はてなキーワード: 高まるとは
ポータルサイトを作りたいという話を頂いたので、簡単なヒアリングをしてまずザックリとした見積もりを出した。
返事は「高い」。
どのあたりが高いと思うのか聞いてみた。
相場を知らないというか調べてもいないらしい。感覚的に「高い」のだそうだ。
どんな作業があって、どのくらいかかるとして、このくらいの値がしますよ、と説明しても
トータルの金額だけみて「高い」と。
高いといわれるとウチがぼったくってるみたいだけど、単にお客さんの予算が足りないだけだよね。
事前調査もしないところと仕事始めると、後からトラブル増える確率高まるからこちらもやりたくないし
感覚だけで「うちは高い金を払ってるんだぞコラ」みたいに言われても嫌だし。
俺は漫画家(※)だが、アイデアが出なくなったら、むしろ沢山作品を作るね。
で、webをつかってなるべく発表する。
とにかく描く。描く。描く。
ガンガン描く。無心になるまで描く。
描き疲れて、気分転換に夜空の下でのんびり散歩していると、突然、『何かが変わったことに気づく』。
「あれ?俺行けるんじゃね?」と根拠の無い自信の火が灯ったら、
コンビニで2日分の食料と眠眠打破を買い込んで、精根尽き果てるまで描き続ける。
朝のチュンチュンに目を覚まして、ふと気づくと、机の上には、普段の自分が想像もできないクオリティの作品が、『ポン』と置いてあるんだ。
そうしてできた作品には、「え、俺が描いたんじゃなくね??」と不思議に思うものさえ、ある(けど、なぜかそういうもんのほうが売れるんだよね)。
『感度』が高まるんだ。
図書館とかに行って、今まで読んだことのない本に自然に手が伸びている。
先月はこのノリで『レトリックの記号論』を借りてきた。芸術系大学を中退した俺には全然関係ない範囲だが、しかしこれがめちゃくちゃ面白かった。
ある日はまた、津田沼の丸善の漫画コーナーで、ふと気づくと、『メンヘラちゃん』とかを買っていた(この作者の作品がWebで読める。読者を選ぶが、心地よい不穏感が独特の味になってる。俺には大ヒット)。
そういう横道が、作品のデェテェイルになっていく(と、俺は信じている)。
こう感じるのは俺だけかもしれないけど、
成功体験とか、誰かの承認とかで嬉しくなっちゃって、『意識高く』なるのが、破滅への登り階段の入口なんだと思う。
一度そうなると、意識の奥にある、創作エンジン(笑)にアクセス不可能になっていく。
創作って、もっと自分勝手で、制御不能で、根源的なもんだろう。
だから『意識高く』なっちゃったときは、全力でヒキこもって、駄作をたくさん作ることに精を出す。
これは本来、自分自身のためだけの創作だけど、しかし誰にも見られないとなると、(俺は)やる気を失ってしまうので(すいません)、一応公開する。
そんな作品を読んでくれて、肯定的なコメントをくれる人もいるけど、多くは総スルーだ。
クソ作品を読んだ読者の、無駄にされた貴重な時間には、お悔やみを申し上げる。済まない。だが君らは必要な犠牲なのだ。
いや、まぁ、そうなんだけど、
短期的には全てのことがそうだと思うんだけど、
長期的にマスコミの信頼性を上げていけば、もっと放送文化の広告価値は高まると思うのね。
Goole はさ、無料で GoogleMap を作り無料でサービスしたことで、
自らをマーケットとする基盤を作ったわけね。
そして、Ajaxという技術を業務実用レベルに駆使できることを見せつけ、
自分たちのテックドリブンな企業としての企業価値をブランディングすることにも成功した。
そういう芸当がさ、日本にも欲しいの。
あれ?ごめん、本論から外れた。
かわいいを作ってるブスと作らないブスのどちらと付き合うかと考えたら、前者だなあと。
一緒に歩いていて恥ずかしくない相手なら、基本は付き合う射程に入る。もちろん基準は人それぞれだけど、僕はあまり格好を整える労力が好きじゃないので、
そこそこ髪型や服に気を遣うくらいの程度を意識している。常にお洒落をしていないと付き合えない相手はこちらから避けてしまう。
一行目から「かわいいを作ってるブス」とか書かれてイラッとする人もいるだろう。僕は比較的中傷に鈍感な方だが、ほんとうに些細な言葉で傷ついてしまう人もいる。
派手目な女の子とかはけっこう男の子のノリに慣れていて、バカとかキモいとか直截な言葉で軽めのコミュニケーションを取っている。羨ましいなあとか思うけれど、
人をからかったりいじったりするときには、なるべくきれいな言葉のほうが、からかいの内容を周りも受け入れやすく、冗談が円滑に回ったりする。
よく女の子は共感型の話をして、男の子は結論を求める話をするとか言われる。けど、女の子だって勿論色々な考えの人がいる。結論を出して納得する人だっている。
ちょっと敷衍すると、デートしたら男の子は女の子にこういう面で気を遣うべき、とか。そんな杓子定規で態度を決められたら、誰だっていい気持ちはしないだろう。
会話の際には、なるべく態度や考えを固定せずに話を聞くことを意識している。非常に難しい。でも、自分の常識や論理と一切別のもので動いている他人も居るんだと理解できれば、
異性との出会いを増やしたほうが、付き合える可能性は高まる。同性と会って話すのでも、その人の友だちの異性と知り合える。
ほんとうに色んな人と話すと、だんだんと人間の類型が見えてくる。自尊心をくすぐると仲良く慣れるタイプ、キツ目の冗談を言わないと向こうから心を開いてくれないタイプ、
相手にばかり喋らせておけば勝手に仲良くなったと勘違いしてくれるタイプ、友だちの線引が意外と厳しいタイプ。話すことで、自分の考えの多面性や、話の種が増える。
とにかく多くの人と会えば、いい人嫌な人が自ずと見えてくるし、仲良くなるのもだんだんと楽になる。
僕の対象としている異性は年代が近い。つまるところ若いので、色んな可能性を試したい人が多い。学生をしながら社会人と恋愛している人もいる。夜な夜なお店で働いて、そこで知り合った人と
付き合ったりする人もいる。要は、付き合うなんてことは大逸れたことではなくて、至極当然にみんながしていることだ。付き合えない人は、付き合うことを重く感じている。
責任感の強いタイプや、人間関係の固定化を嫌う人が多い。あるいは、単に自分に自信がない。でも、とりあえず告白してみればいい。他人に好かれることを悪く思う人はいない。
排尿の欲求が高まる際によく固くなる事は認識していたが、最近は業務時間中や通勤電車の中でも不意に固くなってしまい、しかも物凄く固くなるものだからスラックスに擦れて、その度に直腸の奥に切ない感触を覚えるようになっていた。
ある時、満員電車で目の前に女性が立ち、私と密着する姿勢になった。それほど珍しい事ではないのだが、この日、私のおちんちんは何故かそれまでにないくらいに固くなってしまった。
おちんちんが固くなっている事がバレてしまったら、恥ずかしい――私はおちんちんのずきずきとした痛みとお尻の奥のキュンっとした切ない感じに耐え、何とか私は降りるべき駅に到着できた。
私の身体はどうしてしまったのか――電車を降りてもおちんちんの怒張は収まらなかった。
何とか会社に行こうと思ったが、歩く度にパンツにおちんちんが擦れてしまってキュンキュンしたお尻の奥の切なさは増すばかりだった。
私の胸はキュンキュンした事はないが、いまお尻の奥がキュンキュンしている…キュアハートは何か大きな間違いをしているのではないか。
その時だった。
お尻の奥のキュンキュンが、シュワァッと身体の上に昇ったかと思うと、ドクンドクンドクンと脈打ち始めたのだ。
「らっ」
思わず私は声をあげ、その場にうずくまった。私の身体はその脈打ちに支配されてしまい、暫し立ち上がる事ができなかった。
道行く人たちが私を怪訝な眼で見ては通り過ぎていくのが見えた。
時間にすれば20秒くらいだろう、しかし永遠とも思えるその短い時間。
気が付くと私は四つん這いになって涎を垂らしていた。道行人たちの冷たい眼。
私は我に返り、立ち上がると会社へと全力で走りだした。
何とか定時に間に合い、一息つくと先ほどの出来事について思案した。
いったい私の身体には何が起きてしまったのか。異常があったのだけは確かだ。
冷静になると、私はパンツの前が冷たい事に気が付いた。これは…濡れている。
慌ててトイレに駆け込むと、フルーツのような私のおちんちんの先端から白いものが出て、パンツ一面を濡らしていた。
尿ではない…やはり私の身体には異変が起きている。
しかし、これを誰かに言うには憚れる…私は濡れたパンツのままコンビニに行き、替えのパンツを購入した。
コンビニの店員が、くすくすと笑っているような気がした。
それ以外には、身体の不調がなかったので会社の業務に就き、その日は定時で退社する事にした。
誰に相談したらいいか解らなかったが、何の気なしに私は実家に連絡を入れていた。
事情を説明すると、母は「事情はわかりました。今日はこちらに帰ってきなさい。夕食を一緒に摂りましょう。遅くなっても構いません」と言った。
幸い週末だったので、二時間半かけてK奈川県の実家に帰省した。
食卓には、既に夕食の準備ができていた。
しかし、和食が多かったわが実家の食卓には見慣れないものが並んでいた。
母は私のそんな様子を見て、「今日の夕食は、ミルク粥とチーズフォンデュです。おめでとう」と言った。
何がめでたいのかは解らなかった。
勃起静める系のハウツー、ライフハック記事が見当たらないので一つ。
恥ずかしながら私なんかは可愛い女性を見るだけで勃起してしまう。
こんなときどうするか。
1.性欲に任せて抜く
2.萎えるまで待つ
この二択である。
前者を選択した場合、スッキリすることは間違いないがあまり現実的ではない。
したがって圧倒的に後者の支持者が多いだろう。
ではどうするか。
独自の調査網によると、小便をする、母親の顔を思い浮かべる、細木数子の顔を思い浮かべるといった方法が上位であった。
ちなみに私が中学の頃からやっている方法は、「尿道に畳の釘を突っ込まれる妄想をする」というものである。
しかし先日いつものように上記の方法を試したところ、むしろペ◯スが熱くなってきたのである。絶対の自信を持っていた理論が崩れた瞬間である。
そんなことはどうでもいいが、調査を進めていくと、どうやら勃起は副交感神経が司っているということがわかった。
簡単に言うと交感神経=緊張、副交感神経=リラックスで、どちらかが高まるとどちらかが低くなる。いわゆる「闘争か逃走か」というヤツだ。
交感神経が高まっている時というのは、集中している時である。
非常にマイナーなゲームで知る人ぞ知る「ウミガメのスープ」というゲームがあるのだが、はてなerの人達なら知っている人も少なくないだろう。
このゲームは水平思考を鍛えるゲームとして一時期ネットのライフハック()クラスタの話題を総ナメにしたけど、今となってはもう過去のゲーム。
未だに出遅れた一部の人間がプレイしているものの、古参はすっかり居なくなってしまったのが実情だ。
ウミガメのスープに着想を得たと思われ、おそらくウミガメのスープの128倍は有名なゲームakinatorも今ではすっかり名前を聞かない。
ウミガメのスープの人気が失われた原因の一つにそもそもキャッチフレーズでもある水平思考を鍛えるという文言に胡散臭さが漂っていたことは否めない。
水平思考は論理的思考(垂直思考)の対義語で、ロジカルシンキングだけではカバーできない思考領域を補完するものとして現れた、ということになっている。
水平思考ではアイデアを大量に広く考えることを求められる。これはロジカルシンキングの前工程にくる「仮説立案」のステップを鍛えているという位置づけである。
なるほどいくら論理思考によって仮説を論理的に検証できても、そもそも独創的な仮説、固定観念に囚われない仮説を考える能力がなければ駄目というのはその通りである。
そういう意味では水平思考が一部で話題を集めたのは良い傾向だったのだが、いかんせん水平思考を鍛えるゲームの質が悪すぎた。
繰り返すがウミガメのスープというゲームなのだが、これはやったことのある人なら分かるだろうが発想力がそれほど鍛えられない。そして時間がとんでもなくかかる。
さらに出てくる問題のパターンが決まっており経験者なら8割以上の問題に既視感を抱くことだろう。問題のパターンが決まっているため解き方もほぼ決まってくる。
こんな具合であるから、「これでは水平思考が鍛えられないわな。流行らないでくれよ。」と私は世間で話題になりかける頃に思ったものだ。まぁ流行りはしなかったが。
それでもゲームとしては面白いから一昨年までは時には徹夜までしながら連日熱心にやり込んでいたものである。
それが昨年になって完全に下火となって、私は相手が居なくなったこともありすっかりやる気を失い全くやらなくなってしまった次第である。
ウミガメのスープが水平思考ゲーとしてはクソゲーなのは分かったが、じゃあどんなゲームなら水平思考が鍛えられるって言うんだい?と思った人は多いだろう。
あいにくゲームではないが、例えばこんな習慣を身に付けたほうがウミガメのスープなんてやるよりもよほどマシである。
人間は意識せずとも心の中に思考が浮かんでくることがある。これを心理学では自動思考と呼ぶが、自動思考は明確に意識されないことが非常に多い。
自動思考は意識せずに発生するわけだが、発生した自動思考を意識することは可能なのであって、意識することで発想力の幅が広がるのである。
例えば、みんなに嫌われている人がいるとして、その人に対してなんとなく「意外といい人だな」とチラッと思っても、理性が「いやそんなはずはない」と打ち消して忘却の彼方に追いやってしまう。
しかし、後にその人と仲良くなってそこで初めて、以前にいい人だという印象をチラッと持ったことがあるのを思い出す。そういった経験があるはずだ。
そういうなんとなく思った自動思考をなるべく捕まえて明確に意識してみよう。さらにここが大事なのだがそれを5秒で言葉にしてみよう。
なぜ5秒かというと時間が経過すると自動思考を忘れてしまいやすいだけでなく、印象が理性によって塗り替えられてしまうからだ。
塗り替えられて改ざんされた自動思考はもはや原型をとどめておらず、常識や先入観にまみれたつまらないものになっているだろう。
だからなるべく速く言語化して元の感覚が色あせても思い出せるフックを作っておくわけだな。
フックとしての役目を果たすためにはなるべく独特な表現を使うのがいい。「意外といい人」では月並みすぎる。
「ライオンのようないい人」はどうだろう?ライオンのように乱暴そうに見えて、実は気がやさしい、という意味である。
イスラム国じゃ女がレイプされたら女の方が罪になるし、レイプした男と結婚しなけりゃならねえって話だぜ
メキシコやロシアでも麻薬が社会問題なんだろ? 認めちまったほうが良質で比較的害の少ない麻薬も出回るはずだぜ
無法地帯じゃ武士に逆らわずとも誰しもに頭吹っ飛ばされちまうって聞いたぜ
認めちまえばいいんだよ、殺人もレイプも麻薬も一定の制限付きで好きにやらせりゃ快楽になる
死刑囚を奴隷にして剣闘士や肉便器にさせりゃ満足度も高まるだろ
どうせぶち殺すんだろ? 食料にでもなんでもした方が効率的だぜ
現状がこんなもんなのに無駄に倫理に拘って、結果性犯罪者とかがおきちまう
レイプを部分的に合法化すりゃ性犯罪は著しく減少するぜ、賭けてもいい
好きにやりゃあいいのさ
元増田です。
本当は純然たる増田をきめこもうと思っていたのですが、少しだけ。
留年経験のある人、似た仕事環境で働いた経験のある人、書かれた内容に共感してくれる人がこんなにいるのが分かって、おもしろかった。
僕は日雇いアルバイトを経験した直後に大学を卒業して就職していたのですが、会社になじめず、3年間で退職して自営業をしていました。
それがいろいろあって、この4月から12年ぶりくらいに組織に所属することが決まりました。
元記事は、4月を目前に高まる不安のもと、ふと、そうだ自分を支えてくれる言葉があったぞと思って書いたものです。
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http://anond.hatelabo.jp/20140330222040
文章に関する仕事です。
割に長くつづいている仕事なので、向いていないわけではないと思います。
でも、向いている仕事がひとつに限られる必然性はないと思います。
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http://anond.hatelabo.jp/20140330133123
http://anond.hatelabo.jp/20140330112007
やっぱりどこも似てるところがあるのかもしれないですね!
たしかに独特な人間関係だと思いますが、本質はとてもシンプルな気がします。
社会との力関係で人間関係も決まるというか、社会との力関係が人間関係に露骨に影響するというか。
もちろん、悪い面もたくさんあると思いますが、分かりやすさが最大の魅力な気がします。
通常の人間関係は、それに比べるとかなり分かりにくい気がします。
良く言えば個人的、悪く言っても個人的というか。
その分かりにくさがどこからきているのかを考えると、個人的事情の複雑な絡みあいで、いとも簡単に想像の範囲を超えてしまいます。
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http://anond.hatelabo.jp/20140329165201
アルバイトとは直接関係しませんが、寿町から歩いて行ける距離の◎びす温泉によく行ってました!
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ありがとうございました。
わたしの妄想の中には「悪婆48」と言う架空のアイドルグループがある.
悪罵48のやり方はとにかく汚い.金の亡者と言ってもいい.限定グッズを求めるファンの心をくすぐり,同じCDを一人何百枚も買わせようとする.ここでわたしの妄想は高まる.
何故それほどまでにアコギな商売を臆面もなくやるのかといえば,その売り上げ純利益が,悪婆48を出演させてくれるテレビ局への莫大なリベートとして使う原資だからなのだ.
もちろん表向きにはやれない.だから担当プロデューサーへの個人的な闇賄賂とか,果ては枕営業も行うだろう.
そうやって悪婆48はテレビへの露出が増え,それを見た視聴者の中から新たなファンが生まれて悪婆48に貢物をするようになっていく.
しかしプロスポーツや芸能などのノベルティグッズ・ビジネスというのは多かれ少なかれ同じようなものかもしれない.
そこで思い出すのは,スティーブン・キングの小説『ニードフル・シングス』だ.
生きるためには全く必要のない物,ただ人々それぞれが愛する芸能人やらスポーツ選手やら文芸・芸術やらのグッズを扱う店.
だがその店の店主は実は悪魔の化身で,その店からものを買う人は知らぬ間に悪魔の企みに加担して街を滅亡させていく.
そういう小説を読んだ経験があるから悪婆48などという架空のアイドルグループを妄想してしまうのかもしれない.
※この増田はあくまで妄想であり,実在の企業,アイドルグループ,テレビ局,エコシステムとは何の関連もありません.
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そういえば去年の元日に秋元康さんがNHKに出てきた時はほんとにうまいこと言う,面白いことを言う,革命を起こすカリスマだなあこの人と思ったが.しかしその後の「あまちゃん」で,古田新太と当のNHKが彼の存在をコミカライズした時はやられたーと思った.
「この問題で騒ぐ人たちは、日本(人)に対して猿パフォーマンスをした韓国人選手について、同じように問題視しただろうか?」
「それ自体が我々に対する攻撃だけど、韓国(人)による日本に対する不快感の表現に寛容な人たちが多いのはなぜだろう?」
「どういうやり方なら、我々に対して過剰に攻撃的な韓国(人)に対する不快感を表現することを許してくれるのだろう?」
「どんなやり方であっても、我々に対する侮辱に不快感を示してはいけないということなのだろうか?」
「だったら、この高まるばかりのストレスはどうやって処理すればいいのだろう?」
「サヨクの人は教えてくれないか?」
って思ってるだろうね、ネトウヨは。
わかりやすい。
サヨクの人たちにネトウヨを納得させるだけのアイデアや柔軟性があるとも思えない。
こうして、どんどんギスギスが高まっていくんだな。
どうなることやら(笑)
一部大手や中小零細のようにこのような体系がまばらで、俗に体育会系企業はこれに当たる。
例外を除いて、大手企業ほど、新卒一括採用に熱心で中途採用をあまり好まない傾向がある。
例えば労働体制が万全で就業規則のある会社の場合既にキャリアアッププログラム、入社後の育成ノウハウが確り出来ているため、中途で採らないで一から育てられるだけの環境を備えている部分による所が大きい。
逆に大手でも中途採用がメインの会社は、その辺りがばっさり抜け落ちてて、また離職率の高い会社でよく“風通しの良い会社”は、新卒採用をしながら、
キャリアの高い中途社員を見込んで採用する。然るに、そういった会社ほど派遣や契約といった非正規雇用が多いのだが。
他方、大手でありながら、労働体系が無視されかつ新入社員研修があまり充実していない会社、例えばワタミやゼンショー、ユニクロのように新卒一括採用をあまり行わない会社も少なからずある。
そういった会社は主に飲食・小売・サービス業に限っての話だが、労働力に流動化が認められる現業ほど、このパターンが採用されやすい。
タウンワークとかイーアイデムとかでも正社員募集を謳っているのは、何も労働力が新卒でなければならない訳ではないためだ。
その結果、社員能力が乏しい人間が集まり易く、就職採用難易度が低水準のこういった会社に多く入社してしまって痛い目を見るのである。
尤も、吉野家のように社員教育を入社後みっちり仕込む会社もあり、その限りでない。
問題は、大手の新卒一括採用の弊害で、大卒者および大学生ないし新卒の就活者が、これから取り毀れるともはや真っ当な人生を送る事が出来ないと考えられている部分である。
アベノミクスにおける三本の矢やわかものハローワーク、しごとフィールド(前ジョブカフェ)等の中途支援事業など政府や自治体が様々な雇用支援策を打ち出してはいるが、現在これらの問題が全く無視されている事や、新卒一括採用の弊害で一度でも新卒というレールから落ちてしまうと非正規でしか生き残れなくなるという一番の問題が放置されているのが現状である。
非正規雇用から正規雇用へキャリアアップするのも、中小零細はおろか大手ですら人件費の問題やデフレやスタグフレによる経営上の赤字体質の関係で頭打ちとなっている。
私が非正規で勤めていた大手企業(の連結子会社)ではいわゆる“社員登用実績あり”の会社ではあったが、それも今の執行取締役役員が30年程前アルバイターだった時に正社員となったというだけの会社で、それでも一応“社員登用実績あり”という売り文句で非正規の中途採用をたびたび行っているのである。
そういった企業は、主にすべての業種で言えることであるし、また新卒一括採用に熱心でない会社であればあるほどこの傾向が強い。
むしろ、労働体系が全く無視されたワタミなど一部の大手企業や中小零細、新興ベンチャー企業など、殆どの場合すぐにアルバイトから正社員にキャリアアップが出来る会社は、
意外だが新卒一括採用の馬鹿らしさにいち早く気付いた優良企業なのかもしれない。
殆どの脱新卒者は正社員に固執する余り、非正規という甘い罠に掛かり易いためである。
国や自治体が企業にとって嬉しい雇用流動化を率先して行ってくれるため、新卒を採用しなければならない病気ともおさらば出来るからである。