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はてなキーワード: 戦争論とは

2024-03-25

anond:20240325161222

昭和戦争論をまだ言ってるのかって感じするね。朝日

ビートルズイマジンから一歩も外に出てない

2023-12-28

anond:20231228011402

チャップリン自作で言った戦争論みたい

「なんでたくさんころした戦争殺人と謗られないのか」

2023-12-05

anond:20231205102830

まず大体に於て、人間空想も、一九四五年八月六日のバクダン以前までは、科学とトコトンのところまで、行っていた。

我々の祖先無限空想力といえども、その魔法神通力忍術のすべてをあげて、八月六日のバクダンを夢みてはいないのである

夢みることができなかったのだ。

このバクダンに至って、そのエネルギーは、ついに空想ハミダシ、空想限界を超えてしまったのである

筑紫なる梅のオトドが雷となって落ちたところで、せいぜい千ポンドバクダンぐらいのことだろう。

筑紫一国、山の狸も、池のミミズに至るまで、ピカドンという一瞬に焼けてなくなるなどゝは、誰一人、夢想することも出来なかった。

空想限界を超えるに至っては、これはもはや人間のものではなく、まさしく悪魔の兇器である

それのもたらす被害は、当然利益よりも甚大であり、今日まで戦争がもたらした効能も、

この悪魔バクダン以後は、ついに被害を上廻ることは出来ないであろう。

戦争論 坂口安吾

https://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/43143_31893.html

2023-08-12

ちゃん有言実行しろ

児童子どもに「金融リテラシー」を持たせるために『ナニワ金融道』『闇金ウシジマくん』を授業で読ませろ、扱えっていってた連中。

政治リアル戦略」「外交リアリズム」を考えさせるためにボードゲームの『フンタ』『ディプロマシー』を授業でやらせろっていってた連中。

はだしのゲン』より小林よしのり漫画読ませたほうが平和教育になるって言ってた奴もいつかいたな。

お前らだよお前ら。自称リアリストSNSでクソすることしか生き甲斐のない連中。

ちゃんとそのための運動やってるか?子どもいるなら自分の子どもにちゃんと読ませてるか?いないなら親戚や近所の子どもにそうするように仕向けてるのか?

SNSや5ちゃんだけじゃなくて学校教育委員会新聞テレビ地元議員にもちゃんと影響力及ぼせる実名形式署名形式運動してるのか?

子どもがウシジマくんやゴーマニズム宣言戦争論読んでる光景を作り上げて具体的に何がしたいんだ?

どうしたいのか、ちゃんとそのための活動やってるのか、はっきりしろや。

冷房キンキンの部屋でパソコンに噛り付いてニチャニチャ「うーんリアル」やってるおたくじゃねえんだろ?

2023-06-29

anond:20230629123110

どこまで読んだの?

自分オウム薬害エイズまでは面白かったけど、戦争論がなまじヒットしてしまって変な方向に行っちゃったなという感じ

今は読む価値なしだよ、妻に新型コロナわざと感染させ、愛人にも感染させるし

老害だよ

自分若い時だからハマって読んでしまったなぁという感想

2022-05-16

anond:20220516000426

そういえばそうだな

小林よしのりんの戦争論も、記憶に残っているコマ感情的に訴える部分ばかりだ

2022-04-11

結局ロシア世論

基本的にかっこよく対ナチ解放戦争をやりたいだけなわけだよ(例外はいるが)

それがロシアのありかただと考えているからそうする

そしてその圧を感じてプーチンが実行している

結局あっちのマスコミとんちんかんに焚き付けてきたことに原因があるだろうね

そりゃもともとは国威発揚とか支持率云々の目的も含まれていたんではあろうけども

結局この戦争小林よしのり戦争論みたいなマスターベーションだと思う

2022-02-24

anond:20220224165349

対岸の火事だろ

沖縄戦の時も本土はのほほんと戦争論漫画みたいにお腹いっぱい食べてた日本人のほうが多かったわけだから

2022-02-19

anond:20220219121726

小林よしのり漫画戦争論」を読んだことないのか?

戦争悲惨なんてのはパヨクウソで、戦時中食べ物がなかったなんて事は一切ないし、むしろ日本人が一致団結して動けていた素晴らしい時代だったんだぞ

2022-01-26

anond:20220126182735

戦争論は「描かれたことを事実だと思い込んでしまう人が出てきてしまう」のが問題批判しなければならなかったけど

プラネテスの船外活動について誤解が広まったとしてもNASAJAXA公式説明があれば修正できるし、一般人勘違いしたところで特に現場問題はないのでは?

歴史問題一般人が参加することが多い議論から間違えたままだとおかし結論になるかもしれないけど、宇宙開発については「アニメリアルは違う」という認識で見てるのでは?

anond:20220126182449

戦争論の時と同じだね

具体的な反論は労力を要するのに、それをしないと漫画が正しいんだと世間的になってしま

2022-01-13

ネトウヨが増えたのは戦争論のせい

性犯罪痴漢が起きるのは「道程が許されるのは小学生までだよね」の漫画に煽られてるせいだし

障害施設襲撃事件が起きるのは障碍者ヘイトする漫画のせいだろ

anond:20220113115746

2021-12-18

anond:20211218150927

痛いニュースみたいなまとめブログが台頭する2000年代半ばくらいから、ネット露骨企業宣伝誘導が目立つようになって、リアルよりも偏った空間になった

昔は小林よしのり戦争論を愛読してそうなネトウヨ自衛隊宣伝をするくらいがせいぜいだったのに、あの辺から政党の支持・不支持や、商品宣伝やその扇動実験的なコメントが増えて行ってつまらない

2000年前後以前の個人HPはどんどん消えて行って個性的ものは失われていった

2010年を超えるとネトウヨ以外の政治主張、農薬安全から気にする奴は馬鹿だとか、HPVワクチン安全だあとか、レーシック失明しないか安全のやうな、企業宣伝ネット支配的な状態になって、上位検索結果がそういう企業利益誘導サイトで占められる状態

東日本大震災から数年たつと、政府企業に都合の悪い流れになると5chはスレッドストップし、そのネタで盛り上げられなくする状態常態化

ネットしかれない情報はもはや無い

仕事をしたり、買い物をしたり、有料動画配信を見たり、SNS

リアル以上につまらない場所になった

2021-12-13

anond:20211213210850

マン画の戦争論を思い出すなあ

「女でも包丁を持てば男に勝てるのだ」

2021-09-10

anond:20210910142942

しろネットがない頃は朝日新聞でキャッキャしていたから、今のがマシだろ。むかしは朝日新聞のような、椅子が限られた領域しかミーム広報できなくて、ヤバい奴が朝日新聞に入り込んで、全力で国家オルグするとかい地獄があったのだぞ。そりゃ、マスコミゴミクソさに小林よしのりが暴発して、戦争論を描く理由がわかるわ。だって戦争するとマスコミが儲かるというのだから、彼が良心が傷んでブチギレしてくれたおかげで、朝日新聞のクソミソさを暴露してくれたのじゃん。読売日経なんかは固定のファンがいて、食っていけているのはそういうことでしょ。

2021-08-09

世界大戦争芸術

世界大戦争芸術

1.アウステルリッツの戦い

 西暦1805年冬、ナポレオン率いるフランス大陸軍六万と、ロシアオーストリア連合軍八万がウィーン近郊のアウステルリッツプラッツェン高地西方で激突した。

 フランス軍は当時のロシア軍に対し数的劣勢であったことに加え、アウステルリッツにおいて最重要拠点であるプラッツェン高地ロシア軍に占拠されていたため(一時はフランス軍によって占拠されていたものの、明け渡された)、当時フランス軍にとって有利な状況は何一つ存在していなかった。その上、アウステルリッツ南北双方からは敵増援が到着しつつあり、これら増援ロシア軍が合流を果たせばフランス軍には万に一つの勝ち目も無かった。

 このことからナポレオンは開戦直前に停戦交渉を行う。

 しか連合軍は数的優勢、土壇場になって停戦交渉に打って出たナポレオン弱腰さらには戦場における最重要拠点であるプラッツェン高地を手中に収めていることを鑑み、勝機ありと見た末に停戦交渉を撥ね退け、フランス軍との大規模会戦に打って出たのである。それらが全てナポレオンの張り巡らせた罠であるとも知らずに。


 1805年12月2日、戦端はロシア軍の先制攻撃によって開かれる。プラッツェン高地南方にて、フランス右翼の守るテルニッツ村が攻撃を受けた。

 当時の布陣図によれば、フランス右翼は極めて脆弱であり、ロシア軍はそこを弱点と見做し自軍左翼のブクスホーデン軍を急行させたのである南北に伸びたプラッツェン高地から出撃したブクスホーデン軍によって、フランス右翼陣地はあわや撃滅されようとしていた。右翼が壊滅すれば突破したロシア軍はフランス軍後方へと迂回し、中央フランス主力部隊挟撃することができる。そうなればフランス軍は終わりである

 しかし、まさにその瞬間に――ブクスホーデン軍がプラッツェン高地から、地上のフランス右翼へと殺到し始めた瞬間に――ナポレオン勝利確信したのである


「もしも、ロシア軍が右翼へ向かうべくプラッツェン高地を離れたなら、彼らは確実に敗北するだろう」  - ナポレオン

 フランス右翼は囮であった。ナポレオンの狙いは、ロシア左翼フランス右翼攻撃するために進撃を開始した瞬間に、手薄になった中央プラッツェン高地を集中攻撃することにあった。

 これによって、重要拠点であるプラッツェン高地ロシアから奪回し、戦場の主導権を我が物にしようとしたのであるさらに、アウステルリッツ会戦当日にはプラッツェン高地周囲の森には深い霧が立ち込めており、この霧の存在ナポレオン企図を助けることとなった。

 ロシア左翼プラッツェン高地から出撃して間もなく、スルト元帥麾下の第四軍団14000がプラッツェン高地中央部を急襲し、霧の中突如として現れたフランス軍を前に、ロシア中央は総崩れとなる。また、脆弱だった筈のフランス右翼も、ダヴ―元帥麾下7000の部隊が後方都市から到着したことで、数的劣勢を克服し、戦況を盛り返しつつあった。

(開戦前日にダヴ―麾下7000の部隊は密かに戦場へと到達すると、言わば伏兵として右翼後方に待機していた)

 やがて激烈なフランス軍主力の攻撃により、ロシア中央は壊走を始め、プラッツェン高地フランス軍により奪回された。同時に、フランス右翼攻撃のためにプラッツェン高地から地上へと降り立っていたロシア左翼は、敵陣の中孤立することとなり、戦局はここに決したのであった。


 ロシア軍は戦端を開こうとせず、増援の到着を待ち戦力を増強しさえすれば、少なくともフランス軍との直接対決において敗北を喫することは無かったであろう。

 しかし、ナポレオンはその裏を掻いたのである。彼はロシア軍が友軍と合流する前に会戦の火蓋を切って落とし、大規模な会戦に持ち込むことで、いち早く敵軍主力を撃滅することを画策したのだ。そのために、敢えて戦力劣勢を露呈し、戦場の最重要拠点を敵軍へと譲り、尚且つ弱気姿勢を見せるために仮初の停戦交渉さえして見せたのである。とどめには、勝機に逸るロシア軍の中央攻撃するために、敢えて右翼の布陣を脆弱にするという周到さであった。それら全ての罠がロシア軍の判断能力を奪い、かくしてロシア連合軍八万はアウステルリッツの地にて壊滅したのだ。

 かの有名な書物戦争論』の中で、著者であるプロイセン将校クラウゼヴィッツはこの戦いを次の言葉概括している。 「戦争芸術の粋」。


2.カンナエの戦い

 紀元前219年、遥かアフリカ北端国家カルタゴ将軍ハンニバルは、当時世界最大の強国であった共和制ローマ相手取り絶望的な戦いを挑んでいた。

 その絶望的な戦況を好転させるため、ハンニバルは自ら率いた精鋭部隊スペインからアルプス地方へと経由させることで、ローマの中枢であるイタリア半島本土に対し直接攻撃を仕掛けたのである

 最終的に、ハンニバルイタリア半島に十年間留まり、その間絶えずローマ軍に対する圧迫を続けた。その十年の戦いにおいて世界戦史上に燦然と煌めく、もっとも著名な戦いこそがカンナエの戦いである。


 ハンニバルアルプス山脈を越えイタリア北部に侵攻すると、次々と現れるローマ軍を待ち伏せや正面突破によって壊滅させ、イタリア半島南方へと進撃した。当時、快進撃を続けるハンニバルは数万の軍隊を維持するべく、イタリア半島各地で略奪を行っており、農村を中心に甚大な被害が上がっていたこからローマ軍首脳のストレスピークに達していた。更に、イタリア半島南部においてはローマ軍の補給基地存在しており、そこをハンニバルに抑えられるとローマ軍は南イタリアでの行動を制限される可能性があった。そのため、ローマ首脳陣はカルタゴ軍を撃滅するべくローマ史上最大規模の部隊を編成し、約八万の軍を執政官パウルスとウァロに指揮させた。この時、決戦の地に選ばれたのがイタリア南方カンナエである

 決戦の舞台となったカンナエは、川と丘陵地帯に挟まれた地形であり、カルタゴ軍約五万とローマ軍七万は平原ほとんど埋めるように布陣し、正面からかい合った。

 両軍は双方ともに両翼に騎兵部隊を、中央歩兵部隊を配置しており、いかにも窮屈そうな陣形であった。

 しかし、この人馬が埋め尽くす不自由戦場は、後に分かる通り、ハンニバルの用意した殺戮舞台としてはうってつけのものでさえあった。


 戦端は両翼の騎兵部隊同士の衝突によって開かれる。

 ローマカルタゴ双方の騎兵隊は、狭い地形において機動戦法を取ることができず、正面からぶつかった。

 歩兵戦力ではローマカルタゴで比べるべくもない数的差(6万強:4万)が開いていたが、騎兵の質、量においてはカルタゴ軍がローマ軍を上回っており(6500:1万)、カルタゴ軍は開戦から僅かな間に、左翼での騎兵部隊戦闘において優勢に立っていた。単純な数的有利から繰り出される圧力と、また練度の違いによりローマ騎兵は瞬く間に圧迫され、その算を乱していった。


 一方歩兵部隊における戦力差は繰り返すように圧倒的であり、歩兵同士の戦闘に限ってはカルタゴ軍がローマ軍に勝利する公算は無かった。

 そのため、ハンニバルは一計を案じた。

 ハンニバルカルタゴ歩兵陣形をお椀のように変形させ、その弧を描いた部分をローマ中央歩兵部隊と接敵するようにしたのである。これによって接敵する面積をできるだけ減らし、中央突破されるまでの時間を稼ごうとしたのだ。ハンニバル歩兵同士の戦闘をできるだけ遅滞させ、両翼の騎兵部隊が優勢に立つのを待った。

 また、ハンニバルはお椀型をしていた陣形を、戦闘が推移するに従って屈伸させ後退させた。当初の形(お椀の底の部分が接敵する形)とは逆に、ローマ軍の大半をお椀の中へと誘い込んだのであるさらに、ハンニバルは温存していた自軍左右の重装歩兵ローマ軍へと攻撃させ、ローマ歩兵挟撃される形を築こうとした。

 とは言えこの時点ではカルタゴ軍によるローマ軍への包囲は決定的ではなく、ローマ軍は歩兵戦闘において依然優勢な状況にあった。そのためローマ軍は、優勢な戦況を継続し、カルタゴ中央突破することで戦局を優位に進めようとした。


 ところがその時、歩兵部隊の両翼で戦闘を行っていたカルタゴ騎兵が、歩兵同士の戦闘に加わったのである

 戦端より優勢を維持していたカルタゴ騎兵は、ローマ騎兵を壊滅させた後に、敵歩兵部隊無防備な背後を攻撃した。左右を川と丘陵に囲まれ陣形の狭さ故に、ローマ騎兵有効回避機動を取ることができず、瞬く間にカルタゴ騎兵によって殲滅されたのであった。

 ただでさえカルタゴ軍に包囲されかかっていたローマ軍は、後方から攻撃を受けることによって決定的な混乱を迎えた。周囲を完全に包囲されたローマ軍は逃げ惑い、歩兵中央部では逃げ惑う味方の身体に押されて圧死する者も現れたという。

 この戦いによってローマ軍7万の部隊は完全に壊滅し、6万人が死傷、また、残る1万人は捕虜となった。


 地形を有効に利用し、敵軍を機能不全に陥らせ包囲殲滅する戦法は、いわばハンニバルの御家芸であった。

 機動部隊同士の戦闘を優勢に進め、敵軍を包囲殲滅するこの戦法が、以降近現代軍事教本に取り上げられ、カンナエの戦いのハンニバルに帰する栄光が不動のものとなったことはあまりにも有名であるハンニバルイタリアの地にてローマ軍を完全に破った。この戦闘によって、当初戦闘に参加していた元老院議員政治家八十名が戦死し、議員定員約300名のローマ議会における四分の一が戦死することとなる。


 続く:anond:20210809041010

2021-03-26

エヴァンゲリオンは未見なオレが解説をする

エヴァンゲリオンはついに完結した、という人と、結局終わっていないという人がいるようだ。そこいら中で感想文が書かれているので、映画見なくてもなんだかわかる。

キャラクターたちは自分の居場所確立して日常に帰って普通に生きていくことになりましたとさ、という終わりだったんだろうな、と。

誰と誰がくっついたとか、誰と誰がどうなったとかそういう細かいのはもちろんわからないけど、このオチに対して、納得している人から拒絶している人まで様々だ。

前の映画でもアニメでも庵野はおそらく同じことを言っていると思う。ただその時の人間としての成熟度とか、監督映画のつくり手としてのスキルから違って見えるかもしれないんだが、結局「もう自分の殻に閉じこもって被害者ヅラしてないでとっとと出てきて日常をおくれ」ということなんだと思う。

そして、「エヴァンゲリオンは結局終わらなかった」という人たちはこの「日常にもどれ」というのが受け入れられないのだろうな、と思う。

もうちょっと言うと「日常がこんな退屈なものであって良いはずがない、自分が送っているこの日常と呼ばれる退屈極まりない過去から未来の流れは偽物でどこかに本物のエキサイティング日常があるはずだ、せめて物語の中だけでも良いから見せてくれよ」ということなのかもしれない。

シンジは確かに退屈そうな日常を送っている少年だ。いっつも部屋に閉じこもってふてくされて音楽ばっかり聞いている。それをある日父親に(父親自らの殻を破るという代理戦争名目で)無理やり引っ張り出される。そこにエヴァンゲリオンという文脈を載せてしまい、内容も哲学的にしてしまったがゆえに「こじらせた人々」を量産した。

小林よしのり戦争論ネトウヨがガーッと盛り上がった(当然それより前にそういう人らはいたが)り、そんな感じの時代であったようにも思える。

今の新劇場版からエヴァンゲリオンを見た人たちと、TVから呪縛に囚われた人たちの期待値も違ったことだろう。

ついに新劇場版で俺達の納得行く結論が見られる!という人たちは多かっただろう。納得の行く結論がなにかもわからないままに。

結局庵野テレビ劇場版新劇場版で3回同じことを言った。25年間囚われたままの人たちが納得できるはずもない。もうもはやわけのわからないイデオロギーしかないだろう。「このアニメには俺達の何かを打ち破りなにか新たな世界に導くそんななにかがあるに違いない」と思い込んでしまった人たちは残念だったけど、結局エヴァンゲリオンは「シンジくんがここにいても良いんだって思える物語」というTV版かなんかが終わった直後に庵野が言ったこれ以外の答えはない。

そこに至るまでに父親とは決裂したのか、和解したのか、人々は残ったのかそうでもないのか、本人がぶっ壊れたのかそうでないのかと言った違いはあるが。

そういうわけでエヴァンゲリオンの言いたいことは「生きていくしかない」ということなんだろうと思う。

新劇場版ではどうやら後日談的なことも盛り込んでいて、庵野が「生きていくしかなくなった主人公たちは結局どうなったのか」まで思いをはせられるようになった、もうちょっと言うとシンジ視点からゲンドウの視点になって客観的に彼の人生俯瞰できるようになった、ということくらいだろうか。

そんなわけで、見に行きたいが長そうで躊躇している。

2021-02-18

遊就館てそんなにアレかな?

十数年前に一度だけ、某SNSのお散歩コミュイベントでちらっと寄ったんだけど、小林よしのり戦争論みたいな直接的な美化はあんまり感じなくて、こんなもんか、と思った記憶があるんだよな。靖国自体はやたらだだっ広くて都心にこんな糞デカいのあるなんて贅沢だなと思った位だった

2020-11-09

anond:20201109134439

戦争論戦争論しか知らんけど「国は国民義務を履行する見返りに権利を与える」なんて言ってたっけ?

多分法律論の話でなく戦争から逆算して国民は何々を背負ってるとか選挙権参政権の意義とか

外国人参政権問題とかじゃね?

何にしても対価というか権利を得る条件も義務を課される条件も法律範囲内で自由

権利って義務の対価って本当?

小林よしのりの本で「国は国民義務を履行する見返りに権利を与える」というようなことを書いていたのをなんかフッと思い出して「あれ、でもこれ本当なのかな?」って思ったんだ。記憶いかも知らんけど。

これを読んだ頃は「そうだそうだ!いいこと言う!さすがはよしりん戦争論戦争論!」とか息巻くクソガキだったんだけど、あれから結構立って、今改めて考えるとなんかおかしいなって思ったんだ。

まず、義務の対価が権利なのであれば、「どの義務がどの権利対応しているのか」っていうのが必要だ。もしくは「すべての義務を履行するならすべての権利を与える」ということならば、犯罪者はどれも一切の人権が失われないとおかしい。

義務権利が対になっているものもそりゃある。例えば免許があれば運転する権利を手に入れるが、道交法違反すれば免許停止、運転する権利剥奪される。これはわかりやすい。

でも、例えば選挙権は?選挙権が停止される義務違反って何かある?

法律専門家じゃないので、全ての権利義務を知っているわけじゃないのだから、実は権利は本当に義務の対価かもしれないのだけど、例えば「日照権はこの法律のこれに従っている限り国民はこれを保持する」みたいなこと書いてるわけじゃないよね?だよね?

そういうわけなんだけど、この権利義務関係って実際どうなんだろう?

義務の対価としての権利義務とは関係なしに存在する権利権利とは関係なしに存在する義務、っていうのがあるっていうのが本当なのかな?

もうちょっと言うと、もし本当に権利義務の対価、義務を守っていれば与えられる、っていうのであれば、権利義務よりも下のものになるよね?でもそんな序列で語れる概念なんだろうか?

*****追記*****

権利義務の対価って書いていたかどうかは覚えていないんだが、読んだ本の印象に「義務を履行しているからこそ権利は主張できるべき」みたいな書かれ方していたんだよね。

戦争論かもしれないけど、当時の普段ゴーマニズム宣言かもしれない。なんて書いてあったっけなぁ・・・

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