はてなキーワード: リアリズムとは
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
やれSFだとかそれファンタジーだとかいけ魔法少女モノだとかまたゼロ年代だとかいう文脈で語られるまどか☆マギカ。
だけど私は思う、まどか☆マギカは徹底的なリアリズムだ、第三話以前と最終回を除いて。
もっとも、その除かれた物も、現実の只中にある視聴者が希求してやまないものだった。
一部の人間は日常の延長としての水着回を、あるいは美化された青春に永く留まっていたかった。
現実を突きつけられた視聴者は少女たちの救済を願って止まなかったし、事実それは達成された(視聴者の意図とはずれようとも)
少女たちは友人の死、避けられない宿命、隠されてきた歴史、対価と代償、資源枯渇の様々な現実を見せつけられ、翻弄された。
そしてそれは「よりよい終末」という政治的な解決(そしてそれは因果律を書き換えるほどの困難)によって救われる。
さて、なぜこれがリアリズムなのか。
数年前、蟹工船がブームになったのは、まだ記憶に新しいだろうか。
内容や当時の潮流などはさておいて、平成の世にまたブームが巻き起こるのは当然理由がある。
もちろんそれは今でも色褪せぬ現実がそこに描かれていたからにほかならない。まさに共感による再燃である。
つまり、文学的、思想的な背景は無視され、そこに描かれた現実のみが人を動かしたのである。
むろん、そこからの解釈は薄いと言わざるを得ない。表層的な一致が、ブームにつながったのだから。
しかしながら、それは今となっては関係がない。理解の程度はブームとは無縁なのは、バナナダイエットが示したとおりである。
さて、リバイバルヒットというのは、ときに悲しい事実さえも教えてくれる。現実は変わっていないということだ。
悪く言えば、成長していないということでもある。
いつか働かなくても生きていける社会が来ると、望んでは嘆き、を繰り返す。
そしてまた時が経って再評価されるのである。
いつか、まどか☆マギカが忘れられたときに再評価されるだろうか?
それはわからない。
報われない彼女らと、報われない私を重ねて。
はてサじゃなくてもいいや。保守派でも、中道でも、ノンポリでもいい。だれか相談にのってください。
この間、チャットを通して知り合った異性と、はじめてリアルで顔合わせしました。言っておくけど、最初から恋愛やセックスをお目当てに会ったわけじゃないですよ。まずは友達として仲良くなるのが前提でした。
ただ、私が隠しもってるハレンチな本音をあかすと、友達じゃなくてイチャつける恋人がほしいし、せめてセックスのお相手だけでもしてもらいたいと思ってます。まあ、それはこっちが望んでも強要できることじゃないから、今後の進展と、相手の気持ちにゆだねてますけど、それゆえ当面は友人ってことでいいから、関係を続けていきたいと考えているんです。
以上が前置き。
しかし、私にはもう自信がなくなったんです。今ではメールがちょっと滞りそうになってます。
こちらが非コミュだの非モテだのっていうのは問題ではありません。その人のことを、政治的にまったく受けつけないのです。
趣味が軍事マニアっていうか、いわゆる軍オタだったりするのは、本人がどんどん楽しく好き勝手にやればいいことだし、私もそれだけで嫌うっていうのはないでしょう。ただひとつ困ったことに、平然として言ってる主張が、まさしくネトウヨっぽいのです。
愛国心がどうだとか、自虐史観がどうだとか、核武装するべきだとか、ウヨク界隈では人気のある(?)某氏を崇拝していたりとか、今のところまだ一回会っただけなのに、ご高説を聞かされてお腹いっぱいになりました。
その人の話を聞いていて、いくらか苦痛はあったし、歯がゆくなったんです。おかしいことを言っていると分かっても、私は政治に詳しくないから、つっこんで反論したりはせず、「あー、そうなんだねー。なるほどねー」みたいに答えて、ひたすらうなずいてお茶を濁してました。
幸か不幸か、差別発言まではしていなかったから、不快感が頂点に達することはなかったです。(←中国に対してはすごい不信を向けていて、現実性があるかどうか疑わしい脅威論をナチュラルに織りまぜて話していたのは、さすがに聞いていてキツかったですけど…)
これだけ書くと最悪な人に見えますが、政治の話ばっかりしていたわけじゃありませんし、ほかの部分では気が合わないわけじゃなく、根っこは情にあついし、悪い人じゃないと思います。そしてみっともないことですが、文頭に書いたとおり、「私がさびしいから関係を切りたくない」っていう打算もあるんです。
私はとりあえず、相手のことを生暖かく見守れる、おとなの余裕がほしいです。換言すれば、プライドをどぶに捨ててしまいたい!
【追記】
タイトルに「はてサ」って書いたのは、まず一番最初、そのことが頭をよぎったからです。
私はぜんぜん勉強してないから、ネトウヨが言っているようなことに、反論・対処をする方法が分かりません。
おかしい、ヘンだっていうのには気づけたとしても、自分の低レベルな知能では、はてサの人がやっているような主張は組み立てられないです。リアルで臨機応変に話すとなれば、それは尚更です。
「はてサの人だったら、この場でうまく説諭する術があるのかな? うらやましいぃぃぃぃ!!」←単純にそう考えました。
あと、私みたいなヤツだって、インターネット上で書き込むんだったら、「愛国心とかキモい」「差別はやめるべきだ」ってぐらいのことは言いますよ。しかし、現実ではちゃんと語れるだけの知識がないってことに加え、生身の相手がいるから怖じ気づいてしまうことが多くて、結局は黙っていることしかできないんです。
「こういう問題にぶつかったとき、はてサの人はどうやって折り合いをつけるかな?」と思いました。なぜかっていうと、彼らは特に、ネトウヨ的なものに苛立っているはずだろうから。
愛想笑いを浮かべながら、ふとそんなことを考えました。それでそのままタイトルに採用したのです。
ほんと重度のコミュ障なので、誰からも相手にされないし、このチャンスを逃すと、これから先いつまでか続くか分からないぐらい、一人ぼっちでいるしかないんです。コメントでは「あきらめろ」「もっといい人を探せ」って言われてますが、たやすくそんな決断ができるなら、とっくにそうしてます。
【さらに追記】
誤解があるようなので言っておくと、私の性別は男で、相手のほうが女です。
彼女は、おそらく、にわか作りのネット右翼ってわけじゃありません。リアルでも自衛隊と関わったりしているらしく、べつに自衛隊員とかではないんだけれども、真剣にのめりこんでいる印象を受けました。
しかし、それほど躍起になって行動しているわりに、軍オタとしてぬるすぎるっていう感想です。政治の話題に深入りしていないので、今のところは断言しにくいんですが、言っていることからネトウヨ臭がぷんぷんして、軍オタの好きそうな《リアリズム》ってやつが皆無でした。それならまだ救いようがあったのに…。
いや、とにもかくにも付き合いが浅いし、私も頭がいいわけじゃないから、何も言えないけどさー。彼女がおかしいことには気づいたんですよ…。チャットやメールではそんな素振りもなかったのに、なぜリアルでこういう話を始めたのかは謎なんですが。「こいつなら無知で騙しやすそう」って侮られたせいかしら? うーん、誰か教えてください。\(^o^)/
くりかえしになりますが、私はその人の全部をバカにして軽蔑しているのではなく、ちゃんと会話を続けていきたいって好意も残ってます。結構親切にしてくれてるし、良いところもあるのです。
また、自分にはハレンチな下心もあるので、もし彼女をことごとく軽蔑しきったとしても、それですぐ関係を切るのはもったいないと思うのです。←あっ、こういうのって低劣な考えだし、もちろん罪悪感はあります。ごめんなさい(恥)
それ(文脈ではポルノグラフ)を論ずる論者の思想的立場によって、ポルノグラフィーの定義たるや、まことに千差万別であり、たとえばアメリカの心理学者クロンハウゼンのごときは、情状酌量の余地のない猥雑としてのポルノグラフィ―と、人間の本性である性的な側面を示す文学としてのエロティック・リアリズムとを、二つに区分しているようだが、私には、こういう二分法はすべて、芸術論としても道徳論としても中途半端であるとともに、何ともわずらわしいような気がしてならない。
むしろ私には、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの画像』の序言に見られる、作者の歯切れのよい言葉のほうが、はるかに事態を正確に言い当てているように思われる。すなわち、
「道徳的な書物とか、反道徳的な書物とかそういうものは存在しない。書物はよく書けているか、それともよく書けていないかそのどちらかである。ただそれだけのことだ。」
ポルノグラフィーもまた、私たちには、よく書けているか、それともよく書けていないか、そのどちらかでしかあり得ないように思われる。よく書けたポルノグラフィーは、場合によっては芸術作品と等価なものになるだろうし、等価なものにならないまでも、少なくとも私たちを何らかの人性上の発見にみちびいてくれるものにはなるだろう。ただそれだけのことである。
しかしながらひるがえって考えてみると、オスカーワイルドの言葉は明らかに両刃の剣であろう。おそらく検察官ならば、このワイルドの言葉を次のように言い変えるであろう。すなわち、
「よく書けている書物とか、よく書けていない書物とかそういうものは存在しない。書物は道徳的か、それとも反道徳的かそのどちらかである。ただそれだけのことだ。」
偶然手に取り発見したが、他の人にも知ってほしく、感じてほしく、ここに記した。
言いたいことは、たくさんある。
しかし私は、彼らまで届く声がない。
ただ、考えてくれる人が一人でも増えるように、私は私なりに行動する。
当然だが、妹にチンポは生えていない。
では何故僕はそんなことを言うのか?
今日はそのあたりについて考察していこうと思う。(自分のことなのに!)
今僕は『妹のチンポをしゃぶりたいよおおおおお』という言葉を発しました。
この時前頭葉では、非常に高度な処理が行われています。
まず、言葉の組み立て。『妹の』『チンポを』『しゃぶりたい』という言葉を
文法的には矛盾なく組み立てています。これはとても高度な機能です。
人間でないとできません。
ところが、文法的には矛盾が無くても、生物学的、リアリズム的には、
上記の言葉には大変な矛盾があります。
女性にはチンポは生えていません。チンポが生えるのは男性のみです。
ではなぜ僕は『妹のチンポをしゃぶりたいよおおおおお』と言ったのか。
ここには、脳のさらに高度な機能『対比』と『抽象』が使われているのです。
男性と女性という対比する存在を比べたときに、その相違点を抽象化し、
まるで本当に実在するかのように言語化してしまう…これこそ、
脳の非常に高度な力なのです。
同様に『弟のマンコ舐めたいよおおおおお』という文章を生成することができます。
いわば『妹のチンポをしゃぶりたいよおおおおお』は脳の高度な遊戯なのです。
だからもし街中で『妹のチンポをしゃぶりたいよおおおおお』という人間がいたとしても、
その人は脳の高度な遊戯をしているので、
一般人と同様に扱う必要があります。
では、最後にもう一度、復唱しましょう。
行きますよ、せーの、
『妹のチンカスを食べたいよおおおおお』
http://anond.hatelabo.jp/20100807223223を書いた増田です。
書いてた時は、2、3人から「意味がわからない」といわれてオシマイだろうな、と思っていましたが、「ムチャクチャ」「浅い」「リア充死ね」などと、意外と反響があって、驚いています。
とっちらかっているのは、忙しくて時間が無くて上手くまとめられなかったから、ではなくて、夜になっても室温が30度以下にならなくて「もう嫌になった。テキトーに結論書いて終わらせよう」と思ったから、でもなくて、私の頭が悪いからです。いま読み返してみると、私が書いたものは、文章というより、メモを何も考えずに繋げたようなもの、ですね。というか、そんなに真に受けられても困る。釣った記憶も無いし。でも、それなのに、はてブを読んでいたら、私がなにを疑問としているかが、わかっている人がいるようで、凄いですね。エスパー?
補足はしません。議論もしません。保障もしません。そんなたいそうな物ではありません。以下、たらたらっと書いて、出直してきます。
・ドラえもんも鉄腕アトムも、会話で人間と意思の疎通ができるでしょ? そういうロボットは、殺りにくいんですよ。To Heartに出てきた、マルチもそう。もっとも、To Heartの主人公は、マルチを殺りはしなかったけど、犯りはしましたが(下品で失礼)。
・他者を殺してまで成し遂げたい事とは何か。他者を殺して何かを成し遂げる事とは、どういうことなのか。作り手のそれと、観客のそれの、ずれとは何か。私たちの社会では、人を殺してはいけないとことになっているけれど、ある条件をクリアすると、何故「可」になるのか。そういえば、「ヱヴァ破」でゲンドウも、そんな事をいっていたような、いないような。
・この名を出すと「古い!」といわれそうですが、M・マクルーハンと共同研究をしているE・カーペンターが、こういっています。
<<私たちがテレビを見るのではない。テレビが私たちを見るのである。テレビが私たちを案内するのである。新聞と雑誌はもはや「情報」を伝えないで、ものごとを見る方法を教えてくれる。雑誌、新聞はリアリズムをあまりにも容易なものとして放棄してしまった。雑誌、新聞はリアリズムの代わりになっている。ライフ誌全部が広告である。その記事は感情とアイディアを包装し売りこむ。広告主が金を払った広告が商品を売り込むように。
気が付けば、テレビが一家に一台から、ひとり一台でもおかしくない、そんな時代になりました。携帯電話でも、ネットにつながるように、なりました。私たちは、もう学校や親から、何かを学ぶという事が、できなくなりつつあります。親も、どうしても子供に伝えなければならない事が、減っています。どうしても子供に伝えなければならない物は、メディアが教えてくれます。ネットで検索して、検索結果を教えるだけ、という親が、これからますます増えていくでしょう。
アニメの場合、純粋な神話や民話でなくて、広告代理店やスポンサーも関係する、人造神話というようなもの、なのかもしれませんが、それが我々に何を教えるのか、教えてきたのか。どこへ導くのか。楽しくもあり、恐ろしくもあります。
・ロボットアニメというものは、スポンサーの都合とはいえ、かなり強引な作りをしています。(この例えを出したら、また色々いわれそうですが)「巨大人型ロボットが兵器」とか、ちょっと考えたら、いや考えなくても、おかしい、ありえない。おまけに主人公が10代で、ろくに訓練もしないうちから操縦できる。でも、そういうものの根っこにあるのは、作り手と観客の願望だと思のです。「こんな事があったらいいな」「あんな人がいたらいいのに」そういう事にリアリティをもたせようと、喜んでもらおうと、今まで延々やってきて、増築と改造を重ねて、なんだか訳がわからなくなって、ついには現在下火になりました。
これは過激になって駄目になった文学に対する激励文。
過激さは別に問題じゃないんだ。
過激だから文学ってわけじゃないんだ。
勿論過激さはありだよ。だけどそれだけを抜き出してどうこうできるわけじゃない。
致命的なのは過激な人たちは人を楽しませようって感覚がないんだ。
いや、とびきり退屈な人だっておなじなんだけどさ。
だけどあれは意外なものでもなんでもないんだ。
それは必要だからだ。もはや手段となってしまったんだ。
あらゆる意味での暴力のないストーリーなんて作れないんじゃない?
とても過激なものにするか、とても洗練されたものにするか。
ああ、だけど言葉の定義ってのはあんまりにつかみどころがないね。
どこまでが暴力?脅しが?セックスが?それとも単純な殴る蹴るだけ?
新しいものって何?今更反小説って言っても、ねえ。
糞みたいに退屈で、作者も楽しめないって状況に陥ってることを書いているし。
自由にやらせちゃだめなんだ、きっと。
どこかの誰かの制限が面白くさせるって面は確実にあるんだろうな。
読者の存在を念頭に置かなければ多分面白い物語は書けないんじゃないかな?
前衛は消えた。誰もが素朴なリアリズムを純文学だと思っている。
多分そのうち純文学は歌舞伎みたいなものになるんだよ。いや、もうなっているのかも。
文字を使った何かはきっと残るんだろうけどね。
誰も否定できないものをやってなにが楽しいんだろう?
誰も理解できないものを書いてだれが楽しむんだろう?
俺はスリップストリームがそうだと考えているんだけど。
だけどそれだってポール・オースターとカート・ヴォネガットがずっと前にやっている。
佐藤友哉の後を追っても仕方がない気がするよ。
それ自体が何か暗示してるのかな?
この時代の何を描いているのかな?
行き詰るのはまあ、いつものことで。
それでも少しずつ潜っていられるのは素晴らしいことで。
何か書かずにいられなくなってその文章が小説についてってのは、
ちょっとした皮肉だけど。
それは仕方ないこと。
焦ったってどうにもならないし。
そういうことはわかってるんだけどね。
このラノベは今から約10年前に始まった全10巻のシリーズです。魔術士オーフェンシリーズで大ヒットを飛ばしていた秋田禎信氏の新シリーズで、奇数巻と偶数巻で主人公が違うという特徴を持っていました。今回話題にしたいのは奇数巻シリーズのfrom the aspect of MIZUです。
このミズー編、あるシーンが非常に強烈でした。ラノベ脳に染まっていた自分に、もっこりハンマーを実際に食らったような衝撃を与えてくれました。どこがそんなに強烈だったのかちょっと他の人にも知ってほしい。というわけで、その衝撃について解説しつつ語ってみようと思います。
まず主人公は辺境最強の女暗殺者、ミズー・ビアンカ。当然のように美人です。クールビューティーです。裏の情報屋のアジトに向かうときなんか、冷静に見張りに話しかけ冷静に見張りのあごを砕いてアジトに入り込みます。クールです。強いです。そして情報屋ともクールなやり取りで自分の要望を飲ませます。頭も切れるいい女です。そして彼女はある敵に遭遇します。相手は通り魔的な殺人鬼。名前ありません。モブです。つまるところやられ役の雑魚といったところなんですが、ミズーさん、彼と戦って勝ちはしたものの左足を負傷し出血多量で昏倒してしまいます。しかし、最強という言葉があまりにも意味をなさない魔術士オーフェンという作品を世に送り出した秋田氏の作品です。このくらいでがっかりしてはいけません。それに、本番はこれからです。
足を怪我して自由に身動きを取れなくなってしまったミズーを助けたのは、アイネストと名乗る青年でした。金髪長身痩躯の優男です。彼は学者らしく、ミズーに興味を持って彼女を観察していた、と言います。クールビューティーミズーさんは超冷たい態度で彼を追い払おうとしますが、なんだかなりゆきでアイネストと道中を共にするはめになります。なんていうか、王道です。ボーイミーツガールです。いや、ガールミーツボーイか。とにかく、クールビューティーで強いお姉様とちょっと間抜けでやわな優男のでこぼこコンビの出来上がりです。王道だ、そう思っていました。
さて、当面の間はミズーはアイネストに冷たいままです。当時この言葉があったかどうか定かではありませんが、いわゆるツンデレです。いったいいつミズーはアイネストにデレるのかな?それを楽しみに巻を読み進めていきました。
続く3巻では間抜けに見せかけておきながらガチでミズーのことを観察していたアイネストに、ミズーは心の弱いところを突かれます。ここもニヤニヤしながら読んでいました。あー、アイネストはなんだかんだいってミズーのことよーっく判ってるんだなー。ミズーからしてみたら今のアイネストは怖いだろうけど、でもそのうち頼るべき人になるんだろーなぁ。いつその時が来るのか、楽しみだなー。なんて思っていました。
…、思っていました。話が進むごとにアイネストは道化の仮面を脱ぎ捨ててだんだん冷酷になっていきます。ミズーを好きに操るために何重もの罠を用意してミズーを脅したりすかしたりします。ミズーもそれに応じてアイネストへの憎しみを募らせていきます。それでも思っていました。クールな素顔のアイネストもいいなー。相変わらずミズーには嫌われっぱなしだけど、なんだかんだいってアイネストにとってミズーは重要な人みたいだしなー。こういう仲の悪い会話をしておきながらも話が進めばいい感じになるんだろうな、ああ、王道。なんて。思っていたんですが、衝撃の瞬間は唐突に訪れました。
7巻、237ページ。アイネストとミズーの会話シーンで、ビンタが飛びました。ミズーからアイネストに対して?いえ、アイネストからミズーに対して。頭に大きな?マークが浮かんでいるところに畳み掛けるようなアイネストの台詞が。
「まず言っておこう。君と一緒にいるのは、ぼくにとっても甚だ不愉快だ」
もう、このときの衝撃と言ったら筆舌に尽くしがたいです。あれ?この二人って修復しがたいほどに仲が悪いの?アイネストはなんだかんだいってミズーのことが好きで、いつかミズーもアイネストに転ぶんじゃないの?でも、一瞬後に気づきました。ああ、自分はなんて馬鹿だったんだ、と。真面目に考えて、自分のことを利用しようと罠にはめる男に対して恋愛感情なんて芽生えません。真面目に考えて、はなっから自分のことを嫌っていてことあるごとに襟首締め上げてくるような女に対して恋愛感情なんて芽生えません。何夢見てたんだ、自分。
いや、そこを夢見させてくれるのがラノベなんじゃないか!ごもっともです。でも、この作品はなんていうか、そういう夢&冒険&恋のエンターテイメントをラノベとするならば絶対にラノベとは呼べません。世界観はファンタジーなんだけど、人物まではファンタジーじゃないというかなんというか、徹底的にリアリズムを追求しているというか。話の途中でミズーさん全治3か月の重傷を負って素直に3ヶ月間病院に入院してますし。入り口は最強の女暗殺者と最強の精霊を瞳に宿した少女を主人公として2本立てしてとても厨2病っぽい設定だったりするんですけど、中身はまるで違っていてそれがすごいです。
さて、そんなびっくりアタックが待っているエンジェル・ハウリングですが、じゃあつまらないのか?と聞かれると、そんなことはない!と声を大にして言いたいです。この物語で語られている、信じるものと愛についての誠実な考察はとても面白いです。
12月に発売される秋田禎信BOXにはオーフェンシリーズの後日談とともにこのエンジェル・ハウリングの後日談も収録されています。エンジェル・ハウリング?知らねー、オーフェンだけ売ってくれりゃいいのに、などとぼやいているそこの貴方!多分この世で1番ラノベらしくないラノベを読了する時間は十分にあります!ぜひ一度このシリーズに挑戦してみてください。
1 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 20:54:05 ID:U0Th0+3K0
はてな村のウヨとサヨをヲチするスレです。
前スレ
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/net/1245008652/
消滅
はてなハイク12
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/net/1245517827/
▼乙女@はてなダイアリー8
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/net/1241190620/
2 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 23:06:01 ID:+b5bLUaK0
hage
3 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 23:12:54 ID:ESoQ+mpo0
前スレの自演君はわかりやすかったなあ。F1977が出てきた瞬間に嫌韓書き込みが大量発生。
どうしてもここを在特会と同一視させたくて、F1977をダシにしようと狙ってたんだろうな。
わかりやすいというかなんというか。相変わらず連中は他人をなめすぎだね。
相手は自分より馬鹿だと思っているから、その枠内でしか自演もできないんだろうね。
いしけり先生ネタで盛り上がってるときに稚拙きわまりない醜態で実に面白かった。
4 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 23:18:57 ID:Vjrov0xJ0
頭のいい自演とかも紛れ込んでるのかもな。
5 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 23:23:10 ID:U0Th0+3K0
>>3
誰のことを言ってるんだ?
6 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 23:26:27 ID:+b5bLUaK0
自由帳で数学とか物理とか | 「反日上等!」と外国人差別反対デモで掲げるのがなぜいけなかったのか
ttp://b.hatena.ne.jp/entry/http://hisamatomoki.blog112.fc2.com/blog-entry-499.html
y_arim コメント欄のやり取りで、別の観点からの問題点が見えてきた。あとで書くかなあ。ヒント:ネットでごく一部分だけが焦点となり、
サイバーカスケードが発生。荻上のチキくんid:seijotcpの出番だな。
東浩紀はこういう問題について
何か考えてるのかなあ
7 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/02(木) 23:29:00 ID:IBWTFFgR0
つーかさ、地下猫の新しいエントリ、あの論法じゃあ地下猫自身が
furukatsuに批判の自由を認めてないも同然じゃないの。
A)furukatsu「tikani_nemuru_Mの議論は、公共圏の名の下に気に食わないやつを
フクロ&村八分にしてやろうという魂胆しか見えない。」
B)地下猫:「furukatsuは議論でフルボッコにする自由を認めていないらしい。
表現の自由を主張するくせに「この程度」か」
Aに対してBの主張が成り立つのなら、BもまたAに対して「批判の自由を
認めていない」と見なしてもいいだろう。そこにはほぼ同じ理路がある。
で、仮に地下猫がBの言説が総体としてAの批判の自由を認めていないわけではない、
と主張するのならそれはBの言説内においてAを「批判の自由を認めていない」と見なす
理路自体が成り立たないということになる。ただのアホですな。
あるいは仮に地下猫が自分はfurukatsuに批判の自由を認めないのだ、と主張するのなら、
それはつまり地下猫は自分に対する批判の自由を(たとえ相手によってであれ)認めない
ということであり、それどちらのスターリンさんか毛沢東さんですかということになるんですが。
8 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 00:15:28 ID:NnN9GEC90
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.news-pj.net/npj/uchida-masatoshi/20090225.html
破局、敵への暴力を正当化できそうな理由を見つけ目を輝かせるの図。
9 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 00:21:56 ID:VlLloTeE0
極左に居場所は無いって大学から
追い出されてる連中が何言ってんだよwww
10 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 00:56:03 ID:1nFaEM1/0
>>8
私たちは社会生活から切り離され、アイデンティティーを奪われた
格子の向こうの囚われの女性たちを我が国に受け入れることはできないのであります』
て言って、『共産党』のアンドレ・ゲラン議員が率先して実態調査の委員会を率いてるのになぁ
これにはどう反応するんだろ?
11 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 01:06:42 ID:h1vVAG/B0
>>3
あなたの文章のほうがはてサ自演臭いのですが気のせいでしょうか
12 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 01:43:19 ID:2IJeBejl0
>>11
もう無理しなくていいよ
13 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 01:52:31 ID:h1vVAG/B0
>>12
>>3のくどくて嫌味な書き方がはてサ臭いなと思ったんだが。
俺の勘違いだったら謝る。>>3スマソ
14 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 01:59:36 ID:NnN9GEC90
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/mujin/20090702/p1
あいかわらずのほのめかし&僕そんなこといってないおメソッド
いしけり先生は大人だな
15 :mujin:2009/07/03(金) 02:02:20 ID:WIppXF1F0
ほのめかしは合ってるんだけど、僕言ってないって何のことだ?
16 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 02:30:13 ID:2bbJAg7e0
>>7
地価猫は別に言論の自由の見方じゃないだろ。
単に国家が規制するのに反対してただけ。
17 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 03:07:37 ID:hSoJIZTI0
>>15
対立せずに気楽な場所から
足を引っ張りたいってのみんな分かってるさ。
気にするな。
18 :mujin:2009/07/03(金) 03:08:46 ID:WIppXF1F0
>>17
足を引っ張るって何のために?
あなたはオレが外国人排斥を支援したがってると思ってるんだね?
19 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 03:11:20 ID:sE2U55eXO
誰もそんなこと言ってないよ?
20 :mujin:2009/07/03(金) 03:14:37 ID:WIppXF1F0
>>19
じゃ、オレが言わなかったことにしてる言葉早く出せ。
21 :mujin:2009/07/03(金) 03:18:48 ID:WIppXF1F0
つーかさー、>>14が他愛もない勘違いしてるだけってのは分かり切ってんだから
そんなのむりくり庇い立てなんかする必要ないだろ。
「いやー、早とちりでしたw」で済む話であってさ。
負傷兵の救出に拘泥してるとお前ら部隊全滅すっぞ。馬鹿じゃね?
22 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 03:42:18 ID:3mcPsq0r0
何でも戦争に例える奴って、やっぱいつも大日本帝国マンセーとか靖国参拝支持とか言って顔真っ赤にしてるの?
23 :mujin:2009/07/03(金) 03:46:02 ID:WIppXF1F0
で、オレが言わなかったことにしてることって何だ?
足を引っ張るとはどういう意味なんだ?
24 :17:2009/07/03(金) 03:57:32 ID:hSoJIZTI0
>>18
排外的な気質がある人間が、
いしけりのロジックに思わず同意してしまってるのが気に食わないんでしょ。
党派的な不快感のほうが重要なんでしょ。
25 :mujin:2009/07/03(金) 04:00:35 ID:WIppXF1F0
>>24
違うね。まったく読めてないね。
そんなくだらねぇエントリなんかいちいち書くかよ。
つか排外主義者が外国人支援に同意してたらそりゃ単なる面白おかしい話であって、
気にくわないなんてことがあるわけないだろ。
オレが警戒しているのは暖かなファシズムだよ。
26 :mujin:2009/07/03(金) 04:09:14 ID:WIppXF1F0
お前らも、お前らがはてサと呼んでる連中も、
みな残らず、ハーメルン先生に踊らされてんだよ。
実務家なめんな。実務家やばいぞ。
「反日」批判も過去エントリ削除もはてな退会もすべて計算づくだと思った方がいい。
あれを本気でやってると純粋まっすぐに信じてたらダメだ。
ていうか、お前らも本当は信じてないだろう。
みんな嬉々として三文芝居に参加したがりやがる。
だれかが、だれでもいいんだが、あんなのは茶番だと指摘しなきゃならんだろ。
27 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:13:35 ID:h1vVAG/B0
はいはい、大人はみんな汚いですね
気が済んだらはてな村にお帰り
純粋で正義感の強いお友達が迎えてくれる
お前さんの居場所はここじゃないよ
28 :mujin:2009/07/03(金) 04:16:26 ID:WIppXF1F0
ハーメルン先生もお前らもオレも汚いんだよ。みんな大人なんだからw
オレが言ってるのは、
お前らはハーメルン先生だけが潔白だと「信仰」してないか?ってことだ。
ハーメルン先生はそこまでお見通しで、お前らを踊らせてんだよ。
いつまで踊ってるつもりだ?
29 :17:2009/07/03(金) 04:22:41 ID:hSoJIZTI0
>>25
>暖かなファシズム
ってさっぱり分からないので、きっと俺は全く読めていないのだろう。
文脈以前にそもそも
あたたかいファシズムって言葉は何なんだ?referenceでも入れてくれよ。
とりあえず、いしけりの言う「本当の敵は誰?」へのmujinくんの回答が「暖かなファシズム」で
いしけりの言動がそれを庇護していると言うなら、いしけりと対立しているだろ?
30 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:24:22 ID:h1vVAG/B0
>>28
> お前らはハーメルン先生だけが潔白だと「信仰」してないか?ってことだ。
他の人は知らんけど俺は石蹴りがヘマやったら叩くよ
だいたい「潔白」がどうこうなんて問題にすること自体が統一協会ぽくてキモいw
あんたが「石蹴りは潔白じゃない」と言いたいなら叩く根拠を示しなよ
いや、そもそもスレ違いだからやっぱりいいや
石蹴り批判したければ司法板あたりにスレ立てして存分にやってくれ
31 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:24:49 ID:hSoJIZTI0
>>26
実務家の計算づく
というなら 迷走 もなにもないじゃないか。
地下猫みたいにいっていることが、端から意味不明になってるぞ。
大丈夫か?
32 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:30:22 ID:g84CKIHd0
>>26
じゃあお前がエントリ上げて指摘すりゃいいじゃん。
いしけり先生褒めてたのはここの住人だけじゃないし。
>>14の※欄では角の立たない大人(笑)な対応して、
こんなとこでいしけり先生をDisってないでさあ。
33 :mujin:2009/07/03(金) 04:30:45 ID:WIppXF1F0
いやオレはハーメルン先生には困ったもんだとは思うものの、
なにせ自分のよく分からんことは専門家に従うってのがモットーなので
オレは先生に反対したり敵視したりってことはようせんよ。
web論壇ならともかく、現場の事情なんか分かるはずもない。
そんなことよりも先生を取りまく、はてな村民を中心とする群衆が(ああ、このスレのお前らもな)
先生の吹く笛に従って大人しく踊ってることの方がよほど問題だと思うね。
天皇崩御かよ。みなでそろって自主規制かよ。コロンボ見てる場合じゃないって。
だれか一人くらい、おいこれは茶番だぞって本当のことを言わないとマズいだろ。
てか、そういうのは2ちゃんねらーが率先してやれよ。
お前らがはてな村民と一緒になって踊ってどうするよ。
34 :mujin:2009/07/03(金) 04:32:29 ID:WIppXF1F0
あ。入れちがいになってるけど、オレは先生を批判してるわけじゃないのね。
あとは、お前らは頭いいから分かるはず。
じゃーね。
35 :17:2009/07/03(金) 04:41:21 ID:hSoJIZTI0
>>33
やはり、
自分は直接批判も対立もしたくないが
後ろから足を引っ張りたい
としかいえないじゃないか。
つーか、茶番は はてさ だろ。
36 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:44:10 ID:g84CKIHd0
要はいまのはてな村は残念だといいたいわけか。
モチオみたくなってきたw
37 :17:2009/07/03(金) 04:48:22 ID:hSoJIZTI0
いしけりのはてな撤退を
いしけりによる「webはネタ」宣言
だ、という意味ならまあ分からんでもないが
38 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:49:24 ID:h1vVAG/B0
>>33
> だれか一人くらい、おいこれは茶番だぞって本当のことを言わないとマズいだろ。
あんたがそう思って、自分のブログで石蹴り批判というか
石蹴りの取り巻き批判?を書いたんだろ。
それではてサ以外誰も賛成しなかった、と。
それで充分じゃないのか。これ以上何を望む?
自分が気に入らなければ自分の言葉で批判しろよ。
言葉に力があれば理解する奴がいるし、バカらしければ叩かれる。
賛同者がいなければそれはそれでしょうがない。
39 :mujin:2009/07/03(金) 04:52:25 ID:WIppXF1F0
>>35
お前さ、最後の最後まで党派性でしか語れてないよな。
そんな語り口は冷戦時代に置いてこい。
もはやポストモダンでさえ古いと言われてるのに、なにその懐かしソング。
せめて実在の敵と戦えよ。
いまオレが問題にしてるのはハーメルン先生その人ではなく、
「オレら」のスタンスなんだよ。あ、お前らも含む、な。
ハーメルン先生が馬にまたがりぽっこぽっこ町を去ろうとしてるってときに
お前らと来たら「残念です」「ありがとう」「おつかれさまでした」……
なにこの感動のフィナーレ。なにこの全米が泣いた。
あー、オレも先生には感謝したいし、web引退は残念に思ってるさ。
けど、いまのこの状態、雰囲気はちょっと異常だろ。
先生が、じゃない。オレらが、だ。
40 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:55:22 ID:h1vVAG/B0
>>39
ウンコ投げたかったら自分で投げろよ。
あと、あんたの言う「オレら」に俺は入れないでくれ。
馴れ合いを批判しながら勝手に馴れ合おうとするな。
41 :mujin:2009/07/03(金) 04:57:48 ID:WIppXF1F0
>>40
オレもお前も馴れあいに絶賛参加中だろうがw
なに孤高ぶってんだよ、ハーメルン退会の宴にみなと一様に陶酔してたくせにw
42 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 04:57:50 ID:AjAgRycL0
お前らもあいつらもあの男に踊らされてるんだ!
「茶番だ」って言え!お前らが率先してやれ!
なんだただのアホか。
43 :mujin:2009/07/03(金) 05:01:44 ID:WIppXF1F0
>>42
気付くのおせぇよバカw
mujinがただのアホってくらい初見で分かるだろフツーはよーw
44 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 05:20:15 ID:h1vVAG/B0
オチがついてよかったね
45 :17:2009/07/03(金) 05:21:35 ID:hSoJIZTI0
>>39
自分(mujinくん)の影を叩きたいのなご自由に。
で、
どこらへんが あたたか で どこらへんが ファシズム なんだ。
解説よろ。
46 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 05:29:43 ID:hSoJIZTI0
そもそも、web上の振る舞いが
ネタとして消費される/されてしまうってのは
いまさら言うまでも無く、みんな分かっているだろ?
2chのネトヲチ板ならなおさら。
いしけりにいざ自分が躍らせれて、
周回遅れて今ようやく気付いた、ってことか?
47 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 05:37:59 ID:h1vVAG/B0
金八先生に反抗する生徒みたいだな
「センコーの言うことに感激してる連中キモイぜ!」って
…いや、実は金八って見たことないんだけどさ
48 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 06:55:39 ID:5MtBzasD0
石蹴り一人にはてな村が崩壊させられて頭来てるんだ、mujinくんは。
確かにヲチスレ的には飯ウマな展開だってよ。
だけど石蹴りはもう消えて、また村は何事もなかったようになるんだろ?
49 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:00:42 ID:5MtBzasD0
あと、mujinが石蹴りが支持されてむかつくのはわかったけど
相手はこれだぞ?
http://h.hatena.ne.jp/keyword/反日上等!(はんにち・じょーとー!)
http://h.hatena.ne.jp/F1977/9234070537813835613
片一方が朝鮮中央通信みたいなヤツらばかりなんだから石蹴り支持せざるを得ない
じゃないか。
50 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:04:41 ID:j8+QDKxu0
はてな村はいつもにぎやか
51 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:11:13 ID:S/lwOI2u0
まあ、mujinは、石蹴りが福耳先生みたいにはてサの基地外どもとウンコ投げ合
う展開を期待してたんだろ。
それが石蹴りは正論はき続けてヲチ板でも指示された。
自分もブログで揶揄するようなエントリーあげてidコールして挑発したものの、
穏やかに応対された。
だから、むかついて、ファシズム、ファシズムとさわいでいると。
52 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:22:22 ID:h1vVAG/B0
一応言っとくけど、ここで駄々こねたmujinが
http://d.hatena.ne.jp/mujin/ と同一人物だという保証はない
それこそはてサかネトウヨがヲチスレ撹乱のため成りすましたのかも
まあそんな可能性は万にひとつだと思うがw
53 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:32:08 ID:Bm0DW3hd0
反論及び言い逃れの手立てを完全にシャットアウトされたmujin哀れw
54 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:40:07 ID:DHlVYHAR0
なんでmujinだけいしけりを「ハーメルン先生」ってよんでるのん。
いしけりでいいじゃん。
自作の仇名をつけないと人の名前もまともに呼べない病か何かなの?
55 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:40:34 ID:95mWjVrk0
猿は南京みたいに文献に依拠するテーマはともかくそれ以外ではヘロヘロ、
モジは専門外の分野で俺様解釈振り回して自爆。
hokusyuとRomanceとtoledはそんなテーマすら持たずにその都度話題になってる
ネタを弄くり回しているだけ。
あとは将軍様譲りのヘイトを巻き散らかす電波と、そいつらの取り巻きと使い走り。
mujinは実務家怖い、ファシズムだっていうけど、そもそもこんなレベルの低い
連中がデカイ面してるのを問題にすべきだろ。
56 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:44:20 ID:+69yj7sFO
いや、mujinのやろうとしてることは理解できなくはないが、だったらそれこそ、ポーズだけでもいいから、もっとRomanceとかたしなめてみせたらどうなんだ
つっけんどんな反応しか反ってこなくて、あんたの言う所のあたたかなファシズム的雰囲気に力を貸すことにしかならんだろうけどさ
57 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:45:58 ID:VGXvMKGQ0
議論の内容で批判ができないと、語り口を問題し始めるのははてサにとっては
いつものこと。
hokusyuなんていつもそうだ。
58 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:53:31 ID:K3CL7jPNO
>>57
それなのに反在特会デモでの「語り口」が問題だと、
いしけり他に総突っ込み食らっているのは滑稽すぎるな。
59 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 07:56:32 ID:gHgVfXi00
外国人支援デモで反日上等は良くないなんて小学生でも分かるようなこと指摘
されたくらいで、石蹴りを在特会と結託しているだの決めつけたり、それに☆
をつけてまわっているような連中だぞ。
http://h.hatena.ne.jp/F1977/9236551032956114744
カルデロンのデモを批判した保守を綺麗事と罵る在特会と何も変わらないじゃ
ないか。
mujinは在特会にも少しは支持がないとファシズムきもいとなる訳?
60 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 08:50:23 ID:h1vVAG/B0
http://h.hatena.ne.jp/isikeriasobi/9234070550444051157
http://h.hatena.ne.jp/isikeriasobi/9234070550613950127
石蹴りが仕事の依頼をトリアージしてると表明
はてサが噛み付くかな?
61 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 09:39:15 ID:b+TjaN5SP
>>33
>自分のよく分からんことは専門家に従う
経営学は分からんくせにトリアージには因縁つけてたおまえが言うな。
62 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 09:48:45 ID:h1vVAG/B0
http://d.hatena.ne.jp/NakanishiB/20090703/1246575377
まだ構ってちゃんを続けるのかはてサは
石蹴りがいなくなったらいろんな奴らが勝利宣言するのは間違いないな
63 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 09:52:05 ID:q1nseZ9j0
>>33
>>そんなことよりも先生を取りまく、はてな村民を中心とする群衆が(ああ、このスレのお前らもな)先生の吹く笛に従って大人しく踊ってることの方がよほど問題だと思うね。
>>天皇崩御かよ。みなでそろって自主規制かよ。コロンボ見てる場合じゃないって。
>>だれか一人くらい、おいこれは茶番だぞって本当のことを言わないとマズいだろ。
いるだろう、mujigeとかF1977とか石蹴りを偽善左翼と叫んでいるのが。
それにお仲間が沢山☆つけてるじゃないか。
>>てか、そういうのは2ちゃんねらーが率先してやれよ。
>>お前らがはてな村民と一緒になって踊ってどうするよ。
やなこった。
ここはヲチスレ。
そんなことは村の中でやれよ。
そもそも、お前は石蹴りに「私は、少なくとも対立していると考えたことはありません。」
と返されたら「対立がないとご確認いただけたので、もうそれで充分ありがたいことだと
思います。」とか※したんじゃないの?
そこで「茶番だコラ、俺とお前は対立してんのわかんねーのか」と返せば良かったのに。
64 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 09:54:11 ID:HuXrlzLM0
>>51
福耳先生だって悪質なブクマコメに削除要求をしたくらいで、
「うんこぶつけ合うのが楽しいのに」とかいうロマンスお嬢さんとかには、
呆れ果てるしかなかったろ。
mujinはそもそも無学で論理的にはちゃはちゃなエントリしか書けんから、
真っ当な専門家からは相手にしようがないんだよ。
ルサンチマンの固まりが喧嘩腰で意味不明な因縁をつけるだけだからな。
65 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 10:03:32 ID:h1vVAG/B0
>>63
> そこで「茶番だコラ、俺とお前は対立してんのわかんねーのか」と返せば良かったのに。
石蹴りに文句言いたいならグジャグジャ屁理屈並べるよりも
「てめえスカしやがって気にいらねーんだよ!」
と叫ぶほうが一般人(はてサ以外)に理解されやすいと思う、マジでw
66 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 10:16:05 ID:5MtBzasD0
>>65 確かに。mujinは折角のチャンスを棒に振ったということだ。
>>62 どうしようもねーな、はてサは。ご本人がもう退散しますって
いってんだからほっとけばいいのに。
67 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 10:39:03 ID:uav82bEk0
>>62
flurryはブコメで「アレですよね。ある種のギャラリーのひとたちは下の、
いしけりあそびさんのブックマークコメントを読んで「さすがは実務家。戦術的
かつ礼儀正しい対応だなあ」って、戦術と礼儀の問題へとスルーするんですよ
ね?」と答えたのを、いしけりに「このエントリーには賛成しませんが、他人
の発言の趣旨を理解し一定の礼儀を守るのは、議論するうえで当然ではないで
すか?戦術も何もないと思いますが。」とド正論で返されたのを根に持ってる
だけでしょ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/mojimoji/20090614/p1
68 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 11:59:15 ID:5WVoTIaJ0
地下猫って普通の文体でも何言ってるかわからんな。
いっぱい書いてあるけど、ポルノが定義できないからある種のポルノの定義が恣意的なのもしょうがないってことなのかな。
大多数の女性が嫌悪感を感じるようなものは駄目って言ってるように見えるが、大多数の女性ってポルノそのものに嫌悪感を感じそうなものだけど。
あと性が定義不可能だから暴力と不可分とは認められないっているが、「生活必需品」が暴力の表象となってるって書いてるんだから暴力も定義不可能って言う理屈にならんか。
定義不可能なもの同士が不可分とは認められない何いってんだおまえは。
69 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:02:39 ID:59FdWFO7O
地下猫の猫語の「~にゃんな。」をどう訳せばいいのかいまだにわからない。
70 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:04:31 ID:sE2U55eXO
>>62
現場主義者は僕たちが空理空論吐くのを抑圧するのはやめてください><
ってかw
71 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:04:55 ID:+69yj7sFO
ああ、NakanishiBね。こいつはこの界隈でも一番救いようのないチキンだから、相手をしないほうがいいな
プライベートブクマでネガタグつけまくってsk-44に注意されたり、shinichirouinabaに粘着しまくったり
72 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:09:06 ID:EL0/JhLY0
勝機が無いと踏んだフェミの奴等
はいしけり騒動に介入してこないな
彼女らは賢いw
73 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:33:05 ID:K3CL7jPNO
>>71
あったあった。「おおや大先生」だっけ?
74 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:59:03 ID:2IJeBejl0
>>68
>いっぱい書いてあるけど、ポルノが定義できないからある種のポルノの定義が恣意的なのもしょうがないってことなのかな。
平然と「疑わしきは罰する」と言ってるんだよな。葉梨と同レベル。
ギャグを言うつもりは全然ないが、まるで話にならん。
まあポルノに関しては、児童ポルノ関連で全世界がヒステリー起こしてるから仕方ないね。
芸術作品でも単純所持禁止なら、過去の芸術作品の書き換えが必須になるわけだが。
そういう1984ワールドに住みたい連中が多いんだからもはや仕方ないよ。
75 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 12:59:56 ID:WqI3qmMm0
さて、地下猫がsk-44にフルボッコされたわけだがw
つーかsk-44って何者よ?
思考力半端なくないか?
76 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 13:07:15 ID:1nFaEM1/0
>>73
もっとも面白かったのは
http://takoashi.air-nifty.com/diary/2005/10/post_0e5e.html
のN・Bの時だと思う。
でも小田嶋に作文講座までしてもらって得したと言えば得したんじゃないかな?
77 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 13:17:52 ID:5WVoTIaJ0
>>74
今回普通の語尾(あれ文体っていうのか?)になったのでやっとわかったけど、地下猫って自分が言いたいことがわかってないんじゃないかな。
グダグダ関係あるのかないのかわからないことを取り上げてたのは読者を煙に巻くためなのかとおもってたけどそうじゃなくて単にまとまってないだけなんだろう。
公共圏で作品は淘汰されるべきなんて話だけど公共圏の定義を説明できませんとかアホかと。
>平然と「疑わしきは罰する」と言ってるんだよな。葉梨と同レベル。
「公共圏」からはすべての国家権力は排除されているという設定なので葉梨とは全く逆と読める。
市場の判断に任せよって言う極端な人みたいにも読めるよ。
印象としては全然違うけどね。
78 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 13:40:35 ID:VMaIzzSi0
まとまってないのは、自論に酔って結果自家撞着に陥っているだけだったりして。
大前提となる結論を先に出しておいて、そこに至るように論旨を整理すればええに。
理論武装ってそういうもんだったと思うんだがなー。
79 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 14:18:04 ID:X60RITnq0
前スレ魚拓
http://s01.megalodon.jp/2009-0703-1416-10/pc11.2ch.net/test/read.cgi/net/1245008652/
80 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2009/07/03(金) 15:32:26 ID:NjfupMo20
橋下二審敗訴で、はてサ大盛り上がりかと思ったら、
違う方向で盛り上がっていてしょんぼり。
81 :名無しさん@ゴーゴ
欧米の大学で戦争の研究が盛んになったのは、世界大戦を反省したからです。人類史上初の「世界大戦」を経験し、二度目の世界大戦でも主戦場となったヨーロッパ諸国は、なぜこんな悲惨な戦争が発生したのかを必死で解明しようとしました。二度と世界大戦を起こさないためです。平和を守るために、戦争を研究したのです。
(中略)
戦争の研究も同じです。平和を守るためには戦争を詳しく調べ、原因をつきとめ、対策をたてる必要があります。そのために戦争を研究する学問が必要なのです。
過去記事への言及となるので微妙ですが、勘違いしてる人も多いみたいなので。
アメリカの大学が「戦争学」を教えるのは決して“平和を守るため”ではないですよ。“戦争”という人類史における普遍的な事象から得られる自国の利益を最大化することが目的です。“平和”は目的ではなく単なる手段に過ぎません。
政治的エリートを育てる過程においては「戦争学」は必須の科目と言ってもいいでしょう。というか、「国際関係論」を学ぶ上で「軍事学」「戦略学」は「地政学」などと並ぶ基礎知識として扱われています。軍事を理解できない者が国家間の政治など理解することなどできないだろう、ということです。
特に“リアリズム”と呼ばれる国際関係の主流理論においては「パワー(力)」という概念を国と国との関係における基礎としています。その「パワー(力)」は言うまでも無く「軍事力」を意味します。「軍事学」について学ぶことは即ち国際関係の基礎となる「パワー(力)」の行使を学ぶことに他なりません。
(この辺はリアリズムを学ぶzyesutaさんには釈迦に説法かと思いますが)
そして、その「パワー(力)」の行使は、「自国の利益を確保する」という一点を目的としています。例えば有名な右派リアリストであるミアシャイマーは(他のリアリスト達と同じく)2003年のアメリカのイラク侵攻に反対していましたが、それは彼が「平和主義者」だからではなく、単に「アメリカの国益を損なうから」に過ぎません。
ですので、ハーバードの事例を挙げて日本の戦争学教育を揶揄するのは間違いです。確かに「戦争を学ぶこと」によって安易な軍事力の行使を抑え、より平和的な手段を選択する確立は上がるでしょう。しかしそれが目的なのではありません。日本と違い彼らにとっては平和もまた“手段”のひとつです。彼らはよりシビアに「外交の一手段としての戦争」を研究しているに過ぎないのです。
先夜、晩酌が過ぎたのか茶の間でうたた寝し、つけっ放しにしたテレビの吹き替えの声で目を覚ましました。ぐずぐずと瞼を閉じたままでいると、耳にヘンリエッタだの、アンジェリカだのと呼ばれる少女たちの会話がとびこんでくる。スパイ物だろうか?それともテロリスト物だろうか?
いずれにしても武器を使った先頭場面が登場するヨーロッパ映画に相違なく、さて、どんな女優たちが出ているのか、と目を開けてぎょっとした。画面に映っていたのはアニメ。しかも少女たちは目が大きな、いわゆる”萌え系”のキャラクターだったからである。
これって、何なのだ?本腰を入れて見る間もなく番組が終了したため、ネットでこのアニメについて検索して、さらに驚いた。アニメに登場する少女たちは全員サイボーグという設定。時代背景は偽史が絡んだ現代イタリア。某公益法人が、事故で瀕死の重傷を負うなどした少女たちを集め、人体改造と洗脳を行い、反政府組織に対する非合法活動に就かせるというのが物語りのあらましだった。
少女たちは家族との別離と身体の劣化を、運命として甘受せねばならない。また、彼女たちには男性の担当官がついて、男女間にはフロイト風に「転移」した感情の縺れが出来上がってもいるらしい。オタク世代のアニメ文化もここまで複雑で高水準になったか。
実は私はかねがね、オタクや腐女子と呼ばれるアニメやゲーム漬けの若者が増殖することに、かすかな懸念を抱いてきた。このままオタクが増え続ければ、しまいには大事な決断や、国家的な戦略策定の場面で、私たち日本人は道を誤るのではないか、と。
たかだかアニメやゲームで何を大げさな、と考える向きもあるかも知れない。だが、オタクたちの「萌え」志向や世界観が世の中で支配的になれば、私たちはますます内向し、衰弱して、リアリズムが貫徹する他国の人々に軽んじられるのではないか?いや、冗談ではなく、私はそう考えるのだが、ただ、これにはちょっと説明が必要かも知れない。
文芸について考えれば、私たちは小説や批評を読むことによって、暗々裏に人生の悲哀や生活の真実を知り、また生きてゆくための規範や行動の基準のようなものを学ぶ。ときどき人生の切所で小説の一節が脳裏に浮かんだり、敬愛する文学者の誰それが立ち向かったと同じように、人生に立ち向かおうとしたりするのはこれである。
しかし、こうした功徳は文学のみならず、ある日くちずさんだ流行歌の一節だったり、映画や芝居の登場人物の台詞だったり、さらにいえばマンガやアニメの一シーンであっても同じだろう。
例えば、つらい毎日に挫けそうになったとき、「立て、立つんだジョー!」と『あしたのジョー』の段平オヤジの督励が聞こえてくる、などと言えば人は笑うだろうか。鈴木清順監督の『けんかえれじい』には「可愛そうってことは惚れたってことよ」という漱石から転用された台詞が登場するが、そうした台詞で自分自身の恋愛や結婚の行方を納得する男女だって多数いることを私は知っている。また周囲に振り回されたあげく、鶴田浩二をまねて「右を向いても左を見ても、人生まっ暗闇じゃござんせんか」と呟く人がいるが、私が言いたいのは要するにそういうことだ。
ここにあるのは自らに何らかの役割を振り、その役割によってようやく自分たり得る私たちの姿である。よく「とり換えのきかない自分」などと言うが、胸に手を当てて思いいたせば、私たちは常に何らかの役割(人格)を自らに振ってその場その場を生きている。自分とはその意味で他人なのだ。
まことに「人間この劇的なるもの(福田恆存)」で立場が人を作るというが、家では頑固オヤジであっても、会社に行けば部長なら部長としての振る舞いがあり、学校の先生であったならば先生としての行動がある。また老母に対しては、よき息子、娘の役目も勤めねばならない。
こうした前提を認めれば、オタクや腐女子では「萌え」が判断の基準になり、行動の準則になることは明瞭だろう。しかも彼らはどっぷり浸かったゲームやアニメの世界を生きて、いま、ここにある現実を生きようとしないように見える。そしてその結果、例えば外国人との交渉で、会社や国の命運をかけて決断せねばならぬときに、ついついリセットできるゲーム感覚で、鼻面を引き回されることだってまま起こり得る。
とはいえ、うたた寝から覚めて見たアニメに驚かされたように、オタク世代もリアルの構造が私たちと違い、異なる感受性によって動く頭を持っているだけ。実はむしろ今のリアリティーに適応した世代なのかもしれない。年寄りが若者たちに文句を言うのは、古代メソポタミア文書以来、普遍的な話らしいから、私の懸念は愚かな繰り言なのだろう。
とここまで書いてふと思い出した。百年に一度と喧伝される経済危機の中、財政出動を決意した政府が、世界に冠たる日本のアニメ文化を発信するためアニメの箱物を作るという。ふむふむ。要するにすでに私などが思うよりも、ずっと世の中は進んでいたのだろう。切所ですでに「萌え」は老人により先取りされているらしいのだ。これがうたた寝から目覚めた私の短絡や懸念と重ならぬことを祈りばかりだ。
http://anond.hatelabo.jp/20090612194543
続き
夏野
大変なことが起きているんです。
絶版になってる本をスキャンして公開するサービスは騒がれたね。
なんで?絶版のものだけでしょう。
まあ、分かんないものはやめとこう、っていう。
夏野
私も3冊ぐらい売れてない本出したんですけど、
別にいいじゃん、って思いますねえ。
絶版と言えば、アマゾンで10万で売ってる本があるんですけど、
最近、それを読みました。
元ニンテンドウの人、横井軍平さんが書いたやつなんですけど。
それに、「遊びとかゲームとかはコピーされてなんぼだ」、って書いていて。
(会場爆笑)
夏野
つまり、それは圧力ってこと?
ていうか、10 万もするのに買ったの?それ。
いや、知り合いから借りたんで。
夏野
まさにコピーだね。(笑)
夏野
キー局で、ギリギリ黒字だけど、映画とかノベルティとかの収入で持ってる感じ。
本当にリアルタイムな状況を知りたい人はネットにきちゃってますね。
雑誌とか新聞、テレビがだんだん下がってるのはそれが理由かと。
夏野
テレビはどうなるんでしょうかね?
うーん、それなら生放送だけしてればいいんじゃないですか。
夏野
過去に、TBS が番組改編して、60%を生放送にしたんですね。
そうしたら視聴率が激減。
(会場爆笑)
夏野
生放送は平時に弱いんです。
何かしらイベントを出さなきゃいけなくて、
平時だと、どうしても内容が弱くなってしまう。
まあ、じゃあ、TBSさん頑張ってください。
夏野
テレビのモデルって100万人を面白いって思わせないといけないので、
それは非常に難しいですよね。
それは面白いけど、テレビでわざわざみたいものじゃない。
一番面白いのは、楽屋とか知り合いモノですよね。
・・・っていうのを松本人志さんがいってました。
(会場笑)
夏野
なんなの!?(笑)
夏野
テレビってのが面白いって思ってる理由があって、
あんだけお金かけて、選び選んで編成して出してんだから、
その時間にみれてもうみれないってのはおかしいでしょ。
で、オンデマンドでやりましょう、っていったら、
ある編成の人は
「テレビはその場で見て欲しいんだ!
その場でお茶の間に座って見て欲しいという意気込みでいるんだ!その場で視て欲しい」って言ってたし。
願望はもっててもいいんですけどね。
それを押しつけられても困ります。
なんだろう、服を買うときに、服のサイズを決めつけられちゃうのと似てる。
お客さんにあわせるのは難しい分野です。
夏野
まあ、でも、ダイエット的に言えばいいのかも。(笑)
資料:NHKオンデマンド
夏野
こういうのがやってるんですけど(資料)
全然ダメっぽいですよ。
夏野
声に出して言わないで!(笑)
夏野
そういえば、NHKスペシャルで特集されたんですよ、私。
ミッキー(楽天の三木谷さん)と、あと、今あんまいない人で…。
堀江さん…。
本人聞いてたら怒りますよ?(笑)
夏野
ブログとか…まあいいや。
その特集番組なんですが、権利書を見れないんです。
権利処理が分からない。
そこで権利処理が出来ていないから配信されない。
…でも、あの頃は一緒にミッキーと、テレビに出れるくらいな感じだったのに、
夏野さんいい暮らししてるじゃないですか!
袖で言うことじゃないですよ。
夏野
いやいや、オークションだから、入札してたのが落ちちゃったんだもん。
てか、夏野さん、楽天好きですよね。
夏野
…あ、いや、今回は楽天じゃないです。
いい暮らししてるじゃないですか、ともかく。
夏野
最近、奥さんに別荘たてられないって怒られた。
理不尽です。
ほらー。
(話を戻して)
夏野
そこに広告もばっちりつけて。
で、2008年の広告収入が6500万ドル。祖利益が1200万ドル。
これ、向こうではすっごい流行ってるんですよね。
つまり、テレビの「コンテンツが」悪いって訳じゃないんですよね。
お茶の間に来ないと見せない、ってのが悪いんです。
夏野
やっぱ、忙しいんだもんね。
9時にドラマを見るとなると、7時には会社を出ておかないといけない。
今の時代、7時に会社を出る人はあんまり優秀じゃない人じゃないですか。
夏野
それは朝が遅いだけなんじゃないの?
優秀な人がテレビ見ないってことは、
夏野
そこは、プリウスにしとこう、安いから。
まあ、つまり、生の電波じゃなくてもいいんじゃね?っていうことです。
夏野
テレビってなんだろう?
「コンテンツとしてのテレビ」「箱としてのテレビ」っていうのがあって、
なのに、テレビ局は、後者を意識しすぎちゃってるんじゃないかなって。
いいものを作ってたら、いろんな人にみてもらいたいって思うはずですけどね。
夏野
…まあ、いろいろあるんでしょ。
あんま言ったらかわいそうです。
話題をかえましょう。
夏野
世代によってインターネットのとらえ方が違いますね。
ITやインターネットの話をしてても、20代にとって当たり前のことが50代に取って宇宙語になってる。
これはどう?
50台の人って、使ってる人か、使ってない人っていう差が激しいです。
夏野
使わなくても困らないしね。
ウチの父親はまったく使わないっすね。
夏野
ところが、ウチの母親が使うようになったのよ。
親父が定年したことがきっかけでインターネットやりはじめるようになった。
おいくつ?
夏野
70。
親父が家に帰ってきたのがきっかけになってるのが寂しいですよ。
そこでは、サークル的な同世代の人達のネットワークが形成されてる。
余暇を楽しんだり。
で、そういう人たちとは必ずケータイメールとネットやるんですよね。
夏野
すぐにみなさん取り残されますよ。(会場に向かって)
まあ、ここに座ってる人たちは大丈夫でしょう。
実際問題、ウチの父親は生活が確立できているから死ぬまで使わないでしょう。
夏野
息子がしてる事知りたくないんでしょう?
(会場爆笑)
夏野
テレビは年代毎に毎年数字が特にかわらないですね。
でも、パソコンって言っても、Windows は超面倒くさいですから、
もしここに、Microsoft の方いらっしゃったら、ウインドウズ改良しろ、反省しろ、と。
機能が限られててもよければ、ケータイのほうがいいですね。
夏野
…すいません。
今更言われてもw
夏野
ネットだと、ライブなのか、動画区別つかないんじゃないですか。
夏野
(会場少しだけ挙手)
若者が入党者として増えたらしいです。
しかも、ニコ動の C さんって呼ばれて、
ここまでやりはじめると「何かが壊れた」って感じがする。(良い意味合いで)
結構緩いっすよね。
夏野
そういえば、野球中継でソフトバンクvsオリックスをやったんですけど、
カードとしてまったく面白くないんですけど、無茶苦茶面白かった。
まあでも、文字だから見た目は綺麗でした。
会議中に視てましたよね。なにやってんすか、って。
夏野
そのうちコメントに解説するひとが出てきて、
投げた瞬間に「スライダー!」とかって。
おもしろいんだよ…。
資料:
81,600コメント
13,500人の視聴視聴者数
平均放送時間63分
夏野
昔はテレビが生だったが、最近は逆になりつつあるように思えます。
それに、みんなブロードバンドなので流しやすい。
会社でも目の前にずっとあるわけで。
テレビに会うのは家ぐらい。
資料:
放送者:9356人/月
視聴数:722万視聴/月
夏野
さらに新しい潮流があって、ユーザー(素人)が誰でも生放送出来る仕組み。
webカメラを使って簡単にできます。
なんか右翼な人ですよね。
夏野
いつもは優しい普通の人なのに、
おもしろいですよ。
夏野
まあ、とりあえず相手が30人とかなら、
気兼ねなしに簡単に放送できるし、
書かれるコメントにしっかり相対もできる。
100万人が面白い1個を作るより、
1000人が面白いと思うものを1000個作るようにすればいいじゃない、と。
夏野
ユーザーの傾向を見ていると、
通常の動画をみるって人が増えました。
おそらく、これからインターネットは対決的なものではなく、
どんどんインフラになります。
伸びてますね。
どうせ v6 ならないし。
(会場大爆笑、拍手まで)
あと、外でのブロードバンドっていうの?
FOMAとかイーモバイルとかで、ユーザーが外にいって、1000人に伝えるってのが出来る。
夏野
いやいや、草薙くんでしょう。
そこからユーザーが放送して実況したりしている。
夏野
それは興味深いし面白いよね。
メディアの役割がいらなくなってきたってのが。
それを4時間か5時間くらい生放送してる人がいてそれが面白かった。
あまりみんなちゃんと並んでないとか。
で、それを時系列にするとちゃんとしていなかったり。
本当のリアリズムは生放送じゃないと伝わらない部分があるのかも。
夏野
どうですか?それ。
夏野
うーん
それは気まずいですよ、元カノとかに会っちゃった時のリアクションとか。
誰にも見せたくない。
夏野
日本ダメだろう、というのをすごい嬉しそうに言う日本人がいっぱい居ますね。
日本人って、そう言うの自体が好きですよね。
夏野
ゆったりと海外を楽しむんだけど、
例えば、ブロードバンド。
あと、ケータイも。
正直、Google フォンは何が新しいのかわからないですよね。
夏野
夏野
フタバのパクリですよね。
かなり管理人が有名になってて、Wall Street Journal とか、Times とかでも取り上げられて。
匿名が面白いよね、ってとこをもっていった形。
日本で作られたものを海外にもっていっても競争力があるということ。
夏野
内容も、日本のユーザーのほうが、よりしっかりとした主張をしてたり。
夏野
・・・。
前もって質問があって、それに答えてそれを公開するんです。
若い子って語るべきことをあまり持ってないので、
もともと何にもない人がどうしたら情報を出せるか、それを考えて出している。
他にはそこまで考えているものがないし、海外にもない。
夏野
なんとなく、インターネット系でいうと、アメリカって感じがしますが。
でも日本はかなり強いのに。みんな自信をもってほしい。
でも、海外からもたくさん偵察にくる、みたいな。
まあ、ツールじゃないですか。インターネットって。
誰でも思いつくものを資本の規模でやるのはインフラとしてはありだと思うけど、
多少、ネットでも出せてはいるが、世界にもっていくのをやらないので、
どんどんガラパゴスになっていくんでしょう。
夏野
まあ、よくわかんない、ってのもあるんでは。
夏野
それ、キミが好きなんでしょ。(笑)
まあ…。
もう、日本人だけを相手したたら食えなくなるでしょう。
夏野
だから、ITについても、海外に出て行くべき。
まあ、こんな講演きいても、なんにもならないですよ。(笑)
本当ですよね、こんなアホ2人。
あと、文化圏の問題もあるかな、と。
夏野
あの、シメに入ってるので…。
ああ、時間ヤバいんすか。ですね。
日本の本屋でも流通していないようなものを、英語に翻訳して海外の本屋で売ってる。
それはメインカルチャーではないし、
マスメディアでも評価されないので、裏にいっちゃった形。
で、たまに取り上げられると、陵辱レイプモノだったりになっちゃう。
表の人たちがあんまりすごいって言わなくても、
裏で細々とやってる人たちがいます。それが底上げになっています。
夏野
シリコンバレーとか、夜は何にもないところだから、
あんなところのコンテンツには負けたくないですね。
負けたくないでしょう?頑張りましょう!以上。
二人
ありがとうございました。
12:40 終了
見にくくてゴメン。
ライトノベル・ブームなどと一部では言われているものの、実際には現在、まともな関心に値するライトノベルはほとんどない。そもそもここ数年間(〇四年以降)で、一部マニアの関心を超えて認知するに足るラノベ作家は、有川浩、冲方丁、それに桜庭一樹の三人くらいしかいなかった。しかも皮肉なことに、その彼らの作品の質は、むしろラノベ的なもの(ここではあえて漠然とした表現を使っておくが)から距離をとることで維持されてきたように思われる。
どういうことか。例えば有川。『空の中』『海の底』の二作で決定された彼女のメジャー路線・一般文芸路線は、それ以前の作品、例えば『塩の街』が豊富に持っていたセカイ系的想像力の抑圧の上に成立した。ハードカバー版『塩の街』を読むと、有川がその切断を意図的に行ったことが確認できる。また冲方の『マルドゥック・スクランブル』は、ラノベ特有のキャラクター小説とは対極にある自然主義的リアリズム、およびのちに獲得した日本SF大賞という名声からして、ライトノベルの状況からある程度独立し制作された作品だと考えてよい。つまりSFであるがライトノベルではない。三人の中では最もゼロ年代ラノベに深く関わっていた桜庭でさえ、メタフィクション的な志向の強い『桜色ハミングディスタンス』を発表した後はミステリ作品や一般文芸作品を精力的に執筆するようになり、結局『赤朽葉家の伝説』で「ライトノベル」「キャラクター小説」と完全に決別してしまう。ゼロ年代後半以降、ラノベ作家たちのほとんどは一方で低品質な異能バトルを、他方で、急速に整備されたネット環境をフルに生かした一部マニア向けの、ただ萌えキャラが登場するだけの作品を無批判に生産する閉塞した状況に陥っていた。上記三人がかろうじて良質の作家たりえていたのは、彼女らがともかくは、そのようなラノベ特有の作り手と受け手が一体となった閉塞した空間(ラノベサイト、このラノ、ニュースサイト、2ちゃんねる)に荷担することを拒否しえていたからにほかならない。つまりライトノベルは、ジャンル全体として、ここ数年圧倒的に―――その市場の巨大さと比較すれば信じがたいほどに―――不毛だったのである。
ライトノベルという表現ジャンルは、上遠野浩平以後、急速に量的拡大と質的細分化を遂げた。あらゆるジャンルと同じように、ライトノベルにもまた「ラノベ的」としか言いようのない物語や文体が存在する(例えばそこには、SF冬の時代の数少ない遺産がある)。にもかかわらず私たちはここ数年、ライトノベルジャンル特有の諸規則を生かした、つまりいかにもラノベ的でかつ高水準の作品というものを何一つ手にしていない。これは驚くべきことだ。ラノベはジャンルとして死んでいる。
おそらくこの問題を、いままで最も真摯に受け止めてきた作家は桜庭である。彼女の出世作『赤朽葉家の伝説』は、その意味で徴候的な作品だった。物語から「萌え」的要素を排除し、オリエンタルなマジックリアリズム・イメージと社会科学系タームを大量に投入して作られたこの作品は、評論家受け・一般文芸受けの戦略に満ちたかなり空虚な作品だ。にもかかわらずそれは、桜庭のかつての傑作『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』やライトノベルミステリの最高峰『GOSICK』などよりも評価されてしまう。桜庭はそのことをよく分かっている。彼女は、ライトノベルというだけでは、誰も作品をまともに見ない。逆を言えばちょっと文体を変えエサをばらまけばすぐに文学的・一般文芸的(「もはやラノベではない」)とされるその現状を、アイロニカルに追認して『赤朽葉』を書いたわけだ。その所作は悲劇を通り越して、滑稽というほかない。僕はそんな桜庭を見ながら、ますますライトノベルの終わりを痛感している。
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その1 http://anond.hatelabo.jp/20081223235800
その2 http://anond.hatelabo.jp/20081224002406
(G-3面右上)
マネーが国境を超えて飛び回る中、主要国の中央銀行にとって欠かせないのは、情報の共有化だ。
金融危機が深まってから、白川がFRB議長のバーナンキやECB総裁のトリシェらと電話会議を開く機会も増えた。米大手証券のリーマン・ブラザーズの破綻前には、バーナンキから白川に状況報告の電話が入った。
ただ、白川には、情報の共有化と、世界の中央銀行が金融政策の決定で足並みをそろえる国際協調とは別次元の話という思いが強い。
10月の主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の直前、中央銀行のトップたちは連絡を取り合いながら協調利下げに踏み切った。日銀は、利下げはせず、欧米の利下げを「支持する」という発表にとどめた。
欧米の中央銀行から日銀に対し「協調行動に加わってほしい」という要請があったわけではない。日本の金利がすでに低いことや、今回は欧米中心の金融危機という判断からとみられるが、「彼らはひと息つきたいのだろう」と本音を推測した日銀幹部もいた。日本との金利差が縮むと、欧米の通貨が安くなり、欧米企業が輸出しやすい環境になるからだ。
欧米はその後も、利下げを繰り返した。日銀が10月末に利下げを決めると、市場には「日本もやっと欧米との協調に踏み切った」という見方が広がったが、白川は「世界的な不景気の中で、利下げの方向が一致しただけ」とそっけなかった。今月19日の利下げも、FRBの大幅な利下げのわずか2日後だったが、白川は「国際協調」という言葉を使っていない。
白川が「国際協調」「政策協調」という言葉を好まないのは、過去に苦い経験があるからだ。
日銀が1985年のプラザ合意以降、「国際協調」の名のもとに米国から圧力を受け、長期間の低金利を強いられた。これが土地や株価のバブルに結びつき、その後の深刻な不況につながった。
「政策協調は、大国が自己の利益を押しつける際の論理として使われることが多い」。白川は2000年、香西泰(現・政府税制調査会会長)との対談でこう語っている。
国益確保の「隠れみの」に協調を演出することは珍しくない。国際社会のリアリズムに比べ、日本の「協調歓迎論」はナイーブすぎないか。白川には、そんな気持があるようだ。■
横からすまんが、その増田が言いたいのは「去勢」のことじゃないかと思うんだよなあ。
自尊心ではなく、万能感と表現した方がわかりやすかったのではないかと思う。
こちらの方が斉藤環の「社会的ひきこもり」から引用していろいろ書かれているんだけど、この部分に該当しそう。
ttp://mblog.excite.co.jp/user/eagleai/entry/detail/?id=7911760
さて、この「去勢否認の誘惑」については性差があり、女性には働きにくいそうです。
その理由についても、書かれています。
「わが国において、とくに女性に関しては、社会システム全体が「去勢」を成功させるように働くので、女性のほうが速やかに成熟しやすいのかもしれません。女性は人生の早期から、「女の子」として扱われることを通じて「あきらめ」を受容させられるのです。このため思春期においては、同年齢なら、たいがい女子のほうが大人びていますし、そうでなくても女性の打算やリアリズムには、男性は到底、太刀打ちできません。ですから教育システムにおける去勢否認の強制も、「あきらめ」を知った女性に対しては、それほど強く作用しないのです。」
ええと、まず
増田には、増田への偏った信頼が、リアリズムあるっぽさが、ここはよく人が本音をポロルする場所なんだっぽさが、あるんだなあと思った。そうでなければこんな文章は書かれない。
「お前は偏っている!」って言われるとけっこう傷つくな・・・。
それはさておき「個人史は終焉しない。続く。」のブクマコメントを読めば、かのエントリをノンフィクションと捉えてコメントしている人が多いことに気づくと思うよ。
私小説風のフィクション作品を、皆フィクションを前提として読んでいるとは思えない。反例ではなく、まったく同じケース。リアリティがあること=読まれる理由になる、勘違いする理由になる
ごめん、こっちは言ってることが理解できなかった。「この作品はフィクションです。実際の人物・団体とは〜〜」って書かれていても、「いやいやこれは本当のことかもしれないぞ!」って読んでる人がいるってこと?あまり多いとは思えないけど。
それから何と全く同じケースなのか。みんな勘違いしながら読んでいるのか?説明希望。
ネット上では特にね。でも、増田はあくまで日記。創作であることを前提としたエントリと日記として書かれたエントリでは、読む方の姿勢も随分違うと思うんだけど。
今夜の夜食はドギーバッグでお持ち帰り。
http://d.hatena.ne.jp/mimisemi/20071110
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カウンターたぶん壊れてるんだな。ありゃ。明らかにおかしい。 ところで例のアニメオタクのペルー人にさ、また「マクドナルドいかない?」って誘 われたんだけど、さすがにまた奢ってもらうのもあれだし、一応、建前として「お金 セーブしなきゃいけないから・・・」っつって遠まわしに断ったんだけど、「いや、 行こう行こう」なんつってさ、すげーノリノリで「俺が誘ってるわけだからさ」なん ていうんだけど、こうやって日本語にするとホモが誘ってるような感じだけど、まぁ ニュアンスとしては「また奢るよ」みたいな感じでさ、どんだけいいやつなんだとか 思いつつ、まぁ学校終わりに行ったらさ、ペルーでは誰かが腹を空かせてたらご馳走 するのが当たり前らしく、ようは恐らく俺の勝手な予想だとみゅ〜ちゅあるな関係性 があるんだろうなって思ったわけね。腹を空かせてたらって、まるで俺が一文無しみ たいだけど、まぁ実際そうだけどね。前も書いたけど無理に眼鏡買ったから生活費無 いのね。 そういえば前の英語学校のコロンビア人も基本的に飯を奢るだとかシェアするだと か、コロンビアンはみんなそうなんだみたいなことを言ってたことがあってさ、これ またみゅ〜ちゅあるだなとか思いつつ、基本的に南米ってのは気のいいヤツが多いっ てーのと文化的にこういう背景があるんだろうなってのは、こないだ書いた社会が人 間を作り出すってところで、まぁ社会にそういう習慣とか人とのやりとりが残ってる んで、そういうのがヘリテージされていくっていうような感じなんだろうなとは思っ たけど、まぁーそれにしても南米から来たやつって女の子でも男でもそれこそラテン 系じゃないけど、陽気なやつが多いんだよね。凄くフレンドリーで笑顔を絶やさな いっつーか。あれは血というよりは文化というか社会なんだろうなって思ったわけだ けど、そう思うとやっぱ日本人に限らず韓国人はホント暗いなって思うんだけど、 まぁ中国人になるとちょっと違うんだけどね。これは対比で見ると暗く感じるだけ で、ようは俺はこっちの環境に慣れてしまったから暗く感じるんだと思うんだけど、 そう思うとさ、ようはいろんな陽気なやつから話しかけられたり、こうやって飯奢っ てもらったりしてるのを見るとっつーかまぁ自分のことだけどさ、俺もかなり明るく なったんだろうなとは思うんだよね。まぁ元々明るいんだけどね、考え方は暗いけど 性格的には陰気ではない。ただそういう明るい部分を前面にこっちでは出していけ るってのもあってようはなんつーかいろんな国のやつらと波長が合うのかなって気は するんだよね。逆を言えばアジア系の連中とつるもうって絶対思わないんだけど。 飯っつってもマックなんだけどでもなんだかこういうことがあると心が温まるっつー かさ、ホント、こっちに来てよかったなぁーとかって思う瞬間でもあるんだよね。こ ういうやつらと友達になれてなんて幸せなんだろうって思うわけよ。あ、なんだかま たウォール伝っぽくなくなってきた。 まぁいいや。簡単に書くとね、で、マック行った後、タイムズスクエアの駅でさ、 まぁ別のクイーンズのほうに行く電車に乗り換えるんだけど、このペルー人っつーか ホセが「ゲーセン行かない?」とか言い出してさ、なんかね、タイムズスクエアにあ るゲームセンターのポイントカードみたいなの持ってて、今日使わないとポイントが 無くなっちゃうとかでさ、まぁどの道行こうかってことになったんだけど、このゲー センってのがなんだかバーとかさ、なんかラスベガスっぽい水商売臭いカジノっぽい ような入り口のゲーセンでっつーかゲーセンっつーか、所謂、セガとかさ、ナムコラ ンドみたいな、ああいうゲーセンじゃなくて、割とアダルトな感じなのよね。入り口 では黒服の黒人がIDチェックしてたりして、まぁ別にフォーマルな場でもないんだけ ど、割と若干高級感があるっつーかまぁ日本のゲーセンと比べるとだけどね。で、こ れまた感心したのが、全てのゲームがようはこのゲーセンのポイントカード制になっ てて、マツキヨカードみたいなカードでポイントっつーかお金を買って、ゲームやる ときはそのカードをゲーム機にスライドさせて使うっていう、なんつーかこないだ書 いたカルチャーラグが無いなってことなんだけどさ、まぁ今の日本がどうか分からな いし、まぁタイムズスクエアとかああいう感じのところにあるゲーセンだからっての はあるかもしれないけど、ようはアメリカってこういうところはホント、早いんだよ ね。 まぁあと単純にセキュリティの面っていうか、直接金を入れないっていう防犯的なと ころもあるのかもしれないけど、それにしてもカードスライドさせてゲームやるなん て21世紀だなーとか思ったんだけど、ただまぁ感心できることばっかりじゃなくて、 なんつーかさ、このゲーム機がある階っつーかここがメインフロアなんだろうけど嫌 にガン系のゲームが多いんだよね。タイムクライシスとかエイリアンとかハウスオブ デッドとか、他にもなんだかヘリの操縦席みたいになってるコントローラーに乗って 空から爆撃するゲームとかボクシンググラブをはめてボクシングするやつとかってい うか、これはウィーって言ってもハンセンじゃなくてゲームのことなんだけど、まぁ ウィー的なインターフェースなんだろうけどさ、他にも競馬のゲームとかスロットと か、なんだかすげー悪趣味なのね。 日本ってなんだかさ、まぁ俺の感覚が古いのかもしれないけど、太鼓の達人だか名人 だとかさ、ビートマニアとか、あとやっぱ格ゲーみたいなのが多いじゃない?場所に もよるんだろうけど、でもなんつーか必ずマージャンとかさ、もちろん脱衣系のも含 めてね、そういうのが多いってイメージがあったんだけど、このタイムズスクエアの ゲーセンはそれこそアメリカ人の内面が顕在化してるようなゲームのセレクション で、所謂、格ゲーみたいな、あのジョイスティックとボタンがあるようなゲームが一 台も無いのね。で、もうひたすらガン系のゲームばっかで、もう夜の11時回ってるっ つーのに子供がガン系のゲームやりまくってたりっつーかやりまくるってのは大げさ だけど、それこそ幼稚園児ぐらいの子がガン系のゲームをやっててさ、しかも母親と だよ?かなり唖然としたね。 なんつーかようはさ、ああいうガン系のゲームってミリタリー系多いじゃん?「Let's Go! Over there!」みたいな、あのミリタリー系の映画でよく出てくるような決まり文 句あるじゃない?アーミー系のセリフ。ようは自分もアーミーの一人になってエイリ アンとか倒すわけだけど、ああいうのってすげー無意識なすり込みに成功してるよ なーって思ったわけね。基本的に武力で異物を排除するのは当然だみたいな、それが 正義だみたいなのが当たり前にあって、まぁエイリアンだったら俺はかまわないけ ど、ようはアメリカのメディアなんて過去には共産国とか今ではテロリストとか、 まぁいつでもアイコン的な敵を作ろうとするわけだけど、そういう敵に対しての認識 はエイリアンと変わらないんだよね。 だから基本的に相手は同じ人間なんだっていう認識が無かったりするわけ。それこそ ゾンビとかエイリアンっていう絶対的な敵なわけよ。アメリカの戦争映画って大半が プロパガンダ的な部分が多かったりするし、妙に愛国心を鼓舞するものとか、ヒロイ ズムを前面に出してるものとかさ、俺は銃云々、暴力云々っていうことより、こうい うプロパガンダを無批判に無意識に受け取っちゃってるっていうオーディエンスに凄 く危機感を感じるね。 もちろん暴力描写も鑑賞者に影響を与えるかもしれないけど、あんま報道されないっ つーか、まぁ誰か書いてるとは思うけど、こういうアメリカ的ヒロイズムとか愛国心 みたいなさ、こういうすり込みによる影響の危険性ってのにもっと意識的にならない とダメだよね。俺は個人的にはこっちのほうがよっぽど危険だと思うんだよね。 「ゲーセン行ってまで社会分析ですか・・・」って感じだけど、ホント、こっち来て からようは日本にいたときみたいな無駄な不安とか労力を注がなきゃいけないような 部分がなくなったから、脳をフルに使えてるんだよね。だから街に出ると色々なもの がもう何かのシンボルに見えたり、何かを考える材料になったりするわけ。あとまぁ あんま関係ないけどポイントカードをスライドして金を使うってのも、ようは伊東 カードとかクレジットカードと一緒で、キャッシュを直接見ないから、あんま支払っ たっていうリアリティが無いんだよね。 例えば1万円何かに使うときにさ、キャッシュで一万円出したら、うわー諭吉いっ ちゃったよーって気になるけどクレジットとか伊東だったらさ、基本的にスライドし てPinナンバー入れるだけだから、あんま払った気がしないんだよね。ただ当然、銀行 残高見ると残高は減ってるっていう。ただこれってようは消費者によりお金を使わせ る便利なシステムだよなぁーって思うんだよね。財布の紐を緩めるだっけ?財布の紐 をきつく締めるでもいいんだけど、電子マネーみたいな感覚だと財布って感覚すらな くなってくると思うんだよね。 現にこっちなんてカード社会だからなんでもカードよ。こないだも学校の購買っつー となんか日本っぽいけどまぁ購買みたいなところでさ、女の子がスニッカーズみたい なのと小さいノートを買っててさ、その小計が8ドルちょいだったんだけど、伊東で 払ってたからね。8ドルちょいだったらキャッシュで払いそうな気がするけど、あん なのすらも伊東なんだから。スタバの一杯のコーヒーでもクレジットとか伊東で払っ てる人珍しく無いからね。ああいうのって現金っていう感覚を失わせる危ないツール でもあるなって思うんだよねー。ホント。 だってカード破産なんてさ、良い例でしょ。アメリカでもアホみたいにカード使って 払えないっつってさ、破産したり家売ったりとかさ、そんなこと平気でしてる家庭が あるけど、ああいうのってのもようはクレジットで払ってるから、現金っていう感覚 がなくなってるんだよね。で、これまた来月の給料から払えばいいみたいな、実在化 してないお金を頼りにしてお金を払おうとしてたりさ、完全にヴァーチャル化し ちゃってるんだよね。金のやりとりが。 ただそれとは対照的に買ったものってのは家に届いたりさ、ようは現物としてあるか らマテリアル的な満足度ってあるじゃない?もうその繰り返しよ。何か買うってのが 楽しくなっちゃって浪費が止まらないわけ。それをキャッシュでやってるならまだし も、カードでやってるもんだから、負債がガンガン増えていくんだよね。 まいこーなんかもさ、完全にあの浪費はカードっつーかチェックで払ってるからだよ ね。なんか前に日本でやってたさ、あのゴリとぐっさんが真似してたあのバシールと まいこーのコンビの元ネタあったじゃない?あの制作がアメリカだかのやつでさ、ま いこーの浪費凄かったもんね。なんか美術品がズラーッっとある店で「これとあれと これとあれ」みたいな感じで、ミロのヴィーナスみたいな石像とか高そうなヴィン テージのソファーとか時計とかガンガン買ってたでしょ。一個が何千万単位の。あ れって明らかに金銭感覚を失ってるというよりは、もうすでにお金というのがまい こーの頭の中でバーチャル化しちゃってるんだよね。あれを買うために銀行からお金 を下ろしてきて払わなきゃいけないだとかさ、そういうプロセスが一切無いから、お 金っていうリアリティが無くなっちゃう。ましてややつの印税もそれこそバーチャル な量でガンガン入ってくるわけだから、ホント、リアルなマネーっていう感覚と乖離 してくるのは必然だよね。 ただね、何が言いたいのかっていうと、こういうことはまいこーだけじゃなくて、自 分たちにも起こりうるんだよねってことなんだよね。それはさっきのアメリカのクレ ジット負債家族とかも、すけーるは小さくてもやってることはまいこーと変わらない し、小さい買い物でもリアルなお金っていう感覚から乖離した中でただそのマテリア ルを求めたいがために伊東とかクレジットで払うってのはさ、まいこーの始まりだよ ねっていうか、もうアメリカは慢性的にまいこー状態なんじゃないかと思う。 それこそあのアホな大統領がスピーチで「ガンガン働いて消費してください。買い物 万歳!」みたいなこと言ってるわけだからさ、もうある意味で末期的なのかなって気 もするけど、まぁでもアメリカの社会なんて半分以上がコンシューマーによる消費に よって経済が支えられてるわけでしょ?そう思うとその中でカードってものが支払い のメジャーな方法というのも、なんだか良く出来た話だよなって思っちゃったんだよ ね。 ゲーセンで。これ別に今、思いついたんじゃなくて、ずーっとゲーセンでホセと銃撃 ちながら考えてたんだけど、ゲームですらさ、コインを入れてコンテニューするの と、カードスワイプしてコンテニューするのとではお金のリアリティが違うわけで さ、こんな小さい支払いからもまいこー症候群の入り口が見えてくるわけよ。 ようはアメリカ社会ってのが消費しろって国民に言ってるわけよ。それはアホ大統領 がダイレクトに言うこともあれば、町中に溢れる広告やらメディアやら間接的にって 言っていいのか分からないけど、まぁ消費してくださいってどれもこれも言ってるわ けじゃない?俺にとってはどれもこれも露骨に直接的に金使えって言ってるようにに しか見えないんだけど、メディアリテラシーの無い人だったら、それはインダイレク トにすり込みされてるってことだよね。 そんなんがゲームにも映画にもテレビにもネットにも溢れてるんだからさ、ホント、 師匠2のインテレクチュアル・セルフディフェンスじゃないけどさ、自分たちが自分 たちで身を守らないと個々がアホなコンシューマーになっちゃってダメになっちゃう よね。社会全体が国民をそういう風に巻き込もうとしているというよりかは、もう大 半が巻き込まれていて、常に巻き込む側はもっと巻き込むように仕向けているわけだ けど、そういうのが見えないと自分の人生がいつのまにか外的なものでコントロール されつくしちゃってるなんてことにもなりかねないからね。 そういう人多いと思うけど、前の話と繋げると、そういう人が外的なものに幸せを求 めようとするんだよね。だからいつまでたっても幸せになれない。消費しても恋愛し ても残るのは疲労感だけ。そりゃ当然だよね。だって幸せが無いところに幸せを求め ていて労力使っちゃってるんだから、そりゃ疲れるに決まってるよ。ただね、ちょっ と話を脱線させるけどってすでに脱線しまくってるけど、オタクの話をすると、よう は古くはギャルゲーとか萌え系のキャラクターとかもそうなんだけど、あれってオタ ク男の女の子への幻想とか恋愛への幻想の塊みたいなもんでしょ? まぁそういったオタクたちの幻想が実体化した存在っていうか。だからギャルゲーで もデートの状況とかがありえないぐらいベタというか、まず無いようなシチュエー ションばっかで、リアリズムゼロだし、それは萌え系のキャラも当然、あんな女の子 は現実にはどこに行っても存在しないわけだけど、ここで面白いのが、顕在化してし まったっていうところなんだよね。ようはそういった幻想がある形、まぁそれがゲー ムなのかもしれないし、キャラクターなのかもしれないけど、オタクたちにとっては それがリアルで、分からない人達にとっては実体の無いものに夢を抱いているから、 ちゃんとした女の子と付き合えとかっていう風に言うけど、大抵のオタク側の意見と しては「大きなお世話だ」ってことなわけだよね。 自分は萌えているんだから、それでいいんだっていう。でもそれってそれでいいんだ よね。というのは買い物とかオタク系ではない、ようは常に理想の恋愛みたいなのを 求めているような馬鹿な連中ってのがいつまでたっても幸せを得られないのは、まさ しく実体が無いものを追い続けているからなんだけど、オタク系の場合、その幻想が キャラだとかゲームっていう形で実体化しているので、彼らにとってのリアリティを そこに見出すことができるんだよね。それは彼らにとってはリアルなものだから。だ からオタク系ってなんだかんだで幸せそうな人が多いわけでしょ? これが良いか悪いかは別としても、他人に人の幸せのあり方を批判する権利なんてな いから、そういった意味だと彼らの中ではそれはもう幸せの形として存在しているん だから、今みたいな何も無い社会を生き抜いていける人達の種類の一つとしてオタ クってのがあるんじゃないかなって思ったわけね。そんな意味だとオタクたちっての は、無駄に色々な消費をしたり無駄な恋愛をしてお金と時間と労力を使っている馬鹿 達よりは、よっぽど処世術に長けているんじゃないかな?って思うわけ。まぁ処世 術っつっても極めて21世紀的な処世術ね。 で、自分の話をすると、俺はこっちに来てから特に色々なこともあって、ようは以前 にも増して内面的なものに幸せというか安らぎみたいなのを感じることが出来るよう になったわけだけど、でもそれを支えている一つとして、まぁ学校があるかもしれな いしニューヨークっていう場所もあるかもしれないんだけど、その他ってのはやっぱ 考える材料を提供してくれるような出来事とか本とか映画とか音楽だったりするわけ でさ、俺の内面的な幸せを司っているものの大半がまぁ俺のオタク趣味なんだよね。 だから俺は哲学オタクかもしれないし、社会学・政治学オタクかもしれないし、映画 オタクなのは明らかで、音楽オタクっつーか音楽に関してはもうオタクっていう次元 じゃないんだけどってーことを言うと、全てがオタク程度の次元ではないんだけど、 でもまぁ一般的な社会の定義で言うとまぁこれはオタクの一種ですよ。 これは前にも書いたとおり、秋葉系のオタクが美少女オタクだったりするんであれば 俺はまた別の類のオタクなわけで、基本的にオタクということでは共通しているんだ けど、もう一つ重要な共通点というのが、そういったオタク趣味的なものから幸せを 感じられているってことなんだよね。俺はまぁありえないぐらい多趣味だと思うけ ど、まぁ俺の幸せが全て趣味に依存しているわけではないんだけど、でも趣味は相当 大きな要素なわけってことで、基本的にオタク系と変わらないじゃんってことになる わけね。 だからオタクの種類が違おうが、俺に他のオタクを批判できる筋合いなんて全く無い んだよなって最近凄く思ったわけね。前は秋葉系のオタクのことをぼろ糞書いてたけ ど、今はそうは思わないな。絶対関わりたくないし、ああいうのは大嫌いだけど、で もだからといって批判はできないわけ。 彼らがそれを主体性を持って全身全霊で取り組んでいるのなら、それはリスペクトし なきゃいけないよね。で、俺がディスりたいやつらっつーのは流動的に色々なことに 流されまくっている主体性の無いスッカラカンな消費者ね。流行ってるからとかみん な聞いてるからとか有名だからとか、そういう理由で何かを消費したりする類の連中 ね。こういうやつらはホント、どうしようもないんだけど、経済の大半がこういう スッカラカンな消費者によって支えられているとなるとさ、こういう人達すらディス れなくなってきちゃうっつーか、それこそ経済にとっての必要悪みたいな存在になっ ちゃうわけだよね。 あーアイロニカルだわぁー。腹減ってきたからバナナを食べよう。っつーか恥知らず の痛みはだいぶマシになってきたんだけど、今日はセリマに念願の眼鏡をピックアッ プしにいってさ、まぁ相変わらず俺が選んだだけあって生活苦もなんのそのってぐら い素晴らしいめがねなんだけど、まぁこれならまず誰ともかぶらないなってぐらい特 徴のあるめがねでね、あのクーロンズゲートのゲームキッズがしてるハイテクメガネ みたいな形してるやつなのね。枠がデカイロイドメガネみたいな。 まぁーでもセリマ最高ですよ。もう。アランミクリは値上げもあって完全にブルジョ ワブランドになっちゃったから今後はセリマだな。というかアヴァンギャル度、ヒッ プ度ではセリマのほうが上のような気がする。今回はアランミクリが買えなかったか らセリマで買ったみたいな妥協感一切無しだったからね。もう「これだぁー!!」っ ていう。でもさ、めがねってのも話せば長くなるんだけど、これも止揚の歴史です よ。別に俺、止揚って言葉を正しく使ってるわけじゃないからね。 まぁいいや。昔はさ、眼鏡が大嫌いで、一時期コンタクトしてたこともあるんだけ ど、眼鏡にしてもなるべく眼鏡の存在感が無いようなやつしてたんだよね。ただある ときふと気がついてね、んだったらディスアドバンテージである眼鏡ってのを逆に活 かしちゃえばいいんじゃん!って思ったわけ。で、その数年後ぐらいに日本で眼鏡 ブームみたいなのがあって、まぁちょうど時代の風潮と同化しちゃった感じだけど、 でもいいと思うんだよね。眼鏡ってのがファッションアイテムの一つっていう考えは 凄くいいと思う。あえて眼鏡を前面に出すってのもね、いいと思うのね。 眼鏡って歴史的にはなんだかハゲ・デブ・眼鏡みたいなネガティブ要素として捉えら れてたけど、そうじゃ無くてね、まぁハゲとデブはいつまでたってもネガティブだろ うけど、眼鏡ってのはネガティブでもなんでもないわけですよ。かといって伊達とか やってるやつ見ると殺したくなるけど、まぁまぁそれはいいか。あ、書くことが違う ぞ。こんなことを書きたかったんじゃないんだよ。 あ、んでピックアップして帰ってきたわけだけどっつーかホセは昨日の話でね、眼鏡 は今日の話なんだけど、なんかさー疲れてるのよね。睡眠時間は十分なんだけど、い つも週末はもうクタクタになってる。んで恥知らずも痛むと。で、まぁ帰ってきて溜 まってたから激しめのオナニーをした後、あんま飯食う気がしなかったんで、うどん 食べて吸い込みやったのね。 あ、KOFね。どうやら俺は吸い込むとストレスが発散されるらしくて、大門とかク ラークでもうとにかく吸い込みまくったらさ、なんか疲れてた気分がだんだん良く なってきてね、で、結局他のゲームも色々始めちゃって、んでなにやったかな。 あ、SNKとカプコンのキャラが戦うやつとか、まぁこれはそんなでもないんだけど、 久々にヴァンパイアセイバーとかね、ヴァンパイアセイバーってキャラいいよね。あ の世界観は好きだな。ファンタジックなんだけど、かなりダークでしょ。俺の格ゲー 趣味の一つとして各キャラのエンディングを見るってのがあってね、んだからエン ディングが無い格ゲーってやる気がしないのね。 あとエンディングが手抜きのやつとか。んでまぁー夜の7時ぐらいから吸い込み始め て、んで、終わったのが3時ぐらいで、んで今、これ書いてるんだけど、ようはさ、 ゲームやった後ね、「あ、そういえば恥知らず痛くなくなってるな」とか思ってさ、 気分的なものなのかもしれないけど、ようはあれなんだよね、疲れってようはストレ スなんだよね。恐らく。ストレスっていっても苦痛から来るストレスじゃなくて、疲 れから来るストレス。で、免疫系がちょっと弱くなっちゃって、んで口内炎が出来 ちゃったり歯茎が腫れてきたりするわけ。ゲームやって口内炎とか恥知らずの痛むが 引くなんて凄いことだよね。吸い込みさまさまですな。ってことでやっぱあれだね、 ストレス解消って重要だよね。 ニート時代は毎日が夏休みだったけど、今は違うから、なんつーか体調管理という か、精神状態の管理と時間の管理の重要さが身にしみて分かりますね。ってことで まぁエクスキューズするわけではないんだが、週末ぐらいグダグダしてもいいんじゃ ねー?とか思ったわけね。一日中寝ながらゲームやったりオナニーしたり動画サイト で日本のお笑い番組みたり。で、こういう時間の過ごし方をしていてさ「あー今日は グダグダだったなー・・・」なんつって落ち込むのがダメなのよね。 ようはダラダラする自堕落な時間というのは、ちゃんと仕事に行くとか学校に行くと かと同じぐらい重要なことなわけよ。だからグダグダでもそれは体がグダグダを求め てるならそれは肯定しなきゃいけないよね。で、すっきりしてまた週明けから学校に 通うと。そう思うとあれだね、俺は将来はっつーかもういい歳だけど、なんかあれだ よね、自分のグダグダできる時間を確保できるような仕事に就かないと体持たないよ ね。 ってことでやっぱジジェクみたいになるしかないな。最後に職場に行ったのが3年前 みたいな、そんな生活ね。まぁ半分ぐらい真面目に言ってるけどね。ってことでゲー センのことだけ書こうと思ってたんだけど、またいつもの感じで長くなっちゃって、 疲れてるから 早く寝ようと思ってたのに、もう朝になっちゃったけど、脳の膿を出せたからプラマ イゼロだね。ってことで俺の2007年流行語大賞は鳥居みゆきの「プラマイゼロ だぁー」です。でもあれだよね、吸い込みによって気分が良くなるんだったらさ、そ れこそ左手だけにグローブはめて、「デスバレーボム」ってプリントしてあるシャツ を自分で作って着ようかなって真剣に思ったんだよね。でもいつもあれ、まぁ2003で はデスバレー!って言うだけになっちゃったけど、2002とかさ「デスバレー一 本!」って聞こえるんだよね。すごくいいよね。 デスバレー一筋って意味でしょ?ってことであれだなデスバレー一本Tシャツを作ろう かな。まぁ作れないけどね。作った気分でいるのもいいかなって。でさ、同級生の中 国人の女の子さ、廊下ですれ違ったときに「ハーイ」とか声かけたんだけど、なんか 凄い恥ずかしそうにしてるんだよね。まぁあんま親しくないからってのもあるんだけ ど、なんかあの声をかけた後のリアクションとか、眼を逸らす感じとかがさ、すげー 生娘っぽくて可愛いなって思ったんだよね。まぁこの子、可愛らしい顔はしてるけ ど、まぁ特別可愛いわけではないんだけど、何が言いたいのかっつーと、ようはああ いったリアクションというのは日本人女性にはもう失われたものだなという風に思っ たわけ。 特に日本のあの無駄に着飾った娼婦みたいな格好をした淫売女達さ、少しは内面を磨 くということにフォーカスを置いたらどうなのかね?男が女の子を「可愛い なぁー」って思うときの感じって、例えばこの女の子みたいな生娘っぽいピュアな仕 草だったりするわけじゃない?娼婦みたいに着飾ることがどれだけ自分の品格を下げ ているのか?っていうのにどうして気がつかないのかね?だってああいう格好してる のって男から注目されたいからっつーかファックしたいからでしょ?ってことでまぁ 本質的にはそれが商売かそうじゃないかの差ってだけで同じ娼婦なんだけども、なん かあれですよ、中国人に限らず韓国人の女の子も貞操ちゃんとしてそうな子多いわけ だけど。少しは見習ったほうがいいね。 KOFで言うとアンヘルみたいなビッチでしょ。日本の娼婦みたいな女って。そういう 女がいてもいいけど、そういう女が多いのは問題だよね。貞操繋がりで行くとでも俺 はあれだね、キングオブ