2014-03-29

大学5年生だったころに経験した日雇いアルバイト

留年した年、親から仕送りストップしたため、1年間日雇いアルバイトをした。

残す単位は2つだけだったので、学校に行く必要ほとんどなかった。

夕方6時から翌朝8時まで、自宅付近にあった運送会社の集配所で、荷物ダンボール)の仕分けをする仕事だった。

アルバイトに集まるのは合計7人くらい。顔ぶれは毎日ほとんど同じ。

学生や見知らぬおじさんが来ることもあったが、二日以上勤務する人は本当にまれだった。

たまに続けて出勤する人もいたが、数週間くらいで来なくなってしまい、またもとのメンツに戻る。

学生は一人もいなかった。

勤務時間が長いし、ずっとダンボールを移動しつづけるのは本当に辛いし、常連メンバー雰囲気も独特だった。

働く場所は、鉄骨で組まれた大きな倉庫だった。

夕方倉庫に到着すると、倉庫の片側半分くらいがうず高く積まれダンボールで埋まっている。もう片側には運送トラック用の搬入・搬出口が8カ所ほどある。

僕たちアルバイト仕事は、ダンボールに貼り付けられた伝票を見て配送先を確認し、それに応じたトラックの搬出入口までダンボールを運ぶことだった。

この作業夕方から翌朝までひたすら続く。休憩時間は1時間

しかアルバイト求人票には「倉庫内軽作業」とあった気がする。

日給は1万円だった。

作業といっても、これはフォークリフトなどの重機を使わない作業ということで、人力でやる分には重くて仕方がない。

とくに古着が詰め込まれダンボールそれから木枠に収められた小型エンジンは、手首が抜けるほど重かった。

社員は、監督役が一人いるだけだった。

朝方になると、その他の社員が出勤してきて、小さなフォークリフトを器用に運転し、人間の手では運べないような荷物を整理する。

そうこうするうちに運送トラックがやってきて、ドライバーたちが僕たちの仕分け荷物トラックの中に積み込み、各地域に向かって発車していく。

そのあたりで時計が8時を回り、アルバイトが終わる。

アルバイトが終わったら近くの吉野屋に入り、牛丼を二杯食べ、その足で銭湯に寄って、自宅に帰るなり泥のように眠るという日々を送った。

銭湯風呂桶にとったお湯を身体にかけると、真っ黒になった水が排水孔に流れていった。

最初はびっくりしたが、どうやらフォークリフトのはき出した粉塵が、全身の体毛に張り付いているようだった。

鼻の穴に指をつっこむと、指先が真っ黒になるので分かった。

常連アルバイトメンバーは、自分を除いて全員住む家がないようだった。

といってもこれは仲良く話してくれた人からいたことで、直接本人に確認したわけではない。

日給が1万円あればアパートを借りれると思うのだが、そういうことを聞ける雰囲気ではなかった。

どこで寝泊まりしているのか聞いてみると、大抵はクルマの中らしかった。

休憩時間には、みんな競馬の話をするか、花札をしていた。

グチらしいものをこぼしているのは聞いたことがなかった。

自分過去を話す人もほとんどいなかった。

自分のことを話す人は、みんなすぐやめてしまった。

そういう人が話すのは「自分は昔はこうではなかった」だとか「自分は昔上場企業に勤めていた」など、言い訳じみたことばかりだった。

たまに来る学生は「キツイ」「ツライ」と思ったことをそのまま口にして、そのまま来なくなった。

常連メンバー自分のことを話そうとしないのは、美意識というよりは、言っても仕方がないという感情があったからだと思う。

そこに踏みとどまるために、そうせざるを得なかったのだと思う。

それが奇妙に居心地がよかった。

人に対する優しさでは決してないのだが、そう錯覚してしまうようなところがあった。

自分大学生だったが、身分を明かすことはしなかった。

半年ほど経ってようやく打ちとけたおじさんとだけたまに会話した。

このおじさん、九州出身でもともと会社経営していたらしい。

それが経営手詰まりになり、奥さん子供と別れて、今は独り身とのことだった。

一時期は羽振りがよかったらしいが「今はこんなや」と言って笑ってみせる。

このあたりが他のメンバーとは明らかに違っていて、それが自分に話しかけてくれた理由なのだろう。

この元社長から「化粧の濃い女の人は、お願いすればやらせてくれる」と教えてもらった。

「本気でお願いすればいける。一度ではだめ。そこであきらめず、タイミングを見計らってお願いしつづけろ。そしたら三回目くらいでやらせてくれる」らしい。

実践する度胸はなかったが、勉強にはなった気がする。

最後アルバイトの日、その人にだけ今日最後だと伝えた。

そうしたら「ここが社会底辺だ。ここでの仕事を続けることができたのだから、どこに行ってもがんばれるはずだ」と太鼓判を押してもらった。

いい思い出になった。

でも、この時の経験以上につらいことがなかったかと言えばそうでもない気がする。会社勤めのほうが辛いことが多い気がする。

今でも自分がなぜそのアルバイトを続けることができたのか、はっきりと説明できない。

なんとも言えない居心地のよさがあったのはたしかだが、それだけが理由かと言われるとそうでもない気がする。

そういう仕事をする素養があるのかもしれないがよく分からない。

から15年くらい前の話。あの頃のことを今でもたまに思い出す。

別にたいした内容の話ではないけど、あまり人には言わないようにしてきた。

今回はじめて書いてみた。

あの人たちは今どうしているのだろう。

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