はてなキーワード: Rom専とは
朝晩は冷えるようになって、ああ今年の夏も何もせずに終わっちゃったなあと思う。結局毎日昼過ぎまで寝て、クーラーの効いた部屋でダラダラとスマホを眺める。それだけで一日が終わるのもなんだかなーと思って惰性で出かける時は夜。完全に社会に適応できない。
Twitterの垢消しをした。諸々の事情で、全部のアカウントを消すことはできなかったんだけど、メンタルが死んでいる原因になったアカウントを消した。すっきりした。できれば表活動をしているアカウント全部消して身内垢に引きこもりたいけど、それをやると後々苦しむのは自分だからやめた。それができないから、今苦しいってのもあるけど。
結局わたしみたいなやつは誰とも関わらない方が自分も相手も傷つかずに済むんだなって感じ。一生ROM専でいいや。
子供の頃ってなんだか生きていたらそのうち何かしらを成すことはできるって思ってたけど、案外自分なんて大したものではないのだ。日本人だけでもウン万人いる中で、例えば全国に名の知れてる人なんてほんの一握りだ。全国誰でもじゃなくても、ミステリー小説が好きな人にはとか、漫画好きな人にはとか、そういう一界隈に名の知れてる人にしたって少ない。
結局大きな理想を掲げないことって省エネに生きる上ですごく大事だ。もちろん大きな理想を掲げて、それに向かって努力して、叶ったならすごい人だし、叶わなくても心が折れない人は「努力できた」という点がすごい。
わたしみたいなのは努力もできないし、目標作って達成できなかったら一生引きずるレベルで心が折れる。だからゆるく底辺で生きてた方が楽だなあと思うのだ。
絵や漫画と違って文章なんかに個性ないから字書きは消えればいいのに、みたいな話を見て、悲しいことに腑に落ちてしまった。すごい文豪とかガチの小説家さんは、確かにその人っぽい文体を持っているし、それが好きだなあとか思う。
けど結局2次小説ってそんなもんだよな、ってなんか、納得しちゃって。結局何も残せないならやっても意味ないなって。わたしは勝手に思っちゃった。
しばらく書くことから離れようと思う。疲れた。1次2次に関わらず創作界隈に疲れちゃった。
来年の夏はもう少しマシな夏になるといいな。
LINEのオープンチャットというサービスが最近リリースされた。shieldなんとかさんのnoteで知ったという人も多いだろう。
多少知っている人は「ああ出会い系になるのを運営がまったく管理できてないやつでしょ」「検索機能で炎上してたよね」とか思われるかもしれない。
まあ全くその通りで、相変わらず運営のビジョンがまったく見えない混迷したサービスではあるが、これがどうしてなかなかおもしろい。
というよりは、はてブユーザーのオープンチャットがあって、それがまあまあ面白い。
・はてブ文化をある程度共有したメンバーなので、それなりに議論になりやすい
・好きに名前アイコンを設定できて、退室しても通知されず、また戻ろうと思えば別の名前、アイコンを設定できる
まだ100人くらいしかいないし、ROM専も多いので、実質発言しているのは20人程度な体感である。
もう少し人も増えれば面白い議論も活発化すると思うので、ぜひ参加をお願いしたい。
https://line.me/ti/g2/RS7sJjwhpt9o71ce05-xQQ
壁打ち。
そのジャンル専用のTwitterアカウントもつくった。
二次創作している人をフォローして楽しいTwitterライフを送っていた。ROM専だったので鍵をかけていた。
でもあるとき、せっかくTwitterをしているんだから同志と交流してみたいなと思って鍵を開けた。
しばらくして、二次創作を見た人がフォローしてくれた。即フォロバしたら気持ち悪がられるかなと思ったけど、Twitterしてるんだからいいじゃんと勢いでフォロバした。
その人と挨拶をしたのが、そのアカウントでの初めての会話だったように思う。
嬉しかった。
同志って本当にいるんだなって感じられたのが嬉しかった。
それからチキンなりにビビりながらも同志っぽい人をフォローした。
チキンなので鍵をかけた。
ただ1つ問題がある。
リプをもらって
「嬉しい!」「ありがとう!」「わかる!」
みたいな気持ちになる。でもそれをそのまま書くわけにはいかない。その気持ちを修飾して打ち込まなきゃいけない。
他の人もこんなに労力を使っているんだろうか。
こんな労力使ってるのは私だけなんじゃないだろうか。
そもそもこんなに労力がいるのはコミュニケーションが下手だからなんじゃないか。
というところまで辿りついた。
嬉しいし楽しい。
この気持ちに嘘はない。
でも疲れるときは疲れる。
フォロワーの二次創作が素晴らしかったら感想のリプライ飛ばしたい。
この乏しい語彙を修飾して、フォロワーが負担にならないような感想を……と考えるのに疲れて、結局ふぁぼだけしてTwitterをスクロールしてしまう。
本当は感想を送りたい。
考えすぎなんじゃないかとも思う。
でもTwitterは対面じゃないから、これくらい考えるのがマナーなのかなと思う。
でもそうやって考えすぎて交流できてないのは本末転倒なんじゃないか。
ブクマは300や200や100超えがいくつかある。
女オタクはブクマ用に垢を持つのでブクマの大半は顔のないROM専だ。
誰がブクマしてくれたのかと見に行ってもユーザーアイコンは無い。
感想のマシュマロが1つも来ないので最近はブクマやいいねはbotやツールを疑っている。
ブクマよりもいいねが少ないものも多いのだが、これは良いとも思わないのに抑えの意味でのブクマなのだろうか。
自分の書いたものがどう思われてるかなんてどうでもいいと思っていた。
でも、何本書いても反応がないので、読んだ人がどう思ったのかわからないものを書き続けて不安を感じるようになってきた。
書きたいから書いているのだし、今も途中のものがある。文章を書くのはとても楽しい。エロも大好きだ。
私は書くことが楽しい限り、推しを性的に見ている限りずっと続けるだろう。
でも、やっぱりいつもちょっと虚しさはある。
pixiv使ってる人はブクマするような好きだと思った作品にはいいねを押して下さい。スマホなら1タップ。
マシュマロや拍手の匿名ツールも好きな人には送ってあげて下さい。
母が亡くなったので気持ちを整理するために書く。
母は長年癌を患っていて、治っては再発し、治っては再発しの繰り返しだった。
私は結婚して家を出てたけど同じ県内なので入院中はほぼ毎週お見舞いや手伝いをしてた。
ずっと闘病中だったし、つらそうな時期もあったけど、なんだかんだ治療が終わって数値がおさまって、退院して…を10年繰り返していた。
標準治療以外に食事療法や東洋医学の力も借りていて、そのおかげか先生からも元気なのが奇跡とか言われていたので、
なんとなくこのまま、この繰り返しが続くものかと思ってた。癌がなくなって、退院して、運が悪かったらまた入院して治療して、と。
週末会った時はつらそうながらも普通に喋れていたのに、突然状態が悪くなってそのまま死に目にも会えずに亡くなった。
意識不明の状態が続いてとかであればなんとなく覚悟ができていたんだろうけど、家族全員信じられないくらい突然だった。
でも多分本当は突然じゃなくて、家族みな病院いくのが習慣みたいになってて、みな油断してたんだと思う。
母はずっと治療していて体力が無くなってたのは確かなので、少しずつ少しずつ死に近づいてたんだろう。
最後は長期間つらそうだったので、それから解放されてよかったねという気持ちと、
つらくてしんどいまま、多分自分でも予期せぬまま亡くなった母が可哀想で仕方ない。
(もうちょっとで今回の治療が終わって退院する時期だったから、その時に会おうと何人かお友達に連絡をしていた)
死にそうなほどつらかったのに、早くしんどいのがおさまるといいねとかしか言えなかった自分が情けない。
頑張ってるのは知ってるので基本的には頑張ってとか頑張ろうとかは言わないけど、つらい、しんどい時はなんて言ってあげるのが良かったんだろう。
もし余命が宣告されていたりしたら、無理やり退院させてでも母の行きたいところに連れていってあげたかった。
なので余命宣告というのはある意味素晴らしい仕組みかもしれない。
もちろんどちらも悲しいんだけど、突然死ぬと何もできないししてあげられない。
突然事故に巻き込まれた方の家族とか、もっと突然すぎて、もっともっとつらいだろうなと思った。
入院中手伝えることはしたつもりだったけど、元気なときにもっと旅行とか一緒に行けばよかった。
これまでは祖父や祖母が弱った状態から亡くなった経験しかなくてある程度の覚悟の上だったから、
こんなに突然の身近な人の死が初めてで、しかも母で、やっと「孝行したい時に親はなし」が実感できた。
今家族が入院している人は、(あまり不幸な結果は思い浮かべたくはないと思うけど)ちょっと意識して、できる限りのことをしてあげてほしい。
あと、元気なうちにいっぱい写真や動画をとっておくと良いと思う。長く入院してると、外でいる、元気な姿の写真や動画があまりないなと思った。
書いてるうちにちょっと落ち着いてきたので、風呂に入ろうと思う。
備忘録的に。
なお、特にはてな関係の言葉の用法は間違っている可能性あるのでご指摘ください。
5年くらいROM専。
ニュース色々回るツールの一つに、スレイプニルスタートを使っていたのだが、
そこでついでにブコメも見る感じ。
アンケート答えたら緑色のスターあげるよ!みたいのを見たので登録。
(ちなみにまだもらえていません)
その後ある記事でスターを集めているブコメが、リアル知人のハンドルネームに似ていて、書いている内容もいつも言っていることで
知人がブクマカなのを知り、じゃあやってみるかとスタート。皆さんもリアルバレが困る人は気を付けてください。
・スターは意外と簡単につく。総計の確認方法はわからないけど、たぶん計3000くらい。多いのか少ないのかもよくわからない。
星集めを意識的にしているつもりはないが、自分に嘘をついているだけでそんな思惑が深層心理ではあった可能性は否定できない。
・野球は話題として人気ない。特に日本のプロ野球。層が違うのかな。
ROM専の時は、認識しているブクマカは二人だけだった(しかも名前は覚えていなかった)。
一人は光属性さん(ファンです)、もう一人は野菜運動瞑想氏(目立つ)。
今は、「この人はこういう考えなんだなー」と思う人が10人くらいいる。
・「こんなことも知らないの?」と思ってしまうこともある一方、
知らない知識も多く仕入れられる。最近役立ったのはアサシンの綴りの覚え方(ass-ass-in)。
・議論には向かない。自分のブコメに反応があっても、それに返信する手段がほぼない。
「そういうことじゃないんだよ!」は最悪良くても、「間違ってたごめん!」って思っても
返信できないのは結構ストレス。スターがついていると下手に消せないし。
・分断は結構深刻。両極端の人々がそれぞれ自分に都合のいい記事に、都合がいいことを言っている。
自分からははてサと呼ばれる人々の方がより極端に見えるが、それは自分側の主義主張の所為かもしれない。
・100文字制限は意外とちょうどいい。もう少し、と思うこともないではないが、創意工夫を生むしこんなもんかも。
ダイアリーの方に「どうせブクマカのやつらは」というのを見て驚いた。
ずっと同じ枠内と思ってたけど、考えてみたら違うのは当然か。
だったのに、そこに「コメを書く」が挟まるので当然。
そこまで困ってないけど、いずれ困ったらあっさりやめるかも。
はてなダイアリーやはてなブログが記事元の場合は、その増田向けも
なくはないが、基本はブクマカ同士で共有するコメントなんだな、と。
当たり前だけど書くまで考えもしなかった。
他にも思い出したら追記予定です。
■これを書いている最中にはてなからメールが届いて、星総数を教えてくれました。
約5000でした。数字は良しとして、今までそんなメール来てないし、凄いタイミングだし、
なんか転送みたいな書式だし、なんだこれは。はてなの仕様がよくわかりません。
・知人の件は「うっかりみつけちゃったけど、見ない方がいいなら見ないようにするよ」と話を通し、
本人からも「隠しているわけじゃないから」と了解貰っているので、たぶん大丈夫!ついでに自分のIDも教えてある。
・メールの件、ご教授ありがとうございます。
たしかに迷惑メールフォルダに入っていました。なんで今日だけ、普通に届いたかは謎ですが…。
・正確に行くと、期間は17日、ブクマ数は450件、星の数は5565でした。
…たぶんわかった上で優しく、触れてないだけだと思うけど。ありがとうございます。
・はてなダイアリーとはてな匿名ダイアリーは違うのか!また一つ真実に近づいた。
少し前にはてなダイアリーなくなりますと聞きながら、まだここにあるのにと思っていました。
・星の数、やっぱり多いんですね。星くれた方々、ありがとうございます。
平均を計算してくれている方いるけど、中央値はたぶん星ゼロです。
一部でどーんと跳ね上がっている感じでした。意外なのが跳ね上がりますね。
ニュース見ていつも適当に考えていることをだらっと書いているだけなので、
ブクマ数が多いとはあまり思っていませんでしたが、仕事忙しくなったら減るかもなので、ある意味今過剰かも?
・光属性の人は、なんかラブラブな増田とかにわざわざIDコールされてきて光に焼かれている様が
・アサシンの綴りは、とりあえず「アサシンの綴りはass-ass-inなんだぜ!」と言って
二回ほど笑いを取れましたので、とても役立っていると言っても間違いはないと思います。
お礼にミシシッピの綴りの覚え方です。 m-iss-iss-ipp-i と覚えるけど、assのように面白くないので実用的にお使いいただければ幸いです。
最近のインターネット(主語が大きくて申し訳ないね)では、すべてにおいて正しさが優先される。
正しいことは何においても正しく、感情的な意見は「お気持ち」と一蹴される。
男女の傾向においても男性は「論理的」で女性は「感情的」であると言われる。
他人の気持ちを一切考えずに正しい意見を述べることはとても楽である。
でも、その正しい意見を書き込む前にちょっと一息ついてみてはどうだろうか?
『こんなことを言うと傷つく人がいるのではないだろうか?』『この言論は人を嫌な気持ちにさせるものではないだろうか?』
そうしたら君たちは言うかもしれない。「そんなことを考えたら何も言えないじゃないか!お気持ちで言論を封じるのか!」
そう、そこだよ。君たちはちょっと極端すぎるんだよ。
批判を恐れて極端な意見に走りがちなのはわかる。みんな叩かれるのは嫌だ。
自分にできる範囲でいい。完璧にできる人などどこにもいやしない。
(あとできてないからって叩くんじゃない)
理想論?インターネットでそんなことをするのは面倒?論理的に反論できないバカが負け惜しみを言っている?
まあそうでしょう。みんな自分のことでいっぱいいっぱいで余裕がない。
でも余裕のないインターネットは憎悪を再生産するだけである。(ネットの性質上、負の感情が増幅されるのは仕方ないけどね)
僕はそんなの嫌だし、君たちも嫌じゃない?
最近、「お気持ち」を論理の皮を被った「お気持ち」で否定する言論や、あえて人の感情を逆なでるような言説をよく見る。
結局みんななんらかの「お気持ち」を持って発言してることを忘れないでほしいという「お気持ち」だけでこれを書いた。
別ジャンルの友人(レイヤー、同人はROM専)に何回かサーチケを譲った。この時点で間違っている。そんな私が何か言うことはできないが、ちょっとだけ吐き出したい。
ここ数年でレイヤーさんのイベ参加数が増加したからかコスチケがサークル参加しないと手に入らなくなった。サーチケを譲渡する行為は違反だとわかっていたけれどかわいそうだなって思って友人に譲った。一応名目として、「頒布の手伝いをしてもらう」ことはお互いに認識していたが、私は実質あてにはならないだろうとは理解していた。でも譲った。
私はぼっち同人女なので、1人だと買いに行くときはスぺを空けることになる。買いに行かずスぺを空けないかどっちかだ。しかしイベに参加したからには自分も本を買いたい。
詳細を書くと特定されるかもしれないので省くが、あてにはならないだろうとは理解してはいてもやはりスぺ番をお願いして買いに行きたいので頼んではみる。別ジャンルのコスをしているのでスぺ番自体頼まないほうがいいことはわかっていたが、弱小サークルで島中だしという甘い考えと(周りのサークルさん、本当に申し訳ないです。)なにより自分が買いに行きたいという欲があり……。
友人はもちろんコスをするのでサークル入場後には更衣室に行ってしまうい、開始直後にスぺ番を頼むことはできない。開始後準備が終わって戻ってきた友人にスぺ番頼もうと思ったが「本買いに行きたい」「〇時に友達(レイヤー仲間?)と約束してるからその時間は無理」という主旨のことを言われた。
スぺをもらったからには、売れない本を自己満のために睡眠削って作って割増入稿してスぺ賑わせるように他の頒布物をいろいろ工夫して……。今は会場近いところに住んでいるから交通費はかからないけど遠かったときはそのイベのためだけにかなり諭吉を飛ばした。
サーチケって軽いんだなと思った。でも軽くしたのは私だった。
当たり前ですが、これからはちゃんとサークルのレギュレーションを守ります。
最後に、同人はコストがかかるって話をしたときに「でも私も飛行機代かかってるし~」って言われたときは絶交しようかと思った。
腐女子です。もうかれこれ三年ほど推しカプを拗らせていて本当にしんどい。
ここに書いて何か変わる訳じゃないだろうけど、いい加減一人でうだうだ考えることに気が狂いそうになったので吐き出す。
四年前、推し(以下Bと呼ぶ)のことが好きになった。今までのオタク人生の中で一二を争うぐらいのめり込んだ。ちょうど一人暮らしを初めて自由に使えるお金も増えた時期だったから、たまに出るグッズを買ったり、それまでずっとROM専だったのに専用のツイッターアカウントを作り、拙いながらも絵や文章を書いて楽しんでいた。
きっかけは神が描いためちゃくちゃ最高な推しカプ(A×Bとする)漫画に対し、B×Aだ!と逆カプだと勘違いして喜んでいるツイートを見たことだった。
私は左右固定厨だ。
正直、それまではたまにTLで見かける逆カプをなんとも思っていなかった。でも一切読みはしなかった。そもそも興味がなかった。
でも、そのB×Aだと喜んでいるツイートを見て、なんで?作者さんはA×Bだって書いてるのに。B×Aに見えるの?と疑問と怒りを覚えた。
その漫画がBがAのことが好きだという内容だったから、そう勘違いする人がいてもまぁおかしくはないのかもしれない。けれど、当時の私はわざわざA×Bを逆に変換して喜んでいる人を見て、もしかして世の中B×A推しの方が多いのではないかと絶望した。
それから私はピクシブやツイッターで逆カプを調べ上げ、推しカプと比較した。
推しカプはおそらくジャンルの中でマイナーと呼ばれる規模のカップリングなのだが、それでも逆カプより倍以上作品数があった。
それぞれのカプ名を検索して、ツイート数を一月単位で数えた。それも推しカプに関するツイートの方が多く、私は心の底から喜んだ。
私は逆カプが大っ嫌いになった。この世で一番尊いのは推しカプであるA×Bであって、逆カプなんて邪道だ、意味がわからないと思った。
数は推しカプの方が多い。それでも、逆カプを生産している人は0ではなかった。
逆カプ推しのアカウントはブロックし、極力目に入らないようにした。
本来ならそれで住み分け完了!あとは楽しくオタク生活を楽しんでね!となるはずだった。
それから私は異様に地雷である逆カプを気にする生活を送っている。もう自分でも頭おかしいんか?と思う。実際おかしい。
本当に逆カプが大嫌いなので、そのカプ名を字面でも見たくないし、逆カプの作品を見るなんてこの上なく嫌だ。
じゃあ見なきゃいいじゃんと思うだろう。私もそう思う。でも気になって仕方がなくて、わざわざ何もブロックしてないリア友用のアカウントから1日何回も逆カプを検索して、ツイートや作品が増えていないとこに安堵したり、増えていたら絶望したりしている。
逆カプの作品が存在することが嫌だ。書き手が存在することが嫌だ。
もちろん、そんなことを直接書き手に言いに行ったりなんかしない。そんなことをしたらそれこそ頭のおかしい奴だ。こんな自分勝手な感情誰にも言わない。
フォロワーの中に、同じくA×Bを推しているけどリバも大丈夫な人が何人かいる。
その方々の書く推しカプ作品は本当に最高で、いつもお世話になっているし大好きだ。だけど不意に逆カプをRTしたり呟いたりする。それがものすごく怖い。
もちろんミュートワードを設定しているので、漏れない限り私のTLに逆カプが現れることはない。だから私の目に入らないのでオッケー!と言えるのならばこんな風になってない。
私は同じBを推している人や、推しカプの攻めであるAを推している人をツイッターで見かけると、その人のユーザー名+推しカプ名、または逆カプ名で検索して、どちら派の人か調べる。
それで過去に推しカプのツイートをしていることがわかると大喜びし、逆カプツイートをしていることがわかると殺意の波動に呑まれる。
私と同じようなA×B固定厨で信頼のおけるフォロワーが過去B×Aもいけていたことを知った時はものすごく裏切られた気分になった。
正直、今は推しカプのことを考えるより逆カプのことを考えている時間の方が多い。むしろ仕事中なんか、ほとんど地雷のことについて考えている。
ちなみに地雷は逆カプだけではない。先にも述べた通り左右固定厨なので、誰が相手であろうとA受け、B攻めがゲロ吐くぐらい嫌いだ。実際嫌いすぎてゲロを吐いている。
地雷を検索した時に気になったものを不意に思い出して、それが何も手につかなくなるほど気になって、スッキリしたくてわざわざ見に行って、致命傷を負う。それをずっと繰り返している。
推しカプのことで気になって手につかなくなることなんてないのに、逆カプや他の地雷ではしょっちゅうある。気になって気になって、それが仕事中だったらもう仕事なんてしていられなくなる。そのことで頭がいっぱいになって、何もできなくなる。もう生活に支障をきたしている。
私は頭の中を整理するために壁や地面に指で文字を書く癖がある。それを所構わずしてしまうものだから(一応人に見られないように隠しているつもりだけど)、もしかして周りバレていて不審に思われているかもしれない。
ブツブツ小声で呟いて整理したりもするのでそれももしかしたらどこかで聞かれていたらどうしようとも思う。
私の頭の中はもう地雷で支配されている。そんな生活がかれこれ三年だ。
どうしたらいいのかわからない。考えたくない。でも考えてしまう。この生活が辛い。違うジャンルの漫画を読んでいたり、違うことをしていても、とあるワードが引っかかり連想ゲームみたいに地雷のこと思い出してしまうのなんて日常茶飯事だ。今日も地雷を検索して後悔した。毎日が全く楽しくない。
もう嫌になって、ツイッターをやめた。でもやっぱり地雷のことを考えてしまう。
いっそBのことを、A×Bを嫌いになってしまえたらと思うが、やっぱり好きだ。でもこれは好きというより執着なのかもしれない。
もはや病気なんじゃないかと思う。いっそ病名がついたら楽なのに。自分では強迫観念なのかもしれないとなんとなく思っている。
本当にこれが病気なら、治るんなら病院に行きたいと思った。実際メンタルがやられすぎて一度だけ行ったことがあるけど「私は腐女子で逆カプが〜」なんて説明できるわけなく言えなかった。
抱えていたことをやっと吐き出せた。
書きたいこと書いたので文章めちゃくちゃかもしれないけどもう知らん。
こんな悩み頭おかしいって分かってるから、誰にも言えなかった。そもそも周りに自分がオタクだとか腐女子だとか言ってないから、打ち明けたところで理解してくれるわけないんだけど。腐女子のリア友ほしい。
拗らせてるのは推しカプだけじゃなくて推しであるB単体に対してもなんだけど、ここからBのことを書き連ねるとなると文章量ハンパないことになるからやめておく。でもBのことも大概拗らせててしんどい。なんでこんな思いしてまで好きでいなきゃいけないんだろうね。でも好きなんだよ。つらい。
学歴コンプ・大学コンプってやつだと思うんだけど、どうしたらいいか分からなくて戸惑ってる。
私は地方の国立大学に行ってる。実家から通えるからっていうのと、生まれ育った地元の役に立てる人になりたいと思って選択した。
最近頻繁に、関東圏の有名な大学に行った遠方の友人たちが、大学の名前でマウンティングをしてくる。それで、その言われた内容を不安に思って学歴やキャリアについて検索してみたら、たいてい関東圏の大学や旧帝大の事しか書かれていなくて、ますます不安になった。
勿論、それらの大学が偏差値が高い大学だっていうのは知っているし、そこに受かるくらい勉強を頑張ったのは素直に凄いと思う。
でも、私みたいに、地元に愛着があって、所謂無名の大学を選んだ人は馬鹿にされるのかな。私が進んでいるのは、正しい道じゃないのかな。私の好きって気持ちなんて、何の役にも立たない、くだらない考えなのかな、って、時々心が折れそうになる。
将来は好きな仕事をしたい、自分なりにキャリアを積んでみたいって思ってるけど、Google検索の結果に振り回されて、それが不可能なんじゃないか、私の夢は叶わないんじゃないかって凄く不安になったりして。大切な友達に見下されて、よく分からなくなってきたよ。
インターネットを控えて、友達と縁を切るなり仲直りするなり、関係を薄めるなりした方がいいっていうのは分かっているんだけれど……。
夢見すぎなのかな。多分、部活動ばっかりしてて、受験について情報収集を怠っていた私が悪い、ってことになるんだと思うけど。でも、そんなに大学の名前で見下されるような事になるなんて、思ってもみなかったから。
追記 2019/01/15
何だか眠れなくて見てみたら、結構言及して頂いててびっくりです。普段はROM専なので、不思議な感動もあり。ため息のつもりだったけど、周りに無かった考えに触れる切っ掛けになって凄く嬉しいです。ありがとうございます。
今回の件の友人たちとはやっぱり少し距離を置いてみようかな、と思います。面白そうな研究が目の前にあるのに、私の人生に責任を取ってくれる訳でもない彼らの言葉で立ち止まるのも勿体ないなと。
色々あって兄が沢山学費を使ってしまい、家計に気を使っての選択でもあったので、何なら自分を褒めたいと思います。
機会があれば、国内、海外問わず、是非色々な所に行きたいです!(できれば仕事か留学で……。)色々な土地や文化を見た上で、故郷が、あるいは私が、どうやって戦えばいいのか、何か見出す事が出来れば良いなと思っています。