はてなキーワード: ユーリとは
たぶん違和感の正体はコーチはユーリのスケーティングに惹かれたのではなく、実は性愛の対象として惹かれたのだったと明らかになってしまったという点にあるのではないかな。少なくともそうであるのではないかということを葛藤することも隠そうともしなかった。
エースをねらえ!ではコーチは最期まで、男と女ではなく、コーチと選手として岡ひろみに接していたが、ユーリではそうではなかった。
あとは「この作品の世界の中では絶対に何かを好きになることで差別されたりはしないです」というユートピアを無謬なものとして描いてしまう気持ち悪さとか。
(1) まず、何となくホモホモしい絵柄・作風に忌避感を持つ男たちが存在した。
(2) しかし腐女子・女オタがユーリはBLではないと強弁した。
(3) 当初の感じでは腐女子・女オタの言う方が正しかったため男たちも黙っていた。
スケートシーンの作画がいくら良くても、ユーリの心情としてどうも「なんでスケートなのかよくわからない」ところがあり、キャラクターの中での優先順位がどうもスケートじゃないようなところが「ホモっぽい」の要因じゃないだろうか。曽田正人のマンガとかだといくら恋愛入れても登場人物たちのなかでそれが最優先事項じゃない酒のツマミみたいなもん、といったコントラストが効いていて、ユーリはその作劇の部分でスケートアニメっぽくないという印象はあるな。
プリズムジャンプとかだと、あんだけ荒唐無稽でも、逆にキャラクターの中でプリズムジャンプへの執着と言うかあの瞬間のために存在しているぐらいの作劇が、ホモうんぬんの要素がいくらあっても刺身のつまにしているところがある。
私はスケオタとではなく、アニメも各季節ごとに2~3本見れたらいい名乗り難いアニオタである。
たとえ声優や監督、動きが綺麗であろうと、二次創作で流行ろうとも、
某バレーアニメの主人公の暑苦しさで悔し泣きしながら切るほどにスポ根が嫌いだ。
最近のアニメにあるドキュメンタリーものも見た後には1日くらい鬱々としているのだ。
アイドル物のアニメがどれだけ流行ろうと壁を乗り越えうようという描写が嫌いすぎて見れない。
テレビドラマのようなキャラとストーリーが苦手だと言えば伝わるのだろうか(怒鳴り声が嫌なのが大きいが)
私はただ声優と絵柄、Twitterでの盛り上がりぶりだけで1話の視聴をしたのである。
スポ根ものにびくびく怯えながらつけた先で、あの滑らかで美しいスケートの映像を見せられたのだ。
数話続いても崩れない各キャラのスケートシーンを見ながら、丁寧につくってるように感じた。
キャラも自然だ。強要もしない、脅しもしない、ご都合主義も使わない。
本当にスケートって綺麗で素敵なんだ。好きって思わせてくれようとしているんだと思った。
ただただ説教がましいスポーツアニメでないことに感動と感謝を私はここで語りたいのだ。
本格スケートアニメを見たかったと嘆くスケートファンを知った。
事前にアンケートをとった話、そもそも本格スケートアニメであることを今知った。
たしかに1クールではあれだけのキャラと大会シーンをまとめるので手一杯だったのだろう。
競技中以外もドキュメンタリーであったなら、もっと堅苦しいアニメになっていたと思うし、
ただのスポーツアニメだとげんなりして切っていたかもしれない。(本当に趣向なので申し訳ないが)
2クールならゆとりは持てたのだろうが新作のアニメオリジナルで突然そこまで作る猶予がないのかもしれない。
愛について性についてで物議を醸している人もいた。
このアニメは悩まなくてはならないとされる性別の壁が、そもそも存在しているように見えない。
あの世界観にはLGBTという単語さえないように思う。盾にしようもないほどにない。
そういうところだけは本当にファンタジーな世界になっていると思う。
だから私はこのアニメで賛同も否定も語れないのは確かだと思う。
その点も含めて重くなくすっきりした作りになっていると思う。もちろん腐女子であることを自負した上でのすっきりだ。
深夜に放送時間を選んだのは正解だったと思うし、PVや男性人数で予知する人もいたらしい。
ただスケオタだったり、事前に感づかなかった人には衝撃的なのである。腐女子もかなり衝撃を受けているのでなおさらである。
追記
日に日に尾鰭がついてここに匿名で書いたところでどうにもならないのかもしれないけれど。
まず、何故スケオタが自分たちが釣られたと思ってしまったかのこと。
一番の理由はキービジュアルや声優情報が出る前からアイスショー等に公式がスペースを出して宣伝に力を入れていたことだろう。
私自身アニメもよく見るがかなり珍しい展開順だったのではないかと思う。
ファンなら誰もが知ってる振付師と衣装ブランドの名前も挙げられていたため結構盛り上がった記憶もある。
今でこそタブーになり消えたがキャラのモデルになった選手たちも公言されていた。
スケオタ向けのメルマガでアニメ円盤の特典映像についてのアンケートが実施されたこともある。
ここまでするからには、実際の大会とコラボし推奨作品になったりするようなスポ根もののアニメが見られると思ってしまったのだ。
スケオタだからこそ、普段見られないプログラム製作や衣装作りの過程が見られるであろうことに勝手に期待してしまった。
実際私もスケ連も監修していると勘違いしていた。
勿論その後は個々人がどんな物語どんなジャンルを好むかの問題だし、今のままでも楽しんでいる人も悲観してる人も、追っている人も切った人もいるだろう。
ただ、本格スケートという部分にモヤモヤしている人がいるのは、スケオタについてはこういう事情があったことを分かって欲しいのです。
次に、本当にこのアニメは(当初から)デリケートな性についての問題を描くつもりだったのかということ。このことについては私は否と言いたい。
だって、だったら男性キャラのモデルに実在の女性スケーターを据え、彼女が男性だったなら〜などと言えるはずがない。
(当初とつけたのはことが大きくなるにつれてこの設定が消えたからだ。)
他にも性についてやけに過激な言動が目立つが、それらの言動が周囲から許容されること=寛容な社会なのではない。
異性間だろうと男同士女同士、それ以外だろうと常識やマナーは一律であり、それはアニメ内だけでなくメタなところにも言えることで、
アニメだけを見て理解したつもりになるのは勘違いも甚だしいし、それを絡めて競技ルールや登場国の政治方針にまで言及するのはあまりにも危険なことだ。
少し矛盾するが最初、私は女性スケーターがモデルである件は好意的に受け入れていた。
創作における性の操作は繰り返されてきた表現手段であり現実世界の問題とごちゃごちゃにして狭められるべきものではないと考えていたからだ。
しかし、このアニメがファンが言うように本当にこのテーマを扱う作品なら話は別だ。
マナーの厳しいナマモノジャンルにアニメ公式そのものがなり得てしまうようなキャラ作りは避けるべきだったし、他記事にあった、LGBTを盾にしていると言われてしまうようなぼんやりとした作り込みで済ませられるようなものではダメなのだ。
(ただし、この件は某原案者が盛り上がってるだけでアニメ公式の方はなにも言及していないのでなんとも言えない部分ではある。)
恐らく、話数が若い段階で物語の方向性が変わったことは確かだ。オリジナルアニメではよくあることだし、製作スケジュールとの兼ね合いもあるかもしれない。
最初の項で書いたアンケートの、スケオタ自身の反応が芳しくなかった結果かもしれない(実際アンケートの取り方について少し炎上したのだ。)
ただ、その方向転換が大体的に打ち出したキャッチコピーを変えてしまうもので良かったのか、変えた時点の残り話数で、実在するモデルがいると公言してしまった過去がある状態で描き切ることができる題材として正しい選択だったのか違和感を覚えてしまう。
長々と書いてしまったが、どちらのファンが悪いのかが言いたいのではない。スケオタの中にもどんどんヒートアップしてしまっている人もいる。ただ、苦言を呈している人が差別者呼ばわりされ、実在選手を盾に揶揄されることが悲しくてならないのだ。
うどんの国・わたモテ・船を編む・ALL OUT・文豪・雨色ハンサム・刀剣乱舞・鉄血・ユーリ
ブレパン・ユーフォ・WIXOSS・フリフラ・イゼッタ・ろんぐらいだぁす・SBR♯・ステラ・まほいく・魔法少女なんてもういいですからセカンドシーズン・競女・灼熱の卓球娘
ユーリオンアイスが、少なからずイデオロギー的色彩があるっつうか、つまり「BLなにが悪いねん、同性愛なにが悪いねん、みんな同じ愛だ!」というメッセージ性が高い作品だとしたうえで以下を書くんですけど。
一般論として、消費者にせよ作り手にせよ、BL萌えや百合萌えにイデオロギー的だかポリコレ的だか思想的だかな正当性を持たせようとすると、LGBT地位向上論に繋がりやすく、その論を更に磨いていくとジェンダーフリーやジェンダーレスにまで至ると思うんすよね。
腐女子や百合好きがその辺のリベラル思想を口にするのは見たこと多いと思う。
もしその思想に集うなら、自分もジェンダーフリーに賛同しているというスタンスになる。
しかしジェンダーフリー論陣で生きるには、己がバイセクシャル・アセクシャル・パンセクシャルあたりの、性的対象や萌え対象が相手の性別に関係ないですって人間じゃないと居心地が悪い。
だって、好む対象が男性か女性どっちかに限られていたら、「お前、ジェンダーフリーを掲げてるくせに、相手の性にこだわって扱い変えてるじゃん」というツッコミが、他人からも自分からも出てくるから。
でも、そんなこと言ったって両性愛者にはなれないんすけどって人が多かろう。
「男同士の恋愛にとりわけ萌えるから腐女子なんですよ、なのにNLや百合にも公平に萌えるのがイデオロギー的に正しいと言われても困りますよ」って人が多かろう。
自分の萌えを正当化して心を安定させたかったはずなのに、理屈を詰めていくうちに、かえって己の正しくなさが明確になってしまう。
BL萌えや百合萌えがイデオロギーを纏おうとすると、しばしばそういう問題にぶち当たる。
BL萌えだけでなく同性愛全般萌えに守備範囲を拡大しなければ、セクマイ全般萌えに守備範囲を拡大しなければ、マイノリティでもメジャーでもあらゆる姿への萌えまで守備範囲を拡大しなければ、理論武装に穴が生まれてしまう。
困ったもんですね。
んで、ユーリなんすけど。
というのはつまり上で書いたようなことで、ユーリのメッセージ性の強さは、BLへの肯定だけでなくジェンダーフリーの推進にまで至っているんじゃないでしょうか。
男同士で恋愛したっていいじゃん、にとどまらず、性別なんかにこだわる必要ないじゃん、というメッセージが発されている。(と、受け取る人もいる)
しかし、BLは好きだから「男同士の恋愛したっていいじゃん」て話には賛成するけど、他のどんな恋愛でも残さず食えと言われても困る、性別にこだわらずにはいられない、っつー腐はいて、それが
その他「腐狙い」アニメにおける「過剰な妄想の種まき」とは異なり、このアニメで2人の関係は肯定されるべき清らかなものとして直接的に言及された。2人の関係がなにかしらの愛でありながら、本人も周りも性別を気にかけることなく「人によってはこんな人生もある」と認められてしまったら、そして、それを「特になんの注意書きもする必要のないもの」とされてしまったら、そこに男女か男性同士か女性同士かという境目がないとするならば。
という抵抗感や居心地の悪さを生んでるんじゃないかなーと思う。
まあ自分は腐女子じゃなくて百合豚の男だから、全然ピントが合ってないこと書いちゃったかもしれん。
追伸
「ジェンダーフリーとジェンダーレスは違う。ジェンダーレスならすべての性別を愛することを強制してくるだろうが、ジェンダーフリーはどんな恋愛でも肯定するだけで異性愛や同性愛が偏っていると否定するわけじゃない。ユーリはジェンダーフリー的世界ではあってもジェンダーレスではない」
みたいな指摘もありそうだけど、たとえジェンダーフリーとジェンダーレスを区別するとしても、異性愛者は既存体制との対立要素が少ないことにより、イデオロギー闘争において自分がジェンダーフリー陣営への貢献度が低い気がして居心地が悪くなりやすいだろうから、あんまり話は変わりません。
本格スケートアニメと銘打ってたのに騙された、主人公とコーチがホモすぎるから本格スケートアニメではなくBLアニメだみたいな批判が解せない。
ユーリはフィギュアスケートシーンにかなり力を入れていて、オリンピック選手の振り付けも手掛けてる宮本に作中の振り付けを依頼し、スケートに使われる劇中曲も数多く作曲して演奏に沖仁を呼ぶなど豪華にフィギュアシーンに金を突っ込んでいる。
これ作画は死ぬのではと思うくらい脇役までフィギュアシーンを描いていて、多彩な魅力を持った個性的な選手達が活躍している。
四回転のインフレは起きているが超次元フィギュアはしてないし、本格フィギュアスケートアニメと呼ぶのに問題がないクオリティを保っていると思う。
愛の要素も作中のテーマとして様々な愛が表現されスケートにも絡んで作品の背筋のように通っていて浮いてない。
何でホモっぽい恋愛要素を感じたから本格フィギュアスケートアニメじゃないんだろう?
例えば響けユーフォニアムはかなりレズレズしいが、レズだからといって本格的に青春や音楽を書いている事は否定されない。
まどマギもレズ要素があるから魔法少女アニメではないとは言われない。
ユーリも主人公が女だったらコーチと仄かな恋愛を匂わせた程度で本格スケートアニメではなく恋愛アニメだとは叩かれなかっただろう。
何でホモだけこうなるのかよく解らない。
どっちも同性愛描写の濃いスポーツアニメだけどそこには決定的な違いがある。
ユーリは主人公であるユーリに昔好きだった女性がいるし、男女のカップルが破局しそうになったり結婚を決めようとしていたりもする。
対して灼熱の卓球娘には男キャラは出てこない、全くいない訳じゃないなのだが視聴者の記憶にはっきり残るレベルでは存在しない。
男女の恋愛も描写しつつその横でBL的要素を振りまくユーリ、女同士の友情(?)だけに焦点を絞りそれを濁らせるものをとことん排除した卓球娘。
腐女子はまず男性オタクからのバッシングと、腐女子のマナールール厨から腐趣味は異常なので表に出してはいけませんと徹底的にすり込まれるからな。
腐媚びのアニメなんかに釣られない、そんなものは嫌いと無駄で無意味な虚勢を張ってしまう。
誰にでも好き嫌いはある。がわざわざ腐媚びは低俗なものだから私はそんなものに靡きませんと宣言してしまう。
そんなものに釣られるのは恥なんだと。
若い世代の腐女子はそういうしがらみを気にしてない自由な人が増えているけど。
これ以上腐女子は抑圧されるべきなんだからお前らもされろって新しい世代に強要していく負の連鎖はやめていったほうがいいと感じる。
久保ミツロウさんはTwitterで「この作品の世界の中では絶対に何かを好きになることで差別されたりはしない」とおっしゃっている
https://twitter.com/kubo_3260/status/806843079244201985
あの世界には同性愛差別は一ミリも存在していない、異性愛と同性愛がただのこのみの問題である世界だってことなんだろう
ところであのアニメ世界で主人公とほぼ恋愛関係にある(と思われる描写がいくつもされている)コーチはロシア人だが
こちら側の世界にはロシアに同性愛プロパガンダ禁止法という法律があってオープンリーゲイは大変生きにくい
”反プロパガンダ法では、「非伝統的な性的状況を作ることを狙った」情報、または同性愛と異性愛の関係が「社会的に同等」であるという「歪んだ理解」を持たせる情報を、未成年者に広めた者に対し、最大5000 ルーブル(約1万5000円)の罰金を科している。
また当局者に対しては、そのような「プロパガンダ」がマスメディアやインターネットを通じて広められた場合、最大20万ルーブル(約60万円)の罰金が科される。外国人は罰金の対象になるだけでなく、最大15日間の身柄拘束と、国外退去の処分が科せられる恐れがある。また団体には、最大100万ルーブル(約300万円)の罰金と、90日間の活動停止処分が科される。”
http://www.afpbb.com/articles/-/2953522
同性愛が当たり前にある日常の世界(それはおそらくこの世界がそれに近づいていくだろう世界)をアニメで描くのは何もおかしいことじゃないと思うけれど
なんの注釈もなしにロシア人フィギュアスケーターを出して同性愛を隠れテーマ(テーマでもないのかな)として描くのは
一足、あるいは二足飛びだって感じるところがある
三つ子だからといって同じ人格なわけじゃない。1番目と3番目が今なに考えてるかなんて分かるはずがない。小さい時は(それこそ1歳の時だけど)顔も似ていて同じ洋服を着せられ街に出ればアイドルのような扱いを受けたらしいけれど物心ついてから3人で歩いても三つ子なんて気づかれることは滅多にない。
1番目はスポーツ大好きなサッカー野郎で毎日毎日サークルのフットサルにあけくれているらしい。足がはやくて運動会では活躍するタイプだった。でも勉強が全くできなくておバカだったっけ。中学ではテスト中に寝てて居残り補習させられてのを知ってる。本当に恥ずかしいからやめて欲しかった。けど明るくて素直だから先生にも友達にも人気者だったなぁ。
3番目はドン臭くてちょっとぽっちゃりしてる子だった。電車とかゲームボーイとか好きでままごとにもよく付き合ってくれたし赤ちゃん役やってくれたのを覚えてる。高校は1人だけ男子校進学して髪を染めてピアスを開けてウェーイ系大学生になってしまったときは吃驚したけどこないだポケモン買ってきてリビングでやってる姿をみて懐かしく思ったよ。また昔みたいに私のデータも進めておいてね。
2番目の私は唯一の女の子だったから甘やかされて育ってきた。趣味はアニメとマンガだよ腐女子だよ。ユーリオンアイスにハマってるよ。
文章にしてみるとやっぱりはっきりとわかる。私達は全く違う個体なんだよ。
だからお母さん、明日の誕生日何食べたい?って個別でLINEしてみんなが「肉詰めピーマン」って答えたからってニヤニヤしないでよ
そんな僕が今期見ていて好きなアニメは響け!ユーフォニアム2とユーリ on ICEである。
この2作品はなんか見ててよく似てるなとおもう。
ユーフォだと真剣に吹奏楽に取り組む少女たちが描かれ、百合っぽい描写がある。
ユーリだと真剣にフィギュアスケートに取り組む少年たちが描かれ、BLっぽい描写がある。
でもなんか同性同士の絆みたいなものがいいなって感じられるのである。
ユーフォだと前期の8話が好きだ。
麗奈と久美子が祭りの喧騒から離れた山の上で2人だけの話をする場面。
あれは画面が綺麗すぎたのも相まって、釘付けになった。
ユーリの話をしようと思う。
そういえば斬新だなと思った点が、勝生勇利がもう世界レベルのトップ選手だということ。
メンタルが豆腐で自信が持てずにパッとしなかった彼が、コーチとの出会いでどんどん内面が引きずりだされてるのが面白い。
ユーリ7話で良い演技をした主人公・勇利と喜ぶコーチ・ヴィクトルがキスしたのかハグかの判断を視聴者に委ねるようなシーンがあった。
僕はあのシーンをホモくせえと思うことは意外にもなかった。
それは彼らが努力したことを視聴者として知っていると同時に、あれを喜びを表す手段として見ていたからだと思う。
だって女子フィギュアだったら多分違うところに目線がいくから笑
でもそんなことはないのかもしれないと最近思った。
僕はユーフォを見ても、登場人物がエロいとかそういう視点で見てないことに気づいた。(水着回以外)
ただ一生懸命に何かを求める、あがき続ける。
・ピチットくん(タイ)…僕はずっと信じてたけどね!と真っ直ぐいいきって実現するところにしびれた。SNS狂で現代っ子ぽいのに正統派の爽やかさがある。見てて気持ちいいというか、清涼剤。
・グァンホンくん(中国)…ただただかわいかった。ぬいぐるみのシーンにやられた。内面は意外と男らしいのも好印象。そういえば公式サイトに「夢はハリウッドセレブ」と書いてた。人は見た目によらない笑
・南くん…スケート演技がキャラクターを表してて好き。勇利を崇拝するだけじゃなく、真っ直ぐに意見を言ったのがよかった。
書き出したけど、目がくりくりで、真っ直ぐでかわいいキャラクターに弱いみたいだ笑