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はてなキーワード: ミクロとは

2011-09-04

http://anond.hatelabo.jp/20110903235442

僕は教育者でも研究者でもないので一般的なことは言えないんですが、自分経験をふりかえれば、応用の部分が弱いように思います

ミクロ視点での文法は、まぁあれでもいいのかな、活用ウンヌンとかそういう細かいところはやっぱりアカデミズミ的に石頭で全然いいと思うんです

ただそれを、まとまった文章にする、文法をコミュニケーションに活かす段階がスポッとぬけているかんじがあったのではと。

自分がいいたいことを客観的に見て、それを言語を用いて空間にどう展開させていくかは、学校で十分訓練する必要がもっとあると思います

テストの点数のためでなくて、国語勉強することで自分のいいたいことを他者に伝えられるに十分な技術は得られるようにすべきだと、最低でも。

2011-08-17

個人主義のはなし

北海度のキャラクター長万部まんべくん戦争に関するコメントをして、運用会社契約をとかれ、twitterアカウントは停止となったという。おそらく停止にいたるまでは、また現時点で役所等には色々と意見がよせられているだろうが、マスコミがとりあげる情報は、ただそうした状況の描写にとどまっている。民主主義国家である以上、言論の自由を尊重し、意見を交換し、またメディがそれをフォローするのが当然だと思うのだが、どうも日本ではそういうことはおこらないらしい。

なぜこういうことがおこるのだろう。日本に暮らす友人は、震災原発事故をうけてなお、人々は社会的沈黙をたもっている日本国民の有り様に違和感を感じると伝えてくれた。なぜ、日本の人々は喋らなくなったのだろう。私は、90年代から興った個人主義を軸にしてとらえることはどうだろうかと思う。

日本における90年代(起源としては、70年代のいわゆる革命闘争の敗北以後)の個人主義の高まりは、高度成長期バブルを抜け、さらなる発展をシステムへの依存から脱却することを願ったというマクロな視点と、日本社会に横たわる社会的な慣わしを越えて個人の人となりを尊重しようという人権ミクロな視点、こういったものがあわさっていたのだろう。だが結果としてはこれを小泉政権を象徴とした資本原理主義に射貫かれてしまった。「自己責任論」という奇妙な言葉は「下手なことやったら自分自分の尻ぬぐえ、誰も助けてくれんで」と日本国民に語りかけ、それが日本社会の通念として起上げてしまった。儲けれる人間がその立場をとどめるには、儲けれられない人間をそこから動かしたくなかったからだろう。

本来、90年代個人主義の高まりは、先の通り社会(人と人が共に助け合う集まり)に決して抗うものではなく、先の通りむしろその発展を願ったものであったろうが、資本原理主義者たちの言動のもとに用いられる個人主義は個人を社会から引きはがし、国民沈黙絶望を与えてしまったのではないか。「沈黙は金」とは例え言葉であって、決して直接に儲かる,儲からないと関わる言葉ではないはずだ(同様にTime is money.のproverb。)。この沈黙は結局状況として既得権益を持つものを利し、システムの脱却を願った90年代個人主義の高まりとまるで逆な状況をつくりだしているのではないか

まんべくんの件は、こうした日本社会の有り様を端的に現しているように思う。自虐史観にせよ正当史観にせよ、議論しつづけるという行為そのもの重要であることは、いうまでもない。歴史とは私たちがつくり積み重ねていくものなのだから

またこうした「他者」への向かい合いを尊重する雰囲気こそ、全てを失い、光明を得ず、路傍にいきつく人々、あるいは教養を得る機会にめぐまれず育った人々をうけいれ、共に生きようという社会をつくりあげていく、礎になると私は信じる。

2011-08-15

http://anond.hatelabo.jp/20110815131501

仕事とはどんなものかとかもっとひろくどう生きるかという問題を,ある個人に限定的でない考え方ができる社会的・公的な部分と個人的な部分をごっちゃにしている感じが若いなあという感じがする.

結局、仕事というのは、誰かが儲けるはずの金を、

いかにして自分の金にするかということが根底にある。

から、「仕事楽しい」とは、「誰かを潰して、且つ金を手にするのが楽しい」ということになる。

前文はマクロ的な視点なのだけれど,次文はごくミクロな個人の価値観あなたが認定している.仕事自体が楽しい場合存在するんだよ.音楽絵画文芸ゲームアニメ・鉃道・・・といったホビーを楽しむように仕事を楽しむことも可能だろうよ.あたりまえのことだけれど,趣味でも仕事でもそれぞれでそれぞれのようすで社会的に制約される.収入少ない民間の研究職で仕事楽しいな,僕は.この仕事はやや儲けるはずの金を研究開発によってひっぱってくるというところがあるけれど,より基礎的な研究職なんかならあまり組織の金のことは仕事の主眼にはならない.

2011-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20110719215446

分かってない奴が多いようだが、これは富の再配分をミクロに置き換えた思考実験

いやwwそれは「分かってない奴が多い」んじゃなくて、おめーの「置き換え」が下手すぎて全然違う話になっちゃってるだけだろwww

http://anond.hatelabo.jp/20110719164432

そろそろネタばらし。

分かってない奴が多いようだが、これは富の再配分をミクロに置き換えた思考実験

持てる者は持たざる者に富を分け与えるべきか?

たまたま同じ国に住んでいるというだけで、仕事もしない無職や、定植にも就かない非正規雇用者を救うべきか?

そう、誰もが思ったように、分け与えてやる理由などない。

彼らは利己的な主張をしているだけ。

2011-07-02

http://anond.hatelabo.jp/20110702140139

なのに、他の事を一切無視して原発「だけ」にのめり込んでしまう人の異常性を香山は指摘している訳で。

その定義だと、「全ての問題」について、語ってる論者を罵倒できますねww

だって、議論ではそのことしか話さないんだからwww

政治だって経済だってミクロの話をしてる人は沢山居ます

いや世の中異常者ばっかりだwww

2011-06-13

「二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか」に対して

どうも。こないだまで就職王って名乗ってましたが、今は無職です

で、前回書いたコレhttp://anond.hatelabo.jp/20110429004257

なんかすごい真面目なトラックバックが来てたので、なんか書かなきゃなーと思いました。

今日結構真面目に書くので文体は素で。ネタ無し。

二代目ロストジェネレーションが失ったもの。望み。そして、僕らは何からはじめるべきか

http://d.hatena.ne.jp/thinking-terra/20110529/1306640590

で、これ読んで思ったんだけれども。

ぼくが思うに、現代日本若者における問題ってのは最早「価値観」の問題ではないと思うのね。

いうなら、それは生存の問題だし、もっと明確に言えばいかにクサレ年寄りから椅子をムシリ獲るかってことなんだと思うんだ。

既存価値観に乗ることは出来ない」とテラケイさんは仰る。でも、ぼくはそれは違うと思う。

むしろ、現時点に於いても生存戦略としては「既存価値観にドップリ漬かる」は限りなくベストに近い。

「世代」のことを考える前に、「自分」のことを考えて、グダグダ言わずに東大を出るべきなんだ。

もちろん、東京大学というのはかなり極端な例だけれども。

ミクロで考えるなら、まだ現代日本は個人の力で「なんとかなる」社会だとぼくは思う。

ぼくの「就職王」コラムは個人化戦略の極地のようなものだけど、実際あの程度でなんとかなってしまう。

でも、もちろんマクロで考えるとこれは明確に間違っている。

だって椅子の数が限られているなら誰かは必ず負けるんだから社会には一定水準の競争が必要である、という

命題を真であるとした上でも、社会を構成する一定層はそれなりの職を得て暮らしていけなきゃまずい。

それに、ぼくのような口先だけで逃げ切るやつが評価される企業の土壌というのも、あんまりよくない気がする。

やっぱり、社会は少しずつでも変えていかなきゃならない。ぼくらの世代が楽しく生きるために。

社会を変える」って言いにくい世代だよね、ぼくらは。上の世代が派手にコケたから。

どうせ社会なんて変わらない、馬鹿どもの轍を踏んでたまるか。そういうところがある。

デモやる?って言われても「それ頭の悪い年寄り大分前に失敗した」としか思えない。

カウンターアクションは必要だけれど、それはやはり時代に即したものでなければいけない、と思う。

少なくとも「就職クソッタレ」って言って変わるものがあるなんて考えられない。そうじゃないか

ウザイ自分語りで申し訳ないけれど。ぼくが就職したのは「箔をつけるため」だった。

今、起業をするために色々じたばたしてるんだけれど、やっぱりカネを出して貰うにはそれなりのものが必要になる。

少なくとも、「真っ当に勤めていれば生涯年収4億近かったですよ」くらいのことは言えないと、

与えられたカネの代わりに差し出すものとしては、とても足りない。実はこれでも全然足りないんだけれど、

それでも何某かのバックボーンにはなる。使えるモノは、使わなきゃ損だ。就職して数年踏ん張るだけで得られる

ステータスって、実は結構お買い得な気がする。ある意味大学名前以上に。

この日本社会は実にクソだと思うけれど、使えるものを使わずに戦うのはいかにも勿体無い。

価値観を変える」なんてのは、ヒッピーになるのと同じだ。ヨガをやってもマリファナやってもロックフェスをやっても、

実はどーにもならない。それは、かつてアホな連中がもうやった。ぼくらがそれをやる必要はない。


ぼくは巷で見る就職活動批判にすごく違和感を感じていて、つまるところそれはどこまで言っても

負け犬の遠吠え」としか認識されないんじゃないか、ってこと。

かつての頭の悪い年寄りには「世界同時革命」みたいな強烈なイデオロギーがあったから、「就活バカヤロー」よりは

スケール感もまとまりもあったけれど、ぼくらの世代にはそれもない。あるべき社会モデルすらない状態で、

価値観を変えろ」って言われても、それは「解脱しろ」とか言われるのと一緒だ。シャクティーパッドとかポアとか

そういう語感にしかならない。そんなことにはほとんど何の意味もない。

まりところ、それがミクロの問題であれマクロの問題であれ、既存社会からの断絶というのは不可能なんじゃないかと思う。

テラケイさんは価値基準を語るときに「外部」と「内部」という言葉を使っているけれど、ぼくには価値観に於いて明確な

「外部」ってのがあるとは思えない。テクストに外部はない、みたいな学問を専攻してたせいもあるんだけど

それを差し引いても、既存価値観を排除して生きていけるなんてとても思えない。そんな強くないからね。

ロストジェネレーション世代にニーチェじみたものを押し付けても、それは「レッツ自殺!」って結果しかもたらなさないのではなかろーか。

我々が目指すべきものは、この社会から乖離したものではなく地続きにものでなければいけない、と思う。

じゃあ、どうすべきかってことなんだけど。

とりあえず、まずは団結すべきだと思うんだ。勝ってる奴も負けてる奴も。

世の中はクソで、なんとかしなきゃ楽しい人生は送れそうもない、って意識を共有することだと思う。

ぼくはかつて、ものすごく貧乏大学の学費にもメシ代にも汲々としてた時期があったんだけど、

その時、やっぱり同じような奴らと相互扶助的に生きていて、それは例えば部屋を分け合ったりとか

僅かなカネを分け合ったりとか、電気釜を共有したりとかそういう話だったんだけど、そういうところからだと思う。

例えば、イタリアの話。イタリアは、失業率がアホほど高いけど、自殺率は低い。これは何故かっていうと、一説には

一族主義が強く根付いているからだ、と言われている。縁のある誰かが食えてなければ、誰かが食わす。そーいうところがあるらしい。

じゃあ、我々悲惨な現状にいる連中も、そーしとけばいいんでないかな、と思ってる。

とりあえず、屋根とトモダチがいれば死ぬことはない。ぼくはそー思う。

こうすることで何が得られるかといえば、リスクを取るのが非常に容易になる。

「1人が1のリスクをとる」ことと「10人がそれぞれ1のリスクを取り、リターンを分配する」ことは大分違う。

もちろん、10人全員が敗れ去るパターンもありえるけれど、かなりのヘッジが出来ることになる。

そして、何よりだけど精神的にとても楽だ。ぼくは「起業」の道を選んだけれど、他にもロースクールに行ったりとか

そういう道を選ぶことにもやはりリスクはつきまとう。金銭的なリスクもそうだけれど、孤独化してしまうことが何よりヤバイ。

官僚から政治家目指すぜ、みたいな道にしてもやはり同じだ。そういうとき価値観を共有出来るつながりがあることは

何より強いとぼくは思う。いや、今んとこカネを得て起業に漕ぎ出したところだから、この先なんかわかんないけどね。

仲間にも全部見捨てられて、一人ひっそり首を括るって可能性も全然あるわけだし。

それで、社会批判の話に戻るんだけれど。ぼくが「就職王」でやりたかったことは

就職活動批判」のちょっとスマートな形を提示するってことなんだ。

確かに、マクロ的に考えると我々は既存価値観に乗っかることは出来ないかもしれない。

しかし新しいマクロ価値観ライフスタイル創造することも、おそらく出来ないだろうってこと。

その行き詰まりの中でクリティカルなクリティークを社会にカマすとしたら、

既存価値観に乗っかって踊り狂いながら、同時にそれ自体を批判として成立させるしかないんじゃないかと思う。。

ダンスパーティー台無しにしたいなら、まず誰より上手く踊らなきゃいけない。そうでなければ、誰も話を聞いてくれない。

やはり、我々はこのクソみたいな社会で戦っていくしかないし、クソみたいな社会を否定したところで

クソじゃない社会青写真を描けるわけじゃない。それは、大分昔に失敗した。

から、このクソだめみたいな社会の集団的蛆虫として既存価値観と地続きの世界をサバイブしていく以外に多分道はない。

そして、九人がダメでも、一人が生き残れればそいつが他を引き上げればいい。もちろん、現実的にこんなことが上手く行くか?

ってところはあるけれど、独力で社会と隔絶された「価値観」を作り出すよりは、十人で価値観を「共有」するほうがまだ成功率は高い。

悟りを得た」人はそんなに多くないけど、「宗教にハマって死んだ」人は腐るほどいる。

その程度の価値観共有なら多分できるんでないか、そういう風にして戦っていくしかないんじゃないか、と思ってる。

人間、上手いこと価値観を刷り込まれれば飛行機ビルに突っ込めるんだから、それくらいできるんじゃね?と。

まー、なんというか。

これはぼくの戦略っぽく見せかけた誇大妄想から、なんのあてにもならないけれど。

とりあえず、若い人間はもーちょい戦略的に生きるべきだと思うし、また同時に団結すべきだと思う。

個人の内面ナイーヴな話に閉じてしまうのは、なんかどーなんだろーな、とぼくは思うんだよね。

これから具体的にどーするか、どのようにして生き残ってリスクを取っていくかを論じるべきじゃないだろうか。

まだまだやれることあると思うんだよね、実際。

ところで、死ぬほどどーでもいいけど、「ロストジェネレーション」って若い頃第一次世界大戦に遭遇して、何か価値観クラッシュしちゃったよーな世代の作家達を指す言葉で、「二代目」っていうとちょっとおかしいことになるよね。ロスジェネの「二代目」世代ったら、ビートの時代でケルアックとかギンズバーグとかを指すと思う。

不況なんかにぶつかった「貧乏くじ世代」を指す意味で「ロストジェネレーション」って語を使うと、今の世代は何代目になるのか、すごくめんどくさい議論が要るね。個人的に、「ロストジェネレーション」を現代の「失われた世代」に当てはめるのは色々ムリがある気が。字面はいいけど、原義から考えるとスゲービミョーな感じ。ロスジェネ論争とか言われると、今更ヘミングウェイとか論じてんの?って思っちゃうのはぼくだけじゃないと思う。

エクストリーム世代」とかなんかそんな感じの新語を誰か考えるべき。

2011-06-04

http://anond.hatelabo.jp/20110604014616

からさあ,

そんなこと誰でもわかってるって言ってんだろ何度も言わせんな


お前は人生に直結するってわかってたら死ぬほど勉強努力”だけ”して東大行くのか?飯も食うだろ恋愛もする部活もするだらうが。

マクロで考えりゃそうだが、人間もっとミクロな生活の積み重ねだろ、お前の言ってることは貴族ニートロボット理想論だって言ってんの


人間生きてる時間限られてんだ。いろいろ他にもやることあるだろうが、選挙よりも近くのわけわからん原発よりも、人事異動とか家庭内のごたごたとか親戚のなんたらがあるだろう。

それより、毎日仕事して飯作って洗濯して、どこにそんな多大な努力とやらをする余裕がある?


そういう多大な努力マスコミとか政治家とか官僚とか東電とか東芝とかで分担してんじゃねーか、だから国民自分の役割見つけてそれに没頭して、他の分野は専門家のこと信じて与えられた選択肢から選んでるんだろ?

役割を怠った奴に文句を言って何が悪いんだよ、今役割を果たしてないのは政治家だろ、東電だろ。歯車が止まった時に文句を言うのがあるべき姿じゃねーか。

お前の言ってることはおままごとなんだよ、ガキならガキで考えてもっとましな言葉を吐け

2011-04-24

ドラえもん映画見てきた

鉄人兵団リメイク。なかなか面白かった、リルルかわいい

以下ネタバレあり

ストーリーに大きな変更はなかった

一番大きかった変更点はジュドの外見が改造されたこと

ミクロスの出番をジュドが奪ったこと

原作を改めて考えれば、ジュドが言うこと聞かないからって改造して味方にしてしまうというのは

かにどうかしてる、洗脳教育たいなもんか、もっとひどいな

藤子先生は、良くも悪くも、ドラえもん以外のロボットは物として描いていた

藤子先生は作中で人が死なないことを気をつけていたとどこかで聞いたことがあるが、

海底鬼岩城のバギーしかり、リルルしかり、作中で人並みの扱いを受けていてもロボットは壊れる(リルルは消滅)ことがある

からジュドの改造も藤子先生的には問題なかったわけだ

ただ、改造後一言もしゃべらなくなったあたりはちょっと怖い

リメイクではジュドの頭脳だけは物から人並みの扱いに格上げされた

しかしそのせいでミクロスの出番を完全にくってしまっていた

当然ミクロスは必要なくなったので鏡の世界以降出番がなくなった

ロボットに反応するチョークがなくなったのは、ひよこになったジュドに反応させるわけにいかいからだろう

映画では完全に生命体として描かれていた

ただ、外見を勝手に変化させるのもやはりどうかと思うわけで

どうせならボールのまま・・・無理か

一番改変して欲しかったのは、タイムマシンで創始者に会いに行くところ

根本を変えれば今の未来はないはずって、ある意味しいけれど、魔界大冒険でそれは否定されていた

ただのパラレルワールドとして枝分かれするだけで、なんの解決にもなってない

どうせなら埋め込まれていたロボット三原則を思い出させるコードを聞くとか、そんなんでなんとか

あと、ペンダントぶっこむのはないわ・・・ただのかざりじゃねぇーか

関係ないけど、ザンダクロス操作するときドラえもんがサイコントローラーで操作していたの疑問に思ったんだけど、

リルルが使っても動かせるための伏線だったんだな、地味だ、気づかなかった

2011-04-11

http://anond.hatelabo.jp/20110411101335

ミクロ的視点では1票に意味はありませんが、マクロ的視点では意味があります

このように集合になると意味が変わってくるものが世の中に色々ありますが、人間の頭ではなかなか理解が難しいです。理解できなくても普通だと思います。

2011-04-02

コテハン

掲示板とあるスレッド限定で3年ほどコテハンをやっている。

先日ある事柄について意見したら、誰かが私の数週間前のレスを引き合いに出して

「おまえこの間はこう言ってたじゃねーかよ。多重人格かよ?」と指摘してきた。

かにつのレスは相反するもので、一方はメシウマ系の意見で、もう一方は善人的な意見だった。

しかし、普通に考えて、数週間のブランクがあればその間に意見も変わるし、

もっとミクロに言えば1日ごと数時間ごとにイライラしたり機嫌直ったりウキウキしたりするわけ。

そりゃ書き込みの内容も変わるよね?

ある同じ事柄についての意見も、とげとげしかったり優しかったり、ブレてしまうのはある程度仕方ない。

名無しだと、1日単位IDに縛られているだけだ(もしくは非表示板ならそもそもアイデンティファイされない)から

どれほど意見がブレようとも誰にも意識されないけど、

コテハンだとずーっとアイデンティティ継続するから、発言の履歴は積み重なっていく。

意識し始めると実は難しい

何ヶ月も何年もキャラクター全然ブレないコテハンはすごいな。

雨の日も風の日も、落ち込んだ日もハッピーな日も、同じキャラを装い続けられるのは相当にタフだし、じつは周到だ。

しかしたらこのコテハン業の、もっと金になるほどに高レベルなものが

タレント業であったりアイドル業であったりするのだろうか。

そう考えると芸能人ツイッターとか自殺行為しか思えないよな。

ちょっと気乗りしない日とか不安定な日とかにマズイ意見言っちゃったりするかもしれないし

まったくあんなもんに手を出すやつらのきがしれない。

2011-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20110327083446

雑多に。

・(全般)論文の書き方:すべての基本。高校生までは起承転結(四段階)だが大学生以降は序破急(三段階)が普通になっていくので慣れていくこと。

・(全般)プログラミング:すべての基本。言語学論理学と密接な関係があるので、体得すれば実は論文の書き方に強力に役立つ。

・(全般)健康管理健康を壊すと普通勉強ができなくなる。体力と相談してがんばれるだけがんばる。


・(教養学部教養東大の特殊なところは、1、2年は教養学部というところに所属するところ。

ここで、広く、できるだけ深く、何でも雑食にガリガリ吸収して、自分なりの知の体系を、藁葺き小屋でもいいから作ることが求められている。多分。


・(文1・法学部政治学:集団的意思決定に関すること。生臭いが、体得すると選挙住民運動の時に、偏見に凝り固まった勢力から自由になって、自分意見を持てるようになる。

・(文1・法学部行政学公務員はどう働くか。知らなきゃ公務員になった時にしぬ。公務員になりたいわけではなくとも、学者になったら役所と取引することになるので、彼らの行動様式を弁えておくのも大事。

・(文1・法学部法学公務員は何を守って働くか、倫理とはどう違うかなど。知らなきゃ公務員になる以前に試験の段階でしぬ。以下略


・(文2・経済学部経済学:財・サービスの一般的な流れに関すること。何で自民党無駄公共事業をやったかというと、彼らも決して馬鹿だったわけではなく、ケインズ経済学という思想的根拠があったことが分かる。これだけでも日本では重要

・(文2・経済学部経営学お仕事の要素が入った組織をどう正確に効率よく運営するか。どこの組織に行くにも絶大な力になる。個人で生きていくなら別だが、事業を起こすなら必須。


・(文3・文学部心理学記憶連想が切り離せないこと、情動感情)や動機付け(欲求)のあり方をわきまえておくと、勉強ときに障害を取り除ける。

すなわち、沢山勉強して沢山思い出して連想することが知識になること、感情や欲求を適切に駆動し、不必要なら安定させること。

いでに、生命反応や身体や神経や脳から、どのように心が生じるか学ぶのも悪い経験はない(先に言っとくけど、心と身体の関係について論じる、いわゆる心身問題はまだ結論が出ていないので、深入りは禁物)。

・(文3・文学部言語学教養学部でやる外国語文学部でやる言語学がある(正確には違うけど)。

外国バリバリ働くビジネス目的と、論文を発表する・資料を原著で読む目的とがある。

長期的にどっちをやりたいかということと合致させた方がいいが、計画的に東大に入った入学者でなければ、よく分からいまま選択して二年間ババ引く可能性が高い。東大システムの疑問点だが、何か意味があるのかも知れない。何でこうなってるんだろう。

・(文3・文学部社会心理学社会学:人が集まるとどう振舞うかを理解するのは、ミクロ(個人)とマクロ社会・集団)の関係をわきまえておくときに有意義。

・(文3・文学部文化人類学歴史学:昔の人の好みとトラウマ、成功と失敗を学んでおくことが大事。民族歴史というものもあるので、「あー、日本人災害時はこう振舞うのか、ではこうすればいいのか?」みたいなことができる。

・(文3・文学部倫理学:いわゆる道徳倫理を扱う倫理学はいろんな学派があるが、それほど倫理学のフォローする領域は広い。

要するに集団のルールというのはどうやって決まるかということを、いろんな出発点(個人主義、生活、健康生殖エロスプライバシーコミュニケーション権威助け合い暴力などなど)から積み上げているからだろう。

どれも集団生活を可能・不可能にする大事な本質には違いないので、広く浅く吸収していくとよい。(集団主義的なことを言うとあそこでは嫌がられるだろうけど、俺はそういう結論になっちゃった

・(文3・文学部哲学など:人間の脳の構造でいろんなものを筋立てして考える。倫理学もそうだが哲学となると広すぎてちょっと大変。しいて言えば科学哲学とかやってみるといい経験になりそう。


・(文3・教育学部教育学教育学部に行く人以外関係なさそうだが、親になりたきゃちょっとかじっておくと後々いい感じになる。


・(理全般、特に理1・理学部数学物理化学地学生物文系でも「物質から生命反応が生じる」ということを了解しておくのは悪い体験ではない。


・(理1・工学部工学:「社会のためにどう計画する?」ということは常に考えておいた方がよい。


・(理2・農学部農学:別に農学部行く人以外は関係なさそうだが、安く安全に飯が食えるということは大事ですよ。TPP問題とかやりたくなったらどうぞ。


・(理2・薬学部薬学農薬や医薬をやりたい人以外には関係なさそうだが有害物質問題とかやりたくなったらどうぞ。


・(理3・医学部医学普通学生は「ものみんた(誰だ)の野郎! 健康について適当なこと言いやがって! 俺は気をつけよう」というときにのみ有意義。

理3の学生がまじめにやる分にはすごくハードなのでがんばって。

そうでなくても理3は超頭のいい人が入るところだから超人的な世界超人的に頑張ることを余儀なくされる。


(2011.03.27 18:37 追記)

twitterで指摘がありましたが、私は文3・文学部卒でして、文3・文学部についてながながと書きすぎました。確かに今読み返すと配分がおかしいね。

2011-03-10

「してはいけない」と思うからダメである

 「してはいけないから」という理由を言うと、まじめぶっているとか偽善的とか何様だと思っているのかだとかその他雑多なよくわからない批難にさらされる危険があるからなのだろうか、時に方便として、あるいは内心をぶっちゃけた体裁という効果を狙って、あることをしてはいけない理由を「私がいやだからよ!」などと言うフィクションのシーンや現実の場面に遭遇する。

 しかし、やはり原点としては、ルール倫理(感)から「してはいけない」と思うからダメなのである

 ルール倫理(の感覚)はもちろんミクロでは個人のもつ感覚ではあるが、それは決して個人的ではない。まして誰かの趣味や好みではない。曖昧で移り変わっていくものだとしても確かに存在している。すくなくとも無視できない。また完全に個人的レベルに落とし込むこともできない。

2011-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20110303122033

多分割り出せない、っていうか、ほとんどのリフレ派は反対しないよ。

もともと、小泉政権の「改革なくして成長なし」というイデオロギーに対して、それは間違いだと言ってたのがリフレ派。すんげえ乱暴に言えば、需要供給のどちらが問題なのかといえば、需要だ、というのがリフレ派だったわけ。It's the demand, stupid! 小泉構造改革は、これに対して敵は供給にあり、と。

ところが、ここにキメラがいたわけだ。竹中中川(秀)、高橋の3氏が代表的だけど、小泉構造改革エヴァンジェリストであり、かつ、リフレ派。最初のうちは整合性がないことが明らかで、だから例えば高橋氏は「暗黒卿」と呼ばれてたわけだけど(もちろん褒め言葉じゃなかったよ、念のため)、亀の甲より年の功、時間が経つうちに、うまいこと整合的な理屈をひねり出した

「反官僚

というやつ。日銀という官僚組織をぶち壊さないとリフレは実現できない、と。「反官僚」が膠となって、リフレ構造改革というキメラには、血が通い始めた。

このキメラに染まって、「改革なくして成長なし」に反対してたというオリジンから進化」しちゃったリフレ派がまずいる。たとえば田中氏。もともと岩田(規)氏みたいに、ミクロ的には政府介入大反対という素地があって、この「進化」はハードルが低かった。

進化」してない人でも、「敵の敵は味方」理論によって、日銀から見て「敵」のリフレ派にとって「敵の敵」であるリフレ派」批判者は、それがリフレそのものには反対していなくても日銀の「味方」になってしまうということで、みんなの党の批判はしないとか、田中氏あたりに噛み付かれるから黙ってようとか、そういう人が多い。昨年の「はてサ」との絡みとか、bewaad氏関連の騒動とか、ああいうのを見れば明らか。

ネット○○派、として早くから他の運動と相対化していたjura03氏の、何と慧眼であったことか。

2011-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20110212103745

増田はあまりにも、人間をわかってないんじゃないの?

宗教流行するように、人間は何かにすがりつきたいと思う物。

何もしない、が正解。

なんてしたら、自殺者や暴動が増加するだろ。当時は自決なんて文化が残っているんだから

モラルハザード対応するために、モラル管理重要

何もしなかった場合の、モラル管理はどう考えているの?

危機管理時に、エジプトのような暴動を起こさないためにも、ストレスのはけ口としての、わかりやすい敵は必要だし、

憎しみを外に向けさせる行為としての竹槍は必要。

増田敗戦ムード一色で暴動が起きるかも知れません。自害が起きるかも知れません。って言われて、部下に 何もしないが正解。なんて言うの?

いつも、なんでもいいから、国家元首視点にたった=マクロ視点にたった論拠を示してくれ。

2つの論点を同時に扱うと、どんな問題も解決困難になるよ。

ここは、現実なので、政治の話題になった場合は、もともと税金政治の話題だし

ありとあらゆる議論を同時にして、最も多くの問題を解決できて、もっとも副作用の少ない方法をとるというのが常道であって

そのためには、いくつかの議論に取っては、よくない解決方法もとらなくてはいけない。(そしてその問題には、補助的案を出すが、主たる案に取っては最悪の選択も許容する。)

1つだけに絞って、それに対する最適解を選択する。というのは、机上の空論で当て現実的な議論ではない。

で、その、ありとあらゆる問題を同時に解決していくから、上に立つというのは大変だ。能力がいるという話になって

政治家が心労で死んだりするんだろ。

社長給料が高いのも、このへんが本来の理由。

「消えるような役立ち方も、集めればそれなりになるはず…」という幻想が、管理する側の現実逃避的を生み、消えるような役立ち方をさせられる側の労力をドブに捨てさせることになる。

わかり易い例で言えば、製薬会社の物の作り方。何万通りも薬を作って、できるのは1つだけ。莫大な消えるような役立ち方の上に成り立つものなんだよね。

から、労力をドブに捨てさせることは必ずしも、マクロ視点では悪ではない。そして政治の話はマクロ視点なのでこれは悪ではない。

国家運営の視点でといってるのは増田も同じなんだから、個人の努力がドブにすてられるなどというミクロ視点は捨てて欲しい

個人の視点というミクロ視点にたってもいいが、そしたら今度は、税金の話など国家元首視点は捨てて欲しい

 

増田がお嫌いな日本敗戦だって、結果として今の日本に繋がっている。戦わなければ、植民地になっていたかわからんわけだ。こればっかりはわからない。

しかし、不幸な結果を含めて、今現在を作ってきたのは過去の人達であり、すくなくともGDP2位というのは誇れる結果の1つではある。

野麦峠なんかもふくめて、不幸な事例はあるので、ミクロ視点で見れば成功かどうかは言えないが

マクロ視点で見れば、すくなくとも現時点では成功なんだよね。日本の政策は。

管理する側の現実逃避的を生み、

これについては、同意するけど。

「消えるような役立ち方も、集めればそれなりになるはず…」という幻想が、管理する側の現実逃避的を生み、

「消えるような役立ち方も、集めればそれなりになるはず…」という幻想 については、さっきも言ったようにマクロ視点では、モラル管理重要だし

実際問題 計画的に消えるような役立ち方 を集めればそれは有効だし

ぶっちゃけFaceBookのように偶然芽が出ることもよくあるしねぇ。

幻想現実逃避的を生む、こともあるだろうが、 成功を生むことも歴史上の事実として存在している。

 

それこそ、増田の大好きな戦略戦術でいえば、 個人がどうなろうとも、全体を生かすのが戦略であって、個人を活かすのが戦術

当然、戦略の中には、無駄に見えることをさせる。というのも含まれているし、実際無駄に終わることもある。しかし、それが戦略的に無駄かどうか?というのは個人視点とは別。

そもそも、戦略というものは、完全な戦略はなく、一定数の無駄は出る物。間違いも起こす物。間違っても次に直せばいいという物だから、一定数の個人の犠牲は発生する。

発生することを吉とするのではなく、それは0にしたいけど、0にはならん。

 

というわけでも、もし増田国家元首目線ならば、そういう戦略の苦しさはよく理解しているはずなんで、労力が無駄になるとか、ならないとか、そういうミクロな事は言い出さないはずだ。

それにいちおう、野麦峠反省から厚生労働相もがんばってる。

現時点で、いいかいかはおいておいても、前に進んでいる部分もある。

犠牲が出ながらも、前に進んでいるならば、すくなくとも失敗とはいいずらいよ。戦略的には。

世の中には、もっとひどい国がいくらでもあるなんて、当たり前の事例言うまでもないだろうし。増田には。

2011-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20110208052623

馬鹿就職するな、仕事はないじゃ社会は回らないし、その馬鹿の為の仕事が減ってきてるのは事実じゃないかな。

ミクロレベルでは言ってる事も正しいけど。。

2011-02-07

名古屋トリプル投票に関するホッテントリが1つもない件

から思ってたけど

はてなでよくあるウヨとかサヨとかは

ミクロ案件ディテールへの趣味フェチズムでしかなく

大きな政局だとか政治自体に興味・知識ある人は数えるほどしかいないよな、実は

2011-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20110131141426

どうやって?

あほか。そんなもんそいつがどういう情報持ってるかによるだろ。

存在定理とかそういう概念を理解した方がいい。

(「定理」とか言うと馬鹿はまたすぐ「証明できないだろ」とか的外れなこと言い出すわけだけど…)

もう一個の方はあほすぎて話にならない。そうやってミクロマクロを都合よく行き来するのも詭弁常套手段

自覚が無いのかもしれないが、だとするとなんというか…絶望するよね。

2011-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20110125165718

「お前が老人になったときに持ちあげられるかどうか」はマクロ若者の動向で決まるんだよ。

なんでいきなり俺個人やその他個々人レベルミクロの話になってるの?

時間かけて必死こいて考えた反論がそれ?

もう今から持ちあげてもらわないと生きていけないレベルじゃね?無理だろうけど。

2010-12-15

http://anond.hatelabo.jp/20101215105156

マスの視点で立てば、問題は世代間の対立ではなくて、ある世代に金が滞留していることだから、「心配するな、いずれその金は他に流れていくよ」って結論でもいいと思う。

けどミクロの視点に立っちゃうとどうしても、年寄りへの社会保障に払われる金が若者世代の給料から引かれすぎて手取りが少なくて困るという現象が起きてる。それで一部の連中が対立を煽って年寄り苛めをしてる。


ちなみに年寄り若者党には投票しないと思うよ。せっかくの自分の金を自分の使いたいように使う権利は逃したくないからね。若者に金をやるにしても、知らない若者に金を配るより自分の子や孫に渡したほうがいいと思うに決まっている。


つまり、自分におじいちゃんおばあちゃん父さん母さんがいる人は、彼らを大事にするべき。いない人はどんどん対立煽ったりして他人のおじいちゃんおばあちゃん父さん母さんの金をどうやって自分に流し込むか考えるべき。それだけでしょう。

2010-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20101211170037

ある程度正しい

君が見落としたのは「僕の心を揺さぶるものが、けして他人の心を、未来の人の心を揺さぶるとは限らない」ということだ。

から、君の心が揺さぶられたことと同じようなものを、より多くの人間に体験させ、選別させ、洗練させる必要がある。

洗練されたそれは浄化され、信頼され、価値が高まり、芸術となる。

ミクロ的には君のそれは間違いなく芸術に触れたそれと一致するが、芸術とは共時的はない、マクロスケールによる通時的なものだ。

共時的に終始するものは芸術はならない。あくまで、世代を越えた選別を経なければならない。

からこそ、長い時を越えて受け継がれてきたものは価値があるんだよ。

2010-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20101204213321

「カネ」っていうのが既に個人というかミクロの発想なんだよね。

「金を稼ぐ」ことに夢を見るなら、政治扇動なんて割に合う行動にはそう簡単にならないでしょ。

そういう層と俺が言ってる「政治指導者」は大分うつもり。新卒内定率が50㌫を切るような時代に

溜まりに溜まってるエネルギーをちゃんと取りまとめして方向付けられる人なんだよなぁ。

そういう民衆を動かすだけの簡単なお仕事、ってエリートの夢にはならないのかねぇ。

http://anond.hatelabo.jp/20101204211933

でも、やっぱそういう層を俺が引きずってやるぜ!

たいなヤツがいないとどーにもならないと思うのね、そりゃ難しいけども。

こっち方面に夢を見る若者が極端に少ないのが問題だと思うんだよ。

自己責任」とか「起業」とか「自助努力」みたいな方向へ若者を煽っても、結局若者総体として得しないと思うのね。

もちろん、ほんの少しの有能な層はその結果得をするんだろうけど。

結局、この手の言説は社会の不満をミクロ・個人の原理に収斂させるだけだと思うんだよね。

だから、今こそその大量にある残りカスを使って「俺が世の中変えてやる」みたいな奴が出てこないとダメなんだろーな、と。

政治指導者」みたい存在に魅力がないのかもしれないね

「将来なりたいものはヒトラー」みたいな人には今こそチャンスだと思うんだけどなぁ。

そろそろ、暴動起こすべきなんだけどね。

日本民主主義国家で、要するに数の原理で動く。

日本人口構成を考えると、ふつうにやったら若者に勝ち目はないわけで。

今年職を得られなかった人達や未だ職を得られなかった人達は、いい加減暴動起こしていいと思うんだよね。

左翼崩れの『活動家』みたいなのじゃなくて、そこそこ金も人望もバックボーンもある指導者が一人必要なんだけれど、

そういう人間普通に職を得て働いているし、社会運動に興味なんてないっていうジレンマ

暴動やデモっていうのは徹底した理論武装の上で行わないと反感しか得られないものだから、実際難しい

有象無象がやってもそこいらにいる胡散臭い勢力に取り込まれて終了ってことになる。

ただ、現在日本には人的リソース(=無職ニート)が有り余っているのできっちり理論武装して指導力を発揮できれば

一介の政治指導者になりあがれる可能性があるなーと思っている。

結局、基本的な主張は「老人から金を引っ剥がせ、若者に金を寄越せ」っていう、デモに乗っかるようなバカな若者

共感を極めて得やすい題材だし、ホント上手くやれば今こそ面白いんだけどなぁ。暴動の基本は馬鹿に火をつけることなんだから。

折角こんだけ扇動しやすいバカが一杯余ってるご時勢なのに、中々そういう指導者って出てこないんだよなぁ。

そろそろ若き指導者が台頭してもいい時代情勢になってきたと思うんだけど。

ネットのおかげで若者の「政治離れ」も大分解消されつつあるし。不満だけはたっぷり溜まってると思うんだけどなぁ。

優秀な若い世代は海外逃げたり、あるいは起業したりっていう「孤立化」戦略たいなものに意識が向いていると思うけど

こういう状態の基本戦略はどっちかといえば「連帯」することだし、もっといいのは人を率いることだと思うんだよなぁ。

そりゃ孤立戦略も悪くないけど、指導力とカリスマで仕掛けてくるヤツが全然いないって問題だよなぁ。

有能な人間ほどミクロの視点と自己責任原理で戦おうとするのはわかるけど、マクロの視点で戦おうとする有能なヤツが少しくらいいたっていいんじゃないかと思うわ。

2010-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20101202224321

そのとおりだよね。

マクロの問題をミクロに帰しても、ミクロの問題をマクロに帰しても

それはつまるところ同じことだし信仰の問題なんだよね。どっちも同じくらい馬鹿

ミクロ世界に生きてる奴は決して状況を見極めることは出来ないしマクロ世界に生きてる奴は

決して自分自身の問題と向き合えない。似たもの同士が嫌いあってるだけだよね。

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