沼に辿り着いた。表面が鰻のように黒くぬめっていて、おぼろげに月が反射していた。
中に沈めて、とヨーコは言った。
いいの?
いいわよ。私泳ぐのが好きだったから。
そこで私はヨーコの首を沼の中に漬けた。最初は浮かんでいた首はやがて水の中に沈んでいき、上方に漂う髪の毛が藻のように揺らいでいたがそれもまた沈んでいった。彼女が浮かべる細かな泡が後に残った。私は帰ることにした。
森の中は相変わらずどこかじめじめと湿り気を帯びており、土を踏む私の足は時々剥き出しになっている石に躓いて転びそうになった。途中で小動物らしきものが立てるかさかさとした物音が聞こえた。私は森の中をどこまでも歩いた。
死ぬってどんな感じなんだろう? そんなフレーズがヴィーナス・ペーターの歌にあったことを思い出した。「死ぬって何だろう?/解ってる、この漂う世界は/一時的な輝きに過ぎないんだ」……。
私は家に着き、窓から二階の自室に入り込んでそして眠った。クヌギの木の匂いと彼女の首の匂いは朝になっても残っていた。
今でもヨーコのことを思い出す。つい最近休暇が取れたので私はあの沼に行き、追悼の言葉を呟いて戻って来た。何故かは分からない。ただ、そうしなければいけない気がするから、そうして来た。それだけだ。
煙草もあるかも。ちょうど煙が当たるところだし。
昼間はパートのおばさん、夜は高校生や大学生が多く、そのほとんどが女性でした。
私の働いていたスーパーはレシートに本名がフルネーム(漢字)で印字されるようになっていました。
本名と顔が一致することによって、たくさん怖い思いをしました。
私だけでなくて、一緒に働いていた仲間もです。
カタカナだけや、名前が印刷されないお店もあると思いますが、いまだにフルネーム印字のお店もあります。
優しいおばあちゃんもいれば、可愛らしいお子様も。
だけど、ちょっぴり変わった人もいるわけで。
名前のプレートをじろじろ見てきたり。
おつりを渡す時に手をガシッと握られることも怖かったです。
でも、レジに来られてしまったら、仕事をこなすほかありません。
「私のレジに並ばないでください」なんてことはできないので…
「ねえ、○○ちゃんって言うんだね。」と声をかけてきたので、心臓が止まるほどびっくりしました。
聞こえないふりをしていても、「○○ちゃんの家はこの近く?おじさんも近いんだよ」などと、
まるで家を特定しているのかのようなことを言ってきました。
苦笑いをしてごまかしたのですが、そのおじさんは私が辞める最後の日まで、私のレジに並び続けました。
実害があるわけではないので、何もできず、ただただ嫌悪感だけを抱いていました。
レジで働く以上、我慢しなければならないことだったのでしょうか?
忘れもしない、クリスマスイブの日でした。
レジの女の子ひとりひとりに「ねえ、このあと予定あるの?」と聞いてきたんです。
閉店の時間は社員さんはもういなかったので、誰も止める人がおらず、
女子高生と女子大生の私たちは適当にはぐらかすことしかできませんでした。
一緒に働いている、愛想のいいAちゃんは「ないですよ~」なんて答えてしまったんです。
そうしたら、閉店後のお店の前でその男性が煙草を吸いながら待ち伏せしていました。
「(本名)さん、待ってたよ」
私たちは急いでお店に戻って、夜間管理のおじさんに頼み込み、途中までついて来てもらいました。
警察を呼んだのですが、とりあってもらえませんでした。
後輩のBちゃん(当時高2)は、家が遠いわけではないのに毎日送り迎えをしてもらっていました。
冗談で「Bちゃんいいな~箱入り娘なんだね」と言うと、Bちゃんは信じられないことを話し始めました。
「バイトが終わって帰ろうとしたら、中学の先輩が3人くらいいたんで、挨拶したんです。
『お前、ここでバイトしてたんだな。レシートの名前に見覚えあったからさ。可愛くなったね。』
そしたら『送っていくよ』って言ってくれて。車に乗ったら、知らない公園に連れて行かれて、回されたんです。
泣いても喚いても止めてくれませんでした。でも、一通りことが終わると、笑顔で『ごめんな』って言って、家の前で降ろされたんです。
もう怖くて怖くて、警察にも行ったのに、知り合いでしょ?って言われて事件にもしてもらえなくて…
それから親に送り迎えしてもらってるんです。バイトももうすぐ辞めます。」
それぞれの出来事があったときに、もちろんレジマネージャーに相談しました。(レイプの件は伏せました)
地元にアルバイトできる場所も多くないので、3年間働きましたが、やっぱり嫌な気持ちになることもありました。
レシートに従業員の名前を載せることは、そんなに必要でしょうか?
何時何分に誰が担当したかは把握しておいたほうがトラブルを防げると思います。
ですが、本名でなくていいのではないでしょうか。
名前は関係ないというご意見、ありがとうございます。
もしかしたら家を探されるかもしれない、何かされるのでは?という気持ちになります。
自意識過剰なのは重々承知しておりますが、明らかに変な人というのはいるわけです。
本名を知られたくないなら辞めればよかったのでしょうが、バイトをしていて良い点ももちろんありました。
②も同様です。
③は名前がばれたことにより、強姦の被害者となってしまいました。
本名が明記されていなければ、Bちゃんと分かることはなかったはずです。
よく似ているけど名前が分からなかったら、レイプしていなかったかもしれません。
思いもよらぬ視点で驚きました。
ただ、私の働いていたスーパーでは、名札(苗字のみ平仮名)を下げていましたし、
とてもよくしてくださった方や、仲良くなったお客様もいらっしゃいます。
http://anond.hatelabo.jp/20150214221130
続き
アナル増田「素晴らしい!!尻から煙が上がっているぞ。煙草とアナルの夢のコラボだ」
アナル増田「うむ、その恥じらいはなかなかよいぞ。90点をあげよう」
アナル増田「君には90点をあげただろう。アナルポイント90点だ」
可愛い女の子「よく分からないけど嬉しい!!ありがとうございます!!」
アナル増田「しかし、この尻から煙が上がっているのはマヌケでたまらんなぁ」
アナル増田「おお!!フィルター部分が黄色く色づいているではないか」
アナル増田「これをチャコールフィルターならぬ茶色ウンコールフィルターと名付けよう」
*チャコールフィルター:活性炭が入っており、ニコチン、タールを吸着、煙草の香りはそのままに味がマイルドになる
「ちゃんと」って何なのか
私は存在自体を揺るがされているように感じるのです
休みの日に家にいれば、或いは家に帰ってきて自室に行けば、こいつは何をやってるんだろうと奇異の目で見てくるのです
「他の家の人はちゃんとしてる」「もっと動かなきゃ」
これが口癖であります
このように話す母と妹はは典型的なポテトカウチ族と言って然るべき生活をしているのに、私に対してはアクティブな完璧超人を目指すよう、
ご飯の度に、顔を見る度に話すのです
家にいても常に気が張っていますし、煙草の量もどんどん増えているように感じます
落ち着くのは車で煙草を吸っているときか、漫画喫茶でダラダラとネットサーフィンしているときだけです
社会人をしているはずなのに、毎日が定期試験の前日のような緊張感をピリピリと感じています
疲れました
http://anond.hatelabo.jp/20150122235652
村上春樹の『スプートニクの恋人』に『旅の重さ』という映画と似た部分があるという話。
そもそもこの映画は素九鬼子という作家の同名小説『旅の重さ』(1972年)が原作になっている。2つの小説を比べてからものをいったほうがよいだろう。
『スプートニクの恋人』と映画『旅の重さ』のモチーフに重なる部分があるといえばあるのだけど、『スプートニクの恋人』を原作小説『旅の重さ』の該当部分と比べると、そんなに似てはいないと思う。
1.大人の女である旅役者とまだ少女の主人公が、裸で海水浴をする場面。
映画では旅役者の政子が「ねえ、泳ごうか」と、主人子を誘って海へ入ることになっているが、原作の小説では逆で、主人公が政子を誘って海へ入る。政子の奔放さのほうが強調された形になっている。
映画該当部分:
http://youtu.be/cVxXT7S4G0I?t=40m13s
政子とちうこの女は、わたしに旅役者にだけはなるなと言うの。[…]
わたしはこの女をさそって海へ行ったの。女は海水着を持ってないので、パンツひとつで水にとびこんだわ。わたしも真似をしてパンツひとつで彼女の後に続いたの。彼女の泳ぎの上手いことは、とてもわたしやママの比じゃないわ。もぐりだろうと背泳ぎだろうと何でもござれなの。泳いでいるうちに長い髪がとけて背や胸にまつわりついてね、人魚のようだと言うと、可愛らしいことを言ってくれるねえだって。女があまり遠くへ行くので、わたしは怖くなって退却したの。砂に腹這いになって小さくなった女の姿を眺めていたの。[…]
やがて女は戻ってきたわ。わたしは改めて女の胸の豊かさに目を見張ったわ。それから無意識にじぶんの胸を両手でかくしたの。あまりの貧弱さにじぶんがかなしくなってきてね。すると女は、かくさんでもええがねえ、と言ってわたしの手を力いっぱい引張るの。それから女はこんなことを言ったの。あんた、二十じゃと言うたんは嘘じゃろ。その体付をみたらわかるこっちゃないの。ほやきんど心配せんどきよ。そななことはちょっともどうちゅうことあれへんのじゃけんね。――
映画では二人が体を合わせるのは一度だけ、だが原作小説では、二度である。
映画該当部分:
http://youtu.be/cVxXT7S4G0I?t=51m18s
いつのまにやら女はわたしを抱いたままで草の上に横になっていたわ。ふたりはお互の肌を愛撫し合い、唇と唇を合せていたの。女の煙草の味のする唇を激しくなめると、女は力の入った手をわたしのズボンの中に入れたの。わたしは女の乳房に顔を埋めていたの。性欲の火花がこみ上げてきて、わたしは泣きじゃくったわ。ふたりの体に性欲の稲光が充電し合い、だんだんと激しい落雷となっていったわ。それから陶酔に焼焦がされたふたつの体がひきつったまま、青草の上にひとつになってころがっていたの。
(p.108)
とうとうふたりは二日前のあの藁ぐろまでやってきたわ。それからふたりは例の如くにもつれて倒れたわ。政子の力をこめた指の乱暴な痙攣が青空を泳ぐ。剥げかかったマニキュアが、しおれた花びらのように大空でもがいている。
ここでも、わたしはじぶんの無力をいやというほど感じさせられたの。政子がわたしの体の上で身をよじっているとき、わたしはただ彼女の呻きの澄切った声と、重くてしなやかな足のくねりと、宙をあえぐ細い長い指と、わたしの唇をこすりながら揺れ踊る巨大な乳房とに圧倒されていたの。
(pp.115-116)
『旅の重さ』という小説も映画も、いまでは殆ど忘れられており、つくられた時代相応の古さを感じさせるが、なかなか素敵だと思う。この映画が『スプートニクの恋人』にどこか似た部分を感じさせるとすれば、この映画が公開された70年台初頭の空気を村上春樹という作家の小説がどこかに残しているということではないのかな。
サブカルクソ女のTwitterアイコンにおける自分の爪先率なんなの?
なんでみんな切って揃えたように2、3回洗濯したら破れそうな素材のスカートを纏いかかとの低いパンプスを履いて写真全体を淡い色に加工しているの?
なんでみんなニギハヤミコハクヌシが毛先を丸めたような髪型なの?量産型なの?
なんで淡い色に加工した写真を好むくせに一眼レフをぶら下げて歩くの?ファッソンなの?林家夫妻リスペクトなの?
頭のネジが陥没したようなふわふわツイートの中に稀に意識高いツイートを紛れさせるのは何のためなの?天敵の目をごまかしているの?
夜のベランダで前髪の長い寡黙そうな男と静かな時間を過ごす的なシチュエーションを好むのはなぜなの?ふたりきりの世界で、煙草が静かに点滅する、そんな幸せ。なの?
なんなの?サブカルクソ女は互いに記憶を共有しているの?ロビタ?ロビタなの?ひとりのサブカルクソ女が死刑判決を受ければ日本中のサブカルクソ女が大挙して溶鉱炉に飛び込むの?
町には1つしか中学校がなかったため、式には見たことのある顔しか集まってこない。
留学していたり遠方に住んでいる人たちは流石に来れなかったようだけれども、彼らと仲の良い人たちから近況を聞けたのは有意義であった。
他の市のように新しく見る顔がないから、当然のごとく、式後の会食は中学校で形成されていたグループに分かれてた。
あまり盛り上がりはしなかったが、気心の知れた友人たちと会えたのは嬉しかったし、友人を通じて母校以外の小学校を卒業した人たち(彼らは私立中に入ったり引っ越したりしていた)と会えて単純に嬉しかった。
会場を閉める時間が近づくと、それぞれのグループがどこの居酒屋へ行こうか相談しだした。
私がいたグループのそうだった。
どこのグループも華を欲していたのは読者の想像にも難くないであろう。
「男女の均衡が釣り合わない。」
「グループ全員で行ってしまえば居酒屋の席は別々になってしまう。」
私は除け者を買って出た。
後ろ手に十字を組みたかったが、我慢した。
するともう一人でてきた。
彼はドライバーだったから、居酒屋グループを降ろしたあと、二人でボウリングをしにいった。
どうやらボウリング部員だったらしく、私に手取り足取り投球方法を教えてくれた。
5ゲーム投げて、自己新記録を出したところで迎えに来てくれという旨の電話がかかってきたため、居酒屋へ移動した。
一応声をかけるため二人で中へ入ってみると、他のグループも混ざって、席を行ったり来たりしながら皆で飲んでいた。
車に戻って彼らを待っていたが、一向に帰ってこない。
ずっと煙草を吸っていたら、ボウリングの彼も吸いたいと言い出したから、一緒に吸った。
彼は初めて吸うのだと言いながら嬉しそうに咳をしていた。
今度こそ後ろ手に十字を組もうかと思ったけれども、組めなかった。
小学校時代だとそこまで成績差とか出て無いし、中学とかに行っても差は出てきても普通に話したりした気がする。
でも、成人するまで歳を取ると結構変わるもんなんだよな。うちの例だと中学中退してるのが普通に居るし。
そもそも小学校すら来ずに今も生きてるか分からないようになってる奴も居る。成人式で聞いたらプーで世界中飛び回ってるらしい。
唐突だけど、昔虐められてた。
小学校時代はそこまで直接的な暴力は少なかった気がするけど、今で言う「消極的な虐め」って言うのかな。
無視やら明らかな逃避とかは当たり前のようにやられてた記憶がある。
時代的には、「いじめ」ってのが社会現象のようにニュースやらで取り上げられ始めたような時だった気がする。
んで、そんときにそういうのを指揮というか、「俺が気に入らないから従え」みたいな奴ってやっぱり居たんよな。
今もちょくちょく地元に戻った時に連絡入るけど、適当に弄る相手が欲しいんだろう。
自分の中では(完全に納得なんてしないけど)まあ折り合いがついてるし、適当に会って相手してる感覚だった。
成人式に行くと、そういう差にそろそろ気づいたんだろう。俺が他の大学行ったような奴と話してると、随分と居心地悪そうだった。
自分が他の人間と単位やら卒論の話やらしていると、「俺に大学の話はわからん」などと自分に言い捨てて適当に歩いてた。知ったこっちゃ無かったが。
そういうのもあったんじゃないかな、2次会の酒と飯の時、そいつの近い席に呼ばれた。
自分は煙草をやらない人間なんだけど、その席は小卒中卒高卒で就職して煙草吸ってる席だった。
そいつは「酒の飲み方教えてもらえよw」みたいな事を言ってた。
まああっちは酒煙草女薬みたいな世界で生きてる人間だし、酒にも慣れてたんだろう。よく飲みに行ってるみたいな話も聞いてた。
多分、自分を酔いつぶして遊ぶ気だったんじゃないかなあ。
自分は5月生まれなんだけど、成人してから随分先輩やら浪人同輩やらとよく酒に行ってたし、血縁的にも酒には強かった。
居酒屋の飲み放題で安い酒をガバガバ飲みまくったりもしたし、〇〇年モノの良い酒を先輩やら教員やらと一緒に買ってきて飲んだりしてた。
ホスト上がりやら土方の親分やら居る席でも普通に飲んでたし、むしろ「ペース早いし、しっかり酒の飲み方知ってるな」みたいな事言われた。
んでそいつはぶっ倒れた。悪酔いの部類だったし、吐いたりもしなかったけど、随分と周りの人間に絡み酒してたな。
その後はカラオケまで付き合ってたけど、ずっと寝てた。そりゃずっと虐めてて見下し続けてた人間が勉強で適わない所にいって、自分の得意分野である酒でも負けたんだから面目潰れだろう。ざまぁみろって感じだ。
その後自分に殴りかかってこなかっただけ良かったかもしれない。
まあ自分の感想とすれば、「勉強も酒も勝てなくてねぇ今どんな気持ち?wwww」って感じなんだが。あっちのがガタイ良いしこんなチラ裏でしか言わないけど。
Aラン大学の女子に絡んでたりしてたけど、流石に生きる世界が違いすぎるしとっとと諦めろって言いたかった。自分が言う前に他の奴(こっちもガタイが良い、自分には結構好意的に接してくれる)が言ってくれたけど。
「あの建物、俺が建てたんだぜ」って言って自慢してる気になってるかもしれんが、社会の誇りであると同時に社会の埃でもある事を自覚して欲しい。